フォト
無料ブログはココログ

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月

2009年9月30日 (水)

両親の介護の現状について

 仕事をしなくなったら、ヨーロッパ旅行でも行ってみよう。私と妻が仕事をしているときにはよくそう言っていました。妻はスイスに行きたいと、私は、イタリア、スペイン、ポルトガルにはぜひ行きたいなと。仕事をしているときは、社長業の私は比較的自由になりましたが、妻の方が、経理の責任者で、支払いなどがあり、長期に休めませんでした。でもうまく時間をあかせて、二人で中国、バリ島、サイパン島、韓国、台湾、オーストラリア旅行などに行ってきました。ビーバーエアコンの業者ご招待で、行くことが多かったのです。でも5日が限度で、ヨーロッパ旅行は無理でした。

 私の母親は、10数年前に脳溢血があり、痴呆が出ていましたが、軽い症状の間は、父親と一緒に同居していました。両親は同じビルの3階に、私たち夫婦は、5階に住んで毎日、朝食と、夕食を作って持っていきました。持っていくのは私のかかりです。一時3階に同居したのですが、生活習慣があまりに異なるため、お互いに、大変でまた別々に住むことにしました。両親は、耳が悪いために、大音量で、テレビを、一日中つけていて、父親は煙草も吸います。妻にとっては、大音量も煙草も苦手です。また生活のパターンも全然違います。

 ちなみに、現在、父親の年齢は92歳、母親は90歳です。父の家系は、私のおばあさんも、ひいおばあさんも、100歳近く生きて長命です。さて2年前くらいから、母親の痴ほうが進み、妄想が起きてきました。そして幻覚が生じてきました。他の人には見えないものがいろいろ見えたり、聞こえたりしました。泥棒が、侵入してきたとか、父親が女を引き入れているなどと思って、父親を責めたりします。本人には見えてしまうのですから、困ります。これでは父親も消耗してしまうため、母親は、妹の住居に近いところの施設に入りました。一時混乱はありましたが。今は落ち着いています。

 父親一人になったため、引き続き、朝夕食はこちらで作って私がもっていき、月曜の朝から、火曜の4時ころまで、妹が泊まりに来てくれます。昼間はヘルパーさんが来てくれます。話す相手がいなくて独房に住んでいるようだと、言うので、朝晩、ただ食事をもっていくだけでなく、食事の間、おしゃべりしたり、そのあとかたずけなどして、帰るようになりました。週に三回は、気分転換に近くの店に、車いすに乗ってもらい、一緒に食べに行きました。その当時は杖をつけばゆっくり歩くことができたのです。

 ところが、9月の秋の連休あたりから、急に状況が変わってきました。多発性脳こうそくが進んだのでしょうか。ベッドから、隣の部屋のトイレまでに何回も倒れ、尻もちをついて、出血し、お尻には大きなこぶができてしまいました、血栓ができにくいようにするための薬をのんでいるために、血がとまりにくいのです。おしりや足も痛くなりそれであまり動けなくなり、ベッドにほとんど寝ている状態になってしまいました。もともとかなり痩せている上に、さらに動けなくなり、食事もおなかがすかないと食べないため、更に筋肉が落ちてきました。

 トイレまで、すぐなのですが、よく倒れるので、リハビリパンツの強力なのをはいてもらいました。ところが、どうしても、パンツの中でするのがいやなのか、トイレに行こうとします。すると間に合わなかったり、途中で倒れたりと、シーツから、下着から、床までおしっこでびしょびしょになります。そのたびに取り換えと洗濯をするのですが、一日に6回も洗濯をするようになってしまいました。本人は、着替えようと思って脱いでしまうのですが、着ることができなくて、行ってみると立ち往生して、ベッドに倒れこんでいることが多くなりました。連休中のため、妻も一緒に、シーツの交換などをしたのでそれでもまだよかったのですが。

 私は全く仕事がないのですが、妻はまだ少しですが仕事をしています。おまけに、息子のお嫁さんが働き始めたために、孫二人の面倒を妻が見ることになり、週三日は出かけることになりました。あまりにトイレを失敗し続けるため、しびんも置いてあるのですが、失敗してしまうのです。私は、どうしてリハビリパンツの中にしないのかを聞くと、一日に何回も目が覚めて、おしっこが漏れてしまうからだと、そして、お金がかかってもったいないと。それは、いままで、パンツも外すため、一日6回も、パンツを替えるので、関係ないでしょうといいました。そして、本人の目の前で、夜用のリハビリパンツに、2リットルのペットボトルの水をかけていきました。(夜用は6リットルまで吸収するようですが)それでどう?こんなにおしっこは出ないでしょうということと濡れていないことを確認しました。そしてその日は、安心してか、一時間おきに目が覚めるといっていたのに12時間ぐらい、一度も起きずに眠っていました。

 よく寝たので調子よくなったなと喜んでいたら、ベッドの近くにポータブルトイレを置いたら、そこにおしっこをしようととがんばるようになりました。足を少しでも曲げると痛いとしにそうな声を上げるのですが、やはり失敗して、(出そうになると間に合わなくなってしまう)周り中びしょびしょになってしまいます。前は朝6時に見に行きました。今朝も、7時に見に行くと、寝てはいるのですが、布団をかけていなくて。それで布団をかけて、今度は8時ころにご飯をもって行ったら。ベッドに倒れこんで、パンツや、ズボン下を下ろしたままで、布団をかけないでベッドに倒れこんでいました。本人は2時間もこうしていたんだと怒っています。いつも大げさに言うのです。パンツと下着やシーツを取り換え、ご飯は食べられないというので、栄養補給の飲み物を飲んでもらい、部屋の中のいろいろな仕事をして戻ってきました。仏壇を開け電気をつけ、お茶と水と、ご飯を供えるのとかいろいろやることはあります。また、時間を見計らって、ご飯を食べさせに行かなければなりません。夜は夜食と二時間おきに様子を見に行きます。夜10時すぎに最終で様子を見てでお休みを言うのですが。

 この状態が、ずっと続くと大変です、海外旅行どころか、二人ともいなくなってしまうのは不可能です。急激に体力が落ちているので何か急変するかもしれないといわれていますから目が離せません。施設には、食べ物の好き嫌いで、わがままが多く、自尊心が強く、人のいいなりにならないので、よほどでないと入れられません。病状が進んだら、夜もつきっきりになるかもしれず、この先、思いやられますが。でも、二人とも仕事が、なくなってきているのでまだいいのです。仕事をしているのなら、どちらかが職を辞めなければならないでしょう。この問題はますます増えていくことでしょう。

追記: 父親は脳梗塞を改善する薬が効いて、また歩けるようになったのですが、今年の12月、自宅で滑って頭を打ち、脳内出血で急死しました。92歳でした。

2009年9月28日 (月)

比較人生論 2 自信になるものをつくる (2)

どこでも競争社会で、強いものが弱いものを押さえつけて勝つということはずっと昔から続いていました。現代の日本の社会では、特にそれが激しいように感じます。生まれてきた家の状況で、ほぼその人の人生が決まってしまいます。国会議員の子供たちの多くは、二世三世の世襲議員になったり、ならなくてもさまざまな形で受ける、教育や、縁故によって社会のトップクラスになりやすいのは、皆さんご存じのとおりです。娘も、閨閥を作るにはきわめて重要です。時代により、変遷はあるにしても、上流階級は大体上流階級です。お金さえあれば、地位でも名誉でも何でも買えるのが、現代社会です。今度首相になった、鳩山さんは親の七光ではなく、21光なんだそうですね。閨閥の網の目を見るとすごいですね。  

 それに比べ、食べるものもやっとの家に生まれると悲劇です。親から面倒を見てもらわず、放任されれば、幼児のころから手厚い保護と教育を受けた子どもとでは最初から大きなハンデがあります。学校では厳しく順位をつけますし、どんどん授業が分からなくなって落ちこぼれてしまいます。私の下の息子が小学生のとき、うちの生活がとても大変で、子どもの面倒をほとんど見てあげられませんでした。それで成績が落ちて、中学では落ちこぼれみたいになってしまいました。もちろん現在は立派に立ち直って仕事に頑張っています。

 さて私が子どもの頃といっても50年以上も前ですが、全体に、生活は厳しく格差もあまり極端ではありませんでした。塾などの教育産業もあまり発達していませんでした。ですから、ある程度学校で、きちんと授業を聞いていればそこそこの成績になれたのです。私は、桶屋の息子で、親は教育にはまるで熱心ではありませんでしたが、小学校、中学校と区立で、高校も近くの都立高校、幸いにも、国立大学に入りました。その当時の大学の年間授業料は何と9000円でした。全体に教育費は安くすみました。

 その当時の、私の知り合いの、小さなお米屋さんの息子さんは、都立高校から現役で東大にはいり、今は弁護士をしています。みんないつ勉強しているのかなー、と思ったほどです。でも今は、とてもそのコースは普通の生徒には難しいと思います。東大に入る、親の所得はかなり高いのは皆さんご存じのとおりです。  さてそういった競争社会という状況の中で、次から次から、自分がダメな人間であると、思い知らされます。その極限がホームレスになってしまうことです。今日もこの文章を書き始める前に、マンションから出るごみ袋を開けて、食べ物や、何かを探している30から40位の男性がいました。身なりもそんなにひどくはないので、まだホームレスになったばかりなのでしょう。ホームレスも、いろいろと段階があるのです。長年やっているとそれなりに落ち着くのでしょうが、なりたては悲惨です。

たまたま、時流に乗ってなりあがっても、今の社会ではいつ没落してしまうかわかりません。  改めて言いますが、どんな人でも、ささやかな自尊心があり、それを支えに生きているのです。もちろんそれを自覚していない人の方が多いのですが。でも大体、あまり努力して手に入れたものではない自尊心は、たちまち打ち砕かれてしまいます。特に誰かに、それを言ったりすればよってたかって、それを崩されてしまいます。

  人の一生は、現在でも80歳以上で、今の若い人は人生100年が当たり前の時代になります。幸運ならば65歳くらいまでは仕事一途で定年を迎えてということもあります。しかしそれから以後の人生について用意していないと、何もできなくなり、奥さんによりかかる「濡れ落ち葉」になってしまいます。何か自分が好きなもの、出来れば熱中できるものを何でもいいから、早く始めてみることです。ともかく、そういうものを見つけだすことに常に注意を向けていくべきです。それは早い方がいいのです。30くらいでしたら、そこから何か見つけて、20年間もこつこつ積み上げてごらんなさい。必ず、人に秘かに自慢できるものができていくはずです。めどはとりあえず、10年。そして、20年あればもう大丈夫です。65才になっても、まだ大丈夫、時間ができ自由になる時間が増えるので20年は要らなくなります。

 その内容は、趣味でも、スポーツ類でも、なんでもいいのです。NHKでしたか、熱中人という番組があります。ご覧になった方も多いでしょう。みんなよくぞここまでと、面白い、熱中するものを見つけています、日本中の電車のつり革をすべて、記録している人もいました。みんなごく普通の人です。テレビに出るほどでなくとも、好きなものを積み重ねていくと、間違いなく、秘かに自信となるものができます。 その秘かな自信は、人から様々な、いじめや侮辱や、ばかにされたような時に、自分を支えてくれます。「ふん、自分には誰にも負けない、~があるんだ」と、心の中でつぶやきます。その余裕が、いろいろ困難にへこたれないで乗り越えていく原動力になります。

 大変厳しい、どうしたらいいかわかなくなってパニックになってしまうよな時があっても、すぐパニックにならないで、少し落ち着ければ、どうにもならないような時も、何とかその場を過ぎ去ることができると、不思議に好転していくものです。みなさん、もう何かやっておられればいいのですが、そうでなかったら、早く打ち込んで楽しみとなり、積み重ねていけるものを見つけてください絶対にあなたの人生をささえ、生きる喜びにつながります。  

 私自身、小企業の経営者として、元請けの親会社の横暴に、どれだけ苦しめられたことでしょう。大企業は下請けや,非正規社員にきわめて冷酷なのです。今までの自公政権は、あからさまに大企業のための政府でした。今度の政権交代で、横暴な企業がやり玉にあがることでしょう。私もどのようなことをされたのか、今は、発表しませんがいずれ、その内容は明らかにするつもりです。

 そういったときに、私自身の支えになったのが、商売や経営と一緒にやり続けた「人間学」の勉強でした。その人間学も、もう46年もやっていると、秘かに胸に秘めていないでも大丈夫になりました。「経営人間学」やその他多くの「人間学」まで含めた、「人間学とは何か」については私は、日本一であると確信しています。なぜなら、「人間学」にかんする主要な資料はほとんど集めて、調べていますから、私ほど、詳しいものはいないのです。もちろん、教育人間学、哲学的人間学の専門家には遠く及びません。まだ資料は整理されておらず、せいぜい、このブログで、少し書き始めた程度ですが。いずれまとめ上げて世に問うてみたいと思っています。

2009年9月27日 (日)

比較人生論 (1)ー何か自信になるものをもつこと

「どんなものでもいいから、これだけは自分は誰にも負けないというものを秘かにもつこと」

 人生論的な話をする機会がある時、佐竹幸一が一度は必ず話す内容があります。それは、上に書いたことです。どんなものでも、どんなことでもいいから、一生をかけて、これだけは、自分は誰にも負けないというものを、秘かに持つことです。ここでわざわざ、秘かにというのをわざわざ、太字にしたのは、あくまでも秘かでなければいけないのです。なぜかといいますと、これは自分は何何で一番である、誰にも負けないと公表したとたん。それは違うよと、よってたかって、その自負心がたたき壊されてしまうことが多いからです。自分はこの自負心で生きていくと決めていたのに、それがいとも簡単につき崩されてしまったらどうでしょう。逆にがっくりして絶望状態に落ち込みかねません。自分で秘かに自負心をもっているならば、そう簡単に崩されません。あ、これはと、何か素晴らしいものが出てきたら、それを自分なりに吸収してしまえばいいのです。

 この秘かに持つものは、外にある物ではいけません。たとえば、素晴らしい家や車をもっているとか、高価な時計や宝石などをもっているとか。お金さえあれば買えてしまうものではだめです。こういうものはいくらでも上には上があってきりがありません。結局、お金をもっているという自慢だけに終わってしまいます。ただ、私が集めたような、40数年かけて、「人間学」と名のつく、書物をたくさん集めた、なんていうのは、少し、秘かな自慢になりうるかもしれませんね。

 人は、みんな、なんかしらの自尊心をもっています。何しろ世界中何十億と人口があろうが、自分というのはたった一人しかいません。みんな、意識するしないかはともかく、なにがしかのささやかな自尊心を支えに生きているといっても過言はありません。しかい、このところの、小泉行革以後の政治などのせいで、これでもかこれでもかというほど、自尊心それどころか、人間自身を喪失させてしまうようなことが、行われてきました。

 貧乏で食べていけないのは努力が足りないからだと、思いこませられているのですが、一生懸命働いているのに、生きていくのがやっとのワーキングプアで、その職さえも、平気で奪って、ほうりだしてしまうという事態です。日本には年収200万以下の人が1000万人いるそうです。失業保険もない、就職はできない。生活保護も、なんだかんだといってとらせない。比較的、とりやすい名古屋市に、全国から集中しているというテレビを見ました。自殺者は毎年恐るべき数の多さです。逆に、お金さえ持っていれば、たとえば5億円お金があれば、事業用のビルでも買って、7%位の家賃収入の利回りがあれば、年収3500万になります。他に経費がかかりますが、その6割の2000万位は手元に残るでしょう。管理を不動産屋に任せれば何もしなくていいのです。また、株式の配当の収入なかかる税は本来20%だったのを、10%にまけてきました。配当収入一億円の人はたった、1000万を払うだけでいいのです。家賃収入も配当利益もうまく任せれば努力は要りません。この状況は今度のあたらしい政権が、変えてくれることを期待します。ただ、大企業や大金持ちから献金を得て、変質しないか心配です。

 さて、政治のおかしさをだいぶ書きましたが。元に戻ります。今までの社会は、一般庶民にとっては、これでもかと、よってたかって自尊心を無くさせる社会でした。職なしでホームレスなどになったら最悪です。私の住む新大久保周辺は昔はかなり、簡易宿泊所の多いところでした。新大久保と高田馬場駅の中間では、昔から、日雇い仕事の周旋場があります。だいぶ前になりますが、現在のJRの敷地には、たくさんのバラックというか小屋がありました。東京オリンピックの時、みっともないというので、取り壊されました。今でもかなり劣悪な木造アパートがあります。でも、戸山公園や大久保公園、西大久保公園周辺のホームレスよりはましです。戸山公園はテント村ができています。そこに定住した人はまだましです。でも、今は回収している空き缶が値さがりして大変なようです。大久保公園や西大久保公園は、夜は入れないように鍵がかけられます。昼は空いているので、段ボールを敷いて寝ている人がたくさんいます。まだ身なりもきちんとしている人も多く、最近失業したのかな、寒くなってきたらどうなるのか心配です。早急な対策が必要です。

 さてここで、一ページ分が終わりました。現在のどん底状態の人は自尊心などはずたずたです。と書きたかったのです。さて次の(2)で、本題の話に行きたいと思います。

2009年9月26日 (土)

経営人間学シリーズ (4)顔の人間学Ⅰ 「人間の心は外から分かるのか」

「人間の心は外から分かるのか」

 私たちは、人間を外見からさまざまに判断します。”ああ、あの人は物になりそうだ”とか、信頼できそうだとか。しかし、人間は見かけによらぬものだとも言います。あの孔子さえ、弟子の能力を顔で判断して間違えてしまいました。経営においては、、会社や組織の中で、いろいろな人に出会いますが、さまざまな人間関係の中で、相手を正しく認識することはきわめて大切なことです。すぐれた経営者は、皆すぐれた人間通でもあります。クラブのママや、料亭の女将が実によく人物を見ていて、将来を言い当てるのは、人間に関しての眼力があるからです。

 人間を外面から判断する方法としては、その人の顔やからだつきを見て判断し、その人の表情や身振りによるサイン、そして会話や、筆跡等を総合して判断します。ひとつの側面だけで判断すると間違えてしまいます。話しながらの一瞬現れる微妙な変化でその人の言葉の嘘が分かるようになります。これは一つの技術であり、そのすぐれた力はアート(芸術的)といっても良いものです。

 右の顔と左の顔 しわの入り方

                                             今、心理学や大脳生理学、医学、人類学等々の発展によって、人相に関しての昔からの伝承である、人相術が科学的に検証されるようになってきました。そのいくつかは、この「こういちの人間学」ブログでも連載を始めています。今に総合的で科学的な人相学が確立されるかもしれません。すでに心理学では、「心理形態学」という部門で研究されています。                                                          額のしわがきれいに三本揃って入っているのを天下すじといって吉相としています。     みんな、右の顔と左の顔というのは違っているものです。大脳生理学によれば、右脳が左半身を支配し、左脳が右半身を支配しています。心にふだんから裏表のない正直ものは右の顔と左の顔が一致して動きます。いわば右脳の心と、左脳の心とが一致している人と、思えます。しかしたとえばお世辞笑いをしているときは、片一方の顔は笑っているのですが、片一方は無表情ということがあるのです。日常的に自分の心を素直に出していれば、左右の顔の表情も同じで当然しわもきれいにそろってきます。そうでないとしわは切れ切れになります。三本きれいに入っている人誠実な人が多いということです。

 しかし、江戸時代の人相学中興の祖である、水野南北によれば、そういう人は衣食住の心配はないが、その後の大きな発展はないとしています。だから、必ずしもきれいに三本揃っているのがいいとばかりは言えません。人相の特徴では必ずいい面と悪い面とがあるのです。

鼻の高さ

 鼻が高い低いということも、鼻学会の名誉会長であった高橋 良氏によれば、遺伝だけでなく、栄養状態や、顔や鼻の動かし方によって変化してきます。一般に鼻が高い人は自尊心が強、行動力がありますが、反面天狗になるとか、鼻もちならないとか、人間関係がうまくいかないことがあります。また、低い人は仲間との人間関係が良いが、積極性に欠けがちです。いずれにしても、自分の陥りがちな欠点に気づき、それを克服するようにすればいいのです。

あごと晩年運

 歯医者さんによれば、今の若い人たちは、軟らかい食べ物を好み、あごが縮小する傾向にあるといいます。顎が細いと、八重歯になりやすく、歯が弱くなり、よく噛んで食べなくなります。顎が細いと晩年運が悪くなるといいます。虫歯や歯周病が多くなり、よく噛まないため唾液もでなくなります。体は当然弱く、不健康になります。それが精神状態にまで影響を及ぼします。それでは晩年運がよくなるわけがありません。しかし徳川家康のように、若いときに、痩せて細い顎が、硬いものをよく噛んで、バランスよく食べたために、大きく顎が張り出してきました。皆さんも今からでも遅くないのです。中年以後からも、しっかりした意志をもち、よく噛んでバランスよく食べ物を食べれば、健康な生活の基礎ができてきます。そしてしっかりした顎に変わるでしょう。晩年運も良くなるはずです。反対に美男美女も努力を怠ると、年をとるに従って魅力のないつまらない顔になってしまいます。あなたも、あらためて自分の顔を見て、魅力ある、いい顔を作りませんか。

2009年9月25日 (金)

民のための政治 ー朝鮮時代と現在の日本、アメリカ

韓国歴史ドラマ 世宗と、世祖について

 韓国歴史ドラマの「大王世宗」(86話)と、「イ、サン(世祖大王)77話」も、いよいよ面白くなってきました。ただ、両方とも、BS放送であることと、平日の昼間の時間なので、見ていない方も多いと思います。(追記:2011現在イ サンはNHKの通常放送で放送中です)朝鮮王朝の中で、特にすぐれた王とされる4人の王のうち、三人がこれらのドラマに登場してきます。朝鮮王朝で、もっともすぐれた大王といわれる、4代の世宗と、52年間も在位の21代の王である英祖とその孫の最も愛された王といわれる22代正祖です。

 その三人に共通していることは、民が最もたいせつであり、政治はその民のためにあるという、儒教の文治政治の精神に基づいて政治を行っていることです。大王世宗のドラマでは、「一人の民でも大切にし、民を思う心は、天地を超えた」という言葉が出てきます。世宗は三男として生まれ、重臣たちの争いにまきこまれいろいろな苦労を重ねています。英祖は、母親が低い位であったため、若い時には大変苦労します。(2011年現在NHKBS放送で日曜日に英祖の母である同伊(トンイ)が放送中です。)ともかく長い治世の間、民の暮らしを守るということを第一にします。息子の世子(皇太子)を、重臣のたくらみに乗せられ誤って米櫃に入れて殺してしまうという、過ちを犯しますが。次の世子にした孫には、世の中の庶民の暮らしを見せ、その苦労している有様を見せたりしています。正祖も厳しい後継者争いがあり、何回かの暗殺の危機を乗り越えてきました。

 ただ、ドラマの「大王世宗」では世子が暴虐で、世子を辞めさせられることになっていますが。歴史上では、父親の太宗が三男の力を評価しかわいがっているのを知って、わざとおかしなふるまいをして、世子を降りたとも言われています。世宗は前にも書きましたが、学問を推奨し、1432年に天文台を作るなど天文学をすすめ、世界最初の雨量計が作られ、文字が読めない庶民のために、ハングル文字を作らせました。これらにより世の中は安定し李朝朝鮮が長く続く基礎を作りました。

 英祖と、正祖とで、、実力のある人物を抜擢し、さまざまに、教育、文化、芸術を推奨し、朝鮮王朝のルネッサンスといわれました。この時代の民は、平和で豊かな暮らしを楽しんだのです。ところが、正祖の死後、幼い王が立ち、王太后と外戚が権力を握るようになると、たちまち、民の暮らしはひどいものになりました。

 ちょうどこれは、後漢の初期の光武帝から第三代章帝までの世の中と全く同じです。初代の光武帝は早くから父親を亡くし、苦労します。そして民の暮らしを第一に考える政治を行います。元元(民衆のこと)持って首とす(最も大切である)という儒教の精神のもとに政治をおこない、その精神をのちの皇帝たちにも徹底します。また、政治を行う、官吏にも貧しい清廉潔白な人物に行わせます。そして前漢末の混乱によって急減した人口が急速に回復します。そして後代で「建武、永平の治」として、模範的な善政とたたえられたのです。しかし4代和帝の死後、わずか生後100日の幼児を皇帝にし、外戚や宦官が横暴な政治を行うと、人が人を食べるというような時代に戻ってしまいました。

 最近の、日本とアメリカの政治の急激な変化は、アメリカの、一握りの大企業や投資家そして政治家が世界を牛耳り、民衆の暮らしを顧みず、ほしいままに自分たちの利益を追求してきました。日本でも、小泉首相の新自由主義に基づく政策のもと、大企業の利益はどんどん上がり、逆に庶民の収入は1世帯当たり、100万円も減ってしまいました。小泉は大マスコミの世論操作も味方にし、「自民党をぶっつぶす」というキャッチフレーズの元、選挙に大勝しましたが。その結果庶民をいじめる政策をやりたい放題でした。あとを継いだ、首相も、何の庶民の苦労も知らぬ、二世、三世議員で、人々の反感を買いました。「おごれるものひさしからず」とは選挙の結果でさんざん言われましたね。その結果、見事に小泉は、自民党をぶっつぶしました。

 新たに生まれた、日本の民主党政権、そしてアメリカのオバマ大統領の民主党政権が人々の期待に応え、本当に民を大切にする政治を行うのを大いに期待しています。

2009年9月23日 (水)

韓国、朝鮮の王朝は長く続く ー韓国風中華料理についても

「韓国の歴史と韓国歴史ドラマについて」を話してみて気がついたことです

 韓国、朝鮮の王朝は、中国や、日本に比べて大変長く続いています。これには私も驚きました。BC2333年といわれ古朝鮮の歴史は長いのですが、伝説の部分が入るため除きます。

新羅 (日本ではしらぎと呼びますが、シルラです)全部で992年

  辰韓の中のサロ国で、6人の村長が大きな卵を発見します。そこで生まれた朴(パク)ヒョッコセが新羅を建国したことになっています。このころはまだ部族国家で、新羅という国名も、王の名前も使っていません。西暦503年、23代あとになってようやく、新羅という国名と王を称しました。そして、676年には高句麗、百済は滅びますが、新羅だけが残ります。そのご、渤海が高句麗を引き継ぎ、中国東北部を含む大きな国を作ります。これで南北朝鮮時代となります。渤海が926年ごろ滅び、935年には新羅の敬順王が高麗に降伏しました。これで992年 1000年続く王国に、もう少しというところでした。

高句麗(コウクリ、コグリョ) 705年続く

 中国東北部(旧満州地区)には、扶余(フヨ)という国があり、石造の下から子供が生まれます。へブル王から金蛙王(クムワ)王と続きます。それは東扶余となります。一方。神の子を称するヘモスが北扶余を建国します。そのほかに、日本海に面した小国に沃沮(オクチョ)とか「わい」とかいう小国がありました。

 韓国ドラマの「朱蒙」では、漢の国から独立するための独立軍の指導者をヘモスとし、へモスと河伯の娘、ユファの子をクムワ王が自分の子として育てることになっています。クムワ王の長男がのちのテソ王になります。「ドラマ「風の国」ではテソ王と朱蒙の孫のムヒュルが戦いますが。義理とはいえ、おじいさんの兄さんと戦うので年齢的に無理があるように感じました。朱蒙の皇后ソソノの連れ子の温ジョが百済を建国します。ですから、扶余から高句麗、百済、はつながっていることになります。さらにはそのあとの渤海も高麗も高句麗の後継の国となっているので、ひとつの大きな流れの中にあります。それにしても高句麗だけで705年続いています。

 百済(クダラ、ペクテェ)も、678年続きました。また、日本の皇室とも関係が深い、最も南の国である伽耶(加羅)の国も520年続いています。伽耶の最初の王も卵から生まれます。日本では卵から生まれるという話はあまり聞きませんが。韓国にもある天孫降臨などの神話は日本の神話に大変近いのです。

 高麗(コマ、コウライ)は474年間続きました。そのあとの李朝朝鮮王朝も505年続きました。

 それにくらべ、中国では、最も長い前漢、後漢両方を足しても400年と少しです。単独では最も長い唐の国も、282年でした。日本では平安京が最も長く約400年で江戸時代が260年ほどです。

 なぜなのかという考察は改めてしますが、中国の場合は、中国の漢民族だけではなく、モンゴル族の元や、女真族の金や清など他民族の侵入があったことが多いと思います。

 政治が腐敗し、人々の暮らしが極限までに悪くなると他の民族の支配者も受け入れてきたのだと思います。

 朝鮮族は高句麗や渤海の時代から、中国東北部に住んでいて、今では、吉林省、延辺朝鮮自治区となっています。人口の三分の二位が朝鮮民族のようです。中心都市は延吉市です。ここを検索しましたら、北朝鮮は、中国の自治区になってしまう可能性があるなどというのがありました。韓国の人が許さないでしょうが。

韓国風中華料理 (延辺料理など)

 新大久保には、駅の近くだけに限っても、金達菜(キンタツライビルの地下一階)とか、延吉香(一階と地下一階に分かれています)という 延辺料理店があって、韓国料理と、中国料理の混ざった料理をやっています。狗(犬)肉を扱うのが特徴です。そのほかにも、韓国風中華料理店、東海飯店とか、楽楽屋(韓国の店がたくさん入っている9階建てのビルの地下一階) とかデバク飯店などが集まっているのが特徴です。すべて、新大久保駅を降りてすぐ前の道を渡り、ガードを右にくぐります。すると今紹介したお店が次々にあります。

延吉香(エンジシャン) 百人町2-2-1 木橋ビル1階と地下一階  03-3203-5168     延辺料理 羊肉の串焼きは評判が良い 狗(犬)の肉も 四川料理もやっています金達菜8キンタツライ)  百人町2-1-3 ライスタノアビル地下一階 03-3204-2828    延辺料理緑香館           百人町2-20-3  淀橋教会前の道入る 03-5330-3518    延辺料理千里香           百人町1丁目 新大久保と大久保駅の間  03-5338-6918    延辺料理故郷             百人町1丁目 大久保駅北口出て左 ビル2階    延辺料理               

ちなみにほいこーろーを頼むと、みその代わりに、強烈なラー油でした。おいしかったのですがとても辛くて閉口しました。

 

経営人間学シリーズ(3)人を知らずして良い経営はできるのか

1、人を知らずして良い経営はできるのか

 不景気が続き、何とかしなければ、という動きの中で「人間を見直そう」といわれ始めました。このような書き出しで連載は始りました。KIWIという雑誌に連載を開始したのは1993年のことでした。このときも大変景気が悪かったものですが、今年はリーマンショック以来、世界的な不景気に襲われています。つづいて、文章は下記に続きます。

もとから、人間が基本であり、いまさらという感じがしますが、実は、この人間がわからないのです。人間に関する知識は驚くべき量があるのですが、逆に多すぎて、いったい何が正しくて、何をどう学べばいいのかわからなくなっています。

 科学技術の目覚ましい進歩に比べて、人間そして自分自身については、迷信に取りつかれていたり、文明以前の状態だったりして、そのギャツプは恐ろしいほどです。また学校で教えてもらう知識は断片的で、、現代のように、さまざまな困難な出来事や、ストレスがシャワーのように降りかかってきているときにどうしたらいいのか。。。については教えてくれませんね。                                               今、さまざまな神秘主義や、新興宗教が大流行です。何とか心のよりどころを求めようとしているからです。しかしそれで本当に、解決できるのでしょうか。佐竹幸一の実用的人間学は、科学的信念に元ずいて、いろいろな問題に立ち向かっていこうとする試みなのです。

 経営に生かす人間学

 さて、経営人間学とは、実用的人間学のうちの、応用人間学の一つということになります。経営人間学は、総合的で、科学的で、実用的で、地球市民的な人間学である、実用的人間学を、経営にいかしていこうという試みです。すでに経営人間学の名前は使われており、「三国志の人間学」とか、「論語の人間学」とか、いろいろな名前の書物がたくさん出されています。日本で出版されている、人間学とついた書物の中で、こういう本が最も多いのです。

 私のいう経営人間学は、実用的人間学として、人間と社会と自然について実用的人間学的に学んで、それを経営に生かしてもらおうというものです。もちろん、先ほどの「三国志の人間学」も知識として活用はしていきます。実用的人間学の知識は、ひとりひとりが自分内に作り上げていくものであって、ただお仕着せで何かをコースで学べばそれでいいというものではありません。実際の生活や経営の中で検証して次第に作り上げていくものです。そしてそれが身についていく中で次第に人間的な魅力が大きくなっていくであろうということを確信しております。

 佐竹幸一は、昨年(2008年)の9月に経営の第一線を退きました。それまでは、40年以上にわたって、専務そして社長と経営に携わってきました。社員数80くらいの小さな会社であり、あまり、儲けるのは上手ではありませんでしたが、会社が合併する前には、会社の社員の結束も高まり、かなり利益も出るいい雰囲気の会社になっていました。

 佐竹は、社員採用のときには人相術を生かして採否を決めたり、会社の雰囲気を盛り上げ、人間関係を良くするために、実用的人間学を生かしてきたつもりです。1993年ころは、安岡正篤や童門冬二がたくさん、人間学シリーズを書いており、経営コンサルタントの船井幸雄も、会社はトップで90パーセント決まるなどといってさかんに人間学の本を書いていました。しかし、船井幸雄は途中から、人間学よりアメリカ流の経営学の導入のほうに力点を置いていきました。

 これらの経営人間学の本も役に立ちますが、実用的人間学としてもっと、幅広く人間全体について学んで、経営に生かしていくとよいと思います。その具体的な内容についてはこれから書いていきたいと思います。何よりも、経営者として幅広い、知識を身につけていうことは、何よりも幅広い人間的魅力を身につけることです。また悩みの相談にも気軽に応じることができたらどうでしょうか。それが社員の信頼を得ることにもつながるのではないかと思います。この実用的人間学は、何も経営者だけが学べばいいというものではありません。それぞれの人はそれぞれの場で、なにがしらかのリーダー的な役割を演じます。また、りーダーに必ずしもならなくても知識としては有用だと思います。

2009年9月20日 (日)

ブッダとキリストと、宗教 ー実用的人間学例会

 ◎ 実用的人間学研究会第17回例会のお知らせ   

 日時: 2009年10月22日(木)  18時30分より (15日より変更になりました)

 テーマ: 「ブッダとキリストと、宗教」

 講師 : 佐竹幸一 (実用的人間学研究会会長)

 場所 : 人間学研究所    参加費 : 無料 

  こういちの人間学ブログに、「ブッダは好きだけれど、宗教は嫌い」というのを書きました。キリストもね、というのも続けて書いてあります。ブッダや、キリストの話したことに感銘 を受けて、自分の生きる指針としている、というのだけでは宗教ではないのです。講師の「論語」を学んだからと言って、儒教の信者になるわけではないということと同じです。では宗教とはどの様なものなのか、についてお話します。ブッダについてもキリストについても、直接語った言葉の内容そのものは素晴らしいのです。そして二人の比較もしてみましょう。

 懇親会 : 屋台村 (6ヶ国料理) 20時ころから、懇親会だけの参加も可です。

 ◎ 新教育人間学研究会第58回例会

 日時 : 2009年10月9日(金)  18時30分より

 テーマ :進化について (質問を受けますので用意願います)

 講師 : 小原秀雄氏 (人間学研究所名誉所長、女子栄養大学名誉教授)

 場所 : 人間学研究所     参加費 :無料

 懇親会 : 越路

 過去の例会

 ★ 実用的人間学研究会第16回例会

 2009年9月17日(木) テーマ 「韓国の歴史と、韓国歴史ドラマについて」内容については改めて「こういちの人間学ブログ」に掲載します。11ページの資料があります、ご希望の方には差し上げます。

 講師 :佐竹幸一    

 参加者 :7名   エイチエス証券の古瀬さんが新たに参加されました

 懇親会  韓国刺身料理のテジョンデで、楽しく懇談をいたしました

 ★ 第57回新教育人間学部会

  2009年9月11日(金)  テーマ「火の起源と人間」

  講師 : 関根秀樹氏 和光大学講師 原始技術史研究所所長

  参加者 : 11名   懇親会 :越路

 ● 実用的人間学研究会、人間学研究所の会員の方には、あらためて、ニュースでお知らせいたします。会員以外の方も、自由に参加できます。興味のある方は、佐竹まで、電話でお申し込みください。

 人間学研究所 03-3209-1888 FAXとも

 お問い合わせは 佐竹幸一  090-6549-2677までお願いいたします

 

 

2009年9月14日 (月)

経営人間学シリーズ (2)はじめに

 今から17年ほど前に株式会社キウイという、広島の池田佳隆という人が始めた、異業者交流会に佐竹は参加していました。年会費22,000円で、いろいろな例会があり、「KIWI」という週に一回出される、社長インタビューや、連載記事、いろいろなニュースなどを紹介するクリッピングというものを乗せた情報誌を出していました。私も、その会の例会にも熱心に参加しました。そして、東京事務所の責任者の方と親しくなり、わたしが当時もやっていた人間学の話を「KIWI」に乗せてくれませんかというお話がありました。

そこで、1993年の4月9日号から、全12回の「佐竹幸一の人間学入門」というものを連載することにしました。会員は経営者の人達ですから、人間学入門といっても、経営人間学的なものにしました。内容は以下の通りです。内容は1ページの簡単なものです。

1、 経営人間学      「人を知らずして良い経営はできるのか」                                 2、 顔の人間学Ⅰ    「人間の心は外から分かるのか」                         3、 顔の人間学Ⅱ    「経営に生かす人相術」                                4、 顔の人間学Ⅲ    「身振りで知る人の心」                             5、 心と身体の人間学Ⅰ 「心と体のコントロール」                           6、 心と身体の人間学Ⅱ 「若さをと持つ秘訣とは」                          7、 歴史人間学Ⅰ     「歴史人間学とは」                                       8、 歴史人間学Ⅱ     「上杉鷹山」                                  9、 歴史人間学Ⅲ     「劉邦と、劉備」                                10、経営人間学と未来Ⅰ 「人間のための企業」                                   11、経営人間学と未来Ⅱ 「環境問題と経営」                              12、経営人間学と未来Ⅲ 「人間の未来と経営」                           

 以上のような内容でした。編集の方の話ではなかなか面白いと、好評だったと聞いております。すでに16年が経過して、だいぶ状況が変化しておりますが、基本的なところはそれほど変わっていないように感じます。これから若干手を加え、あたらしいものを加えて紹介していこうと思います。すでにブログで書いたことと重複するものがありますが。こちらの流れを優先として再度書くことにしました。

 その後この異業者交流会は、どの様になって行ったかといいますと、もともと、池田社長 は神秘主義的なものが好きだったようですが。会員の中に、神秘主義的なものを持ち込む方が増えてきまして、何かオカルト的な雰囲気が強く出てきました。これはまずいことだなと思っているうちに、会員の減少により、会は消滅してしまいました。                         

2009年9月12日 (土)

共産主義社会では画家はいなくなる? マル、エン人間論(2)

『ドイツ イデオロギー』、分業について

 「共産主義主義社会では、各人が一定の専属の活動範囲をもたずに、どんな任意の部門においても、修行を積むことができる。社会が全般の生産を規制する。そしてまさにそれゆえにこそ私はまったく気の向くままに、今日はこれをし明日はあれをし、朝には狩りをし午後には魚をとり、夕には家畜を飼い、食後には批判をすることができるようになり、しかも猟師や漁夫や牧人または批判家(哲学者など)になることはない。社会的活動のこのような定着化、われわれを抑える物的な強力へのわれわれ自身の生産物の固定化こそ、(この強力-強制する力?)もはや我々の手に追えず、われわれの期待を出しぬき、われわれの目算を水の泡にする)、今までの歴史的発展における主要契機の一つである」(岩波文庫版p44)

 しかし、サンチョ(マックス、スティルナー)はおそらく知っているだろう。モーツアルト自身ではなく、ほかの人が大部分のモーツアルトのレーグヴィエム(鎮魂曲)を製作し、完成したのだし、またラファエロは彼のフレスコ壁画のうちのきわめて僅かのものを自分「しあげた」にすぎないことを。~  各人がラファエロの代わりに労働するのではなく、自分の中にラファエロのような人をひそめている各人がつつがなく発達をとげるというのだ。~    ラファエロも、あらゆる他の芸術家と同じように、かれ以前になされていた芸術の技術的な進歩と、彼の地方における社会組織および分業と、そして最後に彼の地方が交通していたすべての国々における分業とによって条件づけられていた。ラファエロのような個人がその才能を発展させるかどうかは、まったく需要にかかっており、そしてこの需要はまた分業と、そこから出てきた人間の教養関係とにかかっている。    

 「天文学ではアラゴやハーシェル~のような人々が共同観察のための組織化を必要と考え、それ以来初めていくつかの成果を収めるにいたった。歴史記述では何かの業績を上げることは、唯一者にとっては絶対に不可能である。~ もっぱら、個々人のうちにだけ、芸術的な才能が集中していること、これに関連して広く大衆において、その才能が抑圧されているのは分業の結果である。~

 いずれにしても、共産主義的な社会組織の場合には、純粋に分業から生まれる地方的、民族的な狭苦しさのもとに、芸術家が包摂されることや、この特定の芸術的なものに、個人が包摂されてしまうこと、したがって、彼がもっぱら画家、彫刻家などであること、またすでに、その名称も、彼の職業的発達の狭苦しさと、分業への彼の依存を十分に表すということもなくなってしまう。共産主義社会には画家などはいず、高々、絵をも好んで描く人々がいるにすぎない」(岩波文庫 p200~202)

 ずいぶんと長々と引用したのですが、この文章には将来の社会に対して、そして人間の在り方に対して大変大きな問題を提起しています。私がまだ学生のころ、この文章を、その通りだと思って、先輩の先生に話したところ、マルクスエンゲルスもすべて正しくはない。現代はマルクスの時代と異なり分業を進めない限りどうしようもないはずだ。むしろ、現代社会はいろいろな制約があって、たとえば研究者は、研究に専念できなくなっている。むしろ、研究に専念して業績が上がるような社会にするべきだと、いっていました。そこでかなりの論争になってしまいました。  マルクス、エンゲルスは、人間の全面的発達ということを理想としています。今でも、時にさまざまな面で一流であるという、全面的に発達し、成果を上げている人がいます。でもそれはそのような条件があったということが言えます。もちろん条件さえあれば、すべてそうなるわけではありません。その人個人個人で違います。私も、若いころは絵が好きで油絵を描いていましたが、次第にそういう余裕がなくなってしまいました。現在では絵を描くどころか、失業し、住むところも、食べるものもない人があふれています。そういう人がなくなり、趣味でなにか、絵でも音楽でもスポーツでも、釣りでも何でもいいのですが、好きで打ち込める余裕ができる社会にまずすることが大事なように思えます。全面的な発達を、みんなができる社会はまだまだ先のようです。

 共産主義社会なんて、今どきはやらないし、そんなことを考えること自体おかしいと感じられる方も多いと思いますが。未来の人間社会の在り方に対して、お読みになった方の感想を頂ければありがたいと思います。 追記 一部の恵まれた方は、さまざまな分野で天才的な、万能人ぶりを発揮します。もちろん、その人の努力も大きいのですが。やはりその人の恵まれた環境や条件というのも大きいです。生活に追われていては自分の能力を発揮するどころか食べるのに必死です。まずホームレスなどがいなくなるのが先決ですが。 理想社会は、絵も好きな人がいて、かなり上達をしてそれを、商品として売るためではなく自分や周りの人の楽しむためにあるというのが理想かもしれません。結構みんながいい絵を描けるようになるのです。スポ-ツも見るだけでなくみんなが自分で楽しめるようになることです。でも現実社会があまりにもマルクスやエンゲルスの時代からさらに分業が進んでいますから、今では到底考えられないことですが。

 追記 2011年10月 はるか昔、私と小原秀雄先生と徹夜の論争をしたことがありました。この分業をめぐっての話でした。

2009年9月10日 (木)

人間関係の改善について  (2)自分のとげを抜いてみる

実用的人間学研究会では、「人間関係力テスト」というものを作ってみました。17項目で、プラス2からマイナス2までで、点をつけてもらいます。それはいつか書いてみます。二年前に、「人間関係が楽になる12の法則」というホームページがあって、面白かったので、項目だけ挙げてみます。

1、善悪・好き嫌いの判断を脇に置く 2、大好き、大嫌いになった最初の理由を思い出す   3、怒りの表明は早すぎず、遅すぎず 4、怒りは感情を交えず淡淡と伝える 5、過剰な期待をしないされない 6、自分と相手の両方を肯定する 7、他人と自分を比較しない 8、他人の喜びを自分の喜びとする 9、自分から声をかける 10、孤独を恐れない 11、目の前の人間関係から離れてみる 12、人間関係はいつか変わると信じる                ということなのですが、項目だけでは分からないと思いますが。そしてなかなか、その通りに行かないのが人間関係の難しさですね。

 ひろ さちやさんの『狂いのすすめ』という本があります。そこでは、人間はもともと孤独であるということ。そして今の世の中はくるっているんだ。世間を成り立たせているのは弱者に圧力をかけ、甘い汁を吸う強者であって、そういう強者の集合体を世間という。世間は強者をたたかないで、弱者がたたかれる。弱者はあおられて必死に頑張るが、結局ほとんどがうまくいかない。そういう狂っている社会の中で、却って自分も狂えという。 

 哲学や思想は、苦しみの現実と戦う武器である。そこまでは大げさに行かなくても改めて少し真剣に考えてみることも大切だと思います。二匹の山嵐が寒いので抱き合いたいとおもいますが棘(自我)が邪魔して抱き合えない。くっつくとお互いにせめぎ合って痛い、しかし離れるとさびしい。そういうことがよくあるものです。その自我を取り払ってみたらどうなのでしょうか。そして、蝸牛のように大きな殻を背負わないで、なめくじとして生きたらどうだろうか。大部分の人は世間から押し付けられて生きがいを後生大事に守っているけれど、あらためて見直したらどうだろうかと。

「そのまんまそのまんま」と一休禅師のように、生きたらどうかというのです。戦前は天皇のために生きよといわれた。しかし現在は、S,  モームの「人間の絆」のように、人生に意味はないと、人生に意味を求めず、むしろ現在の自分をしっかり肯定して自分を楽しく生きたらどうかと。社会を知った上で、人生をプレイする。世間にたてつかず、にやにやして心の中で軽蔑する。そして多少たてついてもいい。そうです、佐竹が思うに今度の選挙結果(自民党大敗)は、みんながたてついた結果ですね。そして病気とも仲良くする。これは仏教的な生き方ですね。

 もう一つ、『ビッグコミックオリジナル』に長く連載されているジョージ秋山の人気マンガで幕末の時代の『はぐれ雲』というのがあります。その主人公は自分のことも世の中のことも、よーく知っていて,能力があり剣の腕も立つのですが、武士を捨て、人足寄場のかしらとしてひょうひょうとして生きているのです。「ねーちゃん、わちきと遊ばない」などと女性に気軽に声ををかけて、馬鹿な遊び人のようにも見られますが、そのありようを見て、みんな癒されています。これはむしろ、町中の仙人のような、道教的な生き方だともいえます。

 その「はぐれ雲」のなかに、お互いのに街中で顔を合わすたびに、いやなやつだと思う人がいます。いやだと思うのに、どういうわけか余計あってしまい気分を悪くします。ところがそれを聞いた老人は、相手の人もあなたを避けていたのではといいます。思いきって挨拶したらどうですかといいます。人の世のいさかいごとはほとんど挨拶の欠落によるものです、と。そして、渋い顔をした相手に会ったとき思い切っておはようございますと、挨拶してみると相手もにっこり、おはようございますとあいさつをかえします。わっとそこで気持が明るくなります。お互いに、凄くいい気分になりました。このように思い切って挨拶や声をかけてみる勇気ということがとても人間関係の改善に大切であるということがわかります。

夫婦関係でも、親子関係でも。友人関係でも、改めて自分の棘を抜いてみて、思い切って声をかけてみることが大切です。私の場合も、下の息子が家庭内暴力であれていたころ、思い切って声をかけてみました。親が本当に自分のことを心配してくれることがわかるのは一番うれしいのです。二人で、釣りに行く途中、いろいろ将来の話をしました。それから、家庭内暴力はなくなっていきました。

2009年9月 9日 (水)

人間関係の改善について (1) 人間関係の悩みは一番大きいかも

人間関係の悩みは、人間の悩みのうちで、一番大きなものかもしれません。人間は一人で生きているわけではないので、否応なしに、いろいろな人間関係が出てきます。もし、人間関係が改善できて、悩みがすくなくなれば、素晴らしいことです。これについては実用的人間学研究会で、2007年6月と7月の二回にわたって佐竹が話をしました。

 人間関係の改善ということは、今人間関係がうまく行っていないということです。そしてそのうまくいかない本当の原因としくみを知ることが大切です。改善法には、ひとつは外交的な人向きで、テクニック(コールドリーディングなどのスキル)を使って自分のペースに引き込む方法です。これはできない人も多い方法です。もう一つは、自分の考え方を変えるということです。自分の固定した考え方、すなわち、棘を落とすという方法です。これは比較的誰でもできる方法です。

 自分の考え方を変えるには。 まず自分を知ることです。子どものときに、無意識のうちに閉じ込めている思いは何か。いわゆるトラウマは何かですが。これは見つけるのが大変で、そのためにいろいろな心理療法があるわけです。自分ではきづかない性格や癖を見つけだすことです。これもむづかしいことなのですね。一般に人間はかなり自己中心的で自分本位なのですが、自分は自分本位だとは思っていないのです。ですから人間関係が悪いのは、自分にも原因があると考えないで、すべて他の原因か相手が悪いと思うのです。

 自分を変えるという、困難な課題をどうすればいいかということですが。

 1)、自己受容しているかです。自己嫌悪、自己卑下があると人間関係はスムースに生きません。    

 2)自分はこれで生きていくという自信や行動をもっているかどうかです。これがあれば多少の困難は乗り切れます。

 3)自分を第三者的にみられるかどうかです。これはとても難しくこれができればもう大丈夫なのですが。

 4)落ち込んだ時に、どれだけ早く立ち直れるかです。健全な時には早いのですが、ウツの人は立ち直れません。 

5)格好をつけないでいられるかどうかです。どーせ、何何なのだから、と気楽な気分になれる人はすぐ立ち直れます。

このように中なか難しいのですが、対策法がいくつかあります。

1)日記や自伝などの文章を書いてみる 隠れた自分が出てくるものです。          2)いろいろ有益な本を読むことです。素敵な本の巡り合いは人生を変えます。        3)人の話を聞く。人から指摘してもらうようにする。これは中なかできないことなのです。 

4)状況により、カウンセラーなどのセラピーなどを受けてみる。                 5)日ごろから鏡を見て、表情を明るいものに変える努力をする。顔は変わります。       6)食生活に気をつける。バランスよく。健康の元で気分がよくなる元。             7)それらを実際にやってみて、検証していくことが、もっとも大切です。              -このようなことをやる元気が普通ないのですが、どうしても、変えようという気がなければとても無理なことです。

 「人間関係は鏡の関係」といいますが、これには二つの意味があります。

1)自分の態度、言動が、相手に反射して帰ってくる。にっこりすれば相手も微笑みを返してくる。(一般的には)相手を嫌だなと思っていると、それが自然に表情や行動にあらわれる。相手も嫌だなと思う。その相手の返し方はいろいろありますが。

2)『鏡の法則』 野口嘉則 総合法令より                                   今、起きていることは自分が起こした原因があり、今の結果があること、人間関係の現状を通して、自分を知る機会があるということ、例として  子供が仲間に入れてもらえないということがあった。悩んでいたが、知人のアドバイスがあった。母親が日ごろ、父親や連れ合いに対しての気もちや態度が反映しているのではと。いままで父への不満があり、連れ合いを軽蔑していたものを、感謝の気持ちに切り換えるようにしたら。自分の気持ちの現状に気づき、早速実践したら、子供の状況も変わったと、書いてありました。

 基本的な心構えは何事も悪い方は後ろ向きにとるか、前向きにとるかによります。

 伝達方法には 言葉による改善も大きいのですが。言葉はごまかしが出やすい。むしろ表情、身振り手振りなどの非言語的な表現の方が相手の心に達しやすいのです。

 しかし結局それを行うには、、大きな決断力と勇気が要ります。

 原因が自分にあると気づいても、なかなか謝ろう、感謝の気持ちを示そうとしても踏み切れないものです。そうしてみてダメかもしれない。恥をかきたくないと。そこで勇気が大切です。思い切ってやってみるものです。ダメでもともとと思うことです。

  (2)に続きます

    

2009年9月 8日 (火)

新宗教はなぜはやるのか 幸福の科学についても

 「週刊ダイヤモンド」の2009年9月12日の特集号で、「新宗教 巨大ビジネスの全貌」についての特集が出ているので買ってみました。この前の衆議院選挙で、民主党が圧勝し、公明党、自民党が惨敗した陰に新宗教の動向があったということです。創価学会に対抗する新興宗教の団体「新宗連」が自民党から民主党に支持を変え、得票に大きな変化があったそうです。

 そして幸福の科学が337人の候補者をたてましたが、一人も当選しなかったことなどがかかれています。そして今回の選挙で、幸福の科学が100億円もかけたけれど、資金的には余裕しゃくしゃくであるそうです。幸福の科学は、信者1100万人を自称していますが、選挙の比例区で46万票で、「ダイヤモンド」では信者数46万人、平均一人の信者が4万円ほど毎月使っているので、それで184億円も入ってくるというのです。他の資料では信者は実質は20万人くらいであろうもといわれています。それにして、海外25カ国に進出し、すでに中高一貫校を作り、大学まで作るそうですから大したものです。

 候補者には有名大学卒業者がたくさんいて、大会社や官僚までいて多士済々であったということです。この宗教は、大川総裁の著作で、旧来の貧困や病気で信仰する人よりも「内面探求」を求めて入る人が多いというのです。宗教書というよりビジネス書とか自己啓発書に近いというのは、私も読んでみて感じました。以前あったこともない、高校の同窓生が、推薦書と一緒に私のところに送ってきているのです。息子も同じ高校で息子あてにも送ってきました。マークシート式の全国一斉の「心理検定試験」をやったり、信者を多く獲得すると位が上がるシステムを使っているのでしょう。ずいぶんとお金がかると思います。最高神エルカンターレの生まれ変わりである大川総裁のもとで信仰をすれば、一瞬のうちに、信仰をしない誰よりも偉くなってしまうのです。自信のなかった人も、一気にすごい確信を持つことでしょう。自分の確信をより強めるためにさらに本を読み、行事に出て確信を持ちます。でも危険なのは、周りに対しての正しい判断力がかけるために、オウム真理教のように、選挙に負けて世を恨み、驚くべき破壊活動に進みましたが、幸福の科学もいつ暴走するかわかりません。北朝鮮の驚異を説き、憲法改正をとなえ、自衛隊員も多く参加しているので空恐ろしさを感じます。

 宗教の信者は自主申告分を足せば、2億数千万人になります。成人人口の倍です。前にも言いましたが、神社本庁で6800万人と計算して、神社の氏子をすべて入れています。ですから私も皆中神社の氏子に入っているはずです。それからお寺の関係で浄土真宗の信者にカウントされているかもしれません。幸福の科学は1100万人とかいっています。

 新興宗教がはやり、占いがはやるのは、現在の世の中が、不条理に満ちており、心身共に疲れきって、何かにすがりたいいという気持ちに、させているのだと思います。新興宗教でも、占いでも、そのお手軽さがいいのです。人々の大きな欲望が、信仰宗教や占いに走らせると思います。その欲望を達成するのに、科学的な信念のもとに地道に勉強し、世界観をしっかり持って自律的に生きるのは大変なことです。世の中には、今までの文部科学省の教育方針で、科学的、批判的に物事を見るという習慣から引き離そうとしてきました。神秘的なものへ、畏敬の念をもってなどというのです。世の中でも、テレビ新聞雑誌でも、スピリチュアル、神秘的なものを助長させるようなものに満ちています。そして信仰や、スピリチュアル、占いはお手軽なのです。できれば魔法の呪文でも唱えれば、カッコよくお金持ちに変身できればという気持ちです。

 何を信仰していても、どんなに他人が見ておかしいなと思うものでも本人だけが信じている間はいいのですが。それが周りの人に無理に勧めたり、社会的不適応を起こすと問題なのです。幸福の科学で、月に3万から4万円使って、自分に確信にをもち、安心立命できれば本人は幸せでしょう。今はやりの新興宗教は多額のお金を信者からむしり取るのではなく、破たんしない程度のお金をあつめるそうです。またスピリチュアルブームの中でお手軽で、コンビニのような「コンビニ疑似宗教」ものがはやると、雑誌『ダイヤモンド』でも書いていました。

 ただ、やはり、多くの人は、新興宗教や神秘主義にはまらずに、「普通に」いきています。ただ物事が順調に進めばいいのですが、身内や親しい人の死や、自分の病気、失業、貧困などの困難に直面した時どうするかです。自分ひとりではとてもにないきれない苦しみも多いことでしょう。それがうつ病が多発する原因です。日常から、何かしらの組織で悩みを解決する、組織バックアップ体制が必要です。ただカウンセラーに相談するといってもどうしたらいいかもわかりません。それで、実用的人間学に基づいたゼネラリストが身近にいて、相談に乗ってあげられたらいいのだが、と私は言うのです。ただ、占いの本はおおはやりでもその批判本が売れないのと同じで、私のように科学的になどというのは全然人気がないのです。でもいずれは、そのようなものができて、せめて現在の実用的人間学研究会のように、勉強会と、そのあとの雑談と食事を楽しむサロンができたらいいのではないかと思っているのです。でも現実は、ごまめの歯ぎしりのようですね。

*2011年10月修正しました。ずいぶん誤りがありました。申し訳ありません。

 

 

 

2009年9月 6日 (日)

こういちの人間学ブログ 50件になりました

読んでいただいている方、ありがとうございます

 7月の22日にブログを書き始めてから以来少しずつ、ブログを書きたしていきまして、ちょうどこの文章で、50件になりました。いままで書いてきたことはバラバラで、まとまりが全くないのですが、思いつくままに書いてきました。書き始めで、これから2,3、4と続けなければいけないものがあります。カウンセリング関係のものなどはまだ全く書いていません。

 現在アクセスしていただいた方は9月6日現在で174人、アクセス件数は474件です。読んでいただいた方、拙文なのにありがとうございます。

 いままで面白実用的人間学というサブタイトルをつけている割には、まじめすぎで、面白くないだろうなー、と自分でも思っています。でもたくさん書いているうちにはこれぞというものが出てくるのではないかと思っています。

 今までに「人間学研究所通信」(HUMANOLOGY・現在44号)に書いてきたことや、その前の「人間学ニュース」にも、いままでいろいろ書いてきました。おいおいに書き連ねてまいります。

 また、再三出てくる、私が書いている小説「人相食む」も本格的に、ふたたび書き始めようとしています。

 今は夜8時半、第二ビルの人間学研究所で、この文章を書いています。調子に乗ってくると、以前でも急速に物事が進展したのですが。もうそろそろ、ピッチがかかりそうな予感がします。拙文を読んでいただいている方、これからもよろしくおねがいいたします

韓国の歴史ドラマと韓国の歴史 その2 朝鮮王朝以後

独立した国の王様、陛下と臣従した国の王様、殿下 

 高句麗や渤海国では中国に対して、対等な国として皇帝、あるいは国王陛下と呼ばれました。韓国語で聞いていると、臣下は「ペーハー」という言葉を使っています。ところが、高麗は宋の時代から、元の時代にかけて、中国に対して臣従する形になりました。はじめは陛下と呼んでいました。元の時代には、徹底的に支配されて、日本(鎌倉時代の元寇)に侵略するときも、ほとんどが高麗の軍隊でした。そしてそのあとの李氏朝鮮でも、同様で中国にへりくだって殿下とよばれました。テレビでは、「チューナー」ときけます。今の日本で言えば、天皇陛下と皇太子殿下というよぶようなようなものです。朝鮮の時代にも、いちいち、即位するときに宗主国の明国や清国にお伺いを立てるのが、ドラマで出てきます。高麗時代のドラマでは、ほかに「シンドン」「飛天舞」があります。韓国をkoreaと呼ぶのは高麗からくるという説があります。高麗は高句麗の後継の国という意味で高麗としたと言われます。高麗は仏教を国の中心の教えとして、立派な寺院が建てられました。高麗の国王は王家です。高麗王朝最後から朝鮮王朝の創立のころ、王家の1族は謀略により海に沈められてしまいます。ですから、中国と違い王姓は現在ほとんど聞きません。(後述)

儒教を中心に置いた朝鮮王朝

 1393年、王命に逆らい、明と戦わずに戻った李成桂(イソンゲ)が、高麗王朝を倒して、朝鮮国をつくります。この国名も明にお伺いを立てて決めています。この初代の王から、三代の太宗までの歴史ドラマが、「龍の涙」です。皇子の間の権力争いで、相次いで、王子が殺されます。これを第一次、第二次王子の乱といいます。権力争いの末、五番目の王子のイ、バンウォンが即位し第三代太宗となります。今このドラマは放送中です。(当時)さらに、太宗のあとも、皇太子は粗暴で王にならず―わざと位を弟に譲ったといわれます、三番目の王子が王となります。これが韓国で最も尊敬を集めている第4代国王「世宗」です。これが、今ドラマでやっている「大王世宗」です。世宗は教育、文化に力を入れ、韓国独自のハングル文字を作り出しました。大王世宗の名前はいろいろ使われ、1万ウオンのお札に肖像画としてかかれました。また韓国最初のイージス艦も大王世宗級というのがあるぐらいです。

 (このブログは2009年9月に書かれたものですが、「龍の涙」は何回か再放送され、2015年5月にも再放送されたものが終わったばかりです。筆者は長いドラマなのに3回も見てしまいました。キム・ムセンがなるイ・ソンゲ(太祖)もユ・ドングンがなる太宗も迫力があります。

 2012年から13年に韓国SBSで放送され、日本ではテレビ東京で2015年に放送中の「大風水」は朝鮮王朝成立の時を描いています。主役は風水師で「鉄の王キムスロ」で主役となったチ・ソンがなります。イ・ソンゲ役は「トンイ」で粛宗役となった、チ・ジニがなります)

追記:高麗王朝の創立者は王氏ですが、王氏一族に土地を与えるといって、一族を船に載せます。そして謀略を使って、王氏一族をみんな海に沈めてしまいます。だから韓国朝鮮では王氏という苗字はほとんど現在でもありません。

朝鮮王朝のドラマ

 朝鮮王朝のドラマはとても多く作られています。「王と妃」、「王の男」、「女人天下」、「張きせん」、「一枝梅」。キーセンを扱った「ファンジニ」は最近放映されました。さらに、有名なイヨンエの「チャングムの誓い」と続きます。「風の絵師」も9月に放送が終わったばかりです。「チャングムの誓い」は、10代国王の中宗のころのドラマです。その後、日本が朝鮮に侵略した当時には「不滅の李舜臣」があります。韓国では壬申倭乱とよんでいますほかには「ホジュン宮廷医官への道」は堕落した人間から朝鮮1の名医になったひとですそのほか「キム尚宮」、「王の女」「チュオクの剣」などがあります。すべてが日本のテレビ局で放送されているわけではありませんが、韓国のテレビ局と契約すれば、日本でもすべて見られます。(2009年の時でこのくらいありました)

 22代国王の正祖を主人公にしたドラマは「正祖大王 イ、サン」です。これはNHKBS2で放送中です(当時)。官僚の陰謀で、父親が殺され、自分自身も10回も暗殺されかかった王です。立派な王として尊敬されています。どうも、韓国では、ずっと、王権に対して大豪族や貴族が力をもっていて、その貴族が妃を入れ、外戚として権力をにぎる。そしてそれぞれの妃が生んだ王子の間で、争いがおこる。それが当然のように続いて、それでドロドロしたドラマになっています。韓国では、日本が取り入れなかった、宦官制度を取り入れました。宦官はイロイロな陰謀や権力闘争に絡んで、います。日本でも宦官制度を取り入れていたら、もっと権力争いがひどくなっていたでしょう。そして日本にくらべ、中国もそうですが、暗殺や、毒殺が大変多いのです。

 朝鮮王朝末期になると、「商道(サンド)」「太陽人、イジェマ」などがあります。「イジェマ」は韓国の医学の祖といわれるジェマを描いたドラマです。中中面白いドラマでした。

 まだまだたくさんあるのですが、名前だけ連ねてもしょうがないのでやめておきます。しかし特に、「朱蒙」や「太王四神記」など多くのドラマが、分裂した国土を回復する夢を語りその実現を図ります。今朝鮮、韓国は南北に分裂しています。国が一つになることを強く望む韓国の人々の願いが強く感じられます。

1897年に国号を大韓帝国と改めましたが。1910年に朝鮮王朝は滅びました。韓国歴史ドラマと呼ばれるのは大韓帝国以前の話ということになるでしょう。               「マンガ韓国史」1,2,3(2001年、図書刊行会)は韓国の歴史を面白く書いています。

「最近の韓国歴史ドラマ~朝鮮の歴史とドラマの関連も」

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2017/01/h2-9e33.html

-テレビで放送されている韓国歴史ドラマを更新しながら記録しています。朝鮮王朝の国王とドラマの関連も書いてあります。

追記 2015年6月15日

 朝鮮といっても、日本と同じように、いろいろな民族が混合して、朝鮮民族になったように思われます。日本人は、様々な民族が混血、混合して日本人となりました。日本人のルーツと、それに基づいたルーツの顔のタイプを面白く書いたのが、川口氏の「めんたんぴん」です。アイヌ系、モンゴル系、ツングース系、北中国系、南中国系、南洋系などです。そのほかに、それぞれが、モザイク、ミックスなどの混合計です。詳しくは筆者のブログをご覧ください。

 朝鮮の人は、日本ほどには、混合していないと思われます。しかし、大きく分けてもともと南朝鮮に住んでいて、古代日本と同じ系統の人々、さかのぼると、中国の漢の人々からと呼ばれていた人々です。揚子江下流の地域と南朝鮮と、当時の日本に住んでいた人々です。高床式住宅、文身(入れ墨)、米作の人々です。ちょうど、日本で言えば縄文式文化の時代です。そこへ、多くの渡来人―渡来系弥生人がやってきました。

 朝鮮でも、北方の扶余から高句麗、百済と南下してきた、いわゆるツングース系の人々が混血していったのではないかと思われます。このころ、地球全体が寒冷化して北方の民族が 南下してゆきました。北方のツングース系の人々は靺鞨族(マルガリ)とよばれていました。その後女真族と呼ばれ、中国において、1115年に金王朝、17世紀には清朝をおこしました。清朝の康熙帝の肖像画を見ると、面長の典型的なツングース系の顔をしていることが分かります。

(このあたりの話は,2017年3月に更新した、その1に詳しく書きました。よろしければぜひご覧くだい。

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2017/03/post-5aab.html

 高句麗の王朝の創立者は朱蒙(チュモン)だといわれています。朱蒙は扶余国(プヨ)の王子ということになっています。扶余国はかなり北方の満州ー中国東北地方にありました。その後高句麗の王族の一部が百済を起こしました。高句麗の地域はいわゆる広く満州から朝鮮にまたがった地域で,有名な好太土王碑も中国東北地方にあります。中国東北地方に住んでいる朝鮮民族は延辺自治区の中に住んでいます。新大久保でも延辺料理の看板をかがげたお店がたくさんあります。狗肉(犬の肉)料理を掲げているところもあります。

 朝鮮王朝を興したイ・ソンゲ(李成圭)は、女真系だといわれます

 又、女真族の助けで 王朝を興しています。朝鮮王朝の人々の顔と清の王朝の人々の顔はよく似ています。また日本の王朝、公家の顔もよく似ています。面長、一重瞼、細面で目が吊り上がったお雛様の顔いわゆるキツネ顔です。しかし庶民に多い顔は丸顔で、(タヌキ顔)鼻も低く、朝鮮でも、日本でもいわゆるお公家顔ではありません。侵略してきた北方民族が両班階級になったと思われます、元から住んでいた人々は庶民階級になりました。日本でも似ています。しかし、朝鮮よりは縄文顔の人々が大きな勢力を持っている気がします。

後記 2015年5月28日

 このブログは2009年9月に書きました。ずいぶん前のものですが、そのあとに書いたブログが更新を続けています。現在は2015年4月のものです。ぜひご覧ください。ドラマが変わるたびに更新して詳しすぎるほどに、書いています。よろしかったらぜひ、ご覧ください。

「最近の韓国歴史ドラマ、朝鮮王朝の歴史も」

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2015/04/h2-7a9d.html

又,、その2だけが出てきて、その1が出てきません。よろしければ、1もご覧ください。

「韓国の歴史ドラマと韓国の歴史」その1

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2009/09/post-9d79.html

同じ月に書きました。分ける必要がなかったのですが、すみません。これは更新しました。

 

2009年9月 4日 (金)

人間観変えても世の中変わらないーマルクス、エンゲルス人間論1

ドイツ・イデオロギー まえがき

 佐竹が学生時代に、人間学研究会での研究活動としてマルクス、エンゲルスの著作の中から、人間に関して述べたことをまとめる作業をしました。いろいろ、眼から鱗のように、そうだったのかと明快に世のなかの仕組みがわかってきました。その中で、人間とは何かを探求しようと人間学を志していた私にとって、「うーむそうか」と、思ったものがあります。それは「ドイツイデオロギー」の「まえがき」です。

 「ドイツイデオロギー」は、マルクスとエンゲルスが1845年から46年に書いたもので、そのおおもとは1845年にマルクスが書いた「フォイエルバッハに関するテーゼ」からはじまっています。ドイツイデオロギーはかなりの大著ですが、当時は出版されませんでした。「フォイエルバッハに関するテーゼ」には、人間論にとって極めて重要なテーゼが示されています。

 ひとつは、「フォイエルバッハは宗教的あり方を人間的あり方へ解消する。しかし人間性は一個の個人に内在するいかなる抽象物ではない。その現実性においてはそれは社会的諸関係の総体(アンサンブル)である」ということ。

 もう一つは最後の11テーゼの「哲学者たちは世界をたださまざまに解釈してきただけである。肝心なのはそれをかえることである」という文章である。(大月国民文庫版による)

 それにもとづいて書かれたのが、ドイツイデオロギー(フォイエルバッハ、B,バウワー、シュティルナーを代表とするドイツ哲学の批判)なのです。このドイツイデオロギーはマルクスエンゲルスの人間論のいわば宝庫ともいえる内容をたくさん含んでいます。この当時のドイツ哲学の系譜は、のちのM、シェーラーらの哲学的人間学にもつながっており、、そのまま現代の哲学的人間学への批判として通用します。

 「ドイツイデオロギー」のまえがきを少し略して紹介します。

 人間は自分たちが何であるのかとか何であろうとしているのかとかについて、自分たち自身に関して間違った観念をこれまでいつも自分たちの頭の中にこしらえてきた。神とかまともな人間らしい人間とか等々について自分たちの観念にのっとって彼らは彼らの関係を律してきた。彼らが生み出した怪物や産物に人間は屈服した。人間にのしかかって居る妄念や観念や教義から彼らを解放しよう。これらの妄想を批判し取り払い他の思想に取り換えれば、今ある現実は崩壊するであろう。                          これらの、無邪気で子供らしい空想が近頃のヘーゲル新派哲学の核心をなしている。かれらは、自分たちの考えは世の中を覆す物騒さをもった狼だと思っている。この本(ドイツイデオロギー)は彼らを笑い物にして信用を落としてやろうととするのである。         それは人間が水におぼれるのは重さの観念のとりこになっているからにすぎないと考えた。そして、その観念を頭から追い払えば水におぼれる心配がない、と考えるのと同じである。

 この考え方は、当時の私には強烈に響きました。私はぼんやりと、人間観を変えれば人間社会がよくなるのではなどと思っていたからです。

 そして、私は、次第に人間学を研究するよりも、社会的実践により、現実社会を変える具体的活動をした方が良いと考えました。そして、一時期、人間学を批判し、科学的社会主義の人間論という立場に変わっていきました。そしてその後、あらためて、人間学の重要性(従来の哲学的人間学ではない人間学)を考えるようになり、人間学研究会を再開するようになったのです。

 私は、従来の哲学的人間学ではなく「実用的人間学」を提唱しています。

 ドイツイデオロギーの中で人間を考えるにあたり、重要な考え方が書かれているものはおいおいに説明していきます。

「王充の墓を訪ねて」ー紹興、上虞を訪ねて

 小説『人、相食む』を書く前は、王充についての小説を書こうと思っていました。王充に関する資料集め、中国語の勉強のあと、今からちょうど9年前に、王充の墓を尋ねに行きました。 2000年9月、一人で近畿日本ツーリストの上海フリープランというのを頼みました。13日上海についた日はまるで嵐でした。翌14日は、上海の豫園やテレビ塔に行きました。テレビ等では雲の中で何も見えませんでした。泊まったのは錦江飯店南楼で、北楼は古いけれど立派な建物でしたが、南楼は三階建てで、窓から外を見れば狭い空間で煉瓦の壁しかみえず、冷蔵庫の音はうるさく、お風呂のお湯は赤茶けていました。フィットネスクラブは、南楼の宿泊者は利用できませんと散々でした。北楼と4泊で2万円しか違わないのに、ひどいものだと思いました。2泊3泊めは、他のホテルに泊まるから一番安いものでいいやと思ったのですが。

15日、電車で紹興まで行きました。駅舎は古く、暗くて鉄の檻の中で券を売っている感じ、トイレも汚くてひどいものでした。紹興、上虞とも、超モダンな駅舎を作っている最中でした。紹興で頼んでいた通訳の女性と待ち合わせしました。単なる観光なら一人でいいのですが、上虞で王充の墓を訪ねるなどというのは習いたての私の中国語では無理と思ったのです。紹興は魯迅の旧跡を観光する日本人の多いところです。とりあえず、府山公園の越王殿を見に行きました。その後、王充について何かあるかと思って紹興博物館に行きました。古ぼけた博物館にはほかに誰もいませんでした。王充については、コーナーがあり、王充の墓の写真,『論衡』の古い本、簡単な説明パネルがあるだけでした。その日はまだできてまもない、高層の紹興国際大酒店にとまりました。

16日、朝タクシーで紹興から上虞に向かいました。上虞は、中国の人もあまり知らない、地方都市です。紹興とともに、春秋時代のずいぶん昔から栄えていたところです。今では紹興市の中の上虞県となっています。(日本の県より小さい単位です)上虞の駅のところにタクシーがたくさん待っていて、たくさん運転手がよってきます。通訳の人は、喧嘩するぐらいの調子で交渉していましたが。半日110元(1450円)で貸し切りにしました。わたしにはとてもこういう交渉は無理です。ちなみに、上海では初乗りで10元,上虞では5元でした。地方は物価が安いのです。

 はじめ、曹娥廟によりました。後漢の時代に、父親が川でおぼれ、探し回った娘が、遂に川に身を投げ、数日後、死んで父親の遺骸を背負ってともに浮かび上がったといわれます。その、親孝行を称賛して、廟を造りました。なかなか立派な建物です。後世その石碑の文章を曹操が激賞したとも伝えられています。このときはほかに人がいなく、閑散としていました。この廟の傍らの農村地帯はとても、古い崩れかかったような家が多く、急速に高層ビルが建ち始めた、上虞の町と対照的でした。

 次に、地図を見せて、王充の墓へ行くことを依頼しました。タクシーの運転手は場所が分からず、近くに行ってもわからず、行ったり来たりしました。ガソリンスタンドで、聞いてようやくわかりましたが。わからないはずです。農道のような土の道で、車一台だけ入る道路で曲がるのですが。入口に何も標識がないのです。一応中国の地図では、国家重要遺跡地と書いてあるのですが。いかに訪れる人が少ないかということです。文化大革命のときだけ脚光を浴びたようですが。しばらく道を進むと、左にそれらしきものが見えてきました。石垣で囲いがしてあり、奥に丸い石垣でそこに土がもってあります。草ぼうぼうです。その途中は小さい木が植えられていましたが、石畳は草ぼうぼうでした。周りはみわたすかぎりのお茶畑です。墓の前には石碑が一つ建っていました。この墓は清の時代に王充を慕うものが作ったと書いてありました。あなたの小説を書かせていただきますと手を合わせました。そのうち待たせていたタクシーが来たので、かえることにしました。その日は上虞賓館にとまりました。ホテルの中には「舜井」があり、大きな井戸からは奇麗な水が大量に湧き出していました。このあたりの地は舜の生まれた地とされており歴史の古さを感じさせます。

17日は紹興と上虞の間の東湖と柯岩に行きました。柯岩は秦代からの石切り場で、変わった形の石が立っているのです。昔はただ畑の中にあったのが、池を造り整備してありました。さらに7年後に再び訪れた時には、立派な公園として素晴らしく整備されていてその変化に驚いたものです。私の小説では、主人公の第五倫がここで、賊に襲われ、謝夷吾、と鄭弘に助けられる場面を書きました。今では周りは大がかりな、工業団地の開発中でした。翌日帰る予定が、飛行機会社のストのせいで飛行機に乗れず、1日、用意されたヒルトンホテルで1日上海ですごし、得をした気分でした。

2009年9月 2日 (水)

エスニックの街、大久保 (5) 日本、その他

 エスニックの街、大久保ということでいろいろ紹介してきました。大久保地域には、韓国料理はじめ、エスニック料理も多いのですが。他にもいろいろ特徴があります。ひとつは、韓流館など、韓流スターの店が多いのです。新大久保には、ハングル文字しか書いていない店が大変多くなってきました。韓国の衣料品を扱う店は大変多く。逆に、昔からやっていた日本の洋服店は閉店しました。韓国の医院、美容院、マッサージ、旅行会社、不動産や、携帯電話販売など様々です。また、インターネットの店も多く、韓国のものすべてが揃っていて、コリアタウンという感じになってきました。    さてここでは、その他の店、日本の店も含め紹介します。

1、韓国広場職安通りに面する、スーパーマーケット歌舞伎町2丁目) 

 韓国の珍しいものものが売られ、肉や野菜もかなり安くなっています、年中無休、24時間営業 03-3232-9330 新大久保にこられましたら、ぜひ一度行って見られることをお勧めします。ちなみに、この店の店舗の内装工事は合併前の、株式会社サタケで、施工しました。

2、ハラルフッドの店とラージャ(インド、パキスタン料理)

 新大久保駅降りて、すぐ向かい側の道へ、マツモトキヨシの横入るとすぐです。もともと、イスラム教の礼拝を受けた肉を扱うハラルフッドの店は、ビルの中にありました。3か月前ほどから、2店、通りに面した店ができました。珍しいスパイスなど売っています。その間にラージャがあり、シシカバブなど売っています。2016年その後だいぶお店は増えました。

 これらの店の一角にイスラム教の礼拝所があります

 このあたりをイスラム横丁というのだそうです

Kc4a10750001

3、あうん

161126_135301

 大久保駅(JR総武線)駅降りてすぐ線路に沿って新宿よりに行く。徒歩1分です。佐竹のいとこが経営しています。森永レストランで、味の指導を長年やっていて、ついに自分の店をだしました。自社ビルの一階でやっています。このお店もサタケで、設計施工しました。新大久保界隈にはない、しゃれた落ち着いたお店です。和洋中華料理があり、うつわにも凝っています。味は素晴らしくその割に値段は安いのです。いろいろな焼酎やワインなどを置いているのでそれも楽しみです。いとこだからというのではなく、お勧めです。紹介した人は再度行っています。ただ人気があって、いつも混んでいますので、5時から開店ですが予約が必要です。   

  百人町1丁目    03-5389-3350です

4、仙力

 新大久保駅からすぐです。文化通り。ハラルフッドの店の数軒先です。昔からやっていて、魚河岸の店の経営です。わたしもよく行きます。店は雑然としていわゆる居酒屋という雰囲気です。特に、ふぐの刺身が、美味しいし安いのでお試しください。5時から営業です。

百人町2丁目  03ー3367ー2745

 

仙力支店 2011年追加

 このお店は、仙力のご主人の奥さんが経営しています。皆中神社の横入りすぐで右側です。比較的すいているのと奥の部屋が足を下ろせるようになっているのが良くて、最近では人間学の例会で使い始めました。

 ◎このお店は奥さんが急に亡くなられて、閉店となってしまいました。

5、越路

 仙力のななめ前の豆腐料理店です、地下一階にあります。豆腐がとても美味しいし、飲みやすい雰囲気のお店です。人間学研究所の、教育人間学部会では、懇親会として、ずっとこのお店に来ることにしています。百人町2丁目 03-3367-2486です。5時から営業です。

6、近江屋

 新大久保駅前、百人町2丁目の。明治時代より続いている、おそばやさんです。小学校のクラス会の懇親会などもここで開きました。なめこ蕎麦やおろしそばなど5種が小分けされているお蕎麦はよく食べました。

Kc4a10770001

★ 以上、エスニックの街大久保の1から5までご紹介しました。ここでは極めて個人的に、佐竹の気にいっているお店だけ選びました。私も食べることが好きでお店ができるとよく食べに行きます。さすが韓国料理は数も多く行っていない店が多いのですが。それ以外の店はかなり行っています。皆さんも、もしお店に行かれて感想がありましたら、ブログの返信欄に乗せていただくとありがたいです。 

    佐竹 幸一 090-6549-2677                      

2009年9月 1日 (火)

宗教は嫌いだけれど、ブッダは好き(キリストもね)

私は、ずいぶん昔の学生時代に原始仏典である、『ブッダのことばースッタニパータ』を読みました。昭和33年発行の岩波書店(中村 元訳、岩波文庫)です。かなり古くなっていますが本は持っています。もうそのころには人間学研究会を学生たちでやっていて、そのころいろいろな本を読んでいたころです。このスッタニパータは、もっとも古い経典で、ブッダの言葉に最も近いものだといわれています。歴史上のゴータマ、ブッダは紀元前383年ころに亡くなられたといわれています。ブッダの言葉は、短い詩の形で伝承され、その後まとめられて、経典になりました。その後弟子たちの手が加えられ、さまざまな経典が作られていきました。

中村氏の解説によれば、「この経典には、簡単素朴な最初期の仏教が示されていた。そこにはむずかしい教理はなく、素直に人として歩むべき道を説いたのである。ブッダは一人の修行者として、簡素な生活をし、特殊な宗教の開祖となる意識はなかった。この当時は大規模な僧院の生活は始まっていなかった」といっています。ブッダとは目覚めた人という意味です。

 この本の第一章は蛇の章、第二章は小なる章、第三章は大いなる章、第四章、八つの詩句の章、第五章、彼岸にいたる道の章となっています。最初の蛇では様々な迷妄や愛欲を去って、「一切のものは虚妄である」と知った修行者は、あたかも蛇が脱皮して古い皮を捨てるようだという。二番目は牛飼ダニヤの質問に答えます。人間は物事に執着するので憂いが生ずる、執着するよりどころのない人は憂うることがない。三番目はいろいろな教えの後に、有名な、犀の角のように一人歩めという言葉が続きます。以後さまざまな人たちがいろいろな素朴な質問をします。それに優しくわかりやすく説明をしていきます。私の本にはいろいろ、教えられる言葉が多くいろいろ線を引いてあります。

 ○ 肉を食わないことも、~不死を得るための修行も呪文も、~それらは疑惑を超えていなければその人を清めることはできない。○ 布施でもらった鶏肉を食べているブッダを見て、生臭ではないかと、言うのに対して、ブッダは、肉食が生臭ではなく、さまざまな誤った行為こそ生臭であるという。  ○  わが弟子たちは呪法や占いを行ってはならない。(いまの仏教の呪法は釈迦の教えに背いている) 〇 自分は教団の指導者であることを否定します。頼るべきは、修行する個々の人たち自身でなければならない。

 ○ 生まれを問うことなかれ、行いを問え。生まれによってバラモンとなるのではない。行為によってバラモンとなるのである。(ブッダは当時のバラモン教のカースト制度を否定しました。これは当時としては革命的な考え方でした。特に、ブッダは最も下層の不可触選民でも、女性でも悟りを開くことができるという点で平等だといいました。これはキリストの考え方と全く同じです)貧しい苦しむ人に対する愛に満ちています。

 〇 さまざまな欲望に満ちている人は、死の恐怖におびえる。 何物も死んでしまったら自分のものではなくなる 〇 この世において死も生も存在しない人は、彼は何を恐れよう、何を欲しよう。○ 常によく気をつけ、自己に固執する見解を打ち破って世界を空なりとおもいなさい。そうすれば、死をわたることができるであろう。このように考える人は死王を見ることはない。

ブッダは、死後の世界については、「死後の世界は分からないといった孔子と同じであれこれ述べてはいない。静かな涅槃(ニルヴァーナ)の境地になるというだけである。極楽や地獄などの話は弟子たちが、勝手に付け加えてことである。極楽往生したいなどという欲求こそ、まったくブッダの教えに反するのです)  ここに書いたことは本当に一部のことであって、その中身はすばらしく、教えられることがとても多いのです。私は多くの人に一読を勧めました。読んだ方は今の仏教と、ブッダの教えはずいぶんと違うのだなと思われることでしょう。

さてブッダの教えを受けている時点では、まだ宗教とは言えないのです。宗教とは、弟子たちが、経典を作り、専門の僧侶集団があり、建物(寺院)が存在し、信者がいて、寄進をすることで宗教になるのです。私はブッダは心の底から尊敬します。しかし、信仰を強制し自分のみは正しいという宗教は嫌いです。

 ぜひ折があれば、「スッタニパータ」を読んでみられることをおすすめします。 『神様学入門』 村松恒平 1999年 洋泉社 という本があります。そのサブタイトルは、「宗教は嫌い、神様は好き」となっています。いろいろと面白い比喩があって、基本的な趣旨は私の言っていることと同じようです。ただ私は、ブッダも、イエスキリストも、そして孔子も、神様としてではなく、いろいろな苦しみにさいなまれている人たちを心から助けたいと行動した生きた生身の人間としてのブッダ、キリスト、孔子であるというところが大きく違います。 

エスニックの街、大久保 (4)多国籍、インド、中国

1、百人町屋台村 (多国籍料理)

 新大久保駅降りて左へ、道路の向かい側へ、小尾羊の横入る。外観も内装もはインドネシア風です。料理は、タイ料理、マレーシア料理、中華料理、インドネシア、インド、メキシコ料理の6ヶ国料理が楽しめる。たくさんで行って、いろいろ頼むとよいと思う。それぞれを比較すると、たとえばタイ料理だけというなら専門店のほうがおいしいが、これだけ幅広くやっているお店は他にはありません。ぜひお試しを。ランチもやっています。昼はやっていない料理もあります。人間学研究会の懇親会でも何回か言っています。03-5386-3320

2、小尾羊 (モンゴル料理)

 店の場所は前に紹介したとおりです。ヘルシーな羊料理があります。モンゴル風肉の串焼きと、薬膳となる辛いスープと辛くないスープのはいったシャブシャブがおいしいです。肉は羊だけでなくいろいろあります。懇親会で利用しました。03-3368-1618

3、菜食兼美 (台湾、精進料理)

 小尾羊の次の道の横を入ります。大きな、弥勒菩薩像のある道徳会館の中にあります。肉や魚、卵も使わない精進料理です。ランチビュッフェで1350円。野菜やこんにゃくを肉のようにうまく作っています。夜は木、金のみ。珍しいので試してみたらいかがでしょうか。03-5332-3628

4、ラジュール (地中海料理、チュニジア料理)

 大久保駅の南口から斜めのお店がたくさんあるとおりのビルの2階にあります。二回ほど行きました。チュ二ジア料理は、スペイン料理に近く、まさに地中海料理です。チュニジア人の旦那さんと、チュニジアとフランス人のハーフの奥さんがやっています。コースは3500円から 夕方からオープンです。03-3366-4004

 この通りに、カウンター席だけのトルコ料理の店があります。ここ通りは最近、立ち飲みの店が多くなりました。タイ料理のところで紹介した、新大久保沿いの、ソムオーのある通りには、サハラという、チュニジア、モロッコ料理の店があります。前はハンニバルというチュニジア料理の店でした。ハンニバルのときはよく行きました。

5、シディーク (インド、タイ、ベトナムレストラン)

 職安通りに面した店、新大久保から新宿の方へ行きます。職安の前です。2009年オープン。前からシディークのインド料理の店は周辺に何軒かありました。ここは幅広くやっています。昼からオープン。ほかに、グレートインディアというインド料理の店が昨年あたりから大久保に何店も支店を作りました。作りすぎではと心配しています。

、LAMA (インドネパール料理)

 職安どおりに面し、中央線と山手線のガードの間の店です。2009年最近オープンです。ネパール人のママさんがやっています。内容はほとんどインド料理と同じ感じですが。最近、急激に新宿にネパールの人が増えて、インド人より多くなっています。昼からオープンです 03-5389-1425

エスニックの街大久保(3)タイ料理、その他

1、タイ、ベトナム系のお店

大久保、百人町にはタイ料理系の店が10店ほどあります。そのうち、新大久保駅の近くのお店で、佐竹がよくいくお店を紹介します。

1、ソムオー (タイ、ベトナム料理)

 新大久保駅から左、すぐパチンコ屋の道左へ、すぐ1分。タイ料理とベトナム料理両方をやっています。佐竹は週に一回くらいは行っています。店の雰囲気はタイのお店の雰囲気です。焼きソバやチャーハン、サラダなど、それぞれ、タイ風、ベトナム風があります。一人で行くといろいろ楽しめないので、4人くらいで行って、いろいろ分けて頼むと楽しいです。実用的人間学研究会の例会の後の懇親会でも何回か利用しています。ベトナム料理は、辛くないものも多いので、辛いものが苦手な人は良いと思います。よく頼むものは、パッタイという、ベトナム風オムレツのようなものヘルシーで美味しいです。あと海鮮カレーはそれほど辛くなくておいしいです。サラダはかなりトウガラシが聞いているのでそのつもりで。お昼もランチで、安く食べられます。このお店は歌舞伎町や高円寺にも店があります03-3366-9686

クンメー (タイ料理)

 タイ料理だけで行くならこちらがお勧めです。タイの雰囲気のお店です。ソムオーの店の通りに二軒、更にもう一軒と3店あります。ソムオーの前の店より、その先の一号店の方が広いです。私も時々行きます。タイ料理では、何といっても、トムヤムクンがお勧めで、このお店ものはおいしいです。ただし、辛いので、レッドカレーと唐辛子のきいたサラダなどと一緒に食べると、初心者には強烈かもしれません。

3、タイカントリー (タイ料理)

 新大久保駅を降りて右へ盛好堂という本屋の隣のビルの3階です。一度しか行っていませんが、大きなカラオケの画面があり、真ん中のテーブルにタイの人たちがたくさんいてタイのカラオケを歌っていました。そういう雰囲気を味わうにはいいかもしれません。

*この店は2011年10月時点では、韓国の喫茶店に変わってしまいました。

4、マハティール (マレーシア料理)

 新大久保駅から左へ2分ほど大久保通りに面するビルの地下です。マレーシア料理はいろいろな料理が融合しています。私はインドネシア料理が好きなのですが、新大久保にはありません。しかしここで食べられます。あまり辛くなく、日本人向きです。昼はランチでバイキング方式、夜は飲み放題のセット料金がとても安いです。03-3367-3121

*この店も2011年10月現在ありません

 以上、お店がいろいろある中で、少しだけですが紹介してみました。

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

最近のトラックバック