ヘンリー五世 イギリス軍の長弓 自立した農民 ( その2 追記版)
イギリス軍の戦術と長弓 自由農民出身のイギリス兵
ヘンリー五世の軍は、森をバックにし、先をとがらした逆木をずらっと敵側に並べます。馬は入ってこられません。ぎりぎりまでに敵を引き寄せて、一斉に矢を放ちます。イギリスの弓兵については私のブログ『戦争の人間学』にも書きましたが、改めて紹介します。この文章の内容は『戦場の歴史 コンピューターマップによる戦術の研究』(ジョン・マクドナルド1986年、河出書房新社)によるものです。この本では、ローマ軍とカルタゴ軍の戦いから始まり、ベトナム戦争でのディエンビエンフーの戦いまでを戦場の地図で再現した大変面白い本です。
さてウエールズ人のつくり出した長弓は射程256mで、フランス軍の主力の武器である、石弓(現在のボーガン)と比べると320mと射程には劣るものの、イギリス軍では熟練した弓兵は一分間になんと10本も矢を射ることができたのに石弓は一分間に一本しかうてません。これでは機関銃と単発の小銃の戦いのようなありさまです。イギリスの弓兵は自由農民出身が多く、よく弓の訓練をし給与もよく、誇りに満ちていました。一方フランス軍は前にクレシ―の戦いで、イギリスの長弓兵に散々破れたのにもかかわらず、その教訓を生かし、フランスの貴族は、お金をかけて農民に長弓を持たせて訓練するようなことをしなかったのです。そのような強力な武器を持たせて、反乱でも起こされてはたまらないと思ったということもありました。それが、イギリスの5倍もの人口があり、資源も豊富であったフランスが、イギリスに負けた原因であると、その本にはかかれていました。
さて雨のように降り注ぐ弓の雨で、多くのフランス騎士がうたれます。馬は混乱し、うたれた馬が倒れれば、重装騎士は起き上がることも出きず、身軽なイギリス歩兵に喉を切られます。さらにその逆木を超えた騎兵が森の中に入ると、木の上から跳びかかれたイギリス歩兵に馬から落とされます。馬から落ちたら、身軽なイギリス兵の餌食です。それにも関らずフランス軍は無謀にも突撃を繰り返し、犠牲を重ねます。これは信長の鉄砲隊に対して武田軍の戦った、長篠の戦いと同じです。騎兵を失った歩兵はもう戦意がありません。追い打ちをかけてイギリスの騎兵が襲いかかります。もともと、フランス軍の一般兵士は、フランスの貴族に隷属した小作や農奴上がりの兵士で最初から戦意が低かったのです。騎士たちが破られればたちまち四散します。王とともに最後の一兵になっても戦おうというイギリス兵士と最初の戦意とくらべまったく違いました。
フランス軍死者1万、イギリス軍500人
この戦いで、フランス軍は死者1万人それに対して、イギリス軍はわずか500人でした。この戦いはアジンコートの戦いとも、アジャンクールの戦いとも言われます。 その後ヘンリー五世はフランス王の王女カトリーヌ姫と結婚し、フランスの精神異常を起こしていたというシャルル6世が死んだあとには、ヘンリー五世が後を継ぐことになりました。ヘンリー五世の映画はその少し後で終わっています。すでにフランスの北半分はイギリス領とイギリスの同盟国のブルゴーニュ侯国のものになっていました。ところが、ヘンリー五世は1422年に、赤痢のために在位9年、37歳の若さでフランスの地で死んでしまいました。おなじころに、フランスのシャルル6世が死去しました。ヘンリー五世の息子は、ヘンリー6世として、イギリス、フランスの国王となりますが、シャルル6世の王太子だったシャルルがオルレアンで反旗を翻します。しかしイギリス軍に攻められ、もうオルレアンが陥落するかというときに、立ちあがったのがあのジャンヌダルクです。そしてイギリス軍を打ち破りオルレアンで、シャルル7世として即位させます。しかしシャルル7世は、ジャンヌダルクを裏切り、ジャンヌはブルゴーニュ侯国につかまってしまいます。もうこれから先は別のお話になっていきます。
長弓と石弓(弩)との比較については下記をご覧ください。
「こういちの人間学ブログ」 2011年10月
「戦争の人間学 エンゲルスの戦争論とヘンリー五世」
http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2011/10/post-62b6.html
これは、新しい資料を入れて2019年12月18日に更新しました。
追 記
「戦闘技術の歴史」シリーズ 創元社刊 2009年~
1、古代編、2、中世編、3、近世編、4、ナポレオン時代編、東洋編 翻訳
アジャンクールの戦い(1415年)の戦闘地図
ヘンリー5世の軍は、1000ほどの騎士と装甲騎兵、5000の弓兵であった。
赤がイギリス軍、青がフランス軍 戦闘は2つの森の隘路で行われた。戦場はぬかるみでフランス軍の重装騎兵は勢いよく攻められなかった。もたもたしているうちに雨のように降り注ぐイングランド軍の矢に倒れた。フランス軍の指揮は未熟な自信過剰な貴族に任されていた。戦いは実質1時間で終わる
上図
下馬した装甲騎兵と弓兵ー 足元には相手の騎兵を防ぐ杭
イングランドの装甲騎兵は常に、馬から降りて社会的地位の低い弓兵と共に戦う心構えができていた。
下図 弩(石弓)と的野屋から守る盾兵
アジャンクールの戦いを描いた絵
« 『ヘンリー五世』 オリヴィエ、プラナー版 二つの映画を見る(その1) | トップページ | 地球は今後温暖化ではなく、寒冷化して小氷期に入るかも 火山爆発追加版 »
「小説、絵、映画など 芸術」カテゴリの記事
- 工作舎の本のご紹介2 『巡礼としての絵画』メディチ宮のマギ礼拝堂とゴッツォリの語りの技法(2023.09.05)
- 上野の都立美術館のマティス展を見ました。素晴らしいものです。ぜひご覧になってください。(2023.07.13)
- 60年前、私の学生時代、東京教育大学の学園祭で同じクラスの藤沢君と、「想像動物学」の展示をやりました。(2023.04.29)
- 宮城谷昌光氏の「馬上の星」(小説馬援伝)とブログ筆者の、「第五倫伝」の中の「馬援と馬氏」について(2023.01.29)
- 「国宝 東京国立博物館のすべて」展に行ってきました。帰りに上野精養軒ででランチ 12月18日、高校の展示会と国立博物館2度目の訪問(2022.12.18)
« 『ヘンリー五世』 オリヴィエ、プラナー版 二つの映画を見る(その1) | トップページ | 地球は今後温暖化ではなく、寒冷化して小氷期に入るかも 火山爆発追加版 »
コメント