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2010年4月27日 (火)

認知症について 「イ サンの英祖」と私の母の場合

「イ サンー正祖大王」の英祖の認知症

 NHKのBS2で毎週日曜日に放映されている、「イ サン」は4月24日(日)に37話となり、全77話のちょうど折り返し点になろうとしているところです。この回では、イ サンの祖父である英祖の認知症の話が中心になっています。英祖は生母が低い身分にうまれ、若い時に苦労した人だっただけに、その政治は李朝朝鮮王朝の4人の聖君の一人と数えられるような立派な人物でした。しかし、認知症となってしまい、世子をなきものにしようとしたため謹慎を命じられている王妃と、流刑になっていたその兄のキム ギジュを許してしまいます。また気分が変わりやすく、怒りっぽくなっています。そして、世子のイ サンが、王の代わりに大臣たちの政務報告を受け、又実の父のサド セジャ(世子)な墓があまりに荒れ果てているので、修理しようかと論議しているところに、英祖が突然あらわれ、なぜわたしを呼ばないのか、王の代わりに政務をおこなうなど、そんなことを許可していない。また、イ サンにお前の父は誰だと聞き、実の父のサド セジャが実の父ですと答えるイサンに、謀反を起こした罪人を父だというならお前も世子の資格がないと言って、みなを驚かせます。

認知症について

 年をとってくると、物忘れがひどくなります。私は前から、人の名前がなかなか覚えられず。またすぐ忘れてしまいます。ところで、そのものわすれと、認知症はどこに違いがあるのでしょうか?                   

認知症の定義として、「脳や身体の疾患を原因として、記憶や判断の障害がおこり、普通の社会生活を送れなくなった状態」と言われています。これは明らかな病気であって、物忘れが多いというだけとは異なります。認知症には質問形式でテストを行います。今日は何月何日ですかとか、住所や電話番号を覚えているかとか、いろいろです。丸い図形の中に何時何分の時の時針と分針を書いてくださいなどというのもあります。これは75歳以上の人の運転免許の更新のときに使います。                           また認知症の人は、同じことを何度でも繰り返して言います。すなわち言ったことを忘れてしまうのです。また物事に関心がなくなり財布をとられたとか、しょっちゅう言いだします。それからささいなことで怒りだしたりします。  認知症の原因には、アルツハイマー型が一番多いのです。アルツハイマー病は、なんらかの原因で脳が委縮していき脳の機能が減退していきます。アルツハイマーは若い年齢からでも始まります。それに対して脳血管性の認知症があります。これは、くも膜下出血などや脳こうそくなどにより、脳の機能が低下したものです。これは、脳細胞が死滅したところに障害が起き、いわゆるまだらぼけになります。わたしのかみさん(刑事コロンボみたいですが)のすでになくなった父は研究者でしたが、これは何といって、面白がって物を見せると、何でも「石けん」と言ってみたかと思うと、子どもたちが話している中で、難しい英語の単語を言いだしてびっくりしたりしたそうです。まだらぼけなんです。

私の母の場合

私の母親も10数年前にくも膜下出血を右脳で起こし、手術の結果少しは回復しましたが、なにぶんもうすぐ92歳ということもあり、だんだん症状は重くなってきています。 私の母のばあい  母親が脳の手術をしてから自宅へ戻り、父親と一緒にずっと自宅ですごしていました。同じビルの3階に両親が、5階に私たち夫婦が住み、三食食事を持って行きました。ところがしだいに母親の妄想がひどくなり、いろいろと幻覚の症状も出て、高齢な父親も耐えきれなくなるような状況になり、母親に養護老人ホームに入ってもらいました。そのご、父親は自宅の部屋で昨年末滑って頭を強打して、一日でなくなってしまいました。としは92歳でした。その話はすでに私のブログでも書きました。その時は父親の遺がいを見てお父さん、死んでしまったんだと涙を流していました。その時に息子の私、(ちなみにそのほかに妹が一人だけです)をみて、「ゆきお」か?というのです。ちなみに母のところには月に一回は外に妹も交えて外に食事にいっています。あるいは「のぼる」か?とも言います。「ゆきお」とは昭和20年に中国で戦死した、母の兄、私から見たら伯父さんです。年齢は確か28歳でした。どうもその伯父に私はよく似ているようですが。それにしても私はもう67歳ですから、ずっと母と一緒にいて、はるか昔の伯父と混同されてしまうとは私もちょっと情けないきがします。あとのぼるというのは、親戚にもいなくてわからない名前です。そのご、又食事に一緒に行っても完全に私は、ゆきおで、そうではなくて、私はむすこのこういちだと、何回も言って帰るころに、ようやくこういちか・と頼りなげに言います。その後あっても同じです。  母親の親は結婚する前は,千住で八百屋をやっていました。どうも母親は自分の娘時代に戻ってしまったようで、目の前にいる67歳のもうおじいさんかという人物は、よくて兄で息子のはずがないのでしょう。私のうちは創立から100年になる、おけやと、井戸掘り業だったのですが。母は嫁いでからの婚家の仕事を忘れ、もう八百屋をやめたようだけど(私は65歳で仕事を辞めました)生活は大丈夫なのかしらと心配しています。母はうちのかみさんの名は覚えているのですが、うちのかみさんが、私はこういちさんの妻だというと、それではゆきおからこういちに名前を変えたのね、といったそうです。かみさんは私は、わたしはついにおかあさんの兄嫁になってしまったと笑っていました。食欲あり、身体はまだまだ元気なのですが、このまま認知症が進んでいくと、私などは全く忘れられてしまうなど、いろいろ困ったことになってくるのではないかと心配しているのです。

★ 2011年11月 母はついに私の名前を完全に忘れてしまいました。

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