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2010年6月

2010年6月26日 (土)

経営人間学シリーズ(14)気持ち一つでこんなに変わる -サッカーW杯 日本の変貌

気持ち一つ、みんなが心をあわせるといかに大きな力が出るか

 今開催中のサッカー・ワールドカップで日本が、決勝トーナメントに進みました。本線の前の練習試合で4戦全敗し、岡田監督がやめたいともらすまでにひどい状態でした。このままでは3戦全敗ではないかと。ところが、本番の試合では、カメルーンと、デンマークに勝ったのです。同じ選手たちなのになぜこれほどまでに変わったのでしょうか。

 スポーツ紙によればチーム主将になった、川口能活選手が、選手だけのミーティングを開き、いろいろと選手が本音で不満をぶつけあい、勝つために頑張ろうと、気持が一つになったそうです。その結果が、第一試合で、田中マルクス闘莉王選手の提案で、国歌を肩を組んで歌うことになりました。その全体で頑張ろうという気持の高まりがFWの本田が得点した時、真っ先に控え選手のところに飛び込んでいったのでもわかります。その結果優勝候補のオランダ戦での善戦とデンマーク選での勝利につながりました。

 監督の方針も、はじめ攻め中心から守り中心に転換し、逆にデンマーク戦では積極的にゴールを狙わせたそうです。今まで日本のサッカーを見ているとゴール前で、横にパスをまわすだけで攻め込まず、もどかしい感じもしましたが今回はそうではありませんでした。気迫が違います。

 逆に、選手とチームがばらばらになり、一勝もできずに敗退したのが、フランスです。前大会は準優勝でした。しかし監督への暴言や、まとまっているのは練習をボイコットする時だったとまで言われるようでは、いくらいい選手がそろっていても勝てません。日本チームといい比較になります。イタリアも敗退してしまいました。

 今日の夜は韓国戦です。この大久保の地は、コリアタウンとまで言われるように、韓国系の人が多いところです。6月17日の韓国が勝利した日には、実用的人間学の例会のあとで、私が家主である第二サタケビルの地下のわんぱく大将というお店で懇親会を開くことになっていました。8時半に行った時はちょうど試合が始まるときで、通路にもぎっしり人が座り込み、奥に席を用意していただいたようですがとても無理で、他のお店に行きました。その後試合に勝った後、街では、大韓民国(デーハミング)や奇声の声が朝方まで続いていました。韓国も決勝トーナメントに進み、今日の夜はウルグアイ戦です。ぜひ勝ち進んでほしいです。土曜日の夜ということもあり勝てば前回よりさらに大騒ぎになるでしょう。

 デンマーク戦も私は全部をみませんでしたが、途中から早めに目を覚まして、見ました。日本人は韓国の人々みたいには熱狂しませんが、前回のように3時からではないので見る人も多くなり勝てば大騒ぎになるでしょう。日本韓国が決勝で対決なんていうのは無理でしょうが、チームの盛り上がった力でぜひ勝ち進んでもらいたいと思います。

 それにしても気持ち一つでまとまれば大きな力になるといういい例となりました。今までの歴代の戦争、戦闘でも、いかに心を一つにして一丸となって戦って、巨大な敵を打ち負かしてきたかという例がたくさんあります。その話は改めてお話しましょう。

 会社経営においても、経営者、社員一同心を一つにして、さまざまな問題に取り組めば大きな成果をうることができると思います。

2010年6月25日 (金)

参議院選挙始まる 変質した民主党、自民党と共に大企業よりの政治

 いよいよ参議院選挙が始まりました。各党の政策が一斉に発表されました。特に大きな変化は、民主党がはっきりと消費税増税を検討するといったことです。それも自民党の主張する10%です。菅 直人首相は支持率の回復に自信をもって思い切った政策の変更をしたのでしょう。鳩山内閣では、とても言えなかったことです。韓国の哨戒艇が沈没したことにより、海兵隊の抑止力に期待するとして、辺野古に普天間基地機能を移すことを了承したり、福祉政策も財源不足を理由にどんどん交代させています。今では自民党と民主党の差はほとんどなくなってきました。自民党から離れた泡沫新党も全く基本的政策は変わりません。今や、消費税増税に反対するのは、国民新党、社民党、共産党だけになってしまいました。国民新党、社民党との連立により、庶民の味方と思わせて、圧勝した民主党は、一年もたたないのにほとんど自民党と変わらなくなってしまったのです。

 消費税のアップについては、世論では半数は賛成だといいます。いつもいわれるのが、国債が国民総生産の倍近く、国民一人当たりの借金がいくらぐらいだとか。そして財政破たんした、ギリシャを例に挙げてそんなになったら大変だと。でもギリシャでは外国からの借金が多いために、危機に陥ったのであり、日本ではほとんど日本の銀行などが持っていて、いわば家族の中での貸し借りのようなものです。ギリシャとは違います。それにしても、国債の利払いが大変な金額で、それが財政の大きな負担になっています。低利で政府が銀行にお金を出して、国債を買う、そして国債の利子の利益を受け取る。ところがその大銀行は過去の損失があるからと言って税金を払っていません。

 消費税を上げるのは、増え続ける医療費など厚生関係にするとよくいいますが、実際は、長い間の自公政権で、高額所得者の所得税の税率は大幅に下げています。以前は最高税率が70%だったのが40%になりました。株による利益は特別な軽減税率(証券優遇税制といいます)を使って下げたままです(20%を10%に下げました)。アメリカでもオバマ民主党政権に代わり高額所得者に対する税率を元に戻そうとしています。金持ち優遇策は一向に変えないで、低所得者にもっとも負担のかかる、消費税を上げるということは、日本の民主党がどの立場の人たちの味方であるかをよく示したいます。

 民主党政権では、一方で消費税を上げることに対して法人税を下げると言っています。日本では40%なので外国より高いとよくいいます。そして外国並みに下げて、会社の利益を増やし、そうすれば労働者の収入も増えるだろうと。しかし一つには毎日新聞の6月11日の記事に湯浅誠氏(反貧困ネットワーク事務局長)の記事にいうように、経済成長では貧困は解消しないのです。彼も言うように、貧困とは低所得というだけでなく、低所得でも家族や仲間に囲まれ幸せに暮らす人もいる。そういう人は貧困とは言わない。貧困とは、そういう人間関係も失った状態をいうものだと言っています。02年から07年は戦後最長の好景気でしたが、低所得者は増え続け、貧困が広がりました。大企業はもうかっても、他企業との戦いに勝つために、労働者や下請けに支払うお金を抑え、社内留保を増やすのです。

 欧米に比べ、法人税率が高いといいながら、実は大きな研究開発減税があり、子会社の赤字と相殺して利益を減らす制度、多国籍企業に有利な外国税控除などがあり、実際の税率は40%ではなく、ソニーでは12,9%、三菱商事では14%など、大企業は実質的に30%ぐらいの低い税しかはらっていないのです。それを経団連では今の40%を30%に日本生産性本部は25%にしろと言っています。さらには保険料の会社負担分は欧米は日本より高いのです。そのような事実を国民に知らせず、消費税を上げ、法人税を下げようというのです。中小企業はほとんどが赤字企業なので、減税の恩恵は受けられません。逆に消費税のアップは零細企業にとっては大きな負担です。

 このようなことは、あまり普通のマスコミでは書かれていません。ですから、消費税を上げるのも仕方がないかな、企業に儲かってもらって賃金を上げてもらうために法人税を下げてもいいかなと思わさせられます。何度も言うように消費税に反対し庶民の味方となっている、国民新党、社民党、共産党が立場の違いを超えて力をあわせて、反対運動を起こし、人々に真実を知らせてもらえばいいのですが。残念ながらとても無理なようですね。

2010年6月21日 (月)

絶世の美女ー悪女、妖女かどうかも男性しだい 春秋時代夏姫と巫臣

春秋戦国時代の際立った美女 西施と、夏姫

 中国の4大美人の一人が西施で、「ひそみにならう」ということわざでも有名です。呉王夫差が西施を寵愛し、政治をかえりみず、越王に負けてしまいました。それは、范れいの策によるもので、越王が勝利した後、西施は范れいとともに逃げて余生を全うしたといわれます。妖といわれる美人でも、相手が范れいならば大丈夫なのです。

 その時代に、同じような絶世の美人で、西施と並び称されたのが、夏姫です。夏姫は春秋時代の鄭の国の公女として生まれます。当時は鄭は小国で、強国の晋と楚の間で苦労していました。夏姫に関しては、春秋左伝や史記に書かれ、その後さまざまに書かれてきました。だいたい儒教の立場からいえばトンデモない悪女であり、妖女ということになっています。日本でも、中島 敦や海音寺潮五郎や駒田信士などが書いていますが、宮城谷昌光の『夏姫春秋』はもっともおもしろい小説となっております。宮城谷さんはこの小説で直木賞をとりました。海越出版から、講談社の文庫本になっています。その内容を中心に書いていきます。

 夏姫と、交わったものがことごとく死んでしまう

 鄭の公女として生まれましたが、10歳で兄の子夷(後の霊公)が寝所にしのんできます。この霊公はあとで子栄と子夏に殺されます。夏姫を奪った子栄も子夏も殺されます。父は13歳でとなりの陳という国の公子である、御叔に嫁がせます。そして、子が生まれ、子南が生まれます。しかし御叔は身体が衰えて死にます。陳の国の大夫である孔寧と儀行父とが、息子を応援するからと言って交わりを求めます。さらには陳公までがお互いに夏姫からもらった肌着を身につけ、見せ合うという状態になってしまいます。息子の子南はそれを見て陳公を殺します。他の二人は楚に逃げ込みます。息子の子南は1年5カ月善政をしきますが、楚の荘王は陳を責め、子南を殺してしまいます。楚に逃げた二人も殺されてしまいます。

 荘王はとらえた夏姫を後宮に迎えたいと思ったのですが、占いや学問に長じた巫臣(屈氏、屈玄の祖ともいわれる)に占わせます。巫臣は夏姫を好きになり、夏姫を後宮に入れるのは凶であるといいます。天下をねらう荘王は、それに従います。それで、老人の襄老に下げ渡します。しかし襄老も戦争で死んでしまいます。するとその息子の黒要が40歳くらいの夏姫を受け継ぎます。巫臣は襄老の以外をともに受け取りに行くと言って、夏姫を伴いそのまま、晋の国に亡命してしまいます。おこった荘王は巫臣の一族や黒要を殺してしまいます。このとき、夏姫はもう50歳くらいだったのですが、20代にも見えるほど若々しく、その後娘を産んだといわれます。

妖女かどうかは男しだい

 夏姫は次々と、いろいろな男性に身をまかせ、そのことごとくが早くに死んでしまいました。儒教的な倫理からいえばとんでもないことですが。息子のためや世話になった家宰のためにやむなく身を任せたのであって、じぶんから進んでしたことではありません。死んだ男たちも、自業自得な面があります。ですから、しっかりとした知性と教養をもった、巫臣のもとでは何事も起こらず、幸せに暮らすことができたのです。私たちの身の回りで、夏姫のような絶世の美女と付き合うということは、めったにあることではありませんが、付き合う男しだいで、女性も善にも悪にもなるし、正にも邪にもなるのではないかと思います

2010年6月19日 (土)

中国の三大悪女と傾国の美女

朝鮮王朝の三代悪(妖)女については、すでに書きました。特に「女人天下」の、ナンジョンと、チャン・ヒビンは現在韓国歴史ドラマで放映中です。チャン・ヒビンは別々のドラマとして作られたのが、今二つ、放送されています。(当時)

中国の三代悪女

 次の4ないし5人のうち3人ということになっているようです

呂 后 

 漢の初代皇帝の劉邦の皇后ですが、劉邦の死後、実権を握り一族を重用し、反対するものを次々に殺していきます。呂后の死後一族は皆殺しになります。しかし政治は落ち着いて、庶民にとっては、善政を行いました。

2、武則天 

 唐の王朝のはじめ頃、皇帝の死後実権を握り、反対するものを殺し自らが皇帝の位につきます。しかし、このとき、高句麗を滅亡させ、政治的には安定させました。

西太后 

 清朝末期に実権を握り、海軍のための予算を、庭園造りに使ったりして、清朝を滅ぼす原因となりました。

4、妲 己(だっき)

 殷の最後の王 紂王の寵愛を受け、ほうらくの刑や、酒池肉林などにより、周の武王により、国を滅ぼしてしまった。(後述)

5、江 清 

 毛沢東の妻として文化大革命を推し進めた。毛沢東をあまり悪人にできないため、江清を悪人にしているということも もちろん現代の追加の人物です

 そのほかにも、3大悪女とまではいかないとしても、私が書いている、「人相食む」という小説で、後漢三代皇帝の章帝のころまでは、庶民を大切にする素晴らしい善政が行われ、人が人を食べるという惨状はなかったのですが、章帝を毒殺(私はそう思っています)した

竇(とう)皇后は太后となり、兄や一族を重用し、正しい政治を行う官吏を殺してしまいます。章帝の子である、和帝は成人すると宦官の助けを得て、とう皇后一派を倒します。しかし和帝の妃である鄧皇后が太后となりわずか生後100余日の幼児を皇帝とします。一族のみの専横を行い、ついに、「人相食む」という事態が生じます。このように、皇后が太后となり、一族が政治を私物化して、人々を苦しめるというのは多くの例があります。

◎2017年1月25日、NHKBSプレミアムで、午後9時から10時まで、「悪女たちの真実シリーズ」-第一回「中国悪女の真実、西太后の秘密、伊藤博文と謎の謀略」という番組がありました。西太后は希代の悪女となっていますが、実際は列強の攻撃に対しうまく新王朝を守ろうとした。権益を求める列強は西太后を悪者にした。伊藤博文は列強とともに、中国での権益を高めようとし、光緒帝と結び謀略に加担。それがわかり西太后は光緒帝を幽閉した。

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西太后の写真

 唐の玄宗皇帝を堕落させたという楊貴妃、次いで、始皇帝の母 趙姫についても放送する。

趙姫 秦の子楚が呂不韋の愛人であった趙姫をゆずり受ける。子楚は、秦王に即位。趙姫は子、政を生んだが、呂不韋の子であるという説も。えい政は13歳で即位。のち始皇帝となる。趙姫はろうあいの子を二人生む。

傾国の美女

国を滅ぼしてしまうほどの美女ということで、以下のものと言われます

1、妲己 (だっき)  すでに書きましたが、大変な美人であったようです。周公旦が殷を滅ぼすために送ったともいいます。1000年を経た九尾のキツネの化身で日本にも来て、いろいろな災いをもたらした、玉も御前になったともいわれます。

2、末喜(まっき) 殷の前の夏王朝の最後の王、桀王の妃となり、王と共の暴虐の限りを尽くし、殷の王朝に滅ぼされたといいます。

3、褒娰(ほうじ) 西周の幽王の寵愛を得た絶世の美女。笑わせるために、のろしを上げて敵が来たと言って、あわてて家来が来るのをおかしいと言って笑い。それを何度も繰り返したため、本当の危機の時には誰も来なかったという話があります。

驪姫(りき) 晋の献公に寵愛され、太子の申生を殺し、り姫の子を太子とした。多くの公子が亡命した。

5、夏姫(かき) 絶世の美女で、鄭公の公女に生まれ、陳の国に嫁ぐが、彼女と関係するものが次々に死んでいくということで、悪女とされている。これについては改めて書きます。

中国の4大美人

 世界の三大美人ということで、日本では、小野の小町をいれて、後はクレオパトラ、唐の楊貴妃ということになっています。中国ではどうでしょうか

1、西施 春秋時代、現在の杭州出身の絶世の美女といわれています。顔をしかめたときの顔がまた美しく、それを侍女がまねたといういわゆる「ひそみにならう」という言葉が生まれました。越の范蠡(はんれい)は呉王夫差を政治に興味を失わせるために、西施を送ったともいいます。呉が滅びてからはんれいは西施を連れて逃げ余生を送ります。

2、虞美人 秦の末 楚の項羽の愛妾で、項羽とともにさいごまで、一緒にいて、負けが避けられないとなった時、虞美人を殺し自分も死にます。京劇などいろいろな演劇で上演されています。

3、王昭君 漢の時代に匈奴の王につかわす選ぶために女性の肖像画を書かせます。わいろを使わなかった王昭君はみにくく書かれ、いざ、匈奴に行くときに、漢の皇帝はその美しさには驚きます。匈奴と漢の和平につくし、人々に慕われました。

4、楊貴妃 唐の玄宗皇帝の寵愛を受けた、絶世の美人。唐代には太めの女性が好まれ、楊貴妃もかなりふっくらしていたようです。安史の乱で、皇帝が逃げるとき泣く泣く楊貴妃を斬ったというのは有名な話です。  王充は絶世の美女というのは妖であり不吉であると、『論衡』で行っており、上記のような例がしめされています。  あと、後漢末の貂蝉(ちょうせん)は司徒王允の命令で、薫卓の妾となり、呂布の心を操って、薫卓を殺させます。これも大変な美人であったといいます。 ただ、西施にしても、夏姫にしても、よこしまなものが、相手であると相手は災いを起こすのですが、西施とはんれいや、夏姫と最後に平和に過ごすことができた巫臣などのすぐれた人物には災いが起こらないのです。結局期待の悪女になるのも、そうでないのも、男しだいということができるでしょう。

 夏姫に続きます、

「絶世の美女、悪女、妖女かどうかも男性しだい、夏姫(春秋)~」

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2010/06/post-3de9.html 

2010年6月14日 (月)

大久保の街 急激なお店の変化とコリアタウン化

 もう50年近く長い間、大久保の街で寿司店をやってきた、扇寿司が5月閉店となりました。この店は佐竹のうちの二軒目の店で、一時はネタの大きさで売り、ずいぶんと繁盛していました。ところが、新大久保(大久保、百人町)で、実質的に住んでいる外国人の割合はは7割という中で、苦戦を強いられました。前には私の周辺で寿司店は6店くらいありました。ところが今では、三崎というチェ―ン店一店だけになってしまいました。寿司店のあとは、どうなるのかと思いましたが、木造二階建ての建物はそのままで改装し、6月に一階は明洞(ミョンドン)のりまき店、二階は、韓日不動産という韓国系の不動産やになりました。明洞のり巻きは職安通りにも、大久保通にもすでにお店がある店です。開店して人通りもよいせいか多くのお客さんが入っています。

 この一年間の間に、多くの前からやっていた日本人経営のお店がやめて、韓国人の店に変わってしまいました。だいたい、私のところからして、今年になってから第二佐竹ビルを、1,2,3階を「ギルズハウス」という韓国スターグッズ店に貸し、地下一階は「わんぱく大将」という韓国の居酒屋になりました。私の住んでいる、佐竹ビル1階、2階、4階は、東京ガスの代理店であるライフバル新宿に貸しています。私の会社は、家賃収入だけのビル管理会社になってしまいました。大久保通りの商店会は、半分くらいがビル管理業なのです。

 ごく最近、私のところから5から6軒新大久保駅に戻るところで、以前からずっと営業していた、レコード販売店の朝日サウンドさんが閉店しました。今まだ店は決まっていませんが、又韓国系のお店になるのでしょうか。その並びの昨年やめて、今は韓国系の中古携帯電話の販売店になりました。そのとなり昨年ミネ薬品のあとには、南大門という韓国料理店に変わりました。

 大久保通りに面していませんが、以前からやっていたなまず料理専門店で以前秋篠宮もきたという「なまずや」は昨年、「生マッコリ家」に変わってしまいました。ナマズの大きな看板はそのままにしています。二回ほど行きましたが、内装もきれいで、料理もおいしく、生マッコリも大変おいしかったです。

 2001年10月に「おいしい街ガイド」という地図がつくられました。そこにはエスニック料理店と大久保通りの商店街の地図がつくられました。それから9年あまりたって私の住んでいるところの周辺だけでも、大きく変化してきました。新大久保駅から、私の住んでいるところまでで、片がわわずか横道4本で昔ながらに営業しているところは、お菓子の「中むら屋」、「文具柳や」「てんや」、「竹見豆店」「サカエカメラ」、「ナイトウシューズ」、熱帯魚の「円満や」の7店だけになってしまいました。うちも同じ東京ガスですが、直接の経営ではなくなりました。そして無くなったお店は新大久保駅から順に、「とんかつサボテン」、「西武DPE」、「ファーストキッチン」、「近江やそば店」、「洋品店TAKE-ME」、「みたからシューズ」、「ミネ薬品」、「朝日サウンド」「ブランニュー」、「かまぼこ製造販売蒲藤」、「株式会社サタケのエネスタ百人町」「扇寿司」「まるきんラーメン店」の13店がなくなっているのです。人通りは、特に土日はあふれるように人通りが多いのですが、わずか9年の間にこのように店の変化が出ていることはすごいことではないかと思います。この変化は何もここだけではなく大久保の街全体に言えることです。

 佐竹の住んでいるビルの前(百人町2丁目)には、比較的大きな3つのビルがあります。しかし、正面のビルは昔パチンコ店でDOMEと言っていたのですがしめたままです。パチンコ店も競争が激しく7店あった店が今では3店だけになっています。斜め前は百十四銀行とその宿舎があったところで、銀行は移り、今は誰もいません。大久保通りにはひどいもので銀行も、信用金庫も一軒もないのです。その隣は二軒ほどまだ営業している雑居ビルです。3つのビルをまとめた大きなビルを作るという計画はあるのですが、不景気のせいか進展していません。

追記 2011年12月

 「こういちの人間学」の2011年11月30日のブログに「新大久保相次いでビルが韓国関係に』を書きました。12月一斉にオープンです。

2010年6月11日 (金)

菅新政権 消費税増税、法人税下げを行えば、庶民の敵に追加版

消費税を10%ぐらいにして、法人税を引き下げると参議院選挙を前にして菅総理は明言した。あとで、低所得者には考慮するとは言っても、まったく、自民党と同じことをもう言い出すとは。いささか始め高かった支持率で機嫌をよくして、本音をはいてしまったということでしょう。早速支持率は下がってきたそうだが当然です。普天間は日米合意のまま、消費税を上げて、法人税を下げて、まったくアメリカと経団連のいうがままではないか。でもこうなると新聞などで、比較するのは、自民党と民主党だけが多いので、入れるところがなくなってしまうということです。国民新党、社民党、共産党は、消費税上げに反対だが、あまりにも勢力が弱い。またマスコミもほとんど無視状態である。いやな世の中になってしまいました。6月21日追加

菅 直人新政権の施政方針演説が行われました。その基本は「強い経済、強い財政、強い社会保障を一体としてつくっていきたい」といっています。

長く続く不景気により、税収が大幅に減り、子ども手当やいろいろな福祉に回そうにも財源がないと言ってきました。仕分けを行って財源をひねり出そうとしていますが中なかうまくいきません。結局、国債を発行して、国の財政は危ない、一人当たり大変な借金を抱えているとこの話になります。

 菅新政権では首相を始め、前原国交相、玄葉政調会長、長妻厚労相、野田財務相と相次いで、消費税を上げ、法人税を引き下げなければならないと主張しています。新聞などの世論調査によると、消費税を上げたほうがよいと考える人が過半数を超えたといいます。本当に一般の人の多数がそう思っているのでしょうか。どうも疑問に思えます。

 よく引き合いに出されるのが、ヨーロッパなどで、日本に比べると消費税がずっと高く、法人税は低いと。しかし、ヨーロッパでは、日本よりもはるかに福祉にかけているお金が多いのです。また、日本のように、派遣労働や、長期のパート労働などはありません。ヨーロッパの人は、日本のように長時間労働に苦しみ、休みも少なく、多くのワーキングプアがいるという状態ではありません。単純な比較はできないのです。

 よく、企業の利益が上がればそれが労働者の賃金に跳ね返って、景気がよくなる。だから、法人税を下げて、企業をうるおわさなければという議論がありますが。今まで大企業が大もうけをしても、労働者の賃金や、下請けへの単価を上げるのではなく、内部留保を増やし設備投資などに回してきました。労働者の賃金を毎年減らし続けているために、景気は一向によくならずデフレスパイラルが続いています。まず第一に、大きくためた内部留保を、労働者や、下請けに回すべきです。庶民の購買力が上がれば、たちまち景気はよくなります。

 経団連は一時、自民党だけを支援してきましたが、政権を民主党がとるようになったら、民主党も、経団連もお互いにすり寄って、自民党との関係に近いものに変えて行っています。その要求の第一が、消費税を上げて法人税を引き下げるということです。経団連は4月に発表した「成長戦略2010」で消費税を当面「少なくとも10%まで引き上げるよう」求めています。

 すでにアメリカと合意したからと言って辺野古への移転を追認してしまいました。菅 直人自身は、人物的にも優れているし、好感が持てるにしても、前の自民党と同じようなこと、むしろ自民党にもできなかった、一歩踏み込んでの消費税を上げるような試みをすれば早晩人々の支持を失うことでしょう。庶民の敵となってしまいます。でも残念なのは本当に、庶民の立場に立つ党がきわめて弱小であり、人々の支持を得ていないということです。

地球温暖化の原因は 立川志の輔のふしあなから世間

 毎日新聞朝刊に、立川志の輔さんが連載している、「ピーピングしのすけのふしあなから世間」というコラムがあり、大変面白いお話がいつものっています。NHKの人気番組である、「試してがってん」という人気番組の司会をしていて、私もよく見ていますし皆さんも見ておられると思います。このコラムは志の輔氏のホームページの中にも書かれていますので興味のある方はご覧ください。

 6月11日(金)の朝刊に、「地球温暖化の原因は」というコラムが書かれました。22面のトップに書かれていますし、よく目立つので毎日新聞を読んでおられる方は、気がつかれたと思います。そこにはこのように書かれています。

 いやはや驚いた。驚きすぎて、一瞬めまいがしたくらいです。先日の週刊誌に「地球温暖化は人為的原因で怒っているのではない」というコラムがありました。どういうこと?と読み進むと、地球温暖化の原因は二酸化炭素ではないという説を唱えている科学者が大勢いるという事実が示され「今CO2が原因で地球温暖化が進んでいるなどということを信じているアメリカ国民はほとんどいない」と締めくくられていました。おいおい、うそぉー、と内心でつぶやきました。

 皆さんは、この点に関していかがでしたか。やはり。二酸化炭素説に疑いなど持っていなかったでしょうか。

 (話は続きます)そりゃね、実はUFOは存在するとか、割りばしは間伐材を使っているので森林破壊にはならないのだとか、卵はコレステロール値を上げるものではないとか、従来真実に思われていたことがひっくりかえることはよくありましたよ、でもこと地球温暖化については信じ切っていますよ、今でも。

 じゃあこの意見はどういうことよ?と初めて、インターネットで「地球温暖化懐疑説」を入れて検索してみると、出てくる出てくる読み切れないほど。  ~お願いだから本当のことを教えてほしい。~省エネ生活を心がけることはいいことですよね。~地球温暖化は悪影響だけで好影響はないの? などの疑問を書いています。

 現時点では、国立環境研究所や環境省が提示する資料を頼りにするのが安全ですかねえ。 ~ネット上での意見は匿名で書かれているのが多いので丸々鵜呑みにするにはいかないけれど反論や参考資料を知るには有益。世辞の世界のそうですが、ますます、資料を読み解く技量を試される時代になりました。

 以上が、一部省略しましたが、志の輔さんのコラム内容です。

すでに佐竹は、地球温暖化二酸化炭素説はまちがえているというブログを3回ほど書いています。(こういちの人間学ブログをご覧ください4月13日、4月2日二つ)アメリカでは、二酸化炭素説が原因であると信じている人はほとんどいないというのは、アメリカやヨーロッパでは、「気候(クライメート)ゲート事件」という二酸化炭素原因説を主張している学者が、インチキをしているということが、秘密のメールの内容が暴露され、それが大きく報道されたからです。ところが日本では、このことはほとんど報道されておらず、だからそれを知った人は、志の輔さんみたいに、驚きすぎてめまいがするほどになってしまうのです。日本では報道しないように圧力がかかっているのだと思います。

 私のブログにもすでに書いたように、温暖化は寒冷地でも小麦生産ができるようになったリして、悪いことばかりではないのです。サンゴ礁も高温化でサンゴが死滅する話がある半面、房総半島など北と地域でどんどんサンゴ礁が大きくなっているということもあります。むしろ怖いのは、太陽活動の低下などにより、これから次第に寒冷化する可能性が大きく、そのほうが今までにも文明の崩壊をきたすほどの、大災害をもたらす可能性が大きいのです。

 志の輔さんもいうように、私たちは政府や、大マスコミの思う通りに情報をコントロールされ、信じ込まされたりることがよくあります。だされている資料、話が本当なのか、疑いを持って、科学的、批判的に物事を見る。資料を正しく読み解く技量をもつようにできたらと思います。そうでないと誤った考え方にとらわれて、ひどい世の中にわれわれ自身がしてしまう可能性があるからです。  

2010年6月 9日 (水)

経営人間学シリーズ(13) 100年以上生き残る会社 (株)サタケも100年に

6月8日、異業種交流会である、「二火会」の例会で、法政大学大学院教授の久保田章市氏のお話を伺いました。久保田氏は、旧三和銀行(東京三菱UFJ)で支店長からUFJ総研などを経て大学院に入り、現在教授になった方です。1000人以上の経営者と面談し、100年以上続く会社について調査して、2010年1月に『百年企業、生き残るヒント』(角川SSC新書)という本を出されました。◎久保田氏は2013年、浜田市長になられました。後ろに追記

 二火会でのお話は、「長寿企業に学ぶ、生き残る経営」というテーマでお話されました。以後そのお話の要旨を紹介します。詳しくは、上記の著書をご覧ください。

日本の長寿企業の特徴

1、世界一の長寿企業大国ニッポン 

 世界最古の企業は1431年前に百済人として日本に来た三人の百済人の一人が作った企業です。その後も四天王寺の維持管理などを続けてきました。その会社は飛鳥時代に創業して現在に続く建設会社の「金剛組」です。世界最古の、ホテルは創業718年の石川県の温泉旅館「法師」です。これは最古のホテルとしてギネスブックにも載っています。日本には創業100年以上の企業が五万社あり、世界一です

2、欧州や中国でも企業は日本ほどの歴史はなく、特に韓国では100年続く企業はほとんどないそうです。創業200年以上の企業では、日本が3113社で一位、二位はドイツの1563社、三位はフランスで331社と急に減ってきます。韓国で長寿企業が少ないのは、日本と違い同族企業で、他人を経営者に迎えるということがまったくないからだそうです。

3、日本の長寿企業は、大半が江戸、明治時代に創業しています。またそのうち91%が法人企業となっています。企業規模は299人以下の中小企業が96%を占めています。

日本に長寿企業が多い理由

1、伝統的な「家」制度の存在 多くが家業からスタートするが、「家」を存続するために、血縁者以外の優秀な人材を取り入れてきたこと。

2、伝統の継承に努めるとともに、時代の流れに応じて革新していくことをうまく行い、バランスをとってやっていること。

3、多くは同族企業で、経営者の在位期間が長いこと。(平均25から30年)

4、明確な経営理念を持ち、守っている 家訓、社是などを守っている。

5、長期的な視点に立った経営をしている。 短期的な利益よりも長期的な事業の継承を優先 人材育成、研究開発、投資などを行う。

6、従業員を大切にしている、(これはきわめて大切)。

1990年代から状況が厳しくなっている

 1980年代後半から、円高、グローバル化、少子高齢化が進み、経営環境が厳しくなり、1990年からは、「低成長」と企業間の競争が激しくなり、1990年代から「創立30周年以上」の会社の倒産が目立ってきた。

 1970年までは日本は高度成長時代で、アメリカは逆に双子の赤字と言われる大変厳しい状況にありました。そこでアメリカを中心にジャパンバッシングが行われました。具体的には1985年の「プラザ合意」で、円高にさせられました。円は対ドル240円から160円に上がりました。1986年には前川レポートがだされ、日本は内需拡大せよ、ということでスーパーマーケットなどの規制緩和が行われ、農産物の自由化など、いわゆる「外圧」がかかりました。競争が激化して、倒産する企業が大幅に増えました

元気な中小企業の特徴は

1、1990年代以降の厳しい時代、積極的な経営革新に取り組み収益力を増している。

2、必要な人材の確保と育成に取り組み、社員を大切にしている。

3、1,2を行うしっかりした後継者がいる。特に中小企業は経営者次第であり、「経営革新」や「人材の確保・育成」は、経営者が自らリーダーシップを発揮して行う。

 そういう厳しい状況の中でも元気な長寿企業にはどのようなところがあるのか、具体的な会社10社について久保田氏から説明がありました。

100年企業(株)サタケ

 説明のあった10社のほかに、筆者が社長を務めてきた、株式会社サタケも、明治40年(1910年)創業で、ちょうど今年で創業100年になりました。(2016年で106年)筆者は社員のみなさんに創業100年で100人の会社にしようと頑張ってきました。

 今から100年ほど前に新潟の長岡市から筆者の曽祖父傳蔵が新大久保の地で桶屋と井戸掘りの店を始めました。戦前はかなり手広く仕事をしていました。木曽からじかに材木を仕入れ、木風呂の製造販売をしていました。また井戸掘りの仕事をしていましたが、水道の普及とともに減少して行きました。(初めに、東京に出てきたのは祖父庄次郎で、息子を頼って曽祖父が東京に出てきました。江戸時代から桶屋での、名字帯刀を許される豪商で倉がいくつもあったそうです。高祖父の傳右衛門のとき、戊辰戦争で幕府側についた長岡藩は取り潰され、藩に貸していたお金も無くなってしまいました)

 戦後はガス風呂次いで、ガス器具、そして東京ガスの代理店となりました。私も入社以来、建設業に積極的に取り組んだり、人材育成を図り大幅に成長してきました。社員数は80名、売り上げ14億ほどの会社です。ガス担当地域はの委託店の担当地域は新宿区の一部(百人町、大久保、北新宿、西新宿)と渋谷区の一部(代々木、千駄ヶ谷)で、需要家件数8万件ほどです。独自に行う建設業が売上高の4割近くをしめました。三越不動産や、東急リロケーションなど、良いお得意さんも獲得しました。当社の利点は、ガスだけではなく、電気も、水道も、空調工事も全部、自店施行できることでした。1級建築士がいて、新築も行いました。一組の工事組で電気、ガス、水道工事を全部行い、効率が大変よかったのです。賞罰の罰はほとんどなく、いろいろな賞を出しました。個人に賞を出さずグループに賞金を出しました。みんなで販売に取り組み、担当地域分のガス器具の売り上げは、全社トップクラスでした。合併する前の5年ほどは会社は大変盛り上がりました。給与の水準もずいぶんと高くなりました。                        合併した後、うちの会社出身の人は、同業者3社と東京ガスとの合弁会社でうちの社員は大いに能力を発揮しているようです。課長クラスはほとんどを占めるぐらいだそうです。しかし部長以上は他企業出身者です。しかし合併後給与をそろえるため給与が上がらず、困ったそうです。うちがやっていた建設業の仕事や電気器具の販売などは、あまりよくないということで抑えられました。東京ガスが電気の小売りもやるようになり、今では建設業や電気関係の仕事も大事だと言っています。

(2016年、持ち株比率3分の一の東京ガスが各社の株の持ち分を買い取る話が出ています。結局、大企業が小企業を吸収してしまうのです。)

 私で4代目で、現在は息子が5代目の社長と成りました。しかし残念ながら、一昨年、東京ガス方針のもとで、地域別に東京ガスの資本が入った会社にまとめられてしまいました。その会社は400人以上の大会社になりましたが、残った持ち株会社である株式会社サタケは、会社は残りましたが、不動産とビル管理による家賃収入がほとんどの会社になってしまいました。

追記:

2016年5月、株式会社サタケの66期株主総会を開きました。今では不動産収入と管理の仕事だけです。株式会社サタケは第2サタケビルと第3サタケビルの土地の3分の2、約2億5000万を所有しています。

追記 

 2015年6月、ささやかな株主総会を開き、車いすで私も出席しました。昨年はまだ退院後だったので欠席しました。会社としては65期になります。

 参考までに、広島に本社がある精米機では日本一の企業である(株)サタケは、ちょうど同じ時期に佐竹製作所から、サタケに変わりました。広島大学に10億円の寄付をするような大きな会社です。

追記

 久保田章市氏は島根県の西部にある、浜田市の出身です。浜田市にある、島根県立大講師や、市の政策アドバイザー、高校の理事などをしておられました。2013年に選挙により浜田市長になられました。久保田氏は穏やかな人柄で、良い市長さんになられると思います。人口は年々減り、57000人余りです。

 浜田市のふるさと納税というのを見ましたら何と100種類ぐらいもあり、1万円から50万まで,市の魚である、のど黒や、50万円となると芙容ポーク1頭分というのがあります。

 

2010年6月 7日 (月)

ガーデニング始めました 花と野菜と

昨年12月の、突然の父の死から、半年余りたって、ようやくいろいろと落ち着いてきました。ただ相続の手続きはこれからです。父が住んでいた、ビルの3階は、一部を改装して、人間学研究所としました。前の場所から1万冊あまりの本を移し整理するのは大変な作業でした。それもようやく整理がつきました。

ビルの3階には、2階の陸屋根の部分をベランダにしたところがあります。その広さは15坪ほどで、南側なので大変日当たりが良いのです。一部にプレハブの倉庫がありますが、それ以外は、ずいぶん前に亡くなった、祖父と今老人施設に入っている母親の趣味で、いろいろと、盆栽などの植木や花がありました。母親が施設に入ってからは、父親だけが3階にいましたので、水をやって枯らさない程度にしていました。いろいろあった盆栽は、ほとんど手放してしまいましたが、今も、梅の古木が二つと、ボケが残っています。梅の木はずいぶん年月がたっていますが、とても生き生きとしてきれいな花が咲き、一本には梅の実がなっています。そのほかに、よく名前のわからない、少し大きい植木が三つ、そして白い花が咲くつつじと、赤い少し小さめのつつじ、それから、ツバキの木があります。そのほかにもアヤメ、「おもと」やサボテン、ベゴニア、あじさい、スズランほかに名前をよく知らない花がいろいろなどなど、雑多に植わっていました。

 もともと私の住んでいる同じビルの5階の小さなベランダで雑多な植物を植えていました。ずいぶん前に買って、妻にプレゼントした蘭の花が今年も花を開きました。ミニバラもいくつか今咲いています。展示会などで余った観葉植物を植えたら何種類も、広がっています。本当に小さなベランダなのですが、南側で日当たりが良いため、大変よく育ちます。3階から持って来た、サボテンもどんどん伸びています。また、息子が以前とってきた、自然薯を埋めてあるのですが、毎年旺盛につるを伸ばし、栄養分をたくわえ、その一部を掘り起こして食べたりしました。ところが昨年、長く伸びた、つると葉のところに、蝶が卵を産んで、大きないも虫が何匹も生まれていたのです。そして少し油断していたら、あっという間に葉のほとんどを食われてしまいました。そのいも虫4匹は、殺すのがかわいそうなので、西戸山公園の、餌になりそうな葉が茂っているところにおいてきました。うまく、アゲハチョウでも成っていればいいのですが。それで昨年は自然薯は成長できませんでした。今年は3階に植え直し、今すごい勢いでつると葉を伸ばしています. また成長ということでは、ボケのわずか15センチくらいの小さな木を少し大きな鉢に移して栄養も与えたところ、三か月で、1mも枝を伸ばしています、その成長の早さは驚きです。

 少し余裕ができてきたので、妻も私以上にガーデニングが好きで、島忠にいっしょに車で行って、大きな植木鉢や、園芸用の土、そして野菜の苗や、花々などを買いに行きました。妻は、本も何種類かかってきました。私が、昨年プレゼントした、胡蝶蘭が、途中で枯れてしまったのは、上からどんどん水をかけたために腐ってしまったのだということでした。昨年の母の日に息子夫婦から胡蝶蘭をプレゼントしてもらったのですが、その胡蝶蘭を大切にし、あまり直射日光に当てないこと、水をかけすぎないようにすることを、徹底してこまめに移動しています。前にうっかり水をかけてしまって、ごめんとあやまっているのにあまりくどくいうのでつい「うるさいな」と言って、口げんかになりました。

 私は、今おもに、野菜を植えています。毎年咲かせていた菜の花は「すもぐりバエ」にやられて、うまく育ちませんでした。もう、8年ほど、さかし続けてたねをとっています。島忠で、なすと、キュウリと、青シソの苗を買ってきて植えました。今すごい勢いで伸びて実をつけ始めました。青梗菜の種は、植えたところにおそらくこがね虫の幼虫でしょうか、地中にたくさんいて、でてきたものをみんな食われてしまいました。今他のところに種をまいて一斉にで始めました。妹は所沢にいて、土地を借りて家庭菜園をやっていて、そこから、エンドウ豆とさんしょの苗を貰ってきました。これは元気に育っています。観音崎の水族館のところで買った、明日葉の種は、まったく発芽しませんでした。

 いままで、発砲スチロールの箱の中にあった、つつじやツバキの木は、大きな鉢に植え替えました。根が絡まって、もう土がないようなほどでかわいそうな状態でした。植えかえたら一斉に新しい芽をだしているのでよかったなと思います。そのほかにもラベンダーや、朝顔、名前も知らない花々など一斉に植えたので庭がいっぱいになりました。

 でも他の写真が載せられるブログならいいのですが、字ばかりでは何も分からないので残念です。これから、暇ができたらいろいろ勉強もして花や木を育てていこうと思っています。

2010年6月 6日 (日)

大久保駅南口の飲食街店 いろいろ雑多に 春山外科への道

JR大久保駅には北口と南口があります。北口は、大久保通りに面しています。南口は、小さい出口で、右と左に分かれます。右側はすべて、斜めになって小滝橋通りにつながる細い道です。ここにさまざまなお店があります。特に最近、立ち飲みのお店が増えてきました。エスニック料理が多い、大久保百人町地域の中で最も、日本の店が多いところです。

道路の左側のお店 大久保駅の南口から出たとところから順に書いていきます。        百人町1丁目24番地です

やきとり ひとつぼ 角の小さな立ち飲み店です いろいろ店が変わっています

カレ―ショップ バラナ 小さな専門店 350円均一です                              おでん まる                                                             味どころ 大しま 居酒屋            

龍  大連料理 珍しいです  03-3367-3383

HISARU トルコ料理 カウンターだけの小さなお店です 新大久保でトルコ料理はここだけです

土地 韓国家庭料理 03- 5330-5430                                        日の出 中華料理

ムアンタイ タイ料理 ランチも  03-5937-5848

立ち飲み ぽこぽこ                                               牛すじ カレー 小さな店 350円から                                        居酒屋 銚子や                                                     くし揚げ ふさお                                                      中華 八十番                                                                長寿庵  日本そば

タウンプラザ ここに多くの店があります

ラジュール 2階 チュニジアレストラン(地中海料理) 百人町1-24-8 03-3366-4004    小さなお店ですが、チュニジア人のご主人とチュニジア人とフランス人のハーフのママさんがやっている感じのよいお店です。

ここにすべてを紹介しませんが、このビルにスナックや小料理店が11店はいっています

その隣に 奄美料理 徳之島 中華料理 天龍 串カツ 莫莫 立ち飲み店 スナック店などが並びます

ギャラリー 五郎 ろくろの名人 の店が地下にあります

その先は救急車がいつも止まっている春山外科で、小滝橋通りになります

道路の右側のお店  百人町1丁目23番地

ふじや  お食事                                                    串焼き、もつ煮 蔵                                                  立ち飲み かぶら屋                                                  居酒屋 翔丸                                                  居酒屋 鬼無里

ゲームセンター アミューズ                                           ブロードウエイ ダンスセンター ここは以前大きな古本屋がありました。                電子専門学校 今本校は建て替え中です 20数校の分校に分かれています

エスニック 新大久保駅でて線路沿い南 新大久保郵便局通りの店

新大久保駅周辺にはエスニック料理店、又日本料理店などいろいろありますが、この一年で、急激に変わってきたので、紹介します。この道一本だけで大久保地域ののお店のスタイルのほとんどがそろいます。エスニックの店中心に紹介しますが、その他の日本の店その他も紹介します。場所は新大久保駅降りて、すぐ左へ新宿方面へ曲がる。かどは、パチンコ店。駅から直近です一度立ち寄ってみてください。

 百人町1丁目10番地 道路から見て左側   -順に紹介します

五味クリニック 体臭、多汗治療専門                                            韓国料理 テェゴヤ 新大久保店 地下一階 家庭料理 新しい店です 

クンメ― 2号店 03-3227-9588 3店の中の一店一階                              2階 大衆食堂 こよし

韓国料理 韓味(かんみ) 最近のお店です ランチも 03-3361-0920

鉄チャン 韓国ホルモン料理 新しいビル、アソルティ新大久保ビル一階    (2階はタイマッサージ店)    モンゴルレストラン チンギス・ハン 上記のビル3階 03-5937-5130                          鉄板焼き 丹波亭  上記のビル 地下1階

カフェ、ONE フォトカフェ ビル2階

>新大久保郵便局 となりは  囲碁サロン 藤花     黒沢音楽館

アジア旬菜 紅鶴 03-5925-2117

クンメ― 1号店(本店) タイ料理店 大森ビル一階 03-3368-1166  近くに3号店もあります タイ料理だけを食べるならこのお店がお勧めです

梁(ヤン)の家 韓国家庭料理 03-5332-9220

居酒屋 しばらく  スナック アジトなどがあります

この先は 道路つきあたりです。突き当たりの道路には鰻や、日本そば店、通貨料理店2店スナック2店、居酒屋2店があります

百人町1-11 道路から見て右側 手前から順に

山ちゃん 手羽先で有名チェ―ン店です

楽器店、中古楽器店が続きます

ソムオー タイ・ベトナムレストラン 百人町1-11-24 白川ビル1階 03-3366-9686佐竹がよくいくお店です。人間学研究会の懇親会でもよく使います。タイ政府から表彰されています。

ひがしの 日本料理店 昔からやっています。03-3367-0432                        2階 錦しゅう園 中華料理店 最近のお店です  03-3365-0196

タカノユリビューティー  

おかめ食堂 昔ながらの定食屋さんです

麗郷 古くから営業している台湾料理店

大長令(デチャングム) 03-3368-4649 佐竹がよく利用する韓国料理店です。      椅子席とたたみの席とあります。

辛風(カラカゼ) 1階2階 新しいお店です 韓国料理 03-3364-2866

サハラ (モロッコ、チュニジア料理) もとはチュニジア料理店 百人町1-11-1地下1階です 前のお店は何回か行っていますが、まだこの店には行っていません。

                                                  

2010年6月 5日 (土)

菅 直人首相に期待する 16年ぶりの世襲議員でない首相 追加

 6月4日、菅直人氏が94代首相に選出された。世襲議員ではない菅直人氏は村山富市氏以来16年ぶりであり、市民運動家出身の首相も戦後初である。いままで、いかに世襲議員出身の首相が多かったかを示している。特に最近、安部、福田、麻生と続く、二世三世のお坊ちゃま短命首相(三人とも360日位)と、同じく民主党でも、鳩山氏の短命内閣(266日)と続き日本の政治の程度の低さを感じていただけに、私は大いに菅 直人首相に期待します。内閣成立が8日に伸びるということでまだ支持率は出ていませんが、20%代までに下がった首相支持率は、大幅に回復することでしょう。菅直人氏は今までの経歴から言って、庶民の立場に立っていける政治家であると思います。              ただ野党にとっては、参議院選挙直前での首相交代は残念なことだったでしょう。

 ただ気がかりなことは、首相になると、今まで放置してあった問題も、根ほりはほりとほじくり返して、攻撃材料を見つけようとされることです。以前菅直人氏が民主党の代表であった時に、年金の未納で攻撃され、代表を辞めました。それは、実際には役所の誤りであったそうですが。このことに関して、毎日新聞は、役所の誤りと書いていますが、日経新聞は、私の見た限りでは見つかりませんでした。血眼になって謀略をかけてでもおとしめようとしますのでそれが心配です。また、任期が鳩山前首相の任期の9月までというのも、選挙の結果の責任で、短命内閣に終わるということもあり得るということです。

 鳩山、小沢両氏が、クリーンなイメージで売っていた民主党で、相次いで金の問題で、どう見てもおかしいとみられる、行為があったということで、民主党の支持率が落ちましたが、菅直人氏は、政治資金もきわめて少なく、それもほとんど個人献金で、自宅も借家だそうで、お金の問題でのクリーンさはどこからもつつかれないと思います。

 ただ、普天間基地問題では、鳩山前首相が日米合意した、辺野古移転の問題は、アキレスけんとなります。この問題では、鳩山前首相が泥をかぶったのですが、それを引き継ぐとなれば、沖縄の人は絶対反対であり、うまく進展しないのは、目に見えています。アメリカは、圧力をかけて、辺野古に基地を移転しようとしていますが、普天間では滑走路が一本なのに、辺野古では二本にしようとしています。基地機能を大きくすようとしているのです。また、グアムやサイパンに移した場合、日本から、いわゆる思いやり予算をもらえなくなるので、どうしても日本におく必要があります。ここが菅氏の泣き所になります。

 また小沢氏に、しばらく静かにしていてほしいといい、幹事長や官房長官を反小沢の人々をすえ、政調会を復活と、今までの小沢路線から大きく転換しようとしています。鳩山氏は自分が辞めるときに小沢氏に一緒にやめるように言いましたが、これは鳩山氏の大きな功績です。小沢氏と距離を置くことは、多くの一般の人の支持を得ると思いますが、下手をすると、最大勢力をほこる小沢氏のグループがいろいろと党内で、菅氏の足を引っ張る行動をしないか心配です。毎日新聞の6月5日の「近聞遠見」で石見隆夫氏が「小沢は身を引く時だ」と書いていますがその通りだと思います。  6月9日、内閣の顔ぶれも決まりましたが、心配なことが出てきています。前にも書いた、基地を辺野古に移すという話と、消費税を上げようとしていることです。政府では早速経団連を訪れていて、経団連は消費税を上げ、事業税をさげさせようとしています。ただでさえ、菅直人首相は、もともと、消費税増税論者ということです。いままで大企業優遇で、かなり業績が回復し大企業が儲かっているにも関わらず、社員の給与を引きさげ、下請けへの単価切り下げをして、消費不況を深めているのにここでさらに消費税を上げ、企業への税率(法人税)を下げたらさらに不況は深まります。少しは自民党よりましと思っていてもこれらの政策を推し進めたら、自民党とまったく変わりません。

 

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