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2010年8月 3日 (火)

小原秀雄氏の人間学 その1 人間学研究会のはじめのころ

 小原秀雄氏と佐竹幸一との関係は、まさに私たちの人間学研究の始まりとなりました。今から45年前に生物科の関東地方の学生組織の関東生物学科学生懇談会の分科会「人間学」の責任者であった佐竹幸一が1965年の6月に、小原秀雄氏の自宅を訪ね、人間学が必要であると意気投合し、それから現在につながる民間の研究会としての人間学研究会(第一次)がスタートしました。当時は社会全体としても人間学に対しての関心が高まっていた時期でした。この時期を佐竹は第二次人間学ブームと位置付けています。『現代人間学』全4巻がみすず書房からだされました。以下ここに書く内容は、『人間学研究所年誌2000第一号』の佐竹幸一の「人間学の概要」と「人間学研究所の概要」と『人間学研究所年誌2007第5号』の「人間学研究会のあゆみ1」に出ている内容をもとにしております。

 1969年には女子栄養大学に柴田義松氏(教育学)、小原秀雄氏(動物学)岩城正夫氏(原始技術史)によるユニークな「人間科」ができました。その後第二次の人間学研究会がつくられ、1991年に第二佐竹ビルが完成しその一室に人間学研究所準備室がつくられ、第三次人間学研究会もスタートしました。その後順調に発展をし、1999年には人間学研究所の設立となりました。所長は柴田義松氏(東大名誉教授)名誉所長は小原秀雄氏(女子栄養大名誉教授)副所長岩田好宏氏(高校教諭、千葉大講師)専務理事、事務局長佐竹幸一、理事岩城正夫氏(和光大学教授)などでした。人間学研究所では毎月の2つの例会、『人間学ニュース、HUMANOLOGY』の発行、『人間学研究所年誌』の発行が行われました。2006年には東大名誉教授の小林直樹氏(法学)も参加するようになり、総合人間学研究会がつくられました、例会は人間学研究所で行われました。2006年には総合人間学会がつくられ、小原秀雄氏は始め副会長に、そして2010年の総会において会長になりました。

 さて、1961年に小原秀雄氏が書かれた、『動物版人間の条件』(人間の生物学的考察(三一書房)と63年の『21世紀の人類』(講談社)はこの本を読んだ佐竹幸一が感激し、お会いしたいと小原氏に手紙を書いた本で、小原氏の人間学の基本的な構想はほとんど書かれています。この本は『人間の動物学』1974年季節社に再録されています。     『21世紀の人類』は「50年後の21世紀になって若者が無気力になり、老人に新しいものを求めるようになるなどということが本当になりましたね」と小原氏と笑いあったものでした。この当時出された本で、『動物社会記』1961年、共に三一新書である『リモコン恋愛法」1962年、『SF人類動物学」早川書房1968年など、今ではめったに手に入らない本を複数で持っているのは、そのころからのお付き合いのたまものです。小原秀雄の著作は、一方では哺乳類学の本であり、一方で人間学に関する本で、今まで出版された書物は196冊にも及びますが、人間学研究所にはその半数の100冊ほどを保管しております。なお、『21世紀の人類』と『現代ホモサピエンスの変貌』は『小原秀雄著作集4「人間(ヒト)学の展望 2007年 明石書房に再録されています。

 小原秀雄氏の人間学  「ヒト」と「ナチュラルさ」

 小原秀雄氏は、さまざまなあたらしい概念と、新しい用語を生み出しています。小原秀雄氏の人間学については簡単に『人間学研究所年誌2000第一号』に佐竹が書いた「人間学研究所の概要」に書きましたがそれも参考にしつつ書いていくことにします。

 『現代ホモサピエンスの変貌』-人間(ヒト)はどこまでおかしくなっているか 人間学の提案 小原秀雄 朝日選書657朝日新聞社には、『動物版人間の条件』以来の小原秀雄氏の各時代における著作が位置づけられ、小原氏の著作が位置づけられ、小原氏の人間学が総括されています。

 小原秀雄氏は、人間における生物的側面がきわめて軽視されているということ、人間を見るときにはその生物としての側面も必ず同時に見ておかなければならないと言っています。人間の生物的側面を無視または軽視することにより、さまざまな現代における異常が生じていると警告しております。また「自然」という言葉に関しても、人間とまったく関係がない自然などは地球上には存在していないということ。現在の自然は人間の諸活動によってかえられた「社会的自然」であるという認識が必要であると言っています。また人間の体も、生物としての存在であり、それは「内なる自然」と言ってよいものである。現代社会の諸矛盾が「社会的自然」も「内なる自然」をさまざまに蝕んでいる。そのような矛盾は人類の存在そのものを脅かすものとなりつつあり、いまこそ、本当の自然さすなわち、小原氏をこれを「ナチュラルな」という言葉で表現していますが、これがいかなるものであるかを追求していく必要があると言っています。

 

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