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2010年12月24日 (金)

「日本の危険なタカ派言論人」ブログに対してぱるささんのコメント

12月23日付の「ぱるささん」から、私の11月10日に書いた「日本外交をめぐる問題点 危険なタカ派言論人」というブログに対して、コメントをいただきました。内容は、「海外で20年以上すんでいて、外からの視点また外国と比べて日本がそうなる可能性は、世界100カ国以上ある中で最低の確率である。マスコミが過剰に心配させるだけの発言で、科学的根拠、確率をしっかり検証したうえでないとおかしい、こういちが右でも左でもないと思われているようでしたらどちらかによっている。週刊誌より自分で事実を検証すべきである。40代半ばの私が日本で受けた教育ではいやというほど昔の日本の軍国主義の否定を教えられました。今はそういう時代ではないし、その当時の当事者たちはボケ、または要介護の状態で、自分たちも子どもまで含めて関係ないです。私の世代は戦争否定の話を聞いたがその代わりになる教育をされなかった。否定だけでは・・・。それはやりっぱなしと同じです」というような内容でした。

 私は現在67歳で、戦前の生まれです。直接の戦争の経験は記憶にありませんが、昨年92歳でなくなった父は7年も戦争に行ってきて、その苦労話をよく聞いています。母方の叔父は中国で戦死しました。祖母や母からも、東京に住んでいて焼夷弾の恐怖におびえていた話を聞いています。また戦後間もなくは子どもの私は戦後の混乱期を過ごしてきました。戦争の悲惨さを、「ぱるさ」さんは40代半ばの私の息子と同じくらいの方ですから、戦争の悲惨さはあまり感じられていないのではないかと思います。

 80才以上の戦争の当事者と言っても、いろいろで、高級軍人、政治家など一部戦争を主導してきた人たちは一部を除いて生き残って、引き続き支配層となって昔を懐かしがって、できることなら昔の状態に戻したいと思っています。そういう人たちでボケたり要介護の人はわずかだと思います。でもその世代の多くの一般の人たちは戦争の悲惨さを体験しているわけで、戦争はもうこりごりだと思っています。その思いが、日本が昔のような軍国主義復活が起きないような大きな力になっています。

 「ぱるさ」さんが嫌というほど「昔の軍国主義否定」を教えられたとおっしゃいますが、それは、たまたまあなたがうけられた社会科の教師が、かなり熱心だったのではないでしょうか。そんなに、いやになるほど軍国主義の否定教育をしていないのではないでしょうか。今の若い人たちは、そういうことに無関心な人が多いと思います。でも外国に住んでいて、日本が軍国主義が復活する確率が低いと感じられるのは、それだけ、軍国主義の復活を拒む人々の気持ちが強く、又「ぱるさ」さんがおっしゃる、不十分ながら軍国主義反対の教育の成果だと思います。「ぱるさ」さんのおっしゃる、軍国主義否定教育だけではだめで、それに代わる教育をしないのはおかしいとのことですが、代わる教育とは、戦前の日本がアジアに攻め込んだのは侵略ではないとか、愛国心でも高める教育でしょうか。しだいしだいに戦争を直接経験し、その恐ろしさをかたる人が減少し、逆に「ぱるさ」さんのようにいわば、私や子供などを含めて関係ない、軍国主義に戻りやしないから大丈夫、だから心配いらないよという人が増えていくことは恐ろしいことと思えます。

 それからわたし(こういち)が右でも左でもない公平だと思われていたら、どちらかにかたよっているといいますが。私は、いままで右でも左でもないものが公平な立場だとは思っていません。軍国主義の復活に賛成なのが右で、反対なのが左とすれば、私は明らかに左です。また「ぱるさ」さんが、サンデー毎日の記事に書いていることをうのみにして、私のブログを書いている、現実がどうであるかを、検証すべきだとおっしゃています。しかし私は、人間全般について研究し、人間学研究会の運営を47年間続け、日本の社会、政治、軍事情勢についても、多くの書物を所有し、それを読み、自分の見解を作っています。いままで、日本が、他国からくらべ軍国主義から遠いというのは、戦争はもうしないという強い思いや言論や行動がもたらしたものです。だから、もう日本は、軍国主義復活反対など言う必要がない、というのは危険な考え方ではないでしょうか。

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政治と社会の現状」カテゴリの記事

コメント

ぱるさんのお母さんから、戦争の悲惨さをいろいろ聞いてきたことはよく分かりました。私より戦争の厳しさは欲知っているというのでしょう。そのあとの言葉のいみが分からないのですが。団塊の世代は戦争の悲惨さを知っていないというのでしょうか。戦争の悲惨さをしらないでいうなら、私の言う軍国主義批判は薄っぺらなものだということでしょうか。私を団塊の世代と言っておられるのですか?団塊の世代よりは少し前ですし、戦前の生まれで、親戚で戦死したりした人も多く、戦中のきびしいよのなかで、おばさんなどが二人も早死にしています。
 「君が代」を歌ったり、日の丸を上げるのがだめだと言って、軍国主義の歯止めになったかとのことですが。日本では天皇制のもと、君が代、日の丸のもとに国民を戦争に駆り立てました。ドイツやイタリヤではナチスなどのファッシズムとを今でも追及しています。ドイツでは鍵十字の国旗など残していません。日本ではアメリカが日本を反共の砦とするために、途中から右派勢力を温存するようになりました。日の丸や君が政治の実権を握るようになれば軍国主義に近付きます。が代は戦前の軍国主義の象徴です。本来新しい国旗、国歌をつくるべきでした。
 内戦のある国に7年間住んでいたから、そういう国に比べ、ぱるさんは勘がよいので、日本は平和で、軍国主義になりっこない、ただ本を読んだだけの私より詳しいとのことですが。そういう、軍国主義の国にならなかったのは、軍国主義反対の運動が強かったからではないでしょうか。ほおっておけば、昔が良かったと昔に引き戻したい人が政治の実権を握ります。
 私の言っていることはどこにでも転がっている意見だといいますが、それで結構です。私の考えがおこちゃまの意見だといわれようが、別にきにしません。

私は母が歳を取ってから生まれた子供ですので現在母83歳です。
戦争中は女子学生で勤労奉仕が飛行場の戦闘機を松の枝で隠す仕事だったそうで
戦争末期は米軍の戦闘機が来襲して機銃でうたれ逃げまくったそうですし、近所の男の子が不発弾を棒で叩いて爆死したり、長男がシナ事変で戦死して帰って来た骨箱をお父さんが開けたら空っぽだった、二男はフィリピンで特攻で死んだと思っていたら
なんの前触れもなく戦後何年も経って帰ってきたとか、こんな話は子供のころからさんざん聞いてきました。
佐竹さんの息子さんと同じ年齢でも、親の年齢が違うと全く違う話を聞いているといえますし
特に団塊の世代はその点知っている様で実は分かっていないんじゃないでしょうか、私らないと言うなら。
佐竹さんの言われる軍国主義については、私にはうすっぺらに聞こえますし、どこかで聞いた言葉を
そのまま言ってる程度にしか聞こえません。
別に愛国主義を教えろなんて言ってはいなんですけど、なんで「君が世」を歌う歌わないでもめたり
国旗の日の丸が駄目だとか、日教組がそうだったのか知りませんがああいう事が軍国主義の歯止になったんでしょうか?
佐竹さんも自分の目で色々な国へ行ってみて、その気になれば戦争のやってる国なんて幾つもありますので行かれてみてはどうでしょうか?
内戦があった国に7年住んでたことがあるのですが、どうも息子の年齢の私の方がはるかに経験があるようです。
47年間続け、日本の社会、政治、軍事情勢についても、多くの書物を所有し、それを読んだなんてそれが一体なんなんでしょうか。
本の数とその47年に何か重い意味があるんでしょうか?

佐竹さんの、言うわれる言葉は私には響く物は無いです。
はっきりいって、どこにでもよく転がってる意見、観察眼です。
うまく文章にできませんけど、今まで勘で生きてきたというところはありますが自分で言うは何ですが勘は良いほうで、その勘がこう言っていると言うと抽象的すぎるでしょうか(笑
なんかオコチャマの意見なんですよね佐竹さんの言ってられることは・・

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