『人間にとって顔とは何か』顔についてのステレオタイプを止めるために(1)
この文章は1995年に本書が翻訳され、出版された後、人間学研究所の小原秀雄名誉所長に書評の依頼が来て、私が当時から顔について研究しているところから、私に書かないかと依頼が来たものです。その結果、かなり詳しく本を読みこみ、B5版で6ページの文章を書きました。しかしながらそれは実際には使われませんでした。ここで改めて紹介してみます。
この本は、イギリスで、容貌の社会的影響についての研究をおこなっている、レイ・ブルと、容貌に関する対人技能訓練や援助を研究している、ニコラ・ラムズィによって1988年に出版されたものを、1995年に翻訳したものです。原題は『容貌の社会心理学』で、容貌の美しさが、人を判断するときにどのように影響を及ぼすかについて、極めて多くの文献を引用した労作です。そして資料があまりに多いために一般読者のために抄訳にしたということですが、それでも『~によれば」という文章があまりにも多く少し読みづらい感じのする書物です。(講談社ブルーバックス、仁平義明訳、840円1995年)
この本に、監訳者の仁平氏がまえがきをかいていますが、大変よくまとまっているのでそれを中心にアウトラインを紹介してみます。 日本でもよく行われている心理発達検査で、三歳半ぐらいの幼児に、20~30才の二人の女性の顔が描かれている一枚のカードを見せて、「どちらの顔が美しいですか」と聞くものがあります。三組のカードについて質問がくりかえされ、三組全部の「正答」を求めるというものです。訳者は「それでいいのだろうか?」というのです。きりっとしたいわゆる「美人」にたいして、「やさしそうで」「人のよさそうな」女性は美しくなく、そちらを選ぶと誤りとしてしまうのは、容貌の「美」にたいして決まった見方(美のステレオタイプ)が存在しているということを示しているというのです。それを三歳半程度の子供に要求するのはおかしいのではないかと。
そんなテストがあるというのを実は私は知らないのですが、ようは白人型のすらっとしたのが美人で、少しぽっちゃりしたような日本のおかめ顔の顔は美人ではないというのでしょう。
そして訳者は続けます。そしてさらに美しい顔は、単に美しいだけでなく、そのほかにも「良い」特性を備えているだろうという、ステレオタイプ=紋切形の判断につづきます。すなわち、「美しいものは善である」という多くの人が考えているステレオタイプへの挑戦のために、本書がかかれていると紹介しています。
容貌の問題は心理学の研究では、いわば「タブー」の一つでした。「人がどう判断されるかには、ルックスが重要だ」という不愉快な見解になるのではないかと恐れるのです。その状況は今でも変わらないといいます。
本書は、恋愛にとって顔はどういう役割を果たすのか。「美人は得」はほんとうなのか。顔の良い人は信頼されるのか。罪を犯しそうな顔はあるのか。裁判に影響があるのだろうか。学校は、「かわいい子」には有利な場所なのか。子供の「顔」で大人の態度はどう変わるのか。親子関係や子供の親以外の大人の働きかけはどうなのだろうか、いろいろな所すべてに容貌に関するステレオタイプが社会の中にどれだけ強固に存在するかを示しています。そしてそのステレオタイプが、もし誤っていたならばそれを明らかにすることが大切ではないのかと。
そしてまた容貌のステレオタイプの形成に、メディアが多く加担してきたことも鋭く指摘しています。そして事故等で容貌が損なわれた人や醜いとされている人は、どのようなふりがあり、それにたいして心理学はどのような支援ができるかをしめしています。そして続いて、魅力とは何かについて考察するとともに、「美しいものは善である」ではなく、「善なるものは美しい」という考え方を支持し、「魅力的な人は、魅力のない人よりも幸福になるはずである」というのは確定された結論ではない」という言葉でしめくくっています。
この本が原著から7年もたった1995年に翻訳されたのは、この当時の「顔」ブームによるものではないかと思われます。1992年に第一回の「シンポジウム顔」が開催され、1995年の3月に日本顔学会が創立総会を迎えたことが大きな影響を与えていると思います。その当時のメンバーは東京大学工学部教授の原島博氏を代表とし、ポーラ文化研究所の村澤博人氏、心理学の大坊郁夫氏、人類学の香原志勢氏、人相学の石本有孚氏など極めて広い範囲が含まれています。私もこの年にこの学会に参加しました。また電子情報通信学会を中心とし、心理学系、歯に関する学会、日本笑い学会など多くの学界の協賛によってシンポジウムも開催されています。このころには香原氏の『顔と表情の人間学』1995年、を始め,動物生態学者の蔵 琢也氏は『美人を愛した遺伝子たち』1994年、『美しさをめぐる進化論』1993年、吉川佐紀子氏『顔と心』共著1993年、『顔と認知と情報処理』1990年訳書、村澤博人氏『顔の文化誌』1992年など相次いで本が出版されているのでもわかると思います。
顔学会は毎年シンポジウム(フォーラム顔学)を開催し、立派な学会誌(現在2010年10巻)を出しています。
以上導入部についてお話ししました。具体的な内容については続いて書いていきたいと思います。
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