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2011年11月12日 (土)

カントの「人間学」- カントの人相術もすこし 2012,1加筆修正版

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これは、人間学研究所にある、カントの『人間学』の翻訳です。右の小さい本が岩波文庫版で今では貴重です。一番左が渋谷治美氏の最新岩波書店版です。

カントの『実用的見地の人間学』の基本的な立場については、「こういちの人間学」ブログの2009,8,13日付の「l実用的人間学とは、カントの~人間学」に書きました。序文の自分の人間学はどのような立場であるかということです。ここでは、その「人間学」の中にどのようなことが書かれているか紹介します。

◎本は『人間学』 カント 坂田徳男訳 昭和27年(1952)岩波文庫版をもとにしています。

 『人間学』の第一部は人間学的教授学で、人間の外部や内部を認識する方法について書かれています。

第一編は認識能力についてです。

 その第一に、人間が自我を持っているために、人格を持ち、意識の統一性を持っている、というところから始まります。

 利己について、自分自身の観察について、感性と悟性など、認識論の諸問題が書かれています。面白いのは、預言者的天賦という項目があリます。それには、預言(経験則による自然的なもの)占言(既知の経験則に反したもの)、霊的預言(超自然的なものにもとずく霊感)に分けられるという。自分は超自然的な洞察をすると言ったら、彼は占いをするものと言わなければならない。カントは占いの欺瞞について述べ否定をしています。理性、悟性を重視するカントらしい立場です。

 認識能力に関しての、心の弱さ、病気というところではいろいろな例が示されています。精神薄弱とか愚鈍とか精神病などについていろいろ書かれています。精神医学のもとになるような記述です。また逆にさまざまな才能についても書かれています。天才とは何かなども書かれています。

第二編は 快・不快の感情についてです

 快には感性的快と知性的快があるという。 

 趣味とは何かについて、いろいろのべられています。理想的な趣味は道徳性の外的促進に向かう傾向を含むものであるという。趣味に対する人間学的注意ということに関して、具体的に流行趣味について、芸術趣味についてと書かれています。

 最後に贅沢についてで。贅沢とは、共同体において、趣味を持って営まれる社交的逸楽的生活の過度である。これはなくてすませる浪費であり、趣味を伴わない場合は耽溺という。耽溺は人を病的にする。 いろいろと言葉の定義と、具体例が多いのですが、訳が固いのでかなり難しく感じてしまいます。最近の全集の中の人間学の訳はもう少しわかりやすくなっています。

◎ 例 カント全集 15 「人間学」 渋谷治美訳 2003年11月27日 岩波書店

第三篇 欲求能力について

 欲望とは、その結果として生じた、ある未来のものの表象によって主観の力が自らを規定することである。難しい表現ですね。理性で抑えられないことを激情と言います。どうするか決まらないが現在での快不快の感情は情緒という。情緒が多ければ激情は少ない。

 フランス人はその快活さによって、イタリア人やスペイン人、インド人中国人より気分が変わりやすい、しかし後者は深く恨みを抱き復讐を試みる、などと書いています。 他人を自分の思い通りにしたいという欲望な表れとして、名誉欲、支配欲、所有欲がある。

 についても書かれています。善には自然的善、と道徳的善とがある。 交際において、逸楽と徳とを合致せしめるという心術が人間性である。真の人間性と、まだしももっともよく調和するように思われる逸楽生活は、よき会食者達と共にとる食事(サロン)である。~ただ一人で食事することはいやしくも哲学する学者にとっては、不健康である。

 カントは、親しい人たちと会食しながら会話することを何より楽しみにしていました。そのメンバーは学者だけではなく様々な人たちがふくまれていました。何か気難しそうに見えるカントは、じつは楽しく会食し、ユーモアにあふれた人だったのです。

第二部 人間学的性格記述 (人間の内部を外部より認識する方法について) 

 分類 1.個人の性格 2、両性の性格 3、民族の性格 4、人類の性格

個人の性格では、気質について4つの基本型についてせつめいしています。気質や性格に関してのべていることはのちの心理学のもとになる考察をたくさん含んでいます。

 個人の性格のなかに「観相術について」という項目があリます。観相術とは、「ある人の可視的形態から、したがって外的なものからその人の内的なもの(心)を測定する技術である」と定義しています。人相術の好きな筆者にとって大変面白いと思ったところなので、ご紹介します。カントはいいます。「人相から人の性格をのべることはできるがこれは決して一つの科学となるものではない」と。これは概念的にのべられるものではなく、直感的にのべられることだからだと言っています。

 観相術の分類として、A顔立ち、B容貌、C習慣的な顔の表情に示された性格的なものについての三つがのべられています。

いくつか書いてみます。 

1、どこもかも、整った規則正しい顔は精神を欠いて、ごく平凡な人間であることを示す

 2、醜悪というのは、物を言うや否や陰険な笑いを浮かべる人、面と向かって相手の顔を覗き込み、自己に関する相手の判断などはものの数ともしない鉄面皮なそぶりをする人である。怪奇な恐ろしい顔をしている人でも、自分の顔について冗談を言えるほどの善良で快活な心を示していることがある。そういうのは決して醜いとは言わない顔である。また身体的に問題のある人を軽蔑することに、カントは怒りを覚えています。又、自国民以外の人たちの顔を、嘲笑する傾向がある。それをカントは非難しています。 

3、表情とは活動している容貌である。情緒の印象はいかなる表情をもってしても隠しておくわけにはいかない。いかに苦心しても覆い隠すことができない。 その他いろいろ興味深い考察が書かれています。

②、両性の性格 男女の違い、特に女性に対しての考察がいろいろ書かれています   女性には、文化にとってなくてはならぬ繊細な感覚ーすなわち社交性と礼儀正しさに対する感覚を持っていること。男性は女性によりしつけよき礼儀をもつことになったと評価し、女性による社会の教化、および醇化という大きな役割を果たしていると評価しています

③ 民族の性格 各国国民の傾向について様ざまにのべています。民族学、人類学のもとにもなる考察です。

④ 人類の性格  人間は理性能力を与えられた動物として自己みずからを理性的動物たらしめる。人類が、教化によって文明化すること、人間は訓育並びに錬成(規律)に関して教育が可能であるし、又これを必要とする。                              人間は生来上善である。とはいえ、人間は悪をあえておかそうとする。人間の本分に関して実用的人間学が達した総括的結論と人間の完成過程に関する特性は、人間が自己の理性によって定められた本分は~芸術やもろもろの学問により文明化し道徳化するにある。~ゆえに人間は善に行くように教育されねばならぬ、しかるに人間を教育するものはこれまた人間である、すなわちいまだに生来の粗野な状態にありながらもしかも、彼自身の必要とするところのものを実現せねばならぬ人間なのである。

 そして最後に、人類の意欲は一般的には善であるが、その実現には世界公民的に結合せられた一つの組織としての人類において、又かかるものとしての人類足らんとして、進歩してゆく世界市民の有機的組織によってのみ可能である

 この言葉が、「実用的人間学」の最後の言葉です。カントは認識論始め、いろいろ論及を続けた結果、最後には「人間とは何かと」いう「人間学」に帰結するとしとて最晩年にこの講義をし、本を書きました。カントの「人間学」は哲学界では俗的な軽いものであると大変低い評価を受けています。しかしそれは過ちであると思います。カントは単なる人間はこうこうであると、定義づけるとか、こうしなさいとかのべているのではありません。この世の中で人間としてよりよく生きるための世間知としてこの本を書きました。そして人間が理性的になるように教育され、人間をもっとも不幸にする戦争をなくすために、国々が連合し、今の国際連合のようなものを作るべきだと別の本(『恒久平和のために」その第三条で常備軍の廃止を説いています)で強調しています。残念ながら、現在も国際連合はあっても、カントの望んんだような平和な社会には到底なっていません。

カントの流れをくんだ「実用的人間学」を主張する私の人間学も、当然カントの願いを継承していくものでなければなりません。

渋谷治美氏の全集の「人間学」の解説 分かりやすい訳で

 よくまとめられているので掲載します。2011年11月追記

 実用的人間学とはどのようなものか P518

(1)人間とは、文化(陶冶・洗練)を通して自己教育していく地上に生存する理性的生物であると認識すること(カントはこれを「世界知」としたー岩波文庫では世間知と呼び換えている)が実用的人間学の目標である。

(2)「実用的な人間学」の特徴は、人間は自由の主体として自ら何を形成し何をすべきかの究明にあること

(3)人間を「世界市民」とみなす視点にこそ実用的人間学の神髄があること

 が表明されている。(訳によっては「世界公民」としているものがあります)

2013年9月追記

 カントに関するブログで、実用的人間学は「世界市民として生きるために知っておかねばならない、世間知(世界知)を開陳する」というものがありました。わかりやすい解説だとおもいました。

★ 2012年1月 追記 訳の違いを見る

1)坂田徳男訳  岩波カント著作集16 1937年 邦訳の始め

         世界公民  実用的見地と自然学的見地

2)坂田徳男   岩波文庫版  1952年(上記を一部改訳)

         世界公民  実用的見地と自然的見地

3)山下太郎   理想社 1966年 カント全集第14巻

         世界公民  実用的見地と生理学的見地

4)清水 清    玉川大学出版部 1969年 世界教育宝典

         世界公民  実用的見地と生理的見地

5)塚崎 智   河出書房新社 1983年 世界の大思想2

         世界公民  実際的見地と生理学的見地

6)渋谷治美   岩波書店 2003年 カント全集15

         世界市民  実用的見地と自然学的見地

 

 

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