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2012年1月

2012年1月29日 (日)

人間学研究所 2012年 2月、3月例会のお知らせ

実用的人間学研究会例会

第40回実用的人間学研究会

日 時  :2012年2月16日(木) 18時から 

テーマ  : 「美人について その歴史的変遷と本質」

講 師  : 佐竹幸一 実用的人間学研究会会長

懇親会  : 韓国家庭料理 「宮」

★ 例会には11名の方が参加され、懇親会には10名の方が参加されました。懇親会ではおいしい韓国料理を食べ、最後に、手作りのキムチも全員にいただきました。その後4人が、カラオケにも行きました。

第41回実用的人間学研究会例会

日 時  :2011年3月15日(木) 18時から

テーマ : 「古事記と出雲神話」

  今年は古事記編纂1300年の年になります。名越氏は古事記を研究し、神話の語り部としていろいろなところで御活躍されています。わざわざ、島根県からおいでいただきます。

講 師 : 名越秀哉氏 元出雲西高校教諭 古事記研究家

懇親会 : タイ・ベトナムレストラン ソムオー

★ 第39回実用的人間学研究会例会は 「日本の戸建て住宅」

について江原正忠氏にお話しいただき18名の方が参加されました。

新教育人間学部会

第80回 新教育人間学部会

日 時  : 2012年2月24日(金) 18時から

テーマ  : 「ヒトと放射能 生命科学の視座から」

講 師 : 木村廣子氏 女子栄養大学名誉教授

    学校の副読本も見せていただきます。

懇親会  : 豆腐料理 越路

★ 第80回例会には12名の方が出席されました。また懇親会には8名の方が参加されました。

第81回新教育人間学部会

日 時  : 2012年3月23日(金) 18時から

テーマ  : 「原発の諸問題について」

講 師  : 佐竹幸一  実用的人間学研究会会長

懇親会  : 仙力 支店

★ 第79回新教育人間学部会は「フランスの地理教育から今学ぶこと」

として生田清人氏にお話しいただき、18名の方が参加されました

◎ 合同忘年会は 2011年12月9日女子栄養大学「松柏軒」において

 26名の方が参加され、大変おいしい会席料理のフルコースを楽しみ

 ながら、楽しい歓談のひと時を過ごしました。

人間学研究所

  〒 169-0073 東京都新宿区百人町1-3-17

            佐竹ビル 3階

     電話 : 03-3209-1888

    メール : pcr92240@nifty.com

     実用的人間学研究会例会は一般の方も参加できます。

  お問い合わせは 佐竹まで 090-6549-2677

  

2012年1月28日 (土)

右寄りな第三極ではなく、民衆のための第三極の結集を 例えば菅氏を首相に

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通常国会が始まり、野田首相は何が何でも消費税増税と税と社会保障の一体改革を、押し通そうとしています。自民党には消費税上げは、自民党が言ってきたことではないかと話し合いを求めますが、今や60%以上が消費税値上げ反対という世論の中で、損な役回りをしたくないために、自分たちの考えを示さないまま、ともかく公約違反だから解散しろとだけを言っています。

 そういった状況の中で、先日の大阪市長選挙があり、橋下徹氏が対立候補に大きな差をつけて勝利しました。人々は、民主党にも自民党にもあいそづかしをしているということです。1月19日の夕刊フジでは大きく「橋下、石原合体も衆院選で100議席」という大きな見出しが掲げられました。

また日経新聞の1月26日付の記事では。

「国民新党の亀井静香代表と、立ちあがれ日本の平沼赳夫は25日夜、石原慎太郎都知事と会談した。亀井、平沼両氏は衆院解散総選挙をにらんで新党に積極的で、3月の新党を目指した調整に着手したとみられる。新党は民主党でも自民党でもない「第三極」の結集を志向しており、石原氏や橋下徹大阪市長が代表を務める「大阪維新の会」の動向が絡んでくる」

 そして大村愛知県知事や一部自民党や民主党の議員にも参加を呼びかけるといっています。そうなれば、不人気な自民、民主にいては落選すると思った多くの議員が自民、民主から離れて参加することでしょう。

 しかし、この第三極とはきわめて、保守的あるいは右翼的傾向が強いということです。日本の保守系勢力を結集した「日本会議」という団体があり、憲法改正、靖国神社参拝、日教組などを抑える、新教育基本法の制定などを目指している団体です。そこには、石原慎太郎、安倍晋三、麻生太郎、平沼赳夫、福田康夫、渡辺喜美、谷垣禎一、石破茂、前原誠司、藤井裕久など、各党にまたがった人物がいます。橋下氏も、大阪の教員に君が代を強制するなどの右翼的人物です。また橋下氏は原発に反対のようですが後の人の多くは原発推進派です。

 自民党に嫌気がさし、民衆のための党と称して、民主党に入れた人々の期待を裏切って、限りなく自民党化した民主党にみんな怒り、嫌気がさしています。そして、思い切って実行する石原氏や橋下氏の実行力に期待し、なんとかこの閉塞感から脱却して、暮らしが良くなることを期待する人も多く、産経新聞とFFNの世論調査で「リーダーにふさわしい」政治家の一位が橋下氏、二位が石原氏だそうで、この二人が合体すると大きな第三極になることでしょう。しかし、この勢力のしようとしていること例えば「ハシズム」といわれる強引な手法は、政治の混乱、腐敗に失望した人々がナチにひきづられて行ったドイツにイメージが重なるのは私だけでしょうか。

 それにたいして、本当に多くの人々が求めている、始め民主党が公約した民衆のための公約を改めて実行するもう一つの第三極が現れないでしょうか。民主党の一部は消費税に反対して離党しましたがわずかです。社民党も、共産党も全く今まで通りです。社民党も共産党も今までのいさかいを捨てて昔の統一戦線的な動きができないのでしょうか。

私は一時原発に反対するグループの「エネシスジャパン」という勉強会に参加し、そこに自民党から共産党までの議員さん参加しているのを見て大いに運動の発展を期待しました。しかし残念ながら、現状はただ勉強しているだけのように感じられ、政治的な動きは弱いのです。それで最近ではずうずうしく、原発推進を叫ぶ声のほうが大きくなっています。

 たとえば、私の全くの夢物語だけなのかもしれませんが、民主党の前首相である菅直人氏(アメリカなどでは元の市民活動家に戻ったなどといわれています。民衆側の首相候補になれるのは一時の財界べったりでなく庶民の立場になった場合です)と今の民主党に失望している良心的な議員や、自民党の河野太郎氏などや、保坂展人世田谷区長などの社民党や共産党議員などが、消費税反対、原発反対などで結集できないものでしょうか。新党など作らなくてもいいのですが、少なくとも、今の民主党や自民党に反対であり、保守的な第三極ではなく、眞に民主的な第三極の勢力が結集すれば多くの人の支持を得られると思うのですが。みなさんはいかがお考えでしょうか。今のままではみすみす保守的右翼的な勢力が伸びて多くの人々を苦しめるのが目に見えています。

 私のような考えに賛同する人が多く出て、何らかの呼びかけをしていけば民主化を求めるアラブの変化のような動きがでてきて、世の中を逆行させないで済むと思うのですがいかがでしょうか。

 

2012年1月26日 (木)

オバマ大統領と野田首相の違い オバマは富裕層に増税、野田首相は貧乏人にも消費税

日本では国会が始まり、民主党野田総理の施政方針演説があった。ともかく、消費税増税を何が何でもやり遂げるという決意を語っています。

一方、同じ民主党のアメリカオバマ大統領は1月24日の「一般教書」で、

「年収100万ドルを超える富裕者に少なくとも30%の実効税率を課し、給与所得以外の配当収入やキャピタルゲインに対する課税の抜け穴を防ぐ。また中間層である年収25万ドル未満の世帯については増税を回避する」と演説しました。また、「一部富裕層の驚くべき強欲」を非難しました。

「一握りの人たちが豊かになり、大部分の人たちが苦しむ国になるか、それとも誰もが公平な機会を与えられ、公平な負担をになう社会を取り戻すのか。アメリカの価値が問われている」と。住宅ローンの負担減らしなどの政策も行うといっています。

  アメリカの中間所得層は1970年代には50%であったものが2010年には40%に減少し、その多くが貧困層に落ち込みました。この不満が「我々は99%」と叫ぶウオール街占拠運動となりました。

 会場には、我々富裕層に課税せよと訴えている、投資家バフェット氏の秘書も招かれていました。バフェット氏は、私の税金の税率は私の秘書の税率より低いのはおかしいといっていたのです。アメリカなどではそれに賛同する「われわれに課税せよ」という富裕者がたくさんいます。残念ながら日本ではそんなことを言う大金持ちを見ていません。

 今度の大統領選挙の有力な共和党大統領候補のロムニー氏は、投資会社で多大な利益を得て、優遇課税で15%しか払わず、巨額なお金をため込んだのです。ロムニー氏は投資先の会社の労働者の首切りをしたということで、他の共和党大統領候補から攻撃されています。ところが、日本ではアメリカの15%どころか、証券優遇税制で小泉以後20%を10%にまけてきたのです。そして私のブログにも書いたとおり、こんど、持ち株比率によって一部10%の税率を20%に戻すということを決めても、対象者300名のうち250名もが持ち株比率を下げて、増税を回避しました。その中で、稲盛氏が巨額の税金を”節税”しました。この、証券優遇税制が日本の貧富の差を増大させたのです。

 オバマが大統領になったときに本来すぐに変えているべきで、そうすればそんなに貧富の差が開かなかったはずです。それをしなかったことがそれが貧富の差増大とオバマ支持率40%という結果になっています。それでも遅まきながらでも今後変えるといっています。ところが、野田首相はそんなことは、一言も言及しません。それどころか、貧困層に余計負担がかかる、消費税を上げようとしています。

 野田首相は、消費税増税の非難をかわすために、公務員の給与を下げようとしています。民間給与が年々下がっているにも関わらず、公務員の給与が下がらなかったからです。一方大企業は、不景気を名目に、給与をさげ、正社員を非正規社員にする、下請けへの支払いを抑えるなどによって膨大な社内留保をしています。そしてさらに、今年の春闘では、定昇もできないと、経団連会長が言っています。だいたい労組自体が民主党の一翼をにない、経営者と同じような立場に立っていますから、経営者のいいなりです。

 そして、自動車産業などに見られるように、海外に企業を移し、外国から自社の車を輸入してくるような状態です。たとえば、1月26日の日経新聞を見ると日産は日本市場向けの日産マーチをタイで生産し日本に逆輸入しています。三菱自動車も今秋から、タイで新型小型車の生産を開始するそうです。デジタル家電は輸出より輸入のほうが多くなっているそうです。それらにより日本では2,2兆円の逆輸入が発生しているということです。また円高を背景に次々と海外企業を買収していおます。オバマ大統領は、そういう国内の雇用を増やさない企業には祖税控除をしないといっています。日本ではそういう話もありません。ついに、輸入が輸出をうわまわり、この傾向は続くといいます。こうなると日本もギリシャ危機のような事態にもなりかねません。

 ともかく、給与所得の減少によりGDPの基本たる個人消費が伸びず、いままで景気が一向によくなりません。公務員の給与を下げればそれに拍車をかけます。公務員が下がったからといってさらに民間給与を下げようとします。公務員の給与下げて、消費税を上げても、景気が悪化すれば基本的な所得が減りますから所得税も法人税も減ります。大企業は海外に拠点を次々に移し、海外での利益を、日本に納税しないようにします。ですから一向に、日本の財務内容がよくならないことになります。国民の所得や給与を上げて個人消費を上げること、そしてデフレを脱却し、景気が良くなることがなによりも重要なことです。そうなれば自然に税収は上がります。

 同じ民主党でも、日本とアメリカではずいぶんと違いますね。

 

2012年1月24日 (火)

経営人間学シリーズ(18)二宮尊徳(金次郎)の人間学 その2

江戸時代には4つの飢饉がありました。寛永の飢饉では東日本の日本海側で冷害により飢饉になりました。また1732年の享保の飢饉は西日本が飢饉となり、1782年~1787年の天明の大飢饉はアイスランドのラチ火山の大噴火や浅間山の噴火などにより世界的な寒冷期の小氷期の時期でした。天保の大飢饉は1833年~1839年には東北地方が冷夏で作物が実らず飢死者が大変な数になりました。

 二宮金次郎が旗本領桜町での立て直しをしていた1832(天保3年)のとき、金次郎が夏になすを食べた時、秋ナスの味がして、あらためて周りを見たところ、極端な冷夏と飢饉が予想され、平均20%の免租を申請し、農民に寒さに強い稗を植えさせました。その結果、桜町領三ケ村は餓死をまぬかれ、近隣の村を助けるほどでした。

 1833年(天保4年)、金次郎47歳のときには青木村の堰を作り、水の流れを安定させました。茅葺の家を縄で吊るし川に落とすという思い切った方法で堰を作りました。金次郎は自分で進んで綱を切る危険な仕事をしました。

 1837年(天保8年)には、小田原藩が飢饉になりました。二宮金次郎は、領内に餓死者が出るのを見かねて、大久保公に交渉し、窮民の救済を願い、反対する家老や倉庫番を、命令に背くならまず家老から餓死しなさいとまで脅して、藩の蔵を開け、人々を救いました。餓死をまぬがれた人々は金次郎を神のように思ったことでしょう。金次郎の後ろ盾である大久保公はこの年に死去しました。またこの年は全国的な飢饉で関西では大潮平八郎の乱があった年です。

 1842年(天保13年)、金次郎は公儀御普請役格(幕府直接の役人)に召抱えられ御切米20俵2人扶持となりました。しかし重要な仕事を任せる割にはとても低い石高です。このとき金次郎56歳、老中水野越前守に命じられ、「利根川分水路工事」を頼まれましたが、越前守失脚もあり、完成しませんでした。

 1843年(天保14年)には、二宮金次郎とその弟子などにより小田原藩内に「小田原仕法組合」すなわち、「報徳社」を作りました。それは二宮尊徳の「仕法」の方法を全国に広めるものです。五常講を作り、民間にお金を貸しだしました。そのことにより高利貸しに借りなくとも低利で借り入れができるようになりました。これは世界初の信用組合といえます。

1844年には幕府の命により相馬藩の立て直しに取り掛かりました。そして1849年には回復し始めました。

1846年(弘化3年)には、大久保忠真公亡き後、二宮金次郎に反対する勢力が藩の実権を握り、小田原領内の報徳仕法が中止されました。

1853年(嘉永3年)、幕府より日光神領の立て直しを依頼されました。尊徳は68歳という高齢と病をおして日光の山の中の村々を回り、村々を改善して行きましたが、1855年(安政二年)日光今市の陣屋で病に倒れ死去しました。69歳でした。(1856年70歳というものも)

 1856年 高弟の富田高慶が『報徳記』を著わす。

 1989年(平成1年)大日本報徳社主催報徳社全国大会、毎年参加者1千名以上で定着。文部大臣祝辞恒例となる。

 二宮金次郎(尊徳)により、命を救われた人々の数は大変多く、また二宮金次郎の「仕法」の方法は多くの地域で、厳しい状況の地域を改善させました。そして多くの心服した弟子が二宮金次郎の方法と精神を全国に広めました。

 

 二宮金次郎の改革の方法には、経済生活の合理化をする経国斉民の思想に基づいていました。金次郎の考え方、方法は徹底的な調査による、現実把握を元とする科学的合理性に基づいていました

◎基本的な立場は、何よりも働く主体の農民が基本であり、大切にするということです。

 金次郎は、再建を受けるときには、徹底して、金次郎のやり方に文句を言わないことを徹底させませました。それがあいまいなら、うけなかったのです。

 まず、借金については貸主と交渉し、返済計画を明確にし、金利を安くし、長期の返済に変更することを交渉しました。貸主はこのままでは破産して元も取れないので、これを了承しました。

1、芋こじ会(芋をまとめて洗うように若者をぶつかりあわせながら成長させていく

   みんなの学習意欲、働く意欲、能力を高めた。

2、勤倹 (節約と倹約の徹底、まず依頼するところの徹底的な節減)

3、分度 (基礎的な収入と、支出をはっきりつかむ。そのうえでの計画を作成)

4、推譲 (余剰金を生み出す工夫とその積立と活用)

  その余剰金を使い、様々な用水の整備、新田の開発、様々な産業を興す(最初はいろいろな内職で余剰のお金を作らせた。お金は尊徳の私財や報徳会のお金を使った)

報徳会では、頼母子講のように、お金の融通を行った。

★ この二宮金次郎の「仕法」の方法は、危機に陥った、会社や地方や国の財政を立て直すのにそのまま利用できるのではないでしょうか。

1、まずトップが、改善をやると決意し、責任者に一任する

 そして全面的に信頼する 途中でぐらつかない トップが大事

2、まず現状の徹底的調査(回村)。収入と支出の現状をはっきりつかむ。

3、何年で財政難を克服するのかはっきりした長期計画を立てる

 その計画は断固やり通すこととする

4、無駄な支出を徹底的に省く。

5、人々の働く気持ちと意欲を伸ばす工夫をする

6、いろいろな創意工夫により、収入の増大を図り、新しい収入の道も探る

7、蓄積した利益を、うまく利用、還元する

 このような感じでしょうか。

 でも、財政危機だという日本の野田首相が、働く主体である、国民(農民)の立場ではなく、利益をかすめ取る大企業や官僚(武士階級)の立場に立ち、徹底的な公費節減や天下り防止など節約をしないで税金(消費税増税や保険料アップ=年貢米値上げ)などを行うということで、まったく二宮金次郎のやり方と全く正反対であることがおわかりだと思います。

 明治政府では、二宮金次郎の精神を世に広め、勤勉に働き国に忠誠を尽くすという方向にもって行きました。明治天皇も『報徳記』を読んだそうです。二宮金次郎の何よりも働く農民(国民)を大切にし、科学的合理的に物事を進めたという側面を無視して、ただ、真面目に勉強してよく働きなさいという側面だけを強調しました。そしてそれが「修身」の教科書に載せられ、薪をしょって書をよんでいるという、二宮金次郎の子供時代のみを強調するようになりました。

経営人間学シリーズ(17)二宮尊徳(金次郎)の人間学 その1 

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この絵馬は2004年(平成16年)1月に、相模の国の報徳二宮神社に初もうでに行ってきたときのものです。二宮金次郎(尊徳)は私の尊敬する人物で、この絵馬はいつも私の机のそばに飾ってあります。

 経営に役立つための人間学としての経営人間学にとって、二宮金次郎は極めて重要な人物です。二宮金次郎についてよく知らない人は、「ああ、昔薪をしょって本を読む銅像が各学校にあったけれども、戦後になって、修身が否定されてから、消え去ってしまった人物だな」と思われるかもしれません。

 しかし、二宮金次郎が行ったこと、またその考え方には現在でも学ぶことが多いのです。私は二宮金次郎の本を集めました。その数12冊、マンガから江戸時代に書かれた『報徳記』の訳(一円融合社)、堂門冬二の『小説二宮金次郎』(学陽書房)と『評伝二宮金次郎』(致知出版社)、『二宮尊徳のすべて』長澤源夫編(新人物往来社)、『二宮金次郎の人間学的研究』(下程勇吉)など様々です。

 内村鑑三は『代表的日本人』という英文の本を書いていますが、上杉鷹山や西郷隆盛などと並んでしょうかいされ、一部の西欧人にもよく知られていました。二宮尊徳は江戸時代に活躍した人物の多くが武士階級の出身であったのに、根っからの農民でした。それでも、多くの人に感銘を与え、農民出身でありながら、小田原、今市、真岡と三つの神社に祭られているのです。また、彼は、農民でありながら、金次郎が住んでいた小田原藩の藩主でのちの江戸幕府の老中主座となる大久保忠真をして、「もし、かれがもし戦国の世であれば、金次郎の旗の下で戦うとまで、言わしめる偉大な人物だったのです」金次郎は身長6尺(180センチ)25貫(94キロ)という当時としては極めて大きな身体で、上司の武士まで威圧するような迫力も十分だったようです。

 金次郎は1787年に相模の国に農民として生まれましたが、酒匂川の氾濫で家と土地を失い、14歳で父を、16歳で母を失い、一家離散し、隣の伯父の家で面倒を見てもらいました。そういう境遇にもかかわらず、学問をしようとします。叔父は百姓に学問はいらないといって、夜の灯りの菜種油を使わせません。そこで金次郎は、菜種の種5勺を河の土手にまき7升の油がとれました。また、他人が捨て落ちていた稲もみをまいて1俵の米を得ることができました。これは「およそ小を積んで大をいたす」(積小為大)という金次郎の考えの元になりました。また薪を集め背負うあいだも書を読み、それが銅像の元になっています。

 その努力の甲斐あって20歳で生家を回復しました。大きな地主となって行きましたが一方で、大久保家の家老の服部家に奉公に行きます。服部家の息子の学問する場所に共に生き学びました。そして当時多額の借金で困っていた1200石の服部家の財政立て直しを頼まれます。そこで、収入と支出をはっきりさせ、借金の返済方法も明確にし、服部家にも質素な生活をしてもらいます。使用人にも鍋釜の煤を取らせるなどして、まきを節約させ、その浮いたお金の一部を褒美に使用人にあげたりします。その結果借金はなくなり、300両のお金が残るまでになります。金次郎は褒美としてもらった100両を使用人に皆分けてしまいました。

 金次郎のすばらしい能力を家老の服部十郎兵衛は、小田原藩主の大久保忠真公に話します。大久保公は、分家の桜町領4000石の旗本宇津家の立て直しを金次郎に頼みます。桜町では、4000石の旗本としての体面でいろいろお金を使いますが、実収は2000石以下で、借金もできないほどになり、年貢の取り立ても厳しいため、村は荒れ果て領民は四散し、どうにもならない状況でした。

 金次郎は小田原藩の役人として桜町(栃木県)に住み込んで仕事を始めます。村の状態は荒れ果てていてとても悲惨な状態でした。そこで早速10年の間の生産力と出費の平均を割り出し、そして今後10年間での生産計画を立てました。これを彼は「仕法」と呼びました。まず、桜町の殿さまにはその実収にあった生活にし支出を抑えます。そして一軒一軒の農家を訪ね人物を調べます。はたらきものは表彰し、農具を貸し、肥料を与え、家や小屋の修理の費用を与える。怠けものはよく諭す。また農業用水などを整備しました。このような費用を作り出すために小田原の家などの財産をすべて売り払って家族そろって桜町に移住しました。そして農民の信頼を得て、村は立ち直っていきます。しかし、小田原藩から派遣されてきた豊田正作という主席の侍の妨害を受けます。百姓の気持ちもばらばらになりました。そこで、金次郎は急に姿を消して成田山に断食でこもります。驚いた百姓は金次郎を迎えに行き、豊田正作は罷免されます。

 その結果10年後には2000俵から3000俵に実収が増えました。農家の戸数も145件から190件に増えました。この成功が評判になり、烏山、下館、真岡、日光などの極めてひどい状態であった村の立て直しを頼まれます。

 *(2)に続きます

 

はやく家庭用電気も、電気会社を自由に選べるようにすべし 今大口は次々エネットなどへ

2012年1月24日付の毎日、日経新聞などは、世田谷区が2012年4月から本庁舎や小中学校など、111か所の公共移設で使用する電気の調達先について、一般競争入札を導入すると発表しました。今までは、東京電力と随意契約を結んでいたが「特定規模電気事業者」(PPS)の参入も可能になる。競争原理で、年2000万円の電気料金の削減を目指すということです。また今の東京電力のままでは4月から電気代の値上げをすれば900万円電気代が上がります。PPSが値段を上げなければ、電気代の差は2900万円になります。

 世田谷区は社民党の保坂展人区長の指示によるものです。すでに国立市は昨年10月に20施設で一般競争入札を行い、NTTグループや東京ガスなどが出資するエネット(東京 港)が落札した。20施設で総電気料金は年150万円安くなる予定だという。毎日新聞にはPPSとしか書いていませんが、世田谷区に供給可能なのは、エネットぐらいとなります。エネットは、東京ガスが電気代を上げても、天然ガスの輸入代金が上がらなければ電気料金を上げないといっていますから差がさらに開くはずです。このことは私が、エネットの担当者に電話して直接確認しました。

 私はすでに「原発問題に頭に来たら電気会社代えてみたら」というブログを書きました。そこに、新しい電気会社であるエネットを紹介しました。うちもすでにエネットから電気を買っていますと。今まで知らなかった方も多かったようで、感謝のコメントもいただいております。今は下記のブログです。 エネット 0120-2233-79                              

「原発問題で 電気会社かえてみたら~」です。2012年1月18日付

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2012/01/post-ac87.html

ただ、残念なのは、まだエネットは天然ガスの極めて効率のよい発電所を使い、それで電気代が安いのですが、その発電能力が限られていることです。今問い合わせが殺到しているようで、そのうちに、売り切れ状態になると思います。(4月もう、売り切れ状態です)

 すでに諸外国では、発電と送電は会社が分かれ、家庭用でも自由に買うことができるようになったところが多いのです。そういうところでは自然エネルギーで発電した会社から電気代が高くても、買う人は多いのです。

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 日本でも電気代が上がっても、原子力発電所が無いほうがいいという人が多いのです。ところが、毎日新聞では1月23日の一面トップに、政府今夏試算「電力6%余裕」伏せるという記事がのりましたが、それは、政府内に「供給不足にならない」という試算があるにも関わらず、「全国で1割の不足に陥る」と公表した、と書いています。また、毎日新聞では「この国と原発」というシリーズを書いているのですが、「民・自抵抗勢力が逆襲」と、一時菅元首相が「脱原発と、自然エネルギーへの転換する」という方針をうちだしたあと、よってたかって原発推進の方向に民・自勢力が押し戻そうとしていると書いています。

 政府の隠された試算にあるように、東京電力では、今年の夏には、原発が一台も稼働していなくとも、供給量には何の影響も無いのです。でもウソにウソを重ねて、なんとか原発を稼働させようとしています。

 東京電力には火力発電所の設備を売って、補償の費用などを出そうという案があるそうです。その火力発電所の設備を東京電力以外の電気会社が買って、余力があるならば、一般個人にも電気会社の選択を自由にさせるべきです。一般の人が選択が自由になれば、嘘ばかり言い、政財界に癒着して傲慢な、そして原発にこだわり、電気代を上げるという様な東京電力から誰が電気を買うでしょうか。

 みなさんも、今後電気のありかたの方向がどのようになって行くのか、各政党の動きと含めてよく注視していく必要があると思います。

2012年1月21日 (土)

「日本の戸建て住宅アメリカとの比較」 実用的人間学例会 江原正忠氏のお話し(385)

第39回、実用的人間学研究会例会は2012年1月19日(木)、人間学研究所で開催されました。例会では実用的人間学研究会の会員で、異業者交流会の二火会でもお世話になっている、建設会社(株)エバーの会長である江原正忠氏にお話しをしていただきました。例会の参加者は18名でなかなかの盛況でした。例会でお話しいただいた内容は、大変興味深いお話しがありましたので、皆さんにご紹介します。なお、例会のあと、新年会を兼ねた懇親会を「あうん」で行い、16名の方が参加されました。

1、初めに

1)昨年の戸建ての新築戸数は83万戸で、内2万戸は仮設住宅。多い時は186万戸であったが今後は年間60万から70万戸に減少するであろう。

2)1968年から空き家のほうが多くなった。空家率は 1980年10%、1990年12%、2008年13%と増え続けている。

3)欧米の新築と中古の占める割合 中古の率イギリス88%、アメリカ77%、フランス66%欧米は中古の家を手直しして売買するケースが多い。

2、アメリカと日本の違い 

① アメリカには大きな住宅メーカーが無く中小企業が多い。日本では積水ハウスなど大きなハウスメーカーがいくつもある。(日本では中小企業の建築会社は下請け化していく)

②アメリカでは、住宅ローンを組む時、建て主が建築資材を買う。それで建築会社が倒産しても資材は残る。しかし日本では倒産するとすべてなくなってしまう。アメリカの方式はとても合理的である。

③アメリカでは職人の組合(ユニオン)があり、技能レベルに応じてA,B,Cなどのランクがある。それにより時給のランクがちがう。日本ではそのような差をつけない。その結果日本では丁寧ないい仕事をするより、問題が起きない程度手を抜き早く仕事をする人のほうが評価される。日本では材料に応じて工賃も変化するということになりがち。職人の工賃は下がる傾向が強い。日本では本来別であるはずだが、材料の価格に応じて材料が安いと、労賃まで下げてしまう傾向がある。日本の建築技術は木の接合部分など精密に寸法を合わせるなどするが、アメリカはだいたい作ってメジなどで補修し塗装するなど大雑把な作りである事が多い。。

④アメリカでは戸建てでは木材を良く使う。屋根も木材でつくる。そのほうが火事の時には火が上に抜け、隣家に燃え移りにくいということだ。日本では木の屋根は許可されない。

⑤アメリカでは、木造の消防署があったり、ガードレールが木造であったりよく木を利用する。ツーバイフォー建築で、太い木を必要としないので15、~20年で利用できる材木になる。飛行機に乗ってもずっと植林された同じ木が続くようなことがある。いまの日本ではいい木があっても輸送コストがかかり高くて使えない。木が売れないので、間伐をしないため山が荒れてしまっている。昔は山林をもっていたら大金持だったが今はダメになっている。

⑥ アメリカや特にヨーロッパなどでは、家の形屋根の色など街並みをそろえて外観を良くするようにする。でも日本の場合は一部地域を除き全くばらばらである。

⑦ 欧米人は、仕事が早く終わり自由時間も多く、自分たちで家の修繕などをやってしまう。自分で家を作ってしまったりする。日本にくらべ地震が無く構造が簡単で済むから。材料も簡単に手に入る。

★佐竹のコメント :中国などで、レンガを積んだだけみたいなものの簡単な構造で何階までも作ってしまうが、こんなものでいいかと心配になります。日本では考えられないことです。

3、日本の住宅

① 縄文時代は 地面より掘り下げた竪穴式住居であった。縄文後期になると地球が温暖化して、海水面が高くなってきた。

②弥生式住居は、高床式住居 玄関より上に上がる。しかしこの立て方は一部東南アジアにあるだけで他には少ない。この方式は高温多湿の土地に向いている。

 ★佐竹のコメント 中国の雲南省から揚子江下流域や朝鮮南部そして日本の海岸地帯にかけて、断髪、文身(刺青)で水稲を栽培し、高床式住居に住んでいた人たちを、漢の時代には倭人とよんでいました。

 参考書:「古代朝鮮と倭族」鳥越憲三郎 1992年 中公新書

③ 日本の高温多湿には、日本の土壁がうまく水分の調節をし(畳もふくめ)合理的であった。家のもちが良い。しかし現在の日本では密閉しているので、結露問題対策が大変になっている。

 土壁を作る職人が関東以北ではいなくなっている。関西にはまだ職人がいる。

④日本の江戸時代ではよく大火が起こり、20から30年で燃えてしまうことが多かった。日本は壊しの文化。

⑤日本の住宅は、現在工場でかなり作ってから組み立てるとかになり価格は安くなっている。

⑥東日本大震災の後を見にいったが、最近の戸建て住宅は土台と、建物がしっかり結合されていて、津波に流されないで残っていた。中はひどい状態だが。

4、その他

 建築の寸法について

 ものによって寸法の基準が違う。メートル、フィート(インチ)、尺間など

① 微妙に違う大きさの基準 

 ベニヤ板  910×1820 トタン板  914×1829 コンパネ 900×1800 mm

② パイプはすべてインチ表示

  1インチ(2,54cm) 4分の3インチ 2分の1インチとかよんでいく

③丹下健三氏が設計した東京都庁は、従来の尺度を無視して、基本を400×800としたので、補修するときには、既製品は使えずすべてそのために新しく作らなければならないことになるので大変。

 その後の自由討論ではいろいろな話が討議されました。

2012年1月18日 (水)

原発問題で、電気会社変えてみたら エネットなど 東電電気代値上げ城南信用金庫追加版

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こういちが会長を務める、株式会社サタケの電気代を支払っている

(株)エネットの請求書です。自動引き落としなので、面倒がありません。

東京ガスが代理店になっています。関西地区なら大阪ガスが代理店になります。 

3月11日の大震災における原発問題は一向に収束するどころか、牛から放射線が検出されて出荷停止になる範囲は広がり、今は米どころ東北地方の新米から放射線が検出されるのではないかと心配されています。すでに昨年のお米を大量に買い込んでいる人がいるそうです。

 新聞によって、原発に対しての一般紙の報道は明確に分かれてきました。日経、産経、読売は相変わらず、原発擁護であり、毎日新聞、朝日新聞,東京新聞は原発否定の方向です。今日ももう一つのブログに書きますが、日経新聞の文化欄には吉本隆明氏が原発はけた違いにコストが安いとか、科学に後戻りはないとか、完璧な安全装置をつけて使えば良いとか書いています。しかし世論は圧倒的に原発反対の方向に向かっています。しかしなかなかみんなが参加しやすいデモもないしどうしたらいいかと思っている方も多いと思います。

 そこで、原発を引き続き維持しようとする電気会社に抗議するいい方法をお教えします。それは、電気を東京電力から買わないということです。「えっ、そんなことができるんですか」と思われるでしょう。もちろん全部の家庭でできるわけではありません。でも、電気会社に腹が立って、抗議する気持ちと、さらに電気代が安くなるとしたら、いかがでしょうか。

 実は私の住んでいるビルは5階建ての小さいビルでエレベーターもない小さいなビルです。でも10年ほど前からずっと電気代は東京ガスにはらっていません。私が社長をしていた会社はエネスタという東京ガスの代理店です。2003年3月に、エネルギー販売の自由化政策により、電気会社はガスを、ガス会社は電気を売ってもいいことになりました。サッチャー行革で、イギリスはそれを徹底的に行い、お互いに3から4割を相互乗り入れしているそうです。日本では、まだ6000ボルト以上の高圧電気に限定されています。しかし、屋上に高圧用の変圧器(キュービクル)のあるところはすべて該当します。ですから、うちのように小さいビルでも東京電力以外から買えるのです。面倒なことはなく電気使用量を電波で送る装置をつけるだけで、あとは全く変わりません。請求書が変わるだけです。

 今うちが買っている電気会社は「エネット」(Ennet)といいます。2000年7月に、NTTの子会社と、東京ガス、大阪ガスの合弁会社として成立しました。ホームページによれば、発電能力は300万KW以上で、原発3基分の発電量を持っています。主要電力会社以外では最大で、半分のシェアを占めているそうです。ほとんど日本全国で購入可能です。発電は天然ガスの高効率の発電で、極めてコストが安く済み、東京電力などより安くできるのです。東京電力などの送電線の使用料が高いため、あまり安くなりませんが、それでも2~3%は安くなります。大口の需要家はもっと安くなるでしょう。

 すでに、中野サンプラザは電気はエネットから、ガスは東京電力から買っています。使用量が多いところでは費用もかなり節約になることでしょう。フェリス女学院もエネットから購入していると、ホームページには書いてありました。ただ東京ガスもさんざんオール電化で東京電力から圧力を受けてきたのに、あまり、東京電力を攻撃してはいけないということになっているそうです。財界からの圧力が大きいのでしょうか。ですから、エネットのような電気会社があり、東電以外からも電気が買えるなどとはあまり宣伝していません。

 興味をお持ちの方はぜひ、ホームページを開いてみてください。また電気を売るばかりではなく自家発電の電気を買うという事業もやっています。ちなみに本社は港区の芝公園のところにあります。

 送電網が電気会社から離れて、自由に電気を売り買いできるようになれば電気料金も大幅に下がることでしょう。また、原発が要らなくなります。

 電話は0120-2233-79です。

 追記 

アメリカのテキサス州でしたでしょうか。家庭用の電気まで自由化され、各人が好きな電気会社で買えるそうです。自然エネルギーで発電している会社からは多少電気代が高くても買うそうです。日本も電気会社の地域独占をゆるしてはいけないのではないでしょうか。当面送電設備を別会社にするのが急がれます。

追記 2011年11月26日 毎日新聞朝刊で

 「電力購入 東電離れ」という記事がありました。東京電力管内の386市区町村のうち60市区町村が東電以外の小売業者から電力を買い、新たに158市区町村が東電以外からの調達に切り替えることを検討している、ということが毎日新聞の調査で分かった、と報じています。

 購入先はPPS(特定規模電気事業者)で、そこから導入した自治体では3~30%電気料金が低くなっているとのことです。ただ送電線をもたないためになかなか進展が難しく、送電施設の東京電力からの分離が実現することが望まれます。

追加版 2011年12月3日

 12月3日の各紙に「城南信用金庫」が、来年1月から、東京電力から電気を買うことをやめ、PPS(特定規模電気業者)のエネットから購入することを決めたという記事がのりました。それに伴って、8月ごろに書いた、私のこのブログにもアクセスが多数入ってきました。

 城南信用金庫の理事長は、原発をなくすためには、原子力発電に頼らなくてもいいように、他の電気会社から電気を購入したほうがいいのではないかということだそうです。それで、85の営業所のうち75か所でエネットから購入することにしたということです。

 これに対して賛同する声は高く、なおかつ、年間2億円かかっていた電気代が5,5%安くなるというのです。1000万以上ですからバカになりません。この記事でこういう電気会社があるのだと、知った方も多いでしょう。

 城南信用金庫にとっては、お店の評価も上がり、経費節減になるということで、すばらしいことです。その後もあまり誠意を見せない東京電力に不満を感じている方は、この際と言うことで、電気会社変えるところが増えるかもしれませんね。

 2012年1月18日追加版です

 一斉に各紙は17日、東京電力は4月から企業向け電気料金を平均で17%値上げすると発表した、と報じました。福島第一原発事故後の燃料費増で悪化した収支の改善のためで、年間約4000億円の収入増を見込むとなっています。東電西沢社長は家庭向けについてもできるだけ早く値上げを申請したいと訴えたといいます。企業向けは個別交渉で決まるので政府認可の対象外だといいます。企業は東電以外の電力会社に乗り換えたくとも新規参入業者は東電管内の6%程度。値上げを受け入れざるを得ない状況だと書いています。

 東京電力に独占的にやらせていた悪弊がここに表れてきました。天然ガスの輸入が増えても今効率は原子力発電所よりコストが低いくらいなのです。ところが原子力発電所は、発電していなくても前と同じ膨大な人員が必要です。他の発電なら止めて人員を最低限にして引き揚げてしまえばいいのですが、原子力発電所はそうはいきません。チェルノブイリのように何十年とたっても多大な人員が要るのです。こういう結果を招いたのが東京電力の責任であるのに、安易に電気代に上乗せさせていいのでしょうか。いま使われないウラン燃料は山積みされています。原子力発電もう諦めて、ウランを売り払ったらいいのです。

 ここで紹介したエネットは、効率のよい天然ガスでの発電で、原発よりむしろ低コストとなっています。ですから値上げしようなどとはなりません。ただ、東京電力が上がると、エネットも連動して値上げするのか、今確認中です。本来値上げする必要はないはずです。電話はとても混んでいて、つながらず今メールで問合わせ中です。結果はまたお知らせします。

★ 1月19日、エネットさんから電話が入りました。電気料金は、発電に使っている天然ガスの価格が上がった場合には、料金を上げるけれども、4月に、東京電力の業務用電気の値上げに連動してあげるということはないそうです。今もすでに5%安いので、4月以降にはさらに価格の差が出ることでしょう。原発使わなくても、このように安い料金にできるのです。

 東電の値上げ発表から、エネットさんに問い合わせが、かなり増えているそうです。エネットさんには、頑張ってどんどん効率のよい発電所作ってもらいたいものです。

政府は、原子力発電所の稼働期限を40年と発表してから、すぐにアメリカなみにさらに20年延長して最大60年稼働できるなどと発表しました。日本のように地震津波などの災害が多く、古い型の原子力発電所も多いのに、最大60年とは、驚きです。私たちの身の回りに60年間も使う機械がはたしてあるでしょうか。恐ろしい事故が起きそうです。

 昨年12月に早々に終息宣言をし、ひんしゅくをかい、その後も、放射能をもった石材から作られた建物などから放射能が検出されて、大問題になっていますが。なんとか原発を維持しようとする政府並びに原子力村の連中には、あきれ返るばかりです。

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2012/03/post-ffe5.html

4月3日追記

 東京電力では4月1日から、業務用電気を値上げしました。17%という高い金額で、業務用で多くの電気を使っているところには大きな痛手です。東京電力では値上げに応じないところには送電中止をするとか脅しているようです。これだけの事故を起こしているのに反省するどころか、「値上げする当然の権利をもっている」と言い放つ有様です。うちはエネットから買っているので、値上げ通告は来ませんが、通知を受けたところは大いに、頭に来ているところだと思います。このブログもだいぶ反響を呼びましたが、何軒かのかたがエネットなどに申し込んだ方がおられたかもしれません。今は、申し込みが多すぎて、発電能力以上なのでお断りしているようです。

2015年5月26日追記

 2016年4月より、家庭用の電気も、自由に販売会社を選べるようになります。東京ガスライフバルに努めている息子から、準備をしておいてと、連絡が入りました。今は、業務用の電気を入れている,サタケビルだけが,エネットからの電気の購入で,第2サタケビルも、第3サタケビルも、借りているマンションも東京電力です。来年からそれもすべてエネットから買うことができます。電気代が安くなるだけでなく、原発を再稼働しようとする東京電力との縁が切れるのが素晴らしいことです。東京電力も「ポンタ」のカードなどにより電気代を少し値引くようですが。逆にガスを東京電力でも売っていますが、アフターサービスを家庭用で行うのは難しいでしょう。詳しい情報はまたお伝えします。

2012年1月16日 (月)

「こういちの人間学ブログ」と、「人間学研究所」の現状 2012,1,16修正版

1、こういちの人間学ブログ

「こういちの人間学」ブログは2011年6月28日現在で、、一昨年の7月22日から初めて、記事数315件となり、最近では一日にアクセスしていただいている方が250名ほどで、300件ほどを見ていただいております。スタートから累計で62500件ほどになりますが、最近では一番多いものでも一日15件から20件で、今までの古いものも含め100件ほどのいろいろな内容を見ていただいています。続けて見ていただいている方も多く、拙い文章を読んでいただいている方には本当に感謝しております。

★ 2012年1月16日 記事数 384件 アクセス数134,000件(こういち含む136,700件 コメント160件)最近では一日平均アクセス数400~500件 現在ブログの校正をしています。2011年3月分まで)

  ブログに書いてきた内容は、今年(2011)の6月10日と12日に、書きました、「こういちの人間学ブログに書いてきた内容リスト」に書き出してあります。基礎人間学部門として人間学とは何かとか、人間とは何か、自然、社会、歴史問題などについてがかかれていて、応用人間学部門として、人生論、経営人間学、健康法、政治と社会の現状、原発問題、中国と韓国の歴史、顔の人間学、占いと神秘主義批判、大久保の街紹介など、広い範囲にわたっています。またその他として、人間学研究所の例会案内、私の近況など、幅広く書いてきました。

2012年1月8日付で、最新の「こういちの人間学」ブログに書いてきた事の内容を書きなおして更新してあります。

2、人間学研究所

 人間学研究所は今年の3,11大震災の時には例会をお休みにしましたが、毎月新教育人間学部会(毎月第2か第3金曜日)と実用的人間学研究会例会(毎月第3木曜日)を開催しております。新教育人間学部会は今度の7月で75回を迎えます。また実用的人間学研究会例会は7月で36回を迎えます。参加者はだいたい10名ほどです。

 人間学研究所に至る道筋は1965年の初めから2009年3月までのついては佐竹幸一が書いた、「人間学研究会のあゆみ」一.二(『人間学研究所年誌、2007』、『同2008』に書きました。2009年の4月以降から、2011年6月の現在までについて、ご報告します。

 会員の数は二年前と変わらず、新教育人間学部会の会員が約30名、実用的人間学研究会も約30名で、両方に所属している方は10名ほどです。現在のところは2,3カ月に一回発行される『人間学研究所通信』)HUMANOLOGY)が7月発行予定で54号になります。

 ちなみに『人間学研究所通信』の第1号は1999年6月の第二サタケビル二階に人間学研究所準備室ができた時から続いております。その当時は教育人間学部会と、実用的人間学部会とに分かれていました。2001年に人間学基礎論部会ができました。また実用的人間学部会は、「人間学セミナー」と名前を変えました。2002年5月からは人間学講座と言うものを始めました。2002年9月より小林直樹氏も参加され、総合人間学研究会を作ろうという流れとなりました。このころは、一般向けの(実用的人間学から)の人間学講座、人間学基礎論講座(ここで「道具と人間」の出版企画を話し合いました。総合的人間学研究会は小林直樹氏や、長野 敬氏らも参加し、総合人間学研究会の設立を目指しました。2003年8月には、実用的人間部会が再開されました。

 2004年3月から、教育人間学部会は研究者通信のものとするとして新教育人間学部会となりました。2004年2月が第1回新教育人間学研究部会となり、それが現在の75回例会にまで続いております。一般会員向けにはオープンセミナーとして第1回は小林直樹氏が話をしました。そして総合人間学研究会にこの部分が移行することにより、2006年6月より第2期実用的人間学セミナーと名称を変えました。

 総合人間学研究会は第一回研究例会が開かれ、そのご何回か準備会が開催されました。2月には『総合人間学研究会報」第一号が発行されました。代表幹事は小林直樹、小原秀雄、柴田義松氏で、事務局は人間学研究所でした。2002年11月に明治大学において、総合人間学研究会が設立されました。総合人間学研究会は、その後、2006年5月に総合人間学会に発展的に解消しました。

 2008年の4月23日に従来の人間学研究所の内部の部会としてではなく、独立した研究会にしようということで、女子栄養大の松柏軒で第一回実用的人間学研究会例会を開催しました。会長は佐竹幸一がなり副会長に杉山靖夫氏になっていただき柴田義松氏や、小原秀雄氏らには顧問となっていただきました。それから例会は現在に至る36回になったわけです。

★ 人間学研究所 2012年1月16日現在

 新教育人間学部会 会員28名 実用的人間学研究会会員数(25名 +顧問5名)

 実用的人間学研究会の顧問は新教育人間学部会員です。2011年12月の女子栄養大学、松柏軒で開催された合同忘年会の参加者は26名でした。新教育人間学部会は1月例会で79回。実用的人間学研究会例会は1月例会で39回となります。

 両研究会とも2011年7月以降3名の方が新しく入会されました。例会は常時10名以上の方が参加されております。

 3、人間学研究所にあるもの

 1蔵書 約1万冊 50数年前から人間学関係の書物を集め、貴重本があります。特に 小原秀雄氏の初期の著作などは大変珍しいものがあります。

 学会誌など 科学史学会、総合人間学会、日本顔学会、ジャパンスケプティプクス(超常現象などの科学的研究学会)、上記は佐竹こういちの所属している学会。                 総合医学(一部)、日本の科学者(一部)、再生(一部)などの在庫があります

2、例会の録音テープ 1985のものを含め、例会記録はすべてテープにとってあります。           

 テレビのビデオテープなど500本以上ありますが、現状では宝の持ち腐れです。           人間学の例会の記録ノート 1965年よりすべて残してあります 

人間学研究会のニュース、レジメ資料など1965年以降のものあります。

人間と人間学の歴史資料 

歴史的な出来事と本の出版年。年次別分野別のバインダーノート33冊 人間学研究所の蔵書目録兼ねる

4、新聞の切り抜き ファイル1992年より30冊

2012年1月13日 (金)

ロムニー共和党候補とモルモン教 池上彰氏の話から

1月12日フジテレビで、池上彰氏の「宗教がわかればニュースのナゾが解ける」という番組を見ました。いろいろなはなしがあったなかで、タイトルに挙げた、ロムニー共和党候補がアメリカ大統領選の有力候補で、彼がモルモン教徒であるという説明があり、興味深かったので、ここで書いてみることにしました。

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これはモルモン教の経典です。人間学研究所には2冊おいてあります。

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右はモルモン経典の中にある、預言者ジョセフ・スミスの像。左上はクモラの丘で、ここでジョセフ・スミスはモルモン教の金版を受けたとされます。

さて池上氏の話しです。アメリカの歴代大統領は35代のケネディを除いてすべてプロテスタントです。アメリカの建国がプロテスタントによって行われたことに起因します。アメリカでは51,3%がプロテスタントです。そのなかで、前に書いたとおりロムニー氏がモルモン教徒ということで、珍しいということになります。

 モルモン教とは正式には「末日聖徒イエスキリスト教会」といいます。預言者モルモンの予言した内容を書いた金の板をジョセフ・スミスがみつけ、1930年に翻訳したものが始まりです。モルモン教の信者はアメリカに600万人、世界合計で1410万人だそうです。アメリカでの信者の比率はわずか1,7%です。外国語の研修センターがあり、若者の男性信者には海外での宣教を自費で行う義務があるそうです。またたばこや酒やコーヒーやお茶などを飲んではいけない。また以前は一夫多妻制度があったなどの独特な宗教です。ユタ州には多くのモルモン教徒が住んでいて、ソルトレークシティーでは以前冬季オリンピックが開催されました。ケント・デリカット(ほかにケント・ギルバートや斎藤由貴など)なども宣教者です。信徒はその収入の10%を教会に寄付しなければならず、そのおかねを投資し、250~300億ドル(2兆円)の資金力をもつと言われます。現在、大統領選挙を前にして、PRビデオを作り、ごく普通のアメリカ人がモルモン教に入っていると、宣伝しています。

 ミット・ロムニー氏は元ミシガン州知事のロムニー氏の子で、ハーバード大学院を優秀な成績で卒業し、投資ファンドで成功し、200億円の個人資産をもち、ソルトレイク・オリンピックの組織委員長などで成功を収めました。その経営手腕は財界から高く評価され、投資家の69%がロムニー氏支持だそうです。二つの州の予備選挙で勝利し、中道穏健派の保守候補としてオバマに勝てる候補として期待されています。しかし、その宗教からキリスト教原理主義派などからの強い反発があります。モルモン教はキリスト教に属すると主張していますが多くのキリスト教は、モルモン教をキリスト教とは認めていません。

 以上が、池上 彰氏の話の要旨です。

モルモン教についてもう少し話を加えてみましょう。

 モルモン教の創始者である、ジョセフ・スミスが、ある日天使の導きで自宅近くから読解不能な文字が刻まれた黄金の板を発見し、これがイスラエルからアメリカに移住してきた民が書き残したものであるということを教えられました。ジョセフはこれを特殊なメガネで解読し、この板に書かれたものこそ本当のキリストの教えだと主張し、この文書を「モルモン経典」と名付けました。スミスは他のキリスト教は「悪魔の教会」としています。逆に他のキリスト教会はモルモン教を異端としています。

 「モルモン経典」の内容

 「ニーファイ第一書」 その統治と教務

 リーハイとその妻サライア、および長男 ~始めてレーマン、レミュエル、サーム、ニーファイと呼ばれたその4人の息子たちの記録。

 リーハイ、エルサレムの民に向かいその罪悪について予言したから、民がリーハイの命をとろうとした。よって主はリーハイにエルサレムの土地を立ち去れと警告したもう。 一行は妻子を連れて荒野をさまよう。その後ニーファイが兄の反対をおし切り船を作り大海を渡る。(一部要旨)*

以上のような文章から始まります。新約聖書のマタイによる福音書で、「アブラハムの子であるダビデの子イエスキリストの系図」から始まるものを見慣れていると、おやおやと驚きます。モルモン教の主役はニーファイとよばれる神の予言者で歴史家となります。ニーファイの父リーファイは紀元前600年にエルサレムに住んでいた聖書の預言者エレミヤと同時代の予言者です。

 リーハイの一族が約束された地アメリカに移住してから神に忠実なニーファイを他の兄弟は殺そうとします。彼らから逃れた人たちはニーファイを指導者として尊敬し、彼らはニーファイ人と言われました。他の兄弟はレーマン人と呼ばれ二派はずっと争いました。

 リーハイとその家族がエルサレムを去った1,000年以上の後、ニーファイの子孫がニーファイの始めた記録を完結しました。その子孫がモルモンと其の息子モロナイです。そこからモルモン教と呼ばれることになります。

神と神の子イエス・キリストと聖霊は三位一体ではなく別の存在だということになっています。モルモン教は形式こそ聖書に似ていますがその内容は、ところどころ聖書に似たところもありますがニーファイ派とレーマン派の戦いの歴史などが詳しく書かれており、まったく違います。

 イテル書というのを見ると、預言者イテルの系図というのがあります。新約聖書のイエスキリストの系図と同じような書き方です。

 世界の創造でアダムが作られた。イテルはコリアンテルの息子である。コリアンテルはモロンの息子である。その後延々と続いて、オライハはジェレドの息子である。~主が世の人の言語を乱し、怒って彼らが全世界に散らされると誓いたもうた時ジェレドと其の一人の兄弟と~大塔(バベルの塔らしい)のあるところから出てきた。

 モルモン教では旧約聖書にあたる部分と新約聖書の部分が混合してそれがアメリカ版になっています。新訳聖書におけるイエス・キリストが、奇跡を起こしながら、民に信仰を説くという場面はほとんどありません。

 私が考えるに、例えばこのような話を日本版として聖書をつくり、ユダヤの人たちが日本に移り住み、キリストも日本に来たとかいうのは、トンデモ本になりますが、事実そういうことを主張している人がいます。でも、信者がたくさん増えてくればいかにその内容が荒唐無稽のように見えても、信者が一定数いれば立派に宗教として、成り立ってしまうのです。ちなみに、モルモン教の伝達者のジョセフ・スミスには一説に49人の妻がいたそうです。

* モルモン教の予言者がアメリカにBC600年ごろに移住したとあります。BC600年は、預言者エレミヤがユダ王国の危機に、神の戒めを説いたときです。BC587年にはエレミヤの警告を無視し、ユダ王国は新バビロニア軍と戦い、負けることによってユダ王国は滅んだ。ユダヤの人々は新バビロニアに強制連行された。このころは、ローマが都市国家として成立したころで、中国は春秋時代で、日本は縄文時代です。アメリカでもマヤ文明がBC400年ころ始まるころですが、はたして、当時の船で、ユダヤの地から大西洋が渡れたのでしょうか。ある程度の人たちが北アメリカに移住したとすれば、アメリカインディアンだけでなくユダヤ系の人たちの子孫が北アメリカに残っているはずですが。

追記:前、よく、広尾の東京都立図書館に行きましたが、途中に有栖川宮記念公園があります。そこに隣接してモルモン教の教会がありました。

追記:『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』池上彰 文春新書

   800円+税  2011年7月20日初版発行

2012年1月11日 (水)

新大久保 のカラス ベランダにおける ひよどりなど最近の鳥の状況

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ベランダのボケが満開です このボケの写真を含み、このブログは、2010年2月に書いたものです。1年たちこのボケもかなり大きくなりました。

2016年2月27日追記

 唐沢さんの東京のカラスのことに関するニュースがあり、筆者も追加のブログを書きました。また、文章を見直してみあしたらいくつか間違いがあり、訂正しました。文中はじめ椿と書きましたが花弁がばらばらとなり山茶花であることが分かりました。他いくつか訂正しました。ボケの木は大きくなり、大きな実もなりました、その実を、果実酒としましたら大変おいしいお酒となりました。

新大久保のカラス

 新大久保にはカラスがとても多い。朝晩カラスの鳴き声がする。カラスがとても多いのは、韓国レストランが増え、そこで出たゴミをあさるからなのです。新大久保駅の周辺には韓国料理店そして、韓国系中国料理(延辺料理という)などが極めて多く、毎朝大量の生ごみを出します。私は毎朝自宅のゴミを道路の収集場所に出すとともに、お店の前のゴミの集積場所と道路を掃除しています。私のところで、貸している韓国料理店の「宮」が最近ありがたいことに大変繁盛して、ゴミの量も多くなりました。店が近いので、私の掃除している場所に出していいよと言ってあります。前は、シールも貼らずに袋一枚で出していましたから、カラスにつつかれ、中の生ごみがはみ出して掃除をしなおす有様でした。今はきちんとシールを張ること袋を二重にするように言って少し良くなってきました。でも二日に一ペンは穴をあけられるので、ビニール袋を持って行き、掃除をし、新しい袋に入れなおします。食べにくるのは、カラスだけでなく、鳩も何匹もやってきます。カラスは人がいると逃げますが、鳩は平気で近寄ってきます。しかし、鳩はくちばしが小さいので、二重になった袋を開けられません。カラスが明けた穴から散乱したものを食べています。最近はカラスよけに裏道の一般家庭用に、スチール製の箱を作り、その中にゴミを入れて、カラスに食われないようにしました。

 カラスはこのあたりでは、えさに困らないせいか、うちのベランダに来て食べるというより遊んで行くのです。家内が植えた、クロッカスや、チューリップの球根を掘り出してあり、どうもおかしいと思っていたら、五階の自宅の小さなベランダのところから三階のベランダが見えるのですが、カラスが掘り出しているのです。それから、山芋の20センチほどもあるものも、今年また成長させようとして大きな鉢に植えてあるのですが、かなり掘り出されているのです。埋め直してもまた半分ぐらい掘り出してあります。山芋にはつついた跡がたくさんあり、どう見ても食べるというより掘り出すのを楽しんでいるようです。今では掘り出せないようにアミをかぶせてあります。そのほかにも花の茎や野菜などを掘りとっています。しかし食べないでそのままほおってあるのです。

 カラスが遊ぶというのはよく聞きますし、テレビでも滑り台を滑り降りたり電線でくるりと回ったり、いろいろ遊ぶというのをテレビで見ました。都市鳥研究会というものがあり、その会長は東京教育大の動物学科で同級生である唐沢孝一氏なのです。彼からは、いつも人間学研究所に彼の書いた本を送ってもらっています。1988年の「カラスはどれほど賢いか」中公新書、その後中公文庫にも。また「早起きカラスはなぜ三文の得か」(中公文庫)というのもあります。だいぶ前ですが、人間学研究会で話をしていただいたこともあります。

 新大久保あたりのカラスは、唐沢氏によれば明治神宮をねぐらにしているようです。でも新大久保の近くでも、大きな古い家の大きな木の途中にほとんど、安いスチールの衣文かけで作られた巣も見ましたから、ところどころこの近くにも巣があるようです。

 あと、うちのビルから眺められるところに、ビルの側面に穴があいていて、ちょうどそのそばにとまれる場所があり、そこにムクドリが住んでいるのです。すんでいる穴は8つほどあり、その場所はもういつごろかわからないくらい前からすみついています。子育てのシーズンになると、雛を狙ってカラスがやってきます。そうすると、ムクドリが5、6羽で、例のぎゃあぎゃあ言う大きな声で叫びながら追い払います。

 新宿は都会の真ん中なのですが意外と緑が多く、いろいろな鳥がやってきます。とくにメジロはうちの3階の庭の椿の木やつつじの木、梅の木などに蜜を吸いにやってきます。尾長もよく見られます。スズメは住むところがなくなり次第に数が少なくなり、絶滅危惧種に成ってしまうということでビックリですが、すぐ近くのお米屋さんがくず米を道路に投げてやるものですから、よくスズメがあつまっています。

 都市鳥とは人間とうまく共存することによって数を増やしている鳥のことです。ツバメが典型的で、賑やかな家の軒先に巣を作っています。そういう賑やかな所ではカラスや蛇も襲ってこないのです。人間は、にぎやかなお店の象徴として燕が巣を作ってくれるので、大事にします。江戸時代には絶滅した「とき」も人々の周りにたくさんいた都市鳥なのです。こうのとりも人間の住んでいるところに巣を作ります。

 みなさんのところでも意外にいろいろな鳥がいるのではないでしょうか。また都市鳥のことでしたら、唐沢さんの本を買ってもらうか、インターネットで、「都市鳥研究会」とか「カラサワールド」で検索されるといろいろ情報が出ているのでご覧になってください。カラスの数の変化については、「都市鳥研究会」が5年ごとに定点観測を続けており、「都心のカラスの生息数の変化」2010年12月22日というものにのっているのでご覧になっていただくと面白いと思います。

追記 :2012年1月11日

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 ヒヨドリが山茶花の蜜を吸いに来て、花ビラが落ちている状態です。

 このブログを見た、NHKの「アインシュタインの眼」という番組の担当者が、後日取材に来ました。2011年2月21日のブログには「新大久保のカラス取材」というブログを書きました。

 またこのブログで、球根を掘り出そうとして遊んでいるのではないかと書きましたが。昨年末からやはり、山芋が植えてあったところが二か所、カラスがつついた跡がありました。これはむかごを取りに来たということが分かりました。ここにむかごがあるということが分かっていて、掘り出していたのです。

 生ごみを出していい日が、前は毎日だったのが、週2日に減り、韓国料理店でもカラスにつつかれないようにするようになり、このあたりのカラスは大幅に減ってきた感じがします。

 ベランダに2つあるピラカンサが赤い実をたくさんつけました。ヒヨドリが毎日のように来て食べていき、12月末には、まったくなくなってしまいました。そこで、そのピラカンサに熟した柿を取り付けたら、2個たちまち食べてしまいました。ときにカラスもきます。今日、リンゴを出しました。また食べにくると思います。

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 リンゴを木にさしてブログを書いてから写真をとりにいく間の30分の内にもうつつかれていました。

今、家内が5階のベランダから3階のベランダ(庭)を見ていたら、早速来ていたのはカラスで、木にさしていたほうでなく3分の1ほど切った残りのリンゴを植木鉢のところにおいたものを、カラスが、早速にくわえて持ち去ったと言ってきました。

 ヒヨドリは、庭(ベランダ)満開の山茶花の花の蜜を吸いに来ますが、そのときに、花もおとしてしまいます。下に花弁がたくさん散乱しています。

 

2012年1月 8日 (日)

「人間学」と名のつく書物一覧ー2000年から2012年への変化 人間学の分類も

1、人間学と名のつく本の分類と年次変化

「人間学」と名のつく書物には、どのようなものかがあるかを調べることによって、「人間学」と呼ばれているものの傾向を調べることができます。私は、ずいぶん前から調べておりますが、このブログに書き始めたのは2009年7月のものでした。参考に、「国立国会図書館」の資料を調べてきました。その検索の表示方法が、2012年1月6日から変わりました。大変便利になったのですが、前の資料との対比がしにくくなりました。そこで表示が変化する区切りとして、2012年1月8日の状況を記録することにしました。

人間学研究所では、「人間学とは何か」を調べるために、人間学という表題(サブタイトル含む)書物の一覧表を作成してきました。和書のみ。2009年7月10日現在の状況を書きます。実際の資料は32ページになります。分類の名称は佐竹独自の分類です(これは2009年の文章です)

                    2012,1 2009,7  2000,8

一 総合人間学 

    人間学概論など          49      42      23

二 個別人間学

 1、哲学的人間学(広義)        

  (1) 哲学的人間学(狭義)        122      110      89

  (2) 唯物論、マルクス主義的       10       10       7

  (3) 宗教的人間学             52       47       35

2、科学的人間

1、生物学、医学、工学、看護系                         70

  (1)、医学系                 52      50

  (2)、生物学系               15      15

  (3)、看護、福祉系             22      19

  (4)、物理学、工学系            8       8

2、心理学、教育学系

  (5) 心理学系               32      32        37

  (6) 教育学系               89       73       42

3、 社会科学、生活学、文学系

  (7) 社会学、経済学等         31        30       45

  (8) 生活人間学系           18        16       20

  (9) 文学、言語学、芸術等      18        18

三 応用人間学

1、歴史人間学

 (1) 歴史人間学(日本)        55       52       51

 (2) 歴史人間学(中国)        110      106       89

2、一般経営人間学

 (3) 経営、リーダーシップ       90       83       71

 (4) 生き方、自己啓発         38       37       57

 (5) 社会、職場の現状         15       15       27

3、その他の人間学

 (6) 個人の伝記            13       13       8

 (7)人生人間学             18       15

 (8) 趣味、娯楽、スポーツ      22       21

 (9) 神秘主義、占い等        45       44       38

 (10) その他の人間学        71       69

合計              991     925    792

人間学研究所所蔵数     444      432     411

国立国会図書館       1413     1317     791(8月)

  ★ 国立国会図書館検索数は本の中に人間学の項目があるものを含む)

     上記の表は本のタイトルとサブタイトルにあるものに限定しています               

     2000年の資料は分類法が異なるので参考程度です  

2.検索語「人間学」の国立国会図書館での検索

             人間学      人間科学

2000年3月22日      769件      149件                                           2001年8月20日      822件      151件                                    2005年10月        1136件      244件                            2012年1月8日      1413件                                      (2012年1月新表示法   2812件     1326件)

 新表示法では本のほかに雑誌も含む

★ 国立国会図書館サーチ 2012年1月8日現在(新表示法)

 キーワード「人間学」、「人間科学」(論文には英文のものも含む) 

           人間学          人間科学

すべて       7770件           18452件                              (内訳)

本          2812件           1326件                              記事論文      3022件           6241件                              児童書        41件             19件                                デジタル資料   2278件           11186件                             その他        124件            109件                                           障害者向け      6件              0                               立法情報       0               7件 

★★ なお、「人間学」の検索により、「すべて」、と「本」の筆頭に                      出てくるものは、当人間学研究所の『人間学研究所年誌 2000』でした。                                 

2012年1月 7日 (土)

睡眠時無呼吸症候群(SAS)の検査を受け 1月7日、結果が出ました

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2012年、検査結果が出ました。睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは、睡眠中に10秒以上の呼吸停止や呼吸の低下を30回以上、または1時間あたり平均5回以上繰り返す状態をいいます。そうなると日中の強度の眠気や起床時の頭痛、熟眠感が得られないなどの自覚症状を伴います。日本では潜在的な患者が約200万人、治療が必要な患者は約30万人だそうです。

 私の検査結果は、上の表にあるとおり、睡眠1時間あたり、平均約9階呼吸が停止(低下)していました。もっとも長い時で約112秒間呼吸が停止していました、という結果でした。またいびきは1時間あたり平均約584回かいていました。これだけいびきを書いて2分近くも呼吸が停止していたら、隣で寝ている人は気になってしょうがないことでしょう。

 しかし、下の表で良く映っていないものでは、SpO2(血中酸素飽和度)が、90%を下回ると要注意ということだそうですが、90%以下になることはなかったようです。結果として、軽症で、特に治療を必要とする段階ではないと、担当医の先生が言っていました。ひと安心というところです。

 でもどうもいびきがひどく、寝不足気味で、昼間に眠気が来るような方は、簡単に検査できますので、ぜひ検査を受けてみてください。

★ 以下は前の文章です。 

ずいぶん前から、私は鼻のアレルギーがあり(ハウスダスト)、慢性的に鼻が詰まります。20代のころからすでに、その症状があらわれ、鼻が詰まり苦しいので、市販の点鼻薬を使ってしまいます。点鼻薬をシュシュッと入れると一時的に鼻が通るのですが、またしばらくすると、また元に戻り、また点鼻薬を使うということで、麻薬のように手放せなくなくなってしまっています。この薬はアレルギーの薬と毛細血管を収縮させて鼻の通りを良くする効果があります。でも根本的には鼻は治りません。

時々耳鼻科へ行くのですが、近くの耳鼻科医院がやめて、いまは遠いため、タクシーでいくようになりお金もかかり、面倒です。耳鼻科では、飲み薬と、点鼻薬をくれます。ステロイド系の薬が入ったものなので、根気よく使えば、鼻の粘膜自体が改善されるのですが。今詰まって苦しい状態は治りません。少し良くなっても、耳鼻科にいき続けないのでまた元に戻る繰り返しでした。

 夜寝ているとき、どうしても鼻が詰まった状態で寝ると、口で息をするようになります。特にお酒を飲んだり、疲れたりした後では、大いびきをかくことになります。隣の部屋で寝ている家内のところまで音が、響くようになります。旅行に行った時にも相部屋ですと、大いびきで迷惑をかけます。それで出来るだけ、一人部屋にしますが、どうしようもない時には、お酒をあまり飲まないようにする。点鼻薬でよく鼻を通しておく、横を向いて寝るということを心がけています。そうすると少しましなようです。

 でも自宅でも、鼻が詰まってしまうと口で息をすることになります。そうする特に冬になると部屋の冷たい空気がじかにのどにあたり、のどが腫れてしまいます。ひどくなると、咽頭炎、喉頭炎から気管支炎にまで進んでしまいます。鼻が詰まっていると頭が重く息苦しく、とてもイライラします。放火犯は鼻が悪いものに多いと本に書いてあるのを見たことがあります。火を見ると興奮して鼻が通るのだそうです(『鼻が悪いと損をする』)

 定期的な血圧の薬をもらいに、大久保戸山診療所に行った時に、それでは無呼吸症候群の検査をしてみましょうということになりました。自宅で簡単に検査ができるようになったので後日、検査の機械が届くので、自分で調べてみてくださいということになりました。

 検査を受けてみる気になったのは、すでに私の妹と、その娘さんがそのテストを入院して受けて、その後治療を受けて、ずいぶん症状が軽くなったと、聞いていたのです。妹も、姪もかなり太っていて、いびきもひどいし、昼間の眠気も強かったそうです。治療法は強制的に鼻から圧力のかかった空気を鼻に通すという方法(持続陽圧呼吸療法)だそうです。

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この検査は睡眠ポリソムノグラフィ検査といいます。まずこの機械を左手にまきつけます。上のほうの青い小さいケースに左手の指を入れます

 届いた機械で昨日の夜、やってみました。腕時計のように機械を取り付け、鼻のところに細いチュウブをつけ、左の人差し指に心拍数を測るものをとりつけます。電源を入れると、大きな腕時計上の画面に呼吸の状態と心拍数が出ます。11時半ころに寝ました。普通はすぐ寝るのですがいろいろ身につけているので寝付くまで15分ぐらいかかりました。その後、いつものように、二時間後の1時半ころ目が覚めトイレに行きました。さらに3時半ころにまた目が覚めて、またトイレです。そのあと普段と違うので今度はなかなか寝付けずに30分たったので睡眠導入剤を飲みました。そのあとはいつもおきる6時半ころに、目が覚めました。

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少し見にくいですが、機械のつけ方の説明です。

 いつもはもう少し点鼻薬で鼻を通すのですが、使わなかったため、鼻が詰まり気味で家内によればかなりいびきをかいていたようで、また朝方のどがピリピリしていました。

 あと、アンケートなどに記入して、宅急便で送り返しました。その結果が病院に行き、結果を聞くのは、1月7日になります。その結果はこのブログに書くことにします。

 無呼吸症候群は、自動車運転中に一瞬寝てしまい事故になるとか、無呼吸のために急死するなどということがあります。病院に入院しないで自宅で簡単にできますので、心配な方は気軽に病院にいかれるといいと思います。

2012年1月 6日 (金)

理江さんの「山村幸夫さんのスピリチュアルヒーリングは本物だと思います」、に対して

「こういちの人間学」ブログの4ヶ月間のなかで、もっともアクセスされる方の人数とアクセス数が多かったのが、2011年9月15日に書いた「高塚光氏の超ヒーリング 本当に超能力あるのかしら」でした。4ヶ月間で約2300人で、アクセス数は2800件ほどでした。ほかに、その後に書いた「高塚氏のヒーリングに関して田口氏の批判にこたえます」も250人から280件ほどのアクセスがありました。いまでも毎日アクセスがありますが、いかにみなさんの関心が高かったがうかがわれます。

 ごく最近、そのブログに対して、理江さんという方から、「山村幸夫さんのスピリチュアルヒーリングは本物だと思います」という、コメントをいただきました。そこで、山村幸夫さんについてと、その考え方の元になる、シルバーバーチについて、調べた結果の感想を書いてみることにしました。コメントに書くのでは書ききれないので、新しいブログとして書きました。

 山村幸夫さんは、インターネットによれば、1962年に宮崎県にうまれ、1987年25歳で渡米し、1990年よりスピリチュアル(霊的)活動を開始し、2002年に39歳の若さでロサンゼルスの自宅で光になって、なくなったスピリチュアルヒーラーだそうです。山村さんは、日本にも何回も来て、無料で、病気治療、霊的カウンセリング、浄霊などを行ってきました。ただし無料でも、人によって寄付をするそうなので、ちょうど宗教におけるお布施のようなもので全く無料というのではないようです。そうでなければ生活していかれません。高塚 光氏も無料だといっていますが。すべて一円ももらわないということではなく、決まった値段ではないということでしょう。

 既存の組織宗教の教えを信じこんでいると、死後の霊が間違った場所、すなわち、お墓や仏壇、位牌などにいついてしまい自縛霊と成ってしまう。死んだら無になるとか、神や仏に救ってもらおうという誤った考えにより、1年に35000人も自殺者が出る。

 人間は霊であり、霊は永遠に生き続ける。自殺すると光の世界に成仏しにくくなる。現在の組織的宗教は、キリストやブッダの考えと違っている。霊界では愛する人たちと再び出会える楽しい世界であり、死を怖がることはない。この世は霊が光の世界に行くための修行の場である。

 以上のような考え方のようです。彼は、アメリカで、心霊主義であるシルバーバーチの影響を受け、日本風にてなおしをしたように思われます。若くして亡くなったのであとを受け継ぐ人が自費出版で、『神からのギフト』などを出版しています。

 シルバーバーチとは、3000年前に地上で地上生活を送っていた霊団のシルバーバーチと名乗る高位霊が1920年に、イギリスのモーリス・バーバネル(1902年~1981年)という18歳の青年をとおして、人々に話しかけたものだそうです。この世の中のスピリチュアルな真相を知ることで充実した人生を送ることができると主張しています。そして、この世の貧困や飢餓を撲滅し、動物を愛し食べないようにします。この考え方は心霊主義とかスピリチュアリズムとか呼ばれます。

 人間は、身体(ボディ)と精神(メンタル)と霊(スピリット)として成り立っており、身体は単なるのりものとしての物体で、重要なものは霊である。草木も鳥も生けるものはすべて霊から成り立っている。人間の霊は大霊(神)の子供である。睡眠中は幽体が肉体から出て、いろいろなものを見聞する。死ぬと肉体と霊の魂の緒が切断される。霊はその人の記憶や人格はそのままのこる。死後には輪廻転生というものがある。霊界にも家や庭があり、大自然がある。仕事もあるが好きな仕事ができる。地上は魂の修行の場所である。

 このようなものがシルバーバーチで、その言葉が「シルバーバーチの垂訓」(潮文社)という本に書かれています。

 前置きが長くなりましたが、この以上説明した考え方は私の、実用的人間学に基づいたものの考え方の対極といえるものです。確かに既存宗教に飽き足らない人たちで、心霊的なものが好きな人の心をとらえていると思いますが、様々な面で誤っていると思います。一番は死後の世界はわからないのであって、これこれだと決めつけることはできません。また自殺するのは、ほとんど死後に何もない(無)からとか、自分の気に入った死後の世界にはいれるからと思って死ぬわけではありません。もっと自殺者が多い現実社会の背景は厳しいもののように思います。

 さて、山村幸夫さんのヒーリングは本物かどうかですが。前にも言っているように、暗示により、一定の治癒効果があり得ることは確かです。がんの末期症状だと宣告されたものが、山村さんや他の治療者、宗教などによる心理的効果によって劇的に治ることは考えられます。それは、笑いによって、免疫細胞が活発化して、がんが治った、ということと同じような効果です。しかし、それはもちろん、医学における薬のように万人に効くわけではありません。

 スピリチュアルヒーリングによって治ったという人は、結局自分の免疫細胞が活性化して治るのですが、神なり、スピリチュアルヒーリングで治ったと信じます。ですから熱烈に人に薦めます。いろいろな新興宗教がすたれないのはそのせいだと思います。

 山村幸夫さんのスピリチュアルヒーリングが本物であるかどうかは、それにより治った人にとっては本物です。しかし不幸にして治らなかった人には本物ではありません。それにしても、死後の霊の世界があると決めつけるのはいかがなものでしょうか。私のように死後の霊の世界など無いと確信しているものは、どうなるのでしょうか。地獄へ行くのでしょうか。その地獄は、仏教の地獄でしょうか、仏教でもいろいろな流派がありますね。キリスト教の地獄でしょうか、イスラム教の地獄、モルモン教の?それともシルバーバーチでいう地獄があるのでしょうか。私の霊?をいろいろな宗教なりが取りあうのでしょうか?

 私は、仏陀そのものがいう、正しい生き方を心がけ、いろいろな欲求に取りつかれすぎないで、生きていけば、輪廻転生を繰り返すことはない(地獄や極楽に行くこともない)というのが、もっとも私にしっくりする考え方です。

 ★ 理江さんには、どうして山村幸夫さんの、スピリチュアルヒーリングが本物だと感じたのか、書いていただけたらと思います。

2012、1、追記版 吉本隆明氏の原発擁護 「反原発で猿になる」週刊新潮

 2011年8月5日付の私のブログで、「吉本隆明氏の原発擁護 原子力発電は燃料費けた外れに安いのか」を書きました。このブログは2012年になってもまだかなりアクセスがあります。原子力発電のコストについては、政府側の修正した計算でもかなり高くなっていて、原子力発電がけた外れに安いというのがウソであることが証明されました。以下その報告の内容です。この内容は新聞各紙で発表されました。

 政府のエネルギー・環境会議のコスト等検討委員会は(12月)13日に会議を行い、各電源別の発電コストの試算結果を発表した。従来は1キロワット時当たり5,9円とされてきた原子力発電は、原子力業者が連帯して負担する事故リスクへの対応費用を組みいれたことなどで5割以上上昇し、最低でも8,9円と算定。火力発電所並みとの見方をしめした。         

 原子力発電は他の電源と比較して安価とされてきたが、従来の資産が事故コストなどを切り捨て、仮定を重ねたうえでの結果だったことが今回の試算で裏付けられた形だ。ただし、今回の試算には大規模な除染や損害賠償などの費用はふくまれていない

 実際に東京電力では今後の保証がどれくらいになるかがわからないほどの膨大な保証をしなければならないこと、また多くの原発が、発電をしていなくても、多大な維持費がかかること、将来的に放射性廃棄物を廃棄する費用も膨大なものになるということから、いったいいくらくらいになるのか見当もつかないほど高くつくということです。チェルノブイリでも原発の爆発から28年たっているにも関わらず、発電をしていないにも関わらず膨大な人員と費用がかかっているのを見ればわかるでしょう。

 このように政府の委員会でも高いコストがかかるといっているのに、ほんの少し前に吉本隆明氏は、「原子力発電のコストはけた外れに安い」といい、現在それが間違っていましたとの訂正をしていません。(参考までに、最新の天然ガスによる、ガスコンバインシステムや、コージェネによる発電コストは5円ほどにまで下がって来ています。東京都は独自な天然ガスによる発電を始めようとしています)

 それに加え、週刊新潮の2012年1月5日号で「吉本隆明 二時間インタビュー『反原発』で猿になる!」という記事が書かれています。その内容の要旨を書いてみます。週刊誌では相変わらず、吉本氏を『知の巨人』だと紹介しています。また、東工大出身で技術者であると紹介しています。

 1、人類の積み上げた成果を一度の事故で放棄すべきではない、自動車でも事故が起きるが自動車をやめるべきだとは言わないー(自動車との比較で大丈夫ということは、大槻氏も言っています。しかしだいたい自動車と比較するのがおかしいのです。)

2、原子力は「文明」が生み出してきた技術である。レントゲン写真や自然の放射線を浴びても90歳くらいまで生きる。放射線への恐怖心を除くにはやめるしかない。それは人類の努力を放棄し核開発の技術もすべて意味がなくなる。人間がサルから離れて発達したことを否定する。ー(すなわち「反原発で猿になる」という理由なのでしょう。)

3、原発はやめないで完璧に近いほど放射線に対する防御策を取るべきである。そして科学技術や知識というものはいったん手に入れたら元に押し戻すことはできない。どんなに危なくて退廃的であっても否定することはできない。原発をやめ、自然エネルギーに変えるべきだというのは、文明に逆行する-(原水爆や、生物化学兵器なども維持するというのでしょうか。)

 この考え方は、私が、ブログで大槻義彦氏の原発擁護論を批判しましたが、まったく、吉本隆明氏の主張と同じです。大槻氏が自分は放射線学の専門家だ、吉本氏が東京工大卒の技術者上がり(だから私の言うことは正しい)というのも同じです。

 原子力村に関連した人たちの利権が失われる以外に、原発のコスト自体が、他の発電よりも大きなコストがかかるということが分かってきているのに、どうしてまだ維持しようというのでしょうか。これから、東南海大震災がいつ起きてもおかしくないという状況の中で、新たに他の原発も事故が起きる可能性があります。いったん作ってしまった原発だから、やめたら、文明の逆戻りで猿になるなどという人物をどうして「知の巨人」などとほめたたえるのでしょうか。だいたい、遺伝子組み換え食品による健康被害の可能性や、クローン人間や、様々な新しい兵器など、科学が進展したからといって、それを実際に使うかどうかは人間のモラルの問題にかかっています。科学が進んでいったから何でも進めていいものではありません。それを簡単にやめれば科学の退歩になるから「猿になる」などというのは極めて乱暴な考え方です。

 参考「たけしのガチバトル 原発擁護派の大槻義彦氏にはあきれました」

 http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2011/12/post-738d.html

以下は2010年8月5日に書いたブログの部分です。

 日経新聞は、大企業から多額の広告費をもらっているので、電力会社や経団連などに逆らって原発反対などとは絶対に書けません。すでに私のブログに書いた「毎日新聞 脱原発方針」などとは正反対の記事を載せるのはやむをえないことでしょう。ただ、この日経新聞や読売新聞や、産経新聞しか見ない人は、新聞のいうことは正しいだろうと、信じ込んでしまいます。戦前の日本の新聞は大本営発表の道具にすぎませんでした。いまは、日経、読売、産経新聞は現在の日本を支配している大企業、高級官僚、保守政治家、御用学者、アメリカなどの代弁者です。

 日経新聞の40面の文化欄は一番後ろのページで大変目立つところです。ここに「8,15からの眼差し 震災5カ月」という記事欄があり、いろいろないわゆる文化人に書かせたいます。2011年6月5日の記事は第三回目で吉本隆明氏の「科学に後戻りはない」。「原発 完璧な安全装置を」というコメントを載せています。

 吉本隆明氏は1924年11月生まれで、満86歳で、戦前は軍国少年だったそうです。東京工大を出た後民間で勤務しながら著述や詩を書き続けその量は膨大なものとなっています。若い人にはよしもとばななのお父さんというほうが通りはいいのです。さてウィキペデアによれば戦後最大の思想家と呼ばれているそうなのですが、私にはどうしてだか分りません。一時は日本共産党に対抗して全学連主流派の思想的なバックボーンとなっていたので有名です。その後サブカルチャーにかかわってみたり、オーム真理教をほめてみたり、親鸞について書いてみたりと様々です。一部の人々には神様みたいな存在なのでしょう。

 さて日経新聞の記事についてですが。新聞でも戦後独自の思想体系を築き、戦後思想の巨人と評価しています。以下要旨です。

 3月11日の今度の震災の後は何か暗くてこのまま沈没してなくなってしまうのではという感じだと。復興の道は労働力、技術力をうまく組織化することがカギをにぎる。規模の拡大だけを追求せず小さな形でち密で組織された産業の復興を目指すべきだ。疲れずに能率よく働くシステムをどう作っていくか。それには技術力がある中小企業を大企業がしっかりとりこむ必要がある。外注して使い捨てるのではなく、組織内で生かす知恵が問われている。この震災を、発想転換のまたとない機会ととらえれば希望はある」といいます。大企業が中小企業をしっかりとりこむとはどういうことでしょうか。中小企業の当社は大企業にしっかりとりこめられ翻弄されました。「下町ロケット」という直木賞の本を読みましたが、いかに大企業や銀行が自分たちの利益のままに中小企業を扱うかがよく出ています。街の元気がないのは、大企業が自分たちの利益と内部留保だけを増やし、下請けへの支払いを減らし、また民間の給与を下げ続けてきたからです。

 「原発をやめる、という選択は考えられない。原子力の問題は、原理的には人間の皮膚や固いものを透過する放射線を産業利用するまでに科学が発達を遂げてしまった、という点にある。燃料としては桁違いにコストが安いが、その代わり使い方を間違えると大変な危険を伴う。しかし発達してしまった科学を、後戻りさせるという選択はあり得ない。それは人類をやめろというのと同じです。

 だから危険な場所まで科学が発達させたことを人類の知恵が生み出した原罪と考えて、科学者と現場スタッフの知恵を集め、お金をかけて完璧な防御装置を作る以外に方法はない」

 これが、「戦後思想の巨人」がいうことなのでしょうか。まず「燃料が桁違いにコストが安いが」というのが、いかに間違いであるということは前に書いたブログで毎日新聞の記事をもとに書いてみました。本当にコストが桁はずれに安いと信じているのでしょうか、あまりにも不勉強というか、誰かの言説をそのまま信じているとしか考えられません。また発達した科学を後戻りさせることはできませんといいますが,原子爆弾や、ダイオキシンの枯れ葉剤や毒ガスなどは禁止しようとしているではありませんか。コストもかかり、危険性がいっぱいで、放射性廃棄物がどうにもならない原発をやめることは十分可能なのです。吉本氏は原発止めたければ電気のない原始生活に戻れなどという乱暴な意見を信じているのでしょうか。

 また、お金をかけて、完璧な防御装置を作る以外に方法はないといいますが、それは日本のような地震の巣のような国では完璧な防御装置など無理です。福島原発でも、これはまったく安全だといってきたではないですか。また想定外だとかいうのは許されません。完璧な防御装置はだいたいが無理でそんなにコストをかけて原発を続けるよりは、自然エネルギーの開発にかけたほうが良いのです。

 明るさは戻るかという質問に対して、「全体状況が暗くてもそれと自分とを分けて考えることも必要だ。僕もじぶんなりに満足できるものを書くとか飼い猫に好かれるとかいった小さな満足感で押し寄せる絶望感をやり過ごしている。公の問題に押しつぶされず、それぞれがかかわる身近なものを一番大切に生きることだろう」

 これが吉本氏の結論です。世の中がどんなになって暗い雰囲気になっても自分だけの世界に閉じこもって生きていけばいいみたいなことを言っています。そうではなくてこのような事態を引き起こした政治のあり方に関心を持ち、現状を正しくとらえ直していくこと、そして、この事態を引き起こしたものを糾弾し二度と起こらないようにしなければならないのではないでしょうか。現実から目をそらし自分の世界に閉じこもっていれば権力者の思うつぼです。

 改めていいますが、このような人物が、本当に戦後思想最大の巨人なのでしょうか。またこういう見解をのせる、日経新聞の意図が大変よくわかるということです。

追記 2011年8月9日

 トラックバックに「ラインケ狐の話」というのがありました。吉本隆明氏の珍談話について書いてありますが、その中で原発のコストが桁違いに安いという話で、「管理コストなどを入れないで安いということは、ブレーキもシートベルトも、ヘッドライトも省略して保険にも入らなければ自動車はもっと安上がり、というのと同じだと」いっておられます。面白いのでお読みください。

 私も車のたとえで、「原子力車は格安だよ。政府からの補助金もたくさん出て、買うと毎年お金をもらえるよ。そしてガソリン代(ウラン)も格安でと」。でも、その車は止められないので(原子炉は消すと大変、それで深夜電力を売らなければならない)、夜も動かすための装置が要る(揚水発電所)、それに何よりも一端事故が起きると、保険がきかないとてつもないお金がかかります。それに実はもう、原発より安い燃費の車ができている(天然ガスのコンバインドサイクルによる発電は原発を下回ります)。

こんな車を安いからといって買う馬鹿な人はありますか。騙されて買ってしまった人(福島周辺の方)はあとでとても後悔しています。

2012年1月 1日 (日)

ごあいさつ、元日、韓国KBSの生放送に出ました。そのあと、明治神宮とおみくじ。

ごあいさつ

「こういちの人間学」を見ていただいているみなさん。

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 このブログも2009年7月からはじめまして、二年半ほどが経過しました。何度も見ていただいている方には、内容もいまいちだったり、転換ミスのままだったりの拙いブログなのに、見ていただきまして本当にありがとうございます。

 昨年は東北大震災の大津波で2万人近くの方が亡くなったり、続く原子力発電所の爆発など、本当に厳しい年でした。しかし、原発のために避難している方は本当にお気の毒ですが、もし原発事故がなかったら、日本の発電の半分以上を原発にする計画でした。もしそのような原発があちこちにたくさんできた後の状態になって、今度のような大震災が起きたならば、多少の節電どころではすまない、大変な事態になったことでしょう。またドイツや、イタリアなども原発をやめることにしました。原発が必要だとか言う御用学者や評論家の意見を否定し、一刻も早く原発全廃の方向へもっていきたいものです。

元日、韓国KBSテレビの生放送に出ました。

 前に書いたブログで、韓国歴史ドラマが好きだということで、取材を受け、続いて元日の生放送にも出てほしいといわれました。朝8時半にKBSと提携しているNHKの建物に来てほしいといわれました。私は新大久保からタクシーに乗りましたが、道がすいているため、かなり早くついてしまいました。その後首から下げるNHKの入管証のようなものをもらい、NHKの中にある、KBSの部屋につきました。木更津から来ている方もいて遠い方は大変だなーと思いました。

 お正月ということで各国の状況を次々に紹介するという番組のようでした。取材を受けたのは、韓国の現代劇や歌が好きな女性2人と其のお友達、後韓国歴史ドラマ好きの代表としての私という10人ほどが取材を受けました。初めの女性は、気持ちが滅入って自殺しようとまで思ったのが、好きになった韓国の俳優を生きがいとして今立ち直ったという話でした。私は、自己紹介で、韓国のお店が急に増えた新大久保に住んでいるということ、「チャングムの誓い」を見た後、韓国歴史ドラマが好きになり、もう30ほど見ていると話しました。そのドラマを知るために韓国の歴史も勉強して韓国の歴史に詳しくなりました、というようなことです。最後の女性は、韓国の歌が好きということで、実際に、韓国語で歌って見せてくれました。韓国語もかなりできるようです。

 この写真は、スタートする前に、私の携帯で写真を撮ってもらったところです。真ん中に座っているのが私です。

Hi3d0239

 撮影は11時ころにはじまり、15分くらいだったでしょうか。私はあまりすらすらとはしゃべれませんでした。もちろん通訳してもらうのですが。

 その後、テジョヨン、海神、千秋太后の大きなポスターと、手帳、カレンダー、と交通費をいただきました。

明治神宮に参拝しました

 家へ帰るため、渋谷駅から山手線にのりました。多くの人が明治神宮に参拝するために、原宿でおりました。わたしも、どうせなら参拝していこうということで、急きょ原宿でおりました。実は明治神宮家から近いのに初詣として行くのは初めてだったのです。先日明治神宮の説明をテレビで見ていたので興味もありました。

 しかしながら、大変な人の数で、ずっと立って待つことになります。警察の人が、一方通行で戻れませんといっています。途中腰が痛くなりましたが、がまんして、参拝を済ませました。参宮橋駅から来ると列が短くそんなに待たないでお参りできることが分かりました。

Hi3d0245

おみくじ

 参拝のあと、「まと」を買った後、おみくじを引きました。私はおみくじマニアで、10数年前から、おみくじを集めていました。おみくじについて、人間学の例会で話したこともあります。他の神社仏閣のおみくじは吉凶があるのですが、明治神宮のおみくじには、吉凶がないと知っていました。

 おみくじを引いた結果は、12番で、大御心(おおみこころ)昭憲皇太后御歌で、

 

 朝ごとにむかふ鏡くもりなく

 あらまほしきは心なりけり

 後ろにその説明があります

  「心の鏡をいつも清く明らかにいたしましょう」などという解説がついています。

 多くの人が、おみくじをむすびつけていましたが、他のところで凶がでた場合、結び付けることはあっても、本来はもちかえって、その教えをかみしめるものなんだがなーと思うのです。

2012年2月18日 追記

 昨日、KBS(韓国放送公社)東京支局から、取材を受けて放送された内容を、DVDにとったものが2枚送られてきました。一つは、昨年12月に取材を受けて、1月7日ごろに放送する予定のものでした。それは韓流ブームで有名になった新大久保の街の様子を紹介したものの中に入っていました。私が出ているところは、私がテレビで、「テジョヨン」のビデオを見ているところ、そのあと、どうして韓流歴史ドラマを好きになったかということなどを話しています。かなり顔が大写しになっていました。また私のみた韓国歴史ドラマを書いた一覧表で、私の見たものを赤いマークを付けているものを映していました。

 もう一つは、今年の元日に、生放送で、韓国歴史ドラマ好きということで、10人くらいの人と一緒にとったものです。私は、大したことをしゃべらなかったのですが、あとで、ちょうどその時見ていた、KBSの「百済の王 クンチュゴワン」で、邪馬台国の王女が出ていて、日本と韓国のつながりが、よくわかって、よかったなどという、気のきいたことを言えば良かったなどと後で反省しています。

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