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2012年7月

2012年7月29日 (日)

人間学研究所入会者が増加、例会参加者も増えています。新しい飛躍を!

人間学研究所には、二つの分野があります。どちらかというと研究者中心である、「新教育人間学部会」と、一般の方の参加も多い、「実用的人間学研究会」です。もともとは実用的人間学研究会は実用的人間学部会でした。また以前には人間学基礎論部会などというものもありました。

新教育人間学部会

 新教育人間学部会は、2004年4月から始まり、毎月一回開催されてきまして、2012年7月現在で第85回例会となっております。それ以前にも1999年より教育人間学部会は開催され続けておりました。最近の例会では6月に13名、7月には15名の方が参加され、なかなか盛況となってまいりました。例会後の懇親会も多くの方が参加されております。

 7月例会で講師としてお話ししていただいた、明治大学特任講師の佐藤由紀氏も、早速に、研究会の会員になっていただきました。昨年の7月から、下諏訪商工会議所の野池 桂、聖和看護専門学校講師の亀山孝二、相模女子大教授の松本 孚、遺跡の市民フォーラムの蕨 俊夫、東京外語大研究員の白村直也、そして今回の佐藤由紀の各氏の6名の方々に、加入していただきました。

総合人間学会との関係

 人間学研究所が元になってできた、総合人間学研究会が発展的に解消した総合人間学会においても、総合人間学会の会長が人間学研究所の名誉所長である小原秀雄氏、また等研究所所長の柴田義松氏は総合人間学会副会長です。また当研究所の副所長の岩田好宏氏が学会の運営委員理事で談話会責任者と、当研究所理事の宮坂琇子氏も学会の運営委員理事で編集委員長と要職を占めています。人間学研究所の専務理事の私(佐竹幸一)と会員の麻生信子氏は今回監査役となりました。ちなみに新教育人間学部会員35名のうち、18名が総合人間学会の会員です。来年の2013年中には例会は100回ということになります。

実用的人間学研究会に新たに7名の方が参加

 実用的人間学研究会には、2011年からは、上杉徳治郎(たん焼き忍経営)、杉藤晋一(元ベーシージャパン社長)、深井綾子(株葵経営社長)、斉藤裕也(グループシップ研究所所長、安倍勇人(チャ―マース代表)、松尾洋子、倉田 眞(元毎日新聞西部本社編集局長)の7名の各氏が参加され、講師としてもお話しをしていただいています。

 新教育人間学部会も、実用的人間学研究会も、同じ「人間学研究所通信」でご連絡し、『人間学研究所年誌』を配布し、自由にそれぞれの例会に参加できるようになっております。もちろん年会費3000円も同じです。

実用的人間学研究会

 実用的人間学研究会は1991年の3月に第三次人間学研究会において佐竹が連続12回の人間学セミナーを開催してより、その終了後、1993年5月より、佐竹を責任者として実用的人間学研究会ができました。以後新しくできた人間サロンと毎月2回の例会を開催してきました。実用的人間学研究会は1999年、人間学研究所が設立されるまで、64回の例会が開催されました。また実用的人間学ニュースも60号まで発行されました。1999年人間学研究所が設立されてより、佐竹を責任者として実用的人間学部会が発足しました。その後例会が続き、2008年には第二次実用的人間学研究会が設立されました。第二次実用的人間学研究会は2012年7月に第45回の例会が開催され、17名の方が参加されました。この例会も最近の参加者はかなり多くなっております。

今後の人間学研究所について、新しい飛躍を!

現在の人間学研究所の会員は60名となっております。昨年より一年間で、13名の方に入会していただきました。今後多くの方に呼びかけていきたいと思っております。このところ若手の方の参加も増え、いずれは若者(手)部会などもできたらいいなと思っております。例会の数だけで言えば、総合人間学会が隔月で一回例会を開催しておりますから、それに比べれば毎月二回の例会開催はかなり多いといえます。

 今まで、会費が3000円と安く、「人間学研究所年誌」の発行費用で半分以上がなくなっていて財政的にはかなり厳しいものがありましたが、新入会の方が増えて少し財政的に余裕が出ます。そうすると、講師料を出して、いろいろな方にお話しをお聞きするということも可能です。

 今まで、一応役員となっていただいても、役員会も開催しないで、すましてしまいました。今後は、せめて数カ月に一回は役員会を開催して今後の方針を検討するなどが必要だと思います。新しい方にも是非役員になっていただきたいと思います。来年の2013年は、一番最初の人間学研究会(分科会)ができてから、ちょうど50年になります。いろいろ企画を考えてみたいと思います。今後より一層、面白くてためになり、学問の進展(人間学の発展)にも寄与できるような研究所活動ができるようにしたいと思っています。

 ★ 佐竹幸一 人間学研究所 専務理事・事務局長

  実用的人間学研究会会長

2012年7月22日 (日)

「こういちの人間学」開始より3年に、最近はどのようなものを読んでいただいているか。

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部屋の中から写した、ベランダの状態です。朝顔が大きくなっています。全体にかなり、ぎっしりと植物があって隙間が無い状態になっています。朝顔はまで二輪しか咲いていません。

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二種類のトマトです。一つは大玉で、一つはミニトマトです。なかなか良くできて食卓をにぎわしています。

2012年7月22日、「こういちの人間学」ブログを開始してから、ちょうど3年になりました。記事数は433件で、今日現在のアクセス数は22万3千件ほどです(「こういち」含むと22,7万件)。この一週間では、NHKの「国境なき八百屋さん」がこの一週間で、540件のアクセスがありました。

 私のブログはなんでもありの感じで、いろいろ書いてきましたが、前にも書きましたが、「人間とは何か」という基礎人間学の話よりも、昨年の3,11の原発事故以来、今の民主党政権の財界、官僚のための政治への怒りと、彼らのついているウソを、明らかにすることに主眼が置かれています。NHKなどのテレビ放送でも、原発問題に関しては時々、いい番組を放送します。昨日(21日)もNHKスペシャルで「メルトダウン連鎖ー東電社員が真相を激白」という番組が放送されました。私は、映像を記録しながら、メモをとりました。この番組を見た人は、本当に、もっとひどい事態になっていた可能性もなまなましく報告されていました。この番組を見た人は、安全性が確保されたと、大飯原発を再稼働することが、いかに危険なものであるかが良くわかると思います。これについても改めてブログを書くつもりです。

 このブログを読んでいただいた方から、とても参考になったと、言っていただくととてもうれしいものです。今の様々な嘘で固められた世の中で、少しでも真実のことが伝えられたら幸いです。ずっと継続して読んでいただいている方もたくさんいらっしゃいます。拙いブログですが読んでいただいて、本当にありがたいと感謝しております。今後ともよろしくおねがいいたします。

以下は6月29日に書いたものです

「こういちの人間学」ブログも、2009年の7月から始めて、もうすぐまる三年になります。今では、私の生活にとって、欠かせない重要な分野となっております。記事数は累計で428件になりますが、その中には書き加え、更新しているものが多いので、実質はかなりの件数になっております。どのようなものを書いてきたかは2012年6月27日付で更新した「こういちの人間学ー基礎人間学部門」、と、「こういちの人間学ー応用人間学部門」に書いてありますので興味のある方はご覧ください。初めは、人間論的な基礎人間学について書いてきたのですが、最近では3,11の大災害と、原発事故以来は、原発問題や、政治問題等について書くことが多くなってきました。

 2012年6月29日現在のアクセス数は、総合で21,5万件(こういち含む)3年前からの平均で一日200件ほどのアクセスになります。この一週間ほどで見ますと、一日600から700件ほどのアクセスがあります。かなり古く書いたものも引き続けて読んでいただいております。

 参考までに、どのようなものを多く読んでいただいているかについてご報告いたします。

6月28日までの一週間のアクセスの多いものは以下の通りです(こういちの人間学のみ)

 全体のアクセス数は1週間で4157 件 訪問者数は3382人 

 青字は1カ月 アクセス数 14500件        1週間   1カ月

1、最近の韓国ドラマ 朝鮮王朝との関連も     262件  712件                                2、太陽の異変地球寒冷化の可能性?                              プライムニュース、常田、長沼氏            229件  510件                         3、多い射精により長生き 禁欲は前立腺がんに  210件  679件                                          4、輸出戻し税について 経団連が消費税                            あげたいわけ                       165件  245件                              5、村上春樹『IQ84』とカルト宗教           143件  683件                 6、天然ガス下落 原発いらない根拠                                しかし日本は高く買うしくみ               140件  648件                      7、高塚光の超能力ヒーリングのDVD                               本当に超能力あるの?                 139件  597件                     8、ミニ氷河期が 始まるかも 長沼 毅氏     129件  129件                      9、糖質制限食「本当の栄養学」大柳珠美さん    106件  176件                10、人相学の科学的検証 5 額           92件  261件                      11、人相術の科学的検証 4、口           85件  273件                  12、カタツムリクリーム 毒蛇クリーム                                 知っていますか                      80件  312件              13、迫りくる太陽の異変 コズミックフロント     74件  312件             14、フェイスブックなどに入るのはご注意を     66件  271件                 15、原発問題で電気会社変えてみたら       50件  302件 

 滞在時間ランキング ( 2012年6月28日までの1カ月間)

 1、一人当たり平均

1 家庭用電気も自由に電気会社変えられるように  60分                         2 健康病が心身を蝕む 「心の処方箋」        59分                       3 宇宙と人類の歴史 ヒッグス粒子          40分                       4 ブログ400件に、中国嫁日記             38分                         5 原発と核兵器 岩城正夫氏の先見性        37分

2、トータル時間

1 健康病が心身を蝕む「心の処方箋」         19時間                   2 太陽の異変 プライムニュース            18時間                            3 天然ガス価格下落 原発いらない根拠に      17時間                       4 村上春樹 『IQ84』 とカルト宗教           16時間                          5 多い射精により長生き                 12時間

リピート数 訪問頻度

 約5万人の訪問者の方で、2500人(5%)の方が再度アクセス

 していただいています。

 約5万人の訪問者の方で、1日に何回アクセスして

 いただいているか 2回以上の方  8840人  

2012年7月3日追記     

 6月26日~7月2日までの一週間のアクセス数は4244件で、アクセスいただいた人数は3421人です。

 アクセスの内訳は、2件以上のアクセスがあったものが261件で、1件だけのものが108件です。一週間で369件のアクセスがあったことになります。2009年7月から、現在までに書いた件数累計は、427件ですから、86,4%と今まで書いたブログがずいぶんさかのぼってみていただいているということがわかります。 

2012年8月7日 追記 

 現在、記事件数は436件で、累計アクセス数は23万件を超えました。「こういち」も含めた総件数は、23万5千件ほどです。このところ、「嵐にしやがれ」というバラエティー番組に、長沼毅氏がアニキとして呼ばれ、その番組以降、急激に以前書いた「ミニ氷河期があすにも来るかもしれない。長沼 毅氏」と言うブログにアクセスが増えました。累計が600件ほどになり、現在もアクセスが続いています。若い人を対象にした人気番組での話しは大きな影響を与えたようです。 

                                                        

2012年7月21日 (土)

金容雲氏の[日本=百済説」について 追記「太祖王建」で後百済の王が日本は百済が作ったと。

初めに

2012年7月19日の第45回実用的人間学研究会例会で、私は「日本=百済説について」というお話しをしました。日本人のルーツは何だろう、邪馬台国はどこにあったのか、日本の天皇家はどのようにして生まれたのか。日本と韓国の関係、そして日本語と韓国語の関係とはなど、古代史のなぞは私たちの興味を引きます。

 私は、韓国歴史ドラマが好きで良く見ていますが、韓国と日本(倭)の関係していることが良く出てきて興味を持っていました。たまたま、金容雲氏の『「日本=百済」説』と、『日本語の正体』を読んで、なるほどそうだったのかと、よくわかった気がしました。そこで、二つの本の要旨と、以前からあった日本と韓国の古代史に関する22冊の本も参考にしながら資料をまとめてみました。何しろ石器時代から桓武天皇ごろまでの日本と韓国と中国との関係について、書くのですから大変な労力を要しました。でもともかくA4で21ページの資料にまとめました。そしてまた大変なのがその資料を1時間半で話さなければならないので大変でした。でも、当日は17名の方が参加され、懇親会にも12名の方が参加されたので、頑張ったかいがありました。またこのブログで、うまくまとめるのも大変ですがポイントをお話しいたします。

 まず、金容雲氏は1927年に東京に生まれ、終戦まで日本にいてそれから韓国にいった方で、日本語も、韓国語もよくわかる方です。そして著名な数学者であるとともに、文化比較論の大御所的存在で、6年間、韓日文化交流会の韓国側代表者になった方です。

1、日本人のルーツと邪馬台国について

1) 石器時代、氷河時代

  氷河時代に、大陸と日本は陸続きで、マンモスなどがはいってきて、それを追って石器時代人が日本に入ってきた。ルートは朝鮮半島から、日本へ入ってきたルートと、樺太から北海道を通ってきたルートがあります。

2) 縄文人

 1万年ほど前から氷河期が終わり、温暖化してきた。列島が分離し、海水面が上がり関東地方でも内陸まで海がはいってきた。日本には、1)海流に乗り南方から来た人、2)中国から戦乱を逃れてきた人、3)北方の樺太から来た人、4)そして朝鮮半島から来た人々など様々な人々が混在して、縄文式文化を作ってきました。なかでも多いのは南方系モンゴロイドで、雲南省あたりから揚子江河口周辺、朝鮮半島南部から日本にまで住んだ、稲作をし、高床式住居、文身(いれずみ)をした、当時の漢の人たちからとよばれた人たちでした。倭は日本だけの呼び方ではなかったのです。丸顔、体毛が濃く、目鼻立ちがはっきりしたいわゆる濃い顔の人たちでした。弥生時代に北方系の人達(弥生人)が来ると一部混血しましたが、多くが辺境に追いやられ、蝦夷とか、土蜘蛛とか国巣(くず)とか呼ばれました。

3) 弥生人と韓国の人たちの各地への移住と分国

 世界的に気温が下がり始め、大陸の北方系の人たち(シベリヤ、アルタイ系)が南下を始めました。彼らは寒さに適応した人たちで、身長が高く、色白、細面、体毛が薄く一重まぶたのいわゆる、のっぺりした顔をしていました。

 紀元50年ごろから北方扶余から南下して朝鮮半島に、高句麗、新羅、百済などの国々ができてきます。南方は倭の系統の人たち(韓・から族)が小さい国々を作り、南端では伽耶国ができました。北方系の人たちや、から族の人達が次々と日本に移住し農民として定着しました。日本は気候も温暖で異民族の侵入もなく住みやすいところだったのです。

 新羅系の人たちは出雲から北陸方面に定着しました。伽耶系(プサンあたり)の人達は対馬を通って北九州に入りました。そして小さな国(倭の奴国など)がたくさんできました。それがまとまり邪馬台国ができた。と、金容雲氏は言っています。百済の人たちは熊本周辺を拠点として、狗奴国(熊襲)を作りました。百済国は海運が盛んで、中国の遼西などいろいろなところに分国(タムロといいます)を作りました。

4)邪馬台国と狗奴国の対立時代

 邪馬台国は伽耶系の人たちが作った連合王国(分国)で、239年邪馬台国の卑弥呼は中国の魏に使いを送り、親魏倭王の位を授かる。邪馬台国は隣国の百済系の分国である狗奴と戦っていました。しばらくの間、ちょうどアメリカ大陸にヨーロッパの人たち(イギリス、フランス、スペインなど)が植民地をつくっていたのと同じことです。邪馬台国は一時滅びるが、伽耶系の人達は瀬戸内海を通り、奈良の大和の地に向かい征服していきました。

2、日本の天皇家の歴史

1)第一(崇神)王朝(伽耶系)

 300年ころに大和の三輪山の地で崇神天皇(神武天皇と同一人物とされる)による第一王朝が成立する。高天原神話は伽耶の金首露神話とほとんど同じである。大和盆地では葛城氏や大伴氏、蘇我氏などの豪族(それぞれ、韓国由来)の助けを借りて勢力圏を広げていく。このころの天皇はスメラミコトとかスメロギとよばれた。

 新羅系の出雲などの諸国は天皇家に征服されていく。大国主の国譲りなど。

2)第二(応神)王朝 391年ころ(百済系)

 高句麗の広開土王が百済を攻め、首都漢城は陥落した。百済一族の一部が伽耶の地に入り、新羅の国境地帯を占領しつつ、九州に渡った。九州には百済の分国である狗奴(那)がある。百済の一族と狗那の連合軍は応神天皇朝の最後の仲哀天皇を戦死させる。

 「日本書紀」では仲哀天皇の妃が神功皇后で、第二王朝の祖である応神天皇は神功皇后の子ということになっています。新羅征伐に行った、皇后が、子どもが生まれないように腹に石をまいて、九州に戻ってから子どもを産んだということになっています。

 応神=応津=熊津(久麻那利)すべてウンジン 百済の漢城陥落以後熊津に遷都しました。天皇は応神王朝では「おおきみ」(大君)とよぶ。応神政権ができると、弓月君が120県の、阿知使主が17県の百姓をひきいて列島に来たという。これを応神エクソダスと金氏はよんでいます。その後仁徳天皇陵など巨大な古墳がつくられました。この当時の天皇は中国の宋の皇帝に朝貢し、日本のみならず、百済をはじめとする韓国南部の王としても認定されています。

 第21代雄略天皇の時高句麗により漢城百済が陥落したとき、雄略天皇は熊津を百済の文周王に譲ってといわれます。金 容雲氏によれば、百済には漢城系の百済(弟の温祚系)と、熊津系(兄の沸流系)の百済があり、韓国内だけではなく、九州の狗那(奴ー今の熊本に)と過去には中国内の遼西にも分国がありました。それらの分国を含め、2つの百済があったと主張しています。

3)第三(継体)王朝 507年ころ(百済系)

 応神王朝最後の武列天皇のころ、日本は戦乱となりました。456年ころ百済の21代王である蓋鹵(ケロ)王の弟(金氏によれば文周王の弟)である昆支(クンチ)が日本に人質として来ていました。日本には(当時はまだ倭)代々百済の王子が日本に来ていました。この昆支については日本、韓国の資料により様々に異なって書かれています。

 金容雲氏によれば、継体天皇は昆支で、大伴金村などの豪族の支援で即位したというのです。しかし戦乱は続き、継体天皇は即位真、20年間も居住を変えたといわれます。継体天皇が死ぬ5年前にようやく河内に都を定めました。隅田八幡には韓国百済の武寧王がオオト王(弟)に送ったとされる銅鏡がたくさんあるそうです。継体天皇は男大迹(オホト)王とよばれていました。継体と昆支の倭名がともにオホト(大人)であるので、時代から見ても昆支は継体天皇であると主張しています。

 昆支(継体)の子どもは百済に戻り、百済の王(武寧王)になっています。当時は日本(倭)と百済は一体のものだったということです。

4)欽明天皇は第4王朝の伽耶系?

 継体天皇の死後とその子安閑、宣化天皇が相次いで死に、欽明天皇が即位します。欽明天皇は継体天皇の5人の子供の一人とされていますが、金 容雲氏は一時権力を失っていた蘇我氏とともに、クーデターを起こし天皇になった説もあるといっています。欽明天皇は伽耶復活に異常に力を注いでいるので伽耶系ではないかというのです。蘇我氏の台頭で大伴氏は没落しました。以後の天皇は、現在の天皇まで続いています。

5)飛鳥時代 603から

 592年、蘇我馬子が崇俊天皇を殺害します。そして蘇我馬子が推した推古天皇が即位し603年に飛鳥に遷都します。そして聖徳太子が摂政となったとされています。本によれば聖徳太子は存在せず、聖徳太子は蘇我馬子の孫の蘇我入鹿であると主張する人もいます。法隆寺はだまし討ちされた蘇我入鹿がたたらないようにと建てた寺であると。蘇我入鹿は日本書紀ではひどい悪人とされていますが、実はすぐれた人物であったともいわれます。

 このころ、まえとおなじように百済の王子が日本に来ることは続いています。舒明天皇は百済好きで、百済宮を作らせ、死んだ後も百済式の葬儀を行いました。

追記 2013年9月 『ビッグコミック』には『新説・日本書紀 天智と天武』という漫画が現在連載されています。その村昌弘原案、中村真理子作

 それによれば、蘇我入鹿は学堂1の秀才であり、皇極天皇(女帝)との間に月皇子(大海人皇子ーのちの天武天皇)をもうけるが、中大兄皇子により殺された。豊璋は百済の義慈王の王子で中大兄皇子を助け、中臣(藤原)鎌足となるとしている。

6)大化改新 645年と白村江の戦い 663年

 645年 大化改新 中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我の入鹿を殺害 孝徳天皇(女帝)即位

 662年 天智天皇(中大兄皇子)即位

 663年 白村江の戦いで 倭、百済の連合軍が唐、新羅の連合軍に大敗した。

    以後倭(日本)は朝鮮半島と断絶の方向へ。

 672年 壬申の乱 大海人皇子 大友皇子を倒して、天武天皇として即位

 690年 持統天皇即位 694 藤原京に遷都

 697年 文武天皇15歳で即位 707崩御 兵乱あり

7) 701(大宝元年]から 平城京 794年平安京に遷都

 大宝律令完成 中央集権的世界に 文武天皇「日本天皇」を名乗る

 藤原不比等 実権を握る

 大宝元年 九州王朝(倭国)倭の五王 天武ー文武王朝消滅という説あり

 応神やまと皇統 オオキミ氏 天智 光仁ー桓武天皇に

  「欺かれた王朝交代 日本建国の謎」 斉藤忠 の説

 794 平安京に遷都 桓武天皇

  桓武天皇の父である光仁天皇は天智天皇の孫にあたる。桓武天皇の母親である、  高野新笠は、継体天皇の実子でもある武寧王の子孫である,和(ヤマト)氏乙継の娘。

 桓武天皇は父の光仁天皇がなくなったとき、哀号(あいごー)の声を発し、痛哭したと「続日本記」にかかれています。(実際に続日本記を見たら書いてありました)

参考

 2001年 今上天皇陛下のお言葉

 「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、「続日本記」に記されて言うことに、韓国とのゆかりを感じています。武寧王は、日本との関係が深く、この時以来日本に五経博士が代々招聘されるようになりました。また武寧王の子聖明王は、日本に仏教を伝えたことで知られております」

 桓武天皇は北畠親房の「神皇正統記」に、桓武天皇は百済が日本とが同じ種であるという文書をすべて燃やしたと書いています。以後日本と韓国は別々の道を歩みます。言葉もしだいに分離していきました。

★ これは金 容雲氏の話を元に要旨を書きました。これらの問題には本当に様々な説があり、どれが本当かについて決着していない問題は多いのです。しかし金氏の話は中なか面白いので、皆さんに紹介しました。

* 日本語のルーツと変遷については、あらためて、書くことにいたします。

『「日本=百済」説』原型史観で見る日本事始め 金容雲 

         2011年4月1日  1500円    三五館

『日本語の正体』  倭の大王は百済語で話す 金 容雲  

         2009年8月30日 1500円    三五館

追記 : 2012年8月1日(水)

 韓国歴史ドラマで、今日、現在BS朝日で放送されている「太祖王建」を見ていましたら、新羅が崩壊した後、また三国に分裂した時代(後三国)の一つ、後百済の王である、甄萱(キョンホン)が、「中国や日本などと外交を結ばなければならない、特に日本は百済が作った国だから」と言っていたのにはびっくりしました。韓国では百済が倭(日本)の元になったというのが、かなり広がっているのでしょうか驚きました。

こちらもぜひお読みください

「日本語の正体 倭の大王は百済語で話す」

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2012/12/1-79cb.html

 

 

 

 

2012年7月18日 (水)

「さよなら原発集会」(7月16日)に対する各新聞社の報道比較

2012年7月16日に、作家の大江健三郎さんらが呼びかけた「さよなら原発10万人集会」が渋谷区の代々木公園で開かれました。非道暑さの中で、全国で集まったひとは、主催者発表で17万人で、警視庁関係者でも、約7万5千人が集まりました。反原発を訴える集会としては過去最大となりました。また参加者にはインターネットなどで知った一般市民も多数参加しました。

 野田首相がデモの音を大きな音だねと言ってひんしゅくをかった、7月1日にも首相官邸前で集会があったとき、参加者の数を主催者が15万人、警視庁で17000人、ニュースメディアでは2万から45000人と、大きな開きがありましたが、さすがに今回は警視庁でも7万5千人と発表し、原発反対運動の大きな高まりを感じさせました。

 さて、この集会を各紙がどのように報じているかを比較してみました。

まず、7月17日の朝刊各紙の一面トップを比較してみます。

朝日新聞  ウナギ取引規制検討                                      読売新聞  志賀原発直下に活断層か                                     毎日新聞  正恩氏の最側近解任                                          日経新聞  イラク融資26年ぶり                                       産経新聞  尖閣は琉球                                            東京新聞  さよなら原発17万人集う                                   新聞赤旗  原発なくせ17万人                                       聖教新聞  楽しく創価ファミリー大会

Hi3d0354

左側が読売、毎日、右側が日経、産経、各新聞の記事です。

Hi3d0355

左が朝日新聞 右が東京新聞です。

さて、実際の掲載がどの程度であつたかの比較をしてみます。

極めて少ないほうから

日経新聞 社会面31面 19行写真なし 分離していて、探すのが大変でした。                    

産経新聞 社会面20面 20行写真なし 中間のページで目立ちません

まあ普通という感じが

読売新聞  社会面36面  64行  途中のページで目立ちません、写真あり                            

朝日新聞  社会面39面  3段   3面最後の面で目立つ カラー写真あり

かなり多いもの

毎日新聞  1面 34行   トップに並んでいます。カラー写真あり                             ・       社会面29面  6段  写真あり 3面最後のページで目立ちます                              

東京新聞  1面 トップ    大きくて目立ちます。カラー写真あり                        ・       2面、22面、24面(トップ) 写真あり                                ・       25面トップ         カラー写真あり                          赤旗     1面、3面トップ      カラー写真あり                            ・       4面、14,15、16面    写真あり

 このような状況でした。同じ出来事でも新聞によって、いかに違うかについての良い例となるでしょう。日経、産経新聞は本当に申し訳程度しか書いていません。本当はのせたくなかったのでしょう。そして日経、産経新聞しか読んでいない人は、ほとんどきづかないで過ぎてしまうことでしょう。ただこのところ新聞の原発関係での新聞の取り扱いに不満で、新聞を変える人が出てきています。

2012年7月11日 (水)

日本も早く解散総選挙を フランス新政府との対比 最低賃金アップが景気回復の要

消費税増税など、庶民の暮らしを悪くする議案が衆議院を通過しました。それにともなって、民主党内で、消費税増税に反対するグループが離党しました。この間の大新聞の書き方は野田内閣を、「決められる政治」といっせいに手放しでほめているのは異様なな状況でした。反原発の毎日新聞もそうです。それとともに、大飯原発を再開しました。前のブログで、今ほど、一般庶民と、正解と大マスコミとが大きく開いていることはないと書きました。

フランスの政権交代

 フランスでは前のサルコジ大統領による露骨な緊縮政策と、大企業、富裕層重視の政策に庶民は一斉に反対しました。その結果、社会党のオランド政権が成立しました。ロイター通信によりますとフランスのエロー首相は、歳出削減よりも景気刺激を重視するために、教員や警察官の採用拡大など国家が15万人の雇用創出をし、また競争力のできる産業振興策をうちだしたと報じています。

 公約通り、付加価値税(消費税)の引き上げを撤回しました。そして増税では100万ユーロ(約1億円)を超える年収に対して75%の税率を新たに導入することを決めました。また企業への課税を強化します。中低所得者には増税しないことを決めました。これによって2013年には61億ユーロの税収が見込まれて、歳出抑制と併せ、財政赤字を減らすことを目指します。金融取引税を0,1%から0,2%に2引き上げ、富裕層の資産を対象とする「富裕連帯税」を13年~の引き上げを前倒しします。高額の相続や贈与、株主配当金への課税も強化する方針だそうです。フランスでは株主への配当や取引での税金は30%と思いましたが、日本では証券優遇税制により、小泉政権以来低い20%をさらに10%に優遇し、貧富の差がつく大きな元になっています。日本ではこう言うものに手をつけず、低所得者や、小企業社に負担のかかる消費税を上げ、それを経団連や大マスコミがほめたてているのです。でも日本でも政権が代われば、フランスのような政治が可能だということです。でも日本は公務員を増やして仕事を増やそうとするのではなく、まったく逆に公務員を減らし、公務員給与を減らし景気悪化に拍車をかけています。多くの人が、公務員の給料が高いとか、待遇がいいとかそちらのほうに目を向けさせられています。

 (フランスの付加価値税では税率が19,6%,7%(文化、観光)、5,5%(水、食料、ガスなど必需品)、2、1%(薬、新聞、テレビなど)に分かれています。)

小沢新党(国民の生活が第一党)

 小沢新党が立ち上がりますが、ほとんどのマスコミは小沢新党に期待せずが80%で期待するが10%台だといっています。どうせ駄目だとかとかのオンパレードです。でも、民主党じたいの支持率が、小沢新党と同じくらいだということを無視しています。私としては、できれば何かと非難される材料に満ちた小沢氏ではなく、小沢氏が貢献に立って清新な人をたて、他の反消費税、反原発の人たちを広く結集すれば、世の中はフランスのように代わることでしょう。そうでないのが残念です。みんな橋下とかの眼先の目新しさにまた黙れてしまうのでしょう。ただ、野田民主、自民、公明党の三党連合政治よりは少しでもましだと思いますので、小沢新党は大マスコミの大幅に減るとの期待を裏切り選挙ではバカにならない伸び方をするかもしれません。今野田にくっついているウソツキ民主党の誰が投票するというのでしょか。

最低賃金が生活保護より下回る

7月11日の日経新聞などに最低賃金よりも生活保護より少なくなったところが11都道府県二なったと伝えています。最低賃金で働く人の社会保険料負担が増えてためだ。今度の消費税の増税とくわえて、社会保険料の値上げ、そして子ども手当の減少など、実収入はどんどん目減りして庶民の暮らしはますます苦しくなっています。生活保護のほうが暮らしが楽というのでは働く意欲が減退しかねず見直しが急務となる。

 この最低賃金をあげられないのはこれも小泉政権から続いている、正規社員をへらして、非正規社員の比率をあげる政策をとっているからです。ヨーロッパでは非正規だからと言って大幅に正社員より少ないということはありません。最近新聞によれば女性の半数以上が非正規社員だそうです。雇用が安定しませんから若者は結婚などできません。20代の女性が、結婚の相手として少しでも生活力のある30代から40代の男性でもいいとなっているそうです。生活が厳しいから子どももとても作れません。若者人口の減少が景気減退の大きな原因にもなっています。フランスなどでは政府からの手当てが多く、また働くお母さんのための児童施設などを整え増加に転じています。すべて政治の力です。

 都市部では自営業者らが40年間保険料を納めて受け取る公的年金より生活保護の受給額が多いという現象も起きている。厚労省は生活保護の支給水準を引き下げを検討しているという。

 この前のお笑い芸人の母親が生活保護をもらっていたとかで、給付を受ける人への風当たりが強くなっています。最低賃金が低いから生活保護も下げるなどというのは言語どうだんです。生活保護もらいにくくし、またもらえないなどで、餓死者が次々出ているなどということはおよそ文明国とは言えません。

 以前のブログで、新しいタイの政権は最低賃金を大幅に上げることにより、景気を浮揚するということを決めました。やることなすこと庶民の懐からなけなしの金を奪い取るみたいなことをやり続け、大金持ちには優遇策をやめない。そのことにより貧富の差はますます増大し、日本の相対貧困率は悪くなっているということもブログに書きました。アメリカでも富裕者に対して課税しようとしています。消費税もアップすると輸出企業はそれで多くの利益を享受することができます。

 ところがこういうことを多くの庶民は知らされていません。大マスコミはそんなことを絶対書かないのです。でももうこれだけ炒め続けられたら、もう目を覚ましてもいいころではないでしょうか。最低賃金を大幅に上げる。雇用の大部分をになう、中小企業はとても大幅に賃金をあげる原資がありません、ですから、大幅賃上げなどできないといいます。個別に企業が元請けの会社に手数料をあげてほしいなど言えません。私は下請けの会社の社長をずっとやってきて、よーく分かっています。一部の有力な店を優遇し、同業組合の幹部にさせて、手数料をあげてくれなどといいそうな店はつぶしにかかります。すべて、大企業ががっちりすべての支配権、権力を握っています。ですから、個別に行ってもダメで、やはり政府を変えて、フランスやタイのように上の政治のほうから変えないと無理なのです

世帯所得、23年ぶり低さ

 以下は日経新聞の7月6日付の記事です。厚生労働省は5日、2010年の1世帯当たりの平均所得が538万円と前年比11万6千円(2,1%)減少したと発表した。1987年(省w62年)以来23年ぶりの低水準で、これまで最も多かった94年と比べても約126万円減った。

 2008年のリーマンショック後の雇用環境の悪化や非正規雇用の増加が影響している。生活が苦しいと感じている世帯の比率は、61、5%で、86年の調査開始以来、過去最高になった。

 特に18歳未満の未婚の子をもつ、子育て世帯の減少額が大きく、所得は39万2000円(5,6%)減少した。生活が苦しいと感じている子育て世代は69,4%に上った。65歳以上の高齢者世帯は307万2千円と7千円の減少にとどまった。

 企業の価格競争が激しくなる中で、非正規雇用が増えたことが所得低下につながっている(日本総合研究所の山田調査部長)とみている。

 多国籍企業が、どんどん工場を海外に移し、国内産業が空洞化しているうえに、非正規社員を増やせる制度に変えたために、どんどん所得が減少するということになっている。非正規社員の待遇を変えるか(最低賃金をあげる)、非正規社員の範囲を限定させ、正規社員を増加させることが必要である。

 このような状況であるのに、さらに消費税増税と保険料などのアップでさらに家計が苦しくなろうとしているのです。

週刊誌(週刊現代)では日本の大富豪1000人のりストされています。

 7月21,28日号に日本の大金持ち1000人の前編(東日本)が出ています。日産自動車社長のカルロス・ゴーン氏の役員報酬は年間9億8700万だそうです。

大金持ちの多くは会社の創立者で、株式の配当が膨大になっています。1位のソフトバンクの孫社長の年収は93億9600万円。総資産も6800億円だそうです。ソフトバンクの1株当たりの配当は5円だったものを40円にしたため、同社の株式の約2割超を保有する孫氏の配当収入が一気に92億円に跳ね上がり、保有資産もとてつもない金額になったと書いています。このように収入は株の配当がほとんどです。持ち株比率が5%以上の人は証券優遇税制が変わり、10%が今度以前の20%に戻ったかもしれませんが、他の多くの人が10%のままになります。現在の日本の所得税は195万円で税率5%以後だんだん上がり1800万以上では40%になります。40%は全部にかかるわけではなく、下から少しづつかけていって1800万を超えたら40%になるということです。配当所得は一律10%ですと2010年に法人企業が配当した課税対象配当額は9兆2352億円だそうです。ところが所得税収額は1兆5592億円だそうです。(国税庁統計年報2010年版)もし優遇税制を適用しないで普通の40%にした場合、2兆1348億円の増収になります。このほかにも様々な大企業や大金持ち優遇策を改めれば、消費税を上げる必要がありません。大金持ちには安い税金で、貧乏人からはきっちり取る消費税、これでは貧富の差がますます開くばかりです。

フランスでは今度所得税率最高税率75%にするそうですが、日本でも昔は75%でした。75%という税率は、まさに社会主義の税率と言っていいでしょう。

企業のカネ余り、社内留保が積み上がる

 同じ7月10日の日経新聞には、「法人向けの融資は262兆円とピーク時の95年当時の7割未満にとどまっている。企業の資金需要は乏しいため銀行の手元に預金が積み上がる「カネ余り」になり貸出金利がさらに下がる構図だ」。貸出金利が1%以下になっているというのです。それには、不景気だとさんざん言いながら、海外からの収入などが増加し、リストラで利益を確保し、空前の社内留保を社内に抱え込み、様々な政府の優遇策で大企業は無借金経営が多くなってきているからです。借りる必要などないのです。大手銀行なども利益が出ても10年間リーマンショックでの損失があるからと税金を払ってきませんでした。(ようやくはらい始めるようですが)

 原子力村とまったく同じように、大企業(特に多国籍企業)、財界、財務省を中心とする官庁、自公民などの御用政治家、そして、学界、大マスコミその背後にはアメリカが存在しています。そのしくみが原子力村などでいろいろなところで現れてきました。でも多くの人が知りません。「しょうがない」と思っているのです。

 よくよく、しょうがないとあきらめないで世の中の本当の姿を知っていただきたいと思います。今度の総選挙がチャンスですね。この前の民主党のようになんとかだまされないようにしたいものです。

* 記事通算 430件

 (逆転したところでは、東京、神奈川、千葉、埼玉、そして大阪、京都、兵庫などの大都市がはいっています。)

 

新大久保百人町文化通りの今 ハラルフッドの店他 2016年追加版

 このブログは、2016年8月の文化通りの状況を写真を交えて追加したものです。2010年の追加版から見るとだいぶ大きな変化があります。 

 このブログは2010年5月6日に書いて、6月29日に追加版を書いたものです。2012年7月10日にNHKの「ドキュメント72時間」という番組で、この通りにある「新宿八百屋」さんを三日間定点観測したものを紹介しています。その番組の内容をブログで紹介しましたが、ついでに二年前に書いたブログも読んでいただきたいと、更新をしました。両方見ていただくとよくわかると思います。下に書いたお店は二年後少し変わっています

百人町文化通り(グローブ座通りとも)にみるお店の変化

 2008年の10月に佐竹は、大久保百人町のエスニック料理店を中心に店を調査して、大きな地図を作りました。またここのブログにも昨年の7月から9月にかけて、5回分野別に紹介しました。今年の3月には、人間学研究所も移りそのあとに、韓国スターグッズ店と韓国居酒屋がオープンしたこともブログに書きました。少し前にタモリのブラタモリという番組で、新大久保の街の紹介がありました。その時にすぐブログを書けばよかったのですが、時期を逃しました。新大久保駅の駅前にマツモトキヨシとパチンコ店があり、その横の道、百人町文化通りからスタートして、いろいろ紹介がありました。その中で、イスラム教徒が礼拝する場所があるということで探してみました。実は場所がよくわからなかったのですが。そのあたりの現状を紹介してみます。

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大久保通りの新大久保駅からすぐ入ったところが、文化通りです。右側がエスパスというパチンコ店。左側がマツモトキヨシです。左側に王将。その次にここで紹介する。ハラルフッドのお店が多くある一角があります。

パチンコ店となりの新大久保イニシャルハウスと、となりのアネックスも含めてこの中に礼拝所(イスラム教の小さなモスク)があると思います。追記、イニシャルハウスの中の4階にあります。

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左に、グリーン・ナスコで右側が新宿八百屋。新宿八百屋は別のブログで紹介しています。この奥に大間々という魚屋さんができています。グリーンナスコにはナスコ・ケバブの店頭売りをやっています。

 2010年6月29日追加版

 日経新聞6月26日の東京「オオクボ」に住んでみる、総集編という記事で、恐らくこのビルの4階にイスラム教のモスク(礼拝所)があり、金曜日の昼には首都圏各地から200人もの人たちが集まるそうです。このモスクの管理人はインド人ですが、インドには13%のイスラム教徒がいて、人口から言うとインドは世界で三番目にイスラム教徒が多いそうです。礼拝のあと、ハラルフードのお店で買い物をして帰るそうです。

 この一角は今ではイスラム横丁と呼ばれています。

新大久保イニシャルハウス  百人町2-10-9

1階 「アリババ新大久保店」 2階も使っています。 ハラルフッドの店 

  03-3363-1145 今はお店がありません。大久保2丁目に移ったようです。

 他に、一階に「餃子の王将」とおくに、「おうさか苑」 お好み焼店があります           このお店は古い店で、お好み焼きでは有名だそうです。

 2階 「モモ」 ネパール居酒屋 2009年12月開店 宴会用別室があります

 11時半から23時まで営業 ネパール料理店はすでに職安通りに一店あります。(その後多数)ネパール人は新宿に最近急に増えてきています。インド人より多いのです。料理の内容は、ネパール独自のものもありますが、基本はインドのカレー料理と同じです。このお店にはまだ食べてみていないので、いってみたいと思います。

ネパール料理店とベトナム料理店が新大久保にたくさんできました。新宿区に登録されているネパール人とベトナム人の数が1年でともに3割も増えています。

 2016年にはモモの店がもう1店できました。

 「ジャハ―ル・ファミリーストア」 ハラルフォッドの店 5377-6644

 3階 「メラ・プティ・カフェ」 インドネシア料理 2009年12月 開店 11時から23時営業

インドネシア料理は、新大久保周辺では今までありませんでした。歌舞伎町にあった、インドネシアラヤもなくなり、さびしいなと思っていたので。これから楽しみです。

     6279-2399

新大久保イニシャルハウスアネックス

 1階 「ホルモン食堂」 韓国ホルモン料理 17時から営業 3369-2911

  現在営業していません

 「グリーン・ナスコ」 ハラルフォッド 新しい店です 5322-5795

NASCO FOOD COURT

 ハラルフッドのレストランです。まだ入ったことがありません。インド、アラビア、トルコ料理と書いてあります。

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Barahi Food Spice Centre 

 2階のネパール料理店、モモと同じ経営者がやっています。新大久保駅から最も近い店。

 「ルン・ルアン」 タイ料理 左に曲がったところにあります。前からあるお店です

  3366-9644  閉店しました。

2階 「ローズ・ファミリー」 ハラルフッドのお店 5338-439

 「ジャネット」 ハラルフッドのお店 ビルの3階に店がありましたが、今度一階の通りにも店を出しました。       3366-6680

 「フジストア」 ハラルフォッドのお店 ビルの二階にありミャンマー料理食材などもおいています      3366-8480

「ハヌガ」とおりから右に少し入ったお店があります。 5386-0589

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新宿八百屋とハラルフッドのお店です。この前に、ベトナム・フォーというベトナム料理の店ができました。

○ 通りの右側を中心にいろいろな料理店があります。すでに紹介しましたが

  「越路」  地下一階、豆腐料理が中心ですが、料理もおいしく、値段も良心的です。人間学研究所の、新教育人間学部会では、毎月必ず懇親会で行っております。ぜひ行ってみることをお勧めします。 営業は17時から 3367-2486

 このころにはもうあったお思いますが、2012年7月10日に紹介された新宿八百屋は越路のお店の斜め前です。

  「仙力」 通りの左側の店です。魚河岸の店直営で。魚が大変おいしい、いわゆる気楽な居酒屋です。ふぐが安くておいしいです。私もよく行きます。 混んでいるので予約したほうが無難です 大久保通りの反対側皆中神社のそばに、奥さんがやっている、仙力支店もあります。本店 03-3367-2745

◎ 道路の右側に、エスニック料理以外のお店でいろいろな店が一軒おきぐらいに並びます。大久保通りには、日本の飲食店が全滅状態になっていますのでこれだけそろっているのは貴重です。順に、

 デリ坊 チェ―ン店のレストラン キッチン・フジ 昔懐かしい洋食屋さん

 源太 茶の湯用のおかし専門店  とんかつ勝城 とんかつや 栄寿司 寿司店

 中華一六八 中華料理 長生トラジ 朝鮮ニンジンなど 長寿庵 そば店

(上記のうち半分はお店が変わってしまいました)

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最近は、このような高層マンションがたくさん作られています。大久保通りより高いビルができています。

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前に書いた仙力です。刺身やカニなどが値段が安くおいしく食べられます。

☆ 2008年10月にはあった、ラージャというインドパキスタン料理店、ファンソという韓国料理店は他の店に変わりました。この道の出口近く、(グローブ座)近くにあった「人間社」と言って100歳近い河野百全という人の建物があり、よく人間学研究所に間違って電話がきましたが今は大きなマンションになりました。

 角のお店は前は割烹のお店でした。ここも今はマンションです。

この通りには他に、社会保険中央病院が近いために薬局、いろいろなマッサージ店、韓国や中国の美容室、小さな専門学校、古本屋(閉店)、100円ショップ店などいろいろなお店があります。人通りが多く、車で行くには大変なところです。

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東京グローブ座の一部です。この施設があるので文化通りという名前がついています。

ハラルフッドのお店とは

 ハラル(ハラ―ル)フッドとは、コーラン(クルアーン)のイスラム法で定められた方法で処理をした肉しかイスラム教徒は食べてはいけないことになっています。イスラム教徒は、豚肉を食べてはいけません。その糞などを肥料に下草を食べた牛などもいけないことになります。動物は決まった作法で殺されたものでなければなりません。殺す人は必ずムスリム(イスラム教徒)でなければならず、鋭利な刃物で動物の喉をかききる方法でのみ、許されています。事故や病気で死んだものは決して食べてはいけません。またとさつするときは、アッラーの名において「アッラーは偉大なり」と唱えながらでなければなりません。また血は完全に抜く必要があります。このような規則にのっとった肉は、ハラ―ルマークが付けて売ることが許されます。また加工や調理法にもきちんとした決まりがあります。

 ハラルフッドのお店には、香辛料がいろいろとあって、お店に入るとカレーに似た香りが充満しています。試しに行ってごらんになってください。人間学研究所の例会のあとの懇親会でも行ってみたいと思います。

 

NHKドキュメント72時間 国境なき八百屋さん 新大久保

2012年、7月10日NHK総合テレビの「ドキュメント72時間」という番組で、「国境なき八百屋さん」という番組が、夜10時55分から30分間放送されました。早速、記録をとりながら、見てみました。この番組は、まる三日間、72時間カメラを止めずに、定点観測をするという番組です。

お店の周辺の写真

 翌日、昼一時ころ買い物がてらに、店の周辺の写真を撮りに行ってきました。自宅から5分位の距離で、新大久保駅からは1分という「新宿八百屋」というお店です。新大久保駅周辺は韓国料理やグッズ店などばかりに、なって食料品関係の店がほとんどなくなる中で、4,5年前ぐらいでしょうか、できたお店です。それほど大きな店ではありませんが、かなり安く野菜などを売っていることと、いろいろな外国人が好む珍しい野菜も売っているのが特徴です。完熟バナナや、空しん菜、牛乳などいろいろ買って帰りました。

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角のところに両面に商品がおいてあります。漢字、ハングル、英語が書いてあります。

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これは店内、昼1時ころでお客は少なかったのです。夕方から大変混みます。通路はすれ違えないほど狭いのです。

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 ここは、新大久保駅から行くと一見手前の角のお店です。ハラ―ル・フッド(イスラム教の教義に基づいて調理されて肉などを売っているお店)と、シシカバブを店頭で売っているお店です。(このビルは新大久保イニシャルハウスアネックスです)

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このレンガ色のビルは新大久保イニシャルハウスといいます。ビルの隣がシシカバブを売っている店で、右奥かすかに見えるのが新宿八百屋です。このビルの中の4階にイスラム教のモスクがあり、定期的に教徒の人が訪れ、ついでに買い物をしていきます。ハラ―ル・フッド店はまわりに5店ほどあります。

 72時間で21カ国の人がお店に来た

 この番組では6月7日からスタートして6月10日までの間をとっていましたこのお店は24時間営業です。ですから72時間の定点観測が可能です、番組ではドリアンを大量に仕入れて2500円でしたが、仕入れが多すぎて、1000円値下げしていました。経営は日本人で、お店の人も全部日本人です。番組ではいろいろな人を紹介していました。

 目立つのは子ども連れがかなり多いということです。韓国とエジプトのお母さんがベビーカーで、子どもを連れて買い物に来て店員さんに、子どもを見てもらっているというのがありました。人情のある八百屋さんということも外国人から贔屓にされている原因です。朝一人で6歳の女の子が買い物に来ます。お母さんは忙しくて買い物に来られないのです。そのお姉さんは13歳、午後は妹と買い物に来て、みんなの焼きそばを作ります。とてもェ愛なーと思います。お母さんは韓国の研究者で、ご主人はスリランカの人で、いまウズベキスタン(グルジアと最初に書いてしまいました)に行っています。旦那さんはこちらに来ないかといわれていますが、子どもたちは日本がいいということで今考えているそうです。

 いろいろな国の子どもたちが、住んでいるということはすでに私のブログでも書きました。大久保地域の大久保小学校では6割以上が、外国人の子供で7ヶ国語の父母へのお知らせを作らなければいけないとのことです。新大久保駅周辺の大久保1,2丁目と百人町1,2丁目には正式に外国人登録をしている人より多くの観光ビザで来て働いている人が多く、日本人は3割くらいしか住んでいないという状況です。

 6月8日の金曜日にはイスラム教のモスク(といってもビルの一室ですが)たくさんの人がきます。大久保通りや職安通りには、ビルの一室の、教会やお寺がとてもたくさんあります。

朝5時ころ、店の回りで酒盛りしているお年寄りが何人もいます。その中に、店を課しているビルのオーナーもいました。イスラム教の服を着た、ハラ―ルフッドの経営者が、この人(ビルのオーナー)はいい人だよと言っています。またそのビルのオーナーは、イスラム教の人は酒も飲まないしまじめで下手な日本人よりずっといいよとほめていました。身近に暮らしていけばみんないい人だとわかり、争いごとも起きないのですが。この店に来た人は21カ国だそうですが、みんなお互いに日本語で話しているのです。

 車いすで来た80歳の日本人の男性がいました。交通事故に4回もあったといい、結局車いすの生活になった言います。おそらく百人町4丁目の、老人が圧倒的に多いので有名な戸山アパートあたりから来たのかなと思います。新大久保周辺に住んでいる日本人は圧倒的に高齢者が多いのです。それで、学校に通う子供も少ないということになります。地域のお祭りをやるときに、子ども神輿を出すのに子どもがいなくて大変なのです。

 夜12時過ぎると、ホストの人とか、ストリッパーの人とかが買い物に来ます。私の住んでいるビルのすぐ裏にホストの寮になっているアパートがあり、国勢調査の時は調査が大変でした。このあたりは歌舞伎町のとなりのため(裏歌舞伎町とも言います)、水商売関係の人がたくさん住んでいます。

 以前この通りに関しては、文化通りということで紹介しました。ブラタモリという番組で紹介されたのです。大久保は、新大久保から右は韓国の店が圧倒的に多いのですが、左側はまだまだいろいろな国籍の人や店があります。あまり韓国に偏らず、多国籍の人たちが仲良く暮らす街でい続けてもらいたいと思います。

 ともかく、この町はどこにもない、極めて珍しい街で、興味はつきないところです。

2014年7月12日(土)追記

 7月11日の10時55分から、「ドキュメント72時間特選!国境のない八百屋さん~」がNHK再放送されました。7月12日の朝パソコンを開いて急なアクセスの増加がありきづきました。

 昨日のアクセス数は455件、今朝も60件以上です。人気があり再放送されたのだと思います。

2016年5月22日(日)追記

 このところ、中国と韓国、朝鮮の人たちは微減、ベトナム、ネパールの人たちは急増しています。ベトナム、ネパール料理店も増えています。大久保の街が多国籍して、みんなが仲良くなっていけば素晴らしいと思います。

2016年9月5日(月)追記

 今日、テレビ朝日の番組、「スクランブル」で紹介され、アクセスが急増しました。ビデオを撮りました。

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 24時間営業で、写真にある通り1日6000人だそうです、24時間営業です。昼間はいろいろな国の人がお客さん出来て。夜中は閉店後の飲食店が仕入れに来るそうです。

お店はそれほど大きくないのですが。

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2012年7月 8日 (日)

大久保通り”の韓流の店出尽くした感”。K-PLAZA1の大画面テレビ始める。

大久保通りは出尽くし、今は職安通りに移り始める 新宿区新聞

2012年6月25日付の新宿区新聞の二面に、「大久保通り”出尽くした感”再び職安通りに脚光!という記事がのりました。

 K-popブームにより、新大久保は8年前の「冬ソナ」ブームを凌ぐ“韓流”ブームに沸き立つ。昨年まではメインストリートの大久保通りと大久保通りと職安通りを結ぶイケメン通りでの出店が目立ったが、今年に入りその動きが職安通りへと波及した。長らく閉鎖されていたKマート跡地ビルは、大久保駅前に店舗をもつ韓流百貨店がビルごと一棟借りし、ショッピングモールをオープンする。また、「大使館」は隣地の駐車場用地に韓流ショップを9月にオープンする。

 以上は新宿区新聞の記事の冒頭にのっているものをそのままのせました。

 2006年12月にオープンした3階建ての韓国スーパー「Kマート」は述べ床面積約1000坪の国内最大級の韓流スーパーとしてオープンしました。しかし4カ月で閉店しました。私もいってみましたが、特に目新しいものはなく、斜め向かいの「韓国広場」のほうが値段も安く品ぞろえもよいくらいでしたので、これは厳しいなと思いましたが、やはりすぐ閉店しました。職安通りでもかなり端のほうで駅から離れているうえに、人通りも現在ほど多くなかったのです。その後所有者が転々と変わりましたが、店はしまったままでした。

 それが「韓流百貨店」が借り、韓流のショッピングモールを開店するということです。「韓流百貨店」は新大久保駅のすぐそばということもあり、お客さんが多く、かなりもうかっているのだろうと思います。6月30日にプレオープンとして1,2階をオープンということはもう開いているということです。名称は「Design89]で、一階が食品中心、二階が化粧品、9月オープンの3階が食堂だそうです。

 それにしても、今年の初めに大久保通りに面した店が雪崩をうったように韓流化し、それが、どんどん明治通りがわに、移っていきました。コロラドという古くからやっているコーヒー店も韓流ショップ店に代わりました。確かに、日本人の経営していて残っている店は、人出をうまく利用して売り上げを伸ばしている店だけになってきましたので、もう新しい店は、明治通りに近いところ以外はほとんどないという状況でしょう。

しかし、現在建設中の10数階建ての元北京亭のビルも、おそらく韓流関係の店になるのでしょうから、いくら人手が多くても、すでに2~3割売り上げが下がっている店が多いそうで、経営は厳しくなると思います。店どおしの競争が激しくなっています。前に書いたカタツムリや毒蛇パックやクリームも、ずいぶん値下がりしてきています。そしてすでに述べたように、いわゆるイケメン通りに面した韓国料理店はほとんどが入れ替わり、10年前からの店は3店しか残っていません。

 大久保通りの1階店舗は二年前の坪2万から坪3万から4万となり、おまけにやめる店が急速に減っているので、新しい店は、まだ空いている職安通りへとなっているようです。

 協栄ボクシングジムも大久保の自社ビルの一階を韓流ショップ店にしていましたが、今年ビル全体を韓国人に売却し、ジムと韓流ショップ店は分散して他のビルを借りたそうです。

 さていただいたコメントに、一部に嫌韓、反韓の人が増えていて、今後陰りが出るのではないか、というものがありました。今は相変わらず、特に土日にもなると、人が通れないくらいの込み方が続いています。しかし、地元の人々の反感をかう様な行為や、スターグッズや化粧品でも、違法あるいは違法すれすれのものを売り続けたりすると、次第に人々の反感がさらに高まるようになってしまいます。

 横浜の中華街のように、ただ中華料理を食べ、土産物を買うだけでなく、関帝廟や媽祖廟を造ったり、いろいろな層の人たちが楽しめるいろいろな公園や施設などがあります。新大久保には、熱狂的な女性層が多いのですが、現状のままでは、お客より店のほうが多くなり、すたれて行きかねません。地元商店街との協力をして、新しいイベントなどを考えるなり、魅力的な施設を呼び込むなりが必要でしょう。

大画面テレビ放送始めるか

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この写真は今このブログを書いている、佐竹ビル3階の人間学研究所のベランダから写したものです。これが大音響で放送(広告)をはじめられたら大変です。

 うちのビルの前に、K-PLAZA 1の建物があります。それは前はパチンコ店でした。いまは何店か韓国料理店がはいっています。そのビルの側面に大きな宣伝用のテレビ画面ができています。新宿駅の周辺などにある極めて大きな画面のテレビです。ところが、新宿区に申請したところ、道路がわに7センチほど出ているということで、新宿区では申請を却下しました。それには、うちの隣のビルで商店会会長をしている諏訪さんなどの尽力がありました。ところが、工事をして画面をひっこめたということにして、新宿区の許可を得たと諏訪さんから聞きました。そのビルの前に住んでいる、私と諏訪さんは一度も工事をしたことなど見たこともないので、ウソをついて申請をしたことになります。

 今も、K-PLAZAのビルの側面に小さいテレビがたくさん並んでいるところで、一日中テレビをながしていてうるさいのですが、今度のような大画面で流されたらたまったものではありません。新宿駅周辺では人の住んでいないところで、もっと高いところに設置しています。こちらはすぐ目の前で、住民も住んでいるのです。かなりのお金をかけて作った施設ですからそのままでは損になるので、何とか使い始めたいでしょうが。今はまだ始まっていませんが、新宿区の許可が下りたからなどと、反対をおして人に迷惑をかける大画面のテレビなどでの放送を始めたら、一斉に地元商店街の反感をかい、韓国の他の人たちにも不利になるのではないかと思います。

追記:昨年12月にオープンしたK-PLAZAの中の店も早くも、お客の入りが悪いために、閉店する店があるなどという、噂を聞きました。「とんちゃん」みたいに依然として行列の店もありますが、これだけ店が多くなると特別なところがない店はみんな経営が苦しくなってしまうのではないでしょうか。

 職安通りに何台もバスで観光客がきますが、あまり買わずに試供品だけ食べて行く人が多いのだそうです。

2012年7月8日(日)追記

 1)大画面のテレビ取り外されていました。

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7月8日(日) 朝7時ころ、大久保通りに消防自動車のサイレンの音があり、5階自宅の窓の外を眺めました。K-PLAZA1でぼやがあったようで、少し焦げくさいにおいがしましたが、すぐに止まりました。昨日工事をしたようですが、大画面のテレビが取り外されていました。どうするのでしょうか。テレビは屋上に。

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大した火事ではなかったのですが、消防自動車がなんと10台、パトカーが覆面いれて5台、救急車も1台でした。道路にずらっと並びました。

2)7月19日に私が話す予定の「日本=百済」説についての資料をまとめています。もう少し、しましたら、このブログにも書きましたが。桓武天皇以前というのは、日本(倭)と韓国、朝鮮とは本当に縁が深かったのがわかります。百済だけでなく新羅でも4代目の王は日本から渡った人物です。倭は昔朝鮮半島の人々の出先みたいになっていて、国を超えての行き来が多かったことがわかりました。

7月13日 テレビ大画面での宣伝始めました。音は出ていません。

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7月15日 画面から音が出るようになりました。周りの音がすでにうるさいので、あまり大きな音にしていないせいか、特に気になるほどではありません。

その後、音が大きくなり、夜遅くは消すという約束を田がえることがしばしばあり、道路側に寝ている、家内が、このテレビを管理しているところに強硬に抗議して、少し改善されてきました。いずれにしても、強い光で、窓のところがちかちかしていますから、大きな迷惑です。

2012年7月 2日 (月)

原発と核兵器の問題 岩城正夫氏の先見性「核武装のための原発論」 追記版

原子力発電所が無いと停電になるだの、電気代が上がるとかいろいろ理由をつけて、原子量発電所を維持しようとする勢力の巻き返しが強くなっています。原子力発電所を完全にやめられないのは、電気の確保だけではなく、発電にともなって発生するプルトニウムを大量にもっていることにより、日本でもすぐ核兵器ができるのだ、ということを誇示する必要があると考えている人達がいるのです。

 また、アメリカでも、核爆弾や原子力潜水艦などのために濃縮ウランが必要であり、そのため濃縮ウラン工場を稼働し続けなけらず、その結果、過剰になった濃縮ウランを日本などに売り込む事を強引に押し進めてきたと言われます。

 この2番目の文章は和光大学名誉教授の岩城正夫氏が、1982年1月10日発行の和光大学教員(核・安保を考える会)有志の編集による『核・安保を考える』創刊号に、書かれた『日常的共同犯罪つみかさねの危険性』という文章を、2011年3月11から継続している東京電力福島第一原子力発電所の大事故を考えながら、2011年5月25日にディジタルデータにうち直して掲載された文章の中のものです。ここでその要旨を御紹介します。

 詳しくは「原子力発電・エッセイ」

「日常的共同犯罪つみかさねの危険性について」下記をご覧ください。

http://www.sepia.dti.ne.jp/kodaihakkahou/ESSAY/011essay.html

U君の孤独な戦い

U君は私(岩城氏)の古い友人でM原子力という会社に勤めていた。U君は社内でおきる放射能事故の危険性にたいして、上司に意見具申し、組合で取り上げるように言った。しかし彼はそのことで社内で孤立するようになった。そして技術者ではなく図書の整理という仕事に追いやられた。スリーマイル事故の時も資料を皆に見せようとしたが会社は圧力をかけ組合は問題として取り上げなかった。

同じことが国家的・国際的規模で行われる危険

 U君を会社側と一緒になって孤立させた組合はけしからんが、しかし私たち気付かぬうちに同じような過ちを犯していないか。日本の原子力発電は1500万KWでアメリカに次いで第2位である(1982当時)。私たちの身の回りでは様々な方面で大量の電気を使っている。原子力の発電は我々の生活のすみずみまで入り込み、それと同時に大量の放射性廃棄物を抱え込んでいる。我々は気づかぬうちに公害をまき散らす大企業の会社員と同じ立場に置かれているのではないか。また日常的な国際的共同犯罪に手を貸しつつあるのではないか。

ストップできないのか

 放射能をともなう原子エネルギーの利用は、科学反応のみのガスに比べ格段に難しい。原子力利用はまだほんの試験段階に過ぎない。あと20から30年は試験が必要だ。しかし原子力はすでに実用に供されている。その上に我々の日常生活はのっている。日本での原子力発電は総発電量の十数%に達し、今原子力をやめるとその分生活水準を下げなければならない。急にストップしにくいから、自然エネルギーの比率を上げてしだいに原子力を減らし、試験炉だけに戻さなければならないかもしれない。

 ところが現実の政治ではそのようにならず、原子力発電を増加させようとしている。ある有力な説によると、もともとは原爆用の濃縮ウランが過剰生産になり、しかもウラン濃縮工場はいざという時に備えて稼働させつづけねばならず、濃縮ウランの過剰はますます度を加えてしまって、それを処理するために、安全上かなり問題があることを知りつつ、原子力発電を強引に推進したのだという。

 濃縮ウランは燃料として軍艦にも用いられる。潜水艦、空母をはじめ、戦艦にも巡洋艦にも使われているらしい。その場合放射能は海中にたれ流しだともいわれる。戦争用の道具とはそんなものかもしれない。濃縮ウランはそれでもなお過剰らしい。その結果この15年で日本に原発は35基も作られた。我々の暮らしは原子力発電の糸に絡められてしまっている。

 人類の幸福のための原子力発電技術の研究をおろそかにし、場当たり的な技術、軍事的・経済的効率優先の技術によって始められたとすると、それは根のところで、核戦争の準備と結び付いていることを意味して、まことに薄気味悪い。じっくり考えてみる必要がある。(1982.10.20記)

 岩城氏の文章はこのような内容です。今から30年も前に書かれている文章で、原子力発電の危険性を見事に言い当てておられる先見性には驚きです。そして、原子力発電が、アメリカの核戦略の一環として、日本に押しつけられたということです。今日本ではあまりそういう側面が強調されていません。

「日本でも核武装のための原発推進論」がでてきているのです。

 もう一つの原発と軍事面とのつながりの側面について書いてみます。それを知るために大変よくまとまった資料があります。

「読売新聞が社説で堂々と『核武装のための原発推進』論を展開」という文章です。

http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/784deb31747bec3695739b47c79e4a06

ここでいろいろと原子力発電の問題点をわかりやすく解説しています。そして読売新聞の社説に、「日本は核兵器の材料となりうるプルトニウムの利用が認められている。こうした現状が、外交的には潜在的な核抑止力として機能していることも事実だ」と書いているのです。

 石破自民党政調会長の言った「日本は(核)を作ろうと思えばいつでも作れる。1年以内に作れると、それは一つの抑止力ではあるのでしょう。それを本当に(原発)放棄していいのですかということは、それこそもっとつきつめた議論が必要だと思うし、私は放棄すべきだとは思わない。」と同じ理屈です。

「ウイキペディア」で、日本の核武装論者というのを検索すると。

政治家では麻生太郎、安倍晋三、石原慎太郎、橋下徹、野田佳彦、小池百合子、下村博文、高市早苗、池坊保子など様々な名前が挙がっています。試しにご覧になってください。

 原子力発電をなんとしてでも維持しようというのは単に発電量の維持のためだけではないということが良くわかると思います。それでこそ逆に、原発をすべてやめさせる必要があるのではないでしょうか。でもすでに日本にはもうすでにどうしようもないほどのお荷物になってしまった、大量のプルトニウムが積み上がっているのですが。

2012年7月2日追記 

  山田孝男氏 「風知草」に「あまりに事務的な」毎日7月2日

 「原子力基本法」2条に第2項を設け、「安全保障に資することを目的として」という文言を加筆して、法案が成立しました。この加筆部分は自民党の原案のままです。山田孝男氏は、「あまりに事務的に処理され、別に問題ないとされている」、と言うのは極めて問題であると言っています。衆院法制局も別に問題ないと言っているといいます。「原子力基本法」は広島・長崎への原爆投下から10年、日本漁船「第五福竜丸」が米国の水爆受験に巻き込まれたよく年の1955年にできた。「民主、自主、公開」の原子力3原則のもとに原子力基本法の2条ができたという経緯がある。

そして山田氏は「基本法の理念規定の改正をめぐる事務的な、あまりに事務的な調子の先に何があるのか不安だ」と文章をしめています。

 自民党を中心とする、保守勢力が、日本の核武装を願っていることは前に示しましたが、自公両党の賛成で消費税増税法案を通してもらった見返りでしょうか、あるいはもうすでに民主党自身がほとんど自民党の保守勢力と同じに変わったともいえるのでしょう。

 このことは新聞記者も知らず、東京新聞が6月21日朝刊に「こっそり変更/軍事利用への懸念も」と報じたのに、対し、民主党も自民党も別に問題ないとしています。毎日新聞や東京新聞の読者以外の方はこのようなことを知らないのかもしれません。

 アメリカから極めて危険なオスプレイを押し付けられて、地元民が一斉に反発しても、「日本には拒否することができない」などといって、防衛大臣が地元に説明にいっています。その他いろいろな事柄を含めて今の政府がいかに、アメリカや、官僚や、財界などの立場に立ち、一般庶民の意志と異なるかが極めてよくわかる事柄です。

 

 

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