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2012年10月

2012年10月31日 (水)

NHKニュース「消費税還付悪用問題で追徴課税」輸出戻し税の悪用

 2012年10月30日、12時25分のNHKニュース

 このニュースをご覧になりましたでしょうか。「輸出戻し税」という、商品を仕入れた際に、支払った(はずの)消費税に対し、国がその分を補てんしてあげるという税制です。これは、本来は仕入れ業者にはらって上げるべきものです。仕入れ業者は当然国に消費税を納入しましているからです。ところが、元請け企業が下請け業者にその優位性を生かして、消費税込で、納入させ、そのまま消費税分を返さないで、還付された消費税の戻し分は懐に入れてしまうケースが極めて多いのです。

2012年10月26日(16時55分)のNHKニュース

 ここでも、輸出戻し税などを含め大企業が、消費税の転嫁を拒否した場合、校正取引委員会が勧告することを決めたと報道しています。再来年4月にから上がる消費税に関して、中小企業が価格競争から増税分を納入価格に反映できないとか転嫁を拒否した取引先に対し公正取引委員会が勧告を行うことができるというのです。公正取引委員会は、勧告拒否した企業の名前を公告することができるということです。また内閣府に全国共通の相談窓口を来年10月から平成29年3月までつくる予定であるということです。

 今までも消費税負担分を大企業から負担させられ、やっとの経営であるのに。さらに消費税が上がり、負担が多くなれば、倒産企業が続出するであろうといわれています。このことは、要は政府自体も認めているということです。大企業は、下請けなどに生かさず殺さずのぎりぎりの手数料などで働かさせます。圧倒的に多い中小企業の社員は、年々賃金が下がるという有様で、これでは購買力が上がらず景気が良くなるわけがありません。中小企業の経営者は身を削ってやっと経営を続けている状態です。不景気だという理由で、自社の社員の給与も下げ、その結果、大企業は膨大な社内留保とその金を使って海外企業の買収を行っています。

10月30日のニュースの内容

 東京都内の複数の会社が仕入れ価格を水増しして輸出を繰り返し不正に多額の還付金を受けていた疑いで、東京国税局は、5億円の追徴課税をしたというのです。これには中国人のグループもかかわっていたと。

 板橋区にある貿易会社,「ハナヤカ」など都内10社は一つ100円ほどの使い物にならないような中古の一眼レフのレンズなどを香港の会社に輸出し、数万から数十万で売ったことにし、税関に申告しました。そうするとその高い金額に対し5%の消費税が還付されます。その商品はそのまままた100円ほどで、仕入れしなおします。そして再び輸出する。ただ商品は行ったり来たりするだけで、どんどん5%の還付金がはいってくるという仕組みです。それにより会社は国に四億円ほどの還付金を請求していたといわれます。NHKのテレビではシートがかけられた商品が映っていますが、同じ品物が何回も行ったり来たりしているのを税関の職員がおかしいと気づいて調べたそうです。この方法は中国人から持ち込まれたといいます。そして「ハナヤカ」など対して、五億円の重加算税が課税されたというのです。

 このような不正還付は発覚しただけで、3年間に3000件に及び、75億8300万円に及んだということです。この発覚は、皆さんご存知のように、ほんの氷山の一角でしょう。またこういう明らかな不正ではなくとも、大企業の輸出産業には今まで膨大な輸出戻し税が還付されているのです。

 また輸出脅し税に関して私のブログで2012年2月27日に書いた「輸出戻し税について、大企業に有利 経団連が消費税をあげたいわけ」を2012年10月31日づけで更新しましたので、よろしければご覧ください。

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2012/10/post-fe9b.html

2012年10月28日 (日)

25年前の新大久保商店街と現在(1)、韓流の店売り上げ減少も 新宿区新聞 

昭和62(1987)年の新大久保、百人町の街の様子(1)

この地図は昭和62年度の百人町東町会のうち、大久保通りの南側の部分をコピーしたものです。ここは百人町1丁目で、一番右はじの三和ビルのところから大久保となります。北半分は百人町2丁目となります。小さい字で見にくいですが、表通りには、このころ韓国系のお店は一軒もありません。この一角は新大久保駅を出てガードをくぐり右のほうへ行くところで、2012年10月現在、一番人通りの多いところです。

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上の地図はスキャンでとったものですが、よくわからないと思います。下の図は携帯のカメラで撮ったものです。少しでも大きくしようと横向きにしました。少し字が読めるようになったかもしれません。上のほうが新大久保駅です。

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 大久保通りに面するところは、日本人の経営する店が立ち並んでいます。奥の方へ行きますと、かなり目立つのは小さいホテルで、いわゆる新大久保のラブホテルとして有名なほどで数えると32軒ほどありました。今では、今は10軒ほどに減少しています。小さくて設備が古く、歌舞伎町の設備の良い新しいホテルにかなわなくなっているのです。

 あとこのころは簡易宿泊所がたくさんあります。いわゆる山谷などにあるドヤといわれるものです。一部屋に三段ベッドが二つあるような部屋です。これも今はほとんどなくなりました。

 このころ木造のアパートがたくさんありました。6畳ほどの畳の部屋と部屋には小さい台所があり、部屋にトイレがあるところと共同トイレのところがありました。お風呂はついていません。

 大久保通りに面したところの変化については、2011年6月3日に書いたこういち人間学のブログ「新大久保の街並み紹介1,2」があります。その時点ですでに大幅な韓国の街化が起きていますが。2012年10月時点ではさらに大きな変化があります。                 このブログは、見やすいように更新版をつくりました、対比してごらんください。

 昭和62年から現在まで残っているお店は、サカエカメラ、竹見商店、ナイトウシューズ、円満や、東京ガスライフバル店(来年代わるかも)だけです。29店中5店だけになっています。

韓流の店、売り上げ減少について 新宿区新聞

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これは2012年10月25日付の新宿新聞です。ここにはごらんのように、「韓流ブーム」は縮み・・・「中国特需」は消えた!とあります。

 記事には「還流百貨店の売上‘半減‘大久保のコリアンブームに陰り」、と書いてあります。このエリアは2010年後半からのK-popブームを受け、昨年は大久保通りを中心に新規店舗の店が相次いだ。

 それが竹島問題を契機に訪問客が少なくなった。8~9月にかけては「反韓」を掲げる街宣車やデモ隊が現れ、日本人客がトラブルを避けたためだ。それに加え、韓流ブームも一頃に比べ盛り上がりに欠けている。

 「昨年は競合店の出店が相次いでも、その分を吸収できる勢いがあった。今年に入り、客は音連れ手も買い物はしない傾向がある」「この周辺で2,3店の韓流テンポが退店に追い込まれている。(韓流百貨店)

 10月以降街宣車が減って日本人客が増えているが「売り上げは半分以下。従業員も半分に減らした」と韓流百貨店の店長は苦しい状況を明かす。

 以上が新宿区新聞の一部の内容です。韓流百貨店は新大久保からすぐの店で、店も大きく人もいつもたくさん入っている店です。ここでも売り上げが半分ということは、より遠い店はさらに苦戦していることになります。

 このお店の隣の昔からやっていた日本人経営の「中村屋」菓子店も今閉店しています。

新大久保の街並紹介 新大久保駅から右に 韓国料理ほか(1)更新版 

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 このブログは、2011年6月3日に書いたブログですが、2012年10月28日に書いたブログと対比するために更新したものです。

第二サタケビルの写真と、ご紹介した新大久保の街並みの写真です。つきあたりに新大久保駅のガードがかすかに見えます。

いままで、新大久保の街並みをいろいろと紹介してきましたが。今新大久保で一番韓国料理店などが急速に増えているのがこの通りです。新大久保駅を出て、すぐ大久保通りを右に、ガードをくぐってしばらくいきその後、右に曲がって、職安通りの韓国の店にいくと言うのが定番コースとなっていて、平日でも驚くほどの人通りで、通行ができない状態になっています。その通りに住んでいる私も、今日メモ用紙を持って歩いてみて、何店も店が変わっているのを見てびっくりしました。

 新大久保駅を出てすぐ右に西武鉄道の変電所があり、その建物の一階はクイックマッサージの西洋館です。小さい店で、ずっと前はとんかつやさんでした。その隣がフローラ花という花屋さんで、以前はDPEの店でした。そこに線路沿いに歌舞伎町に行く道があります。

 次の角に、お菓子とパンの店「さくらや」があります。(2012年10月、さくらやではなく「中村屋」でした。ここは2012年9月ごろから閉店しています)ここはずいぶん昔からそのまま営業を続けています。隣が韓流百貨店で、1,2階を使った大きな店で、駅に近いためにここには店の前に人だかりがして、通りにくいところです。昔はパチンコ屋でした。そのビルの地下にバーblueがあります。Kポップなどのライブもあります。となりは炭火焼肉恵比寿(3207-0350)でこれは比較的古い店です。このビルの2階には新大久保語学院があります。

2012年2月 新大久保語学院は、韓国スターグッズ店になりました。

 小さい通りがあり、角はNKビルです。一階は松村建物という不動産屋で、だいぶ前から営業しています。その前は近江屋という戦前からやっていたお蕎麦屋さんでした。その小さい道を右に曲がるとすぐ、春日ビルに韓国時代(5272-7188)という韓国料理店が今年できました。そこは以前は福寿飯店という台湾料理店で、人間学研究会の懇親会で使って、ボトルキープもしたのですが、今年急に変わってしまいました。NKビルの松村建物の隣は、一階に博多ラーメンの長浜や、2階に海鮮韓国料理テジョンデ(3207-8881)、三階は韓流茶房、地下は鳥豚です。隣はヤナギヤビルで文房具のヤナギヤさんです。戦後間もなくからずっと店をやっていますが、最近お客さんが減ったとこぼしていました。隣が天丼の「てんや」です。その隣のビルは古くからやっているサカエカメラとセブンイレブンです。この一角には以前、乾物屋さん、郵便局、不二家の菓子店、くつやさんなどがありました。

2012年2月 松村建物は韓国スターグッズ店に、鳥豚は韓国レストランに、ヤナギヤさんも2月で閉店して韓国グッズ店になります。

次は三本目の道の一角です。角は3階建ての建物で、南大門一階は南大門ノリ巻き2,3階は焼き肉店(6457-3479)です。前は峰薬局がありました。隣は不動産屋のJroomで、新大久保に3店あり、無料のお店紹介の地図を作り積極的に営業しています。ここも昨年変わったばかりで、もとは、昔からある朝日サウンドというレコード販売店でした。隣は竹見ビルです。昔は大掛かりに南京豆の焙煎をやっていました。今は小さい店に変わり、携帯電話のケイタイカトリ、牛丼松屋になりました。このビルの上には楽器修理店もあります。隣は内藤ビルです。以前は一階で、蒲藤というてづくりの揚げ物屋さんでした。ご主人がなくなり、その場所は中古のビデオ販売店になりました。その隣はナイトウシューズという靴店です。昔から地元で営業しています。

そして小道を右に曲がると、山本米店があります。その隣が第二サタケビルといい、私のところで立てたビルです。おしゃれなファッションビルで、小さいですが建設費がだいぶかかりました。地下一階が「宮」(3202-5333)で、若社長はじめイケ面男性のお給仕ということで有名になりテレビでも紹介されました。震災後夜はお客さんが減っているようなので心配です。おいしい感じの良いお店です。ぜひためしてみてください。1から3階は、韓国スターグッズ店の「ギルズハウス」です。ここもイケ面の社長さんが頑張っています。二階三階は韓国化粧品店です。かなり混んでいてお店を広げたいと話していました。前はこのビルは自社ビルとして、東京ガスエネスタ百人町の事務所でした。

 以上(その1)として、4本目の道までご紹介しました。

2012年10月26日 (金)

新大久保の街の変化 人通りの減少とやめる店が多くなるという状況

最近書いた私のブログ(2012年に書いたブログです)

10月9日に書いた私のブログで、新大久保の人通りの減少について、昨年の大久保まつりとの比較を書きました。昨年10月の大久保祭りには、地元の人だけでなく、色々なところから来た人も含め前年の1,5倍はあると書きましたが。今年は例年並みでした、ということです。

 9月5日のブログには「最近の新大久保の街の状況 人通りの減少」を書きました。

 大久保通りに面したビルの5階に住み、毎日店前の朝の掃除をし、韓国のお店にも貸している私にとっては大きな変化がわかります。

 7月8日に書いたブログ「大久保の韓流の店出尽くした感じ、K-PJAZAの大画面のテレビ放送始める」あたりまでが人通りのピークだったように感じます。

 下の写真は10月25日の大久保通りを通る右翼の街宣車です。最近はよく通ります。「韓国に来たいなら天皇陛下は謝れ」というイ、ミョンバク大統領の言葉はけしからんなどと言っていますが。後で大統領自身が、言い訳をしていますが、あの言葉は多くの日本人の反感を買いました。竹島問題と中国との尖閣諸島の問題などで、韓国、中国への反感と、日本人の愛国心?を掻き立てて、右派勢力は力をましています。自民党の安倍総裁誕生と、昨日(25日)の石原都知事の知事退任と新党設立宣言へと進む元になったことでしょう。

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1、大久保通りの店の前のゴミの減少。

 以前、K-PLAZA前の私が住んでいるビルの前の煙草の吸い殻の調査をして、このブログに書いたことがあります。最近の吸い殻を、きちんと比較していませんが。明らかに吸い殻を含めたゴミの量は減っています。もちろん、落ち葉などを除いた、通行人が捨てていくゴミです。6月26日のブログでは「新大久保の街の吸い殻調査」について書きました。興味のある方はご覧ください。最近の状況も後で追記します。

 10月27日(土)追記 今朝、店の前の吸い殻を調べてみました。金曜日は人出ももっとも多いので、24本ありました。6月に調べた時は、平均1日16本ほどですから、かなり多かったということは言えます。ただ、6月ではもっとも1日で多かったのは36本というのがありますのでそれには及びません。この2,3日を調べてみます。28日(日)朝、20本で、29日(月)は前日雨で18本、30日(火)は16本でした。吸い殻に関しては、それほど減ってはいません。吸い殻が多いのは、うちのビルの左二軒隣がコンビニで、右2件となりが、明洞ノリ巻きで、ともに24時間営業をしています。そのため他のところよりもより多くなっています。

2、店の閉店や、閉店のうわさが続出

 10月18日の人間学研究所、実用的人間学研究会の例会の懇親会で、3週間ほど前に、人間学研究所斜め前の、韓国カラオケである、「スターカラオケ」を予約してありました。以前にも利用したところです。当日例会が始まるころ人数を連絡しようと電話しましたがでてきません。近くなので例会の途中で、私は、お店まで見に行きました。するとドアに鍵がかかっており、電話をすると中の電話がなっているのは見えますが誰も出てきません。それで仕方なく、急きょ他の店に変更しました。

 なじみにしている、不動産屋さんのはなしですが、まだ開店して1年にもならないお店が閉店をきめているというのです。一つは新田屋さんという家具やさんの後を借りた、韓国の有名なイケメン俳優の店と銘打ったお店が閉店とか。月の家賃が500万とか聞いていたところで、そこだけで借りたかどうかは知りませんが、そんな高い家賃で、儲かるはずがありません。

 また、K-PLAZA2の昔の114銀行さんの駐車場だったところを韓国スターグッズ店にしているところも閉店するとの話しがあります。随分人がはいっているではないですかと言ったところ何しろ家賃が高く、採算が合わないのでは、と言っています。おそらく坪あたり5万円位なのでしょう。この店ができたために、私が貸しているビルの中のスターグッズ店が大幅に売り上げが減少したのですが。いずれにしても、大久保通りの新大久保駅周辺や、イケメン通りでは家賃が坪5万円とかで、これではよほど儲からなくては続けていけないでしょう。

 心配なのは、やはり、うちで貸しているビルの地下1階の韓国料理店がもう3週間も店を閉めていて、10月はほとんど営業していないのです。前からきちんと家賃が約束通りに月末に入ったことがなかったのですが、この状態では、家賃の支払いができないのではないでしょうか、心配です。

3、はやっているお店は、相変わらず行列です

 すべてのお店で、お客の減少があるというと、そうではありません。バイキング式で、かなり安く食べられる、韓国料理のお店などは相変わらずの行列です。一時人手が多いために、初めてのお客さん中心で呼び込みをし、味も価格もいまいちの店は、とうぜんリピーター客がありません。今の日本の世の中全体の流れである、うんと高くてもいいものか、うんと安いものでなければ売れないのです。すでに1年たたずに入れ替わっているお店は本当に多いのです。前にも書きましたが、いわゆるイケメン通りには、数十店の韓国料理店がある中で、10年前からやっている店は現在3店しかないのです。

 まだまだ、お店を出したいというところは多いようで、自宅にいると、お店を貸さないかと言う電話がよくかかります。今お店を貸している、佐竹ビルの1,2,4階も来年あたり撤退の話も出ています。今後一体どのように変転していくのか私にも全くわかりません。

2012年10月23日 (火)

日本と中国は早く冷静な話し合いを 尖閣諸島問題の解決と、高麗の契丹(遼)との対応

 尖閣諸島領有問題での対立

日本と中国は、今尖閣諸島の領有をめぐって、深刻な対立をしております。中国のデモにおいては、工場の焼き打ちや、商店での略奪、ついには死者まで出る深刻な事態となりました。この状態は二年前に書いたブログの時より深刻です。この結果、日中の貿易量の激減、お互いに旅行社の大幅減少などが出ております。このことは、もとから下がり始めていた、中国の景気の悪化に拍車がかかり、日本も輸出量の減少が生じています。最近のモーニングの漫画「社長島耕作」では、中国で生産している、テコット(パナソニックに対応)でデモ隊が工場を襲い、社長島耕作は中国からの撤退を考えなければ、言っててあります。

 先日の実用的人間学の例会で、ベトナムを拠点としている会社を経営している方が、最近は、「ベトナムで仕事をしたいがどうしたらよいか」と言う話を、よく聞かれると話していました。クラブツーリズムの旅行案内から、中国旅行がほとんど消えました。中国からの買い物ツアーで売り上げを伸ばしていた会社やホテルは大打撃です。中国にとっても同じく大打撃でしょう。私自身も、短時間で、安い旅行ができる中国旅行はよくいっていたのですが、当分状況が変わるまで、無理でしょう。

 発端は、石原慎太郎都知事が、都で尖閣諸島を買い取るという話からです。ほおっておけば、実質的に実効支配していたものを、わざわざ寝た子を起こすようなことをしました。都が買い取ると、いろいろな施設をつくってさらに中国、台湾を刺激するので、それをさけるために、政府で買い取ったようですが、中国側に十分かつ有効な説明をしないために、このようなことになりました。日本と中国との十分なパイプができていないということです。この全体的に右翼的な潮流が、自民党の中で、もっともネット右翼(ネトウヨ)が支持する安倍総裁の誕生を産みました。民主党が第二自民党化することにより、消費税を通しましたが、それが民主党の支持率を劇的に減らし、すでに支持率は10%台に低下していきます。その結果が、今度は自民党政権に戻るとしたら、財界などは、してやったりと大喜びでしょう。

 さて中国側も、最近とみに激しくなった、所得格差、都市と地方の格差、中国共産党への不満などをガス抜きするために、でもを公認したようです。しかし、事態は略奪と暴行による死者なども出て、中国政府の思った以上になりあわてて、デモを禁止しました。しかしこの後遺症は長く続き、日本の中国への投資は急減していくことでしょう。中国はこれほどまでになるとは思わなかったことでしょう。それはまったく日本も同じことです。

日経新聞の記事

10月24日の日経新聞(中国ミクロ景気)によれば、自動車販売第2いいの国有企業大手の東風汽車集団(日産とホンダの合弁会社)、そして6位の会社(ホンダとトヨタの合弁会社)の株価は日本車不買の影響で9月中旬以来株価が一時16%も下落したといいます。それぞれ中国国内で、日産、トヨタ、ホンダの車を現地生産しています。9月の日本車販売は前年同月比で4割減だそうです。中国で昨年販売した日本車の9割が中国で生産されています。部品も9割が現地生産され、実態は中国企業である。                       日本から中国への投資は急減し(前年比11年は、50%増、12年は9月までで20%増に減少)日系企業の撤退は、中国にとって大打撃です。日系企業製品のボイコットを続ければ中国の消費、生産、輸出投資のあらゆる部門が縮小する。

同じページに「日中問題世界はこう見る」で、ベトナム社会科学院のチン・ホア・ビン氏の話がのっています。

 「ベトナムは南沙諸島の領有権を中国と争っている。国際法に基づいて解決すべきで、うまく平和的に解決できれば、べトナムなどアジア諸国に良い教訓になるであろう」      「歴史的証拠で日本が尖閣諸島の主権を示す歴史的な証拠を示しているのに対し、中国の主張は根拠が乏しい。日本政府は国際社会に見づからの主権を示す証拠を堂々と示すべきだ」と言っています。

 「ベトナムには『あなたが弱みを見せれば、私は攻撃的になる』という格言がある。日本政府の弱気な姿勢は中国を優位にする。日本が見づからの領土を守るという断固とした態度を示し粘り強く交渉を続ければ、状況は改善すると思う」

 これは後に書いた昔(2010,10)の記事と同じような内容だと思います。

私の感想です。領土問題から少し離れた問題も書きましたが。

 早く冷静な交渉により、平和で安定した状態にもどすべきでしょう。消費税増税や、保険料などの上昇、さらなる賃金の低下などにより、一般庶民の所得は減少しさらに景気は悪化することでしょう。それに日中の経済交流の低下はそれに拍車をかけます。前から何度も書いているように景気を良くし、税収をあげるには、膨大な内部留保(儲けの蓄積量)に対して税をかけ、1%の高所得者に対する税(とくに安くしている証券優遇税制)をあげるべきです。そのようなことができる政党を伸ばさない限り、大企業はどんどん儲けを増やし、一般庶民の所得はますます低下し、景気は悪くなり続けます。(消費税を増やしたちょうどその分だけ、法人税を安くしてきました。人々には増え続ける社会保障費を埋めるには消費税増税しかないといい続けています。)

 参考 新たに税金をとられる復興予算が、被災地以外のところで使われているということが明らかになっています。2011年3次補正予算で、2950億円を計上した「国内立地推進事業費補助金」の交付先510件のうち、265件が大企業で金額の8割をしめます。              トヨタやキャノンは巨額な内部留保をもちながら復興予算の申請をしました。(10月21日赤旗より。)

豊田自動車 1件 豊田市など     内部留保 14兆1684億円                             キャノン   2件 宇都宮川崎市など 内部留保  4兆4,390億円                                  パナソニック 1件 姫路市       内部留保  3兆3043億円

その他、日立製作所、デンソー、東芝、三菱電機、京セラなどが続きます。

以下の文章は2010年10月5日に書いたブログの文章です。

 今、尖閣諸島問題が大きく取り上げられています。週刊誌などをみると、日本政府の態度が弱腰だとかいって、騒ぎ立てています。日本の保守派や右翼は絶好のチャンスとみて民主党政府を責め立てています。中国人の漁船船長を釈放したのは、明らかに政府側が指示したのに、現地の裁判所の判断だとか言って逃げるからいけないのです。日本の立場を毅然として示しつつ、日中の関係の維持のために中国人船長を釈放すれば良かったのです。内閣の支持率も一気に10%近く落ちています。

 中国政府の強硬な態度は、いかにも国内向きな気がします。船長を釈放したら、中国も少し態度を改めてきました。全体の状況を判断して、中国人船長を釈放したのはいいことです。右翼が言うように、全面的に対決したら、お互いに反目はエスカレートします。現在のように日中の経済関係が強くなっているときに、もう後戻りをすることはできなくなっています。日中の貿易がストップしたら日中両国が大変なことになります。

 日本共産党の志位委員長が4日に国会内で記者会見をし、「尖閣諸島の日本の領有は歴史的国際的に正当」であり、日本政府はその大義を主張すべきであるとはなし、仙石官房長官にも見解を手渡した、と一般紙にも掲載されました。以後は「赤旗」の要旨です。

 尖閣諸島は1884年に日本人古賀辰四郎が探検し、1885年には土地の利用を始めました。そして1895年には政府が尖閣諸島を日本領に編入しました。そのご古賀村として200人近くが住んでいたといいます。1945年の日本の敗戦のときにも、尖閣諸島は日本領となっていました。

 中国政府は尖閣諸島の領有権を主張しているが、1895年から1970年まで一度も中国は日本の領有に異議をとなえていないのです。1970年に台湾が領有を主張し71年に中国政府も領有を主張しました。それはその近海に石油天然ガスがあると分かってからでした。

 日清戦争で日本が台湾を領有したときむすんだ下関条約についても、尖閣諸島はもともと日本の一部として中国も認めていたというのです。その後の中国の地図にも含まれていませんでした。このように尖閣諸島の領有権は歴史的にも国際法上でも明確な歴史的根拠があると。

 尖閣諸島の紛争解決には日本政府の領有の正当性を理を尽くして主張することである。歴代政府はきちんと主張してこなかったと共産党は言っています。その正当性を中国にも国際社会にもきちんと説明する必要があると言うのです。

高麗と遼の対立

 昔朝鮮の王朝で高麗という国がありました。今BS放送で12時から、ドラマでは「千秋太后」というのをやっています。(2012年には現在、「太祖王建」を放送中です)その少し後の時代です。遊牧民族系の契丹族の国、遼が高麗国を征服しようとして押し寄せてきました。契丹は高句麗のあとにできた渤海国をすでに攻め滅ぼしました。渤海国の領土の一部は高麗の領土になっていました。遼は自分たちは渤海を滅ぼしたのだから、その旧領をよこせと言ってきたのです。それを拒否した高麗に遼は大軍を送りました。

 それは高麗の6代目の王、成宗12年(993年)のことでした。遼は高麗を80万という大軍で攻めました。しかし高麗の城をなかなか落とせません。しかし遼の軍の規模はあまり大きく、領土の一部を遼に譲ろうかという、重臣の意見もありました。そこで、高麗の将軍の徐熙(ジョヒ)は単身敵の将軍に会いに行きました。遼の将軍は自分たちは無理を言って占領するのではない、渤海国の旧領だからそれを返してくれと改めて主張します。しかし、徐熙は、それを主張するなら、高麗は高句麗の引き継ぎである渤海国の正当な後継者で、その名も高麗としている。そういうことなら、今占領している、渤海の旧領も返してほしいと理をつくして逆に請求しました。こまった遼の将軍は国にお伺いを出し、結局、軍隊を引き揚げました。なんと言葉だけで80万の大軍を撤退させたのです。このように理を尽くして、話し合いをし暴力に訴えないで解決するのが正しいあり方ではないかと思います。

2012年10月18日 (木)

近況 修正版 身体が不調でブログを書く気力が弱い 青木酒造さんと塩沢商店街

鼻とのどが慢性的におかしく、不調でした。 

10月に入ってから、ブログの更新が遅れています。気温の低下とともに、アレルギー性鼻炎で鼻が詰まりやすいため、どうしても口をあいて寝てしまいます。そのために、冷気が直接のどにあたり、いつものどがはれている状態でした。市販の風邪薬を飲んだり、医者からもらったトローチを舐めたりしていますが、一向によくならず、身体がだるく、せきや痰がでるように、なりました。そういう状態ですと、きちんとしたブログはとても書けそうにありません。今朝、耳鼻科に行って、治療をして、薬をもらってきました。のどがかなりはれていたようです。何しろ耳鼻科が近くになくなり、今通っているところは不便なところなので、タクシーで行くので大変です。

11月6日 追記 気管支炎に、帰れない夢を見る

 耳鼻科に二回目に行ったときにもらった抗生物質が切れるころ、さらにのどがはれて、せきやたんがひどくなり、今度は内科に行き、薬をもらってきました。毎日きちんと薬を飲んで、だいぶ良くなってきましたが、気管支炎にまでなってしまったせいか、まだ咳や痰が続きます。医者に熱はありますかと聞かれていままで風邪をひいても熱など出さなかったので、熱はありませんといいましたが、自宅で測ったら、37度7分の微熱がありました。

 どうも寝ている間、鼻が詰まって、息苦しいと夢をよく見ます。最近の夢は、どこか見知らぬ地に出かけていって、場所がわからず、帰るところを求めて、苦闘するのです。昨日の夢では、のっていた車が壊れてしまったり、電車があるのですが、まったく知らない地で、どうやって帰ったらいいかわからない。携帯電話は、画面がめちゃくちゃで、電話できないなどです。そして困った挙句目が覚めてしまうのです。耳鼻科の点鼻薬の二本目がなくなりました。市販の点鼻薬に頼らなくて良くなりましたが、ここでやめてしまうと元の木阿弥になりそうです。

 10月の出来事を簡単に書いていきます。10月3日(水)異業種交流会の二火会に共に参加し、人間学研究会にも参加していただいている江原氏の招きで、浦賀からの船釣りに行きましたが、あいにくの雨と風が強く、釣りは中止しました。午後からのバーベキュウーまで時間があるため、私とともに近くの日帰り温泉にいったグループと、軍艦三笠を見に行ったグループに分かれました。日帰り温泉は、馬込海岸にあり、海に面した天然温泉と炭酸泉のある景色のよいところにありました。昨年できたばかりのようでした。午後からはマリーナの中で、バべキュウをやり楽しみましたました。

 10月4から6日までは、うちの家内の那須へのスケッチ旅行です。そのかん、店の前の掃除、ゴミ捨て、猫のえさと水やり、猫トイレの掃除、洗濯、植物の水やりなどの仕事があります

 10月8日(月)体育の日は大久保祭りで、歩行者天国ですが、おととしに比べ大幅に人通りが減ったと前にブログに書きました。

 上の息子の家で、子どもが生まれるということで、家内が息子の家に何回か行っています

異業者交流会・二火会総会で新潟の塩沢へ

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ともったホテルの部屋からから外を見たところ。冬はスキー場です。

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ホテルグリーンプラザ上越さんの一部ですおしゃれな建物です。何千人も泊まれます。

15,16日は異業者交流会の総会で、新潟県の石打にある、上越国際さんのホテル、グリーンプラザ上越に泊まりました。ここの社長さんも先代の社長さんも、二火会の会員さんです。今までにも何回も利用させてもらいました。今回本館でないほうに泊まりましたが、そのホテルの大きさに驚きました。本館と別館の廊下が延々と続きます。宴会には翌日見学で行く、青木酒造の社長さんも参加されました。青木酒造の社長さんも二火会会員です。青木酒造さんの鶴齢と言うお酒の中でもとびきり上等な牧之という日本酒を三本も開けてしまいました。ありがとうございました。

 翌日、朝ホテルの部屋にいるときに、家内から電話があり、孫が生まれたということです。前からわかっていたのですが、男の子で、これで3人とも孫は男の子と言うことになります。その後上越国際さんのバスで、青木酒造さんの工場見学です。社長から直接説明を受けました。享保二年と創業から290年以上も続く作り酒屋で、いいお酒を大量生産でなく、じっくり作っているということが良くわかりました。それが長く続いている原因なのでしょう。秋篠宮ご夫妻も以前見学に来られたとのことでした。

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 ここが、青木酒造さんの建物です。昔ながらのお店があり、この奥が工場となっています。

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通りの両側に、このような建物がずっと続きます。

また、昨年完成した塩沢の街並みを見学しました。川越の街並みのように電信柱を埋め、建てものを昔の建物風に統一しています。まだ作って間もない建物もありますが、次第に有名になっていくと思いました。

 そのあと、お寺を龍澤寺薬照寺の二か所、美術館を一か所回りました、それぞれの寺には大きな杉の木(流澤寺)や日本一と言う樹齢2000年の桂の大木(薬照寺)がありました。最後に棟方志功の作品などが収められた今泉記念館アートステーションへ行きましたが、私はこのところ体調が悪く、足腰も痛くなり、最後の美術館は入り口でお休みしていました。

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 薬照寺の樹齢2000年の日本一の大桂です。個々の宝物殿にには驚くような色々な美術品がおさめられています。全部本物だろうかと言うほどのものです。

第47回実用的人間学研究会例会

 今日(10月18日)は実用的人間学研究会の例会日です。あいにくの天気で、参加される方が減るかもしれませんが、せっかくの原始技術史の関根秀樹氏のお話しなので、多くの方に参加していただきたいと思います。このブログでの例会の案内を見て、参加したいのだけれど、という方がいらっしゃいました。

 例会では、関根和樹氏が様々なとり組んでおられるものを、実演を交えてお話しいただきました。改めてブログで紹介します。

11名の方が参加され、その後10名の方が、カラオケ付きの懇親会に参加されました。予約していた、以前一回行っていた、韓国のスター・カラオケを予約していたのですが、電話をかけても出てきません。すぐ近くなので、お店にいったtころ、鍵がしまっていました。お客が少なくなり閉店するのでしょうか。急きょ他の店に行きました。

2012年10月 7日 (日)

その健康法では「早死に」する。高須克弥氏の南雲氏批判 追記、高須氏緊急入院

 2012年7月の「こういちの人間学」ブログに書いた、「南雲吉則氏の『一日一食健康法について』偏った健康法でなく、自分にあったものを探すこと」は、7月19日にブログを書き、その後少し書き加えて、9月22日に更新しました。このブログは、最近ではもっともアクセスが多く、10月7日現在で累計3400件ほどのアクセスがありました。興味のある方はご覧ください。

 母親がはいっている所沢の老人施設にお見舞いに行く途中の西武線の車内に「その健康法では『早死に』する」という本の広告がでていました。(高須克弥 2012年9月11日 1200円+税 扶桑社)早速地元の本屋さんで、あるか頼みましたが、まだ入荷していないとのこと、そこで通信販売で、購入しました。南雲氏の本がたくさん売れていますが、高須氏のこの本もかなり売れていると思います。読んでからすぐにブログに書く予定でしたが、いろいろ忙しく、書くのが遅れてしまいました。

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 高須氏は整形外科の高須クリニックの院長で、派手なテレビ広告や、西原理恵子のマンガなどに登場して有名な人物です。高須氏が自分の健康法で若返ったというのに対して、本の帯封に30代の写真と67歳の写真を比べて、私の「見た目」は美容整形だけじゃないんです!と書いています。私は、西原理恵子さんの漫画が好きで、かなりたくさん見ていますが、忙しいと高級なすしをまとめてお茶ずけにして、食べてしまうなんて言うことが、西原氏の漫画にでていました。高須氏の本の内容は、私がいままでに書いたブログにかなり近い内容です。どのようなことが書いているかを少し書いてみます。

 さて、最初に「医療の根源は食にあり、腹ペコになって若さと長寿が手に入るなんて幻想です」。そしてはじめにに、「根拠なきダイエットは死期を早めるだけ」と書いています。そして、週刊新潮の記事を紹介しています。アメリカで「飢餓がワンダフル」と言う医師の教えに共感し、母親が娘に少量の食べ物しか与えず、16歳で少女が餓死してしまったというものです。高須氏は、「一日一食で腹ペコにすれば健康になる」と言うなら、常時ダイエットの北朝鮮が韓国より平均寿命が長く見た目も若々しくなるはずだが、そうでなく北朝鮮の国民ががりがりにやせて悲惨な姿をしているのはおかしいと。

 高須氏はいいます。「飢餓遺伝子を目覚めさせれば長生きできる」と酵母や線虫の例をあげているが、人間の例にはあてはまらない。また「長生きできる新しい根拠」ともてはやされた、「サ-チュイン遺伝子」はデータの取り方に致命的な誤りがあったと指摘され、現在ではその発見者も認めています。日本人の寿命の伸びは動物性たんぱくいつの摂取量増加によるもので、その相関関係は万人も認めるものです。若さと長寿の秘訣は、おいしいものを食べ、楽しく暮らすことです。食べたいものを好きなだけ食べている私を見てください。一緒に人生を楽しみましょう!と言うのが、「はじめに」の結びです。

 ところが宗教学者の山折哲雄氏の日経新聞の10月7日付の「危機と日本人」の32として「精進・断食、長寿の近道」という記事がありました。それはある新聞のコラムで、線虫の実験で、えさを減らしたり断食させた線虫の寿命が延び活発に活動しているというものを見た。それには特別な遺伝子の作用があると。そして仏教では精進とか断食とかが行われてきたが、インドのブッダは80歳、日本の親鸞は90歳まで生きた。二人はもしかしてカロリー制限と断続的な飢餓の方法をたくみに併用して長寿になったのかもしれないと。

 これは誤った考え方です。ブッダは有名な彫刻にあるように餓死寸前になるほどの断食をしていましたが、それが誤りであると知って普通に食べるようになってから初めて、悟りを開きました。弟子たちは一時、過酷な行をやめたブッダの元を離れました。ブッダはスッタニパータ(原始仏典)で、「肉食はなまぐさではない」と言っています。施しを受けたものに肉がはいっているものをブッダが食べているのを見て、「それはなまぐさではないか」と問いただしました。それへの答えです。

 親鸞が粗食と断食をしていたようには私には思えません。そういう人はおそらく短命です。妻帯していた親鸞の長生きは、むしろ十分な栄養をとっていたのではないかと私は思います。誤った考えを、書いて、それを見て命を逆にちじめさせるのは問題です。

 さて、高須氏の本に戻ります。

第1章は「食べない=長生き」なんてあり得ない!

 カロリー制限で、寿命は絶対に伸びない。やせは万病のもと、やせる体質になりたかったら食べなさい。トレーニングは軽い負荷でいい。などが書いてあります。

若返り長寿遺伝子発見のニュース                                         空腹長生き理論の「サ-チュイン遺伝子」は間違いだった                           カロリー制限で寿命は絶対伸びない                                         やせすぎモデルは採用しない (ところが増えてきた)                                  太目のサイズのない高級ブランド品

第2章 危ないダイエット~早くやめないと死んでしまう!

「一日一食」「断食」では不健康になる。死ぬかも!                             ダイエットは心の病を引き起こす                                                ダイエットは不妊症を引き起こす                                         ダイエットで腰痛が悪化                                                単品ダイエットの恐怖                                                                低炭水化物食でくさくなる                                                      低糖質ダイエットでバカになる                                        やせるお茶の恐怖 (南雲氏はごぼう茶を推奨しています)                                                 グレープフルーツダイエットで心停止に

第3章 「小太り」体系が一番長生き

厚労省の研究班が証明した「小太りが一番長生き」                                   (太り気味=小太りとはBMIが 25以上、30未満を言います。普通は18,5から25未満)  

肥満は悪といういう風潮は作られた                                         蓄積した脂肪は財産だ                                             孤独死したくないならしっかり食べよう                                      極端な減塩食がボケを作る

第4章 美酒美食こそが長寿の鍵

肉を食べないと脳卒中になる                                              ストレス解消には肉食が一番                                           コレステロールは悪くない                                            身体が欲するままに食べるのが自然                                       ビールを飲んでもビール腹にならない                                      禁酒は死亡率を高める(最初から飲まないのに比較して)                                              コーヒーの効用

第5章 私が実践する「長寿を約束する生活」 

太めノイローゼのあなたへ                                         お腹だけひっこめるトレーニング                                          毎日3分顔のストレッチ                                                  ストレスのコントロールが必要                                          サイバラ式「悲しい時は笑ってごらん」                                  外見力が若さと健康をつくる                                            入浴は病を治し、寿命も延ばす

★ 各章の中の一部だけを抜き出しました。全般に南雲吉則氏の健康法の反対の考え方を書いています。詳しくは直接本をご覧になってください。 

 第一章に今かなり影響力が出てきた、糖質制限ダイエットに関しても書いてあります。

 低炭水化物ダイエットでは、なかなか脳はブドウ糖がはいってこないために、脳はブドウ糖を要求する危険信号を出して「一日食べ物のことを考える」事になる。バカみたいでしょう?筋肉の分解により筋肉がやせてくる。糖質は1日100グラム以上必要である。正常にもどるには毎朝朝ごはんを一杯食べるだけでいいのです。と書いています。

 バカになるというのは、食べ物のことばかり考えるからというのですが。低炭水化物ダイエットでは、いろいろな食べものに少しづつ炭水化物が入っていることもあり、そんなに糖質を全く食べないというのは逆に不可能に近いのです。重い糖尿病の治療と言うことでなければ炭水化物の取り方を抑えて行けばいいわけで全くゼロにするべきだなどとは言っていません。

 糖質が不足すると脂肪を分解して体内にケトン体ができ、そうすると「ケトン臭」(ダイエット臭)がして臭くなるといっています。このバカになると臭くなるというのは糖質制限食を批判する人が多くいうことです。このにおいはトレーニングが必要で、ある程度のケトン体は筋肉で分解されます、と高須氏も言っています。糖質制限食をすすめている大柳珠美氏によれば、においがするのは脂肪が分解された証拠です。またにおいと言ってもそれほど極端なにおいでもなく、治療なりダイエットなりが進むとにおいも軽減されていくそうです。

2016年6月20日追記 高須氏緊急入院

 インターネットを見ていたら、高須克弥氏が、感染性肝のう胞炎となり、緊急手術だそうです。急な高熱が出ているのをたくさん解熱剤と鎮痛剤を飲んで一時鎮めたとか書いていましたが、それでは収まらず緊急入院となったわけです。

 高須克弥氏のホームページにその病気の状況を逐一報告しています。それによりますと、病院でうな丼を取り、それをお茶漬けにして1分間で完食。そのあとで医師から絶食と言われたそうです。医者の不養生といいますが、普通の病人なら絶対にできないことです。

 前から、手術などが忙しくゆっくり食事をとれないので、どんな高級な料理でもお茶漬けで流し込むと少し自慢げに書いていました。まったく暇がないかといえば、付き合っている西原理恵子さんと相撲の最前列のところで観戦したりしているので、時間がないわけではありません。よく噛んで唾液を出して食べるのが理想ですが、高須氏はその正反対です。もう若くないのですからせめて、食べ物はよく噛んで食べたほうがいいと思います。

 

 

 

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