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2012年10月23日 (火)

日本と中国は早く冷静な話し合いを 尖閣諸島問題の解決と、高麗の契丹(遼)との対応

 尖閣諸島領有問題での対立

日本と中国は、今尖閣諸島の領有をめぐって、深刻な対立をしております。中国のデモにおいては、工場の焼き打ちや、商店での略奪、ついには死者まで出る深刻な事態となりました。この状態は二年前に書いたブログの時より深刻です。この結果、日中の貿易量の激減、お互いに旅行社の大幅減少などが出ております。このことは、もとから下がり始めていた、中国の景気の悪化に拍車がかかり、日本も輸出量の減少が生じています。最近のモーニングの漫画「社長島耕作」では、中国で生産している、テコット(パナソニックに対応)でデモ隊が工場を襲い、社長島耕作は中国からの撤退を考えなければ、言っててあります。

 先日の実用的人間学の例会で、ベトナムを拠点としている会社を経営している方が、最近は、「ベトナムで仕事をしたいがどうしたらよいか」と言う話を、よく聞かれると話していました。クラブツーリズムの旅行案内から、中国旅行がほとんど消えました。中国からの買い物ツアーで売り上げを伸ばしていた会社やホテルは大打撃です。中国にとっても同じく大打撃でしょう。私自身も、短時間で、安い旅行ができる中国旅行はよくいっていたのですが、当分状況が変わるまで、無理でしょう。

 発端は、石原慎太郎都知事が、都で尖閣諸島を買い取るという話からです。ほおっておけば、実質的に実効支配していたものを、わざわざ寝た子を起こすようなことをしました。都が買い取ると、いろいろな施設をつくってさらに中国、台湾を刺激するので、それをさけるために、政府で買い取ったようですが、中国側に十分かつ有効な説明をしないために、このようなことになりました。日本と中国との十分なパイプができていないということです。この全体的に右翼的な潮流が、自民党の中で、もっともネット右翼(ネトウヨ)が支持する安倍総裁の誕生を産みました。民主党が第二自民党化することにより、消費税を通しましたが、それが民主党の支持率を劇的に減らし、すでに支持率は10%台に低下していきます。その結果が、今度は自民党政権に戻るとしたら、財界などは、してやったりと大喜びでしょう。

 さて中国側も、最近とみに激しくなった、所得格差、都市と地方の格差、中国共産党への不満などをガス抜きするために、でもを公認したようです。しかし、事態は略奪と暴行による死者なども出て、中国政府の思った以上になりあわてて、デモを禁止しました。しかしこの後遺症は長く続き、日本の中国への投資は急減していくことでしょう。中国はこれほどまでになるとは思わなかったことでしょう。それはまったく日本も同じことです。

日経新聞の記事

10月24日の日経新聞(中国ミクロ景気)によれば、自動車販売第2いいの国有企業大手の東風汽車集団(日産とホンダの合弁会社)、そして6位の会社(ホンダとトヨタの合弁会社)の株価は日本車不買の影響で9月中旬以来株価が一時16%も下落したといいます。それぞれ中国国内で、日産、トヨタ、ホンダの車を現地生産しています。9月の日本車販売は前年同月比で4割減だそうです。中国で昨年販売した日本車の9割が中国で生産されています。部品も9割が現地生産され、実態は中国企業である。                       日本から中国への投資は急減し(前年比11年は、50%増、12年は9月までで20%増に減少)日系企業の撤退は、中国にとって大打撃です。日系企業製品のボイコットを続ければ中国の消費、生産、輸出投資のあらゆる部門が縮小する。

同じページに「日中問題世界はこう見る」で、ベトナム社会科学院のチン・ホア・ビン氏の話がのっています。

 「ベトナムは南沙諸島の領有権を中国と争っている。国際法に基づいて解決すべきで、うまく平和的に解決できれば、べトナムなどアジア諸国に良い教訓になるであろう」      「歴史的証拠で日本が尖閣諸島の主権を示す歴史的な証拠を示しているのに対し、中国の主張は根拠が乏しい。日本政府は国際社会に見づからの主権を示す証拠を堂々と示すべきだ」と言っています。

 「ベトナムには『あなたが弱みを見せれば、私は攻撃的になる』という格言がある。日本政府の弱気な姿勢は中国を優位にする。日本が見づからの領土を守るという断固とした態度を示し粘り強く交渉を続ければ、状況は改善すると思う」

 これは後に書いた昔(2010,10)の記事と同じような内容だと思います。

私の感想です。領土問題から少し離れた問題も書きましたが。

 早く冷静な交渉により、平和で安定した状態にもどすべきでしょう。消費税増税や、保険料などの上昇、さらなる賃金の低下などにより、一般庶民の所得は減少しさらに景気は悪化することでしょう。それに日中の経済交流の低下はそれに拍車をかけます。前から何度も書いているように景気を良くし、税収をあげるには、膨大な内部留保(儲けの蓄積量)に対して税をかけ、1%の高所得者に対する税(とくに安くしている証券優遇税制)をあげるべきです。そのようなことができる政党を伸ばさない限り、大企業はどんどん儲けを増やし、一般庶民の所得はますます低下し、景気は悪くなり続けます。(消費税を増やしたちょうどその分だけ、法人税を安くしてきました。人々には増え続ける社会保障費を埋めるには消費税増税しかないといい続けています。)

 参考 新たに税金をとられる復興予算が、被災地以外のところで使われているということが明らかになっています。2011年3次補正予算で、2950億円を計上した「国内立地推進事業費補助金」の交付先510件のうち、265件が大企業で金額の8割をしめます。              トヨタやキャノンは巨額な内部留保をもちながら復興予算の申請をしました。(10月21日赤旗より。)

豊田自動車 1件 豊田市など     内部留保 14兆1684億円                             キャノン   2件 宇都宮川崎市など 内部留保  4兆4,390億円                                  パナソニック 1件 姫路市       内部留保  3兆3043億円

その他、日立製作所、デンソー、東芝、三菱電機、京セラなどが続きます。

以下の文章は2010年10月5日に書いたブログの文章です。

 今、尖閣諸島問題が大きく取り上げられています。週刊誌などをみると、日本政府の態度が弱腰だとかいって、騒ぎ立てています。日本の保守派や右翼は絶好のチャンスとみて民主党政府を責め立てています。中国人の漁船船長を釈放したのは、明らかに政府側が指示したのに、現地の裁判所の判断だとか言って逃げるからいけないのです。日本の立場を毅然として示しつつ、日中の関係の維持のために中国人船長を釈放すれば良かったのです。内閣の支持率も一気に10%近く落ちています。

 中国政府の強硬な態度は、いかにも国内向きな気がします。船長を釈放したら、中国も少し態度を改めてきました。全体の状況を判断して、中国人船長を釈放したのはいいことです。右翼が言うように、全面的に対決したら、お互いに反目はエスカレートします。現在のように日中の経済関係が強くなっているときに、もう後戻りをすることはできなくなっています。日中の貿易がストップしたら日中両国が大変なことになります。

 日本共産党の志位委員長が4日に国会内で記者会見をし、「尖閣諸島の日本の領有は歴史的国際的に正当」であり、日本政府はその大義を主張すべきであるとはなし、仙石官房長官にも見解を手渡した、と一般紙にも掲載されました。以後は「赤旗」の要旨です。

 尖閣諸島は1884年に日本人古賀辰四郎が探検し、1885年には土地の利用を始めました。そして1895年には政府が尖閣諸島を日本領に編入しました。そのご古賀村として200人近くが住んでいたといいます。1945年の日本の敗戦のときにも、尖閣諸島は日本領となっていました。

 中国政府は尖閣諸島の領有権を主張しているが、1895年から1970年まで一度も中国は日本の領有に異議をとなえていないのです。1970年に台湾が領有を主張し71年に中国政府も領有を主張しました。それはその近海に石油天然ガスがあると分かってからでした。

 日清戦争で日本が台湾を領有したときむすんだ下関条約についても、尖閣諸島はもともと日本の一部として中国も認めていたというのです。その後の中国の地図にも含まれていませんでした。このように尖閣諸島の領有権は歴史的にも国際法上でも明確な歴史的根拠があると。

 尖閣諸島の紛争解決には日本政府の領有の正当性を理を尽くして主張することである。歴代政府はきちんと主張してこなかったと共産党は言っています。その正当性を中国にも国際社会にもきちんと説明する必要があると言うのです。

高麗と遼の対立

 昔朝鮮の王朝で高麗という国がありました。今BS放送で12時から、ドラマでは「千秋太后」というのをやっています。(2012年には現在、「太祖王建」を放送中です)その少し後の時代です。遊牧民族系の契丹族の国、遼が高麗国を征服しようとして押し寄せてきました。契丹は高句麗のあとにできた渤海国をすでに攻め滅ぼしました。渤海国の領土の一部は高麗の領土になっていました。遼は自分たちは渤海を滅ぼしたのだから、その旧領をよこせと言ってきたのです。それを拒否した高麗に遼は大軍を送りました。

 それは高麗の6代目の王、成宗12年(993年)のことでした。遼は高麗を80万という大軍で攻めました。しかし高麗の城をなかなか落とせません。しかし遼の軍の規模はあまり大きく、領土の一部を遼に譲ろうかという、重臣の意見もありました。そこで、高麗の将軍の徐熙(ジョヒ)は単身敵の将軍に会いに行きました。遼の将軍は自分たちは無理を言って占領するのではない、渤海国の旧領だからそれを返してくれと改めて主張します。しかし、徐熙は、それを主張するなら、高麗は高句麗の引き継ぎである渤海国の正当な後継者で、その名も高麗としている。そういうことなら、今占領している、渤海の旧領も返してほしいと理をつくして逆に請求しました。こまった遼の将軍は国にお伺いを出し、結局、軍隊を引き揚げました。なんと言葉だけで80万の大軍を撤退させたのです。このように理を尽くして、話し合いをし暴力に訴えないで解決するのが正しいあり方ではないかと思います。

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