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2013年4月

2013年4月18日 (木)

館山にみる、店舗集中とシャッター通り、(館山にマンションを借りてみて

館山にリゾートマンションを借りました。

  すでに、前のブログにも書きましたが、館山にリゾートマンションを借りました。会社で借りるという形にして、会社の人たちにも使ってもらいます。先月末から、契約、第一回目の家具や荷物の購入と搬入そして、昨日三回目の訪問、16,17日にほぼ準備が完了しました。最低限の電化製品と家具を買うことにし、イオンタウンに行きました。ここは、館山の海岸通りに出るメイン通りに面していますので、否応なしにその存在が分かるのです。そこで電気製品やテーブル、布団などを購入しました。

イオンタウン館山の驚くべき大きさ

 新宿に住んでいるときには、買い物は近場の店か新宿のデパートや電気店に行きます。イオンタウンは2050台がとめられる、広大な駐車場があります。分かりにくい写真ですが、ご覧になっていただきますと、そこに実に多くのお店があることがわかります。またそのイオンタウンのほかにも大型店があり、平日なら二貫で90円という大きな回転ずし店などがあります。二人ですしをかんり食べて、ノンアルコールビールを飲んでも2000円以下でした。

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 地図の右上側がスーパーマーケットのイオン館山店です。左下がヤマダ電気、左上が家具のニトリです。そのほかに、洋服の青山や靴のABCマートなどファッションの店12店、マグドナルドなどレストラン10店、ニトリやダイソーなどグッズ店が13店、その中には、このたび購入した、大きな自転車販売店があります。旅行会社や携帯電話の店など17店、銀行やクレジット会社など8店がはいっています。ようはここにきて一回りすればすべて用事がすんでしまうのです。電気製品もテレビ、冷蔵庫、全自動洗濯機、電子レンジすべてで配達設置込みで12万円でした。買う方は安くて助かるようですが、この価格では一般電気店ではとても太刀打ちできません。ただ、車がなければ少し遠方のところでは買いに来られまっせん。運転のできないお年寄りにとっては買い物がとても大変なことになります。

 シャッター通り化している館山銀座商店街。

 館山駅東口の前からのメイン通りが、館山銀座商店街となっています。インターネットで見ると、所属店舗数は85店で、ホームページに店名がのっているのは70店ほどでした。この通りは車で何回も通るのですが、ともかくシャッターを閉め閉店している店が多いのです。たとえ開けていても、人気はなく薄暗い感じで、活気がありません。ホームページを見ると、手作り甲冑教室の実施などいろいろやっていますが、商店街振興組合でも組合員が減少し、財政が苦しく、何かの取り組みもできないと嘆いていました。この状態では息子や娘の代に継承していくのはなかなか困難な状態だといえましょう。

シャッター通りが増えたのはアメリカの外圧によるもの TPPが心配

 1974年(昭和39年)に施行された大規模小売店舗法は新しく大規模な店舗を出すとき、その周辺の焦点とうまく調整をとるように定めていました。ところが、アメリカが1990年2月に、新潟市に大規模な玩具店であるトイザらスを出店しようとした時に、大規模小売店舗法により、規制を受けることになりました。アメリカは、1992年に大規模小売店舗法を廃止するように求めてきました。そして、その圧力を受けて日本政府は大規模小売店法を廃止し、1998年(平成10年)大規模小売店立地法を成立させ、それにともない街づくり三法という大規模店出店に有利な法律を通しました。そしてついに2000年(平成12年)にこの法律が施行され、小規模店を保護する大規模小売店法が廃止されました。1997年には消費税が5%にアップされ、価格転嫁がしずらい小規模店はますます苦しくなりました。これにより、全国の商店街がシャッター通り化していったのです。

TPPと消費税増税によるさらなる庶民の暮らしの悪化か

 アメリカの圧力と、それにより利益を得る大企業は政府に働きかけて、大企業や大店舗に有利な法律を通していきました。しかし今度日本が加入しようとしているTPPでも極めて広い範囲で、アメリカなどの外資や、大企業に有利な政策を迫るのは目に見えています。また、一部の株の利益などで、大きな利益を受けた人たちが、高級品を買い始めたということであたかも景気が良くなっていくように錯覚させていますが、現実には円安による輸入品の高騰から、ガソリン代など消費者物価がすでに上がり始めています。給与が上がらずに、物価だけが上がったら悲惨な結果になります。これに加えて、また消費税を上げようとしています。マスコミはアベノミクスをほめたたえ、それに影響されて支持率が異常な高さになっていますが、それにより今度の参院選で憲法改正により9条廃棄と国防軍の設立を狙うをたくらむ自民党と維新が伸びていくとしたら恐ろしいことになります。

 館山のリゾートマンションからの眺めと釣り

 さて、部屋からの海の眺めと、目の前のとっていからの投げ釣りの写真を加えます。

釣りのほうは、一時間ほどいろいろな方角に投げてみましたが全くあたりはありませんでした。先端のいいところにいた夫婦に様子を聞きましたが、一日二人でやって小さなキス4匹とヒイラギだけだそうです。左側で釣っている人たちもヒイラギが多かったのです。前回館山港で釣ったときにもヒイラギは良く釣れるのですが、小さくて癖があり、とっても持ち帰りません。館山湾の日の入りはとてもきれいです。

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夏になると目の前の浜に海水浴客がたくさん来ます。左側に眼にうっすら見える突堤の内側が浅くなっており、子供が安全に遊べます。

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投げ竿でかなり飛ばしましたが残念ながらあたりはありませんでした。キス狙いなのですが、もう少し後になるとキスも釣れるようになるでしょう。

2013年4月14日 (日)

日本の明治以降の硬貨の変化 追記 実用的人間学例会、「お金の話し」例会報告など

1、3月の実用的人間学研究会例会で「貨幣について、10銭と1銭に見る戦争の影響」

 3月21日木曜日の実用的人間学研究会では私が、上記のテーマで、お話しすることになりました。もともと私は、本を集めることと、おみくじを集めること、古銭を集めることをやっていました。古銭は、欧米のものは家内のお父さんが研究者として世界中を回っていたとき、残った硬貨を残していて、私が譲り受けました。また私の父親も中国に戦争で行った時に集めた中国の古銭や日本の古銭をもらい受けました。また私自身でも、少しづつ集めていました。

 今は古銭は切手と同じで収集のブームはなくなっています。しかし、今年の1月から「世界の貨幣コレクション」と称して、毎月本とともに貨幣と硬貨の現物が一枚ずっ入っていて、「100カ国の本物貨幣をコレクション」というものが出始めました。テレビでもCMをyっているようです。私は創刊号の190円のものとお得な2号を買いました。それにしげきされ、コレクションの中で足りないものを通販で手に入れました。明治の10銭銀貨や未発行になった陶器の1円硬貨、さらには世界の硬貨100個の入ったものなどです。硬貨などで集めた中で特に多いものは、やはり海外旅行に行った時に持ちかえるものです。アメリカ、オーストラリア、中国、韓国、台湾、インドネシア、ベトナムなどです。

2、10銭硬貨の変遷

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左上から右に順に、そして左下~右へという順です

上の段

旭日10銭銀貨 明治40年~大正6年 銀貨 17,57g

 (その前に旭日龍10銭(明治3)、龍10銭銅貨(明治6~39)があります。大きさ内容はほぼ同じです)

10銭白銅貨     大正9~昭和7年 22,17g 銅750ニッケル250

10銭ニッケル貨   昭和8年~12年 22g ニッケル100%

10銭アルミ青銅貨 昭和13年~15年 銅950、アルミ50

下の段

10銭アルミ菊    昭和15年~18年 アルミ100%

             15年1,5g 16年1,2g 18年 1g

10銭錫貨      昭和19年   2,4g

10銭稲アルミ貨  昭和20,21年 1g

参考 2023年3月1日 金属価格 下値 1キロ当たり

  銀86800円 錫2360円 ニッケル1650円 銅751円 

  アルミ238円 亜鉛 222円 (金 1g4712円)

  亜鉛222円

3、戦争の影響

 昭和8年~12年のニッケル貨はとてもきれいで材料も高いのです。それは戦争を前にして、ニッケルを輸入するために、硬貨をつくることを隠れ蓑にして輸入したのです。戦争がはじまると、すべて回収して、アルミ青銅貨に変えました。

昭和13年(1938年)には国家総動員法が公布されました。10月には日本軍が中国武漢三鎮を占領しました。翌14年には金制品回収強制令、そして国民徴用令が出され、戦争は拡大していきます。昭和16年(1941年)12月に日本軍は真珠湾を攻撃し、太平洋戦争がはじまりました。

 昭和15年からアルミ貨に変えましたが、毎年薄くしていきました。アルミは飛行機の材料として重要だったのです。

 昭和19年には錫貨としました。この10銭貨は一生懸命磨いて、字が分かるようになりましたが、同じ時期の一銭錫貨は下の写真にある通り単なる錆びた金属という感じで、字も判明しないようなみじめな硬貨です。

 戦後昭和20年から翌年まで、稲10銭アルミ貨が復活しましたが、インフレで21年でなくなってしまいました。50銭が最低金額の硬貨となりました。

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上 50銭黄銅貨 5円黄銅貨 1円黄銅貨 1円アルミ貨

下 50銭黄銅貨 1銭アルミ貨 1銭錫貨 1銭陶貨(未発行)

4.戦後のインフレの影響

 上の写真での下の段に、1銭錫貨と1銭陶貨があります。ついに陶器でお金をつくるほどに金属がなくなりましたが、終戦により発行されませんでした。

 大型50銭黄銅貨 昭和21年発行 翌22年には下の段の小さい50銭黄銅貨になりました。そして1円黄銅貨の発行と5円黄銅貨(穴なし)の発行となりました。戦後間もなく急激にインフレが進み貨幣価値が大きく低下したことがわかります。

 1円硬貨は1874年に新1円銀貨が発行されてから長い間硬貨は発行されませんでした。1948年に1円黄銅貨が出されましたが、いつぶされる可能性が出てきたために、1955年現在通用している1円アルミ貨に変更となりました。この1円黄銅貨は使用禁止となっています。1円アルミ貨は一つつくるのに13円の赤字となり現在は製造されておりません。

 ★実用的人間学ではその他いろいろお金についての興味深いお話を実物を見てもらいながらいたします。

追記 1銭の変化について

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一部写真が重なりますが、1銭の変化です。左から順に。

龍1銭銅貨      明治6年より青銅     27ミリ

稲(旭日)1銭銅貨  大正期 27ミリ

カラス1銭アルミ貨  昭和13から15年  17,6ミリ

富士1銭アルミ貨   昭和16年から19年 16ミリ

錫1銭貨        昭和19年 錫と亜鉛 15ミリ

1銭陶貨(未発行)  (昭和20年) 陶器 14ミリ

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★1銭銅貨二種類が途中が抜けておりました。それぞれ裏と表です

左より

 桐1銭青銅貨 大正5年~昭和13年 銅950 錫40 亜鉛10 

 カラス1銭黄銅貨 昭和13年のみ  銅950 亜鉛100

10銭の変化と対応しています。昭和12年までは世の中は安定していました。

追加です 1円と50銭の変化も

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左上から

龍1円銀貨  1870年より その前に旧1円金貨、銀貨あり

1円黄銅貨  昭和22年より昭和 28年まで 失効

1円アルミ貨 昭和30年より

龍50銭銀貨 明治6年~38年 銀800、銅200 13,48g

        その前に旭日龍大型50銭、旭日小型50銭あり

左下から 

旭日50銭銀貨 明治39年~大正6年 銀800、銅200 10,13g

小型50銭銀貨  大正11年~昭和12年 銀700 銅280 4,95g

50銭黄銅貨(大) 昭和21,22年  4,5g 

50銭黄銅貨(小) 昭和22,23年  2,8g 以後製造なし

追記1 2013年4月14日 第52回実用的人間学研究会例会

 「お金の話しいろいろ」

 当日の例会には14名の方が参加されました。講師は筆者です。

10ページの資料を配布するとともに、中国の歴代の硬貨、日本の硬貨と紙幣、外国の紙幣と硬貨など実物を回しながら話を進めました。

 、最初にお金とは何かについて 2、古代から近世への変化を特に中国の硬貨を見てもらいながら話しました。レプリカも交え各時代の硬貨の実物を見ていただきました。3、続いて日本の硬貨です。特に江戸時代の硬貨を説明しました。

 4、日本の硬貨の変遷このブログに書いたように明治から現在に至る硬貨を中心としてその変遷を示しました。実物を回してみていただきました。

 5ハイパーインフレは貨幣価値の低下とハイパーインフレの例をジンバブエの例で話しました。当日はコピーですが100兆ジンバブエドルを見てもらいました。今ジンバブエドルは発行停止で、国庫には数100ドルしかないという状態だそうです。

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6、普通のお金でも高値

 日本の原稿の硬貨でも発行年により高値で取引されているものがあると例を示しました。また新しい500円硬貨になる前は韓国の500ウオンとそっくりで、自動販売機で不正使用されたので変更したいきさつも話しました。

7、英連邦の硬貨はすべて女王の横顔

 現在でも、オー-ストラリアのように英連邦に所属している国も多いのですが、外国の硬貨を集めるうちにイギリスの海外領土が大変多くそれぞれに硬貨を発行していることがわかりました。またマン島のようにイギリス王室直轄地というものも3か所あります。

 2013年はエリザベス二世女王がコインに登場してから60年で、年齢により4回肖像画が変わりました。これも実物を見ていただきました。

8、アメリカの1ドル札には、フリーメーソンのマークが

 アメリカは、ワシントンフランクリン、トマス・ジェファーソンなどのフリーメーソンが中心となり建国されました。1ドル札には13階段の未完成のピラミッドの上にフリー、メーソンノの象徴である「すべてを見通す眼」がえがかれています。

9、インドシナ半島での貨幣の変化

 ベトナムで購入した、各時代の硬貨の一覧でお話ししました。古くは中国の影響を受けた安南帝国などの穴あき銭、フランス統治時代のプラスター南北ベトナム時代、統一ベトナム各時代の硬貨です。ベトナムの貨幣の単位はドンですが、中国語の銅に由来しています。日本円の100円は約22万ドンです。ベトナム旅行に行くと桁数を考えながら換算します。1万円両替すると2200万ドンとなり、財布がいっぱいになります。

 このようなお話です。

追記2、妻の実家からたくさんの硬貨をもらいました。

 妻の実家は、中野で一部は大正時代からのものです。妻が仏壇を掃除していて、たくさんの古銭があるのを見つけました。私が古銭を集めていることを話したら、譲っていただきました。重くて3回に分けて持ってくるほどで、2回分もらっただけで、あまり多くてもういいからと断ったほどです。大正から戦前の昭和のもので、私が10銭錫貨でひどく錆びたものしか持っていなかったのにまだきれいなものがありました。鳳凰50銭銀貨もたくさんありました。使わないで保存していたので状態がいいものが多いのです。下記に写真をのせました。

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はこの上のところが1銭銅貨、真ん中に大正から昭和の白銅、ニッケル、黄銅の5銭と10銭硬貨です。下が、10銭、5銭の錫貨とアルミ貨です。状態のよいものが多いのです。

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これは比較的値打ちのある銀貨と、戦後の500円記念硬貨などです。上のほうに50銭34枚もの鳳凰銀貨があります。

2013年4月13日 (土)

200万年前のセディバ猿人 人とチンパンジーの特徴をもつ過渡期の猿人

新聞各紙でのセディバ猿人についての報道 

 2013年4月12日の新聞各紙に2008年に南アフリカの首都プレトリア近郊の洞窟で発見された、200万年前に生きていたセディバ猿人(アウストラロピテクス・セディバ)が、骨格に、人とチンパンジーの両方に似た特徴を備えていたということが掲載されました。南アフリカのウイットウオーターズランド大などのチームが12日付の米科学誌サイエンスに発表しましたものです。

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[ナショナル・ジオグラフィック」2011年8月号「猿人かヒトの祖先か」による。

 復元模型ジョン・ガーチーによる

セディバ猿人の特徴

 セディバ猿人(Australopithecus sediba)はマラパ洞窟で見つかり、30歳前後の女性と、8~13歳の少年とみられる二体の化石です。ほぼ同時期に洞窟内の穴に墜落ししたようだといわれます。発表をした、ウイットウオータースランド大学のリー・ベルガ-氏は「初期の人類としては、これまで確認されたことがない特徴がある」とコメントしています。

 セディバ猿人は身長1.2メートル程度で、230から140万年前に存在したホモ・ハビリスなどの初期人類に分類できる特徴がある。長い脚や骨盤の筋肉などにより2足直立歩行をしていた可能性がある。また小さな歯と、現生人類に似た鼻のかたちも、大きな特徴である。また保存状態が極めて良好だった頭蓋骨からは右脳、左脳の形が不ぞろいであった。また手の指の形はデリケートで、道具をつくったり、つかったりできる形をしているということです。これは、極めて重要な特徴です。

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 ところが脳の大きさが約420立方センチとチンパンジー程度であること、また二足直立歩行であるにしても、小さなかかとはチンパンジーに似ていた。また膝と腰を回転させるような、足の外側を使って歩くようなぎごちない歩き方であったと思われること、猿のような狭い肩と長い腕で、木に登ったり、ぶら下がったりするのにに適した形をしているなどにより、チンパンジーとホモ属の人類との中間的な存在だと思われます。また草原(サバンナ)に進出した人類が草類や昆虫、小動物などを食べていたのに対して、かなり硬い木の皮なども食べていたということが分かりました。歯の分析からは、臼歯のかみ合わせる盛り上がっている形などが初期の人類(ホモ)属より、アフリカヌス猿人に近いことが分かりました。

人類の誕生は、熱帯雨林で生活していた類人猿の中で、アフリカの大地が乾燥化しサバンナの草原になって行った時に、直立歩行してサバンナへ進出して行くことによって行われたといわれます。このたびのセディバ猿人はちょうど森から草原へ進出して行く途中の状態を表しているもので、大変興味深いものです。

  また人類は道具の製造と使用により、労働が発生し、急速なヒト化が進みましたが、セディバ猿人の手が道具をつくり使っていた可能性を示すことは重要です。また猛獣に襲われやすいサバンナの厳しい環境の中で、家族の誕生と、言語の誕生などにより、社会化が進み脳も発展した行ったのです。

 セディバ猿人は現生の人類(ホモ・サピエンス)を含むホモ属の祖先の可能性もあると注目されています。

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上図はチンパンジーより人類に近い手の指の形を示しています

人類誕生の歴史 参考

1、アファール猿人 (アウストラロピテクス・アファレンシス)

 初期人類の重要な化石で、ルー氏とよばれています。1974年にエチオピアのアファール盆地で発見された、318万年前の化石人骨で、骨がまとまって発見され、ルーシーの愛称で呼ばれています。類人猿に近い脳容積と二足直立歩行をしていたということが特徴です。(一時、アファール原人と書いてしまいました。申し訳ありません。)

2、ホモ・ハビリス (Homo habilis)

 1964年タンザニアのオルドヴァイで、、ルイス・リーキー二よって発見された。現在分かっている限りで最も古い初期のヒト属(Homo)である。身長は130センチ、不釣り合いに長い腕をもっていた。ヒト科(Hominidae)のアウストラロピテクスから分岐したと思われる。脳容積は現生人類の半分程度である。

  その後、ホモ・エレクトス(原人)、ホモネアンデルターレンシス(旧人)、~現生のホモ。サピエンス(新人)にいたりました。(ネアンデルタール人は、旧人という扱いでなくしているものも多くなって居ます)

○ナショナルジオグラフィックニュースでの「セディバ猿人、ヒト属の祖先か猿人か」が参考になります

2013年4月 8日 (月)

近況 2013、4,8、花がきれいに、忙しくてブログを書けません、その他

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下に3月24日の写真がありますが、この写真は3月28日のものです。チューリップがたくさん咲いてきたのとフリージアが咲いてきました。奥の花桃もつつじも満開です。

3月13日にブログを更新してから、10日以上も、ブログを更新しませんでした。いつも見ていただいている方はどうしたのだろうと思っておられると思います。前の近況でも書きましたが、結構今忙しいのです。

1)3月21日に実用的人間学の例会

 実用的人間学例会があり、「お金についての話」をしました。10ページほどの資料をつくりましたが、硬貨などはカラーでないとよく分からないのでカラー資料を4枚つけました。資料作りに時間がかかりました。例会には14名の方が参加されました。この間に購入したものも含め実物を回してみたいただきました。またお二方からは、貴重な硬貨をたくさんプレゼントしていただきました。ありがとうございます。懇親会も魚民でカラオケ付きでしたが12名の方に参加していただき、大いに盛り上がりました。

2)佐竹ビルへのテナント決まる

 東京ガスライフバル百人町店も、4月20日で閉店と決まりました。5月の連休で引っ越し、契約は5月15日までです。一階の店頭に閉店のお知らせを貼ったところ、借りたいというお店がたくさんあるというところが行くうもあると不動産やさんが来ましたが、もう決まりましたとお断りしました。6月から(株)インヨンという、韓国スターグッズやコスメ、雑貨などを扱う店で、1,2,4階を使ってもらいます。それに伴い、ビルの様々なところを改装しなければならず、打ち合わせや立会に時間がかかります。また東京ガスさんの撤退後空く駐車場にも二階建を建てることになり、うちあわせをしなければなりません。昨日は長年使っていた、三階まで行く簡易エレベーターのような楽ちん号を取り外しました。

3)「人間学研究所通信第62号」と「人間学研究所年誌」の発行

 「人間学研究所通信」は今回24ページと長いものになりました。また連絡している方も含めると70人近くに増えました。これは発行がすんでほっとしています。「人間学研究所年誌」は昨年の第9号が84ページだったのに比べ、今回は14名と多くの方に書いていただいているので120ページほどになり、編集も少し手間がかかります。今編集作業の真っ最中です。まだ原稿が来ていないものがあり、困っています。

4)「急に暖かくなり花が一斉に咲き始めました」

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以下はベランダの状態です。一斉に花が咲いてきました。上の写真はチュウリップです。奥にあるフリージアももうすぐ咲きそうです。

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これはボケの花ですが、ヒヨドリに花びらを食べられて、まともな花がほとんどありません。

入れないようにしたのですが目が粗いために入り込みます。ヒヨドリは山茶花の花びらも食べてしまいました。カラスもつがいのものが、何かないかよく来て、変化があるとくちばしで土を掘り起こします。

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つつじが咲いてきました。この後ろに白い花が咲く大きめなつつじがあります。それはこれからがお楽しみです。

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花桃が満開になりました。八重でとても華やかです。買ってきたときは膝くらいでしたが、今は背の高さに伸びました。実はちょうど梅の実と同じ、小さいものです。

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5階自宅の蘭が咲いてきました。皆いったん花が散ったものを育てているものです。

胡蝶蘭は夜低温にさらさないように、大きな段ボールに電気行火を入れた温室?でに入れています。白い胡蝶蘭はもう4年目です。後ろの低温に強い蘭も咲き始めました。株分けしてたくさんあります。家内がやっているのですが、偉いものです。

○携帯を変えて、カメラの画素数が多くなったのですが、いかがでしょうか。

5)「 長生きしたけりゃ肉は食べるな」ついにマンガに

 若杉友子死の『長生きしたけりゃ肉は食べるな』~のブログはひきつづきアクセスが多く、すでに29000件となっています。更新をしないのに毎日1000件以上のアクセスがありつい安心してしまいます。

 毎日新聞のマンガのアサッテ君にこの件をあつかったマンガが登場しました。

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 毎日新聞、3月20日版です。どっちを信じればいいのか迷いますよね。前にも書きましたが、紀伊国屋で二つの本を並べて山積みしていました。

2014年12月追記 アサッテ君の連載が2014年末で終わります。長い間ご苦労様でした。「こういちの人間学ブログ」の12月20日の「アサッテ君連載終了40年間ご苦労様でした。サザエさんとの対比も」に書きました。

6) 千葉県の館山で、リゾートマンションを借りました。

 以前から、一か所位は夏場の避暑地にリゾートがあればいいなと思っていました。前は東京ガスエネスタ三者共同で、越後湯沢のリゾート・マンションを買いました。しかしそれは合弁会社のライフバルとなり、私たちの手を離れました。私も息子たちも、釣りにまたサーフィンにと千葉に行くことが多く、一か所拠点があればいいなと思っていました。小さくなった会社ですが、自分も含め社員の人たちにも使ってもらいます。

 房総半島の先端の州崎灯台のところにリゾートマンションの売り物があり,150万でした。古いとはいえずいぶん値下がりしたものです。しかし家内はそこは遠く、とても車がなければいけないといって、反対していました。

 たまたま、千葉の物件をネットで調べていたところ、館山駅から徒歩7分で海の前、すぐ隣にはコンビニがあるという物件が出ていました。2階は月6万で3階は月7万でした。家内に話して、よかったら借りたらどうかということで、3月末下見に行きました。館山湾の中央で海が眼前、8月にはすぐ前で花火大会があるということでした。これはいい物件だということで、4月から契約することになりました。東京駅から高速バスで2時間で館山駅までついてしまいます。

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 マンションの前の市営の駐車場からの写真で、ちょうど塗装を終えたばかりで、きれいになっています。このマンションは20年以上も前のもので、オール電化マンションで、行った日には、深夜電力で温める電気温水器なので、使えません。少し不便ですが仕方がありません。今住める状態にするためにいろいろ電気製品などを揃えました。それにしても、テレビ、冷蔵庫、全自動洗濯機、電子レンジ全部で12万で済んでしまったので、電気製品も安くなったものです。

 館山市の住宅を見てみると、5万円も出すと、少し駅から離れたところでは、3~4DKの庭付きの戸建てが借りられます。新大久保駅周辺で、歌舞伎町寄りのところでは、車1台の駐車場代が5万円くらいもしますから、ずいぶん物価が違うものです。

2013年4月 1日 (月)

『人間学研究所年誌2012』第10号が発行されました

『人間学研究所年誌 2012』第10号が、発行されました。

 今日、『人間学研究所年誌2012』の版下を印刷屋さんに送りました。3月31日発行予定でしたので、少し遅くなりました。今年は新しい方に入会していただき、早速書いて頂いたことと、10周年の記念号ということもあり、昨年に比べると、充実した内容になっております。

 4月17日印刷が完了して、『人間学研究所年誌第10号』が送られてきました。

 今月中ごろまでに会員の皆さんにお届けできればと思っております。また4月18、19日と人間学研究所の例会があり、そこん参加された方は手渡しでお渡しします。そのほかの方には、メール便でお届けします。

 今年の執筆者は13人で、ページ数は119ページです。昨年執筆していただいた方は7人で84ページですから、ボリュームの面でもかなり増加しました。また内容も論文から、エッセイ的なものまで様々で、充実したものとなっております。今回は1ページカラー版となっております。原価は700円くらいです。価格は1000円ということでご希望の方にはお届けします。(送料別)

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字が小さくて、読みにくいですね。申し訳ありません。

書き直します

P1 巻頭特集 柴田義松氏の講演と質疑 

    柴田義松、本研究所所長 東京大学名誉教授

    森岡修一 本研究所副所長 大妻女子大学教授

    木村廣子 本研究所理事 女子栄養大学名誉教授

    (他 参加者10名)

P7 中内俊夫著『住民運動と学校の教育課程』を学ぶ

    岩田好宏 本研究所副所長 子どもと自然学会前会長

P33 生涯発達的観点から見た高齢者の地的能力   

    宮坂琇子 本研究所理事 東海大学名誉教授

P45 食物選択行動からみた好き嫌いの考察      

    天野幸子 本研究所理事 女子栄養大学名誉教授

P54 世界史におけるソヴィエト障がい者の位置づけ   

    白村直也 本研究所研究員 大妻女子大講師

P67 脱法ドラッグの現状と対策

    西田隆男 本研究所研究員 帝京大学講師

P73 胎児期の発達補償へ

    中江和恵 本研究所理事

P82 コンフリクト事例研究会への道

    松本  孚 相模女子大教授

P89 不可視の越境

    永井 治 本研究所研究員

P95  2013年度の展望ー備忘録として

    佐藤 有紀 明治大学特任講師など

P100 人間学研究会人間学研究所の歴史と実用的人間学

    佐竹幸一  本研究所専務理事

p114 人間学研究所2012年度の活動報告

    佐竹幸一 本研究所専務理事

今号は巻頭特集として、柴田義松人間学研究所所長のお話しをお聞きし、それについての質疑を掲載いたしました。録音が十分でなく、ここに記載した方以外の方のお話などもたくさんなんったのですが、申し訳ありませんが省略させていただきました。

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