フォト
無料ブログはココログ

« 館山にみる、店舗集中とシャッター通り、(館山にマンションを借りてみて | トップページ | 尿路結石になったとき チョイス @病気になったとき NHK Eテレ自分の経験も »

2013年5月 2日 (木)

『137億年の物語』とH・Gウエルズの『世界文化史』の比較 総合的な知識の必要性

1、C.・ロイドの『137億年の物語』

『137億年の物語 宇宙が始まってから今日までの全歴史』("What on EartHappened"  クリストファー・ロイド著、2012年 野中香方子訳 出版社 文藝春秋2990円+税)という本が翻訳されています。506ページに及ぶ大型な本です。中には豊富にカラー図版が使われています。

Kc4a00550001

「小学校高学年から大人まで」楽しめるということ、また本書の特徴としてとして書かれていることは「137億年を歴史を42のテーマで語る、歴史を点ではなく、つながりで考える、西洋が中心でないアジア、南アフリカ、少数民族、イスラム、とうとう多元的な視点で理解する 地球的な規模で人類の文明も相対化する 豊富なイラストと写真で旅するように歴史を感じる  科学と歴史、その接点を考える」ということです。

 うちでも買って来てから、家内が読んで面白いと、読み続けています。読みやすく物語として面白く読めるものです。

 第1部 母なる自然 137億年前から700万年前                             宇宙の起源から、生命の起源、哺乳類の繁栄まで

 第2部 ホモ・サピエンス 700万年前~紀元前5000年                    人類の起源、ホモサピエンスの誕生能交牧畜の開始

 第3部 文明の夜明け BC5000年~570年ごろ                        文明の始まり、ギリシャからローマ帝国、先住民の生活

 第4部 グローバル化 西暦570年ごろから現在                             中世ヨーロッパ、人類を変えたテクノロジー、世界はどこへ向かうのか 

 137億年を24時間として、今何時ぐらいかをいつも書いています。ホモサピエンスが誕生してから、残された時間はわずか3秒だといっています。ページの端に、時間の経過が書いてあります。全体で42章有る中で、15の「採集狩猟民の暮らし」で、時計の針は、23時59分59秒になってしまいます。

 120ページには、ホモ・サピエンスについて書かれていますが、「遺伝子の研究により、現在地球に暮らすすべての人はアフリカにいたひとつの系統の子孫で有ることがう裏づけられた。今日の人類の遺伝子配列は驚くほど多様性に欠けているのだ。哺乳類の大半の種は、人類より遺伝的多様性に富んでいる。チンパンジーさえそのバリエーションは私たちの10倍もある。遺伝的多様性が乏しくなったのは、ホモサピエンスは、ある時期で個体数が激減し(1000人以上、10000人以下になったと思われる)それで非常によく似た遺伝j経法を共有するようになったのだ。(その理由の一つはスマトラ島で起きた大噴火による急激な気温低下あるいは伝染病など)このような話はなかなか興味深いものです。

各宗教に関して述べていることは、等分に淡々と語られています。しかし27章でローマ帝国に関して書いていますが、28章では先住民の精霊信仰、29章では、コロンブス以前の南北アメリカ大陸とヨーロッパ中心でなく世界を均等にえがいているのが特徴です。

 今までの人類の歴史で、戦争や飢饉や疫病などで、人口が激減したことが書かれています。中世ヨーロッパで、黒死病の大流行などで人口が激減し、それにより、中世の支配体制が揺らいだと書かれています。その原因には地球の急激な気温低下がありました。気温低下により作物が実らず、食物の不足が体力の低下をまねき、病気に対する抵抗力が低下します。中世ヨーロッパでは、一時平均寿命が17歳にまで落ち込んだそうです。

 追記 :ブログ筆者追記 

 また、1492年コロンブスのアメリカ発見以来、ヨーロッパ人はアメリカ、あるいはオーストラリアなどの新大陸に侵入し、極端な収奪、奴隷化、殺人を行いました。またヨーロッパ人の持ちこんだ病気の蔓延などにより、1割近くまでも、人口が減少してしまいました。ヨーロッパでは1537年にローマ法王が原住民もアダムとイブの子孫であると宣言するまで、、南米の原住民やアボリジニはアダムとイブの子孫ではないーすなわち人間ではない-から、略奪しようが殺そうが、構わなかったのです。そして植民地化が完了し、キリスト教を現地人に広めるために始めて、原住民も人間と認めたのです。

 42章は世界はどこへ向かうのか? グローバル化した社会での貧富の差の拡大、そしてテロの増大、人口の爆発と化石燃料の使用と環境汚染、遺伝子組み換えなどによる進化への介入、そして最後に、2011年3月11日の原子力発電所事故による世界における、エネルギー問題での大きな方向転換を迫られていることで結んでいます。そして、マルクス、マルサス、ダーウインの予言と警告が、現実のものにならないようにと願っています。

 「自分の子供に、この地球の歴史をどう教えたらいいか、それがヒントになって本書が生まれた」作者クリストファー・ロイドの言葉であると、本書の裏表紙にかかれています。この本の筆者はサンデータイムスの科学記者として活躍した人物です。地球の歴史を文系と理系の両方の眼から見る本書を、自分たちの子どもたちのために書き下ろし、世界的なベストセラーになった。原書は2008年に出版されています。

 このようなスケールの大きな本は、専門の学者がとても書けるものではありません。科学記者という立場で、歴史全体を眺めていく努力の中で、実現できたものです。そしてこのような書物を読むことにより、人間に関しての全体的な知識を得ることができます。現在のような各科ばらばらな学校教育では、なかなか統一したものの考え方を身につけるのは難しいかもしれません。総合的で、科学的で、実用的な人間学を目指す、実用的人間学でも、このような全体的知識を目指します。このブログの筆者も、人間学研究会で、二回ほど1年をかけて、この本のような一貫した歴史、そして、人間の身体と心、そして、哲学や宗教の分野までを含めた、セミナーを開催しました。このような全般的な知識を得た人が多くなれば、様々な偏狭なものの考え方に陥って、自分もまた周りの人たちも不幸にしてしまう人たちが減ってくるのではないかと期待するのです。

追記: 5月5日 日経新聞の特集で、今歴史書を読む人が多くなってきた、と書かれていました。今までは歴史書は5000部も発行すればヒット作だそうですが、今はかなり発行部数が多いそうです。3部門のうち家族で開く歴史書部門で、『137億年の物語」が第1位になっていました。

H・G・ウエルズの『世界文化史』

Kc4a00560001

 H・G・ウエルズの『世界文化史』("The Outline of History")は最初に1918~1919年に書かれました。何回か改訂され、1951年にR・ポストゲイトがその後の現代の部分を増補しました。日本でも春秋社や角川文庫などで訳されましたが、筆者が感動をもって学生時代に読んだのは1957年(昭和32年)の新潮文庫版です。この本は世界的に大きな反響を呼び、当時世界で300万部が売れたといっています。現在はもっと多くなっているでしょう。H・G・ウエルズは『生命の科学』全5巻も書いており1935年版、平凡社出版も筆者は持っています。

 H・Gウエルズは皆さんご存じなとおり、有名なS・F作家です。『宇宙戦争』、『タイムマシン』、『透明人間』など何回も映画化されていて、S・Fの父とも呼ばれています。ウエルズは『世界文化史』を書く目的を、次のように書いています。

 「わたしが、1918年に世界の歴史を書こうという気持ちを起こしたことについては、いろいろと理由があった。この年こそは、第一次世界後のもっとも疲弊しきった、極度に幻滅を感じた最後の年であった。このような災禍がなぜ起こったのかを考えようとしても、学校で習った歴史では、自分の国以外のことはほとんど知らなかった。そこで改めて『世界の歴史』の必要性を感じたのです。この本はより簡単で平易に読めるようにした。またナポレオンなどを他の歴史家のように単純にほめたたえなかった。そしていろいろな人々がこの本に反論している」

 H・Gウエルズは、世界戦争がおこす恐るべき災禍を再び起こさないように、国際連盟の設立に奔走しました。そして、原子爆弾について予言していました。そしてその原爆により日本が降伏した翌年になくなりました。

釈迦と仏教について

 筆者が学生時代にこの本を読んで特に共感したのは、釈迦やキリストに対して書いたところでした。第3巻の第24章は仏教についてです。「釈迦は通常の食物を要求し、苦行を続けることを拒んで5人の弟子を驚かせかつ恐れさせた。かれが悟ったのは、どんな心理でも人間は健康な肉体によるよく養われた頭脳によってこそもっともよくたっしえられるということであった。」p15 しかし、俗人たちは釈迦の安っぽく驚くような奇跡を求めるものである。p15 釈迦の弟子たちはその師の思想を保存するよりこの樹(菩提樹)を保存することのほうに力を入れすぎたp18

 釈迦はあらゆる人生の不幸や不満があくことを知らない利己主義から来ていることを見究め、、苦悩は個々の貪欲から生まれるものであることを教えた。~人間は自我のために生きてはならないのである。-そうしてこそ初めて人生は落ち着きをえたものになるのである。~涅槃は多くの人が誤って信じているように死滅を意味するものではなくむしろ、人生を卑しくしたり、惨めにしたりひどいものにしたりする自我的目的の死滅を意味するものである

 自己放棄は全きものでなくてはならない。釈迦の見方からすれば、死を恐れることは自己の卑小な個人的生命を限りなく続けようとする貪欲であり、~釈迦の宗教は「不死」の宗教にまさしく対立し、その教義は個人的苦痛によって力をえようとする企てにすぎない苦行者とも、厳然として対立する。p21から22

 人々はより大きな有るものに自身を融合させることがなくては、社会的秩序も、安心も、平和や幸福も、高潔な指導精神なり、王位もないのである。

 原始仏教はいくつかの点で、これまでに述べた宗教とは異なっていた。仏教はまず第一に行為の宗教であり、儀式や生贄の宗教ではなかった。それは寺院をもたず、生贄や祭司という神聖な階級も持たず、またいかなる学的な体系もなかつた。p24

 ここに一部のみを書きましたが、この時期に読んだもっとも釈迦の言ったことにもっとも近い原始仏典『スッタニパータ』を読んで、またさらには、手塚治虫のマンガである『ブッダ』をよんで、釈迦本来の教えに共感し、また次に書くキリスト本人の生き方において、宗教に対する私の基本的な考え方が固まり現在に至っています。

キリストとキリスト教

 第28章 [キリスト教の勃興と、西ローマ帝国の衰退」                    イエスは貧しい説教者で、ほこりっぽくて、日差しの強いユダヤの国をあちこち徘徊しては時折恵まれる食物で生活していたのである。しかしキリストは、そのえがかれた絵のなかで、きれいにえがかれていて、多くの人々はイエスを非現実で非真実の人間と思わせてしまう。p218

 聖書でイエスの父ヨゼフがダビデ王の直系の子孫であるように書いているが、この書き込みが不合理なのは、その伝説によると彼は実はヨゼフの子ではなく、奇跡によって身ごもったということだからである。p218(これはブログの筆者が、聖書を読んで違和感を感じたところです)

 イエスが自身を「キリスト」(ギリシャ語で救世主)とか神の分身とかを主張したことはなく、重要なことと考えていなかった。~懐疑的な著者(ウエルズ)は大胆にイエスをキリスト教とよぶことを全く否定しているほどである。p221

 改宗者や弟子たちは、次第に神殿や裁断や恐ろしい神々、贖罪の儀式や、聖職者の献身、呪術的な祝福といった昔ながらの思想に立ち戻り、やがては憎悪、利害、競争、尊大などの古い習慣的な生活にぎゃくもどりしていったのである。p221から222

 イエスはユダヤ人のみが特別な神に祝福された民族ではなく、男女や身分を問わず、すべての人が神の元に平等であるいった。

 イエスの教えのうちには富豪や、祭司や交易者や、帝国の官吏や一般のそうとうな市民にとっては、その生活の大部分を革命的に変化しなければ受け入れられないものが数多くあったが、しかもそれは釈迦を真に信じる弟子ならば、極めて容易に受け入れられることであり、初期の仏教徒にとってはナザレので死になることには何の妨げるものはなく、イエスの直弟子にしても釈迦の全経典を受け入れることはまことに楽なものであったろう。p229,230

 以上のような、H・G・ウエルズの釈迦やイエスに対しての考え方は、前にも書いたように」ブログ筆者の宗教に対する基本的な考え方の元になったものです。そしてブッダや、イエスは好きで、いわゆる後世弟子たちが作り上げた「宗教」は嫌いという考え方です。

 他にも『世界文化史』では、さまざまなことを、知ることができました。『137億年の物語』では、全体の歴史を幅広く学ぶことができるという点は、優れていますが、H.G・ウエルズのような、世界観、人生観を示そうと言うものではありません。いずれにしても、興味をお持ちでしたら、ぜひお読みになってください。

★ 『世界文化史』は現在出版されていないようです。1902年に書かれた、『世界史概観』は岩波新書で、上下巻であるようですが。出版されていないとすれば残念なことです。

                       

« 館山にみる、店舗集中とシャッター通り、(館山にマンションを借りてみて | トップページ | 尿路結石になったとき チョイス @病気になったとき NHK Eテレ自分の経験も »

自然と歴史」カテゴリの記事

コメント

 こういち 様
H・Gウエルズの『世界文化史』は、英国では、絶版になることは無く、今でも出版されています。 日本の出版事情は、低俗な書物や漫画等々に占められていて、良書は、片隅に追いやられている感があります。
 「文学」のジャンルでも、ポルノ紛いのくだらない小説が受けていて、後世にどう評価されるのかと思います。 これは、映画でもTVでも同様で、テーマは貧相で、学芸会程度の阿保らしい作品ばかりです。
 音楽でも同じです。 何時でしたか、昼食時に子供じみたBGMを大音量で流しているレストランで、堪りかねて、音量を落すように云ったことがありますが、出来ない、と云われましたので、下手な歌手の歌を聴くのは苦痛なので出る、と退出したことがあります。 本当に、音階を間違う、声量の無い、素人がルックスが良いだけで「歌手」と云う馬鹿らしさ、には呆れ果てます。 まあ~、これは、俳優でも、政治家でも同じですけれど。 
 日本は、何時から、こんな無様な有様になったのでしょうか? 

とら猫イーチ様
 『世界文化史』は、極めて得るところの多い書物で、絶版になっているのは、本当に残念です。今書物の出版自体が極めて衰退していますね。
 小説でも「ポルノまがいのくだらない小説が受けていて」、というのは何か推測ができます。本屋に行って買おうと思っても、予約しないとかえないとのことでした。すでに私もブログに批判を書きましたが、新しいものも読んだら感想を書くつもりです。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1246711/51449644

この記事へのトラックバック一覧です: 『137億年の物語』とH・Gウエルズの『世界文化史』の比較 総合的な知識の必要性:

« 館山にみる、店舗集中とシャッター通り、(館山にマンションを借りてみて | トップページ | 尿路結石になったとき チョイス @病気になったとき NHK Eテレ自分の経験も »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

最近のトラックバック