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2014年6月26日 (木)

奴隷制度と人身売買ー韓国ドラマも参考に 光宗大王、チャン・ノクス、広開土太王追加版

2014年6月追記版  

2013年2月24日 追記版 「光宗大王」の奴隷解放

 毎日欠かさず見ている韓国歴史ドラマの一つにBS朝日の「光宗大王 帝国の朝」があります。高句麗、新羅、百済の三国時代の抗争から、909年韓国・朝鮮を王建が統一し高麗を建国しました。このドラマは原作では200本ととても長いもので、日本では180くらいにちじめられていました。それも私はずっと見てきましたが、「光宗大王」はその後の高麗の時代をドラマ化したものです。ちなみにBS日テレでさらにその後の高麗の戦乱の時代をえがいた「武人時代」も見ています。

 光宗は初代王の王建の三男であったが、兄の死のあと4代目の皇帝となりました。二代目三代目の皇帝は、王建を助けた大豪族が実権をにぎり、王権は極めて狭められていました。豪族はそれぞれの地方を支配し、奴婢(奴隷)を私兵として抱え、いわば独立国家のような状態でした。

 光宗は、一つには「奴婢按検法」を制定し、三国時代に戦いに負けた兵士やその家族などを中心として、人口の半分ぐらいを占め利用な有様でした。その奴婢を大豪族は私有財産として、田畑を耕させた私兵としていました。一般の平民は少なく国の税収はわずかでした。光宗は始め大豪族に従順なように見せかけしだいに体制を固め、一気に「奴婢按検法」を制定したのです。戦争などにより奴婢となったものは役所に届け出れば平民とするというものです。そのことにより、豪族の所有する奴婢は半減し、新しい民は兵士になるか土地をもらって耕作できるようになりました。それで国に入る収入が増えるわけです。また科挙制度を導入し、豪族の子弟だからと高位についていたものを学問の力によって選定しようとするものです。これらにより大豪族の地からは大きく抑えられ、高麗の国は安定しました。しかし光宗の死後また豪族はしだいに力を得てくるようになってしまいました。

2012年9月7日追加

 このブログは最初に書かれたのはだいぶ前なのですが、ほとんど毎日のアクセスがあります。2012年8月から韓国歴史ドラマ「広開土太王」が始まりました、平日午後4時からBS日テレで放送されています。9月5日(水)の番組のテーマは「犬闘」でした。若きタムドクが、奴隷商人につかまり、「犬闘」と言う奴隷どうしで、死ぬまで戦わせ、どちらが勝つか書けるというものです。ちょうどローマの剣闘士と同じようですが、剣闘士に比べて、待遇は劣悪で、ただの殺し合いの材料になっています。戦争が続いている時代には、国が滅び、大量の難民が出ます。そうすると、奴隷商人が難民を捕まえ、奴隷にします。韓国朝鮮では奴隷もしくは奴婢と言うのは、公然とみとめられていたので、そういう商売が成り立つのです。後でも書きますが、日本では公然とした奴隷としての売り買いはみとめられていまsんでいたが、戦乱の時代には、国内でもあるいは国外にも大量に売られました。

 今でも、ときどき新聞にフィリピン女性が売られて、売春させられていて、それが保護されたなどの記事が目につきます。

このブログのもとは2009年10月6日に書かれたものですが、2012年3月にもまだかなり読んでいただいています。現在、BS日テレの平日16時から「王妃チャン・ノクス 宮廷の陰謀」という韓国歴史ドラマが放送されています。チャン・ノクスは朝鮮王朝で三大悪女(妖女)といわれています。

 このドラマでは、朝鮮王朝における賤民(奴婢、奴隷)のひどい状況が良くわかりますので、追加として書いてみます。

 まずチャン・ノクスは貴族階級である両班(ヤンパン)と、そこで働いている賤民の母親との間に生まれました。チャン・ノクスの父親が賤民である母親のいる部屋に来て犯し、チャン・ノクスが生まれます。賤民の女性は拒否できません。そしてチャン・ノクスはひそかにかくまわれて生まれますが、しっと深い両班の奥方により、母親は殺されてしまいます。賤民はあくまでも主人の持ち物であるので、殺しても法の裁きを受けません。チャン・ノクスの父親は弱くて何も言えません。そして、娘のチャン・ノクスは賤民の扱いを受けます。その後チャン・ノクスは結婚して子供もできますが、その家を離れ、娼生(キーセン)となり、朝鮮国王燕山君に見染められます。それ以後は燕山君とともに、暴虐な行いがあり、悪女といわれるようになりますが。賤民の厳しい立場が良くわかります。

 もう一つは同じ、「チャン・ノクス」で、燕山君の側近の宦官として権力をふるう、キム・ジャオンについてです。キム・ジャオンは貧しい家の息子で((賤民だと思います)、宮廷の宦官であるキム内侍に金で買われ、養子になります。宦官は男性機能をなくしてしまうから養子をとるしかないのです。キム・ジャオンは養子になるときに、男性機能を失います。宦官は子供を作れない代わりに権力や金銭を追い求め、政治の腐敗の元になりました。

奴隷とは、人間を人間として扱わず、物や家畜と同じように売買し所有するものです。奴隷制度とか人身売買なんていうものは、ずっと過去のもので、現在は全く関係ないとおっしゃる方は多いと思います。実際はどうでしょうか。

日本において

 日本においては、すでに邪馬台国以前から、奴隷(東洋では奴婢といい、奴はおとこ、婢はおんなです)の存在が記録されています。律令制の時代には、人口の五%が五色の賎といわれていました。平安時代には、人を略取(人さらい)して、人身売買するのが増加しました。有名な「安寿と厨子王」はこのころの話です。中世には、人身売買が、ひとつの産業として定着する有様でした。南北朝の内戦期には、倭寇が朝鮮や、中国で奴隷狩りをしました。日本の戦国時代には、戦闘により、相手の国の領民をとらえる、「人取り」が横行しました。「人取り」は最も割りの良い戦利品で、日本人は高く売れ、日本人奴隷は、ポルトガル商人により世界中に輸出されました。おそらく、ポルトガル商人にとっては、キリスト教信者でないものは、人間ではないと思っていたと思います。関白豊臣秀吉はその実態を知り、バテレン追放令を出した大きな理由となっています。

 江戸時代には、「人さらい」は死罪となり、奴隷身分は禁止されましたが、エタや非人と呼ばれる、被差別階級はのこりました。しかし、年貢を上納するための娘の身売りは認めました。いわゆる「人買い」が横行したのです。また、前借り金による青少年の年季奉公(奴隷労働)も継続しました。明治以降、日本人女性が、「からゆきさん」として東南アジアにたくさん売られていきました。また、資本主義時代には「蟹工船」に見られるような、新たな奴隷労働も生まれました。明治になって、ようやく、1870年に外国人への児童の売買を禁じ、1872年に芸娼妓解放令を出しましたが、不完全でした。

日本において、人身売買が全面的に禁止されたのは、戦後のことであり、「人身売買および、他人からの売春からの搾取の禁止」の条約は1949年にようやく発効しました。「人身売買罪」を新設したのは、2005年6月のことです。日本には、東南アジアや、南米から、売春のために売られてきた女性がたくさん存在しています。アメリカ国務省の「人身売買報告書」では、2005年に日本はようやく、「監視対象国」から、「基準に満たないが努力している」に変わったのです。しかし、日本は、「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」を批准していないため、国連が2000年に採択した同条約の、「人身取引に関する補足議定書」も公式に批准していません。

 世界中を見てみますと、ネパールの貧しい女性をだまして、インドなどの売春組織に売る大がかりな組織があります。また、北朝鮮の女性を、脱北を手助けすると称して、売り飛ばすということも行われています。さらには、臓器移植のための、人さらい、人身売買など、今でも大量に人身売買や、奴隷労働が行われています。

韓国、朝鮮では

 韓国には様々な奴婢階級が出てきます。韓国歴史ドラマでも、いろいろな奴婢が出てきます。高麗から1392年に始った、朝鮮王朝は奴婢階級が重要な役割を果たす、奴隷社会でした。李氏朝鮮では、人は、良民と賎民とに分けられました。良民は、特権階級の両班(ヤンパン)や中人、常民です。賎民奴婢と最下層の白丁(ペクチョン、賭殺などに従事)に分けられました。さらに、奴婢は国家が所有する、官奴婢と私奴婢がありました。親のどちらかが奴婢であれば、その子供も奴婢になることになっていました。奴婢には人権はなく、殺すのも、売るのも、解放するのも所有者の気分次第でした。大体奴婢は今の金銭で1万円くらいで売られたそうです。自由に結婚することもできず、いろいろな悲劇が生じ、よくそれがドラマに出てきます。

 韓国ドラマで、大変評判になった「チャングムの誓い」では、チャングムは医女になりますが、医女は官奴婢です。妓生(キーセン)は国家が管理する技芸と売春をおこなう官奴婢です。いろいろな階層がありました。「ファンジニ」というドラマでは、朝鮮で一番というファンジニという妓生が主人公でした。医女は後世、妓生とほとんど同じようになってしまいました。官奴婢には、税を徴収するものとか、国営の牧場で牛馬を飼育するものなどがありました。今度、「推奴(チュノ)」という、奴婢から逃亡した主人公とそれを追いとらえるもののドラマが来年1月から始まります。ドラマ「大王世宗」でも、不当な理由で奴婢となったものを調査して、領民に戻す役所のことが出てきます。また、ドラマでは、チャン、ヨンシルという、奴婢のため、その家のお嬢さんと恋仲になっても、思いが遂げられない、という話が出てきます。

 朝鮮では、ほかに巫堂(ムーダン、巫女)や僧侶も賎民扱いされていました。私奴婢は、農民で年貢が払えなくなって没落したものを、地主が奴婢にしたものが多いのです。朝鮮の大豪族は広大な土地を所有し多くの奴婢を働かせていました。「大王世宗」では三代国王の太宗を即位させた創業からの功臣で、総理大臣に当たる、ハ、リュンが広大な私有地と2000人(500人とも)の奴婢を所有していたとして罷免されています。朝鮮では、1801年にようやく官奴婢制度が廃止されましたが私奴婢はのこりました。

 そして、完全に廃止されたのは、なんと、1910年の韓国が日本に併合された年でした。韓国が、一時日本に後れをとったのは、日本にくらべ、奴隷制を含む身分制度が、社会の発展を阻害したと思われます。

2014年6月26日追記 

『人身売買・奴隷・拉致の日本史』

  渡邊大門 2014年4月10日発行 柏書房 2200円+税

    帯封の宣伝に書いてあるもの

 日本人が日本人を襲い、日本人が中国人・朝鮮人を襲う。そんな暗黒の時代が確実に存在したのである。

 3万7千人もの朝鮮人が島津氏領内に拉致された!?

  (強制的に奴隷として日本に拉致された朝鮮人は、主に九州各地に住んでいたが、島津氏の領内にはその数が3万7千人にも及んだという。彼らは陶磁器の製造を行った。

 日本人の人買い商人のうち、あるものは自ら朝鮮半島に渡海して奴隷を買いあさり、またある者は日本国内でポルトガル商人に転売して巨万の富を得た。

 彼ら奴隷は牛馬のように肉体労働に従事させられた。)

日本人奴隷は、ポルトガル商人によって東南アジア・インド‣ヨーロッパ売り飛ばされたが、悪いのはっ売ってくる日本人である!?

 奴隷になったほうが、生活が豊かになったこともある!?

各章の内容

第1章 奴隷・人身売買の黎明

第2章 室町・戦国時代の人身売買

第3章 世界を駆けめぐった日本人奴隷

第4章 文禄・慶長の役と拉致

詳しくは後で付け加えます。

 

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