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2014年6月 5日 (木)

光武帝の小説『草原の風』と『人、相食む』(第五倫伝)私の小説 後漢時代初期の面白さ

『人、相食む』後漢初期の人間学について

 このブログは2011年12月24日付で書かれたものでした。今劉邦が 注目されています。それで私の書いた小説もそこのままほおっておけなくなりました。(2014年6月5日)

 小説の題を「第五倫伝」後漢初期の人間学、に改めて、少しづつブログにて紹介します。2016年8月

 最近相次いで劉邦について、が脚光を浴びています。一つは毎日新聞の朝の連載小説が宮城谷昌光氏の『劉邦』で、2014年6月5日現在連載312回目で、秦の圧制に対して蜂起した項梁の指揮のもと、劉邦や項羽が秦軍と戦うところです。BS朝日でつい3日前から、李朝朝鮮の創始者を描いた韓国歴史ドラマ『大風水』にかわり午後三時から中国の歴史ドラマ「項羽と劉邦」が始まりました。

 これに刺激をうけて、だいぶ前に書いてそのままになっている私の小説「人、相食む」も何とかしなければいけないと感じた次第です。とりあえず、ずっと前に書いたブログをまた最近のものに復活させました。

追記:2016年8月7日

 小説『人相食む』を、題名を『第五倫伝』-後漢初期の人間、に変え、1章と2章とを入れ替えるなどを行い、このブログに書いてみました。1章だけは転記完了しました。まだまだ不備がたくさんあります。これからはとびとびに、ブログに載せていくことにしました。

 『草原の風』について

宮城谷昌光氏の小説『草原の風』全三巻(中央公論新社)の下巻が2011年12月10日出版され、完結しました。この小説は『読売新聞』の連載小説として2010年2月から、2011年8月まで書かれたものです。私は、読売新聞をとっていなかったので、連載しているのは知っていましたがその内容は読んでいませんでした。宮城谷氏の中国の歴史小説は、大変面白く、出るとすぐに書店に買いに行き、数巻のものでも、たちまち読んでしまいます。本は初期の本も文庫本ももっているほどのファンです。

 平成8年3月の第32回実用的人間学例会において私が「宮城谷昌光における人間学」についてお話しをし、さらに平成10年11月にも「実用的人間学第61回例会」で、「宮城谷昌光における人間学ーその2」と題してお話ししました。24ページに及ぶ資料で、後漢初期の時代背景、そして宮城谷氏の小説の中から、感動的な話し、有益な話を書きだして説明しました。

 宮城谷氏は中国の歴史書を克明にメモをし、ノートに書きつけて、その膨大な資料から小説を書いています。その知識にはいつも感嘆させられます。宮城谷氏の文章は、日本では使わない、極めて難しい言葉や漢字がよく書かれています。逆に普通漢字にするところをひらがなにすることが多いのです。

 慍然(うんぜん)として=(むっとしてというところ)とか、倶(とも)に=(共に)とか、人を恤(あわれ)む=憐れむとかいった具合で、振り仮名がたくさんついています。しかし、「おどろきをかくさず」とか、「はいった」とかは仮名のままです。

 また、「-ついに、きたか。」とか、「ーあの人だけになってしまった。」とか印象的な短文んを多用します。また、会話も短く歯切れが良いので、文章を読んでいても、はずんでいく感じがします。わたしにはとてもかけない文体です。私はどうも、くどくどといろいろ長く書いてしまいすぎます。

 『草原の風』は光武帝が親を亡くし、叔父に預けられ、肩身の狭い思いをしたことから都で、苦労して勉強したこと、兄が王莽に反旗をひるがえした時、それに参加したことから始まります。光武帝は自分に背いたものも度量をもって許し、その能力を見極め、どんどん有能な部下にしていきます。前漢の劉邦と違い、部下に背かれることも無かったし、天下を取った後、部下を殺すこともありませんでした。人間的に劉邦に比べて極めて優れていたと言えましょう。そして皇帝に即位してから、10数年たって、生まれ故郷に、錦をかざる、あたりで終わります。

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(光武帝の肖像画です。眉目秀麗といわれました)

 光武帝が本当に偉いのは、自分だけではなく、自分の跡継ぎの皇帝になるものに対して、「元元をもって首とする」(民衆がもっとも大切であると)ということを徹底させました。そのため、わたしの小説『人相食む』に書いたように、自分自身が善政を行っただけでなくその後4代の皇帝が善政を行い、あとで「建武・永平の治」として後代から模範となる時代を築いたからでした。前に書いたように前漢初代皇帝、劉邦は多くの功臣を謀反の疑いをかけ殺してしまいました。しかし後漢の劉秀はそういうところは全くありません。やさしさと人間味にあふれています。

 そして、いままで、中国の正史で、平均して17年に一度という、ずっと書かれてきた、「人 相食む」ということが中国の歴史上で82年間と最も長い間なかった時代を作りあげたのです。その時代を実現した、各代の皇帝とそれを支えた、第五倫鄭弘謝夷吾などの名臣や理論的な支えを作った王充などの活躍した、その時代に私の小説は主題をおいて書きました。王莽の戦乱で極端に減少した人口が、4代の皇帝の善政で人口が前漢最高レベルに戻りました。

 後漢時代の初期についての小説は、今まで極めて少なく、塚本靑史氏の『光武帝』三巻が2003年4月~5月に講談社から出されたものと、太佐 順氏の書いた『班超』2004年10月PHP文庫として出版されたものぐらいです。『三国志』が様々なかたちで出版されそれを基にしたゲームがたくさん出るようになっているのに比べ大変少ないのです。『草原の風』にも「三国志よりさかのぼること二百年。曹操・劉備・孫権の活躍にもひけを取らない、こんなにも面白い時代があった!」と書かれています。

 後漢初期の小説が少なかったのは、『後漢書』の和訳が無かったからです。ですからそれを訳すのが大変でした。ところが2001年に、岩波書店版汲古書院版があいついで出されました。和訳本が出れば、これからどんどん、三国志時代に劣らない面白い話がいっぱいある時代ですから、今後小説が出てくることでしょう。

 塚本氏の『光武帝』は宮城谷氏とほぼ同じ時代を小説にしています。しかし、塚本氏の小説では、赤眉賊の頭目である、樊崇や悪少年出身の赤眉の頭目である力子都などの活躍がかなり力点を置いて書かれているのが、宮城谷氏と異なるところです。

小説 『人相食む』について

 私は2009年7月に「こういちの人間学ブログ」に「『小説人相食む』後漢初期の人間学」を書きました。もともと、私が後漢初期の小説を書こうと思ったのは、1999年ころにノストラダムスの予言だのオウム真理教の騒ぎがあり、神秘主義を批判した後漢初期の唯物論哲学者、王充の小説を書こうと思ったことから始まります。2000年には中国語を学び、王充の墓を訪ねて、紹興県上虞市まで行きました。当時「後漢書」の和訳は無く、中国語の後漢書を買って自分で訳したりしました。2001年には「公募小説にチャレンジ」などというカルチャースクールにも行ってみました。「後漢書」の中から、「第五倫」について100枚、「謝夷吾」について、20枚を書いて応募しましたが落選しました。『謝夷吾』は同人誌『孤帆』24号に掲載させてもらいました。

 いろいろ書き続けた結果、2002年には『人相食む』という題に変え、書き続けました。2006年には原稿用紙1000枚で新風舎、文芸社に応募しましたが、自費出版では200から300万かかるということで、断念しました。新風舎はみなさんご存じのとおりその後倒産しました。そのまま書き続け、2010年9月には、前漢末から、後漢王朝4代の和帝以後までを書いた大小説になってしまいました。『人 相食む-後漢初期の人間学』という題で、ペンネームも王伯人としました。40万字、A4リッチテキスト方式で365ページにおよぶ大小説になってしまいました。それでもまだまだ、完成したとは言えない状態です。今中断しておりますが、興味ある方には今まで書いたものをCDでさし上げます。

◎これから、もう少し文章を付け加えます。

追記 2016年8月

 『人相食む』という題から、「第五倫伝」という題に戻して、章も少し変えて、ブログに書いています。もう少しで第1章がおわりますが、改めて打ち直すのは大変です。

 

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コメント

私も、5~6年前から劉秀文叔さんを、尊敬しています。もし、劉秀さんが、今でも生きていたら、義兄弟の誓いをたてたいです。先生の書いていたのが、CDに記録しているのなら是非、いただきたいです。それでお金の方は、どのくらいかかりますか?私も、もっと劉秀さんの事について自分のものにしたいです。今の日本に、必要な人です。
私自身も、劉秀になった気持ちになって、これからの人生を、歩みたいです。これからも、メールを見て励みとしたいです。

高田恵一様

 コメントありがとうございます。光武帝を尊敬しておられるとか、私も心から尊敬しています。
 私が書いた小説は、光武帝から明帝、章帝、和帝の4代の善政の歴史とそれを支えた第五倫などの小説です。まだ不備があると思います。
「こういちの人間学ブログ」に少しづつ書いています。ご覧になってください。カテゴリー「第五倫伝」です。
 CDをつくり郵送することはできます。実費で結構です。光武帝のことだけでなく後漢初期100年近くのことを書きました。感想を聞かせていただくとありがたいです。
 

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