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2014年8月 3日 (日)

『イエス・キリストは実在したのか?』 イエスは帝国支配にあらがって敗北した貧農のユダヤ人革命家

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イエス・キリストは実在したのか?」

 7月29日に本を買いに行った中で、大変興味深い本を見つけました。「イエス・キリストは実在したのか?」という本です。作者は1972年生まれでイランからアメリカに移った宗教学者でレザー・アスランという人です。2013年に書かれ、2014年7月に翻訳されました。白須英子訳、文芸春秋刊、1850円+税です。キリスト教が生まれる前のイエスの実像に迫る研究を20年近く続けその成果としてこの本をだしたというものです。この本はアメリカでセンセーションを起こし20万部を超えたという。世界25か国で翻訳される予定だという。カルフォルニア大学助教授。イスラム教徒による実証研究というところが大変珍しい。

はじめにー歴史上のイエスを再現する

 本書の意図は、キリスト教が発足する前のイエス、歴史上の人物としてのイエスを可能な限り再生してみることにある。

 イエスを彼が生きた時代、ユダヤ教の信仰と実践のありようを永久に変えることになるローマ人に対する蜂起がじわじわと盛り上がりつつあった時代の社会的、宗教的、政治的背景にしっかり据えて描けば、それはそのままイエスの伝記になる。 p24,25

英語の原題は”ZEALOT The life and times of Jesus of nazareth”

「革命家(熱狂者) ナザレのイエスの生涯と日々」

 帯封に本の内容が要約して書かれています。

「聖書」はもともとイエスの死後布教に携わったイエスの使徒たちの手紙や文書をひとつに編んだもの。

この世の魂を救う手立てを探索する(青年時代の)私に思いがけないことが起こった。信仰を持たない人々の疑問に答えるときにそなえて聖書を深く読めば読むほど、福音書にあるイエスと歴史上の人物としてのイエスー「救世主イエス」と「ナザレのイエス」との間に隔たりがあることがわかったのだ。

もはや自分の読んだ物語が文字通りの事実であるという想定にとらわれなくなっていた私は原文書のなかに、歴史の切迫した事情によって意図的に除外された重要な真実に気づいたのである。皮肉なことに、ローマ帝国の無慈悲きりきわまりない占領に大胆に反抗する動乱の時代に生きた歴史上の人物としてイエスを知れば知るほど私は彼に心を惹かれるようになった。~浮世離れしたイエスよりも、世界最強の帝国支配にあらがって、敗北してしまう、貧農のユダヤ人革命家のほうが、私にとってずっと現実感のある存在になった。p12

著者はそれぞれの弟子たちの文献、聖書以外の歴史的な資料を比較調査することにより、聖書で何が捏造され、何が史実から落とされて行ったかを明らかにしていく。

熱心なキリスト教徒からムスリムに転向して、客観的にイエスを見ることができるようになった。

本の内容

第一部 ローマ帝国とユダヤ教

第1章ローマ帝国と手を結ぶユダヤの大祭司たち

第2章ユダヤ人の王ヘロデの実像

   貧農の反乱と「メシア」

   ヘロデ属王による反乱鎮圧

   属王ヘロデの死去とローマの直轄支配

第3章ヘロデ王は赤子大虐殺などしていない

   初期キリスト教徒はイエスの生涯に無関心だった

   神話と現実を区別していなかった福音書

   さまざまに解釈された「メシア」

第4章地上の革命求める者たち

   読み書きのない習慣がない社会にいたイエス

   処女降誕伝承とイエスの家族

     イエスには、少なくともヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダという4人の兄弟 

     とほかのしまいもいる大家族

     1世紀のパレスチナで独身でいるのは極端に珍しい事実

第5章 世界最強帝国に宣戦布告する

第6章 聖都壊滅という形で現実化した「世の終わり」

第2部 革命家、イエス

    プロローグイエスはなぜ危険視されたのか

第7章イエスの陰に隠された洗礼者ヨハネ

第8章善きサマリア人の挿話の本当の意味

第9章 無償で悪魔祓いをする男

第10章 暴力革命も辞さなかった男 

第11章 イエスは自分を何者と見ていたのか?

第12章 ピラト裁判は創作だった

第3部キリスト教の誕生

   プロローグ「神」になったイエス

第13章ユダヤ人スディアスポラから生まれたキリスト教

第14章パウロがキリスト教を世界宗教にした

第15章イエスの弟ヤコブが跡を継いだに見えたが・・

   エピローグ 歴史に埋没したナザレのイエスの魅力

どのようなことをなことを問いかけたのか

イエスとは実際にはどのような人物だったのか?

そして、イエスは何を実際に説いていったのか?

そして、それがどのように変質して、世界宗教へと飛躍していったのか?

聖書の物語と、実際の史実の差から見えてきたものとは?

「聖書」から落とされた史実、捏造された物語

キリスト教は、イエスが作ったのではない

福音書は、実際のイエスを描いていない

イエスは、過激なユダヤ人ナショナリストであった

イエスが説いたのは、愛と平和ではなく、武力行使も辞さない革命だった

ヘロデ王は、赤子大虐殺などしていない

ローマ総督ピラトがイエスを三度助けようとしたというのは作り話

キリスト教は、パウロによって世界宗教となった。

-キリスト教のローマ化とイエスの家族の地位低下

 新約聖書の大部分はパウロが書いた。

イエスは大変革をもたらす熱烈な革命家から、ローマ風の神格化された英雄へと次第につくりかえられ、ローマ人の抑圧からユダヤ人を解放しようとして失敗した一人の人間から、浮世の問題には全く関心のない天界の存在にされていったのである。p222

 一つはイエスの弟ヤコブを旗頭とした陣営と、元ファリサイ派のパウロが陣頭する陣営である。最終的には、これら憎悪に満ちた、敵対意識丸出しの当事者間の抗争が、何にもまして、私たちが今日知るグローバルな宗教としてのキリスト教をかたちづくることになる。

この本の最後に(p276)著者の結論の言葉として

 救世主イエスと人間イエス

 2000年後の今、パウロの創り上げた救世主(キリスト)は、歴史上の人物としてのイエスをすっかり包含してしまった。~

歴史上の人物としてのイエスの包括的な研究で、できれば明らかにしたいのは、「ナザレのイエス」-「人間としてのイエス」で、それは「救世主(キリスト)」イエスに負けず劣らずカリスマ的で、人を動かさずにはいらない魅力に溢れる,賞賛に値する人物だからだ。ひとことで言えば、彼は信じるに値する人物だ。

 と、述べられている。

略年表

紀元前63        ポンペイウス、エルサレムを征服

紀元前4         ヘロデ大王死去

紀元前4ー紀元後6  「ナザレのイエス」誕生

  6           ガリラヤのユダの蜂起

  26          ピラト  ユダヤ総督に

  26-28      洗礼者ヨハネの宣教開始

  28-30      ナザレのイエス宣教開始

  30-33      ナザレのイエスの死

  36          サマリア人の蜂起

    37年ころ       タルソスのサウル(パウロ)の回心

  48          パウロの最後の書簡

  62          イエスの弟ヤコブの死

  66          ペテロとパウロのローマでの死

  66          ユダヤ人の蜂起

  70          エルサレム陥落

  70-71      「マルコによる福音書」書かれる

  73          ローマ軍のマサダ占領

  100-120    「ヨハネによる福音書」書かれる

  313         コンスタチヌス帝「ミラノ勅令」

                キリスト教が国教に

◎イエスの宣教活動は長くても3年ぐらいしかなかったことがわかる。

 イエスの教えは、ローマ帝国で教えを広めるために変質し、313年キリスト教がローマ帝国の国教になるに従いさらに変質した。そしてキリスト教が国王以上の権力を持つに至り、決定的に支配の道具になっていった。

 この本には大変詳しい原注が付いており、著者の見解を裏付ける根拠になっております。これも本書が優れている点です。          

 訳者あとがき

 福音書記者たちにとって、ユダヤ人の独立運動から距離を置き、イエスの物語から、急進主義や暴力革命や一途な行動の片りんをできるだけけし去りイエスの言葉と行為を自分たちが置かれた新たな政治環境適合させようとしたのは極めて自然なことだった。

 ローマ―とりわけローマの知識人エリートーがキリスト教伝道の主要なターゲットになっていた。

 ローマ帝国で布教するためにユダヤ的要素を取り除いて編纂されたのが「新約聖書」ということである。だからこそ、世界中の人々が受け入れることができたのではないか。

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宗教と死」カテゴリの記事

コメント

イエスが実在したか、しなかったか、どんな人物であったか、当然興味あることですが、問題は、その教えの内容でしょう。

二千年前のイエスがどうだったか、よりも、現在までに紆余曲折してきた「教え」の変遷の跡を以下に探査するかということでしょう。

根保孝栄・石塚邦男様 いつもコメントありがとうございます。イエス・キリストは実在したのか、しなかったのか?この本の翻訳における題も、イエス・キリストは実在したのか?です。結論としてこの本では実在した人物として扱われています。ただし、現在いわれているキリスト像とは全く異なっています。はじめキリスト教にあこがれ、その後イスラム教に改宗した著者ができるだけイエスの実像に迫ろうとしています。その結果、やはりイエスは存在していたとして、考察しているのが面白いと思います。

( ̄ー ̄)ニヤリ
イエスキリストは実在したかしなかったか・・・
どうでもいいことのようだが、クリスチャンには重大問題だろう。

とら猫イーチ様 亡くなられたご友人は、ずいぶんと気をつかわれたのですね。そのように気を使われる素晴らしい方が急な病気で亡くなられるとは、とても残念なことですね。お悔やみ申し上げます。
 本を買ってもそのままは私も同じです。同時に買った外の3冊はほとんど読まずそのままです。下手をするとそのままになりそうです。
 それから御宗派が浄土真宗本願寺派とのことですが、その通信教育を受けようと思っていらっしゃるということですが、すばらしいことですね。うちは真宗大谷派です。ともに宗教としてはかなり合理的ですね。お葬式でも迷信を否定します。私もかなり興味をもっています。
 体のことを心配いただきありがとうございます。私の起こした視床出血は多くが寝た切りになるようです。そうならないようにリハビリを頑張っております。
 それから猫のことですが、21,5歳のオスねこがあごががんになり、膿をもってそれが破裂したりしています。そのたびに獣医に注射を打ってもらい少しよくなりますが間隔が短くなっています。今年もつかどうかです。会えないままさよならになってしまうかもしれません。。

こういち様。
 御親切に有難う御座います。 本日、亡くなった友人の仲人をされた方(私の上司でもあった人です)に電話で内情を聞きましたが、友人の病気は、想像していたとおりに悪性腫瘍で、余命六か月と医師に宣告を受けたそうでした。 
 彼は、真面目で人柄が良く、私が故あって離婚した後に色々と力になってくれました。 自分の死を前にしても誰にも言わず、仲人をした人にのみ別れを告げに行ったそうです。
 職場の人間も友人・知人も何も知らずに、私が連絡すると驚いていました。 彼らしいです。 心配させたくなかったのでしょう。 半年経過して皆が知れば、そうだったのかと納得してくれるだろうと思っていたのでしょう。 優しすぎるやつでした。
私は、昨夜、一人で遅すぎるお通夜をしました。 一人でビール(発泡酒ですが)の缶を開け、念仏を唱えてから飲みました。 

 さて、御病気の後の御投稿を御謙遜されておられますが、私のように本を買っても積んどくの人間には、内容の御紹介は、本当に助かります。 御要約を読むだけで、本を読んだ気になってしまいます。 
 因みに、本の要約を一定期間の契約で請け負うビジネスも米国にはあります。 典型的なものはあの「リーダーズ・ダイジェスト」です。 忙しいビジネスマンに大部の書籍はなかなか読めないので、要約を提供しているのです。 文書では無くて、音声で要約を提供する会社もあります。 
 米国のアマゾンでは、ビジネス書の要約の音声が販売されています。 通勤時間に車内や電車内で聴くのです。 
 しかし、文芸書では、要約したものを音声で聞いても無味乾燥でしょうね。 
 御紹介されたイエスに関わる新しい観点には、興味が湧きます。 実は、私自身は、我が家の宗旨である浄土真宗本願寺派の通信教育を受けようと考えているところです。 今年は、既に募集締め切りになりましたので、一年間じっくりと考えて来年に受講しようかなと考えているところでした。
 通信教育でも受ければ、新しい発見があるかも知れません。 我が家の宗旨でも見様見真似で、いわゆる「門徒もの知らず」ですから、お恥ずかしい次第です。  
 御病気の後でも新著を読まれて御要約と御感想を書かれる御気力には驚きますが、くれぐれも御体を御大切に御願いします。 何と云っても、こういち様は、未だ未だ現役で御仕事されておられるのですから、御体が資本です。 猫さんも応援されていますよ。

とら猫イーチ様 コメントどうもありがとうございます。半年前に知人の方がお亡くなりになり、退職者の会報ではじめて、亡くなられたことをしったら、ショックでしょうね。そして連絡先もわからなくなり、どうなったのかわからくなるとは。そのほかにも連絡はあってもなくなられる人がつづくとはさぞ気がめいられたことと思います。私も一時期親しい中学の元同級生が相次いでなくなり気がめいったことがあります。中学の同級生は毎年クラス会をやりそれも一年おきに泊まり込みで親しかったのですが。。ガンにかかりもう旅行に行くのも最後かと思いながら一緒に行き、しばらくしてなくなりました。。。でもそういう連絡もなく、そのまま行方不明になるという形で急に知人がなくなるのを知るのはショックですね。でもおっしゃるように家族葬でという形で今後はそういう形式も増えるかもしれませんね。でも自分の知人で起きたらとても寂しい思いをすると思います。
 また、何より自分自身がそうなる可能性があります。今回旅先で急に病気になり何とか命は無事でしたが、場所によれば死亡事故を起こしていたかもしれません。
 このところ、ブログも内容が質量ともに大きく落ちて居ることを感じます。このキリスト教に関するブログもいっぺんにかけず少しづつ追加しています。お読みになっても通り一遍の紹介だけになっています、アクセス数も病気前に書いたブログがほとんどで病気の後のものはとても少なくなっています。
 でもコメントいただくととても励みになり、感謝しております。

 こういち様、お久し振りです。
御投稿は、拝見しておりましたのですが、近頃、何度も訃報に接しまして滅入っておりましたので、コメントが叶いませんでした。
 本日も、退職者の会報が届けられて読んでおりますと、何と知人の訃報が掲載されておりまして、それも半年も前の葬儀でした。 慌てて知人宅へ電話しましたが、不通になっておりました。 半年も経てば、転居もするでしょうが、全く私に連絡も無いのが不思議で、友人に電話して事情を調べようとしているときに、御投稿を思い出しました。 
 キリスト教の成立過程を知人の葬儀に準えるのも変ですが、第三者が分からない事情があるに違いが無い対象(ここでは、知人の葬儀ですが)を詮索するのも憚られるのではないのか、と思い直したのです。
 宗教は大なり小なり、成立過程の当初に当該の社会の主流宗教と紛争を生じたり、時の政治権力と摩擦が生じます。 その障害を乗り越える過程で諸種の障害物を取り去り、やがては社会に受け入られ、政治権力の承認から庇護まで得られるようになるのでしょう。 
 知人の葬儀に準えれば、当節一般に行われている「家族葬」であったに違いないのでしょう。 この葬儀の形態も昨今では漸く受け入れられるようになって来ました。 そうであれば、例え知人と云えども葬儀後に焼香をしたいとの申し出は、却って迷惑になることでしょう。 それでは、今夜は、私一人で知人の冥福を祈り、盃を傾けることにしよう、と思いました。 
 キリスト教の成立過程を、家族葬の受け入れ過程に準えるのも変ですが、そう思うと不思議でもありません。 その昔なら親戚御一統様が承知せず騒ぎになっているでしょうし、友人・知人が騒ぐでしょう。 超高齢化社会になった日本では、こうしたことが一般的になって行くのか、と思うと少し寂しいですけれども。 
 どうもお粗末なコメントでした。 御詫び申し上げます。
 

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