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2015年1月10日 (土)

教育大の動物科同窓生の近藤さん逝去の報せ。生懇昔の思い出

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近藤さんの画像です、和やかな人柄がよく出た写真です

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追記 東京教育大の下田臨海実験所にて、学生時代の近藤昊さん。

近藤さん、逝去の報せ

 2015年1月8日に、東京教育大の生物科動物学専攻同窓生の近藤昊(ひろし)さんが亡くなられたとの知らせが、同じ同窓生の角田さんから連絡がありました。やはり教育大卒業の藤沢さんから角田さんに連絡があり、私に連絡が入ったのです。急なことでびっくりしました。元々,透析などをしていたそうですが、そこでがんが見つかり、手遅れで手術不能だったそうです。

 東京教育大の動物学専攻のクラスはまとまりがよく、2~3年に一回クラス会を開催してきました。幹事役はずっと私がつとめてきました。会の名前も前回のクラス会で「パンドリナ」の会と決めたばかりです。パンドリナは16細胞の生物でちょうど16人のわがクラスにふさわしく、学生時代の文集もその名前になっていました。近藤さんはいつもクラス会の参加されていました。本来はこのような時は幹事役の私が連絡をするのですが、角田さんに私が脳出血の後遺症であまり十分に動けないことを話し、角田さんに連絡を取ってもらいました。クラスのみんなには病気のことを話していなかったのです。翌日にはほとんど連絡がついたそうです。葬儀は身内で済ませたそうですが、納骨式が1月12日の12時より浅草の最尊寺で行われるということでそこに集まることになりました。

 東京教育大の動物科のクラスは16名で、男性12名、女性4名です。そのうち女性1名ははやくになくなりました。男性1名は病が重く、クラス会に参加するのは厳しい状態でした。残り14名はみんな元気でクラス会にもよく参加していたので急な訃報には、びっくりしました。急な連絡にも関わらず8名が出席するそうです。参加するのが困難な私と、海外旅行に行くことが決まっている人遠方の人などを除き全員が参加ということです。

 近藤昊さんは、その大学在学当時盛んだった学生組織、「関東生物科学生懇談会」(略して生懇)の科学方法論の分会の責任者で生懇の代表になりました。ちなみに、そのあと、人間学の分科会の責任者だった私が代表となりました。そのあとは、お茶の水女子大の大沢さん、そのあとが、東京教育大の浅島誠さんでした。浅島さんはその後東大の大学院へ進み、東大教授、副学長を歴任しノーベル賞の候補者の一人です。

参考「こういちの人間学」 「ノーベル賞名大の関係者~」

「生懇」とは

 生懇に関しては「つくば生物ジャーナル2010」の「特集、入学」というところに、「昔話」として、筑波大の生命環境科学研究科教授の渡辺守氏の文章が載っています.渡辺氏は1950年生まれで、文章には書いてありませんが、おそらく東京教育大の動物学科を卒業されたようです。その後東大の大学院へいかれました。私より7つほど年下です。ちなみに東京教育大は1978年に廃校となりました。それに代わる筑波大は1973年に設立されました。東京教育大卒業というとだいたい、ああ筑波大ですね,といわれますが、いつも、「いえ筑波大ではなく東京教育大です」、といいます。東京教育大は廃校となったので、筑波大は資料等を引き継いだだけです。ですから、東京高等師範学校から東京文理大になり、そして東京教育大になったのとは違うのです。文部省にたてつく教授などをやめさせ、筑波の研究学園の中核大学としてとして文部省に都合の良い人だけを筑波大に残したのです。

渡辺氏は生懇の略を「関東地区生物科学生連合」をもとの名前としています が、あくまでも、「関東生物科学生懇談会」がもとの名前です。大もとは民科の学生部会から来ています。niftyで生懇で検索すると、二番目に渡辺氏の文章が出てきます。また「関東生物科学生懇談会」で検索すると私の文章がもっぱら出てきます。

近藤 昊さんについて

 近藤さんは昊という名前なので「,ひろし」と呼ばず、「日天さん」と呼ぶ人もありました。いつも穏やかに笑顔を浮かべていることが多く、温厚な人柄である一方、生懇の代表となるように積極的に活動も行う方でした。クラスの中でも中心的な存在でした。学生時代のことがいろいろと思い出されます。東京教育大卒業後は、東京教育大の大学院に進み、博士号を取られました。その後東京都老人総合研究所に、同じクラス卒業の田口さんと、ずっと一緒につとめられました。著書はいろいろありますが、「老化ー年を取ると人間のからだはどうなるのか?」山海堂、2001年8月、などがあります。老化を生物学的側面と医学的側面にわたって見ています。加齢によって人間のからだの機能はどう変化するのか、高齢者に多い病気や体の問題は何なのか、老化を予防するにはどうしたらよいのかについて、わかりやすく述べられています。

 その後、私たちが定年になるころ、人間総合科学大学の教授に招かれました。人間総合科学大学は岩槻に本部があり、2000年に通信制の大学として成立しました。2005年に通学制をはじめるにあたり、東京都老人総合研究所の副所長を副学長に招き、近藤さんもその副学長に招かれる形で、教授として赴任したわけです。新設された大学院の人間科学科、心身健康科学の教授となられました。検索すると人間総合科学大学の2001年8月付の「アンチエイジングの考え方」という、文章が近藤さんの顔写真とともに出てきます。ぜひごらんください。

http://www.human.ac.jp/cm-memo_kondo.html

 まだまだ、これからというときになくなられて近藤さんとしても心残りだと思います。残念ながらみんなと一緒に納骨式には参加できませんが、心よりご冥福をお祈りいたします。

追記:2015年1月13日

 今日は、角田さんより電話があり、一昨日は藤沢さんよりで電話がありました。納骨式には8名が参加しました。秋藤さん、岡松さん、唐沢さん、角田さん、萩原さん、西木さん、藤沢さん、牧野さん、以上です。動物学専攻16名のうち、近藤さん含め、すでに2名がなくなりました。残り1名が重病、1名が連絡付がつかなかったそうです。残り12名のうち私を含め4名が不参加あとの8名が納骨式に参加しました。当日の納骨式には浅島誠さんも、参加したそうです。その後皆で集まって、近藤さんをしのび色々はなしをしたそうです。1年後には近藤さんをしのんで文集を出そうということになったそうです。学生時代の文集の名はパンドリナ、その文集には、私も文章を書きます。私についても話が出て、近くで話し合いをかねて集まろうかとの話も出ました。

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