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2015年5月 8日 (金)

病気による手相の変化・筋が多くなる―量が少ない水野南北の手相術

脳出血後の体の状況  

 脳出血(視床出血)から半年が経過して、大幅に改善したところと,ほとんど変わっていないところとがあります。又、新たに大きく変化したところもあります。その一つに病気をしてから、右手のいわゆる手相が大きく変化したことです。健常な左手はほとんど変化しておりませんが、右半身が麻痺した後に、右手のいわゆる手相も大きく変わりました。発病直後は、右半身が全く動かず、右手も動きませんでした。脳出血で最も多い、被殻出血は感覚器官に大きな影響を与えませんが、視床出血における視床は嗅覚を除いたすべての感覚の神経が通って居る場所で、そこでの出血はいろいろな感覚の戻りが悪いのです。発病後、最初は自分の右半身と感じられません。痛みも感じられず、温度も感じられません。しかしその後、リハビリの進展により、次第に右半身も少し感覚が戻り、動くようになってきました。また右手も感覚がしだいに戻りつつあります。前はかなり強くつねったり、つかんでもわかりませんでした。手を触ってもびりびりとした感じだけです。熱いよりただびりびりした感じです。でも最近はどの指をつかんでいるかだいぶわかるようになってきました。でもまだ完全ではありません。手を袋の中に入っているものが手で探っても何かは、ほとんどわかりません。右手の手のひらは依然としてびりびりとした感じです。右手の手のひらは温度が高い状態が続いています。握力はだいぶ戻ってきましたが、車いすの車輪を回すのはまだ無理な状態です。

人相術、手相術について

 筆者は、人相術や手相術に興味を持っています。人相術に関しては、[顔の人間学]として、ブログにもいろいろ書き、アクセスもかなりたくさんあります。人相術および顔に関する資料に関してはかなりたくさんの専門書を集めました。顔学会には創立の年より参加しております。人相術、手相術のカルチャー・スクールにも生徒として参加しました。又、人相術、手相術にも、「顔の人間学」などの名で,公民館やカルチャースクールなどの講師もしたことがあります。筆者の人相術、手相術は一つの分野に偏らず、色々な分野を比較検討しています。日本の人相術、手相術、独自な水野南北の人相術、西洋の人相術あるいはカントの人相術などです。水野南北は日本における人相術の中興の祖といわれますが、現在日本などに流布している人相術とは、少し違います。水野南北の人相術は、徹底的に実証にこだわり、他の多くの日本の占い師とかなり違います。水野南北は食を慎むこと,陰徳を積むことで凶相も変えることができるといっています。又、東洋手相術は日本では、あまり使われず、水野南北の現代訳「南北相法」緑書房をみると、306ページのうち、手相術に関してはわずか8ページです。日本では人相術に関しては、東洋人相術を使い、手相術に関しては、星占いに基づく西洋手相術を使っているのです。ちなみに、西洋手相術では、手相の基本3線(いわゆる,感情線、頭脳線、生命線)ですが、東洋手相術では感情線は天紋、頭脳線は人紋、生命線は地紋で、意味が違います。

 ◎カテゴリーは「顔の人間学」ですが手相について書いています。

 占い師の人も、その人が習った人相術などにこだわらず、面談して話すうちに長い経験の中でその人の本質を見抜ける人は、優れた占い師でしょう。その人の習った占いの技法はうまく方便として使える人です。

水野南北の手相術について簡単に

5指のつかさどる役割

大指、たいし(親指)-親、                                 人指、にんし(人差し指)―他人、                                  中指、ちゅうし―自己、                                          無明指、むみょうし(薬指)-身内、                                         小指、しょうし-子孫

指の間が空いている場合、それらの指の人々との縁が薄いという。

たとえば親指と人差し指の間が空いている場合は親との縁が薄い。親不孝者になるという。

 

手相を見るとき 手の出し方

 5指ともにつけてそろえて出す人はその時心が落ち着いていることを示す

 指をすぼめて出す人は気の小さい人、用心深いので大きな破たんはない

 指をそらして出す人は気の大きな人、意欲的であるが家をつぶすこともある

 

手の中に大きな筋が3本あるがこれを3紋という

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                     「南北相法」より

天紋は目上を司る また運勢を見る(西洋では、感情線という)

人紋は自己の体を見る また福運を司る(西洋では頭脳線という)

地紋は身体を司る 一生の浮沈を司る(西洋では生命線という)

手のひらの筋の見方は、細い筋に余りとらわれないようにしなければならない。

西洋手相術では細かい線にこだわります。又根拠は占星術です。このように、東洋手相術と西洋手相術では内容が異なります。

現在の日本では、人相術(顔相術)では、東洋人相術を使い、手相術は西洋手相術を使っています。西洋人相術は東洋人相術と正反対の評価もあり、日本では使えません。例えば、目と眉毛の間を東洋人相術では田宅といい、広いほうが高貴の相と見るが(お公家さんや雛人形のように)、西洋では、間が抜けた馬鹿な相であるとみます。

筆者の現在の手相について

 健常な左手はまったく変わっておりません。病後の右手には、細かい筋がたくさん入っています。右手には時々ぴくぴくと小さく無意識的に動く不随意運動がみられます。これが手に細かい筋がたくさん入る原因ではなかろうかと思っています。以前小平の公民館で人相手相の話をしたことがあります。年配の方で、ちょうど現在の私ぐらいの方で、かなり手のしわが多い人がいました。相当神経質な方ですねといいましたが。その通りだったようです。

 手のひらの筋は、顔のしわと同じです。年令が進むにつれ、深く筋が入ってきます。又、手の使い方によってしわの入り方が違ってきます。赤ん坊の場合まだ基本3線の他はあまり入っていません。赤ちゃんや若者の顔にしわがあまりないのと同じです。手をよく使えばしっかり深く入ります。手をあまり使わない人は深いしっかりして筋は入りません。昔、叔母が結核で長期入院した後に手のひらを見たとき、生命線が切れて居ました。病気が治ってしばらくして、手のひらを見ましたら、生命線はつながっていました。

 手相といえば、92歳でなくなった父の運命線がまっすぐ下から中指にきれいに上がっていて、父もいっていましたが、こういう手相は豊臣秀吉か、石川五右衛門かといっていました。父はそのどちらでもなく、大変実直そのものだったのですが。今思えば記録を取っておけばよかったと思います。

 病後の変化を見ると、筆者の場合、麻痺のある右手は大きく変わりました。全体に細かい横線がたくさんできてきました。真ん中にある感情線といわれるところが長く伸びて手のひらの端まで行ってしまいました。又、太陽線といわれるところと、財運線がはっきりしてきました。何と言う線かわかりませんが親指に向かう線も深くはっきり出てきました。健常な左手は全然変わって居ません。

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麻痺のある右手の写真です。横線が沢山さん入っているのがわかると思います。真ん中の頭脳線があとでできた線とつながり1本の長い線に見えます。

Kc4a05800001

違う角度から撮った右手です。

Kc4a05780001_2


こちらは、健常なほうの左手です。前とほとんど変わっておりません。細かい横線はそんなに入っておりません。

◎今後、体の状況の変化と手相がどのように変わっていくか、興味深く観察していきたいと思います。

追記 

2009年8月に西洋人相術、西洋手相術と東洋人相術と東洋手相術について簡単に書きました。

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2009/08/post-bcf2

 

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顔の人間学、」カテゴリの記事

コメント

とら猫イーチ様
 コメントありがとうございます。警察の部署によって、顔つきが違うとのお話ですが、私も実感しております。長年、新宿警察の担当地域と、東京ガスでの担当地域とがかさなり、何かとお付き合いがありました。新宿警察と島根県警ですか1年間に起きる事件が同じくらいと聞きました。新宿警察では特に、暴力団の担当部署(丸暴といわれます)とは縁が深かったのです。一時、脅かされ提灯の下がった暴力団事務所へ行ったこともあります。丸暴担当の警察の主任さんは貫録十分で、またその暴力団に対する力の強さも感服したものです。そのほかにもいろいろな部署の方とお付き合いがありましたが、その部門にふさわしいような顔をしていました。職業が顔を創る典型でした。

こういち 様


 人間の顔にも手にも、その人が現れるでしょうね。 これは、経験的に誰もが感じていることである、と思われます。
 

 心理学でも科学的に研究していて当然と思われるのですが、世間的には、占いの一種のように思われているようです。 
 これには、顔や手でその人となりが分かると今の社会では不都合がありすぎるせいでしょうか。 それとも、そうした考えは、皮相に過ぎるのでしょうか。 


 ともあれ、私の経験では、過去に業務の都合で、勤務先の所轄警察署へ出向いていた折に、ふと気がついたことがあります。 それは、警察署の各部門ごとに警察官のタイプがある、と云うことでした。 顔つきが出向いた業務部門ごとに違うのです。 


 一番顔つき、と云うよりも眼つきがきついのが刑事課でした。 此れは当然と云えば当然で、刑事の観察眼は鋭くて人を刺すような眼になるのは職業柄でしょう。 
 ただし、刑事の名誉のために附言すれば、きつい、と云っても犯罪者のような眼ではありません。 これには、武道の稽古のせいもあるでしょう。
 

 一番、我々一般人に近いのは交番勤務の警官でしょうか。 街に馴染んだ人が多いからですが、人がらが良く出る職場かもしれません。 
 

 人間も何十年も勤めると勤務先の影響は大きいです。 私も四十年も勤務した官庁の影響は拭えないでしょう。 それに担当した仕事の影響も。

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