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2015年5月15日 (金)

二火会に久しぶりに 例会に講師として参加、新大久保の金融機関の減少

 このところ、ブログの更新が少なくなっております。5月半ばなのにこのブログで記事が3回目です。遅れた理由は、一つには、5月12日に、講師として参加した二火会の準備がありました。それだけでなく、気力が少し衰えていることもあります。リハビリも比較的順調に回復していたのが少し停滞気味になっているところです。理学療法士さんの指導のもと、理学療法士さんがいなくともうちの中で安心してつえで歩けるように練習開始しました。

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水彩画を長年描いている、家内の絵です。少し写真はピンボケです。私の寝ているベッドのところにはってあります。

 ①二火会について

 二火会は、旧三和銀行の異業種交流会としてスタートしました。私がそこに参加したのは20年くらい前でしたでしょうか。古くから以前は銀行では、取引のある会社の経営者を自分たちの陣営に取り込むためにも、銀行が中心として、異業者交流会を盛んに行っていました。一定の年会費を払い、月一回、銀行の一室で、いろいろな勉強会や、懇親会がありました。業者側で会長を選び役員を選び、銀行側で事務局長と女性事務員がつきました。

 筆者が参加したのは、第2火曜日に例会を開くということで二火会と名付けられました。そのような会が当時たくさん作られました。二火会会員は東京横浜だけでなく名古屋や、大阪や新潟の会員さんもおられます。

 よく、いろいろな講師に来てもらっての講演会があり、新宿の四谷の三和銀行の支店に行きました。またどちらかへ出かけての懇親会などがありました。

 その後、銀行も合併を重ね、三和銀行からついに2006年、三菱・東京・UFJ銀行になりました。それとともに銀行中心の異業種交流会は廃止になりました。それで多くの異業種交流会は廃止となりましたが、我々の会は,なかなか結束が固く、我々だけで運営する会となりました。ほかにもいくつか自主的に運営する会が残ったようです。

 現在、会費は値下げして年3万円ぐらいでしたか。病気で正規に会費を支払わないうちに、忘れてしまいました。今は特別に1万円にしてもらっています。定例会はひと月おきとして、会員は安い参加費で参加できます。他の方は実費です。あとの月は自由参加の日として、かかった実費を割り勘にします。

 講師は自分たちの知り合いの人に来てもらうか、会のメンバーが自分たちでなります。各企業の見学なども順番に行いました。家内の絵のグループのメンバーである元タンザニア大使のかたにも以前お話いただきました。また法政大学の教授である久保田昌一氏にも「100年以上続く会社」についておはなししていただき、準会員になってもらいました。久保田氏はその後島根県の浜田市長になっています。久保田氏の本で、紹介された、青木酒造の社長も会員です。青木貴史氏の話は、筆者のブログでも紹介しました。青木酒造さんは見学もさせてもらいました。

「経営人間学20 300年続く社員を大切にする青木酒造 若社長の試みをベテランが支える」2013年9月18日

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2013/09/20300-69c6

つながりました。月のところを09と0がついて居ませんでした

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2013/09

2013年9月全部出ます。参考までに。

この記事の関連として、次のブログも書きました。

「100年以上生き残る会社 株式会社サタケも100年に」2010年6月9日

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2010/06/post-7287.html

 また、二火会の幹事で、二火会創立当時からの会員さんで、また、実用的人間学にも入っていただき、役員になっていただくとともに、何回も講師としてお話をしていただいた江原正忠氏には大変お世話になっています。浦賀のマリーナに釣り船を持っておられ、何回か、会のメンバーと一緒に釣りに連れて行ってもらいました。江原氏の実用的人間学研究会でのお話については筆者のブログでもご紹介しました。江原氏は筆者と同い年です。建設会社の社長だった方です。お仕事の建築関係のおはなし、趣味の釣りと釣り船のおはなし、また、太極拳や居合抜きのお話していただくなど多方面に活躍され、人間学でも二火会でもお話してもらいました。

「実用的人間学例会 江原正忠氏の話」 2012年1月21日

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2012/01/post-d201.html

◎うまくつながらないようです。すみません。バックナンバーでそれぞれの月でお探しください。

 現在会員数は正会員は19名。そのほかに準会員として、講師などになってもらった後そのまま、例会の連絡をし、興味のある会には自由に参加してもらう方が13名おられます。筆者の紹介で講師になっていた抱いた方も3人、準会員になっています。そのほかに筆者の紹介で正会員も1名入会されております。事務局の石橋さんは、事務処理能力が大変高く,二火会に大きく貢献されています。二火会の会場は、筆者の住いのところにある、新大久保の人間学研究所の部屋で行うか、上野駅前にコンピューター関係の会社がある、田口和利氏の会議室を使わせてもらいました。しかし、1年半前に急に筆者が脳出血で入院し、新大久保の会場が使えなくなり皆さんに大変ご迷惑をかけました。

 お花見や、忘年会は外での集合となります。泊りがけの例会もあります。年度末の総会は、新潟の会員さんの会社である上越国際さんのホテルで行うか、名古屋、大阪方面で開催することが多かったのです。上越国際さんは前社長の岡山正徳氏と、現社長の峠重幸氏が参加されています。その会社の長束さんもおふたりの代わりに参加され、いろいろ世話になっています。又有志で色々外国旅行も計画されました。最近では有志でバリ島に行ってきたようです。

 現在の二火会の会長さんは、ファンケル技研の元社長、そして現在の相談役で、ファンケルの創業者のお兄さんとともに、技術的な面で大きく会社を支えた池森政治氏です。流山に工場があり、現在流山市の商工会議所の会頭をされています。流山の工場や横浜の会社などには見学もさせていただきました。何人にも入会を勧め、入会した方は会の重要メンバーとなっています。例会にはたいへんお忙しい中、積極的に参加され、現在の二火会の隆盛のもとを作られました。

 また、前にも書いたように事務局の石橋さんは、本当に事務処理能力が高く、会の発展に大きな貢献をされています。筆者が企画委員の時には、よく石橋さんと連絡を取り合いました。

 筆者は企画委員となっていましたので、講師を紹介したり、自分自身も講師となりました。同じ委員になっていただいた江原正忠氏はすでに書いたように実用的人間学にも入っていただき、いろいろなおはなしをお聞きしています。

◎日経新聞で大きく取り上げられた橋本治朗氏も二火会会員

 5月15日の日経新聞夕刊の第2面の大部分に「ランニング人口2000万人」「走りの伝道師次探る」とありました。

 このランニングブームを先導したのが、唯一のマラソンの雑誌「ランナーズ」を発行した「ランナーズホールディングス」の社長橋本治朗氏も二火会会員です。以前二火会の例会に元マラソンランナーの増田明美氏に来てもらったり、会社で作ったポスターが1位になり表彰されたときなどに、二火会でお話しされました。

 橋本氏は現在のマラソンブームの作りだした方です。

2、二火会で筆者がおはなしをする

 二火会は、一昨年の11月に、突然の病気から、1年半ばかり、出席できませんでした。だいぶ回復してきたようだということで、新しい住いの下にある集会室で、二火会の有志の会を開いていただくことになりました。

 お話は、人間学研究所で2回にわたってお話しした内容を、1回にまとめておはなしすることになりました。テーマは、「脳出血から1年半が経過しましたー「こういちの人間学」についても」というものです。皆さんとは、1年半ぶりの再会となりました。病気の状況については前回人間学研究所の例会でお話してから、半年が経過しておりますので、その変化を入れました。当日は9ページの資料を作りました。病気関係が5ページ、ブログ関係について4ページです。参加者は会長さんはじめ8名でした。江原氏とは、人間学の例会で顔を合わせていましたが。他の方は1年半ぶりです。午後6時から1時間ほど資料にもとづいて、お話しました。普通ですと、例会会場で2時間ほど、そのあと別の場所で懇親会があります。いままで、新大久保で例会を開いたときには、いとこの経営する、大久保駅の近くの「あうん」、ベトナム料理の「ソムオー」、韓国海鮮料理の「テジョンデ」、台湾料理の「帆」など、いろいろな店をご紹介しました。カラオケにいったこともあります。大久保はエスニック料理が多く、いろいろなお店に行きました。

 話は1時間ほどで終わりにして、後の1時間は懇親会となりました。事務局の石橋さんが、料理は手配してくれました。飲み物は、近くにあるマイバスケットで会員さんが買ってきてくれました。久しぶりなので、和やかに楽しいひと時を過ごすことができました。当日は台風の接近があり、早目に終了しました。配布した資料は、当日不参加の人にも、石橋さんが、メールで送ってくれました。

3、銀行の集中と、大久保道りからの撤退について

 前にも書きましたが、以前は新宿の大久保通りには、いろいろな銀行や信用金庫などがありました。新大久保駅のすぐ近くに第一勧銀、(今はパチンコや)大久保道りと小滝橋通りの交差点に三和銀行、その向かいに城北信用金庫、新大久保の駅近くに百十四銀行、ここはビルを作り社員寮ができて居ました。今は韓国のお店です。大久保通りから、明治道りに入ってすぐのところに三菱銀行、東京都民銀行あと大久保どうりに渋谷信用金庫(後で小滝橋どうりの北新宿に移転)、新大久保駅と大久保駅の中間に食品関係の信用組合などがありました。大久保どうりのと明治通りの角に名前を忘れましたが信用金庫がもう1軒ありました。他にまだあったかもしれません。(太字は大久保とうりに面したお店)

 ところが、現在の小滝橋道とうりと明治とおりのあいだの大久保どうりには、銀行や信用金庫は6軒あったうち今では一軒もありません。ですから、お金の出し入れは明治通りか小滝橋どうりか、新宿駅まで行かなければなりません。大変不便です。小滝橋通りの新宿駅近くに、東京三菱、UFJ銀行(北新宿)があります。お隣の高田馬場には銀行などが、そのまま残っており、新大久保、大久保駅周辺の銀行の衰退ぶりは明らかです。

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