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2015年8月23日 (日)

「ネアンデルタール人は私たちと交配した」スヴァンテ・ペーボ 金髪の白人はネアンデルタール度が高い?

 この本は、ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所ディレクターのスヴァンテ・ペーボの書いた、自伝的な書物です。ペーボはスエーデン人で、1955年生まれです。1981年、医学生だったときエジプト学と分子生物学の合体を思いつきました。はじめ東ドイツのウプサラ大学で臨床医になりました。臨床医のかたわら、そこでミイラのDNA抽出を実験し当代1の、学者アフリカ単一起源説のアラン・ウイルソンの目に留まりました。1987年、古代ゲノムの研究を選んだ。「PCR法」で古代動物のDNAを増幅する実験を重ねました。1990年ドイツにわたりミュンヘン大学の研究者となった。そこでは”現代”のDNA混入に苦戦する。このころ琥珀の中の虫からDNAを抽出したなどの怪しげな研究がいろいろだされた。1993年に「アイスマン」を解析するが、現代人と変わりなかった。それでもっと古い人類ネアンデルタール人を調べてみようということになった。ペーボはミュンヘン大学を経て、1997年マックスプランク進化人類学研究所を創立することになった。研究所の各部門の長はいずれも外国人だそうです。1999年にネアンデルタール人の骨を入手したが、第2のネアンデルタール人の解読競争に他の研究者に先を超される。

1997年の論文で現生人類の出アフリカ説を採用したペーボは多地域進化論者の批判を受ける。2000年にペーボが顧問となってDNA増幅の新技術「次世代シーケンサー」を作りだす。それにより、一度に96個ではなく、20万個のDNA断片を同時にシーケンシングできるようになった。2006年、2年以内に30億ヌクレオチドのネアンデルタール人ゲノムの解読を宣言した。しかしいろいろな困難が生じた。シーケンスする費用は500万ドルと提示された。データを出すには骨が足りないとか、バクテリアのDNAを取り除く戦い。忍び込む『現代』との戦い。厄介な前年の論文への批判などがあった。

 ネアンデルタール人のDNAの短い断片をヒトゲノムの配列に当てはめていく。これをマッピングといいます。これは多くのピースが欠損した巨大なジグソーパズルを仕上げるようなものなのだ。研究メンバーのエドが新たなマッピング・アルゴリズムを作りだす。2009年2月12日にアメリカ科学振興協会の年次総会があり、その発表6日前についに全データが届く。

 衝撃的な分析 

 わたしが2006年から集めていた凄腕科学者のチームは、交配の問題に取り組んで居た。2009年のゲノム配列の発表直前彼らから衝撃的な報告が

 ネアンデルタール人は現世人類と交配したのか

 はじめ交配していないと考えて居た。しかしライシュとパターソンは一塩基多型(SNP)と呼ばれる遺伝子検査の基礎になっている方法で、各現生人類と、ネアンデルタール人を比較した。2009年2月6日、ライシュからメールが届いた。「ネアンデルタール人のゲノムはアフリカ人のより、非アフリカ人のゲノムと深いつながりがあるという、強い証拠が出た」とあっ。中国にネアンデルタール人はいなかったにもかかわらず中国人のSNPは51,54%の割合で一致し、不確実性は0,28%で、やはり50%より大きかった。(51,26%)

ネアンデルタール人はは私たちの中に生きている。

 祖先集団はアフリカにいて、アフリカをでた子孫の一部がネアンデルタール人になった。アフリカに残ったものが現代人の祖先になった。

 ネアンデルタール人のゲノムはアフリカ人のゲノムと非アフリカ人のゲノムをくらべると常に約2%、非アフリカ人のゲノムと多く一致した。

 遺伝子流動は全てあるいはほぼすべてネアンデルタール人から現生人類への方向で起きたと私たちは結論付けた。

ネアンデルタール人から、遺伝子を取り込んで、特に寒冷地で生き延びるために、有効な遺伝子を取り込んだ。白い肌などの肌の色、それとつきものの赤い髪、や金髪、病気に対する耐性など。

ペーボ氏はネアンデルタール人と対比されるために5つの現生人と比較した。

 1 フランス人(ヨーロッパ人)、

   中国人(アジア人)、

   パプア人(ニューギニアに住む人)ー非アフリカ人

 2、 ヨルバ人(アフリカ、ナイジェリアに住む人々)、

    サン人(南西アフリカカラハリ砂漠に住む人々)-アフリカ系

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見にくくて、申し訳ありません。266ページの地図です。

上図に書いてある説明です。「この図は、アフリカを出た初期の現生人類がネアンデルタール人と交配しその子孫がアフリカの外の世界へ拡散していくと、ネアンデルタール人が存在したことのない地域へもネアンデルタール人のDNAが運ばれうることを示している。例えば中国人のDNAのおよそ2%はネアンデルタール人に由来する。ペーボより

 ネアンデルタール人のゲノムの一部を調べた結果から、ネアンデルタール人の全ゲノムと現生人類の全ゲノムとで異なるヌクレオチドはおよそ10万個と推定できる。いずれ、それらの違いが、現生人類を『現代的』にしたのは何かという問いに対して、少なくとも遺伝学的には完全な答えを示すことができるであろう。この10万個のヌクレオチドを元に戻せば、遺伝子レベルでネアンデルタール人と現生人類との共通の祖先に等しい人物が現れるはずだ。

 ペーボは1982年にノーベル賞をとった、父親の婚外子であった。

 アフリカの外で最も古い現生人類の遺跡はイスラエルのカルメル山脈のスフール洞窟とカフゼー洞窟で見つかった。そして、そこからわずか数百メートルしか離れていない、タブーン遺跡とケバラ遺跡では、およそ4万5000年前のネアンデルタール人の骨が見つかっている。気候が温暖だったころ現生人類が来て、寒冷化したころネアンデルタール人が来たと見ている。スフールとカフゼー(イスラエル)の現生人類は子孫を残さず滅亡したと考えられている。しかし直接の子孫ではないにしても、彼らの血をひくものは残っているはずだ。ネアンデルタール人とは数千年にわたって接触を持ったに違いない。p275

もし現代人が皆、ネアンデルタール人のゲノムを1~4%持っているなら、精子と卵子が作られ融合する過程で、偶然に偶然が重なってDNAの配列がとんでもなく入れ替わり、完全な、あるいは、ほぼ完全なネアンデルタール人の子どもが生まれるということはないだろうか。

 息子が特定のネアンデルタール人の断片を持つ見込みは、当たる確率が5%のくじを引くようなものである。〜私の息子が完全にネアンデルタール人になるj確率はゼロに等しく、地球上の70億人からネアンデルタール人が生まれる見込みもない。

 それでも、やはり、私たちのゲノムのどの部分がネアンデルタール人に由来するかを明らかにすることは重要な研究目標である。

 自分が息子について計算したように、他の人も、自分のゲノムのどの部分がネアンデルタール人由来かを知りたいと思うはずだと思いいたった。実のところ私のもとへは毎年、自分(あるいは愛するパートナー)はネアンデルタール人じゃないかという手紙が届いていた。しばしば写真が同封されており、大抵は、がっしりした体形の人物が写っていた。〜現代人の誰かのDNAをそれと見比べて、ネアンデルタール人から受け継いだと思われる部分を判別できるはずだ。

ネアンデルタール人の遺伝子に関して特許を取るかどうかの議論があったが、結局、特許の申請はしなかった。未来の研究資金を確保するチャンスも、ネアンデルタール・ゲノムの営利目的の利用を管理するチャンスも失ったのだ。本書を書いている今23andMe社は、ある人のDNAのネアンデルタール度を調べるサービスを始めている。他の企業も当然そのあとを追うだろう。p282~p284

◎日本人が自分が縄文系か弥生系かに興味を持つように、西洋人は、ネアンデルタール度に興味を持つだろう。特に、旧バイキングのノルマン系の人々はネアンデルタール度がきわめて高いだろう。ペーボもスエーデン人だから、ノルマン系だといえる。いまや世界を支配している、金髪、青い目で、白い肌でがっしりした人々がネアンデルタール度が高いことになる。さらに加えて、毛深い、眉上隆起が強く額が傾斜している、などがあれば、典型的なネアンデルタール人だ。逆にネアンデルタール度が低いアフリカの黒人が支配と抑圧を受けてきたということです。日本人もネアンデルタール人のゲノムのゲノムを受け継いでいる。ヨーロッパ人ほどでなくともある程度ネアンデルタール度が高い人がいるかもしれない。

追  記 「古代DNAの謎解き」

毎日新聞2015年9月15日の記事の、「著者のことば」に、ペーボ氏の話が出ています。

 「古代DNA研究のスター科学者がみずからつづったネアンデルタール人ゲノム解読までの30年。この夏京都での講演でも披露したが、紆余曲折を経た研究者の道のりはまさに壮大な冒険物語だ。「書くならリタイア後と断ったんですが、今書かないと他の人が書いちゃうぞと編集者にいわれて」

 「ネアンデルタール人ゲノムの概要を完成、「彼らの現代人の祖先と交配していた」との解釈を公表し、世界をあっと言わせたのが2010年だ。

 「欧州人にも日本人にも中国人、韓国人にも彼らの遺伝子が寄与しています。ネアンデルタール人が少しだけ私たちの中に生き続けているようなもので、彼らに対する見方は変わったかもしれません」。自分や結婚相手はネアンデルタール人では?と疑う人からの問い合わせが舞い込むというからおもしろい。

 目的達成のため,さまざまな分野の人を世界中から集めた熱意や手腕にも脱帽するが、本人はいたって穏やかな人物だ。「ほんとうに重要でおもしろい研究ならみんな喜んで貢献するものです。人を集め、お互い理解しあえるようにする努力は、そう難しいことではありません。」

 今後の目標は何が私たちを現代人にしたのかわ突き止めること。「ゲノム情報を使ってIPS細胞をネアンデルタール人の細胞に変化させ、それを神経細胞などに分化させれば現代人との違いが分かるかもしれません」冒険物語は続く。

書評から

 「ワトソンとクリックがDNAの構造とその複製の仕組みを解明したのが1953年、それから50年後の2003年には、ヒトが持っているDNAのすべてであるヒトゲノムののおおかたの全容が解明された。遺伝学の進歩はこれほどすさまじい。〜

 著者はかなり古くて壊れているDNAをどうやって意味のあるように読み解くか、そして現代人や細菌のDNAの混入をいかに防ぐか、長い年月をかけてこの2つの難点を克服しついにネアンデルタール人のDNAを解明したのである。」 「                      「   」内は日経新聞、長谷川真理子氏の書評

  原著の名前は、”Neanderthal Man In Search of Lost Genomes”です。原著は2014年に書かれ、2015年6月30日に野中香方子氏により翻訳されました。価格は1750円+税で、 文藝春秋刊です。帯封には、7月5日のNHKスペシャル『生命大躍進』第3集「ついに”知性”が生まれた」に著者登場と書かれています。又、国立科学博物館で開催中の「特別展 生命大躍進」でも紹介されています。この特別展には筆者も行ってきて、その概略は8月1日の筆者のブログにも書きました。7月6日に書いた筆者のブログ、「生命大躍進 人類誕生の秘密~」にも、ペーボ氏の「ネアンデルタール人は私たちと交配した」の本の写真と、ペーボの写真とともに簡単に紹介しました。毎日新聞ではすぐに中村桂子氏の書評が、「現生人類への遺伝子移動明らかに」と5段の大きな扱いででていて、8月9日の日経新聞でも、「古代DNAの研究法確立まで」と長谷川真理子氏の書評が出ていました。他の新聞でもおそらく書評が出ていることでしょう。

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 1996年のある晩、ベッドでうとうとしていると電話が鳴った。マティアス・クリングス、ミュンヘン大学動物学研究所のわたしの研究室に所属する大学院生からだ。「あれは人間のDNAじゃありません」と彼は言った。

 この本の第1章「よみがえるネアンデルタール人」の冒頭の文章です。ネアンデルタール人の腕骨のかけらから抽出して増幅したDNAのシーケンシング(塩基配列決定)を始めたばかりだった。アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4つのヌクレオチドからなる。身体を形成し、機能を維持するのに遺伝情報はその4つの順番に従って記されている。わたしたちが調べていたのはミトコンドリアDNA(mtDNA)で、これは卵細胞によって母親から子どもに伝えられる。(精子のミトコンドリアは受精時に失われる)ミトコンドリアDNAは研究がしやすい。1996年までに世界全体で数千人のmtDNAが調べられてきた。ネアンデルタール人の化石から抽出したmtDNAはその数千人のmtDNAには見られない配列がみつかった。

 化石からのDNA配列を決定するには、多大な困難がある。DNAは化石ではバラバラな断片である。又バクテリアによる汚染、人間によるいろいろな汚染が生じる。

 「ジュラシック・パーク」は琥珀のなかの蚊が吸っていた血からDNAを取りだすという話である。しかし1億年前の生物の化石からDNAを取りだすことは困難である。しかし、いろいろな、研究結果が次々に出てきてマスコミをにぎわした。

 ペーボは、はじめ1980年代にエジプトのミイラのDNAを解析した。ただしミイラの解析のデータは後で誤りとわかった。その後、ネアンデルタール人のDNAを調べてほしいとのボンの博物館から依頼があった。そこで、ネアンデルタール人のmtDNAを調べた。

 その後、マックス・プランク進化人類研究所に責任者として入った。

次世代シーケンシングという、革新的なDNA解析技術を開発した。解析の画期的スピードアップが可能に。

2006年の研究者の会議に、これまでに解析したネアンデルタール人の、遺伝子配列を発表した。解析したのは0,0003%だが、それを推し進めれば全部が解読可能であるということである。そして、2年後に全ゲノム解読を宣言する。

書評から

 「2009年に、ネアンデルタール人と現代のフランス人、中国人、パプア人とのゲノムの比較から、非アフリカ人の一致度がアフリカ人と比べて常に2%多いことがわかった。一見わずかな差だがアフリカ以外の人々への遺伝子の寄与を明らかにしたのである。この遺伝子の移動はネアンデルタール人から現生人類へであると解析できた。いつどこで何が起きたのか。著者(ペーボ)は5万年前にアフリカを出た現生人類が中東でネアンデルタール人と交配し、その子孫が世界へ拡散していくモデルを出している。まだ多くの検証が必要だ。

 ゲノムの解析の結果を用い、類人猿のペニスに存在しヒトにはない突起がネアンデルタール人にもないことを明らかにする報告が出た。又言語能力に関する遺伝子FOXP2で見られる、ヒト特有の変異がネアンデルタール人にもあることがわかった。」

以上「    」内は毎日新聞の中村桂子氏の書評をそのまま掲載させていただいた。

21章は革命的な論文を発表

 2010年5月、ついに『サイエンス』に論文を発表し、彼らと現生人類の交配の事実を世に問うた。現生人類が生き延びるのに役立った、ネアンデルタール人遺伝子。現生人類と遭遇した時、ネアンデルタール人はすでに20万年以上、アフリカの外で暮らしていたため、彼らのMHC遺伝子変異は、アフリカに存在しないヨーロッパ特有の病気との闘いに適応していたのかもしれない。

論文は大反響があり、年間最優秀論文に認められた。賞金は2万5000ドル。

22章と23章はデニソワ人についての報告です。

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 2009年、デニソワ洞窟の小さな骨がわたしに届いた。さして重要とも思わなかったが、一応、DNAを調べると、なんと未知の絶滅した人類だったのだ。

 ネアンデルタール人と現代人のmtDNA配列は平均で202か所異なるが、デニソワの骨と現代人では385か所も違っていたのだ。ネアンデルタール人と現代人のmtDNAが分岐した年を産出するとおよそ50万年前になるが、現生人類とデニソワの骨では分岐した年は約100万年前になったそうだ。骨は米粒2つぐらいだ。これは、ホモ・エレクトスより後ネアンデルタール人より前にアフリカを離れたグループの一員なのだ。

 極寒のロシアに探しに行き、デニソワ人の臼歯を発見する。30年の苦闘は報われた。2010年にはデニソワ人の核DNAも解読し「ネイチャー」に論文を発表した。デニソワ人の骨は少女のものとわかった。デニソワ人は、現代人よりネアンデルタール人とより近かった。また特にパプア人とより多くのSNPを共有していた。ネアンデルタール人と現生人類と交配した時代に、ユーラシアにいた現生人類はネアンデルタール人のゲノムを通じて,デニソワ人のゲノムを受け継いだと考えられる。

◎たった、これだけの小さな骨と一つの歯だけで、デニソワ人の全遺伝子配列がわかり、どのような人類か、そして性別おおよその年齢まですべてわかってしまうとは、素晴らしいものですね。デニソワ人は、とりわけ、パプア人やアジア人に大きな影響を与えたようです。われわれ日本人にとっては大きな関心を寄せるところです。

解説 更科 功

「ズル」をしないで大逆転した男の1代記

 多くのグループは大した工夫もなしに1億年ぐらい前のDNAの抽出を試み、明らかに間違った結果を発表しては、世の中の賞賛をあびていた。しかしペーボは、たとえ、世間の称賛を浴びなくても自分の道をきちんとして、正しい結果を報告しようと思うようになる。

 そして最後に大逆転がやってくる。ネアンデルタール人のゲノムの解読だ。

 ペーボの研究生活は古代DNAの発展の歴史そのものだ。

◎文章にまとまりがなく、読みにくかったと思います。詳しくは直接本を読んでいただければと思います。ネアンデルタール人と現生人類が交配し、新しい土地に適応するために、良い形質を取り込んだ。又、ネアンデルタール人のDNAから、赤い髪や白い肌をしていたこともわかった。ネアンデルタール人のイメージも以前と全く変わったものになっています。具体的な想像図の違いは、ブログをご覧ください。

「こういちの人間学ブログ」

2015年8月17日 「ネアンデルタール人と私たちの50万年史~」

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2015/08/post-df34.html

2015年8月14日「ネアンデルタール人について、図像の変化 ~」

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2015/08/post-6640.html

追記 2015年8月25日

 「こういちの人間学ブログ」の2010年5月7日付の記事に、「ホモサピエンス(現生人類)ネアンデルタール人と混血?」というものがあります。2010年5月7日のアメリカの科学誌「サイエンス」に、この内容の記事が掲載され、5月7日の日本の新聞各紙に書かれ、反響を呼んだことが書かれています。ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスと4万年前から3万年前の1万年間の間、共存していたことが明らかにされました。

 また、3月25日にもロシアのデニソワ洞窟にいた人類が、ホモ・サピエンスと共存していたと報告された。

追記 2015年8月27日

 「生命大躍進」と特別展で発行された資料の巻末に、国立科学博物館の篠田謙一氏の「私たちは何ものなのか―ネアンデルタール人」のDNAから私たちの本性を探る」がよくまとまっているので、紹介します。p203~p205まで

 ペーボ氏の見解をわかりやすい表にまとめて居ます。

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共通祖先から分かれたのが約80万4000年前

ネアンデルタール人とデニソワ人が分岐したのが約64万年前

ホモ・サピエンスの出アフリカの時代(7万から6万年前)

ネアンデルタール人の絶滅約2万7000年前

 ネアンデルタール人は非アフリカ人人と交雑

 デニソワ人はメラネシア人に影響

◎ デニソワ人 チベット人などのアジア人にも影響があったようだ。高地への適応など

   アフリカ人といっても、エジプトなどの北アフリカのアラブ人はネアンデルタール人の影響を受けているだろう。

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ネアンデルタール人から1,5から2,1%非アフリカ人に影響

 ネアンデルタール人からデニソワ人に0,5%以下影響

 オセアニア人には、3~6%、アジア人には、0,2%程度のデニソワ人のDNAが、直接もしくはオセアニア人経由で流入したと推定されている。

 未知の人類から0,5~8%程度ネアンデルタール人、デニソワ人に影響

追 記

 ナショナル・ジオグラフィックの2015年6月25日のニュースで

「4代前にネアンデルタール人の親、初期人類で判明」

 3万7000~4万2000年前、現在のルーマニアがある地域に暮らしていたある現生人類の男性に、わずか4世代前にネアンデルタール人の祖先がいたということがわかった。

先日、ネアンデルタール人のDNAが、かってないほど高い割合で含まれる現生人類の骨(Oase1といわれる標本)が見つかったという論文が「ネイチャー」に発表された。

「こんな個体が見つかるとは、信じがたいほどラッキーです」と、論文の共著者の、ペーボ氏は言う。

 下顎骨からほんのわずかなDNAサンプルを抽出し、そこから有益な遺伝情報を取りだして見せた。サンプルから取りだされたゲノムは不完全なものだったが、その6~9%がネアンデルタール人に由来することを突き止めるには十分だった。現代人のゲノムの場合、割合は最大でも4%だ。

 「今回の研究が革新的なのは、この人物にはネアンデルタール人の高祖父がいた、と言えることです。おかげで、人類の時間の尺度で考えられるようになりました」欧州や中東それぞれで、いつ異種交配が起こったかを解明できれば、一帯に現生人類がどのくらいのスピードで拡大していったのか、また、ネアンデルタール人とはどのくらいの期間接触があったのかを、具体的に知ることができるだろう。

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