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2016年5月27日 (金)

秋山佳胤氏の「不食という生き方に」ついて、ひどいウソ、マネは危険だし無理

秋山佳胤氏の本、大々的に広告 
 2016年5月27日朝刊の毎日新聞の広告に、幻冬舎の本の広告がありました。日経新聞には広告が入っていませんでした。著者は秋山佳胤氏、肩書は弁護士、医学博士となっていますが、最近とった(2012年)医学博士の称号は言っていることが科学的根拠があるように思わせますが、日本のものではなく、インドのヨガ系の大学の博士号のようです。(代替医療)
 広告を見ていただければわかりますが、書名は『不食という生き方』で5月24日発売1100円(税抜き)の本です。本は買っていませんが、インターネットのいろいろな記事を見てある程度のことはわかりました。
◎6月11日(土)本を購入しました。さっそく読んでみました。
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本を読んだ感想を追記しました。◎印はブログ筆者の感想です。
 
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毎日新聞の広告です
 
 若杉友子氏の「長生きしたけりゃ肉は食べるな」や、南雲義則氏の「1日1食健康法」の批判をブログに書いて、今でも多くのアクセスがあり、2人の健康法がおかしいと思う人が大変多いということがわかります。
 若杉氏は「肉を食べない」、南雲氏は「1日1食」ということで、マネをしてもなんとか続きそうです。たいていは、「もう無理」とやめてしまうようですが。
 ところが秋山氏の本によれば、ダイエットでも断食でもない。8年間「食べない」を実践する弁護士と大きく書いてあります。
本の内容
もくじ
第1章 食べなくてもいい
 食べる量を減らすと頭がさえる、不食と断食は違う ほか
第2章 否定しなくてもいい
 悩みは「他人ごと」という姿勢で聞く、我儘はエゴ、わがままはエコ ほか
第3章 争わなくてもいい
 訴訟相手に「ありがとう」を送る、コンプレックスは抱きしめればいい ほか
第4章 悩まなくてもいい
 うつは深刻な病気ではない、時間は思い出の良し悪しも変える ほか
第5章 こだわらなくてもいい
 ギャンブルは思う存分すればいい、家族には、思うほど深いつながりはない ほか
 
 「食べなくてもいい」、「2008年以降一切の飲食が不要」、「ある不食者との運命的な出会い」(不食者(プレサリアン=呼吸主義者)として世界中でワークショップを開催しているオーストラリア人のジャス・ムヒーンさん)「食べる量を減らすと頭がさえる」、「コツは食べない生活に体を慣らすこと」「空腹に慣れたときプラーナだけで生きられた」『不食と断食は違う」「ダイエットは推奨しない」「必要な水分はプラーナから作り出す」、「今が一番体力がある」「小食で若返り、長寿が手に入る」、「過食は心の飢えが原因だった」「蚊を殺すと、自分に痛みが走る」「トイレは普通よりは少ないくらい」「寝なくても平気になる」
 そして、「悲しいと食べたくなる。つまらないと食べたくなる。悩みが増えると食べたくなる。とも書いています。
◎普通は、健康であるならば一定の時間が過ぎればおなかがすいて食べたくなります。それが普通で健康な姿です。.悲しかったり、つまらなかったり、悩みが増えたりすると、普通はあまり食欲がわかなくなるものですが。皆さんは悲しいと食べたくなりますか?
本の中から、これはというものを抜き出してみます
 オーストラリア人のジャスムヒーンさんという女性は1996年以来飲み物や食べ物の摂取をやめたそうです。
◎ジャスムヒーンさんは1957年生まれ、美人な女性。オーストラリアを拠点に活動。プラーナ栄養者。(固形物を摂取しない)、不食者(プレサリアン)。プラーナを摂取、太陽光栄養実践者。-水も飲まないのではないのかもしれません。
 大気に無限に存在するエネルギー(プラーナと呼ばれます)を摂取して生きるというものでした。~ちなみにプラーナというのは日本的に説明すると「気」のことだそうです。これを毎日、大量に食べているから、特に物質的な物を摂取する必要がないー。p16
 私はプラーナを食べて生きているので、厳密にいえば不食ではありません。p38
必要な水分もプラーナから作り出せますから、水も不要です。p40
私の家族、妻、長男、二男は不食ではありませんp43
あらゆる存在と自分とも結びつきが見えるのです。蚊に対しても結びつきが見えますので、一切殺さなくなります。蚊を殺すと痛みが走る。p55
不食者の中には目の前にある食べ物かラエネルギーだけを「抜き取る」人もいます。p59
稲葉やすえさんは、2015年にマキノ出版から「食べない、死なない、争わない」という本を出しました。
◎気、という言葉を、ウイキペディアで検索してみると
 気とは中国思想、道教、 中医学などの用語、ラテン語のspiritusや、ギリシャ語のプシュケー、サンスクリット語のプラーナなどと同じいみ。
 生命力や聖なるものとしてとらえられた気息、つまり息の概念がかかわっている。
しかし、そうした霊的、生命的な気息の概念、霊気、水蒸気などと区別されずにとらえられた大気の概念の一つのものとしてみなされて初めて思想上の概念としての「気」が成立する。
『気』に対し科学的手法で解析された学術論文はない。
・ 
◎稲葉さん、本当に死なないのですか?まさかね。残念ながら今まで不死の人間はいませんでした。インターネットによれば、死なないとは、死んでも霊のような存在として、生まれ変わるそうです。それは死なないとは言えません。霊のような違う存在になることを死ぬと言います。あくまでも霊というものが存在すれば、ということです。
◎蚊を殺すと痛みが走る。蚊をこえて、どこまであてはまりますか、寄生虫や細菌やウイルスはどうですか。
 「食べていないのにトイレにはいくのだろうか」そんな質問もうけます
 一般の人よりは少ないが、トイレに行きます。おしっこもうんちも出ます
 私はプラーナを大量に食べており、そのプラーナで水を生成しています。そもそも人体の約50~60%水分で構成されていますは。おしっこの約98%は水分です。うんちの70~80%が水分では残りが食べたもののかすだったり、腸内細菌や腸壁細胞だったりします。
p58
 そんな排泄にも、私たちの体はエネルギーを使います
食べることを減らして排泄の量や回数が減ると、体内のエネルギー消費が減りますのでエネルギー全体に余裕ができ、すこぶる健康になります。
 排泄が減るとエネルギー消費に余裕ができ、すこぶる健康になるp61
◎いくらなんでもそんなことは、ありえないでしょう!もし出来たならニホニウムより大発見ですから。水を飲まないでも生きることができるなら、汚い水しか飲んでいない地域の貧しい人たちへの朗報です。方法を教えてあげてください。
 粗食で1日3回が2回になっても大丈夫です。江戸時代までは1日2食でした。p48
◎江戸時代の粗食2食ではなかなか50まで生きられません。
◎2年ぐらいかけてゆっくり「不食」になるということですから、あたっているかどうかは直ぐには自分ではわかりません。また、以後の文章は、大部分は不食とあまり関係がない、秋山さんの生き方の問題です。
ギャンブルは思う存分すればいいp154
 家族には、思うほどふかいつながりはないp170
私たちは何度もこの世に転生しています、どこかの生で船に一緒に乗りわせた人々、イメージとしてはこれが今の家族です。p171
◎ギャンブルはブログ筆者はしませんが。ギャンブルは麻薬性依存性があります。また胴元が儲けるようにできています。やればやるほど損失は進み泥沼にはまります。ギャンブルを思う存分して身の破滅をしても秋山さんはいいと思うのですか。
◎転生について、筆者はそうは思いません。私たちは"絶対に”転生などしません。だからこの1度の人生を大事に生きてゆこうと思います。永遠に転生するなどまっぴらではありませんか。ブッダは輪廻転生する苦しみから抜け出すことを目指しました。転生する苦しみから離れ、涅槃に至るのです。後世、極楽に生まれ変わるのは、6道のうちの天界に転生するのとごっちゃになってしまいました。(地獄、餓鬼、修羅、畜生、人界、天界)
「 トイレは普通より少ないくらい」というのはおかしいのではないでしょうか。水も食べ物も取らなければ1か月もすれば大小便ともに全くでなくなるはずです。「普通よりは少ないくらい」、というのはふに落ちません。あとに書く、プラーナ(霞のようなもの)が排便されるのでしょうか。気体のプラーナが体内で固体や液体の便に変わるのでしょうか。便が全く出ないというのではなく、便が普通よりは少ないくらい、ということは、少なめだけど普通に食べている証拠です。食べないのに排便をし続ければ、いずれ体重はゼロになるはずです。必要な水分はプラーナから作り出すとありますが、単純な物理の法則から外れます。
 不食と関係ありませんが、「こだわらない、悩まない、争わない、人生のヒント」
 「失敗したと裁かない、ちょとづつ進めばいい」ということも書いています。
 秋山佳胤氏は、インターネットの最初に出てくる2011年3月のインタビュー記事を見ますと、肩書の一つにホメオパスというのが出てきます。ホメオパスとはサミュエル・ハーネマンが始めた療法で、薬を極限までに薄めても効果があるというのです。それをレメディーという丸薬(レメディー)にして投与します。日本では看護師がビタミンK を投与しなければいけない赤ん坊にレメディーを与え赤ん坊が死亡した事件がありました。
 インターネットの記事を見ると、「僕のことを知らないで、僕のためにお肉の料理を出してくれたなら、それはよろこんで食べる」と言います。また違う記事に、子どもたちのお祝いの時にも食べるのだそうです。それは「2008年以降一切の飲食が不要」という話と矛盾します。それとも2008年前でしょうか。不食ではなく小食ならわかります。
 不食の実践者の有名な俳優榎木孝明氏(59歳)は30日間不食をして9キロ体重が落ちて71キロになったそうです。水とお茶、コーヒーは普通に飲んだのだそうです。塩分糖分も少し補給したそうです。不食を終えて、本人はすがすがしい気分だと言っていますが、ブログ読者の反応は、相当やつれているという感じです。これが普通の状態です。
水は飲まないとすぐ死んでしまう
 このような、「不食」を実践してかなりの死者が出ています。ばかまじめにのまず食わずを実践したのでしょうね。
 食べ物は2から3週間食べなくとも体の脂肪や筋肉を消費して生きていけます。ところが水は1滴も飲まないと4から5日で死んでしまいます。地震などで生き埋めになったとき何日目ということが問題になるのはそのためです。体の体重の10%が失われると痙攣、循環器不全、腎不全などがおきます。20%でみんな死んでしまいます。水は呼吸や汗、尿、大便などでうしわれます。普通は1日2キロ(2L)を排出します。
 食事をしたり、水を飲む代わりに秋山氏はプラーナから作り出すと言います。
プラーナとは、サンスクリット語で呼吸、息ぶきのことを言います。日本では気息と言います。ヨーガでは調気法-呼吸法「プラーナヤーマ」は不可欠の行法です。
 仙人が霞を食べると言いますが、その霞が、プラーナになります。普通は食べることによって取り入れます。プラーナが多い食物があります。またよく噛んで食べるといいと言います。その点は筆者の推奨する咽津法(唾液健康法)と同じです。
 しかし、プラーナというのがいささか不明瞭です。秋山氏は霞を食べて仙人のように生きているというのでしょう。でも、本人だけのいうことですから信用できません。不食はともかく水を飲まず、というのは信用できません。本当なら大変なことです。世界的な大ニュースです。ズルをしてひそかに飲食できないように、公開で実験してみてください。榎木氏はちゃんとおやりになったようです。ぜひ秋山氏もやって見せてください。現在世界中で飢餓で餓死する人がたくさんいます。その人たちを救ってください。
人相術から見ると
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現在より前の写真です。もっと鮮明な写真ではしわが目立ちます。
 
 秋山氏の写真を見ると、確かにあまり食べないのでしょう。痩せてしわの多い顔をしています。この写真では不明確ですが。1969年生まれの2016年現在47歳ですね。筆者の見るところ今のままでは短命な人相をしています。不食とやらを自分がおやりになるのは結構ですが、マネをして命を縮めたり病気になる人が出てきたら困ります。
 人相術では、口やあごの部分を下停といい、晩年運を見るところです。徳川家康は肖像画によれば若い時には顎が細かったようです。しかし、固いものをよく噛んで食べているうちに、がっしりしたあごとなりました。歯も丈夫でたくさんありました。よく噛めば唾液もたくさん出ていろいろな優れた効果があります。その結果長生きし、いつまでも元気だったのです。しかし豊臣秀吉は柔らかいノリがゆのような食べ物が好きで、そのために歯が全部抜けてしまいました。晩年にはもうろく症状が出て、結局豊臣政権は瓦解してしまいました。
 どうせ、本を読まれた人も真似をすることはできないでしょうが、無理をして命を縮めないでほしいと思います。
 秋山氏は不食だそうで、そのためか顎がとても貧弱です。そして本当は不食ではなくて小食のようですが、もう少し年を取ると、貧弱なあごと栄養不良はいろいろな障害を起こしていきます。それで短命の相があるというのです。秋山氏がご自分で好きなように生きて短命になるのは、それで結構ですが、他のよくわからない人が、長生きするつもりで、かえって、命を縮めるのはとてもかわいそうです。
追記
 この本では食べることを否定していますが、おいしくものを食べることは人生における、大きな楽しみではないでしょうか。人はただ生きるだけのために食べているのではありません。特に親しい人と楽しいおしゃべりをしながらおいしい食べ物を食べることはとても素敵なことです。
 不食だということで、そういう生きていく上での大きな楽しみを失ってしまうことは本当に詰まらないことです。
 コーヒーが好きで、自分で焙煎してコーヒーを入れてひとに振る舞い、それも商売にしているそうですが(ロータスコーヒー)、そのコーヒーも自分は一切飲まないことになります。つまらないですね。
2016年6月11日追記
 このブログは、書いてから、アクセスが急増しました。5月27日に書いてから6月10日までに2400件ほどのアクセスがあります。「不食という生き方」での検索順位は現在3番目です。おかしいと感じられる方が多いのですね。他の方はあまり、おかしいと書かないのですね。
2016年8月14日追記
 このブログを読み直してみましたら、字の誤りがいくつかありました。直しましたが。どうも失礼いたしました。
 

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人体と健康法」カテゴリの記事

コメント

 こういち 様

 御論稿に取り上げておられる「不食」は、とても健康法とは言えませんよね。 著者の写真は、栄養不良のように見えます。 栄養不良で健康法とは呆れます。 

 不食は論外ですが、肉食を禁じて、菜食を貴ぶ民族や、宗教も存在しますが、肉から栄養を取らず、野菜・根菜類や大豆等豆類の加工食品から栄養を摂取する場合も多いです。

 私も、禅宗の精進料理が好みで、参考文献を集めて調理しています。確かに健康には良いと思います。 

 最近では余り食べられない大豆加工食品をたくさん食べることになりますし、何より米を中心として食することになります。 

 例えば、南インドでは、宗教的理由も合わさって肉食はしませんが、豊富な野菜、果実、穀類を使用する調理法があり、美味しくて栄養価の高い食事が可能です。 

 精進料理では、中国風の精進料理である黄檗山萬福寺の普茶料理が栄養価も高くて良いと思っています。 

 この普茶料理、東京にも専門店があった、と思います。 一度、お試しを。 

 下記は、その専門料亭です。 私には、敷居が高くて、一度も行ってはおりませんが、お寺の前にあり、お寺へ行く度に観ております。

 京都宇治 普茶料理(精進料理)の白雲庵 
 http://www.hakuunan.com/

とら猫イーチ様

 コメントどうもありがとうございます。不食などではなく、菜食を実行している人は多いですね。インドでは何億という人が菜食です。菜食でも栄養のバランスはよくとれ、強肩な体を作り上げているようです。
 万福寺は旅行で行ったことがあります、有名なお店ではありませんが普茶料理も食べてみました。うまく作っていますね。
 新大久保、百人町には台湾の仏教寺院が作られ、大きな弥勒菩薩の像があり、付属施設として精進料理のレストランがあります。以前何回か行ったことがあります。こんにゃくなどをうまく使って、肉そっくりな見た目と味を作っています。いろいろな精進料理の素材も売っています。大したものですね。

今日、MSNでインドで40年不食の人がいてインドの政府が検証しても事実の人のことを見ました。排尿、排便なかったそうなので、この弁護士は食べているのでしょうね。
https://gunosy.com/articles/a6pzg

おじゃまいたします。

>悲しかったり、つまらなかったり、悩みが増えたりすると、普通はあまり食欲がわかなくなるものですが。皆さんは悲しいと食べたくなりますか?

本文中のこの問いかけに、私自身について記しておきます。
私は精神的にネガティブだったり不安定な状況、悲しみや悩みのある時は食べたくなります。
気晴らし食い、というやつかもしれませんね。
私自身にとって言えば、食べることは大きな楽しみであり癒される行動なのでしょう。

こういち様の「普通」は、こういち様の知る「普通」なのだと思います。
表現に公平さがありますと、読者としてはすんなりと記事を読むことができますね。

1日1食試したことありますか?意外とすぐ慣れますよ。空腹感はあるんですが、そんなにつらいと感じるほどじゃなくて、こんまんま何にも食べなくても死ななそうな「感じ」はしなくはないです。食べないと死ぬでしょうけど。それからすすんで何にも食べない、さらに水分すら取らないっていうのには流石に常人には無理があると思いますが、中にはそういう人がいてもおかしくはないかなという気にはなりますよ(笑)。

ここのコメント見てもわかるように、ありのままを見つめることが出来ない人達ばかりなんだよ。食べようが食べまいが、食べない事は生きる事にならないんだよ。
釈迦だって、断食では悟れずに、苦行を止めて粥食って悟ってんだ。「苦行は無意味」だと。

食べたくないなら食わなきゃいい。ただそれだけの事を健康だの、人生だのになぞらえる生き方は、人間のそれではなく、人間のふりをしているだけだよ。だから、こんなことをおすすめされて、動揺していてはならないのだよ。そういう修行だと思ってね。食わない事は基本的には悪徳であって、説明は省くけど、涙を流す人の気持ちを蔑ろにする行為に繋がっていくのだよ。そこまで見つめて、考えて、選んでいくのが人の道。人間ってのは、神との対話イコールこの世界のあるべき姿を見つめて「存在の儚さ」とどう向き合うかだけで生きる事なのよ。

こんにちは。私がこの記事を読むのは二度目になります。一度目は去年です。今日またなぜここに来たかといいますと、Yahooのニュースで不食を推奨するような記事があったからです。
芸能人の不食生活や、極端な少食生活を紹介しています。

私自身かなり少食ではありますが食べないといくらダラダラした生活を送っていても身体が持ちません。ましてや働く人間が食べないのは大変なことです。食べないでも平気という人は自分がきついのもわからないんだと思います。
とても生き物らしい生活を送っているとは思えません。

私は最近鬱状態になり、食事も水分もとれなくなりました。しかし、食べないと何日も下痢をし、水分がどんどん減るのを感じ、焦ってポカリスエットを飲みました。飲む点滴というだけはあってすぐに体力は回復しました。それからは少しずつ食欲も戻りなんとかいつもの状態になりました。

食べない飲まないというのは普段食べて飲んで暮らしている人間が急にやるとどうなるのか…というのを体験できたように思います。
というわけで私は悲しいときに食べたくはならない派でした。
食べない間は死ばかりを考えていましたよ。生きるって食事なしでは厳しいです。

ゆみえ様

 コメントありがとうございます。

yahooの記事で不食を推奨していたのですか。
だいたい、秋山氏は不食ではなくて、小食です。子供と一緒に食べるそうですから。本当に飲まず食わずで、1週間生きられたら、大変なもので、史上初めての人間ということになります。

 こんな詐欺に引っかかって体を壊す人が出たら、いってみれば犯罪です。
 ゆみえさんが餓死寸前のところうまく回復されてよかったですね、

 今まで、極端な健康法を提唱する人は、うそをつく詐欺か、本当にやっているなら早死にします。多くの例があります。秋山氏も不食=小食で早死にしますね。人相に短命の相がよく表れています。本がたくさん売れても短命ではしょうがないですね。

 むしろブログにも書きましたが、117才長寿記録の大川さんみたいに長生きに元気で長生きにはおいしいものをバランスよく食べることが大事でしょうね。
 

不食で生きられたら、って考えると不思議で面白いと思うけど、現実的に冷静に考えたら無理でしょ!

秋山さんの場合には、ウェブを見てわかるように、
石から、なんか波動みたいなのを受け取ったようですね。ご存じのとおり、アインシュタインの質量とエネルギーの変換法則によると、エネルギ‐と質量は常に変換しあっていますね。だから、エネルギーを摂取できる体質になればこんなことも可能なんじゃないかと、私は思います。便利ですねえ。。

大野晶子様

 質量とエネルギーの転換ではほんの僅かの質量がエネルギーに転換すると膨大なエネルギーに変わります。水爆いくつものエネルギーです。その逆におなかを満たすほどの物質(食べ物)をエネルギーから転換することなどまったく不可能です。
ちなみに、E=mC2で、Eはエネルギー、mは質量、Cは光の速度・その2乗です。
 私はおいしいものを食べる楽しみをなくすなんてまっぴらです。大野さんはご自分でも物を食べなくてよくなるほうがいいですか。
 

なぜこうした批判が少ないのはあなたのような知識人を含め、今の社会では無意味だと思われてるからでは無いでしょうか。事実、高校生物までの知識があれば虚偽が自明です。
だのに、このような事態が生じるのは一般人の教養不足を含め、メディアリテラシーの欠如が問題であると考えます。が、啓蒙するにしても現在のマスメディアに敵う手段は無いように思われます。
ただ、私の母が随分と傾倒してしまい、何を言っても現在の科学を凌駕する科学があると信じており、情報化社会の恐ろしさを実感した次第です。
ちなみに自分は1日2食ですがこれが通常の人間のエネルギー消費量にとって最低ラインだと思います。
とりとめない文章で大変申し訳ありません。
追記、
ニホニウムの引用には笑わせて貰いました。イマドキですね。

大和様

 コメントありがとうございます。

おっしゃる通り、インターネットで見ますと、筆者のような批判的なブログは少なく、賛美したブログばかりです。そしていわゆる学者先生はばかばかしいのでまともに相手にしないのでしょうね。

 -高校生物までの知識があれば、虚偽が自明です。本当におっしゃる通りですね。生物ということ、生きていること、に関して先生は何を教えているのでしょうね。

 残念なことですが現代の世の中では科学的にものを見るより非科学的・神秘的主義的なもののみかたのほうが圧倒的に強いのです。

 まあ、このブログをいまでもたくさんの方に読んでいただいているのは、健全なものの見方をする方がまだ多いということです。

科学的な視点と言いながら、疑いの目で見ている偏りを感じます。ブログでは何一つ実証しておらず、秋山氏は実践している。プラーナ、気という言葉は伝統的に世界にありますが、全て安易に荒唐無稽の伝説と片付けるのは、怠惰に過ぎるかと。あなたは科学している人間では無く、未だ大多数の世間で認められて無いものを怖がる消極的な人間なだけです。科学によって、現代は頭でっかちで手を動かさない怠け者が増えてしまいました。

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