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2016年7月 9日 (土)

白人中心主義の歴史観批判。岸田秀氏の史的唯幻論とバナールの『ブラックアテナ』

はじめに
 前に書いたブログで、岸田 秀氏の書かれた本『史的唯幻論で読む世界史』を読み終えたのと、7月5日に、エジプト文明について何か参考になるかと思い、池袋の「古代オリエント博物館」にも行ってきましたので、自分なりの見解を書いてみることにしました。
 前に書いた「近況、1史的唯幻論で読む世界史」にこの文章を書くきっかけを岩城正夫先生から、いただきました。岩城氏と岸田秀氏は年齢も同じくらい同じ和光大学の教授をされていて親しくされたおられたということです。
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 原本は2004年から連載された『大航海』(2004年~2006)に大幅に加筆修正し2007年に新書館から『嘘だらけのヨーロッパ製世界史』として出版され、2016年1月に講談社学術文庫に名前を変え収録されたものです。
 その『史的唯幻論で読む世界史』(定価980円税別)には、帯封に「嘘だらけのヨーロッパ製世界史を撃つ!」、「古代ギリシャは黒人の文明であり栄光のアーリア人は存在しなかったー」とあります。また裏表紙には、「ヨーロッパが語る白人中心主義の歴史観が彼らの誇りを支え、今なお世界を覆っている欺瞞と危うさを鮮やかに剔抉、その思想がいかにして成立・発展したかを大胆に描き出す。史的唯幻論が、白人によって作りあげられ「幻想の世界史」であるかを鋭く告発する。という言葉が本書の狙いをよく表しています。
 岩城先生からいただいたお葉書には先日お送りした筆者が人間学研究所でお話した内容の、『どこまで人間と見るか』のレジメに対してのお礼の言葉とぜひ論評してほしい本があります、ということで『史的唯幻論で読む世界史』を紹介していただきました。岩城先生のお葉書には「この本は、初めあまりに大胆すぎると思い疑問に思ったのですが、今は考え直して真剣に取り上げるべきだと思うようになりました。しかし全面的には肯定しきれない部分があり結論を出しかねています。それで筆者に目をとおして感想をお聞かせく ださいとのことでした。
 筆者の『どこまで人間と見るか』において、ヨーロッパ人が、南米のインディオやオーストラリアのアボリジニをはじめ「人間」と見ないで、平気で殺してきたこと、その後も様々な人種差別を現在までも繰り返してきたことを書きましたので、丁度岸田氏の説との共通性を見られたのだと思いました。
◎「どこまで人間と見るか」その2 2016年5月19日人間学研究所合同例会資料から
 インディアンやインディオに対して
 1492年、コロンブスのアメリカ大陸と「インディアン」の「発見」
 1521年 スペイン人、コルテスアステカ王国を滅ぼす
 1533年 スペイン人、ピサロ、インカ帝国を滅ぼす
 1537年 ローマ法王がアメリカインディアン(インディオも)アダムとイヴの子孫だと認めた
       -それまでは、人間ではないから、殺してもいいことになる
  1700年 アメリカ北東部のインディアンは混血していないことにした
 1783年 イギリス、インディアンの土地を勝手に合衆国に割譲
 1890年 アメリカインディアン、ウンデッドニ―で虐殺
       その後も差別と抑圧は続く
 アボリジニ対して
 1788年 イギリス人、オーストラリア原住民を「発見」その当時の人口50万人
 1828年 イギリス兵士に、アボリジニをスポーツの対象として、自由に捕獲、殺害する権
      利を与える 人口は90%減少
 1876年 タスマニア原住民絶滅 (有袋類は保護するのに)
 1931年 混血のアボリジニを親から離す政策
 2008年 労働党政府が謝罪しかし保守党は認めず
 インドのカースト制度、ダリット(カースト外)1億人
 日本、朝鮮における、非人、白丁
 アフリカのピグミーに対しての食人行為-人間と見ない
 白人による執拗な人種差別や優生学
 
 『史的唯幻論で読む世界史』を読み、またインターネットで資料を読みある程度、自分の 考えがまとまったので書いてみようと思いました。岸田秀氏の説はいろいろな面で納得できるところが多いのですが、部分的に、これは間違いではないか、というところがあります。具体的にこれから書いていきたいと思います。
なお、本の要約を書きましたが、◎の部分はブログ筆者の感想です。
1、差別が人種を生んだ
  差別が先で人種が後である。
ご存知のように人類は家畜である。人類は自己家畜化の結果、家畜になったのである。人類が、人類自身の何らかの理由によって、人為的に特殊化された結果、成立したのが人種である。
 人類自身が人類発生以来一切の人種的偏見を持っていなければ、あらゆる人種が自由に混交し同じようになっていたであろう。
 「一神教vs多神教」(2002年、2013年朝日文庫)という本を三浦(雅士)さんとともに出版した。そこでの歴史仮説。高野信夫氏の「人種の起源―黒人―白人―黄色人」(三一書房)に基づく。最初に発生した人類はアフリカの黒人種であった。そして白子、アルビノ説、が提唱されました。そしてこの説以外に黒人から白人が発生した理由を説明できない、としています。白人は奴隷であった、モーゼの出エジプトでエジプトから追い払われる。
 4重の被差別がアメリカを攻撃的にした。
 アメリカ人は1、エジプトで差別されパレスチナへ、2、ユダヤ人はローマ人に差別され、3、キリスト教徒はユダヤ人から差別され、4、キリスト教徒から差別されたピューリタンによって作られた国である。4重の被差別のどん詰まりの国アメリカ。そうでないと先住民に対する残虐さは説明がつかないと。岸田氏の歴史仮説はアフリカの黒人に追っ払われた白人のヨーロッパ人とエジプトの黒人に追っ払われた白人のユダヤ人という2つの前提に立っており、この2つの前提を出発点としている。p13
 マーチン・バナールの「黒いアテナ」1987と「黒いアテナ―批判にこたえる」2001 
 岸田氏はエジプトが黒人の文明ではないかと思っていたが、バナールのギリシャ文明も黒人の文明である、という説に驚いた。バナールの説に基づく2冊の本とその批判の書について。岸田氏の仮説は差別が先で、人種が後である。人類に人種が発生したのは、人類が人種にこだわっていたからで、人種が存在するのはこだわっているからである。
 白人種は人為的にしか成立しえない。白人種は不自然な人種差別の結果人為的に製造された。白色人種の黒人に寒冷地に追っ払われた恨みと、それに対する復讐、失地回復の要求を動機としているのではないか。
 ◎この説に関していえば異論があります。自己家畜化論は人間学研究所の名誉所長小原秀雄氏が主張し、総合人間学会でも一世を風靡した考え方です。ただ筆者は自己家畜化論に関していえば、一定の評価すべきものはありますが、人間の本質を明らかにすべきものとまではいかないような気がします。これについては改めて書くことにします。
 筆者が人間学研究所の例会でお話した、『ネアンデルタール人について』で、どうして、現生人類が白い肌と青い目の色を獲得したかをお話しました。ペーボはネアンデルタール人の全ゲノムを解析しました。そして現生人類はアフリカを出て中東からヨーロッパに進出した時にネアンデルタール人と交雑し、日光が弱い地域に適応するように遺伝子を2%ほど獲得し白い肌や青い目などになったということを明らかにしました。その証拠が遺伝子が現生人類のヨーロッパやアジアの人類には取り込まれ、アフリカの人々にないことが明らかになりました。人種は地域特性によって生じたもので、差別が人種を生んだという仮説まではは成り立たないように感じます。
2016年7月13日 追記
 岩城先生からお手紙をいただきました。岸田秀氏の本の岩城先生の疑問点も、同じようなことだったようです。いただいたお手紙の内容をご紹介します。
「私(岩城先生)が何より1番疑問に思ったのは白人が「白子」の子孫だという点でした。岸田さんの本を見たとき、何も白人たちを「白子」の子孫にしなくても、寒い地方に行けばだんだん色が白くなるのではないか、例えばサルの肌の色(南方のサルたちの皮膚は結構黒いのが多いのにニホンザルなどは肌の色はピンク色というか)は生息する緯度によって違うのではないか、白ウサギの肌もピンク色だし、シロクマの肌の色も白っぽいようだし、哺乳動物の肌の色も生息する地域によって、つまり寒い地域では色が薄いのではないかなどと思い、動物学専門のブログ筆者に聞いてみるのが1番かと思った次第です。ブログには白人の遺伝子のことまで論じておられて白人の起源について解明されていることがよく理解できました。ありがとうございます。
 お手紙に同封された、故鶴見俊輔さんが書かれたことのについて、新聞記事のコピーをいただきました。岩城先生とその息子さんである有名な漫画家、岩明均氏のことが日本がアメリカの植民地化した思想、学問状況の中で、親子二代にわたってユニークな取り組みをされているという内容です。これは違うブログでご紹介します。
「こういちの人間学ブログ」2015,8,14
「ネアンデルタール人について、図像の変化、赤い髪、白い肌、イメージ大きく変わる」
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国立科学博物館のネアンデルルタール人の復元図、最初の想像図と大きく変化しています
 興味深いのはネアンデルタール人の遺伝子が、現生人類に取り込まれて、白い肌や青い目、毛深い性質などがアフリカ人以外に取り込まれている、ということが明らかになるにつれ、ネアンデルタール人の想像図が大きく変わって、現生人、特に北ヨーロッパ人に近い形に変わってきているのは面白いことです。同じ頭蓋骨からの復元でもこんなにかわるものかとおかしくなります。
 マーチン・バナールは『歴史における科学』を書いた,ジョン・デズモンド・バナールの息子さんです。『歴史における科学は』4巻(原著1954~、邦訳1966~)筆者が学生のころ、感激しながら読んだ懐かしい思い出があります。著名な物理学者ですが、平和運動に取り組み『歴史における科学』のような歴史書を書きました。平和運動に取り組み欧米の独善的な態度に対しての批判的態度などは、親子して、歴史の専門家ではないのに、とか非科学的だとかいろいろあげつらって批判攻撃する学者や批評家が多い。日本ではトンデモ本扱いする人たちもいる。
 
2、古代エジプト人は黒人だったのか
 史的唯幻論の前提となっている2つの仮説、一つは出エジプトの白人奴隷の話と、もう一つはマーチン・バナール氏の仮説である。
古代ギリシャ文明についての3つのモデルがある
1、古代モデル、紀元前1500年ごろエジプト人、フェニキア人がギリシャに侵入し植民した。
2、アーリアモデル ギリシャの文明は北方から来たアーリア人が独自に開いた。
3、修正古代モデル、バナールの説、エジプト、フェニキアが植民したのはBC2000から1500年ごろだが、その前にBC4000年3000頃に北方から白人系の人種が侵入してきたことは認める。その後も続々とギリシャに入ってきたことを認める。昔のギリシャ、ローマ、ヨーロッパ人はエジプト文明から多大な影響を受けたことを認めた。しかしヨーロッパ人の人種差別的優越感が強くなり古代モデルは否定された。
古代エジプト人は黒人だったのか
 7000年来、エジプト人はバナールによればアフリカ人、南西アジア人、地中海人などで構成されてきており、ナイル川上流の南に行くほどより黒い二グロイドの人たちがいた。古王朝、中王朝はアフリカ的要素が強い、ヘロドトスは「黒い肌と縮れ髪」と記述している。しかし黒人といってもいろいろな変異がある。いずれにしても、ヨーロッパ文明の始まりは非白人の文明であったという。
◎池袋の古代オリエント博物館の古代エジプトの男性の画像は、赤銅色の肌と縮れてへばりついた髪をした像であった。
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「古代オリエント博物館発行の「なるほど!古代エジプト」より
 エジプト新王国時代前1500-1400年ころ、褐色の肌、細かい巻き毛の髪など黒人の特徴が出ています。古、中王朝にはより肌が黒い、黒人のファラオがいたらしい。
◎黒人といっても大きな変異があり、赤道西アフリカ周辺は真っ黒な肌と頑強な体で短距離走に向いていて、東アフリカでは、ケニアやエチオピアの人々のようにほっそりとして褐色の肌、長距離走に向いたからだの人が多い。エジプトでもナイル川上流には、ヌビア人が多く住み、一時期古代エジプトのファラオを多く出したりもしている。
3,、「黒いアテナ再考」を読む
 バナールはかってギリシャは古代エジプトの植民地であったし、ギリシャ文明はエジプト文明およびフェニキア文明の亜流であったとするバナールの説はヨーロッパの学会、思想界に大きな反響と反発を巻き起こした。それに対しての批判。
 『黒いアテナ再考』、レフコヴィッツ、ロジャース編 1996年
バナール説に対する批判や反論を20ほど集めたもの。
ジョン・ベインズの批判-バナールはヨーロッパ中心主義に陥っている?
キャサリン、バードの批判-バナールは人種差別的誤解を深める?
フランク・スノーデンの批判―バナールのアフリカ中心主義は行き過ぎか
ベルミュールの批判―バナールの主張は根拠薄弱か
などである。各章に詳しく批判とばなーるの反批判が載せられる。
◎ヌビア人について
エジプト南のアスワンからスーダンにかけて多く住む人々、もともとはエジプトとヌビア人は同じ祖先からはじまった。
 エジプト25王朝BC747-656、3人のブラックファラオ、ヌビア人の王朝があった。
 現在でも100万人ほどが住んでいる
4、唯幻史観と「黒いアテナ」
 戦中、戦後の日本をどう見るかに関して、皇国史観、東京裁判史観、(ソ連式)左翼史観などがある。3つの歴史観はともに手前みそ史観、あるいは自己中心主義の歴史観と言えよう。それに対して、経済、政治、、軍事、社会こそ幻想の産物ではないか。人間はどうしてそのようなことをする必要があるのかいくら考えてもわからないことばかりしてきているではないか、と考え、それを岸田氏は唯幻史観あるいは史的唯幻論と称した。
 ユダヤ民族はローマに対して2度の大きな反乱を起こすが、多大な犠牲者を出して失敗
(一神教は中近東地方に生じた一種の風土病のようなもの)
差別された白人、セム族がユダヤ人となった。ユダヤ教からキリスト教が生じた。
 イエスは神の国における救いを説く、愛を説いて内面を重視。ローマ皇帝に税金を払ってもいいしローマの神々に頭を下げてもいい。イエスについていれば、ユダヤ人はローマ人の要求に外面的には従いながら、内面は敬虔な信者であることができるようになった。
 ユダヤ教は天国とか死後の世界認めぬ。救いは現実の世界のものでなければならぬ。
ローマ帝国で普及したキリスト教は、イエスというよりパウロが作り、キリスト教をローマ帝国に広める。その後キリスト教はローマ帝国の国教となった。キリスト教が普及したのはローマ帝国が権力をもってキリスト教をヨーロッパ人に押し付けたからである。キリスト教への反発のスケープゴートとしてのユダヤ教徒はローマ帝国とキリスト教徒の二重の差別を受ける。キリスト教徒は先祖伝来の信仰を裏切ってローマに迎合し、うまく立ち回り、いつの間にかローマを乗っ取った卑劣極まりない連中であるという見方もできなくはないであろう。
◎しかし第2次世界大戦以後、ユダヤ教信者およびイスラエルは、英米を中心とする国際的な資本の動きの中で、きわめて強い力をもち、一方においてはロスチャイルドなどがアメリカ経済の実権を握り、政治まで動かしている。現在ではイスラエルがアラブ諸国民を抑圧している。欧米の大資本により苦しめられている庶民、その大資本をつかんであるユダヤ系資本、そしてイスラエルにより追い出されたパレスチナ住民、これらが、ユダヤ民族に対しての憎しみのもとになっている。
5、ギリシャを作ったのはエジプトか
 バナールは、古代ギリシャ語の語彙の4分の一がセム語に由来し、5分の一から4分の一がエジプト語に語源があると考えて間違いなく、ギリシャの神々の名だけでなく、多くの地名もエジプトやカナンから来ていると主張しているが、コールマンが反駁する。
 再び「黒いアテナ再考のバナール批判」にもどる。
 バルターは「黒いアテナ」はヨーロッパ人の文化的傲慢さをたしなめることにある。
バナールを一部持ち上げるが、バナールを批判する。それに対しての『黒いアテナは反駁する』(2001年)でバナールが反論する。
ジョンコールマンの批判-バナールは独断と偏見で近代ヨーロッパの古典学を丸ごと論難したがっている。
バナールは歴史観の証拠立ての弱さがあるとーバルターの批判
これまでのヨーロッパ人のヨーロッパ文明起源神話ではギリシャ―ローマ―ヨーロッパ―アメリカの系列は語られているがギリシャの前のエジプトとフェニキアが忘れられている、というのがバナールの言いたいことであり、ローマの前のエジプトとイスラエルがないがしろにされておりローマとヨーロッパのあいだのアラブが無視されているというのがわたし(岸田氏)の言いたいところである。
◎ローマ文明が滅び、その成果はアラブ諸国がうけついだ。ヨーロッパ諸国は中世の暗黒時代を迎える。ルネッサンスではアラブに保管されていた文明が注目され、ヨーロッパに取り入れられた。
アラブの方が科学的に優れていた例としてリチャード王の十字軍の剣は、ごつくて重く叩き壊すようなものであったが、アラブ側サラディンの剣は上に置かれた薄いスカーフが切れるように切れ味が鋭かった。いろいろな医学的な知識もアラブで温存された。アラブ側の方がけがの治療が進んでいた。
代数や三角法の活用など優れた数学。アラビア数字の活用、アルカリ、アルコールなどの言葉はアラビア語に由来する。化学の発展、光の原理(反射で見えるなど)これらがルネッアンスのときに見直されるようになった。
6、ヨーロッパ文明は人類最高の文明!?
 ジェンキンスの批判「黒いアテナ再考」中の「バナール と19世紀」における批判
現代の豊かなヨーロッパは非ヨーロッパ民族の搾取のうえに成り立っている。にもかかわらずジェンキンズのようなことをヌケヌケと言うヨーロッパ人がなぜ存在するのであろうか。
 バナールがジェンキンスと違うところは、ヨーロッパ人の文化的傲慢をたしなめるとかの自分の目的に明確に表明し、そのためにバイアスがかかっている可能性を素直に容認したうえで「19世紀の思想的潮流のほとんどは人種差別主義や様々な種類の悪意に支配されていた」ことをも指摘し、自分と相手との論争のは、具体的、客観的資料によるとし、それが不十分な時は説得力に頼らざるを得ないとしているところである。
古代モデル追放の理由
 ヨーロッパ文明の源泉はエジプトではなくギリシャであるとした外部的影響。
1、キリスト教的反動、2、進歩思想、3、人種差別主義、4、ローマン主義的ヘレニズム
 それぞれについてのジェンキンスのバナール批判
 手を変え品を替え、いろいろなことにかこつけて、飽きもせず懲りもせず、ヨーロッパ人が他の人種より優れていると、同じことを執拗に繰り返し、言い続けるから、ヨーロッパ人にはそういわざるを得ないよほど強くて深い動機があるに違いなく、その動機についてはすでに論じたことである。
◎岸田秀氏によれば、ヨーロッパ人がずっと差別を受けてきたこと、の反動として,自分たちの優秀さをことさらに強調していたということ。
7、屈辱の連鎖としての歴史
史的唯幻論の仮説p141
 史的唯物論のように経済的要因とかで歴史が決定されるとするのではなく、民族や国家を最強の動機は屈辱の回復である。差別された屈辱に反発して、屈辱を克服するためにべつの誰かを差別し、今度はその新たに差別された屈辱に反発し、さらに別のものを差別するという、差別と屈辱、それへの反発の連鎖が歴史を形成するという仮説である。
最初の被差別民族としてのヨーロッパ民族
歴史的にヨーロッパ民族は、非ヨーロッパ民族にさんざん差別され攻撃され虐殺され続け、また逆に非ヨーロッパ民族を差別し、攻撃し、差別し続けた民族である。
 ヨーロッパ民族ほどの攻撃性を持っておらず、無警戒、不用心だった非ヨーロッパ諸民族はいとも簡単に征服され植民地化され、搾取された。
ヨーロッパ民族のアジア到達と日本の反応
 日露戦争は白人の侵略を押し返したアジア人の最初の偉業だった。
しかし戦争に負け、残念ながら、日本は名目的には独立しているが事実上アメリカの占領下にある。
 アジア解放史観とアジア侵略史観。中国はかっての大日本帝国の役割を演じ始めているのではないかという疑わせるに十分である。
アメリカと中国
 アメリカの対アジア政策は日本と中国を仲たがいさせておくことを主眼としている。
大日本帝国の成立と靖国神社
 遠い昔に発する欧米諸国のアジア侵略の衝撃が近代にいたってついに日本に及び、その衝撃にに対する反応として大日本帝国が成立し、靖国神社は大日本帝国を支えた様々な機構の1つであった。
 アジアへの欧米の進出が進歩する人類の歴史の必然的1段階であり、欧米、特にアメリカのアジア支配が全面的に正しいならば、それに反発して、大日本帝国をきづいて反撃した日本は全面的に誤ったことになる。
 しかし、私から見れば一般的に言って欧米諸国のアジア侵略はアジアにとってはなはだ迷惑なことであった。
 日本は正義の観念に取りつかれてその狭隘な観念にそぐわないとして本来ならば、味方につけるべき他のアジア人を敵に回し日本人だけでアジアを開放できると誇大妄想におちいったのである。
自らを正義の味方とうぬぼれてアメリカの策にはまり、味方として不可欠な中国を敵に回したからであった。
◎経済的要因で歴史の根本が変革されていくという、史的唯物論は有効である。しかしながら、以前の硬直したスターリンや毛沢東などの歴史観はいろいろな過ちがあり、実際の政治で多くの人が弾圧され苦しんだ。
 3年かん3回沖縄に行ってみましたが、事実上アメリカの占領状態にあることがよくわかります。また東京周辺でもたくさんの米軍基地があります。日本の自衛隊も事実上アメリカ軍の指揮下にあることがよくわかります。
8、ヨーロッパ製世界史の欺瞞
Mリベラニ「産湯と赤ちゃん」、CMロジャース「多文化主義とヨーロッパ文明の基礎」の批判
バナールはアフリカ、アジア中心主義に偏りすぎている、との批判
人種差別主義の陰謀
アーリア・モデルの成立
岸田 秀氏の考え
 バナール理論が、アーリアモデルを決定的に打ち崩したので、バナールの批判者たちは、もはやアーリアモデルを弁護することはできないと諦めたものの、バナール理論の欠陥や弱点をいろいろ持ち出して反撃しているわけである。
 バナールは修正古代理論において、アーリア人の役割を認めているが、アーリア人というのは1つの神話であり、日本の天孫降臨と同じく、1種のファミリーロマンではないかと、、要するにアーリア人というのは架空の存在ではないかと考えているからである。(アーリア人というのは、インド=ヨーロッパ語族)
 ルネッサンスというのは再生であるが、ルネッサンスというのは詐称である。ギリシャ=ローマ文化の再生という意味だが、ヨーロッパ人の祖先はヨーロッパの森で未開野蛮な生活を送っていた。。近代ヨーロッパ人は他民族、それもアラブ人を仲介して輸入したのであった。(近代ヨーロッパ人といっても特にゲルマン人やノルマン人などの北ヨーロッパの人々-ブログ筆者)
 問題はヨーロッパは欺瞞と隠ぺいに訴えてまで、文化的傲慢を維持することを必要としたのかということである。
9.唯幻史観と科学的歴史
バナールの反論『黒いアテナは反駁する』(2001年発行、大冊の書)による、ベインズらに対する反論
バナールは問題はキリスト教文化以外を認めないヨーロッパ中心主義、人種差別主義にあるという。
エジプト人は黒人か
新大陸においてキリスト教徒でないものは人間ではないと差別したように、近代ヨーロッパ人は非ヨーロッパ人を理性を欠いているとみなして差別したのであった。p180
黒人は文明を創造したことはないなどと常々言われてきた。
アメリカやヨーロッパでは32人の曽祖父母に1人でも黒人がいれば黒人とするとされた来た。19世紀や20世紀のイギリスもしくはアメリカに古代エジプト人が現れれば「白人」とみなされることはほとんどないであろう。
10、日本兵と唯幻史観
 ヴェルミュールの批判(「世界がひっくり返った」)に対してのバナールの反論
 史的唯幻論も公正無私な普遍的な立場に立つ思想でなく、わたしの個人的経験を動機としている。
 死んだ日本兵のイメージが~大挙してわたしのなかに押し寄せてきてそこに住みついてしまったので、私は、、彼らがなぜ死んだのかの理由をなんとか説明し理解しないでは、この世の中でどうにも落ち着けないのであった。考える過程で自ずから形成されたのが史的唯幻論である。私は史的唯幻論を普遍的理論だと思っていないがヨーロッパ中心論者はそう思っているらしいという点である。
 ヨーロッパ中心主義はヨーロッパ人には都合がいいが、ヨーロッパ人以外にはこれまで甚大な被害をもたらしたし今も及ぼしているし、人類全体にとっても地球にとっても好ましくないので、見捨てておくわけにはいかないであろう。
 未開の人々の生活を、実際に共に暮らしてみると、不合理なタブーにとらわれ、食うや食わずのみじめな生活をしていると、思われていたのが、間違いだとわかった。のんびり、ゆったり豊かな生活をしことがわかった。
(白人支配者が入り込んで、搾取が始まり、みじめな暮らしが始まる)
 ヨーロッパ製大航海は難民、出稼ぎ人の海外荒らしであった。
11、人種差別主義と反ユダヤ主義
 M,ロジャースに対するバナールの反論
 よくあるパターン。バナールの説を全く認めないわからずやではないが、全面降伏するような骨なしでもない。
 バナールによれば、「黒いアテナ再考」の執筆者と同じく、またもやロジャースはバナール理論を攻撃するために彼の主張を誇張し単純化して攻撃しやすい形にゆがめているとのことである。
 言語の問題に関してもギリシャ語は基本的にはインド・ヨーロッパ語であって、ただ2つのアフリカ=アジア語、すなわち古代エジプト語と西セム語から大々的に語彙を借りているいると言っているだけだ、とバナールはいう。
 大英博物館の重要な展示品のほとんどは他民族、他国から詐取または強奪してきた盗品である。
 ロジャースはバナールがバナール理論を作ったのはユダヤ人だからであるという。
 バナールが古代エジプト人がアフリカ人であることを強調するのは、エジプト人をアジア人またはヨーロッパ人と誤解している向きがあるからである。エジプト人と東アフリカ人や北アフリカ人との間に生理学的なつながりがあるということである。
 古代エジプトがエーゲ海など周辺の諸民族に「宗主権」をもっていた。かれらは貢物をささげに来た。
12、白人とアーリア人
 岸田氏が白人にこだわっているのは白人に対する劣等感があることを示している。
 岸田氏の個人的な事情も絡んでいるかもしれない。子ども時代捕虜収容所で見た卑屈でだらしない捕虜たちを見て白人は劣等人種と思った。それが敗戦で真っ逆さまにひっくり返った。
何人かでアメリカの陸軍将校の家で英会話を教えてもらった。彼はオンリーさんと暮らしていた。日本女性が慰安婦としてアメリカ兵に仕えているのを身近に見たことは、何か屈辱感のようなものをわたしに感じさせ、それがトラウマになっているのではないか。
 白人にこだわるのは、偏見と劣等感との葛藤を何とかしたいというのも1つの理由かもしれない。
 白人とは何か 白人と非白人の境界は、時代、場所、人によってかなり変動するらしい。そもそも、人種差別に基づいて白人と非白人と区別され始めたのは近世ヨーロッパ人が他国、他民族を植民地化し始めてからのことであって、植民地主義を正当化するために白人という概念が形成されたのではないかと思われる。同じ対等な人間である虐待したり搾取したりするのは気が引けるが、劣等人種なら別に構わないという意味で、人種差別主義は植民地主義を支え、補完するため、良心を麻痺させるために必要だったのだろう。
 日本人が自分たちを黄色人種と思っているが、実際に肌が黄色いわけではない。
 白人の概念が変動してきた。インドでは貧乏な白人は生物学的には白人でも、白人ではない。白人とは人種差別主義の産物なのである。
アーリア人種
 最も過激な人種差別主義はやはりナチスドイツのアーリア人種至上主義であろう
 アーリア神話は日本に伝えられいまだに事実と信じられている
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◎図版は「詳説世界史図録」2014年3月、教科書副読本 山川出版社
アーリア人BC1500年ころパンジャーブ地方侵入、BC1000年ころガンジス流域に侵入とある
 日本の教科書 2003年山川出版社のもの「詳説世界史」
インド・ヨーロッパ語族、アーリア人は存在したか
 アーリア人の発祥の地がバラバラで二転三転するのも不信を募らせる。インド人は100年も前から「アーリアン学説虚構説」、を唱えているそうだ。
 アーリア人は存在したのか」津田元一郎「アーリアンとは何か」西欧の植民地支配とかかわっている
 イギリスの常套的な方法。植民地を分割して統治する。北部の人たちを同じ白人のアーリア民族とし、南部の黒い肌のドラヴィダ系住民と対立させるため。
 ドイツとアーリア神話-アーリア神話はキリスト教の支配を打倒しようとするゲルマン民族がよりどころのした神話ではなかったかと考えられる。
 ドイツは純粋なアーリア人なので金髪・碧眼であるが、インドに侵入したアーリア人はドラヴィダ人と混血して少し黒い肌、黒い髪となったというように表現する。
 アメリカでは白人の範囲はもっと込み入っていて、初めは、イギリス系だけが明確に白人とされていた。アイルランドはイギリスの植民地、アメリカに来たのは食い詰めた下層階級。イギリス系に差別され黒人と大して変わらぬみじめな状況に置かれたが、黒人とは違うことを強調し、黒人差別を強め白人にのしあがあった。はじめ、ポーランド、イタリヤ、スペイン人は白人かどうかあいまいであったが黒人アジア人と差別する必要から白人に組み入れられた。イギリス系だけが白人であった名残りはWASP幻想としていまだに残っている。南米からのヒスパニックは本人は白人と思っているがアメリカではなかなか認められない。
ヨーロッパの歴史とアーリア神話、ヒトラーとアーリア神話
 アーリア神話はゲルマン民族の誇りを守るためにはうってつけの神話であった。ゲルマン民族中心主義。清らかなアーリア文明とけがれて不潔なヘブライ文明がある。第1次大戦に負けたドイツ、アーリア文明の危機。ヒトラーの登場。アーリア民族、ゲルマン民族至上主義。ユダヤ民族を絶滅させる。ホロコースト。ロマ人なども。
アーリア神話と出エジプト
 インド・ヨーロッパ語の発見 アーリア人の表記、アーリア神話の利用
 アーリアンが西北インドからインドに侵入し、原住民を駆逐し、古代の輝かしいインド文化を創造したというアーリアン学説は、インドに対して、格別な文化工作的な意味を持っていた。インド人の祖先アーリアんもイギリスと同様に、インドに植民地的侵入をしたのであり、イギリスも同じことをしただけである。イギリス人と上層インド人はもともと同一種族であるということにより、上級階層をイギリス側に引き寄せる~
 イギリスの植民地支配は単に軍事力だけでなく、思想戦略が情報操作をするのがいかに巧妙であったかがわかるであろう。
 両言語が同系であるとしても、サンスクリット語をしゃべっていた連中とギリシャ語をしゃべっていた連中とは同じ人種だということになるのであろうか。
 ネアンデルタール人が存在したことを示す考古学的な証拠はたくさんあるが、アーリア人が存在したことを示す考古学的証拠はどこにもない。
 いずれにせよ、アーリア神話は話がうまくできすぎている。私の説も推測に過ぎないが、アーリア神話も私の説もともに、文献的証拠はもちろん、考古学的な証拠もないという点では同じなのである。アーリア神話と私の説ではどちらが説得力があるであろうか。
あとがき
 戦争に負けて、日本兵の崩れた死体の写真などを見て、憂鬱になり寝込んだりした。
いろいろ資料を読み、なぜこの戦争が起こったのかを考え、日本史、アメリカ史、世界史へと移っていった。
 東京裁判史観-アメリカ帝国主義―ヨーロッパ中心主義。ヨーロッパ文明とは何かに行きつく。
 ヨーロッパ文明が最高の文明で、アメリカの世界支配が当然。そのような世界史とは何か。欧米人から教わったコマーシャルである。欧米製世界史には嘘が多いのではないか。
 本書はコマーシャルはコマーシャルに過ぎないという単純な事実を炒っているに過ぎない。ただ日本の高校世界史教科書の編集者に、欧米文明を宣伝する欧米人のコマーシャルを頼まれもしないのに無料で広報してあげることはないのではないかということは言っておきたい。
◎このあとがきに岸田 秀氏の言いたいことは凝縮されている。この本は、人類の起源に関しての誤った記述などはあるにしても、基本的に正しいことを言っていると思います。特に日本がアメリカのある種の属国で、日本政府もその意のままに操られているということ、そして日本国民も考え方の基本もアメリカの意のままに操られているのを見るにつけ、そう思います。この岸田氏の本をトンデモ本扱いして入り人もいますが、虚心坦懐に今の日本の、そして世界の現状を見直してみる必要があると思います。
 能力不足と、時間不足で十分に読めなかったものですが、現時点で一応ブログを書いてみました。まだまだとても不十分です。これから、徐々にに、よりしっかりと追加して書いてみたいと思います。
 最後に、大変興味深い本を、ご紹介していただいた、岩城正夫先生に心より御礼申し上げます。
資料
2016,5,8「こういちの人間学ブログ」
 人間学研5月例会「どこまで人間と見るか、その2」
2015,10,15「こういちの人間学ブログ」
 「ネアンデルタール人と私たち人類」
2015,9,16「こういちの人間学ブログ」
 ネアンデルタール人と私たち人類・リンク集」
2015,8,14「こういちの人間学ブログ」
 ネアンデルタール人について図像の変化,赤い髪、白い肌イメージ大きく変わる
 

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