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2016年7月15日 (金)

岩城正夫氏と岩明均氏父子,アメリカ化した教育に対し日本独自の道、鶴見俊輔氏

 岩城正夫先生から、岸田秀氏の本に関しての感想をブログを書いたことに関してのお礼のお手紙をいただきました。またそのお手紙に同封されて岩城正夫、岩明均父子に関する鶴見俊輔氏の新聞記事のコピーも参考資料として送っていただきました。、いろいろ有益な内容がありますので皆さんにご紹介します。
現代のことば  鶴見俊輔  父から子へ 2007年の京都新聞記事
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京都新聞2007年の記事の一部です  以下その全文です
 作家金達寿をしのぶ会で、初対面の人が近づいてきて、「私は岩明均の父」ですと、あいさつした。
 作家の父からあいさつされたことは、私の生涯に、それまでなかった。岩明均は、私が感心している漫画家であるが、これまでに会ったことがない。会おうと試みたことはあるが、会ってくれなかった。ただ感銘だけが残っている。
 その父親が、会ってからさらに10年近くたって、著書を送ってきた。
 岩城正夫著『セルフメイドの世界―私が歩んできた道』群羊社である。
◎参考資料
『セルフメイドの世界』については「こういちの人間学ブログ」をごらんください
「岩城先生から『鳴子こけし風ネコの木像』をいただきました、『セルフメイドの世界』について」   2015年12,30
 
 はじまりは、火を起こすことからで、私も、火は木の板を棒を摩擦して起こすということを、こどものころからころから本で知っていたが、この本は、これまで私が読んできた本と違って、失敗するというところからはじまる。
 原始人はどのように火を起こしたのか。痕跡から、その手続きをたどってゆく。
 この本を読み進むうちに、私は、なぜこの人の息子が『寄生獣』という、めずらしい本を書くに至ったかに、思い当たった。
 『寄生獣』の主人公新一は、突然に腕に宇宙からミミズのようなもの(ミギー)が入ってきて、わけのわからないままに、電気のコードで自分の腕を縛り、侵入を食い止める。教科書で習ったこともない、とっさの判断による戦いであり、共生の方法である。
 この漫画は私にとって目の覚めるほどおもしろい読書であり、85年生きてきた中で指折りの本である。
 こういう本が現れるまでの長い道のりが、父の著書『セルフメイドの世界』にはある。小学生のころ、国語の教科書で農政学者佐藤信淵(一七六九-一八五一)の何代にも渡る受け継ぎの話を読んだことがあるが、それを思い出した。
 原始人などといっても、現代のわれわれが考えるのは、あやふやな受け売りで、だいたいが自己教育のプログラムには入ってこない。だが岩城正夫―岩明均の場合、それは実現した。文明の手続きの中で、見失われる人間を見ることだ。
 もし私に余命があれば、父から息子への思想の流れを調べてみたい。             それは明治以後の教育史、敗戦以後アメリカ化した日本教育史の中で一つの逆の流れを作ることだろう。
 日本が政治と教育の領域にわたって米国の模倣に明け暮れているこの60年の中で,それはひとつの冒険への試みとなる。
 われらのUSA宗主国においては、1911年以来、ひとり生き残った先住民イシが白人社会に出てきたことから1つの動きが始まる。彼に対面した文化人類学者アルフレッド・クローバーから、まずその妻、さらに娘と二人の息子によって、米国とは違う考え方が、百年をかけて伝えられた。ことに、娘のル=グゥイン の書いた『ゲド戦記』は、米国で広く読まれ、日本語に訳され、映画になって同時代に影響を持っている。
 『セルフメイドの世界』から『寄生獣』への流れが、現代日本文化をつくりかえるひとつの力になることを望む。
          哲学者
 以上は同封されていた新聞の切り抜きをそのまま載せさせてもらいました。
 鶴見俊輔氏はハーバード大卒、母方の祖父は後藤新平。父の鶴見氏や弟妹も学者の一家です。日本にプラグマティズム導入し、「思想の科学」を発行しました。平和運動にもたづさわり、その後「べ平連」の設立、2004年に「九条の会の設立」などを設立しました。筆者もささやかながら、九条科学者の会に参加させてもらっています。
岩明 均氏について
 本名、岩城 均(ひとし)氏です。1960年7月生まれ、2016年の7月28日で56歳になります。和光大学は中退し、お父さんの最初の出版された火おこしの本の挿絵を描きます。確か新生出版の「原始技術史入門」1976年5月出版でしたでしょうか。今は人間学研究所に本が置いてあるので確認できません。人間学研究会ができたころ岩城先生も創立のメンバーでしたが、息子さんに自信を持たせるために、岩城先生が息子さん(岩明 均さんに)挿絵を描いてももらったんだっだと話していました。本の中に火おこしの方法やいろいろな火おこしの道具など多数の図版がありその技量に感心したものです。もうすでに均さんはその時から大変上手に挿絵を描いていました。そのあとも1985年に漫画家として自立できるまで暖かく見守っておられました。
 鶴見氏の文章でも取り上げられている「寄生獣」がものすごく大きな反響を呼びました。ブログ筆者もずっと「寄生獣」は読んでいました。結構残酷な描写があるのですが、それ以上にちょっと大げさですが哲学的に考えさせるところがあって、それが多くの人を引き付けているのでしょう。それ以後講談社の「月間アフタヌーン」を中心として、いろいろな漫画を発表していきました。ふつう有名な漫画となると多くのアシスタントを抱えるものですが、ほとんど1人で書いているようです。ですから作品数も少ないのです。ところで「寄生獣」は数多くの漫画賞を受賞し、2014年には映画化もされました。
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p142~ 新一の言葉―10巻から
生き物全体から見たら人間が毒で…寄生生物が薬ってわけかよ
誰が決める?人間と…それ以外の生命の目方をだれが決めてくれるんだ?
そうだ・・殺したくないんだよ!
殺したくないって思う心が…人間に残された最後の宝じゃないのか
p176
他の生き物を守るのは人間が滅びたくないから
人間の心には人間個人の満足があるだけなんだ
でもそれでいいしそれがすべてだと思う
人間の物差しを使って、人間を蔑んでみたって意味がない
p216 寄生生物ミギーのことば
道で出会って知り合いになった生き物がふと見ると死んでいた
そんな時なんで悲しくなるんだろう
そりゃ人間がそれだけヒマな動物どうぶつだからさ
だがなそれこそが人間の最大の取り柄なんだ
心に余裕のある生物 なんてすばらしい!!
寄生獣は紙で、(新装版全10巻と完全版全8巻)、電子書籍版全10巻とあります。なんと累計1500万部達成だそうです。 アフタヌーンKCDX,講談社刊
 2000年代からは歴史に題材をとった作品も多く出されるようになりました。「ヘウレーヌ」、や「七夕の国」、日本の武士を主人公とした「雪の峠」や「剣の舞」などもあります。最近では2003年からの「ヒストリエ」を連載中です。アレキサンダー大王の秘書官エウナネスを主人公としたものです。
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アフタヌーンKC 講談社 継続中です 9巻が2015年5月に出され、最新刊ですが1年半に1冊ぐらい新刊が出る感じです。10巻が待たれます。
 私が書いた後漢初期の歴史小説『人相食む』も出版もしていないのですが、岩明均さんに描いてもらえたらなー、なんて夢想したこともあります。
 いずれにしても、誰でもが描けないような豊な発想・構想力のもとで、マンガをつくりだすには、単に真似事の積み重ねの秀才タイプには不可能なことです。これは、失敗しても失敗しても努力の積み重ねで、新しい発見を見出していかれるお父さんの岩城先生と共通性が見られところです。鶴見俊輔氏はさすがにそういうところを見出しておられます。
 ところで鶴見俊輔氏は残念ながら、2015年7月に93歳でお亡くなりになりました。
岩城正夫氏について
 1930年生まれ、東京教育大を卒業されました。ブログ筆者の大学の先輩となります。大学卒業後、教師やいろいろな職業につかれたそうです。科学史学会の事務局員もやったことがあり、科学史学会の役員もされました。教育学の柴田義松氏(現人間学研究所長)が女子栄養大学の教授になられた後、1969年動物学の小原秀雄氏と原始技術史の岩城正夫氏を招へいし、同じユニークな「人間学」のカリキュラムに組み込みました。
 1982年、小原氏と岩城氏により「人間どう見るか」シリーズ3巻出版(群羊社)、1985年1月から小原、柴田、岩城氏により「人間人にとって教育とは何か」シリーズ、群羊社などが出版されました。
 1985年5月第2次人間学研究会発足しました。小原、柴田、岩城氏と筆者の佐竹が中心メンバーです。それが中断後、1991年4月第2サタケビルが完成しその1室に人間学研究所準備室が作られ、第3次人間学研究会が発足しました。その後1993年岩城氏の提案により人間サロンを開始しました。さらに1999年人間学研究所、2002年総合人間学研究会の設立に岩城先生は常に重要な役割を果たされました。小原、柴田先生は御大ですが実質的に支えらえたのはいつも岩城先生です。
 岩城先生は実験考古学の新しい分野を開発されました。一番最初に取り組まれたのは「火おこし」の技術です。大変な失敗の連続の中から、簡単に火が付く方法を見つけ出されました。現在は「古代発火法検定協会」が作られ、その理事長を務められています。岩城先生は本当にいろいろなものにチャレンジされてきました。人間学研究会の例会でもいろいろ実演して見せていただきました。石器の再現、パン焼き器、紙巻きたばこ機なども実演されました。全部足すとかなりの種類になります。古代の弩の再現にも取り組まれています。詳しくは「『セルフメイドの世界』-私が歩んできた道」発売 群羊社、2500年、1300円、をぜひご覧ください。和光大学でも大変人気がある講義で、学生のレポートを見るのが大変だとおっしゃっていました。
 その本にも書かれていますが、日本の学会に権威主義がはびこり、実際はどうなのかということがおろそかになっていることです。またその権威もアメリカの権威が最大に偉いとなっており、英語で書いた欧米の科学誌に多く書いたものが最も評価されるという状態です。ユニークな取り組みはあまり評価しないような日本の学問の世界の状況です。
 岩城先生のお弟子さんの関根秀樹さんも、原始技術の実演と説明を何度も、人間学研究会から研究所へと現在までとお聞きしました。関根さんは和光大学で学生時代、古文書の解読などに取り組んでおられました。それが、岩城先生の講義を聞き、その魅力にいっぺんにとりつかれたそうです。そしてずいぶん前から人間学研究会をとおしていろいろな原始技術の実演とお話をお聞きしました。火おこしの技術は世界チャンピオンだそうです。岩城先生と関根さんの共著の論文「古代文献に見られる古代発火技術について」において、第2章の「古文献にみえる発火技術」で古代のいろいろな文献を出されているのは、関根さんの面目躍如というところです。現在伊勢神宮などで使われている「マイギリ式発火法」は比較的最近の発火法で、本来は「きりもみ式発火法」が古くからおこなわれていたということなどを明らかにしました。(この論文は、「セルフメイドの世界」に載っています)
 お酒はほとんど飲めないのに浦澄がおいしいお酒だと教えていただいて筆者は今でも好んで飲んでいます。関根さんのことは改めて書きたいと思います。
 
◎学会の状況ですが、日本の現在の総合人間学会などでも、ブログ筆者が書いた論文など、二回も頭から否定されるような状況がありました。岩城先生も総合人間学会には嫌なことがあり学会をやめたと言っておられます。筆者はマックス・シェーラーなどの哲学的人間学を批判しています。それが筆者の論文に現れています。しかし、初代会長は哲学的人間学の立場です。「私の本をよく読めば、こんな考え方になるはずがないのになー」といっていました。
 総合人間学会に入られた、筆者がこの先生はと思っている研究者のかたも次々にやめてしまっています。はじめは政治とは無関係でいようという初代、2代目会長の方針に反対された、バナールの『歴史における科学』を訳された鎮目恭夫先生などですが、他の方の名前は今はあげないでおきます。初代会長には柴田先生を強く推薦すべきだったと後悔しています。でも3代目の堀尾輝久会長には期待しております。
 最近のブログにも書きましたが、岩城先生から鳴子こけし風のネコやお地蔵さまをいただきました。今度は観音様に取り組まれるようです。細かい手の作業は脳の働きを活性化させます。岩城先生がいくつになられても積極的に物事に取り組まれるのは本当に頭が下がります。いつまでもお元気なのもそういう積極性だと思います。私もそうありたいものと思っています。
 岩城先生は86歳です。でもいつまでもお元気なのは、驚きです。 以前、階段を上がるのに2段ずつ上がるようにしているとお聞きしていました。いつまでそのように上がっておられたのか今も上がっておられるかはわかりません。頭をいつまでも若々しく働かしておられるのと、体を常にうまく動かしていくのは若々しさの必須事項です。食べ物も気を付けられているのではないかと思います。このさき、おそらくは100歳を超えてもお元気でしょう。筆者もそうありたいなと思っておりますし、「実用的人間学」にとっても、「元気で長生き」というのは、極めて重要な課題です。
 ◎私事ですが、ブログ筆者も頑張らねばと思い、今まで電動車いすになってから、足の筋肉が衰えているように感じましたので、1週間前から、室内にいると時は、モーターのスイッチを切っています。普通の車いすよりだいぶ重いので、手足だけで動かすのは少し大変ですが、筋肉を鍛える意味で、手動にしています。来年あたりには杖で出歩けるようになりたいものです。
 
 

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