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2016年8月 4日 (木)

,「第五倫伝」 第1章 第五倫の生い立ち (6)

「第五倫伝」 第1章 第五倫のおいたち (6)
 第五倫は14歳の時に、父とそして郎党の者たちは、ほとんど襲ってきた賊のために殺された。父親はすでに手はずしてあったように子どもや女性をうまく賊の手から逃れさせた。
 すでに老人であった李秀と倫が母親と二人の弟、そのほかの子どもたちや女性たちと、2,3日待って隠れ場所から家に戻ると、父や兄や郎党の死がいが横たわっており、家は燃え尽き、食料や財物は奪われていた。
 焼け落ちた屋敷の前で、第五倫たちはその有様に呆然とした。
しばらくの放心状態の後、倫は自分こそが一族の長として、ここでがんばらねばと深く決意した。涙をこらえ、遺体をほおむり、焼け跡を整理し、隠してあったわずかな食料や物をもってきて、さっそく再建にとりかかることにした。
 涙にくれる、母や弟たちの前で、第五倫は、
「父や、兄は命をかけて私たちをまもってくれた。わたしも胸が張り裂けそうにつらいが、でも、厳しい中、少しでも長く生き延びることがことが、父さんや兄さんに対して、私たちができることだ。何とか頑張って生き延びよう」
 ー今度は、攻めにくいように頑丈な砦をきずこう。弓や武術の腕を磨こう。
第五倫は早くも一家の長として母の王麗や弟たちのみならず、兄の子たちなど、一族の故事や外孫を養うことにした。
 第五倫は弟の雄とともに砦(営保 )にふさわしいところを探した。このころのあり様は、人々はまばらで、耕作されていない荒れ果てた畑や、家の焼け跡、崩れかかった無人の家があちらこちらにあるじょうきょうであった。2人の兄弟は後ろがけわしい崖で、前に平地があり、近くに小さな川や池があるところに目を付けた。
 第五倫は,
「ここはすばらしいところだ、ここに営保をつくれば敵も、敵には攻めにくいだろう」
「ほんとうに、ここはいい場所ですね」弟もうなずいた。
 早速、一族と、周りの生き残りの家族は全員掘っ立て小屋を作り、営保づくりに取り掛かった。まず、池から水を引けるように穴を掘っていった。そして砦の前に堀を作るためにほりさげていった。そして掘った土を固めて土塁を作った。要所には石を積み上げた。土塁の上には人が通れるようにし、矢を射れるようにした。砦の中には家を作ったが、火矢に耐えられるように土壁にした。木で高い望楼を作り、敵襲を常に監視できるようにした。
 人々は再び敵襲がある前に、空腹をこらえながら必死に働いた。
砦を作るうちに、他の襲われた人で生き残った人達も次第に第五倫を頼ってきた。
 そして、何度も毎日食べるものがなく、餓死寸前になっても、草の根を掘り起こし、木の皮を食べ、昆虫や野ネズミを食べ、池の中の食べ物を探し、乏しい食糧を分かちい生死を共にした。
 ある秋の素晴らしく晴れ上がった日、とうとう砦が完成した。
みんなが見守る中で池の水をせき止めていた堰を外した。勢いよく、水は流れ、とりでの前になみなみと水をたたえた、堀が出来上がった。
 一斉に、わー、という歓声が上がった。みんなはよくこれだけのものを作ったと、感激し、乏しい食べ物を出し合いお祝いをした。もうこれで、賊が攻めてきても大丈夫だ。
 砦ができてから、とりでの周辺で畑を耕し、家畜を飼い、しだいに生活が安定するように努力した。
 その一方で、幼いころから、倫は田氏のころから代々伝わる書物を読み、独学し、儒学はもとより、黄老の教え(道教)や、諸学に通じた。この書物は敵がおそってきても大丈夫なところに隠しておいたのである。
 しかし、第五倫の学問はすべて実用的な物であった。文学的な素養を身に着ける余裕もなかったし、あまり好きでもなかったので、後世、それを重視する人々にとっては、教養がないと軽蔑するものがあった。
 また、学問だけではなく、ことあるごとに必死に体を鍛え、武術特に弓術に励んだ。その結果、弓の腕はあがり、先祖伝来の田氏(元斉王)の弓を弾けるようになった。そして百発百中の腕になっていった。弟には弩を学ばせた。その腕も素晴らしく上がり、きわめて強い弩を使えるようになっていた。他の者たちも身を守るためのいろいろな武術で鍛えさせた。そして第五倫は十数歳にしてすでに立派な、一族の長の役割を果たしたのである。そしてさらに営保(砦)も堅固にしていった。
 営保を中心として、その、一致団結して難行を乗り越える努力に、郷里の人々は敬服し、若いけれども賢人であると称賛した。
倫は若いころから、狷介(けんかい―節操が堅く、人に屈しない気骨がある)で、義侠のふるまいがおおかった。弱い人や苦しんでいる人を見ると、涙もろく、すぐ涙が出てしまい、恥ずかしくてひそかに手で涙をぬぐうことがあった。自分が苦しくとも必死に助けてしまうことが多かった。また不正な行いを無視していることはできなかった。これは若くして亡くなった父親や、母親の王麗の影響が大きかった。王麗もまたまがったことは大嫌い。また貧しい人や困っている人を見ると、ほおってはおけないのであった。また、人を苦しめるものに対し、断固、弱い者の立場に立って争った。
 倫はその性質を「愨」(こく―慎むとかまことという意味)といわれる。これは心が胡桃の殻のように、堅いということである。生真面目で、義理堅く、一面頑固でかたくるしいところもあった。また、「修行清白」で「峻直」(しゅんちょく)であると。人間として君子としてかくあるべしという、儒教精神に基づく姿勢を貫き通した。しかし、反面、いささかせんさくづきで、融通が効かず、気の短いところがあり、怒りっぽく、時に激発することがあった。
 『後漢書』を書いた范ようは「第五倫伝」の巻末の論にいう。第五倫は愷てい(詩経に言われるのゆったりと和らぎを楽しむこと)の君子ではないと。すなわち、もともとは大変気が短くせっかちで、物事をいい加減にせず、厳しく物事の筋を通そうとするという性格であった。
 しかし第五倫が書いた上奏文を読むと、いかにも親切ていねいで、寛大な気持ちが満ち溢れている。基本的に、人々へのやさしさが、基本であったのだろう。またそれ故にこそ、弱者や庶民を痛めつけるものには容赦なく接したのであろう。
母の王麗も、
「そこは、そなたの一番悪いところです。なおすように気をつけねばなりませんよ」
と、常々言い聞かせていた。
 そして第五倫も自分の短所に気づいていた。何度も、感情的になり激発し、すぐにしまったと、後で後悔することがおおかったからである。
 王麗はある日。
「昔、人々を苦しめていた邪宗を禁止して有名になった、魏の大夫の、西門豹が自分の短気を抑えようと、いつも柔らかいなめし皮を身に着けていてね、怒りそうになったとき、それを触って、心を静めるようにしたそうですよ。そなたも試してみたらどうでしょう」
「母上、それは韓非子に書かれていることですね。蕫安于(とうあんゆ)はどうも自分がのろまでどうしようもないと思って、弓のつるを腰にさしていたということですよね」
「わかりました。母上、わたしもそのようにしてみます」
 倫は早速教えに基づいて自分も柔らかいなめし皮に触って、自分の短気を抑えようと努力した。
 人には、生まれつきの神経系の型があって、一定の偏りが生ずる傾向があるのだけれどそれを知って少しでもその欠点を抑えようとするところが、人間の人間らしいところといえるであろう。
 だから、好んで第五倫が寛大な心を言うのは、自分の怒りやすい心を知って、そうならないようにつとめた結果であろうと。
 いつも深刻な顔をし、眉間にはたて筋が入っていたが、、まなざしは優しく、笑うと別人のように魅力的な顔になった。およそ人にへつらうことなど大嫌いで、人のあや町は鋭く批判した。そのため、親しい友人はなかなか見つけにくく。後世、役所勤めをしても、よほど理解ある上司でなければ嫌われて出世しなかった。
 身なりにはあまり気をつかわず、ぜいたくを嫌い、、清潔だが、洗い古したものを着、冠も古ぼけたものであった。偉そうにし、格好をつけるとか威厳を整えることを一生きらった。また文学的な素養を身に着けることもまったくむとんちゃくであった。
「私には自分で詩をつくったり、のどかに文学のようなものを楽しむ余裕はないのだ。わたしが学ばなければならないものはいくらでもある」
 第五倫はどのような物でも、実際の政治や経済活動の改善に役立つものはなんでもどん欲に学んだ。
 しかし、文学的素養を書き、その一見みすぼらしいいでたちや、格好をつけない言動のため、人によると一見大した人物に見られず軽んじる人も多かった。
「第五倫伝」 第1章 (5)
「第五倫伝」目次
 
 

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