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2017年9月17日 (日)

2001,2008,2017年の大久保エスニックの街と、韓国広場周辺の韓国レストランの減少を見る

 2001年(平成13年)と、2008年(平成20年)と2017(平成29年)に置いての、エスニックの街、韓国グッズ・レストランの変化を見て、大久保地域の街の変化を見てみたいと思います。
 「こういちの人間学ブログ」においては、2009年8月にブログを書き始めてから、カテゴリー「大久保の街」という名称で86ほどの記事を書いてきました。詳しくはカテゴリー「大久保の街」で検索してみてください。その概略の流れと元になる資料をご紹介します。
追記
「マツコの知らない世界」の2018年11月放送では、大久保の町を紹介し、2011年(ピーク)、2014年(衰退)、2018年(第3次ブーム)としていました。
2001年ごろ
 2001年は多国籍の街ということで注目し始められた年です。このころは韓国料理の店が次第に増えてきましたが、韓国料理以外の店もあり、大久保=エスニック・多国籍の店と言われました。このころは新大久保駅周辺でも日本の店のほうが多かったのです。
 共住懇で作った「おいしい”まち”ガイド」の2001では、最初にエスニックということで、韓国料理だけでいろいろなエスニック料理店や物販店が3ページ半で80店ほど紹介されています。その中で韓国料理店は40店ほど、そのうち2017年現在も残っている店は半分に達しません。いかに入れ替わりが激しいかを示しています。
 2001年当時は、しかしそれ以上に、大久保通りだけで、4ページ半と多くの日本の店も紹介されています。
◎それ以前の新大久保は日本人経営の商店がずらっと並んでいました。
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中に同封されている地図・エスニックマップ
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2001年当時の 新大久保駅から明治通りにかけての大久保通りと職安通りのエスニック料理、グッズ店。
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新大久保駅から大久保駅にかけての百人町1丁目と2丁目地区。このころには大久保通りとお滝橋通りの交差点には三和銀行がありホテル海洋もありました。新大久保駅のすぐ近くにハラルフードの店ができてきました。
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2001年の新大久保駅から百人町地区のところまで。このころは日本の店も多かったのです。この地図に書いてあり、35店中、2017年にも残っている店は、サカエカメラ、内藤シューズ、山本米店、パリミキ、盛好堂書店、だけです。
2008年ごろ
 2008年には筆者が独自に大久保地域のエスニック料理店を全部自転車で回り地図上に記入していきました。このころには韓国料理店は一番多く、特に職安通りに集中していました韓国料理店高麗の裏の道には8店も軒を連ねすぐ近くの路地にも6店も韓国料理店ができました。。このころには新大久保駅の周辺の店はまだ日本人が経営する店は多かったのです。それで職安通りのほうに多くの店が集中しました。また新大久保駅の近くにはハラルフッドの店が多くなりはじめました。
 筆者のところも、東京ガスの委託店から、1,2,4階を韓国の店に貸すことになりました。新大久保駅から3分ほどで、いわゆるイケメン通りの手前の場所なので、テナントはすぐ決まりました。5階は自宅で、3階は株サタケの事務所と人間学研究所の事務所に残しました。
2008年8月1日に筆者が作った手書きの大久保エスニックの地図(大久保方面)
上部が大久保通りで、下部が職安通り.右が明治通り。
自転車ですべての道を回り調査しました。結果は人間学研究所の例会でも発表しました。
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地図の左半分。百人町地区。新大久保駅と大久保駅に挟まれた地域
2011年には長く文房具店をやっていた柳やさんが、土地とビルを韓国系のところに売りました。周りに日本人が減り文房具の売り上げが激減してきたそうです。
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手前の茶色のビルが、プラザ1、真ん中の白いビルが2、奥谷や低いビルがです。プラザ3には大画面のテレビがあります。
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このビルはプラザ2 元114銀行のビルでした。
2012年12月にはしばらく空いていた三つのビル(K-プラザ1、2,3)が韓国系のビルとなりました。初めは3つのビルを取り壊して1つの大きなビルにする計画でした。ビルの一つは元114銀行の持ちビルで、1,2階が銀行でその上は社宅でした。
 
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 2008年ごろは、この当時もっとも韓国の店でにぎやかだったころです。韓国系の店は大久保通りよりも職安通りのほうがにぎやかだった。韓国系スーパーマーケットの韓国広場(歌舞伎町)とその前面に密集してつくられた韓国レストラン。ここには高麗博物館が作られました。
 大久保通りから職安通りに抜ける、いわゆるイケメン通りのテナント料が高騰し脇道なのに坪4~5万円近くの店まで現れました。
 このころには脇道にも人があふれ、大久保通りから2件横道に入った第2サタケビルも行列ができる盛況でした。1階から3階は韓国グッズ店で、地下は宮(クン)というバーでした。
 
2013年から2014年ごろ、反韓デモで客数が激減
 2013年ごろから 2014年にかけては反韓デモが大久保通りに何回も通り、それに対してレイシストしばきたいが応酬し街は騒然となった。これにより客数は激減し、韓国の店のバブルが崩壊し、大久保通りの新大久保からイケメン通りの先の店や職安通りの店は撤退する店が多くなりました。今まではお客さんが多く、どんな店も流行っていたのが味とサービスの良い店だけが残りました。
 筆者のところでも第二佐竹ビルのテナントが、地下1階のバーも、1、2、3階のグッズ店も撤退しました。現在は地価のバーは入れ替わり、1階はソウルレコード、2,3階はコンゴのお店でしたがこれもやめました。
2013年末には百人町1丁目に第三サタケビルが完成、1階はカフェ、と中国のお店、2階は韓ホドンチキンが入り人気が高まりました。3階は日本人の事務所といろいろです。
 2014年10月には職安通りにできたかなり大きな複合店、Kプラスが閉店し、韓国系の店から中国人、台湾人などに向けた免税店に変わりました。
 テナント代が下がり、韓国系の店だけでなく、ベトナム、ネパールのお店が増えてきました。2016年にはネパールのレストランが25店も出来ましたが、さすがに急に店を増やしすぎ、やめる店が出始めました。ベトナムの店は順調に増えています。
2017年ごろ、多国籍化もあり客足回復
 大久保通りの日本人経営の店がなくなり、代わりにエスニック・韓国の店が増えてきました。
 職安通りの韓国広場の前で韓国レストラン高麗の横道に以前は8店の韓国レストランがありました。今はなんと2店になりました。大久保通りのイケメン面通り周辺からイケメン通りは混みますが、職安通りの人どうりは急速に減少しました。
 大久保通りでの嫌韓デモが禁止されてから、大久保への客足は急速に回復してきました。従来は韓国の店のお客は中高年の女性が多かったのですが、最近は圧倒的に若い女性が増えています。
 2016年には竹見ビルがビルを売却し、カプセルホテル、9アワーズができました。
 はやりの食べ物が、はじめは豚肉の脂身を焼いたサムギョプサル、それがチキンの店が多くなり、今はダッカルビが大人気です。どこかで初めて人気が出るとみんな始めます。
 前にも書きましたが、大久保の街は再び韓流の街から、多国籍の街に戻ってきました。多国籍の街のほうが私は歓迎します。大久保通りの人通りはだいぶ回復しました。
 新大久保駅は改装中ですがオリンピック前には完成します。駅前の混雑が早く解消してほしいものです。
職安通りの韓国広場周辺の韓国レストランの店のさびれ方
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職安どうりのスーパー、韓国広場。こちらは歌舞伎町でこの店の周辺に韓国レストランがたくさんできました。
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 上の地図で韓国のレストランが密集していたところ。左下にスーパー韓国広場。
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ほとんどやめている中で、今も残るデハミング。
2018年11月14日追記「マツコの知らない世界」でこの店が、紹介されました。ブログを書くために、デハミングで検索したら、ほかにあまり出ていないで、このブログが出ていました。
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今も残る宋家カムジャタン。宋家カムジャタンは他の場所に何店かできています。隣はデハミング。
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韓国レストランの代わりに入った串カツ屋さん。左の店は韓国のチキンの店。
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評判の良かった韓国レストラン、オザッキョの後はホテルになっていました。建物が汚れ、さびれた感じです。
 
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職安通りからみたにぎやかな韓国レストランの店がたくさんあった道の入り口。2階は韓国レストラン高麗でしたが、改装中でまた営業するかは不明です。1階は韓国風?中華レストラン新宿飯店。
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高麗の隣のビルには高麗博物館と文化センターアリランがあります。1階はコンビニに。
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以前はここはK-plusという韓国スーパーなどの複合店でした。それが客数の減少から倒産し今は免税店となっています。
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「こういちの人間学ブログ」 2014年10月8日
「韓流百貨店K-plus 閉店 最大の要因は貧富の差拡大と円安」
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店の前には、中国系の観光客でしょうか、たくさんあつまっています。
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この通りにもたくさん韓国レストランがありましたが今では1階は中国免税店。2階の水宝館など数店です。
 
 
「大久保コリアタウンの変化―大幅に変化 2017 新宿新聞の元日号から」
 

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