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2017年11月26日 (日)

比較人生論 吉野源三郎「君たちはどう生きるか」マンガ版追記、青木雄二、三木清  その2

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吉野源三郎『君たちはどう生きるか』追記更新版 

2017年11月26日、初期2010年8月版

『君たちはどう生きるか』は、若者にとっての人生論の古典ともいう本ですが、大人にもぜひ一読をお勧めします。1937年新潮社で出され、ポプラ社でも発行されました。初め山本有三が書こうとし、吉野源三郎が引き継ぎました。戦前に出版された本ですが、私が読んだ1998年版の岩波文庫でも2010年にすでに43刷となっていました。2017年現在824円です。多くの書評が出されています。

 この小説を読み、感動し、自分なりの小説を書いてみました。ある中学生に読んでもらいましたが、今の子どもは、こんなしゃべり方をしないといわれました。そのままで終わりました。なかなか、戦前に書かれたもので、今にはそのまま通用しないところもありますが、是非一読をお勧めします。

追 記 

 NHKで2017年11月26日の朝のニュースの特別番組として、「君たちはどう生きるか」の漫画版がものすごいヒットを続けていると報じられました。2017年8月24日羽賀翔一さんがマガジンハウスに書いた漫画で(本体1300円、税込み1404円で原作版も同じ値段です)今53万部を超えているそうです。NHKでも26日に報道され、さらに売り上げも伸びることでしょう。原作も読みやすくしたものをマガジンハウスで同時に発売しました。池上彰氏や糸井重里氏が絶賛し、2017年10月、宮崎駿氏の今度の漫画映画もおなじ名前にするそうです。

 26日、早速漫画版を買ってきました。書店のカウンターにたくさん平積みしてありました。

2018年3月3日 追 記

 高田馬場芳林堂へ行きましたら、「君たちはどう生きるか」が店の売り上げ、NO1になっていました。すごい人気で驚きです。漫画版、原作版,旧新潮文庫版とすべて平積みです。

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 主人公のコぺル君とは、本名本田潤一、あだ名は地動説を唱えたコペルニクスに由来します。いろいろと人生について教えてくれたおじさんが名付けます。いままで自分中心に考えていたのが、地球と同じように太陽を中心として動いていることに気づいたことに由来します。コペル君は旧制中学の中学生、お父さんは銀行の重役で友達も中堅以上の家庭の子どもたちです。

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◎上記のように、本の中にもとの文章がそのまま載っています。

ものの見方について(おじさんのノート、以下同じ)

真実の経験について

人間の結びつきについて

人間であるからには―貧乏ということについて

偉大な人間とはどんな人か―ナポレオン

人間の悩みと過ちと偉大さについて

原文から

「みんな、自己中心的な考え方から抜けきれない。客観的に自分や世の中のことを見られるかどうかなのだが、なかなか難しい。すなわち、自分を地球として見たとき自分を中心に世の中が回っていると考える天動説の誤りに気づくこと、そして地動説に変えることが大切である」といっています。おじさんはそれに気づきつつある甥にコぺル(ニクス)君と名付けます。

「立派な人と立派そうに見える人とはちがう。自分の一生の意味、値打ちについて教えることはできない。大人になるに従い自分で学んで見つけ出していかねばならぬ。人間らしく生きること・・・ははたから教え込めない。自分で生きてみて感じる中で、人の言葉の真実が理解される」と。「そして人はみな、自分の生まれてきた境遇から”自分の考え”をもち、自己中心的な考えから抜けきれないものである。客観的に自分も世の中も見られるようになることは、大変重要なことだ。世の中の人がお互いを理解し、好意を尽くし、それを喜びとする社会を作ろうとする人間をいい人間という」

 10代のころ『君たちはどういきるか』を読んで強い印象が残ったという伊藤光晴氏は『君たちの生きる社会』で「君たちの生きる社会を考えるコツは、自分と相手を全部取り換えてみることだ」といいます。「桃太郎の鬼退治」の話も、鬼の立場に立って見るとちがった見方がされる。日本人は内に優しく、外に冷たい「桃太郎主義」になりがちではないか」といいます。さて戦前のこの本が書かれた当時は日本は中国に侵略戦争を仕掛けていました。普通なかなかこういう風に考えないものです。いろいろな映画でも簡単な勧善懲悪で敵味方を分けて考えます。白人から考えてインディアンは悪者であるという風に。私も前に書きましたが、スターウォーズなどで、敵の巨大な宇宙兵器デススターを破壊するところが出てきます。その巨大なものに何万人も住んでいたろうになどとは考えないのです。これは平気で広島長崎に原爆を落とすもとになります。

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宇宙が地球を中心に回っていないように、世の中が自分を中心にして回っているわけじゃないってこと・・・ 

さて再び吉野源三郎の話に戻ります

「人を愛することがいかに自己を成長させるかについては、多くの人が言う。愛することによって、自分の殻を打ち砕いて相手を理解することができる。愛する人を作るには相手を理解しようとする心、おもいやり、自分の心を抑える一つの勇気が必要である」といっています。このような相手を思いやる心がないと結局すぐけんか別れしてしまうのだと私は思います。

 「人間は、自分の行いを決定できる。だから誤ることもある。しかし、それをつらく感じ、克服することによって、人間がどういうものであるかについて学ぶことができる」      

以上、だいぶ多めに引用しましたが。いろいろとうるものが多いと思います。今からでもお読みになることをお勧めします。

 もうなくなったマンガ家である青木雄

「ゼニの幸福論」(角川春木事務所)では、幸福であることと、幸福であると思うこととはまるで違うといいます。ただ自分の心の問題で主観的に、幸福であると「思えばいい」と言う幸福論が多いのですが、幸福で「あること」が大切であるといいます。現代社会の中で、厳しい生活環境の中で、苦しんでいる人に、幸福だと思えというのはひどい話です。観念論ではだめで唯物論でなければならないと青木氏は言います。「人間の悲しみは、ゼニで埋め合わせることができない。しかしそのあとの苦労は、ゼニがあれば、なくてすむ」ともいっています。

 三木清

「人生論ノート」も戦前の本ですが、うるところの多い本です。よろしければお読みになってください。新潮文庫で長く読まれている古典的な本です。

以下は三木清の言葉です                    

 「自分を知ることは、やがて他人を知ることである。私はただ愛することによって、他の個性を理解することができる。」                                          「今日の良心とは幸福の要求である。社会、階級、人類等々のあらゆるものの名において、人間的な幸福の要求が抹殺されようとしている場合、幸福の要求ほど良心的なものがあるであろうか。それはヒューマニストであるかどうかの条件になっている」             「『死後の世界があるかどうかはわからない』が正しい。」

さて三木氏は死んだら愛する人に会えるかもしれないか、死は恐ろしくない、といいます。そういう人を持てたことは素晴らしいことです。三木清は戦前の軍国主義国家により、逮捕され、終戦直前に獄死しました。

 三木清は戦前に「人間学」を、日本に最初に紹介した人物です。「人間学」について彼はこのように語ります。「以前の心理学は心理批評の学であった。人間精神のもろもろの活動、もろもろの側面を評価することによって、これを秩序づけるというのが心理学の仕事であった。この仕事において、哲学者は文学者と同じであったような価値批評としての心理学が自然科学的な方法に基づく心理学によって破壊されてしまう危険が生じたとき、これに反抗して生まれたのが、人間というものである。しかるにこの人間学も今日では最初の動機から逸脱して、人間心理の批評という固有の意味を放棄し、あらゆる任意のものが人間学と称せられるようになってい。~心理批評が文学者にのみ委ねられるようになった。そこに心理学を持たないことが一般的になった今日の現代哲学の抽象性がある。その再見逃してはならぬことは、この現代哲学の一つの特徴が幸福論の抹殺と関連しているということである。これは戦前の人間学についての批判ですが、これは多くの現在の「人間学」にも批判されるべきところのものです

 さて、ほかにも取り上げた人生論はいろいろあるのですが、とりあえず少しの紹介にとどめます。いずれにしてもこの世での人生は一度限りです。生きてきてよかったという悔いない人生を送りたいものです。そして、生き方を誤らないためにも、自分について、人間について、社会について、たまには本を読み、少しはあれこれ考えて見ることもいかがでしょうか。

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生き方について、人生論」カテゴリの記事

コメント

こういち 様

私は、若い頃に人生論の書物を相当読んだのですが、何れにも共感出来ず、自分で法哲学や政治哲学の専門書を手引きにしながら、唯心論か唯物論か、と彷徨する読書を続けました。

元々、実際に生きた歴史上の人物の生き方に共鳴し、師とするようになっていましたので、それらの読書は、知識としてのみでした。

自分が共鳴した歴史上の人物とは、戦国時代に例えると、それは、上杉謙信であり、大谷吉継でしたし、少年期より好きなワイアット・アープでした。 アープは、正義の味方としてではなく、OK牧場の決闘後に弟を殺され、自身が復讐の鬼になってからのアープが好きでした。

そして、今の私には、愛猫の「とら」が教えてくれた事が貴重なのです。 

両親以外に、愛とは何かを教えてくれたのが猫の「とら」でしたし、信頼を教えてくれたのも「とら」でした。 生きることの意味を教えてくれたのも「とら」でした。 

追伸 年末の週刊朝日に「とら」の写真と拙文が掲載されますので、また、御送り致します。

イチロウ様

 共鳴した歴史上の人物が、上杉謙信と大谷吉継とは、利害では動かない高潔な人物に共鳴されていたのですね。それにワイアットアープというのは興味深いです。ワイアットアープはいくつか映画化されていますね。

 愛猫の「とら」さんが、愛も信頼も、生きることの意味を教えてくれた・・というのはすごいことですね。本当に偉大な、という言葉が当てはまりますね。

 年末の週刊朝日に写真と文章がのるのですか、すごいですね。教えていただければすぐ購入します。ブログでも早速紹介させていただきます。

こういち 様

戦国時代の武将に関しては、史料も少なく、正確な人物像が描かれない嫌いがありますが、開拓時代の西部については、原史料が豊富にあり、OK牧場(正確には厩ですが)での銃撃戦についても当時の刑事訴訟史料も残っていますので、下に引きましたBBCの番組のように、原史料に基づく銃撃戦の再現も可能なのです。

OK厩での銃撃戦後にアープ側は、殺人罪で起訴されましたが、アープ側の主張が認められ原審では、無罪となりました。 ただ、そのために対立する側から命を狙われて、弟が死亡し、その後、アープは、正義のために復讐戦を行ったのでした。 法に基づく正義の追求から、悪を為した者への正義に基づく現実的復讐戦を実行する道へ転換したのでした。 

戦国時代にあって、己の実力で正義を顕現しようと戦をした謙信とが重なって見えるようで、興味深いのです。

Gunfight at the OK Corral (WILD WEST HISTORY DOCUMENTARY) BBC
https://www.youtube.com/watch?v=S7Jm9y2NjWE
(稚拙な自動翻訳ですが日本語のものが「設定」で見られるようになります。)

イチロウ様

 BBCでの、OK牧場の決闘はリアルにできていますね。まだ全部見ていませんが。ブログのほうではつながらず、メールのほうでつながりました。

 「ワイアットアープ」は1994年のケビンコスナー主演のものを見ました。ケビンコスナーは好きな俳優ですが、映画の評判はあまりよくないみたいですね。

 日本の決闘についてはあいまいなものが多いですね。宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘もなんかいろいろな異説があるようで。

こういち 様

ケビン・コスナー主演の映画では、アープは、以前の映画よりは、実像に近く描かれていましたが、映画の制約を逃れられずに、多少とも美化された人物像でした。

処が、史料に基づく歴史家の合理的推理では、OK厩での銃撃戦後、実弟を暗殺されたアープは、実定刑法典の原理的基礎である応報刑思想に回帰して、自力で正義の顕現を目指した訳です。 それは、つまるところ復讐です。

法学では、刑法を学ぶ際に、その原理的淵源を考究することが求められます。 それは、大きく分けて、応報刑原理と教育法原理、と言われています。 

私は、刑法の究極原理は、犯した罪を償うための応報、詰まり、応報刑思想である、と信じています。 ただ、今日では、自力救済に依らず、国家権力に依る応報を行っているだけです。 人類は、太古の昔には、それを自力で行っていました。

開拓時代の西部は、その時代に近かったのかも知れません。

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