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2017年12月

2017年12月31日 (日)

大久保多国籍タウンの現状ー2018年新宿新聞元日号から

2018年1月1日の、新宿新聞の元日号が届きました。
 2018年元日号の新宿新聞では、コリアン街新大久保とありますが、筆者はあえて多国籍タウン大久保と書きました。2017年の初めまでは、ネパール料理店、ベトナム料理店の伸びが目覚ましかったのですが、半ばから韓国の店への来客が増えてきました。大久保の町はコリアンタウンの街といわれるより多国籍の街と言われたほうがいいなという、ブログ筆者の願望によるものです。ほかにも多国籍のレストランがたくさんあるのです。
新聞の見出しを見ると、
 
4ページは
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「チーズダッカルビが韓流の街を席捲」
「料理、大型コスメ、グッズ、スーパー、若者客が増え、売り上げは3割増」、
「出店意欲高まりテナント賃料が上昇-17年当初は一階で5万円だったのが年末には坪6万5千円から7万円まで高騰した」、
「大久保通り賃料坪7万へ一気に高騰、駅前小型ビル巡り10社が争奪戦」
「17年大久保通りの駅よりでは、―新店は7店、コクミンドラッグを除き韓国系の業者だった」
「イケメン通り相場は坪3,5~4万、引き合い増も空き物件なく出店低調」、
「ドンキが地下テナント再開へ、職安通り久々にコスメ新店も」
「無料のK-シャトルバス、ルート拡大し平日も運行」
イケメン通りのお店
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5ページは
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「コスメ出店が再び加速、若者客の増加、スーパーが売り上げ2倍ー11月」、
「大久保通りの料理店、週末は1日8回転!客の7割がチーズ・ダッカルビ注文。
◎食べてみましたが、こってりとした味で、いかにも若者向き
「17年は過去最多ペース、新大久保の乗客、1日4,4万人」、
   ー12年に4万1千人が14年には3万8千人に減少、17年には4万4千700人に増加
「グッズ店、1万円の買い物客が復活、週末は10代、男性客が増」
 -「売り上げはまだピークの2011年の半分程度。12から13年の水準。2018年にはさらに良くなるはず」
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  ◎12月で大変混雑する新大久保駅。もともと狭いのに、工事中で余計混雑。道路で待ち合わせをする人がたくさん。車いすでは通れません。新大久保駅はエレベーターがなく使いませんが。
 ◎以前のお客の主流は中年女性で客単価が高かった。今は若い女性が主力。
「韓国風ドッグ(ハットグ)が人気、インスタグラムで拡散
現在は、第1次、2003年~冬ソナブーム、(中高年女性)第2次、2010~K・ポップブーム(若者男女)に続く、第3次ブームだそうで、全体の4割ぐらいを占めるのが10代女性だそうです。)客単価は落ち、街頭で食べる若い女性が増えています。化粧品の売り上げは多い。
店も増えています。
 ◎お店の中で食べないで外で簡単に済ます、若い女性が多いということ。
「ベトナムは微増、ネパール料理店は失速」
こういう店には10代の女性はほとんど行きません。
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公園そばのこのネパール料理のお店は韓国料理店に変わりました。
 
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大久保通りから銭湯のほうに入ったネパール料理店。前はホットチリというお店でした。
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韓国風ホットドッグのお店。こういう立ち食いの若い女性のお客で混んで大変です。
◎ チーズダッカルビを食べてみましたが、豚肉を甘辛く炒めた上に大量のチーズをかけます。こってりとしていかにも若者向きでした。前は豚肉の脂身サムギョプサル全盛でしたが。
 ベトナム店は微増となっています。ネパール料理店は大久保公園に隣接した店が辞めました。日本人の利用者はそう広がらず、いっぺんに20数店もできて、でき過ぎです。
 韓国風ドッグのところは道路で立ち食いしている客が多く、車いすでは通るのが困難です。
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2、3ページは
「東京五輪後へと続く駅周辺・再開発」
ロッテ新宿工場跡地
「再開発に向けて検討」、「住宅展示場として暫定利用!?」
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2017年に、新大久保の街について「こういちの人間学」に書いたこと
カテゴリー「大久保の街紹介」から
12・23
「更地になったロッテ工場跡地。2273坪の広大な土地どうなる」
11・25
「大久保・百人町地区の外国人について人口比較。1,2丁目日本人3割」」
5・14
「5か所の東京新混雑エリアと新大久保のネパール料理店」
4,24
「2017年の新大久保駅周辺の状況。だいぶ若い女性でにぎやかに」
1,29
「新宿新聞、ネパール店が急増。リトルカトマンズと」
1,9
「NHK日本紀行。大久保ドリーム。多国籍タウン夢追い人」
2016,12,30
「大久保コリアタウンの現状 -大幅に変化、2017年、新宿新聞の元日号から」
◎興味がありましたらご覧ください。2017年前半まではネパール料理店に勢いがありました

2017年12月28日 (木)

2017年度第8回人間学研究所・実用的人間学合同例会・中止

人間学研究所第138回・実用的人間学第98回合同例会  中止
1、日 時 : 2018年1月26日(第4金曜日)18時より
2、場 所 : 人間学研究所事務所  新大久保
          東京都新宿区百人町1-3-17 佐竹ビル3階
3、講 師 : 倉田 眞氏 人間学研究会員
          元毎日新聞西日本編集局長
4、テーマ :「データ、世論調査に見る政治の陥穽(かんせい)」
この例会は中止となりました。3月22日に開催されます。
問い合わせ・連絡は以下へ
  木村 廣子 (電話:090-4064-5174)
人間学研究所
   所長 柴田義松 東京大学名誉教授 (教育学)
・・・
参考 人間学研究所の部会の変遷
1991年4月 第3次人間学研究会 (人間学研究所準備室)
          (第2サタケビル2F)
1993年5月 実用的人間学研究会 (第1次)
1999年4月 人間学研究所設立(第2サタケビル)
教育人間学部会
1999年5月 第1回教育人間学部会例会 
2003年3月 後期教育人間学部会、14回で終了
2004年2月 第1回新教育人間学部会・
        途中から人間学研究所例会に、現在に至る
2010年3月 第2サタケビル2階から、佐竹ビル3階に移転
2018年3月 第138回人間学研究所例会 
実用的人間学部会
1993年5月 第1回実用的人間学研究会(人間学研準備室、第1次)
1999年5月 第1回実用的人間学例会(人間学研究所、第1次)
2003年8月 第1回実用的人間学部会(第2次)
2008年4月 実用的人間学研究会 第1回、(第3次)
       人間学研究所の姉妹団体として 現在に至る
2010年3月 佐竹ビル3階へ
2018年3月 100回例会 予定(98回に)

2017年12月26日 (火)

山火事は温暖化のせいか。2017年は「温暖化論」に転機の年、産業界,報道に変化か?」

1、 2017年12月25日の毎日新聞は”現場報告 トランプと世界”の特集
、1面と7面は大きくカラーで、「温暖化 南欧で災害、パリ離脱、厳しい目、欧州は目背けるな、温暖化火災、各国を提訴へ、ポルトガルの住民、米の抵抗続かぬ」という見出しです。
 毎日新聞が一時に比べ、「温暖化問題」についてあまり熱心に報道しないと思っていましたが、再び記事を目にしました。
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毎日新聞1面の記事です。
 ポルトガル中部の山火事で60人以上が犠牲になった。「惨事の背景には地球温暖化がある」と考える被災地住民らは今、温室効果ガスの削減強化を複数の欧州主要国に求める初の訴訟を準備している。
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 EUでは、 2017年の山火事で発生した焼失面積は99万ヘクタール、それに対して、08年から16年の平均焼失面積は23万ヘクタールである。
 ポルトガルでは人々が「欧州各国政府が温暖化対策を怠った」として欧州人権裁判所に提訴する準備を進めている。
 人為的なCO2の増加が気温上昇をもたらし、それが干ばつを引き起こし、山火事を引き起こしているというのだが果たして本当にそうなのか。
 一説によれば、いままでの気温上昇傾向はCO2の増加よりも一定の気温上昇の流れの時期により上昇したが―といっても100年で0,7度程度だがーこれからは太陽活動の衰える時期になり、近いうちに寒冷化に進む可能性が大きいと異説が多く唱えられています。
 「米国第1主義」をかかげるトランプ政権は、先進国最大の排出国が負うべき責任から背を向けパリ協定離脱を宣言。温暖化知策で途上国を支援するための資金拠出も停止しました。
 少し前に書いたブログで、CO2地球温暖化説に対する対応が、新聞各紙により微妙に変わってきています。一番熱心なのが共産党の赤旗です。毎日新聞はCOP23の会議中の報道はあまり熱心ではありませんでしたが、今日のこの記事で、トランプ大統領に反対で、温暖化に反対の姿勢を明らかにしています。一番変化が大きいのは日経新聞で、COP23の報道もほとんどせず、「地球が危ない」の連続記事でも、前半は動物の絶滅は温暖化のせいだといっていたのが、COP23後の、「続地球が危ない」では今のところ(3回まで)温暖化ということは触れなくなりました。
 もともと、動物の絶滅、減少は、人間によるものがほとんどなのですが、日経新聞の「地球が危ない」前半は温暖化のせいにしてあったので違和感を感じていました。後半の続く、は人間のせいで絶滅に瀕したが、保護活動により個体数が回復してきたというまっとうな記事になっています。
 「不都合な真実2」を見ると、何でも不都合なことは、温暖化のせいだとしてしまっています。温暖化によって、こういう良いことがあったなどということは絶対に書きません。
2、2017年は「温暖化論」に関しての転機の年であり、ブログ筆者にとっても「温暖化論」で明け暮れた年でした。
「こういちの人間学ブログ」の記事ではカテゴリーのうち、「温暖化論」は全部で37でしたが、そのうち2017年に書いたのものは約半分の18にも達しました。
 そのもっとも大きな影響は2017年6月1日に、アメリカのトランプ大統領が、パリ協定からの脱退を表明したことでした。
 2017年11月6日から始まったCOP23はドイツのボンで開かれましたが、その頃から、日本の実業界の「温暖化論のたいしての態度が代わりはじめ、その代弁者たる日経新聞などの、報道姿勢が変わってきました。
 何しろ温暖化論の優等生のつもりが、石炭による発電に積極的だとNGOはじめ諸外国のごうごうたる非難にさらされたのですから。
6月22日の「人間学研究所の例会で、筆者が話したテーマも「CO2地球温暖化仮説について」でした。
2018年3月末発行予定の、「人間学研究所年誌2017」NO15の記事も「CO2地球温暖化仮説。2017日本の経済界、報道界の空気変わる」でした。
今までの日本において、熱心に「温暖化懐疑論」を唱える者はどちらかといえば異端児であり、そのせいか、ブログアクセスも減り気味でした。
2017後半の報道の変化については、ブログにいろいろ書きました
最近書いた、ブログで、報道機関の温暖化論に対する報道の変化について書いたブログを参考までに提示します。。
2017年11月18日
「北海道のワイン、温暖化で脚光、日経記事、温暖化非難一辺倒の風向き変わる」
 
2017年11月06日
「温暖化  COP23きょう開幕。赤旗は熱心だが、他の新聞は関心薄い。日本の経済界は温暖化論見離し」
皆さんはどうお考えでしょうか。
日本は見事に世のなかあげて、「温暖化論」支持です。
 日本においては今まで、「温暖化論」を支持する人は70%以上だといわれます。環境・公害問題に対して真剣に考える真面目な素直な人はほとんど「温暖化論」支持です。今まで国を挙げてすべての政党、新聞が温暖化論支持なのですから無理もありません。筆者の身の回りの真面目な人も大体温暖化論支持者です。膨大な予算を投じて宣伝し、小さいときから、「シロクマがかわいそうじゃないか」と児童書などでも宣伝するし、学校の副読本でも勉強するのですから無理もありません。
 いままで日本も温暖化論とCOP支持の優等生を自任していましたし、排出量はほんのわずかなのに、3兆とも4兆ともいわれるアメリカが抜けた後では世界1と言われる膨大なお金を温暖化対策につぎ込んできましたから、ほめられるつもりが、強く非難され面くらっているに違いありません。安倍首相は4兆円をつぎ込むと自慢していました。
・ 
 アメリカではそれに対し、温暖化論に反対する学者、やマスコミの意見が強く、何しろ共和党が温暖化論に反対です。ですから国民の40%しか温暖化論を支持しないといわれます。
イギリスでも温暖化論に反対する学者・グループの動きは強力です。
12月27日 追記 「恐怖の存在」、日本は翻訳の壁
 アメリカやイギリスは、温暖化論に対して、極めて優れた批判的な著作があるのですが残念ながら、翻訳されなかったり、あまり翻訳されても読まれなかったりもします。
 たとえば、コメントをいつもたくさんいただいているイチロウさんに紹介されたマイケル・クライトンの小説、「恐怖の存在」です。
 マイケル・クライトンは「ジュラシック・パーク」など多くのすぐれた小説を書いていて「恐怖の存在」も欧米ではよく知られた著作です。この小説を読むと「温暖化論」がいかに、それによって利益を得る連中によってねつ造されてきたかがわかります。
 しかしながら、日本においてこの本を読んだ人はほんのわずかでしょう。日本には翻訳の壁というものがあるのです。
追記 2017年度の「地球温暖化対策関係」の政府予算額のまとめ 環境省がレポート
イチロウ様から貴重な資料をいただきました。転記させていただきます。
2017「地球温暖化対策関係」政府予算額 環境省がレポート  環境ビジネスオンライン
 
2030年までに温室効果ガスの削減に効果があるもの 4325億円
     経済産業省              1346億円
      省エネルギー投資促進       673億円
  農林水産省              1322億円
  環境省                 1283億円
2030年以降に温室効果ガスの削減に効果があるもの 566億円
  経済産業省              365億円
  文部科学省              102億円
  環境省                 99億円
その結果として温室効果ガスの削減に資するもの   2903億円
  経済産業省              1154億円
  環境省                 526億円
基礎的施策など                         382億円
合計                              1兆3270億円
詳しくは直接ご覧ください。これは国の予算のみです。これと同等の地方自治体の予算があります。さらに大学などの研究費は別です。合計3兆円とも4兆円ともいわれる。1世帯当たり年20万円とも言われます。
この無駄なお金の少しでも、生活保護費を削ったりしているのに回せればどれだけ助かることか。国民には消費税を上げようとしているし。
 これだけのお金をかけて温室効果ガスを減らし、地球の気温を下げられたのでしょうか。
トランプ大統領の推し進めていることは、温暖化問題以外は反対です
 トランプ大統領と共和党が推し進めている、諸政策のうち、温暖化対策に無駄なお金をつぎ込むことに反対するのはいいことですが、そのほかの諸政策の大半は反対です。
 12月6日、トランプ大統領はイスラエルの首都をパレスチナと認め、アメリカ大使館をテルアビブから移すといった。これによりイスラム諸国の反発をかい混乱を生じます。
 法人税を大幅に下げるのは、他の諸国並みに下げ、税金をアメリカで払うように変えるのでしょうが、一般庶民への福祉の後退など感心しない政策ばかりです。
 多くのトランプ大統領の政策はあからさまにアメリカの大企業のための政策です。
化石燃料なしで全世界の発電が可能なのか?
 温暖化問題でもアメリカの石炭産業などがトランプ大統領を支持しているからなのであり、石炭産業での雇用などわずかなのだから、政策転換すべきだ、とかいう考え方がよく言われます。電気はクリーンだといいますが、では発電をどうするかが問題です。しかし、現実にはアメリカだけではなく、先進、後発諸国を問わず、CO2を出す化石燃料(石油、石炭、天然ガス)を抜きにして、クリーンだとされる光、風力、水力などだけでは、能力的にまったく不可能なのです。もう原子力は安全確保にお金がかかり、効率がよくありません。アル・ゴアの「不都合な真実2」では、デンマークでは、1か月風力だけでまかなったと書いてありますが、アメリカや日本で風力発電で賄うなど現実的でありません。
 ヨーロッパなどでは電気自動車へのシフトが急速に進んでいますが、ハイブリット車で先行する日本などに対抗しようというのです。
日本政府、報道機関も変わる?
 前にも書きましたが、日本などが開発を進めている、有害な廃棄物を出さず、極めて効率の良い石油、天然ガス、を使った高効率発電装置―それを使えば中国やインドなどで問題となっている公害問題も解決されるのです。その石炭による高効率発電装置とそれのための融資を非難されました。このように日本の主張はCOP23は否定しました。今後日本の産業界、それに依存する日本政府の態度も変わって来るでしょうし、日経新聞などにすでに表れています。
 安倍首相の対米従属ぶりはトランプ大統領の来日の時に見事にまで示されました。よくトランプ大統領に物申すべきと言いますが、とても無理なことです。温暖化問題でも日米ともに利害が一緒になれば、温暖化論べったりの姿勢から容易に変わることでしょう。
 果たして、2018年はどのような展開をするのでしょうか。
2018年追記 石炭火力、環境省「脱炭素へ」×経団連「必要」
毎日新聞、2018年1月17日、朝刊の記事
中川雅治環境相は16日、経団連の榊原定征(さだゆき)会長ら幹部と面談し地球温暖化対策について意見交換した。二酸化炭素排出が多い石炭火力発電所の国内新増設や途上国への輸出が海外から批判を浴びる中、中川環境相は「世界のビジネスも政治も確実に脱炭素に向かっている」と強調したが、経団連側は石炭火力の必要性を訴え、認識の違いが改めて浮き彫りになった。
経団連側は国内新増設について、「電源構成の見地から必要だ」、途上国への輸出は「高効率の発電所を輸出すれば、地球規模で温暖化対策に貢献できる」と主張した。
また炭素税や排出量取引の形でCoz2排出を有料化する「カーボンプライシング」の導入に向けた議論を環境相が進めていることに対し、経団連側は「規制敵手法をとると日本企業の国際的競争力が弱まる」など、否定的な意見が出たという。
中川環境相は「石炭火力を輸出するする姿勢そのものが厳しい目で見られている。経済界の意見には重みがあるが、我々の思いを共有し前向きに取り組んでほしい」と話した。
◎温暖化論の連中は、何でもかんでもCO2排出反対の原理主義で、石炭火力発電で高効率発電で、CO2排出や、汚染物質を抑えるなんか見向きもしない。原子力もCO2を出さないからと容認する連中である。環境省と経団連の対立が深まれば、経団連の政府への圧力が増し、アメリカのように、環境省の反対があっても温暖化論否定の方向に変わっていくかもしれません。
1月29日追記
 1月29日の「赤旗」の「主張」で、「石炭火力」の推進―「脱炭素化の流れに逆行するな」という記事が載りました。
 石炭火力は火力の中で最もCO2の多い発電で、液化天然ガスの2倍以上です。
安倍首相は22日の施政方針演説で「世界の脱炭素化をけん引していくと」述べました。しかし実際にやっていることは全く正反対です。国内では、既存の約30基の石炭火発に加えて、新設計画が約40基に及んでいます。 仙台市な地方自治体の反対がある。~
 日本が官民一体でアジア諸国での石炭火発の新設を進めていることや、トランプ政権と、石炭火発技術を輸出する方針で一致したことには国際的な批判が沸き上がっています。
 安倍政権がエネルギー基本計画で、原発とともに、石炭火発を「ベースロード(基幹電源)に位置付け、活用していることは重大です。石炭火発を「高効率」にすると言っていますが、削減される排出量は10から20%減に過ぎず、新規に増やされれば総量の規制にはなりません。
 原発ゼロと、石炭火力から脱却して、発電コストが世界的に低下してきた太陽光、風力など再生可能エネルギーによる電力供給に大胆に転換すべき時です。
◎原子力発電は論外です。地元住民の反対もあり再稼働は容易ではありません。石炭火発は、地球温暖化説が正しいとすれば、少しは違うでしょが、正しくないとすれば、効率が良い発電です。風力や太陽光でもって、日本のような大量に電気を使う国では、すべての発電を賄うのはとても無理な話です。
追記:イチロウさんのコメントで特に参考になるものです。
「2017年クルマ業界」現実離れしたパリ協定、総EV 総化は本当に地球を救う?
 
 

2017年12月23日 (土)

更地になったロッテ工場跡地。2273坪の広大な土地どうなるのか

2017年12月23日、ロッテ新宿工場跡地の写真を撮ってきました。
まだ工事中の状態と、その時の新大久保駅の周辺については、すでに「こういちの人間学ブログ」に書きました。
2017年8月8日
「新大久保、山手線トップの伸び率に。駅周辺にぎやかに。ロッテ工場跡地」
ロッテ新宿工場について
 ロッテ新宿工場はロッテ創業の地です。戦後まもなく工場を作り、以後日本、韓国にまたがる巨大企業となりました。大久保通りから戸山小学校に向かう地にあり、筆者は小学生時代からずっと通っていました。大久保通から入る道の角には、筆者の戸山小学校の同級生である、盛好堂書店の道岡さんの店があります。
 旧ロッテ新宿工場は新宿区百人町2-2-23にあり、工場の敷地は7500m2あり広大です。他に女子寮や、多くの駐車場なども持っていました。工場では主にチュウインガムを作っていました。以前はロッテオリオンズの事務所もありました。2013年に狭山工場に移行し閉鎖されました。2017年に解体工事に入り、8月ころに解体終了となりました。新大久保駅に至近な土地で広大な空き地が生じたのでこれからどうなるか、というところです。女子寮の跡地は分割され住宅用に売られ、今はもう家が建っています。
跡地と周辺の写真
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一番北から見た跡地。この広大な駅前の1等地をどうするのでしょうか。とても興味深いです。
 
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跡地の北側から見る。西新宿の高層ビル群がよく見えます。
北側に事務所があり、昔ロッテオリオンズの事務所もありました。
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北側、事務所の向かいにある戸山小学校。この裏に海城中、高があります。
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工場半ばから北側を見る、最も古い高層マンション、西戸山タワーホームズが見えます。
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新大久保駅に近い道から見る。左に見えるのは住友ガーデンタワービルです。
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ロッテに隣接した細い道から山手線の線路を見る。最近広い道ができる。駐車場が多くできています。
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近くの新大久保駅。今改造中です。12月23日祭日でごった返していました。
2018年1月19日 1987年(昭和62年)の百人町東町会の見取り図
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下は大久保通りです。図面は当時の配置図。実際の地図と違います。右下に盛好堂書店の名があります。ロッテはもつと広い面積です。
追記
 はっきり決まるまで、住宅展示場として使う、という話があります。

柴田義松氏の教育的人間学。2017年12月人間学研で米寿のお祝い

柴田義松先生、寿のお祝い、を兼ねて忘年会 (2017年12月14日)

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前列左から3番目が柴田先生。

 このブログは2010年8月に書かれたものですが、追記して更新しました。

 本来は柴田先生は2018年11月に満88歳になられますが、ちょうど忘年会に兼ねて少し早めてお祝いを、と木村先生の提案で開催することになりました。

 場所は昨年と同じ居酒屋の文蔵で開催されました。参加者は少し少なく12名でした。ブログ筆者の住まいに近いところに設定していただきました。

 筆者が司会役でお話ししました。

最初に「柴田先生、米寿おめでとうございます」、「柴田義松先生と人間学研究所」

という資料を皆さんに配布しました。

1969年 女子栄養大学に人間科でき、柴田先生のもと小原秀雄氏、岩城正夫氏

1985年5月 人間学研究会できる 柴田、小原、岩城、佐竹ら、佐竹ビルにて

1991年4月 人間学研究会再発足 人間学研究所準備室 第2佐竹ビルにて

1993年5月 実用的人間学研究会

1999年4月 人間学研究所できる 所長柴田義松 現在に至る 人間学研究所通信NO1

2000年12月 「人間学研究所年誌」2000発行 初めて国会図書館NO1

2002年11月 総合人間学研究会 事務局は人間学研究所その後学会へ

2004年2月 新教育人間学部会 現在に至る、2017,11、例会137回

    3月 「道具と人間」シリーズ 3巻発行 明治図書

2017年12月 忘年会兼柴田先生米寿の祝い

・資料説明後、柴田先生からのお言葉、それぞれの方からの言葉。

みんなの寄せ書き、記念品贈呈ということで、お祝いの会としました。

◎柴田義松先生は人間学研究所ができてから、今年まで18年間一貫して所長を務めていただきました。研究会員の中には柴田先生に教えを受けた方も多く、人間学研究所においては重要な役割を果たされてきました。

 人間学研究所では研究活動のみならず、研修会終了後の飲み会、カラオケなど楽しいひと時をご一緒できました、千葉の白浜温泉に1泊旅行をしたのも思い出されます。柴田先生は足が弱くなられ研究所の3階まで上がるのが難しくなりました。それで、ブログ筆者の近くの歩いてこられるところに年3回ぐらいは開催したいと思っていますということを提案しました。ブログ筆者も助かります。

◎これ以後は2010年8月に書かれたブログです

 柴田義松氏は今年11月19日に80歳になられます。8月10日には著作集7巻を学文社からだされました。柴田義松氏は愛知県に生まれ、名古屋大学から東京大学大学院に進まれました。修士論文が、ウシンスキーの「教育的人間学」で、その後に取り組む、ヴィゴツキーとともに、柴田氏の理論の中核をなすものです。柴田氏は1960年に明治図書からウシンスキーの『教育人間学』に訳書を出されてから、国立国会図書館に登録されている本で現在208冊を数えるほど多くの本を出しておられます。

 柴田義松氏と佐竹幸一との出会いは、1969年に柴田義松氏が女子栄養大学に、教授としてまねかれ、その後小原秀雄氏や、岩城正夫氏とともに画期的な「人間学科」をつくられました。その後、佐竹もお会いしてお話する機会があり、しばらく休止していた、人間学研究会を再開しようということになり、1985年に第二次人間学研究会がスタートしました。その後は小原、岩城氏と共に、1991年の人間学研究所準備室、1999年の人間学研究所の設立に至りました。柴田義松氏は人間学研究所の設立から2010年の現在まで、ずっと所長をしていただいております。人間学研究所を母体にして、2002年には総合人間学研究会、さらには発展的に解消し総合人間学会になり、ずっと副会長を務めておられます。大学は東京大学の教授となられ、学科長も務められ、その後成蹊大学の教授もつとめられました。

 ロシアからソビエトに至る教育の紹介という点においては、第一人者で、多くのお弟子さんがいらっしゃいます。今度著作集の出版記念パーティーと80歳の誕生祝いがありますが、多くの方が参加されると思います。専門は教授学で、教育内容・教科内容と教材の区別を提起したことはその後の教授学研究に革新をもたらしました。長らく日本教育方法学会の会長も務めておられました。また、略して「教科研」というのでしょうか、現在も月一回、人間学研究所で、教科教育内容などのビデオなどを会員と一緒に見ながら研究を続けておられます。

 柴田義松氏とのお付き合いは、小原秀雄氏とのお付き合いほどは長くないとはいえ、もう30年ほどになります。まだまだとてもお元気でその活躍ぶりには本当に頭が下がります。1メートル80センチ以上の長身です。この年代の方ではきわめて長身だと言えましょう。また普段の会議などではあまり、発言をされないのですが、発言をされるときには、きわめて簡潔かつ的確なお話をされます。また講演をしていただく時には、きちんとした話でテープ起こしをするとそのまま原稿になってしまうようにきちんとしています。しかしいかにも大学者という雰囲気を漂わせていますがおよそ偉ぶるということは全くなく気さくにお付き合いをいただいております。人間学研究会の例会のあとの懇親会では、お好きな日本酒を飲むのを楽しみにしておられます。

 人間学研究所で出している、『人間学研究所年誌』や、『人間学研究所通信』(HUMANOLOGY)などの原稿も以前からきちんと、ワ-プロでつくっていただくので、大変助かります。携帯電話もすぐに使いこなして、おとしの割にと言っては大変失礼ですが、新しいものもどんどん積極的に取り組まれているのはすばらしいことだとおもいます。

 柴田氏は、ウシンスキーの『教育的人間学』を翻訳し、「教育的人間学」という言葉をもっともはやく提唱したのが、ウシンスキーであると紹介しました。『教育的人間学』は1960年に明治図書から翻訳が出され、2010年に学文社から新訳版が出されました。ウシンスキーについては改めて、ブログで紹介しますが、ずっと教育的人間学の立場で研究し、現在でも人間学研究所の主要部会が「教育人間学部会」になっているように、永年教育人間学を提唱されている柴田義松氏が、1999年に出版された『日本の教育人間学』皇 紀夫・矢野智司篇(玉川大学出版部)に勝田守一、森 昭、大田 堯、堀尾輝久、和田修二などという人がのっているにも関わらず、柴田氏の名前がないのは、おかしいなと感じています。

 

2017年12月21日 (木)

「週間朝日に「とらちゃん」のことが掲載されました。」熊王信之氏の記事、「とら」ちゃんのことも

2017年12月29日号の週刊朝日は「丸ごと1冊ネコ特集」でした。
そこの78ページの、「犬ばか、猫ばか、ペットばか」第1256回は、「猫スペシャル」で、いつも筆者のブログに、貴重かつありがたいコメントをいただいている熊尾信之氏の文章で、「とら」と独り者おっちゃんの日々という文章がのりましたので、ちょうど以前2017年1月に書いたブログで、「とらちゃん」の写真をたくさんご紹介しましたので、改めて文章を加えてご紹介します。「ネコ特集の特別な号に掲載されたことはすごいことです。
人間とペットとかを超えての暖かい心の交流は、胸を打つものがあります。では実際の文章をご覧ください。
 元の文章は、もっと長かったそうですが、紙数の関係で縮められたそうです。
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 お空に昇った「とら」(写真、雄)。その後どうしていますか。お別れしてから1年ですが、おっちゃんは「とら」のことが頭を離れません。.
 「とら」を初めて見たのは、近所の猫さんが何匹かの子猫を連れてわが家の前を通った檻のこと。子猫の一匹(原文では一頭です)を見て、あの子可愛いな欲しいなと、それまで猫を飼ったことがないおっちゃんが心底思ったのでした。
 わが家に来た日に、おっちゃん手を思い切り噛んだとら。いきなり知らない家に連れてこられ、怒ったのか、一日中押し入れに入った「とら」。気性が激しく、敵対する猫には徹底的に攻撃する「とら」。そんな「とら」をしかしいとおしく思うのでした。
 「とら」と独り者のおっちゃんが暮らす日々は、葛藤と矛盾だらけの職場とは違い、幸せに満ちたものでした。業務を終え、帰宅するのが待ち遠しいほどだったのは知っていたのかな。
 帰宅すると、玄関で必ずお出迎えしてくれ、思わず笑みが漏れたものでした。
 何度かあったね。2階の窓からいつ帰るか、と外を眺めていた「とら」と窓を見上げたおっちゃんの目が合ったことか。
 人と違い、猫が老いるのは早いよね。知らないうちに「とら」は年老い、腎臓が悪くなったのですた。でも、19歳の長寿表彰まで受けたのだから20歳も夢ではない、とおっちゃんは思っていました。1年以上、毎日自宅で輸液を入れながら一生懸命頑張ったよね。
 お別れのその日までお薬とミルクを飲んでくれて、19年と5カ月を懸命に生きた「とら」。お別れの時には抱きしめたおっちゃんの目を見つめたまま空に昇った「とら」。
 しばらくの間、おっちゃんはどうしているのかな、とお空から見ていてね。大好きな、大好きな「とら」。
追記12月22日 追記
 同じ文章がAERA.comにも掲載されました。
コメントで、元の原稿を見せていただきました。枠の関係でかなり減っています。また原文では1頭というのを一匹と直されたたそうです。意識的に頭としたのに単なる間違いとして替えられたみたいです。
 
( 以下は2017年1月に書かれたブログです)
熊王信之氏の科学的・合理的な考え方
「ちきゅう座」の2017年1月9日の熊王信之氏(筆者のブログに、よくコメントしていただく、とら猫イーチ氏)ブログに、「この世の成り立ちを見る基盤」という文章があります。
 ちきゅう座  http://www.chikyuza.net/ 
熊王氏の文章の概略を以下に書きますが、よろしければぜひ直接お読みください。
 暦は新しい年を迎えて、世間では正月を祝う人々で、各地の神社はあふれたそうです。
他人事のように書きましたが、世に言われるところの正月を祝うことはないからです。亡父が口癖のように言っていた 一休の「正月は、冥土の旅の一里塚めでたくもあり、めでたくもなし」ということで、また、神社に詣でるのがあほらしいからです。そしてあらゆる宗教を信じないからです。
 この世に生を受けた定めに従わなければならない平等原理の下に運命を知るからで、他にさしたる由来はありません。宗教を信じないのに何かを拝むのは馬鹿らしいと思ったからです。
 神社に比べれば寺のたたずまいがまだましのように思える。いにしえ回帰で靖国神社に詣でる政治家は本当に信仰するというよりただ宗教を利用しているとしか感じられない。
 神や仏が存在するかということだが、神や仏が存在するならお目にかかりたいものだ。いるなら愛猫を奪った罪で死罪を宣告してやる。
 視点を海外に転じれば、今や世界は宗教戦争の渦中にあるようです。各国とも今でも宗教的権威により、民衆を支配している様がうかがえる。
"The Grand Design"、においてイギリスの物理学者、ホーキング氏は「神は存在しない」と言っている。(2011年)「天国も死後の世界もない」-死ねば、人間は、脳が壊れた時には、部品が壊れて機能を止めたコンピューターのようなのものだ。死を恐れるのは、闇を恐れる人間のおとぎ話だ。。(ちきゅう座の直接のサイトではつながります)
 亡母は真宗本願寺派で、学校は真宗大谷派の学校でしたが、東も西も大した違いはないと言っていました。なんぼ拝んでも死んだら終わりやと言っていました。
 熊王氏の子供時代、妖怪や幽霊を恐れなかった。亡父は便所に妖怪が出ると話した。当時の家は農家で便所まで遠くて暗かった。怖くても便所に行った。亡父は幽霊などを恐れぬ子と思ったろう。こういうことに疑問を持つ端緒となった。
小学生の時お寺や墓地が平気で、彼岸花をとりに行ったりして墓地へ行きよく遊んだ。
 あるとき人魂を母や妹は見たといった。一緒にいた自分は見られず残念に思っていた。何とか見たいと思った。小学校高学年の時、そういうものを見ようとして夜抜け出して墓地や神社などにいったが、一度も見られなかった。
 そして人魂を、作ろうとして、脱脂綿にアルコールをしみこませ、棒の先につるして、母や妹を驚かした。父にひどく怒られた。
 本当はどうなのかを調べてみようとするのが自身のこの世を成り立ちを見る基盤です。
 熊王氏の科学的な信念の基盤はお父さんやお母さんから引き継ぎ、本人のとことん追求しようとする態度によって形成されたものですね。
熊王信之氏は愛猫「とら」ちゃんの病気と10月3日に亡くなる前後に、記事の減少がありましたが、アメリカの大統領選挙が始まり、大統領選挙のいろいろな考察が続き、11月には13の記事を「ちきゅう座」に書かれました。最近の記事では、トランプ氏のこと、安倍首相のこと、戦争のこと、そしてこの記事のようにと、多面的に書いておられます。参考になることも多いと思いますので是非直接お読みください。
最近の記事
2017,1・13 「トランプさん L・L・ビーン氏をご推薦」
2017,1・9 「この世の成り立ちを観る基盤」
2016、12・29 「この国はもう一度「今は無き掩体壕」を子どもに見せるのか」
2016、12・21 「疫病神の機体(未亡人製造機)-オスプレイ」
2016,12,2 「自衛隊が実際に駆けつけ警護に出動した時に何が生じるか」 
2016、11,27 「アベ化した頭で複雑怪奇なる新情勢に戸惑う」
2016,11・13 「トランプ次期大統領新政権発足初日にTPP廃棄を指示」
2016  11,23 「反トランプ氏言説の依って来るところは何か」
2016、11、21「南スーダンの紛争地を祭壇に見立て、自衛隊員が人身御供に、憲法改正を
         狙うアベ政権」
在りし日の「とら」ちゃん
 熊王氏から、「とら」ちゃんの写真を送っていただきました。
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在りし日の「とら」ちゃんの雄姿
詳しくは下記の記事をご覧ください。
2016、10,18 「長寿動物表彰を受けた「とら」の最後」
       腎臓病と戦い 19年5か月の長寿を全うしました。
2015,10,4 「長寿動物表彰を受けた「とら」」
 「とら」ちゃんの画像を送っていただきました。なかなか堂々とした立派な姿ですね。
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タワーで遊ぶ「とら」ちゃん
 
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「とら」ちゃんを慕って集まるねこたち。「とら」ちゃんは 、オス猫ですが、母親のように、よく面倒を見、子供たちも、慕っていたそうです。
◎   直接画像を取り込めず、携帯でパソコン画面を映しそれから取り込んだのであまりきれいな画面ではありません。でも素晴らしい姿はわかると思います。 
2017年3月23日とらちゃんの追加の文章と画面を掲載させていただきます
とらちゃんは特別の能力を持っていました。
二階にとらちゃんの一緒にいたとき玄関先に5,6頭の猫がいました。
とらちゃんはいわば空を飛び、1階の玄関のところに飛び降り、猫パンチでたちまち猫を追い払いました。
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猫タワーで遊ぶとらちゃん
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声をかけると必ず振り返るとらちゃん
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夕食をたべるとらちゃん
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ネコベッドでやすむとらちゃん
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動画で送っていただいた、とらちゃんの画像。眠いのを我慢してポーズをとる、とらちゃんです。ガラケーで、パソコン画面をとっているのできれいにうつりませんが。
◎ サイトちきゅう座とは、「今の世界の日本はきわめて危うい方向に進んでいるという認識の下に、それぞれの分野の専門家や実践家の眼を通じたたしかな情報、問題の本質に迫る分析などを提供し、また共同の討議の場を作ることを志しています」
と書いてあります。
 4月1日、新しいブログを立ち上げるかもしれないとのご連絡をいただきました。ちきゅう座のブログではいろいろ自由が利かないことがあるかもしれませんが、他のところでは自由に書けるかもしれません。
熊王氏の考え方と筆者は科学的・合理性を目指す点で同じ
 ブログ筆者の場合も、熊王氏と全く同じようです。祖母と父は神仏に対しては、素朴唯物論的な考え方でした。祖母は迷信を信じず、また父は八百万の神なんかあてにならない、日本全体で戦勝を祈っても、戦争で負けてしまったとではないかと。7年も戦争に行った父の実感でしょう。
 後漢の唯物論哲学者、王充の「論衡」に筆者は心酔していますが、幽霊はいるのかいないかについて面白いことを書いています。死んで幽霊(鬼=キ)となったら、たくさんの人が死んで周り中幽霊だらけのはずだ、ぼーっとしてしかしはっきり見た者はいない。見間違いが多いのだ。また幽霊として出てくるとしたら、無機物の着物も一緒に出てくるのはおかしい、とか。
 筆者は様々な、非科学的な考えを追求する学会、「ジャパン・スケティプクス」にも入っています。「こういちの人間学ブログ」でも、いろいろな非科学的な考え方を批判しています。
 また靖国神社をはじめとして、神社が、日本会議や神道政治連盟を通して、昔の日本へと回帰することのお先棒を担いでいるのは日本の将来を暗くするものです。
 それでも、おみくじ収集のマニアとして、お寺や神社へ行っておみくじを集めているのですが。
 人魂や幽霊は恐ろしくて、びくびくしていると、何かを見間違えてそのように見えてしまうことがあるようです。また大槻教授によれば人魂現象は電磁波の働きで起きるようです。私も子供時代火の玉がのような発光体が電信柱の上のほうに上るのを見たことがあります。私もそれは幽霊などと思わず物理現象と思っていました。
 地球温暖化についての、「人為的二酸化地球炭素温暖化説」に対しての否定的見解も熊王氏と筆者は同じです。トランプ氏の考え方でおかしいなと思うことはありますが、「人為的二酸化炭素地球温暖化説」の否定ということについては全く同感です。
 筆者に比べ、英語について、すらすらと読み理解されるという点において、格段に優れておられます。いろいろ、英文の資料をはじめとしていろいろなことについて、教えていただくことは大変助かっています。ありがとうございます。
追記 「とら」ちゃんに比べるとうちの黒猫「くろべえ」はひどい顔を しています。お部屋を使ってもらっている方の猫にすっかりなっています。布団にもぐりこんだまま出てこないところを写真にとられています。年賀状に使われています。
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2017年12月19日 (火)

皮膚科受診のため、12月18日慶応病院へ,あと4回病院へ1月16日、2月13日再度検査,4,17最終

 今年(2017年)は、今までかかったことのない皮膚科に何度もかかりました。初めは巻き爪で山手皮膚科クリニックで手術をし、今度はかゆみで2つの診療所と慶応病院へ行きました。
 慶応義塾大学病院(東京都新宿区信濃町35)は診察していただいた、東新宿駅前皮膚科クリニックの院長さんがおられた病院が慶応病院で、そちらに紹介状を書いてもらいました。東新宿皮膚科で何らかのアレルギーがあるかと検査しましたが全項目該当なしでした。
皮膚のかゆみと炎症の状況は以前のブログ(2017年11月)に書いてあります。ご覧ください。
「皮膚のかゆみに困っています。原因はわかりません。ステロイド剤について」
慶応義塾大学病院皮膚科へ
 初診日は12月19日ということで、介護タクシーを予約、8時ころに来てもらいました。8時半ころ飯田橋の慶応病院に到着しました。
 慶応病院は以前母が脳出血の手術を受け、見舞いで何回か行きましたが自分が病院に行くのは初めてです。
 慶応病院はかなり混むといわれていましたがそうでした。来年春大きな病棟が完成するみたいです。
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病院入り口にある福沢諭吉の銅像
診  察
 今日の診療窓口は4つで、私の担当医は、海老原 全(たもつ)先生でした。
海老原先生は慶応義塾大学准教授で皮膚アレルギー分野が専門のようです。
診察の時には4,5人研修医と思われる人たちがいました。
どうも薬疹が疑われるとのことでした。
 その後血液検査と尿検査をしました。その後診察費を支払い薬を薬局でもらいました。
 
今後の予定は
2017年12月25日(月)14:00~14:30  生検・手術
        1cm紡錘状に炎症が起きた皮膚を切り取り、検査する そのあと縫合する
       この部分にはステロイド剤を手術の日まで塗らないようにということでした。
   背中や、おなかの部分とか言われましたが右の腕にしました。
2017年12月26日(火)10:30~11:00   消毒、処置
2018年1月1日(月) 11:00~11:30   抜糸
2018年1月16日(火) 10:00~10:30  診察 海老原先生
処方された薬は
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ピラノア 20mg   1日1回  就寝前
   アレルギー性鼻炎、かゆみを抑える薬
 
アンテベート軟膏 100g
   皮膚の炎症を抑える薬 1日2回
病院からタクシーで帰ってきましたが、12時半ごろでした。
今後の結果は追記していきます
12月23日
 ステロイド剤の効果か次第に快方に向かっているようです。
見た目は、黒ずみ、悪くなっているようにも見えますが、それは終期です。
ともかく、原因を知りたいです。
最近は
いつも長年使っていた点鼻薬は使うのをやめました。やめても大丈夫です。
時時飲んでいた市販の風邪薬(パブロン)はやめました。
痛み止めの貼り薬もやめました。(インドメタシン・パップ)
食べ物少なくし、お酒もほとんど飲みません。―痩せました
12月25日(月)
 午後、生検、手術 かなり病院は混みました
右腕の1か所、スレロイド材を塗らない部分を切り取る手術
消毒、麻酔注射、手術、1センチほど皮膚を切り取り、縫合(3針)
麻酔で痛みは無し、かゆみは強い
あとで痛み止めの飲み薬をもらう―コカール200mg3回分
アンテベート軟膏100g 追加
26日は消毒で病院へ、帰りは電車で
12月29日(木)
 生検のため ステロイド剤を塗らなかったので、右腕のかゆみと、赤みがひどい状態です。
本日久しぶりに入浴します。縫合したところはシャワー程度に。
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・2018年1月1日  抜糸に慶応病院へ
2018年1月16日 慶応病院へ海老原先生
   検査結果を聞く 非常に混みました
薬剤リンパ球刺激試験(薬疹を調べる)
フェブリク                 陰性
プレミネント配合錠LD(ロサルヒド)  陰性
2種類のみの検査で再度血液採取をしました
2月13日(火)慶応病院再訪
2種類も異常なし、残るはマグミットのみ。マグミットは今後のまないことに。
かゆみはだいぶ減りましたが、塗り薬の塗り方が少なくなると、また赤い斑点ができます。
塗り薬はアンテベート100g。2つをもらう。
3月13日、再訪
ビラノア20mgをもらう。就寝前1回。アレルギー性鼻炎、かゆみを抑える薬。
1か月後に再訪。
4月17日(火)慶応病院、最終訪問
 症状が大分おさまったので最終訪問ということで。
今度は最初に紹介状を書いてくれた、東新宿駅前皮膚科へ
今日は大変混んで、完全に終わるまで4時間かかりました。
 5月7日に慶応病院の外来診察室などの多くが新病院棟に移転します。

2017年12月16日 (土)

早稲田大学の大隈講堂隣のリーガロイヤルホテルのランチを食べてきました。

 2017年12月12日(火)月二回のお出かけの日に、早稲田大学大隈講堂と大隈庭園のすぐ近くの、リーガロイヤルホテル東京のランチを食べてきました。リーガ・ロイヤルホテルは関西が元のホテルで、系列ホテルを含めると12のホテルがあります。比較的近いホテルなのですが、今回初めての訪問になります。
  新宿区戸塚町1ー104-19、03-5285-1121 高田馬場駅からシャトルバス
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レストランはすべて1階にあり、中華料理皇家龍鳳、日本料理なにわ、西洋料理ダイニングフェリオ、カフェ、バー等があります。
 今回は西洋料理のビュフェ、ダイニング・フェリオにしました。
平日ランチは選べるメイン料理・サラダドリンク・デザートで2600円です。牛フィレ肉の網焼きだけ500円+です。すべて平日限定ディナーコースは4700円です。すべて税、サービス料込みです。
 今回はフェリオセットを頼みました。メインを牛肉にし少しプラスで4100円です。赤ワインが600円です。
休日は少し高くなります。
 写真はフェリオの入り口です。
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上の四角いさらに入っているサラダは間違えて持ってきてしまった、選べるランチのサラダでした。改めて下のサラダが来ました。でも「どうぞ召し上がりください」、と言ってくれました。どうもすみませんでした。
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コーンスープです。おいしかったです。
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ビーフのステーキです。うっかりして写真を写す前に切ってしまいました。
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カニのピラフです。なかなかおいしかったです。
最後にコーヒーが出ました。
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ホテルから見た、大隈公園です。
帰りはお土産にお菓子を買いました。

2017年12月13日 (水)

パソコンが不調です・体調が不良ですー身体もひどいかゆみ、その他色々

パソコンの不調
12月13日 パソコンの画面が真っ暗になり変化しなくなります。
前から不調でしたが、ちょうどつながっている時にご連絡します。
コメントいただいてもつながらないかもしれません、
その節は申し訳ありません。
 14日いったん強制終了してからパソコンのふたを閉めてから立ち上げるとつながることがあります。それで書いています。
「ページに安全に接続できません。古い安全でないTLS設定が使用されている可能性があります」WEBサイトの所有者に連絡してください」ところが、青で「直前のページに戻る」しかありません。何かこれが影響しているように感じます。
 昨日日皮膚科へ、結果はアレルギー反応ゼロ。今度は19日慶応病院で検査ということで
 14日夜6時から「人間学研究所」の忘年会、「文蔵」で、柴田義松所長の米寿のお祝いを兼ねて行うことに。
 参加者は今年は少なく12名でした。
追記 12月15日
 昨日の人間学研究所の忘年会は楽しく過ごしました。ビールは1杯だけですが食事は普段の2倍以上食べてしまいました。次の日の食事量を減らしています。
 昨日からかゆみがひどく、よく寝られません。昨日ヘルパーさんが来て入浴してもヒリヒリして入っていられずすぐ出てしまいました。朝もかゆくて早く目覚め、寝不足で頭もぼーっとしています。ふぃふかでもらった薬ももう残りわずかです。火曜日の慶応病院で精密検査してもらうまで、往診の先生にステロイド剤をもらわねば。
12月16日
 いちいち初めから立ち上げなければならないので、面倒ですが、何とかパソコン使えますので、早稲田のリーガロイヤルホテルのランチに行ったブログを一つ書きました。
 最近ブログの記事も減り、アクセスも減り気味です。
2018年発行の、「人間学研究所年誌2017年、15号」の文章を作っています。
 エッセイで、温暖化説についてです。

2017年12月10日 (日)

「新聞記者」、望月衣塑子の本について。戸山高の1年後輩の高原伸夫さんに筆者は同感です。五行歌-民衆の歌について。

望月衣塑子さんの「新聞記者」
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この本はメール交換をしている戸山高校の1年後輩の、高原伸夫さんの紹介で書いてみました。
 2017年10月10日発売で、11月10日にすでに3版でした。買いに行きましたが、近くの芳林堂書店には在庫がありませんでした。通販で『武器輸出と日本企業』とを含めて購入しました。
 前のブログにも書きましたが、体中に湿疹?が起き、体中がかゆく、あまり夜もよく寝られません。そのためにも本をじっくり読んで、ブログを書く気力がなくなり、2週間ぶりの更新となってしまいました。
 本の詳しい紹介は無しにしまして、高原伸夫さんのご紹介を中心にして書くことにしました。
2017年12月21日追記
芳林堂へ行きましたら、「新聞記者」が売れ行き第4位でした。やはり大きな注目を集めていることがわかります。
 
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 望月衣塑子さんは東京・中日新聞の記者で、慶大卒。前は防衛産業を取材し本を書いています(下記)。その後2017年6月8日の官房長官記者会見の取材で、加計学園問題に関して、40分の時間をかけて23回の質問を繰り返し注目されました。
 望月衣塑子で検索すると、(アット・ニフティ)、最初は望月さんのTwitterで次はウィキペディアの記事で、3,4番目は望月さんを攻撃する産経ニュースなどの記事です。そのあと支持する記事、攻撃する記事と入り乱れています。
「新聞記者」の内容
目 次は
はじめに 
第1章 記者への憧れ
第2章 ほとばしる思いをぶつけて
第3章 傍観者でいいのか?
第4章 自分にできることは何か
第5章 スクープ主義を超えて
あとがき
 
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 2016年7月10日発売、角川新書、800円+税です。
 世の中が、安倍首相のもと、着々と昔の大日本帝国復活を目指す勢力が力をつけ、いやな世の中に向かおうとするとき、戦争の悲惨さを心の底から感じ、戦中、戦後のひどい時代を知っている我々にとって、さまざまな。攻撃をものともせずに奮闘されている望月さんの奮闘に心から、共感するものです。
戸山高校1年後輩の、地元大久保につながりのある高原伸夫さんについて
 この本は、前にも書いたように、2017年10月ごろからメールをいただいている、戸山高校で1年後輩にあたる高原伸夫さんから、教えていただきました。高原さんはいろいろメールでお話を伺うと、さまざまのことで縁がつながっているころがわかりました。高原さんのことを紹介させてくださいということで、許可を得ましたので、皆さんにご紹介します。
 高原さんは、元のお住まいが大久保で、小学校は大久保小、戸山小と違いますが、大久保中学と戸山高校は同じでした。大学は私は東京教育大、高原さんは東大と違います。今の主たるお住まいは福岡ですが、お母さんが住んでおられた自宅はそのままで月の4分の一は大久保に来られるそうです。
 10月27日のNHKの放送で、「異国の香り、新大久保」という番組を見て、さらに新大久保について詳しく知りたいと検索していましたら、筆者のブログにたどり着いたそうです。
 いろいろ、メールでお話していると、いろいろな点で縁が深いことを感じました。
 戸山高校では新聞部で、戸山高校では筆者と同じクラスの望月さんや戸田さんと同じ部であったこと、東大のサークルでは教育研究会に所属しそこの顧問は、前身の総合人間学研究会(筆者は設立者の一人事務局長)の時から会員で、総合人間学会の3代目の会長である堀尾輝久氏だったこと。戦前戦後の悲惨な時代を経験し、戦争はまっぴらだということを強く思っている、などにも共通点がりました。
 2016年1月12日の筆者のブログに「戦争伝える最若手が手記 戸山高1年後輩が自費出版、本が届きました」というものがありますが、高原さんはそこにも記事を寄せられていました。400人の卒業生のうち35人が手記を寄せました。
本の名前は「私たちの戦争体験」桐書房です。
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 ブログ筆者が思うに、当時の戸山高校には数学の武藤先生のようなとても素晴らしい先生がいて、その影響も大きかったように思います。
高原伸夫さんのその中での文章は「私が終戦前後,見聞、体験したこと」という内容です。
要旨を書いてみます。
ーこの本はまだ在庫があるのでしょうか、高原伸夫さんで検索するとわかります。
 「戦争で高原さんのお母さんの兄弟二人が戦死し、伯父と叔父も戦死しました。お父さんは病弱で戦争に行かなかったため生存しました。
 筆者の母方の伯父は中国で戦死しました。父は前後7年も満州に中国にと兵隊として行ってきました。当時の厳しかった話は父からよく聞いています。中国だから生き残ったけれど、南方に行っていたら生きていなかったろうといっていました。
 終戦直後は大久保で10歳くらいまでバラックに住んでいました。厳しい生活でした。筆者も大久保の地ではじめバラックの家でした。自宅から遮るものが何もなく伊勢丹のビルがよく見えました。
 戦争が嫌いなのは全てが焼け跡の灰のにおい、が強烈に残っているからと書いておられます。同じ世代で、同じ地に住んでいたものとした、まったく同感です。
新憲法は私という人間の骨格となっている。
 筆者にも戦後しばらく受けた非常に民主主義的な教育の影響も大きかったのです。
 その後の日本はアメリカの直接の占領から、間接的な半占領状態に変わりました。
筆者ーアメリカのトランプ大統領に対しての安倍首相の卑屈なおべっか使いの状態を見てもそのことはよくわかります。筆者も同感です。
 高原さんは、大学卒業後、総合商社に入り、日本が世界中で取引できるのは平和憲法のおかげだと痛感しました。ベルリンフィルハーモニーのコンサートで、隣の席が、ドイツのヴァイツゼッカー大統領と握手を交わせたのもいい思いでだと話しておられます。」
 高原さんと筆者は同じ大久保の地で同じ戦後の荒れ果てた大久保の街を体験しているのです。
 高原伸夫さんは文学的な面での活躍もしておられます。高原伸夫と検索すると、いろいろと記事が掲載されています。
その中で、「五行歌」のことがたくさん出てきます。福岡と東京で奥さんと共にその普及活動をしておられます。福岡ではカルチャースクールもやっておられます。そして詩集「南の風」を発行しています。最新号を送っていただけるとのことでした。届きましたら、またご紹介します。
 いろいろな立場、年齢の人たちが、自由に歌を作っています。そしてその感想を述べあっています。いいですね。
 学会などでは思想的立場の違いを、査読などと称してふるいにかけます。筆者は総合人間学会を設立した一人ですが、哲学的人間学に対して批判的な論文を出しましたら、哲学的人間学の立場の会長などが、私の原稿を勝手にボツにしました。再度復活して監査役になりましたが、学会で発表した文章を、またほかの人により査読と称して否定されました。筆者よりこと人間学に関してはよく知らない人間が、例えば第何次人間学ブームとかは聞いたことがないとか言って否定しました、いやな世界です。
 
このブログを出した日に、高原さんから五行歌交流誌の『南の風が届きました。それも12月号(77号)と10月号の2冊もです。ありがとうございます。追記して、本の画像と、高原さんの五行歌を紹介します。
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12 月の今号で第77号になります。大したものです。総ページ、p176内容は
私の歌ーメイン
エッセイ
交流ひろば
その他いろいろです
『南の風』
 定価700円、送料別
編集・発行 「南の風編集グループ」
連絡先 高原TEL/FAX 092-885-3833
会誌は隔月発行
興味をお持ちの方は、ぜひお申し込みください
五行歌に興味を持ち、本誌の趣旨に賛同するものは誰でも参加できます。
会員には会員と読書会員とからなります。
会員になるには1年間8400円。高校生以下半額。
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高原伸夫さん(福岡)の五行歌です―まったく同感です。
日本列島の真ん中
信州・佐久の
空は広い
ふんわり白雲浮かべて
時代を眺めている
空いっぱいの
うろこ雲を
軽やかに着こなして
今宵の名月さんは
殊のほか美しい
海があるから
福岡市でも別世界の
能古島
色とりどりのコスモスと
笑顔が風に揺れていた
主のいなくなった
門への道に
今年も咲いた
木槿
何を思っただろう
どうしてこんなに
腹が立つのだろう
傲慢総理は
解散を口にして
平然とNYへ
「一億火の玉」ぶりが
こわい
国防が第一と
新聞が
書き立てる
明恵と外遊します
トランプ呼んでゴルフします
税金じゃんじゃん
兵器も買います
国会論戦は いたしません
総理大臣は
憲法を
守らなきゃいけないって
学校で
習わなかった?
◎信州ののどかな風景、名月の美しさ、福岡の能古島のコスモス、そして木槿の花の美しさ。それに比べて傲慢総理の美しくないふるまいはなんと醜いことでしょう。この2つを見事に対比されています。
  美しいものと醜いものの対比ではなく最初から醜い政治の現状を書く人もいます。その辺は自由なのでしょう。
 会員は福岡の人が多いのですが、全国にいらっしゃいます。
「五行歌の生い立ち」について 高原伸夫 p160
 五行歌の原点がどこにあるのか、民衆の歌の歴史については書き残されたものが少なく研究者も限られている。
 明治以前の短い詩歌はー特権階級のものだけだが、一般庶民が口ずさんで、生まれては消えていった詩歌がたくさんあったに違いない。
①民衆の中にあって、貴族や武家など特権階級のものではない短い歌があった。
②定型に捕らわれないものがたくさんあった。漢詩の書き下しを吟じる詩吟は、七五調とは無縁だった。
③リズムのある詩なのだから行分けは自然だが、紙が貴重だったから短冊に一,二行書きされている。七五調の定律が大部分なので、抵抗なく読まれていた。
④民衆の言葉使いで、技巧に走らず、自然を、人生を、恋を、世の中を詠う詩歌に注目したい。
⑤歴史の表舞台に出ずとも、歌い継がれてきた。作者不明のものも多い。
追記、ブログの更新が遅れた理由
 11月28日から、今まで、ブログの更新をしておりませんでした。前にもブログで書きましたが、皮膚のかゆみがひどくなり、皮膚科にも行き、塗り薬を塗っていますが。あまり思わしくありませんでした。12月9日に違う皮膚科で、アレルギーの原因となる血液検査をしてもらいました。
 かゆみが体中に及び、かゆくて、夜時々目を覚まし、昼間なんとなくぼんやりしています。ブログ更新の元気が出ませんでした。
「皮膚のかゆみに困っています~」
 

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