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2018年8月 7日 (火)

「週間朝日に「とらちゃん」のことが掲載されました。」追記版。熊王信之氏の記事、「とら」ちゃんのことも

2017年12月29日号の週刊朝日は「丸ごと1冊ネコ特集」でした。
・ 2018年8月7日・『飼い猫のひみつ』について追記して更新しました。
そこの78ページの、「犬ばか、猫ばか、ペットばか」第1256回は、「猫スペシャル」で、いつも筆者のブログに、貴重かつありがたいコメントをいただいている熊尾信之氏の文章で、「とら」と独り者おっちゃんの日々という文章がのりましたので、ちょうど以前2017年1月に書いたブログで、「とらちゃん」の写真をたくさんご紹介しましたので、改めて文章を加えてご紹介します。「ネコ特集の特別な号に掲載されたことはすごいことです。
人間とペットとかを超えての暖かい心の交流は、胸を打つものがあります。では実際の文章をご覧ください。
 元の文章は、もっと長かったそうですが、紙数の関係で縮められたそうです。
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 お空に昇った「とら」(写真、雄)。その後どうしていますか。お別れしてから1年ですが、おっちゃんは「とら」のことが頭を離れません。.
 「とら」を初めて見たのは、近所の猫さんが何匹かの子猫を連れてわが家の前を通った檻のこと。子猫の一匹(原文では一頭です)を見て、あの子可愛いな欲しいなと、それまで猫を飼ったことがないおっちゃんが心底思ったのでした。
 わが家に来た日に、おっちゃん手を思い切り噛んだとら。いきなり知らない家に連れてこられ、怒ったのか、一日中押し入れに入った「とら」。気性が激しく、敵対する猫には徹底的に攻撃する「とら」。そんな「とら」をしかしいとおしく思うのでした。
 「とら」と独り者のおっちゃんが暮らす日々は、葛藤と矛盾だらけの職場とは違い、幸せに満ちたものでした。業務を終え、帰宅するのが待ち遠しいほどだったのは知っていたのかな。
 帰宅すると、玄関で必ずお出迎えしてくれ、思わず笑みが漏れたものでした。
 何度かあったね。2階の窓からいつ帰るか、と外を眺めていた「とら」と窓を見上げたおっちゃんの目が合ったことか。
 人と違い、猫が老いるのは早いよね。知らないうちに「とら」は年老い、腎臓が悪くなったのですた。でも、19歳の長寿表彰まで受けたのだから20歳も夢ではない、とおっちゃんは思っていました。1年以上、毎日自宅で輸液を入れながら一生懸命頑張ったよね。
 お別れのその日までお薬とミルクを飲んでくれて、19年と5カ月を懸命に生きた「とら」。お別れの時には抱きしめたおっちゃんの目を見つめたまま空に昇った「とら」。
 しばらくの間、おっちゃんはどうしているのかな、とお空から見ていてね。大好きな、大好きな「とら」。
追記12月22日 追記
 同じ文章がAERA.comにも掲載されました。
コメントで、元の原稿を見せていただきました。枠の関係でかなり減っています。また原文では1頭というのを一匹と直されたたそうです。意識的に頭としたのに単なる間違いとして替えられたみたいです。
 
( 以下は2017年1月に書かれたブログです)
熊王信之氏の科学的・合理的な考え方
「ちきゅう座」の2017年1月9日の熊王信之氏(筆者のブログに、よくコメントしていただく、とら猫イーチ氏)ブログに、「この世の成り立ちを見る基盤」という文章があります。
・ 2018年8月、追記:現在は「イチロウ」のお名前で出されています。
 ちきゅう座  http://www.chikyuza.net/ 
熊王氏の文章の概略を以下に書きますが、よろしければぜひ直接お読みください。
 暦は新しい年を迎えて、世間では正月を祝う人々で、各地の神社はあふれたそうです。
他人事のように書きましたが、世に言われるところの正月を祝うことはないからです。亡父が口癖のように言っていた 一休の「正月は、冥土の旅の一里塚めでたくもあり、めでたくもなし」ということで、また、神社に詣でるのがあほらしいからです。そしてあらゆる宗教を信じないからです。
 この世に生を受けた定めに従わなければならない平等原理の下に運命を知るからで、他にさしたる由来はありません。宗教を信じないのに何かを拝むのは馬鹿らしいと思ったからです。
 神社に比べれば寺のたたずまいがまだましのように思える。いにしえ回帰で靖国神社に詣でる政治家は本当に信仰するというよりただ宗教を利用しているとしか感じられない。
 神や仏が存在するかということだが、神や仏が存在するならお目にかかりたいものだ。いるなら愛猫を奪った罪で死罪を宣告してやる。
 視点を海外に転じれば、今や世界は宗教戦争の渦中にあるようです。各国とも今でも宗教的権威により、民衆を支配している様がうかがえる。
"The Grand Design"、においてイギリスの物理学者、ホーキング氏は「神は存在しない」と言っている。(2011年)「天国も死後の世界もない」-死ねば、人間は、脳が壊れた時には、部品が壊れて機能を止めたコンピューターのようなのものだ。死を恐れるのは、闇を恐れる人間のおとぎ話だ。。(ちきゅう座の直接のサイトではつながります)
 亡母は真宗本願寺派で、学校は真宗大谷派の学校でしたが、東も西も大した違いはないと言っていました。なんぼ拝んでも死んだら終わりやと言っていました。
 熊王氏の子供時代、妖怪や幽霊を恐れなかった。亡父は便所に妖怪が出ると話した。当時の家は農家で便所まで遠くて暗かった。怖くても便所に行った。亡父は幽霊などを恐れぬ子と思ったろう。こういうことに疑問を持つ端緒となった。
小学生の時お寺や墓地が平気で、彼岸花をとりに行ったりして墓地へ行きよく遊んだ。
 あるとき人魂を母や妹は見たといった。一緒にいた自分は見られず残念に思っていた。何とか見たいと思った。小学校高学年の時、そういうものを見ようとして夜抜け出して墓地や神社などにいったが、一度も見られなかった。
 そして人魂を、作ろうとして、脱脂綿にアルコールをしみこませ、棒の先につるして、母や妹を驚かした。父にひどく怒られた。
 本当はどうなのかを調べてみようとするのが自身のこの世を成り立ちを見る基盤です。
 熊王氏の科学的な信念の基盤はお父さんやお母さんから引き継ぎ、本人のとことん追求しようとする態度によって形成されたものですね。
熊王信之氏は愛猫「とら」ちゃんの病気と10月3日に亡くなる前後に、記事の減少がありましたが、アメリカの大統領選挙が始まり、大統領選挙のいろいろな考察が続き、11月には13の記事を「ちきゅう座」に書かれました。最近の記事では、トランプ氏のこと、安倍首相のこと、戦争のこと、そしてこの記事のようにと、多面的に書いておられます。参考になることも多いと思いますので是非直接お読みください。
最近の記事
2017,1・13 「トランプさん L・L・ビーン氏をご推薦」
2017,1・9 「この世の成り立ちを観る基盤」
2016、12・29 「この国はもう一度「今は無き掩体壕」を子どもに見せるのか」
2016、12・21 「疫病神の機体(未亡人製造機)-オスプレイ」
2016,12,2 「自衛隊が実際に駆けつけ警護に出動した時に何が生じるか」 
2016、11,27 「アベ化した頭で複雑怪奇なる新情勢に戸惑う」
2016,11・13 「トランプ次期大統領新政権発足初日にTPP廃棄を指示」
2016  11,23 「反トランプ氏言説の依って来るところは何か」
2016、11、21「南スーダンの紛争地を祭壇に見立て、自衛隊員が人身御供に、憲法改正を
         狙うアベ政権」
在りし日の「とら」ちゃん
 熊王氏から、「とら」ちゃんの写真を送っていただきました。
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在りし日の「とら」ちゃんの雄姿 ・ 追記:キリリとして、ヤマネコの威厳がありますね。
詳しくは下記の記事をご覧ください。
2016、10,18 「長寿動物表彰を受けた「とら」の最後」
       腎臓病と戦い 19年5か月の長寿を全うしました。
2015,10,4 「長寿動物表彰を受けた「とら」」
 「とら」ちゃんの画像を送っていただきました。なかなか堂々とした立派な姿ですね。
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タワーで遊ぶ「とら」ちゃん
 
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「とら」ちゃんを慕って集まるねこたち。「とら」ちゃんは 、オス猫ですが、母親のように、よく面倒を見、子供たちも、慕っていたそうです。
◎   直接画像を取り込めず、携帯でパソコン画面を映しそれから取り込んだのであまりきれいな画面ではありません。でも素晴らしい姿はわかると思います。 
2017年3月23日とらちゃんの追加の文章と画面を掲載させていただきます
とらちゃんは特別の能力を持っていました。
二階にとらちゃんの一緒にいたとき玄関先に5,6頭の猫がいました。
とらちゃんはいわば空を飛び、1階の玄関のところに飛び降り、猫パンチでたちまち猫を追い払いました。
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猫タワーで遊ぶとらちゃん
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声をかけると必ず振り返るとらちゃん
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夕食をたべるとらちゃん
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ネコベッドでやすむとらちゃん
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動画で送っていただいた、とらちゃんの画像。眠いのを我慢してポーズをとる、とらちゃんです。ガラケーで、パソコン画面をとっているのできれいにうつりませんが。
◎ サイトちきゅう座とは、「今の世界の日本はきわめて危うい方向に進んでいるという認識の下に、それぞれの分野の専門家や実践家の眼を通じたたしかな情報、問題の本質に迫る分析などを提供し、また共同の討議の場を作ることを志しています」
と書いてあります。
 4月1日、新しいブログを立ち上げるかもしれないとのご連絡をいただきました。ちきゅう座のブログではいろいろ自由が利かないことがあるかもしれませんが、他のところでは自由に書けるかもしれません。
熊王氏の考え方と筆者は科学的・合理性を目指す点で同じ
 ブログ筆者の場合も、熊王氏と全く同じようです。祖母と父は神仏に対しては、素朴唯物論的な考え方でした。祖母は迷信を信じず、また父は八百万の神なんかあてにならない、日本全体で戦勝を祈っても、戦争で負けてしまったとではないかと。7年も戦争に行った父の実感でしょう。
 後漢の唯物論哲学者、王充の「論衡」に筆者は心酔していますが、幽霊はいるのかいないかについて面白いことを書いています。死んで幽霊(鬼=キ)となったら、たくさんの人が死んで周り中幽霊だらけのはずだ、ぼーっとしてしかしはっきり見た者はいない。見間違いが多いのだ。また幽霊として出てくるとしたら、無機物の着物も一緒に出てくるのはおかしい、とか。
 筆者は様々な、非科学的な考えを追求する学会、「ジャパン・スケティプクス」にも入っています。「こういちの人間学ブログ」でも、いろいろな非科学的な考え方を批判しています。
 また靖国神社をはじめとして、神社が、日本会議や神道政治連盟を通して、昔の日本へと回帰することのお先棒を担いでいるのは日本の将来を暗くするものです。
 それでも、おみくじ収集のマニアとして、お寺や神社へ行っておみくじを集めているのですが。
 人魂や幽霊は恐ろしくて、びくびくしていると、何かを見間違えてそのように見えてしまうことがあるようです。また大槻教授によれば人魂現象は電磁波の働きで起きるようです。私も子供時代火の玉がのような発光体が電信柱の上のほうに上るのを見たことがあります。私もそれは幽霊などと思わず物理現象と思っていました。
 地球温暖化についての、「人為的二酸化地球炭素温暖化説」に対しての否定的見解も熊王氏と筆者は同じです。トランプ氏の考え方でおかしいなと思うことはありますが、「人為的二酸化炭素地球温暖化説」の否定ということについては全く同感です。
 筆者に比べ、英語について、すらすらと読み理解されるという点において、格段に優れておられます。いろいろ、英文の資料をはじめとしていろいろなことについて、教えていただくことは大変助かっています。ありがとうございます。
追記 「とら」ちゃんに比べるとうちの黒猫「くろべえ」はひどい顔を しています。お部屋を使ってもらっている方の猫にすっかりなっています。布団にもぐりこんだまま出てこないところを写真にとられています。年賀状に使われています。
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・・・ 2018年8月7日追記 よく私のブログに貴重なコメントをいただいている,イチロウさんから、愛猫「とらちゃん」のことをたくさんコメントいただきました。「とらちゃん」は威厳があり、家猫の祖先の山猫と同じように堂々としています。それに比べて家で飼っていた猫たちはダラダラして、ちょうど今泉忠明さんの書いた「飼いネコのひみつ」の表紙に描かれた漫画にそっくりなので、追記して更新しました。 ・ 『飼い猫のひみつ』 今泉忠明 イースト新書 2017年9月20日 800円プラス税 ・ 人と暮らすようになった本当の理由とは!? 砂漠を生きる野生のヤマネコが炬燵で丸くなるまでの1万年 なかなか面白い本です。 ・ 180807_084901 ・・・・ 表紙に漫画がでています。キリッとしたリビアヤマネコとだらだらしたいえねこと対比されています。 これが、きりっとした「とらちゃん」とだらだらした、うちの「くろねこくろべえ」とちょうど対比されて面白いな、と思いました。 ・ 180807_085001 ・・・・ 口絵に写されたヤマネコ、ヨーロッパヤマネコとリビアヤマネコの写真が載っています。

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宗教と死」カテゴリの記事

コメント

イチロウ様

このブログでは、つながらないのですが、直接のメールではつながりました。ボブという名のねこ長い時間記録されています。

不思議なことに、ボブも。とら猫、とらちゃんももちろんとら猫、野生の山猫もとら猫、なんかとら猫は優れたところを持った猫が多いのでしょうか。

こういち 様

早速、人間学からの猫と人間との関わりにおける考察の視角について、わざわざ再度掲記して頂きまして有難うございます。

私は、ただただ、愛猫の生前には、暮らしの日々を満喫し、一昨年以来は別れを悲しむのみですのに、こういち様は、愛猫家のみならず、猫との関わりを人間学の視角から考察されてもおられるのですから、「学」に対する姿勢を教示していただく思いが致します。

人間と猫との関わりを教えてくれる書物も多数が出版されていまして、前にコメント致しましたイギリスの「ボブ」(Bob)と言う名の野良猫と街頭音楽家(street musician)との心温まる交流から人生の再生については、映画にまでなりました。

その最初の書は、「ボブと言う名の野良猫」(A Street Cat Named Bob)ですが、その他にも数点がありますし、何よりも英米のマスコミが多くの報道をしました。 下は、その一例です。

A Street Cat Named Bob - short documentary
https://www.youtube.com/watch?v=MePaWG7g5FA

猫と人間との関わりは、夫々の個性にも依るでしょうが、その絆が強ければ、殆ど家族としての関わりが出来るかのように思われます。 その事例が強烈であれば、マスコミも放置出来ず世界的に報道もされます。

例えば、アメリカで2014年にあった事例では、隣家の犬に噛みつかれた幼児を猫が体当たりして救った例があります。 自らの命を捨てるかのように犬に体当たりする猫には、驚かされました。

Hero House Cat Saves Boy From Dog Attack - Today Show - May 15 2014
https://www.youtube.com/watch?v=Dw9AwaJaVGU

我が家の愛猫「とら」は、それ程のことをした訳ではありませんが、もし仮に、「とら」が居なければ、自分がどうなっていたか、と振り返りますと、亡母の亡くなった悲しみから自身の日々が荒んだかも知れませんし、何よりも一人暮らしの侘しさと孤独感に苛まれて生活が荒んだかも知れず、人に依れば、「疑似家族」とも呼ばれるでしょうが、家族としての存在にまでなった猫として「とら」が我が家に居てくれたことに感謝をしなければならない、と信じています。 「家族」としての存在感のある猫であった、と言うことですが、それには、やはり、知能が優れ、また、感受性等の感性が豊かであった猫、との思いがしております。 

当時、或る日のことでしたが、帰宅の折に、ふと二階の窓を見上げますと、「とら」が私を見つけたのか、目と目とが合いました。 その瞬間には身を翻して窓辺から消え、玄関のドアを開けますと、其処には、「とら」が座っていたことが何度かありました。 

今、その姿が瞼に浮かび涙が出ます。

イチロウ様

一般的には牛、馬、羊などは、頭で数え、犬猫は匹で数えますよね。
 「とらちゃん」に敬意を表するために頭にしたのに、直されてしまいましたね。
 ブログではその辺を赤で協調しました。

こういち 様

蛇足ですが、私は、動物を数えるのに用いる漢字の「匹」は、猫を数える場合には用いません。 

当該記事にあります「匹」は、編集部が原稿にある「頭」を訂正されたのでしょう。

漢字の「匹」は、「匹夫の勇」等と見下す場合に用いられますので、猫を人よりも下等のものと見下しているように思われ、私は、絶対に用いません。 

こういち 様

AERA.dot の「犬ばか猫ばかペットばか」の欄に掲載されましたのでお知らせいたします。

https://dot.asahi.com/column/inuneko/2017121800061.html?page=1

イチロウ様

 「とらちゃん」のように素晴らしいなねこちゃんはほとんどいないと思います。でも立派過ぎて、何とも言えないほどかわいい猫は、別れもなんとも言えないでしょうね。

 この夏に白キジトラのオス猫を救われたそうですが頭が下がります。有料の保護団体に預けられているそうですが、本当にネコちゃんが好きなのですね。

 我が家の黒猫にはもう4年あっていません。今住んでいるところは動物を飼えないのです。部屋を借りてもらって猫の世話を頼んでいます。その代り家賃はうんと安くしています。

こういち 様

私の最愛の猫「とら」のことに御論稿の一部を割いて紹介していただきまして、誠に有難うございます。 こういち様も愛猫家で居られる故のことと感謝いたしております。

哀しいことに、「とら」と別れてから後、二番目の飼い猫が腎臓を悪くしまして、現在は、投薬と療法食で過ごしております。 処が、三番目と四番目の保護した猫が次々と他界してしまいました。 未だ、高齢にもなっていない中に、「とら」の後を追うように亡くなりました。

もっとも、我が家では無く、保護団体に託しておりましたのですが、我が家で過ごすようには出来ず、なかでも、二頭ともが「とら」に懐いていましたので、寂しかったのか、とも思います。 後を追うように亡くなるとは考えもせずに、「とら」の世話をするのに何頭もが我が家に居ますと手がかかりますので、手放したのでした。

最愛の「とら」が居るのに、何故、多数の猫を育て、多頭飼いをしていたのか、と申しますと、「とら」と別れると、きっと自分の精神状態が落ち込みますので、その予備、と申しますか、「とら」の代わりを無意識で探していた、と思います。

それが証拠に、この夏には、眼を病み、疥癬に犯され、回虫が御腹に居た仔猫を拾い、育て上げました。 「とら」のように気性が激しく、可愛い白キジトラの男の仔です。 しかし、私の年齢と健康状態では、終生飼養は難しいために、保護団体に託すことにしました。 有料制ですが、その価値がある可愛くて、賢い仔猫です。 

それもこれも、すべて猫馬鹿ゆえ、なのでしょう。

とら猫イーチ様

 「とら」ちゃんは、コメントにある通り、「ハンサム」=顔の輪郭が野生のように、厳しいということですが、たしかにそうですね、この前新聞に出ていた、ツシマヤマネコを思い起こさせます。いろいろな動物をとらえて持って帰るそうですが、野生に近いのですね。
 それで、野生が強いのに「看病」してくれて、思いやりがある。これでは、かわいくてしょうがなくなりますね。
 うちの駄猫は全然ダメです。3匹のうち2匹は亡くなりましたが。残った1匹の黒猫にも病気以後あっていません。ひどい顔をしていますが。
 

こういち 様

拙い私如き者の駄文を御紹介頂くのみならず、愛猫の遺影までも御掲載頂きまして感謝致します。

「とら」の写真は、相当数がありまして、十数年前よりの分は、未だ、デジカメ等が未発達のため、現像済フィルムのままでした。 其処で、富士フィルムのサービスに依頼し、一括してDVD化して頂きましてPCに取り入れました。

写真の枚数は、ネガの分も合わせて相当数にあるのですが、なかなか「とら」らしい一枚が無くて、自分の撮影技術の拙さを思い知らされた処です。

猫好きでない人には、単なる無駄話なのですが、獣医さんに依りますと、「とら」はなかなかに「ハンサム」とのことですし、確かに、一般の猫よりも知能が高く、運動能力も高い、とのことで、それは、飼い主の買い被りでは無いようです。

確かに、キジトラの猫は、北アフリカに発した原種の猫科の動物ですので、運動能力等は、人間が勝手に「品種改良」した「ペット」よりも野生に近いので首肯出来得ると思います。

「ハンサム」とは、顔の輪郭が野生のように厳しいからでしょう。 確かに野生の趣きがあります。 戸外に出た折には、短時間の間に、野鳩、鼠、各種の爬虫類等を捕えて戻りました。 それも、獣医さんの厳しい忠告を受けて完全室内飼いにしてからは、玩具になりましたが。 

「とら」の思い出では、私が重いインフルエンザに罹った折に、寝て居る私を一日中、「看病」してくれたことです。 寝て居て眼を覚ます度に枕元に居て、起きる度に私の額を舐めて呉れました。 猫なりに熱がある、と感じたのでしょうか。 不覚にも涙が出ました。

 コメントありがとうございます。

 お母さんが本願寺派の門徒でいらしたとのことですよね。うちは浄土真宗大谷派です。浄土真宗はほかの宗派に比べると、お葬式についてなど科学的合理的ですね。よくお葬式の時、けがれを避けるために塩の袋を配りますが、成仏したはずの人をけがれているからということで塩で清めるということはおかしいと。ともかくいろいろな迷信的なものが多いです。

 それから、とら猫イーチさんの科学性、合理性はお母さんの影響と書きましたが、お父さんも大きな影響を与えられていて、文章に付け加えました。

 小学生の時に祖母の方について行って、似非宗教のインチキさを見抜いたというのはすごいですね。小学生の時からのすごい能力があったのですね。
 まあ小学生にインチキを見抜かれる似非宗教もちょっとお粗末といえますが、世の中にはだまされる人も多いのです。

こういち 様

拙稿を、多分に、贔屓目に読んで頂いて恐縮致します。 何もしないと愛猫のことを思い泣いてしまいますので、何かに没頭しているのみですのに。

拙稿に引き換え、貴論稿には、読ませて頂く度に様々な閃きを感じております。 今回は、自分では気づいていないことに改めて御示しを頂きました。

それは、矢張り、自身の心構えが両親の影響を強く受けて居た、と言うことです。 今まであまり意識しておりませんでしたが、貴稿を読むうちに認識しました。

亡母は、本願寺の門徒でありましたが、それは、私と同じ「習俗」であったのでしょうし、亡父は、こういち様の御尊父と同じく、従軍し比島攻略戦で突撃時に負傷した経歴がありますが、その影響でしょうか、死ねば終わり、と口癖のように言っていました。

亡父は、宗教と言うものは、迷信に近いと思っていたようで、祖母が或る似非宗教に騙されている事実を知ると、当該の宗教施設に近づくことを禁じたりしました。 尤も、その事実を亡父に知らせたのは、祖母のお供をして当該似非宗教の祭事に参加した際にインチキを見破った私でした。 当時は、未だ小学生でしたが、一学童に見破られる似非宗教とは、本当に安っぽくて未だに笑います。

でも、そのインチキ宗教に今でも騙される人が居るのですから、この国の政治家が、国民を騙すのが簡単なのは確かです。

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