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2019年2月

2019年2月28日 (木)

人間学6月例会で「寿命100歳時代の明と暗」2017年の人口減、追記版、韓国出生率1以下。日本、外国人最多249万人

追 記 「韓国出生率 初の『1』割れ」「世界最低水準 若者の経済不安背景」              

2018年6月に書いたブログですが、2019年2月28日、追記して更新しました。

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日本経済新聞の2019年2月28日(水)の朝刊で、上記の見出しの記事が載りました。

韓国統計庁は、2018年に同国で生まれた子供の数(出生数)前年より3万人余り少ない役32万7千人で,過去最少だったと発表した。1人の女性が生涯に産む子どもの数にあたる合計特殊出生率は0,98と、データがある1970年以来初めて1を割り込んだ。少子化が進む日本よりも急速に出生率が減少しており、世界でも最低水準となった。

1980年に2,82だった韓国の出生率は90年に1,57と日本と並ぶ水準に低下した。00年から15年の間は1,2前後だったが、17年に1,05に急減した。

背景には若者の経済不安がある。韓国では10年ごろから「恋愛、結婚、出産」をあきらめる「3放世代」という言葉が使われ始めた。財閥系の大企業と中小企業の待遇差や、不安定な労働市場に不安が広がったためだ。経済的事情から、子どもを持つことに慎重な家庭が多いとみられる。

加えて、韓国統計庁の担当者は「未婚女性の増加」を理由に挙げる。30~34歳の女性の未婚率は、00年の10・7%から15年は37・5%に上昇した。優秀な成績で大企業に入社した女性の中に、結婚よりキャリアアップを優先する意識が強まった。~産休をとると昇進が送れる企業文化があるとの指摘もある。

日本の17年の出生率は1・43。アジアでは台湾が10年に出生率が1を割ったことがあるが、子育て世代の支援を強化したことで現在はやや回復した。米国は17年に30年ぶりの水準に落ち込んだが、1・76にとどまった。

◎韓国は巨大財閥が国を支配するという度合いが、日本よりさらに進んでいます。人々の生活優先でなく、あからさまに大財閥優先の政治です。そして、国民の不満のはけ口を日本への敵対という方向などに出させています。

日本でも人々の不満を外国、特に北朝鮮や韓国などに向けたい人たちがいます。北朝鮮がアメリカと国交を結び、友好関係を深めると、憲法を変え、自衛隊を正式な強力な軍隊と変えたい、安倍内閣は困るのです。北朝鮮の脅威が減れば強力な軍備に多くのお金を使う必要がなくなるですはずですが。

日本が韓国のようになるのか、北欧のような国民の暮らし優先の国に変えるかは、国民の選択にゆだねられているのですが、政治に興味を持たない人々が多いのが困りものです。

人間学研究所141回、実用的人間学101回合同例会を開催しました


レジメ、講演の内容

はじめに・ 
1、寿命100歳時代の世の中
2、今の世の中の変化、独占と集中が進む
3,100歳時代の様々な健康法の氾濫
4、おすすめ健康法
5、寿命100歳時代の暗い未来
6、人口減少の年表を見据えた「戦後日本の人口の減少の年表」
まとめ
参考書、「こういちの人間学ブログ」の記事、人間学研究所での過去のお話

開催日: 2018年6月28日(木)午後6時から8時まで

テーマ及び配布資料
「寿命100歳時代の明と暗」

講師: 佐竹幸一
    人間学研究所、専務理事、実用的人間学研究会会長

開催場所:西戸山タワーホームズ集会室

参加者10名

講演後、今後の会について、佐竹幸一がご提案により

人間学研究所の所長を岩田好弘氏とする
柴田義松氏は名誉所長とし、小原秀雄氏は名誉顧問とする
例会会場は西戸山タワーホームズ北棟集会室とする
などが決まりました。

例会終了後希望者で、懇親会へ行きました。

◎ お話のポイントは、

日本人の寿命がどんどん延びてゆくのは大変おめでたいことではあるが、日本の場合、少子化が進み、遠くない将来日本人が絶滅するとかの未来も語られています。政府は2017年安倍首相のもとに「人生100年時代構想会議」を開き頻繁に対策会議を重ねています。急速な少子高齢化が進み、日本の働き手がいなくなってしまうのをどうするか、という対策です。政府の対策は、小中高の教育費の無償化などと、外国人労働者の導入、定年を延長し80歳ぐらいまで働いてもらうということです。またAIなども導入してロボット化ていこうとしています。しかし根本的に人口を増やす対策のほうは全く不十分です。

フランスでは一時落ち込んだ合計特殊出生率を、思い切った子供を増やす政策により2、0に戻しました。しかし最近のフランス政府は予算を削り又率は低下してきました。要は国の政策次第です。日本の政策はあくまでも大企業のためにどう労働者を確保するかが最大関心事です。ですから平然と2100年ごろには日本人が絶滅するような予測図を国の研究所や内閣府などが平然と出してくるのです。

レジメでは2ページ半に及ぶ年表で戦後の日本の人口にまつわる出来事を書き、、日本人が3000年には2000人となり絶滅寸前になるとの予想年表を書きました。

この話をするために、新書版を中心に新しく出た関連書物を20数冊購入しましたが、その内容の概略も、紹介しました。

追記 ブログを読み直しましたら、たくさんの誤字脱字がありました。修正しましたがまだ不十分かもしれません。
良く読み直さないで、ブログの記事を出してしまい、申し訳ありませんでした。

「寿命100歳時代の明と暗」資料12ページのうち1ページ
 (ファイルはうまく保存できませんでした)

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12ページの図表 切り張りの原板

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参考書の1部を紹介します

「未来の呪縛」日本は人口減から脱出できるのか 河合雅司 中公新書ラクレ2018年4月
「未来の年表」人口減少でこれから起きること 河合雅司 講談社現代新書 2017年6月
        46万部のベストセラー
「未来の年表2」人口減少日本であなたに起きること 河合雅司 講談社現代新書2018年5月

「日本の国難」 中原圭介 講談社現代新書 2018年4月

「フランスはどう少子化を克服したか」 高崎順子 新潮選書 2016年10月

「縮小ニッポンの衝撃」 NHK取材班 講談社現代新書 2017年7月

「ルポ 老人地獄」朝日新聞経済部 経済部 文春新書 2015年6月

「下流老人」1億総老後崩壊の衝撃 藤田孝典 朝日新書 2015年6月

「健康格差」あなたの寿命は社会が決める NHKスペシャル取材班
               講談社現代新書   2017年11月

参考ブログ「こういちの人間学ブログ」

NHKスペシャル「縮小日本の衝撃」~    2018年6月

「迫る人生100年時代の生き方」 BSフジ プライムニュースで
                           2018年6月

2018年7月12日追記

日経新聞1面に。「人口減最大37万人、9年連続減、生産人口6割切る」

7月12日の1面にこのような記事が載りました。

総務省が11日発表した住民基本に基づく2018年1月1日時点の人口動態調査で、9年連続で減った。前年から37万4055人減り減少額は1968年の調査開始以来最大。15から64歳の生産年齢人口は初めて全体の6割を切った。外国人人口は過去最多の249万7656にんで前年比7,5%増えた。

人口が増えたのは東京、埼玉、千葉、神奈川の4都県と愛知、沖縄の計6都県だけだった。

出生数は94万8396人で8,79年の調査開始以来最小、。死亡者数は134万774人で過去最多だった。自然減は11年連続でその幅は39万2378人で過去最大となった。

3面にはトップ記事で

外国人最多249万人
東京では20代の1割に、働き手、高まる存在感

新宿区には4万人超の外国人が暮らす

新宿区で20歳代の日本人は5年前に比べ7%減ったが、外国人は48%増えた。20歳に限ると外国人の割合は4割を超える。JR新宿駅近くのコンビニエンスストアで働く中国人女性(31)は「私がシフトを外れると店が回らないと話す」
日精基礎研究所の鈴木智也氏は「小売りなどの人手不足の業界は外国人労働力で成り立っている」と指摘する。全国のセブン-イレブン・ジャパンで働く外国人は全従業員の7%に当たる約3万5千人にのぼる。

人口に占める外国人比率
               外国人住民 外国人比率
1、北海道占冠村    329人     22,7%
2、大阪市生野区   27773人    21,8%
3、群馬県大泉町    7585人    18,1%
4、北海道赤井川村   160人     12,7%
5、東京都新宿区   42428人    12,4%
6、大阪市浪早区     8280人    12,4%
7、横浜市中区     16440人    10,9%

10、東京都豊島区  28010人    10,1%

厚生労働省によれば、日本で働く外国人は17年10月末時点で約128万人。中国人が全体の3割を占めるが、ベトナムや、ネパールから来た人も急増している。
OECDの調査によると、16年の海外からの一時労働者の流入者は約20万人で、英国やカナダを上回る。政府は単純労働者を受け入れない立場を続けてきたが、若い世代を中心に留学生や技能実習生という形で流入しているのが実情だ。

参考までに2018年7月1日の新宿区の外国人の数は7月1日で42923人

町単位では第1位 大久保2丁目  3244人
         2位 大久保1丁目  2226人
         3位 百人町2丁目  2124人
  いかに大久保、百人町地域に多いかわかります。 

2019年2月19日 (火)

新宿高島屋の中華、隨園別館へ行ってきました。いろいろなオリジナル料理があります。タカシマヤ・レストランガイドも。

2019年2月19日に新宿高島屋14階の中華料理、隨園別館へ行ってきました。

隨園別館は新宿で創業から50年ぐらいたった北京料理のお店で、新宿2丁目の本店のほうに、すでに筆者も行ったことがあります。隨園別館となっていますが新宿のお店(本店)も別館となっています。今では、)東京に5店あります。

新宿高島屋タイムズスクエア店は、食べログで3,58と比較的高い点数となっています。

03-5361-2088

◎新宿高島屋タイムズスクエアのレストランガイド

13,14,15階のレストラン・喫茶店は全部で36店になります。そのうち、3店は喫茶店です。そのうちすでに行ったレストランは23店です。牛タンの店ねぎしはほかの店で行きました。2,3度行ったお店もあります。行った比率は33分の24で73%になります。他のお店は、てんぷら、とんかつ、すしなど既に行ったお店と似たお店になります。残ったかわった お店はクレープのお店とベトナム料理のお店ぐらいになりました。

お店には、テラス席があるお店8店。景色の見えるお店11店、個室があるお店5店、喫茶利用できるお店14店があります。

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タカシマヤ タイムズスクエア レストランガイドの表紙

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上図、1,2ページの14Fの12店の案内。12店のうち和食うどんの店とてんぷらの店はほかの店で行きました。

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上図、5,6ページ

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上図、3,4ページ

下図、12,13,14F、フロアマップ

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和食15店、洋食10店、中華・エスニック8店、喫茶3店です。

和  食 

うなぎ1店、京料理1店、すき焼き1店、水炊き1店、すし2店、てんぷら2店、とんかつ2店、牛タン1店、そば店1店、肉料理1店。

洋  食

ベルギービールレストラン、洋食・カレー、欧風料理、ガレット料理、イタリアン、、カフェ、ダイナー、スペイン料理、ニンニク料理、チーズダイニング、、ハワイアンダイニング。

中華・エスニック

中国家庭料理、北京料理、焼き肉、インド料理、ベトナム料理、韓国料理、点心料理、タイ料理

お客さんには、中国人の旅行客が大変多いように感じます。新宿駅とつながっていて、店数も多いので、旅行客にはいいように感じます。

随園別館の入口

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ランチセット 1300円から1500円 品数は大変多いです。  

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蔬菜 のメニュー

一番上の写真が注文した合菜載帽(五目炒め卵焼きかけ)

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飯類  1番上の写真が注文した、随園風スープ炒飯

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飲茶 3番目の 上海小籠包を頼みました。

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コースメニュー 随園コース 5000円 北京ダックが付きます。

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注文したスパークリング日本酒 澪(みお) 680円

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全面ガラスでいい景色のはず  天気が悪く残念

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お店を代表するようなオリジナルメニューのものを頼みました。

合菜蔡瑁 上に卵がかかっています 右下は薄皮 甘味噌とねぎ

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随園炒飯 (随園風スープ炒飯) 随園独特のもの

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薄皮に北京ダックの代わりに野菜炒めを入れた感じです。

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随園風スープ炒飯を茶碗に入れ スープを入れたところ

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上海小籠包

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◎2人で分けて食べましたが、おなかがいっぱいでした。

また来てみます

随園風スープ炒飯      1800円

合菜蔡瑁 野菜五目炒め  1400円

薄皮                200円

ショウロンポウ          800円

黒烏龍茶             500円

日本酒               680円    

         小計      5380円

         外税       430円

         合計      5810円

 

2019年2月17日 (日)

筆者が設立にかかわった、総合人間学会を,2019年、やめるに至る経緯について

「こういちの人間学ブログ」もアクセス累計が、2019年2月17日に170万になります。記事数も今年2月に1000件となり(2月17日1005件)、コメントも1200となり、(1212)ちょうど区切りの時といえます。
カテゴリーは27で、、大きく、1基礎人間学、2、応用人間学、3、近況、とに、分けられます。基礎人間学は、人間とは何か、人間学とは何か、自然と歴史、地球温暖化論批判・・などについてです。応用人間学とは、人生論、経営人間学、健康法、顔の人間学、政治と社会、原発問題、そして、大久保の街やレストラン紹介など、人間に関して、幅広く書いてきました。近況では、人間学研究所の例会、近況などです。
「こういちの人間学ブログ」では筆者オリジナルというものもあります。一つは、人間学における「実用的人間学」という立場の主張です。他に唾液健康法や、独特な科学的人相術やらがあります。多国籍の大久保の街紹介、というのもオリジナルです。
さて、カテゴリーの説明を書こうとしたら、下記のテーマが長くなり、その文章専門に書くことにしました。
筆者が設立にかかわった総合人間学会をやめるまでの経緯について
2019年3月発行予定の「人間学研究所年誌2018」NO16には、筆者はエッセイとして、「柴田義松先生の思い出と、人間学研究所のこれから」8ページを書きました。
その中で、柴田先生や筆者らは2006年、総合人間学研究会から総合人間学会を立ち上げましたが筆者と総合人間学会の執行部との関係がうまくいきませんでした。そして筆者は早々に総合人間学会の役員をやめました。総合人間学会の主導権は初代会長小林直樹氏と2代目会長小原秀雄氏とそのお弟子さんたちで握っていきました。その一端を人間「人間学所年誌」では書きました。
運営委員、理事を辞めた後、その後2012年に筆者はおそらく柴田先生の推薦で理事会の監査役になりました。総合人間学会の総会で筆者が発表した内容、「人間学研究会、人間学研究所の歴史と実用的人間学」は、他のすべての人の発表が終わった後、の単独で開かれ多くの学会員が集まりました。反響はよく、たくさん持参した人間学研究所の年誌は売り切れ、あらたに人間学研究所の会員になった人も何人かいました。
それから総合人間学会の学会誌に当日配布した資料を基に掲載希望と出しましたが、2名の査読者に、頭から否定されました。具体的なのは、たとえば、文中で第1次、第2次、第3次人間学ブームがあった、という記述に、たいしてそんなことは聞いたことがないというのです。
人間学ブームについては、、2002年11月に発行された「人間学研究所年誌2002」NO2に、筆者が書いた「人間学をとりまく状況」という論文の中に「人間学ブームについて」という章があります。そこでは戦前の第1次人間学ブーム。それから1960年代の第2次人間学ブーム、第3次人間学ブームは1995年ころからで、人間学の名のついた本がたくさん出された。しかし日本が不景気になるとともに、人間学の本は激減した。ブームは人間という表題の本の出版数のグラフでよくわかるのです。
哲学的人間学を批判する立場の筆者の論文は査読させている人達の意向で学会誌にけいさいさせなかったのでしょう。
また監査役を受ける時には、単に名誉職だけでなく、役員会に参加させてくださいと、言いましたが、結局一度も役員会に呼ばれませんでした。最後に事務局に行き会計監査はしましたが、それでは意味がないので二期目は断りました。
同じように木村廣子先生のお話でも、柴田先生は総合人間学会では相当嫌な思いをされてきたであろうと推察されました。本来総合人間学会は柴田先生が3代目の会長になるべきでした。しかしなれなかったのです。柴田先生は総合人間学会をやめたいと言ったが、顧問として会費を払わなくてよいから残ってほしいと言われたそうです。
・、
さて、筆者は各人間諸科学を総合的にみていき、研究しまた実践するための、”人間に関するゼネラリスト養成の必要性“を提唱しているのです。しかし、これは人間学研究会を共に立ち上げた第2代総合人間学会会長の小原秀雄氏と最後まで論争し対立したところです。人間に関するゼネラリスト、などというのは無理で、専門家(スペシャリスト)が共同研究して初めて可能だというのです。これらに関して、はるか昔、徹夜の論争をしたことがあります。
筆者は、まだ人間学が学問として成り立っていない頃から、人間学の必要性を主張していました。1963年に関東生物科学生懇談会の中の、分科会として「人間学」を立ち上げました。そして、1965年、筆者が卒業してからは当時著述業の小原秀雄氏も参加し民間の人間学研究会になりました。しかし1967年に解散しました。当時は人間学という学科はどこにもなく、大学の研究者になるより、経営者となり、人間学を支える立場になろうとしました。これは、第2サタケビルを建設した時、2階を人間学研究所の部屋とすることで実現しました。事務所を無料で提供することは大きなことなのです。
ずっと昔、女子栄養大学の教授として赴任された教育学の柴田義松氏は、動物学の小原秀雄氏と原始技術史の岩城正夫氏を招きました。人間学の総合ゼミを立ち上げました。
1985年に筆者に話があり、人間学研究会を立ち上げようというお話がありました。
この時は、柴田氏は東大教授、岩城氏は和光大学の教授になられていました。
 筆者は総合人間学会の前身、2002年設立の「総合人間学研究会」の事務局長であり、総合人間学会の事務局も第2サタケビル2階の人間学研究所にありました。総合人間学研究会時代は楽しい思い出ばかりです。年1回開催される関西研究会は京都旅行を兼ね楽しいものでした。岩城先生から研究会から学会となると利権争いみたいな形で嫌なものになると聞きました。
2006年に総合人間学会創立に伴い学文社から発行される「シリーズ総合人間学」に筆者の2つの論文を載せることになっていました。学文社のその1巻は小林直樹氏の編集のところに載せることになっていて、学文社の専務もほめてくれ、学文社の本の宣伝文にも筆者の名前が載っていました。ところが出版社から校正の連絡がありません。出版社に問い合わせたら、まだ原稿が届いていないというのです。もう締め切りに間に合わないというのです。
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筆者の資料を載せていただいた
「シリーズ総合人間学3巻」 「現代の危機と総合人間学」 柴田義松編
学文社 2006年11月 2000円+消費税
資料集「人間学と人間科学の現状」  佐竹幸一
この1巻にも掲載の予定でした。
筆者の原稿ではマックス・シェーラーらの哲学的人間学を批判していました。ところが初代人間学会会長の小林直樹氏の人間学ではマックス・シェーラーの哲学的人間学の立場に基づいたものでした。小林氏はどうして筆者がそんな考え方になるのか、小林氏の本をよく読めばそういうことにならないのにといいました。一応読みましたが考え方は変わりません。東大法学部の名誉教授からみて民間の何でもない筆者などが、批判をするなどとんでもないのでしょう。
小林氏と小原氏は、政治的な動きは一切、学会としてしないようにしようと申し合わせていました。そういう立場を表明した設立総会で小林氏は話し、総合人間学研究会員だった鎮目恭夫氏はそれに反対し、その後学会をやめられました。また人間学研究所の創立者の1人である岩城正夫氏も学会に入った草々、嫌なことがありやめられたそうです。その後筆者の尊敬するような素晴らしい人はどんどんやめていきました。
話はいささか飛びましたが、小林氏と小原氏との話し合いで、私の書いた論文を「シリーズ総合人間学」に掲載拒否することにしたのです。同時に書いた論文は柴田義松先生の担当の3巻に載せてもらいました。論文の間違いを指摘するのではなく、小林氏の親類が病気で取り紛れ、筆者の原稿を出版社に届けられなかったというのです。その経緯を現人間学研究所長もよく知っていて、学会役員をやめるということを理解していただきました。筆者はそれで総合人間学会の役員(運営委員、事務局次長)を降りた経緯があります。
この哲学的人間学的考えを持つ人は、一定の人たちがいて、役員の多くを占めていました。それにより唯物論的、反哲学的人間学の優れた方々も、次第に学会を離れていきました。
また、筆者の論文は拒否しながら、非科学的な記述があるからということで、「人間学研究所年誌」などには、掲載をお断りしていた人たちの論文が、総合人間学会の雑誌では掲載されているので、びっくりしました。
総合人間学会向けに書いて却下された内容は、そのまま「人間学研究所年誌2006」NO4,に「人間学ノート」として掲載してもらいました。この文章の基本「人間学研究所年誌2000」に書いた「人間学の概要」を基にしたものです。
参考 「人間学の概要」
はじめに
1、人間学とは何か、その歴史
1)人間学という名称
2)カントの人間学
3)実存主義的人間学・哲学的人間学
4)カレルの「人間この未知なるもの」
5)人間科学
6)唯物論と人間学
7)日本における人間学
8)経営人間学、人生人間学、その他
2、人間学と人間科学の現状
  以下略
その後、同じように総合人間学会で発表した内容を、総合人間学会の雑誌に掲載を申請したところ、査読により掲載を拒否されました。これも、そのまま、「人間学研究所年誌2012」NO10に、「人間学研究会、人間学研究所の歴史と実用的人間学」として、掲載してもらいました。ともかく総合人間学会に二度も拒否されたのです。
総合人間学会3人の創立者の一人、柴田義松前人間学研究所所長は、私の立場をよく理解して擁護していただきましたが、総合人間学会では少数派であり、(現在も人間学研究所員3人が理事になっていますが)2018年10月にお亡くなりになったので、筆者も、2018年総合人間学会をやめました。この辺りの経緯については、2019年3月発行の「人間学研究所年誌2018」NO16に書きました。
総合人間学会には2018年11月に退会の申し出をしました。そしてようやく2019年2月14日に退会を許可しますとの、メールが入りました。
以前、筆者は総合人間学会を批判めかした文を「人間学ニュース」に書いたことがあります。その文章を総合人間学会の役員の人に言いつけた人がいて(誰かはわかりますが)、誹謗するのはけしからんと、謝罪文を書けということで、筆者の代わりに柴田義松所長が「人間学ニュース」に謝罪文を書きました。今度も総合人間学会に残っていたら、謝罪文を書けとかいうところでしょうか。もう総合人間学会はやめましたので、関係ないはずですが。
参考
「こういちの人間学ブログ」 2014年9月7日
「総合人間学会の現状について 会長堀尾輝久氏に代わる 佐竹監事退任の顛末」
◎話に脈絡がなく、文章のまとまりがありません。お詫び申し上げます。

2019年2月16日 (土)

人間学研2月例会、倉田 眞氏「石牟礼道子さんをしのんで」、毎日記事でも

2019年2月15日、人間学研究所の2月例会で、当研究所研究員で、元毎日新聞西部本社の編集局長であった倉田 眞氏に「石牟礼道子さんをしのんで」と題して、お話をしていただきました。
お話の概要のプリントが」配られました。2019年3月に発行される、「人間学研究所年誌」2018にも、同じ内容の詳しい文章を書かれました。
「石牟礼道子さんをしのんで」
1、はじめに ~石牟礼の横顔とレポート概要
2、少女、教員生活、結婚、主婦時代
 1927年、天草に生まれる。その後水俣へ。はじめ代用教員をしていた。若くて生徒とあまり年が違わなかった。その後結婚し,姓が吉田から石牟礼になる。名前は気に入っていた。長男が生まれ、行商をしたり、和裁をしたりしながら、短い詩を書いたりしていた。
3、文学とのかかわり、水俣病と出会う
当時の水俣では猫の狂い病が奇病として問題になっていた。漁港の猫は魚を食べて真っ先に発病した。水俣は「チッソ」という肥料会社の企業城下町のようになっていた。一方海辺の漁師たちは漁業で生計を立てていた。そのうち、人間も患者が増えてきた。
熊本大学で患者を検診し原因を調べ、「チッソ」の出している廃液の中にある有機水銀のせいであると突き詰めた。
石牟礼道子は文学とかかわる中で水俣病とであった。
4、処女作「苦界浄土・わが水俣病」と登場人物
石牟礼道子はその状況を「海と空の間に」という小説に書いた。その後「苦界浄土・わが水俣病」と名を変えて出版した。
胎児性水俣病の赤坂きゅうへい少年(言葉を喋れぬ)は当時の園田直厚生大臣にあった。
ようやく大きな社会問題となった。
5、加害企業・チッソと国による患者・被害者圧殺の「補償処理委員会」への抗ぎ
チッソと国は自分たちに有利なように「補償処理委員会」で解決しようとした。また水俣市民の3分の1がチッソに関係する人なので、少しの漁民の利益より多くの市民がかかわる,チッソを守るほうが大事だという意見も強かった。
それに対する抗議として、「水俣病を告発する会」が作られた。会長は高校教師の本田啓吉であった。このころ運動は全国に広がり、倉田眞氏も会に入りました。
抗議デモでは13人が逮捕された。
6、地元・水俣での患者差別と、患者支援の「市民会議」「告発する会」結成と運動
地元、水俣では患者差別がひどかった。それに対して1968年、水俣病市民会議が作られ、全国に「水俣病を告発する会」が作られた。
患者は1、会社一任派と、2、訴訟派とに分かれた。
補償は死者1人につき300万円とされた。あまりにも低い金額であった。
7、円熟期の文学活動と作品群、国会議員団への請願の文章
石牟礼道子は数多くの小説、詩、俳句などを書いている。
「春の城」では、島原の乱で原城に立てこもった人々のことを。また「食べごしらえおままごと」などと多岐にわたっている。
(小説だけでも40数冊、ノーベル文学賞にという人もあった)
告発する会は、株主になって、株主総会で告発した。当時の社長は土下座して謝った。
8、ふたり 皇后美智子と石牟礼道子
美智子皇后と石牟礼道子とのエピソードは巻末の花谷氏の記事に詳しい。
9、天真爛漫、幼女の様相とエピソード、交流の思い出
石牟礼さんは幼女のように天真爛漫。イギリスが大陸と陸続きと思っていたなどがあります。他にいろいろ。
倉田氏と石牟礼さんの交流は強かった。倉田氏は10数回と石牟礼さんの家を訪問した。そのたびごとに酒盛りとなった。まだ、倉田さんが独身の時、石牟礼さんの妹さん多恵子さんを「嫁にもらわんとね」といわれたことがあるそうです。
◎石牟礼道子さんが亡くなったときに、そのことを社説に書いたのは、毎日新聞と、朝日新聞だけだったそうです。
2月14日(木)毎日新聞夕刊
   「花谷寿人の 体温計」  苦界の縁
毎日新聞論説委員の花谷寿人氏が書いています
石牟礼道子さんが昨年2月10日に亡くなってから、1年がたった。昨年4月、送る会が都内で開かれ、訳1000人が集まった。皇后美智子様が献花に来られた。遺族に「大切な方をなくしました」と伝えた。
石牟礼さんは2013年ある会合で美智子様と知り合い、水俣をおとづれる予定と聞いた。
その後、胎児性患者に会ってほしいと手紙を出す。「その表情と生まれて以来ひとこともものを言えなかった人たちの心を、察してあげてくださいませ」と。
患者と面会した両陛下を熊本空港へ見送りに行った、石牟礼さんは美智子様と目が合った。介添えの女性は「数秒間でしたが、まなざしとまなざしとの無言の会話があったように思います」と振り返る。
40年以上の付き合いがあった漁師で水俣病の患者であった、緒方正人さんも「縁(えにし)」という言葉を使った。~
水俣病は絶対に起きてほしくなかった。「でも起きたから結べた縁がありました」
美智子様や石牟礼さんが生まれた昭和が過ぎ去り、平成も終わろうとしている。時代を振り返る時、人は縁を思い出す。
石牟礼さんが亡くなって漁に出た緒方さんの船に、一羽のユリカモメがやってきた。「かもめになってきしゃったか、美智子さん」
その縁は深まるばかりなのかもしれない。
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◎2019年3月に「人間学研究所年誌2018」で倉田さんのエッセイが出ましたら、追記いたします。

2019年2月14日 (木)

日本人の起源 2 弥生時代以後、日本人の顔 川口氏のカオロジー、追記 河口 徹氏の「メンズ・カオロジー」も。

このブログは2009年11月に書かれたものですが、2019年2月に追記して更新しました。 カテゴリーも「顔の人間学」に変えました。

弥生時代とは、1884年に文京区の弥生で、発見された弥生式土器が発見された時代を言いますが、水田耕作が始まったころから、古墳時代が始まる3世紀中ごろまでを言います。弥生時代の始まりは3000年くらい前だろうと言われています。弥生時代の遺跡はたくさんありますが、静岡の登呂遺跡や、大きな集落のあった、北九州の吉野ケ里遺跡、山口県で人骨が300体以上も見つかった、土井ヶ浜遺跡などが有名です。

 弥生時代は、大陸から来た渡来人がさまざまな優れた文化をもたらしたことにより、始まりました。大陸では戦乱が続き平和な日本に逃れてくる人も多かったのです。その文化は、水田耕作、銅鐸、銅剣などの青銅器さらには鉄器も作られるようになりました。弥生時代になると、稲作により、穀物がたくわえられるようになり、身分差も生まれてきました。周囲を堀で囲んだ環壕集落などが作られました。

 稲作の起源はいろいろありますが、日本で食べられている、短粒種(温帯ジャポニカ米)の起源は揚子江中、下流地域で作られたといわれています。7000年から6000年前の「河姆渡遺跡」は紹興の近くで、黄河文明より古い文明がありました。中国の伝説上の皇帝である、舜や禹がこの近くの出身だというのがよくわかります。温帯ジャポニカは朝鮮経由のものと、中国上海あたりからのものの二つのルートがあります。さらに興味深いのは、縄文時代に、熱帯ジャポニカがインドネシアなどから伝わってきたともいわれています。

 渡来系の弥生人の顔は、面長、鼻が低く、一重まぶたで、目や唇は薄い顔立ちでした。いわゆるのっぺりしたしょうゆ顔といわれる顔です。渡来系弥生人の顔はシベリヤの寒冷地に適応した顔に進化していった人々が南下していって広がったとみられています。日本に来た大陸系の人たちは、さまざまなところから日本に渡ってきました。日本に渡ってきた、渡来系の人々は、もとからすんでいた、在来系弥生人(もと縄文人、中国南部の人々も)と混血していきました。これを「二重構造論」と呼んでいます。

 渡来系弥生人のルーツをミトコンドリアのDNA遺伝子でたどると、中国東北部、シベリヤ、中国の北京周辺、そして上海から香港にかけての地域と、いろいろなルーツにわかれていることが分かりました。渡来系弥生人は北九州から瀬戸内海、山陰、近畿地方にかけて比率が大きく、北海道や沖縄には極めてすくないのです。平安時代には、在来系弥生人は蝦夷と呼ばれ、征伐の対象とされました。南九州、四国の土佐、関東の山間部、東北地方など多くのこっています。

 弥生時代後期3世紀には中国の後漢がほろび、三国に分裂しました。魏の国の歴史書『魏志倭人伝』に有名な卑弥呼のことが書かれています。邪馬台国と呼ばれているのですが、これが北九州説と大和説で論争が起きています。最近、奈良県の桜井市で、纏向遺跡で大規模な宮殿跡が見つかりました。これは卑弥呼の宮殿跡ではないかと言われています。近くには、248年に死んだ卑弥呼の墓と言われる、大きな前方後円墳があり、邪馬台国、近畿大和説にとってはかなり有力な証拠になりそうです。この遺跡が整備されると、たくさんの観光客が来るであろうと言われています。と川口

川口氏と河口氏の日本人の顔の分類

 さて、川口哲生と言う人の『ニッポンカオロジィ』(1994年竹書房)という本がリます。その本のもとは「めんたんぴん」(元の書名)という本も書いています。川口氏は、日本人の顔を6つの顔と、その複合タイプ、合計8つに顔を分類しています。少し紹介します。またこのように、日本人の顔のルーツは全アジアにまたがっているということが大変興味深いことだと言っています。詳しくは改めて書いてみます。

メンズ・カオロジー 河口 徹 昭和61(1986年)年11月10日 JICC出版社 780円

 2019年2月、追記して写真で図版を載せましたが河口氏の「メンズ・カオロジー」からです。川口氏は河口氏の従兄だそうです。図版は典型タイプのみ載せました。すべてを見たい方は本を購入してください。

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河口氏はさらに細分化して7群26タイプ、33種の顔に分類しています。

モンゴリアン

 1、典型モンゴリアン 2、旧モンゴリアン 3,新モンゴリアン

 4、北西モンゴリアン 5、西モンゴリアン

 参考 「レディス・カオロジー」 河口 徹

1、モンゴリアン 

(シベリア、蒙古、北方モンゴル系、モンゴル系からなづける)  大きな丸や角顔 一重で鼻が低い 平面的な顔 寒冷地適応 3000年前ごろから 朝青龍などの蒙古の関取 小沢一郎や渥美清などの顔 ・忍耐力抜群の努力家

◎日本人でも、蒙古から来たお相撲さんとそっくりの人がいる。北方からはいってきた。モンゴル系の人は色が白い。毛深い人は少ない、ずんぐりして寒冷地適応している。

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2、ミカドニアン

 (ツングース、朝鮮系の顔 帝ーみかどから名づける )バイカル湖周辺が起源  平安貴族や浮世絵美人の顔 色白、面長ののっぺりとしたキツネ顔、毛が薄い 3000年前から 弥生時代から古墳時代、飛鳥時代に大量な人口の流入があった。何次にもわたって日本におとづれる。・精神世界を重視する貴族派 

◎中国の女真族が、清朝を起こす。清朝の康熙帝などの顔などが典型。また、中国東北部(満州)の扶余がもととなり、当時の寒冷化に伴い南下して行きました。朝鮮北部に高句麗が建国される。さらに高句麗から、百済が分かれる。南朝鮮の,伽耶国系、ついで百済が天皇家のルーツであると考えられる。百済系の桓武天皇が、父の光仁天皇がなくなったとき、哀号ーと言って泣き叫んだと歴史書にある。-これについては異論があります。

北九州、中国地方、近畿地方に多い。朝鮮系の人でも、新羅系の人々が、出雲地方から北陸、関東などに移り住んだといわれる。百済系が関西弁、関東言葉は新羅系だといわれる。

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ミカドニアンの典型として出されている安倍晋太郎氏。安倍首相のお父さん 。安倍首相は典型的な直耳です。

3、ドラグーン 

(中央モンゴル人種  中国黄河流域から西域にかけて。漢民族の顔 上下に細長い顔

面長切れ長の目、整った顔 仙人の顔のイメージ  龍の顔からなづける) 中国の漢の皇帝劉氏の顔など 周恩来など。西域由来のハーフっぽい顔も・プライドの高い個性派

◎中国のこの地方の人々が、いろいろな経路で何度も日本に入って来ている。秦の時代の中国の徐福など。2500年前から日本へ

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4、ヤマタイ  

 南モンゴル人種(揚子江以南、雲南省から台湾など南中国系)二重瞼 福耳、日本人にもっとも多い丸顔、タヌキ顔 愛嬌のある、日本人に多い庶民顔 邪馬台国からなづける・誰からも好かれる庶民派

 ◎縄文系の顔立ち南九州、四国、関東、東北など。ミカドニアンの人々が渡来する前6000年前から日本に住んで居た。

 は当時中国の、南部地方(揚子江周辺)の、高床式住居、米作をし、入れ墨(文身)をした人々が、南朝鮮や日本の縄文時代に住んで居て、みんなまとめて倭といっていた。後漢の王充の「論衡」などに書かれている。中国では漢民族に押され、中国雲南省などに残る少数民族になっている。

◎ 2016年、追記 中国の貴州を中心に住んでいる、トン族について、テレビで放送していました。トン族は昔、揚子江下流の百越と呼ばれる人たちの一部でした。漢民族の進出に伴い、一部は南に逃れ、一部は南朝鮮、日本に移り住みました。これらの人たちは倭と呼ばれていました。トン族は、丸顔で日本人の一部にそっくりです.文化も共通点が多いのです。

 越の人々が北陸から北日本新潟にかけて多く移り住んで、越の国になったといわれる。越前(福井)、越中(富山)、越後(新潟)。

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5、トロピカル 

(南方の海洋民族系 インドネシア系 二重瞼情熱的、顔全体が小さく頬骨が張っている 沖縄に多い 黒潮に乗ってきた人々 150000年前から 浅黒く毛深い もっとも古く日本に住みつく 南方の人でトロピカル)太平洋側の海際に多い 南九州、四国南部、和歌山、静岡など。体形は全体にスマート・目的志向の強い行動派

◎時々、きわめて、この顔をしたひとをみかける。色が浅黒く、インドネシアの人かと思われる顔

沖縄、八重山諸島などの石器時代人 

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 6、オリジン 

(日本古来の縄文系の人 アイヌ人にも近い (旧モンゴロイド出日本人の祖先でオリジン)) 顔のほりが深く、二重瞼、毛深い、色白、がっしりとした体形(寒冷地適応) ・マイペースカツ気ままな余裕派

10000年前ごろから、大陸とつながっていた時に北方から渡来

 蝦夷(エミシ)といわれ、はじめ日本全国に(全国ではなく北方に限るのだったかもしれない)、その後関東地方から北海道にかけて住んでいた。次第に日本人として融合。

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ミックス・カタログ志向のクロスオーバー派

7 モザイクミックス

いろいろな要素が、モザイク状に入っているもの     

8、ブレンドミックス

いろいろな要素が混ざって入っているもの  

ともに混合タイプです。これが最も多い。

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このように、日本人はいろいろな民族が混合していることがわかります。混合タイプが最も多いのです。ときに、シルクロードのソグド人などの遊牧民族の流れを引いた、西洋人形の顔の人もいます。唐の時代に様々な民族が長安を中心として住んでいました。

◎は、2015年3月に、追記したものです

◎遺伝子の型で、分類しても、日本人がいろいろなところにルーツを持っていることがわかります。日本人は様々な、人種、民族のるつぼです。  

◎2019年2月 カテゴリーを「自然と歴史」から「顔の人間学」に変えました。 

2019年2月13日 (水)

えごま油を唐沢孝一さんの勧めで使ってみます。NHKのガッテンで人気上昇。自分で試してみます。

2019年2月 日に、東京教育大の動物科で同窓の唐沢孝一さんから、出身地の群馬県嬬恋村の特産のえごま油を勧める会「勝手にふるさと嬬恋村を応援する会(まだ立ち上げたばかりで唐沢さんと新宿の医師で、筆者は3番目の会員に)でえごま油を勧めています、というメールを頂きました。会費等なしで誰でも入れるそうですからぜひ入会してください。申し込みは唐沢さんあてに。
唐沢孝一さんは、鳥の生態を中心として、たくさんの本を出版しています。ご家族で,カラサワ―ルドのブログを立ち上げています。唐沢さんはウイキペディアでも紹介されています。
また唐沢孝一さんから、Karasaworldを開いていただくと、、「勝手にふるさと嬬恋村を応援する会」の詳細が出てきます。
もともと、筆者はえごま油には関心を持っていましたので、自分の家の分と今度会う息子たち2人の分3本のえごま油とお菓子なども含め「嬬恋村観光協会」に注文しました。そうしましたら2月12日に届きました。早速サラダに混ぜてスプーン1杯のえごま油を食べました。特に癖のない油ですので、サラダに混ぜると全く分かりません。唐沢さんはヨーグルトに混ぜて食べているようです。
2018年11月21日(水)に、NHKのガッテン!で「スプーン1杯で,カラダが激変!?食べる油の新常識」が放送されました。いつものことですが、番組終了後、デパートなどにえごま油を求めるお客さんが殺到したということです。
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油には4種類があります、
 1、バターや牛肉などに多い 飽和脂肪酸が多いグループ
                   (固まりやすい油)取りすぎの傾向
                   不飽和脂肪酸の多いグループ
                   (さらさらした固まりにくい油)
 2、オリーブ油などに多い   オメガ9脂肪酸が多いグループ、
                    体内でつくれる
 3、大豆、コーン油などに多い オメガ6脂肪酸が多いグループ
                    リノール酸などサラダ油などで
                                           とりすぎの傾向
 4.魚やえごま油などに多い オメガ3脂肪酸が多いグループ
                    α―リノレン酸など
                    体内でつくれぬ
                    熱に弱い そのままでサラダ
                                           などに
 番組では、オメガ3脂肪酸の多い油として、あざらし油を紹介していました。あざらし油は手に入りにくいので、えごま油やアマニ油を紹介しました。
オメガ6脂肪酸(サラダ油など)と、オメガ3脂肪酸との比率が、本来2対1ぐらいの比率が理想だが、現代の日本人では5対1ぐらいで、サラダ油などが多すぎています。
 オメガ3脂肪酸の働きとして、血液が固まりにくくするということで、脳血栓などを防いだり、さまざまな炎症を抑えるなどの作用があります。
 NHKでは番組の実験として、オメガ3脂肪酸を1か月意識的に取り続けた場合、48人中33人が体重が減少してきた。また中性脂肪の値が高い人17人のうち12人に改善が見られたということを示しました。
◎食用の油はおよそ20種類である。動物性の油、植物性の油に分けられる。
 えごま油はオメガ6が20%、オメガ9が20%、オメガ3が60%という比率になっています。
 青魚に多い油はDHAやEPAなど。
 えごまはシソ科の1年草でα―りノレン酸の含有量が植物油の中で最も多い
 オメガ3脂肪酸はほかに、アマニ油、シソ油などに多く含まれる。
◎筆者は、中性脂肪の値が高いし、体重も一時よりは10キロぐらい減少していますが、このところ少し上がり始めているので、ちょうどよいところなのです。
2月15日に医者の定期的な往診があり、2月1日に行った血液検査の結果をもらいます
その後、えごま油を飲んだ結果が、今度の血液検査(2~3か月後)で出ますから、どう変わったかがよくわかります。その結果をブログに書いていきます。
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「つま恋村観光協会」のクリアファイル、.名所が図示されています。
   0279-97-3721 「えごま油」の注文はこちらに電話します。
日本武尊が妻の弟橘姫を詠んだ歌から嬬恋村の名ができました。
合併の話も出たそうですが、嬬恋村の名前を大事にするためにそのまま村にしているそうです。
嬬恋村は長野県との県境、浅間山から白根山や万座温泉に至る広い地域です。
高原地帯の冷涼な気候を利用し、野菜の栽培などがおこなわれ、特にキャベツでは有名です。
「つまごい観光協会」
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純正えごま油150g、後ろに説明書が入っています。無農薬のAランクの品だそうです。
3本で送料無料だそうです。
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同封された手書きの説明書。一人でえごまを作っているそうですが、いかにも説明書が手作りの感じです。
保存方法
  冷蔵庫で保存を
効能
  血栓の予防、中性脂肪、
  悪玉コレステロールの減少
  脳や網膜の神経伝達をスムースにするという
  オメガ3脂肪酸(α―リノレン酸)を豊富に含む
健康・美容に効果的な召し上がり方
  毎日小さじ1杯生のまま食べ物と一緒に
  (特にタンパク質)食べると効果的
おすすめは
  ドレッシングに!冷ややっこに!
  卵かけごはんに!ヨーグルトに混ぜても!
  キムチ+納豆に混ぜると最強
 食べる直前にかけてください
1本で約30日が目安です。
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もう少し飲んでしまいました。
毎日、小さじ1杯のえごま油を飲んでみます。体の変化と次の血液検査の結果とを追記して比べてみます。
血液検査結果
        2019年2月1日 2018年9月  基準値
総コレステロール  251   225     140-219
中性脂肪       576   397     50-149
尿素窒素       26,3   23,9    8-20
クレアチニン     1,41   1,44    0,6-1,1
◎病気前の血液検査時は夜6時に夕食を食べてから、翌日の朝の朝食を食べないで血液検査をします。病気をしてからは、昼食を食べてから2,3時間後に採決します。中性脂肪の値は高く出ます。
次の検査は3か月後ぐらいだそうです。

2019年2月 8日 (金)

「こういちの人間学ブログ」記事1000件になりました。コメント1200件はイチロウ氏のおかげです。

1、ブログ記事が1000件を超えました。
2009年7月に書き始めた「こういちの人間学ブログ」も2019年2月7日に記事数が1000件を超えました。
アクセス数は累計169万7000件です。
コメント数は1206件、それはもっぱらイチロウ氏のコメントで、貴重な資料を提供していただいております。
2009年7月にブログを始めたころはアクセスはまだ少なかったのですが、次第にアクセスが増えてきました。2013年ころには1日1000件くらいのアクセスがありました。ところが、2013年11月に旅行中に脳出血(視床出血)を起こし、3か月以上入院していました。それでブログを書くのは中断しました。はじめは右半身は全く感覚もなく動きもしませんでした。幻覚もおき、脳の機能も完全に回復していませんでした。入院の初めのころは失語症があり、携帯電話のかけ方もわからなくなっていました。
しかし、りハビリによって次第に回復してきました。しかし、右半身はまだマヒが残り、、杖での歩行も実用ではありません。5年たっても車いす生活です。2級の身体障碍者のままで
要介護3のままです。
パソコン入力は左手だけですし、遅いので、打ち込みには時間がかかります。字も左手で書いていますので、前よりずっと遅い状態です。
少し長くパソコン画面を見ていると、右目周辺の三叉神経がずきずき痛みます。リリカという薬が手放せません。
以前は、自宅(5階)兼人間学研究所(3階)に1万冊の本があり、自由に使えました。外国にもいろいろ行き、ブログを書きました。それらは、けっこうアクセスが多かったのです。ところが病気後は元の自宅がエレベーターのない5階で、人間学研究所も3階で戻れませんでした。それで転居し、行動範囲も近くだけに限定されています。本は2000冊だけ新しい住居に持ってきてもらいましたが利用しにくくほとんど使っていません。本はじっくり読むのにはすぐ疲れてしまい、近くの書店で購入した新書版の本ぐらいしか利用していません。
ブログ・アクセス数の変化
2009年7月  「こういちの人間学ブログ」始める
2012年6月  アクセス累計 21万件(3年間で20万件程度)
2012年9月  25万件 記事数450件
2013年5月  50万件 記事数500件
2014年4月  80万件 記事数558件 コメント445
2016年5月  125万件 記事数720  コメント720
2017年7月  150万件 記事数865件 コメント892
2019年2月  169万件 記事数1000 コメント1200
2013年5月から2014年4月までの間で、入院期間が4か月近くありました。しかしアクセスは入院中にも多かったのです。11か月に30万件のアクセスがあったことになります。
人間学ブログのカテゴリー・記事の数 
基礎人間学
 人間学とは何か           47
 人間とは何か             60
 自然と歴史について         33
 地球温暖化論批判          23
 人間と教育               9
 精神医学                12
 人間と社会               24
 マルクス・エンゲルス・人間論    6
 宗教と死                16
 文学・芸術               15
応用人間学
 生き方・人生論            21
 経営人間学              21
 健康について             65
 政治と社会の現状          81
 原発とエネルギー問題       38
 中国古代                22
 韓国の歴史              13
 顔の人間学              31
 占いと神秘主義批判        24
 大久保の街              96
 新宿のレストラン           32
 新宿以外のレストラン        7
 第五倫伝               18
 人間学例会             100以上
 こういちの人間学ブログ      23
 近況                  128
 人間学研究所の会員数など
2013年3月31日には「人間学研究所年誌2012」No10が発行されました。投稿者は13名で、120ページの充実したものでした。このとき人間学研究所の人数は32名、実用的人間学研究会は31名で、会員数でも最盛期を迎えていました。
しかし筆者の病気後、残念ながら、会員数は次第に減り始め、2019年3月には人間学研究所21名、実用的人間学研究会18名に減ってしまいました。新しい会員が増えないので亡くなったり、高齢で退会する人が多いのです。
2018年半ばに、筆者もようやく事務局長に復活しましたので、再び盛り上げていこうと思っています。今まで、筆者の代わりに事務局の仕事をしていただいた、岩田好宏氏、木村廣子氏と杉山靖夫氏には、本当に感謝いたします。
コメント数の急増(現在1200件)はイチロウ氏(前はとら猫イーチ氏)によるものです。
地球温暖化論に対しては、筆者は批判的なブログを書いてきました。前人間学研究所の会員になっていただき,研究所で講演もしていただいた著名な気象学者の根本順吉氏の「地球温暖化は断じて、人為的な二酸化炭素のためではない」というお話を聞いていて、本も読み、その通りだと思ったからです。またいろいろな本や資料を読み、ますます確信を深めていました。
地球温暖化論批判はブログに書いてきましたが、掲示板でヒステリックに攻撃してくるものが現れました。掲示板では匿名ですから、いろいろな名前を使ってあたかも多くの人が書いているように見せかけていました。まともな意見ならキチンとした論争に応じますが、些細な間違いを攻撃したり誹謗中傷が激しくなってきました。
そこで2012年5月24日に「私の書いた『二酸化炭素地球温暖化論批判』のブログに対しての掲示板での攻撃について」をブログに書きました。この前後のコメントはどんなにひどいものかを見てもらうために、一部残しておきました。筆者のことを、バカ、ぼけ老人ほかいろいろな名前で呼び、攻撃してきました。そして彼は筆者が温暖化の英文の資料を読んでいないだろうというのです。確かに英文の資料はそのまま英文で読んでいないのです。辞書片手での翻訳調では不十分です。その状況をみて、「とら猫イーチ」(当時)氏が反論してくれました。
「とら猫イーチ」氏は学校で英語の教師もしていた方で、英文の書物や雑誌をすらすらと読める方です。温暖化論についてはそれらの資料を基にしっかりした見解を持たれていました。そして、攻撃してきた人物に反論していただきました。英語がどうのということに関して、攻撃して来た人物もあやふやな知識しかないことが露呈し、沈黙しました。
それ以後、今に至るまで、筆者のブログに貴重な補充の英文の資料を紹介していただいているのです。コメントのお名前は今は「イチロウさん」に変わっております。コメントのアドレスはは残念ながらそのままに移行できないので、時に本文に書き直させていただいております。筆者の足らざるところを補っていただけるので、本当に助かっております。ありがとうございます。
◎2019年2月8日は北海道に何十年ぶりの大寒波が押し寄せてきます。2月9日は初期の予想に反し、関東地方にも大寒波が押し寄せ、東京でも10センチほどの雪が積もるそうです。来週1週間は寒い日が続き、連日最高気温が10度以下です。
 でも、どんなに気温が下がってきても、、異常気象だから温暖化だといい募るでしょう。小氷期が来て、日本や北アメリカやヨーロッパに寒冷化が来ても、例えば、あるいは北極が温かいから、南半球は暑いからとかで、温暖化というのでしょう。ともかく税金をふんだんに使い(日本では年3兆円)”温暖化ビジネス”でもうかればいいのですから。

2019年2月 6日 (水)

実質賃金マイナス拡大。安倍内閣はボロボロだがまだ、支持者が多い。代わる野党がない?

国会開幕!実質賃金マイナス拡大 安倍内閣ボロボロのはずだが、世論調査変わらず
2019年2月6日(水)の毎日新聞朝刊
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1月末から通常国会が開かれています。NHKでは午前午後と国会中継が放送されています。筆者は統計問題もあり、珍しく、国会中継のテレビ放送を見ています。
2019年2月6日の毎日新聞1面は、「実質賃金 マイナス拡大」「厚労相認める 数値公表は消極的」でした。(上記)
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また、3面クローズアップ2019には、「賃金上昇」議論すれ違い、と出ていました。記事にある通り。アベノミクス偽装とあるとおり、アベノミクスで景気が良くなっていると言っていたが、実はきちんと調べると賃金が下がっているというのである。今まで、実感として庶民の感覚では賃金が上がらず、さまざまな負担金は増え、社会保障費は削られ、景気が良いどころではありませんでした。一部の高所得層は政府のいろいろな施策により大きな利益を上げてきました。政府主導による株高は何よりも外資が巨大な利益を上げてきました。
もともと政府は政府誘導の株高と輸出が好調ということで低空飛行ながら景気が上向きといってきた、そして賃金も上昇しているので、消費税を10%にあげると言ってきた。ところが賃金が上昇しているというのは嘘で実質賃金は下がっていたというのだ。
現在、米中対立のあおりなどで世界経済も下がり始めている。これからの日本は消費税導入などしたら、ひどい不景気になりそうです。
2月5日の毎日新聞社説でも、「政府の統計不正と与党」、「担当幹部の招致なぜ拒む」と出ていました。
森友・加計問題でも財務省の公文書買い残は未解明のまま残された。今回の統計不正も、与党は昨年と同じ誤りを繰り返すつもりなのかと書かれています。
世論調査の結果
毎日新聞
2019年2月4日の毎日新聞1面に全国世論調査の結果が載っていました。政府の統計への信頼が揺らいだと答えた人が75%に上り揺らいでいないの12%を大きく上回った。また、「景気拡大が「戦後最長になったとみられる」との政府の認識に関し、景気拡大を「実感していない」が74%を占め、「実感している」は17%にとどまった。
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安倍内閣を支持しますか 
  支持する    38  前回 37
  支持しない   39  前回 40
支持すると答えた人に支持する理由は
  自民党首相  10  前回 11
  安部さんを評価 20 前回 20
  政策に期待  13  前回 17
  ほかによい人や
   政党がない 55  前回49
どの政党を支持しますか
  自民党     31  前回 29
  立憲民主党   9  前回 10
  国民民主党   1  前回 1
  公明党      3  前回 4
  共産党      3  前回 3
  ・
  支持政党なし 42  前回 43
今年の参院選で、比例代表はどこに
  自民党     35  前回 38 
  立憲民主党  14  前回 17
  国民民主党   1  前回  1
◎ いかに安倍内閣を支持する人が、安倍首相を消極的にしか支持していないかがわかります。また支持政党がなし、が40数パーセントに及んでいることも、今の政治状況をよく表していると思います。
自民党に対する支持層はほとんど揺らいでいません。そして、選挙になれば公明党、維新
などが協力して自民党優位は崩れません。
国民民主党が1%しか支持する人がいないというのは、前の民主党のひどさを知っているからです。.元民主党の幹事長までした細野豪志が自民党入りをしようとしていますがその本性がよく表れています。
多くの人が、政治に無関心の人が多いのです。特に若者は新聞などを読みません。そして保守的だといいます。新聞を読む人でも。読売、日経、産経は政府寄りです。貧困化が進むといっても急激でなく、物価も上がらず、何とかやっていけるので政府批判などへは行かないのです。そして投票などはしません。
何とか生活をしのげる間は現状で満足しているのです。
また、超保守的なネトウヨ的な人々は強く安倍内閣を支持しています。どんなことがあっても安倍を支持し、憲法を変え、昔の日本に戻したいと願う人たちがいるのです。それを助長するような雑誌は根強く売られています。
2月6日の日経新聞の記事
国会審議の模様を4面政治欄にわずかだけ載せている。景気判断変更せず。、実質賃金マイナス認める。統計問題で、野党に見せ場はあったが予算審議は着々と進んだと書いています。
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2月7日 追記
イチロウさんのコメントをぜひお読みください。一部転記させていただきました。
「65歳以降年金だけでは暮らせないという現実」 2017,5 Daiamond on Line
すみません。つながりません
「老後の心配は無用「!ノルウエーの高齢者施設」
つながります。

新宿高島屋のハンバーグ&ステーキ越塚へ行ってきました。昨年11月にオープン。ともに美味しかったです。

2019年2月5日(火)のお出かけの日に、新宿高島屋の「ハンバーグ&ステーキ 黒毛和牛 越塚」へヘルパーさんと行ってきました。
越塚は松阪牛や黒毛和牛をつかった焼肉店 5店、同じくハンバーグ&ステーキ店5店、肉店、惣菜店などがあります。新宿に新宿ミニム店など3店で、小田急デパートには惣菜店があります。
ハンバーグ&ステーキ店一覧です。
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渋谷区千駄ヶ谷5-24-2高島屋タイムズスクエア12階です。昨年2018年11月にオープンしたばかりです。お店は1時半ごろなので空いていました。
03-5361-1852
前のお店の名前はパスタ&スィーツのセイチェントです。
お店の入口です。向こうに外の窓が見えます。
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窓の外の景色です。下は新宿駅です。
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座席から入口を見たところです。
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メニューから。越塚の黒毛和牛100% タルタルハンバーグ
150g1500円、200g1900円
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右下のコンビネーション
 みすじステーキ60g&タルタルハンバーグ 3000円を頼みました。
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ランチドリンク5種類 +150円 ランチサラダ+150円
デザート 柚子シャーベット300円 抹茶のティラミス450円
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ステーキ4種と
ローストビーフとコンビーフ。コンビーフは美味しそうでした。
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実際に来たものです。大根サラダ 150円。
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下はこれが頼んだものです。みすじステーキ60gとタルタルハンバーグです。 
ご飯セット=ご飯とみそ汁で、300円です。
ハンバーグの肉はレアに近いものでしたが、と、いてもおいしく、いままで食べたハンバーグの中で一番おいしいものでした。
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肉にかけるものはデミグラスソースと、、大根おろしが選べます。ここでは、デミグラスソースです。
右上の丸いものは熱した鉄の板で、肉を好みに応じて焼くことができます。肉はレア状態で来て、好みの焼き具合で食べるのですが、焼かないでレアのままがおいしかったです。
下はデザートのティラミスと柚子シャーベット。
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飲み物は、コーヒー、ウーロン茶を頼みました。いずれも150円。他に柚子紅茶、オレンジジュース,濃いミルクティー
お支払いは2人分で 商品代 7950円 消費税8% 636円
合計  6585円 でした。

2019年2月 4日 (月)

人間学研究所の例会のお知らせ 2月、倉田眞氏、3月例会、西田隆男氏

2018年度人間学研究所・実用的人間学研究会合同例会
1,第10回例会 (人間学研148回、実用的108回)
 日 時 : 2019年2月15日(金) 午後6時から
 講 師 : 倉田  眞氏 
         当研究所研究員 元新聞社編集局長
 テーマ : 「石牟礼道子氏を悼む」
2、第11回例会 (人間学研149回、実用的109回)
 日 時 : 2019年3月14日(木) 午後6時から
       (木曜日です。お間違えの無いように)
 講 師 : 西田隆男氏 
         当研究所研究員 自由の森学園学校カウンセラー、埼玉ダルク理事長
 テーマ : 「今、子供たちに求められている学び
          学習支援ボランティア事業から」
〇 ともに会場は
  新宿区百人町3-1-5 西戸山タワーホームズ集会室
◎年度末になってまいりました。会費のお支払いをお願いします。
 年会費  4000円 特別、学生会員  2000円
 ゆうちょ銀行
 人間学研究所       00190-1-118362
 実用的人間学研究会   00150-8-428936
 お問い合わせは   
   佐竹幸一まで  
      例会は研究所員、研究会員でなくとも参加できます。お問い合わせは佐竹まで
    090-6549-2677
 
 
 
 

2019年2月 2日 (土)

2019年も2018年に続き北米他大寒波 ベルギーで温暖化NO、中高生デモ .温暖化と異常気象は別物。

2019年の1月31日の毎日新聞夕刊に、
「米中西部・氷点下41度 南極越えの寒さ」という記事が載りました。
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「ニューヨーク共同」(上記の記事の内容です)
米中西部は30日、記録的寒波に襲われ、ミネソタ州パークラピッズで氷点下41度に達するなど各地で数十年ぶりの寒さを記録した。南極点近くのアムンゼン・スコット基地(氷点下31・7度)の気温を下回った場所も多く。強風により複数の地点で、体感温度が氷点下50度前後に達した。郵便配達は停止、学校は軒並み休校となり、一部の州は非常事態を宣言した。
寒さは31日以降も続きそうで、CNNテレビは31日のイリノイ州シカゴは「アラスカや南極より寒くなる」と警告した。
欧米メディアによると、ミシガン、ウイスコンシン両州では、29日以降、計3人が凍死とみられる状態で見つかった。東部ペンシルバニア州では吹雪となり、数十台が絡む多重事故が起きた。
シカゴは30日、航空機が1600便以上キャンセルされ、動物園や美術館なども閉鎖。全米鉄道旅客公社(アムトラック)は、シカゴ発着の鉄道を連休とした。シカゴ周辺やインディアナ州の一部では停電が発生した。
各地ではホームレスらに提供する臨時の避難所として市役所や警察署,教会のほか、看護師の乗ったバスなどが開放された。
2019年2月1日の日経新聞夕刊3面には
「米寒波で21人死亡」、「GM,ミシガン州の工場停止」
の記事が載りました。
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「ニューヨーク=西邨紘子」
米国を襲った寒波の影響で、ロイター通信は少なくとも21人が死亡したと伝えた。
米自動車ゼネラルモーターズはミシガン州13工場と3拠点で操業を停止したと伝えた。
デトロイト郊外では30日、70歳の男性が自宅近くの路上で凍死しているのが見つかった。ペットを屋内に入れるように呼び掛けた。
1月30日AFP
気温は南極以下・・・米中西部、大寒波で数千万人に影響
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南極の曲渦が南下してきているのです。
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BBCニュース
アメリカに大寒波で7人死亡、体感温度は零下54℃も。
(死者は日がたつにつれ増えています)
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2019年2月1日(金)毎日新聞夕刊1面トップに
「温暖化NO温暖化NO中高生デモ」
 「無策 学校サボるより悪い」、「ベルギー 親も応援」という記事が載りました。
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ベルギーで、中高生が週に1度学校を休み、地球温暖化対策の転換を訴えるデモを続けている。首都ブリュッセルで始まったデモは地方にも広がり、4週目を迎えた1月31日に各地で3万人以上が参加した。大人たちは、未来のため立ち上がった若者の社会参加を温かく見守っている。(ブリュッセル 八田浩輔、写真も)
「熱く熱く気候(変動)よりも熱く」31日午前、ブリュッセル中心部を1万2500人(警察発表)がスローガンを繰り返してデモ行進した。多くは授業をボイコットして集まった中高生たちだ。~「社会を変えるために来た」。学校を休んだが「親は誇らしいと言ってくれた」。
~国内の科学者、訳3500人が連名で支持を表明するなど勢いは増している。
温暖化対策のための学校ストライキは欧州各地に広がる。スウェーデンの国会前に2週間座り込みの16歳の少女は、1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に招かれ、各国の首脳や、企業トップに大胆な対策を講ずるように迫った。
デモを呼び掛けた高校生は「日本にも広がってほしいと思う高校生は。一緒に行動してほしい」という。異常気象など温暖化の影響が暮らしに及び始める中、変化のうねりを日本の世代にもおとづれるか。
◎大人が騒げば、純真な?若者は、真剣にどうにかしなければと、と考え、時に行動に移します。この毎日新聞の記事でも日本にも、そういう中高生のデモが起きるのを期待している風である。大学生、一般人になると、いろいろな情報が入り、ブログ筆者のような温暖化懐疑論者の影響も出て、単純に行動に走らなくなります。しかし、筆者の身の回りでも温暖化を防がなければと真剣に考えている人は多いのです。
温暖化論で、利益を得ている人たちは、こういう中高校生の行動があればしめたと飛びつきます。こういう行動がもっと過激になると、紅衛兵運動や魔女狩りを先導した子供たちにつながりかねないのですが。
異常気象は困りものですが、しかしそれがストレートに温暖化にはつながりません。歴史的にみても温暖化して来た今まではむしろ気候は安定していました。小氷期につながる時代は極端な異常気象が起きました。一方における寒冷化と、他方における乾燥化と干ばつです。寒冷化に向かうとき、気候の変動・異常気象が激しいのです。
今問題にしている世界の気温が1度上がるだの、1,5度上がるので食い止めるだの、2度になったら大変だのということで騒ぎ立てるのはおかしいのです。
今問題なのは極端になりつつある異常気象です
著名な気象学者の故根本順吉氏から直接お伺いしたのですが、恐ろしいのは異常気象そのものであり、異常気象による寒冷化のほうです。歴史的にみても小氷期になった時代にはヨーロッパでも日本でも食料が足りなくなり,飢饉が起き、革命も起きました。2度の上昇などではシベリアやカナダなどの農地が増え食料は増産します。
昨年から今年(2019)にかけては、北極渦が下りてきて100年に1度という寒気が襲来して居ます。温暖化論者は北極が温暖化して氷が溶けているとか言います。しかし小氷期だというのはヨーロッパや日本が寒冷化したのが問題なので、世界のどこかがどうかということなのではありません。ともかくも、異常気象でいろいろな障害が起きているのをすべてCO2による温暖化のせいだというのはおかしいのです。温暖化ではなくて寒冷化しての異常気象もCO2による温暖化のせいにするのです。
温暖化の問題は科学的な論争を超え、大企業と国の利益や利権の争奪戦となっています。日本の出すCO2はほんのわずかです。しかし対策費として年に3兆円もかけています。この3兆円で利益を得ている人がたくさんいるのです。
散々騒いでお金を使っているのに世界のCO2の量は同じようなペースで上がっています。CO2が多少増えてもむしろ問題はありません。逆にCO2の増大により植物は恩恵を受け世界の緑地は広がっています。
世界の気温を決定する気体は、決定的に水蒸気=雲の量です。皆さんも晴天が続けば温かく,あるいは暑くなり、雨や曇りが続けば寒くなるのはおわかりですよね。小氷期は雲が多く雨模様の、そういう時代でした。雲の量は雲の核となる宇宙線ととそれを吹き飛ばす太陽風の強さによります。太陽の活動量の比較=黒点の数などにより変わります。他に様々な要因が絡まって地球の気温が決まるのです。また温暖効果ガスはほかにもメタンなどいろいろありにより変わります。
単に人為的なCO2で気温が決まると決めつけるのはとんでもない間違いです。
「こういちの人間学ブログ」
2018年1月
『いよいよ地球寒冷化か。北米の記録的大寒波、シベリア大寒波、日本も大寒波 寒冷化始まりか』
「カテゴリー」で「地球温暖化論批判」のところを見ていただくといろいろな文章が載っています。
◎イチロウ様から、いつも大変貴重なコメントを頂くのですが、残念ながら引用文はつながりません。本文のところに書きなおさせてお頂きましたので、ぜひコメントと共にお読みください。
森 幸也氏 山梨学院大学
「科学史の視点から見た地球温暖化論争の構図 過去の科学論争との類似性」
産経新聞 2013.10
「始まるか北半球の寒冷化 世界の平均気温は上昇停止している」
2019年2月3日 追記
毎日新聞、2月3日の朝刊社会面に、「異常気象」、「北米極寒―53,9度、豪は猛暑」[1月記録的少雨」「いわき0,0ミリ「、前橋0,5ミリ」という記事が載りました。
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世界気象機構(WMO)は、北米の寒波とオーストラリアの猛暑など各地で異常気象だと発表した。WMO事務局長は一連の異常気象は地球温暖化との関連を指摘した。
北米とヨーロッパでの異常な寒波。南半球では熱波。
◎異常気象=温暖化と決めつけています。何度も言うように、CO2増大でじかに異常気象は起きません。異常気象で小氷期の時期も北米とヨーロッパ、アジアが寒冷化して小氷期といっているのです。
◎2019年8日に観測史上最強の寒波が北海道に来て、9日朝最低気温がー30度前後に下がるところが相次いだ。
9日朝、北海道陸別町では氷点下31,8度など軒並み―30度以下に。阿寒湖ではー30,7ー度となり観測史上最低となりました。

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