フォト
無料ブログはココログ

« 2020年8月 | トップページ | 2020年10月 »

2020年9月

2020年9月28日 (月)

補助72号線(山手線沿い、つつじ通り との命名)全線開通!! 32年かけての完成 9月28日 新しい道を通ってみました。

新宿歌舞伎町、新大久保、高田馬場を結ぶ補助72号線

補助72号線は1946年4月15日に都市計画決定。それから全線開通まで74年の年を要した。さらに着工から完成まで32年。

新目白通り  早稲田通り(高田馬場駅) 諏訪通り 大久保通り(新大久保駅) 職安通り 靖国通り を貫く道

西戸山タワーホームズ自治会だよりから 2020年9月号から

200928_1149_01 

新宿新聞9月25日号 4,5面から 補助72号線(山手線沿いつつじ通り)全線開通!!

 200928_1239_01

地図 拡大図 山手線、西武線などに追って高田馬場から新宿駅まで

諏訪通から職安通りを「つつじ通り」となずけた。

200928_1239_02-1

職安通りとの”平面交差””実現 リムジンバスの運行ルートも確保

下の写真は、補助72号線と、諏訪通との交差点周辺です。道の向こうは新大久保駅方面。右側はまだ工事中の諏訪通と補助72号線の立体交差のところです。左の高架線は山手線や、埼京線西武線などです。

 

200928_1239_03-1

9月28日(月)いい天気で新大久保方面に行ってみました。ここは新大久保駅前の交差点。この道は大久保とおり。これと交差するのがつつじ通り。

200928_1009_01-1

 

職安通りと山手線との交差するところ 前は段差がありました。今はまっぐな道になりました。左右はつつじ通りのスタート点。

200928_1036_01-1

 

左右に職安通り真っすぐが新宿駅へ。左側に新宿プリンスホテル

200928_1035_01

 

新しい道の印大久保駅に近いところ

200928_1034_01

新大久保駅前の交差点から新しい道(つつじ通り)を見る。すこし前までは片面通行でした。

200928_1009_02-3

2020年9月22日 (火)

再追記版 2020年9月、田中カ子さんも、国内最長寿に117才261日に。「長寿はごちそう食べること」117歳大川さんこえる

2020年9月19日で117才261日となり、田島ナビさんを抜いて国内歴代最長寿記録を更新した

「コーラ飲み、アメリカへ行きたい」

117才260日で亡くなった鹿児島県喜界町の田島ナビさんを抜いて国内最長寿記録を更新した。19年3月にはギネス・ワールド・レコード社から「存命中の世界最高齢」にも認定されている。

1903年(明治36年)1月2日、福岡県和白村に生まれた。(現福岡市東区)に生まれた)。19歳で夫英男さんと結婚した。

200922_0851_01

毎日新聞より

200922_0851_02

カ子さんはとても元気でまだまだ長生きしそうです。117歳の壁も乗り越えそうです。(過去の記事)

2020年1月2日に田中カ子(カネ)さんは117才になり、現在の世界長寿者とギネスブックに認定されました。日経新聞の1月3日朝刊の6面記事に載りました。戦争・病越え5時代 と。(ちなみに、明治、大正、昭和、平成、令和)

カネさんは1903年、福岡県に生まれ(明治36年)ました。103才で大腸がんの手術を受けた跡「ビールが飲みたい」と言って医師を驚かすほどの回復力を見せた。誕生日にも食事をぺろりと平らげたそうです。大川さんを抜いて長生きしそうです。

田中カ子 1903年1月2日生まれ  117才261日越え

大川ミサヲ 1898年3月5日生まれ 2015年4月1日死去 117歳と27日

都 千代  2018年7月26日死去  117才と81日

田島ナビ  2018年4月21日死去  117才と260日 世界で3番目の長寿記録

ジャンヌ‣カルマン  

      1997年6月死去 122才164日  世界1の長寿者と言われていたが、2019年、疑わしいといわれるようになった。

男性では、京丹後市の木村次郎右衛門さん

木村次郎右衛門 2013年5月12日死去 116才と54日 男性で世界1

泉重千代さんは徳之島出身、1995年まで世界最長寿とされ、2012年

 男性の世界1とされてきましたが,出生日が誤りではないかとされ

 記録が取り消されました。

 

下記は携帯電話のカメラで撮った写真

 200104_123601-1

下記の写真はデジカメで撮った写真。昨年のイベントで笑顔の田中カ子さん

Img_0020

誕生会でケーキをほおばる田中さん。もっとと催促したそうです。元気いっぱいですね。

Img_0024  

◎117歳までも生きる人に共通するのは何でもよく食べることです。今は色々な健康法があって その中に不食などというのはインチキですが、動物食をとらないというベジタリアンやさらに卵や、乳製品や、はちみつなども食べないビーガンというものもあります。それぞれ人の生き方はその人の勝手でしょうが、普通のベジタリアンなどはインドなどでは筋肉隆々の人も多いのですが、それはともかくビーガンの人はそんなに長生きできないように感じます。欧米のインテリ層などに増えているようですが。大人ならともかく、子供でまだ成長期には卵や乳製品まで摂らないと異常が出てくる可能性があります。環境少女のトゥーンべリさんもビーガンのようですが、なんか痛々しくあまり長生きできないようにかんじます。

女性世界1の高齢者の大川ミサヲさん

 

追記 大川さんは、2015年4月1日、老衰のためなくなられました。3月5日の誕生日は元気で迎えられたのですが。 3年以上世界一を続けました。

 

2013年2月23日の各紙は、女性の国内最高齢で、大阪氏に住む大川ミサヲさん。がギネス社から114歳で(2015年3月5日現在117歳)女性の世界最高齢に認定されることになったと報じています。写真で見るととても元気で若々しいですね。

 

追記 2014年8月26日 大川ミサヲさんは2014年3月5日の誕生日に116歳となりました。もちろんそのまま世界一の長命です。男性の百井盛さんも111歳で男性の超寿世界一となりました。これで現在男性も女性も日本が世界1となりました。

 

おめでとうございます

 

 2015年3月5日 大川さんは117歳の誕生日を迎えました。新聞では小さい記事しか載せていませんが。114歳で世界一になってから、3年間もずっと世界一を続けていることはすばらしいことです。

 

Hi3d0446

 

さて「長生きしたけりゃ肉は食べるな」の若杉友子氏の写真を対比してみました。若杉氏は自分の健康法を実践しての若さが自慢です。

 

Img

 

若杉友子氏について

 

2013年1月31日に書いた、私のブログ「若杉友子氏の『長生きしたけりゃ、肉は食べるな』は南雲吉則氏と同じ危険が」は今までに、」15000件以上のアクセスがあり(2月26日現在)、コメントが7件,tweetも44件有ります。そのブログもよろしければ読んでみてください。

 

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2013/06/post-206a.html

 

このアクセスに変更になりました。

 

そこでのコメントで、「まりあ」さんが、若杉さんは身体を冷やさないことを実践しすぎて、顔がどす黒くなっている。マクロビアンに良くある現象で、白湯や番茶を少し飲むぐらいでほとんど水を飲んでいないのではないか。そして玄米は彼女には身体に良くないのではないか(笑)と書かれています。

 

 マクロビアンとは、石塚左玄や桜沢如一などが提唱した、和食中心の若杉氏が書いて提唱しているいるような生活をすすめるマクロビオテックにもとづいて生活をしようとする人たちです。栄養過多で成人病の多いアメリカなどで評価され、日本にも逆に知られるようになりました。しかし、これを実行して栄養失調になるものが出たり、「牛乳は牛の乳であるから人体に害があるとか」科学的に根拠がない、疑似科学的なものが多いと批判されてもいます。かなり宗教がかった内容です。若杉氏のいっていることで全部が間違っているわけではありませんが、「みそは身礎だから飲む点滴。老化防止になる」などといった調子ですし、人工の菌を使って大量生産した納豆が身体にいいはずはない。などといっています。人工の菌と天然の菌?とどう違うのでしょうか。大量生産した納豆でないものなど手に入りにくいでしょうし、値段も高いでしょうから、結局、納豆は食べられないということになりそうです。キノコ類、モヤシ、カイワレダイコンは食べるなといいますが、私はキノコ類大好きですし、身体にもいいように思いますし、モヤシ食べないとかなり野菜料理のレパートリーが狭まりそうです。良質な蛋白源である牛乳や普通の卵(若林氏は現在手に入る卵に栄養はないといっています=食べるなということでしょう)を飲んだり食べたりしないとかなり栄養が偏りそうです。

 

若杉さんと大川さん木村さんの比較

 

 さて、76歳の若杉さんと、114歳の大川さんを比べてみましょう。大川さんは、長生きの理由を聞かれ「ごちそう食べることやな」と最初に行ったそうです。サバの巻きずしや刺身などが大好きだそうです。どうもあれはダメ、これは食べないなどといわず、なんでもバランスよくおいしく食べているようです。写真を見ても肌はつやつやとして、髪の毛を除けば、一見余りちがわないように見えますが、といったら、若杉さんに悪いですね。

 

 世界最高齢の人は京都の京丹後市に住む木村次郎右衛門さんで、115歳でギネスで世界最高齢と認められました。木村さんは、朝はヨーグルトやサツマイモ、梅干しなどを食べ、夜は牛乳を飲んでいるそうです。(ウイキペディア)100歳以上の高齢者が極めて多い京丹後市の紹介番組でも、100歳の男性が朝は梅干しとこぶのスープと、トーストとしたパンを食べていました。若杉さんによれば、ヨーグルトやパンや牛乳など食べるのはトンデモないことになりますが。パン食をしたり牛乳を飲んでも100歳超えているのですから、飲んではいけないということはないでしょう。

 

 特にまだ若い人が、真似をしないことです。栄養に偏りが出て、ひどい場合には栄養失調になりかねません。人の身体のありようは本当に様々で、善し悪しが全く正反対になることもあります。あくまでもその人に合ったものを自分なりに見つけていくことが大切です。そのことは、「南雲吉則氏の一日一食健康法」について書いた私のブログも、よろしければご覧ください。

 

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2012/09/post-7c13html

 

これはうまく開けないようなので、読みやすいように2月24日付で更新しました。

 

追記 2014年3月5日 大川さん115歳の誕生日 おめでとうございます。

 

 115歳の誕生日を迎え、花束ときずし(しめサバのすし)でお祝いを受けたとのことです。

 

まだまだ長生きしそうですね。

 

7月    男性世界1も日本人と認められたようです。

 

 

 

 

 

 

2020年9月20日 (日)

9月14日(月)慶応病院に入院。大腸内視鏡検査。一日延長、2日連続の検査へ。大変でした。10月また検査・手術へ。

 

「こういちの人間学ブログ」「近況113 しばらく代々木病院に 検査入院していました ~慶応病院へ」より続く

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2020/09/post-a49c2b.html

 

慶応病院の外来へ、10時から10時半に外来を訪問しました。担当医は消化器内科部長金井隆典教授です。いろいろな事前の検査がいろいろあって3時ころまでかかりました。そして検査が午後にかかり、新型コロナの検査ができないので、また翌日、新型コロナの検査にだけのために、また慶応病院に来ました。そして、入院日が9月14日(月)と決まりました。

 

9月14日(月)家内に付き添われ、慶応病院に入院しました。入院患者が部屋でのいろいろな準備ができないときだけ病室に入れます。退院予定日ははじめは17日(水)の予定でした。16日に大腸内内視鏡検査とポリープの切除をおこない、一日経過を見て17日退院予定でした。

しかし16日には8つのポリープは切除しましたが、2つの大きなポリープは切除できなかったとのことでした。翌17日にも検査をしたいがということで、また後日入院して、というよりいいと思い、翌日も内視鏡検査となりました。退院は1日伸びて、18日の金曜日になりました。

大腸内内視鏡検査では検査用の腸内を洗浄する薬を、2リットル飲まねばならずなかなか苦しいのです。便がきれいに取れなければなりません。2回目の時は前に食事をしていないためにすでに腸内はきれいで1リットルぐらいで終了になりました。

2日連続の大腸内視鏡検査で絶食、点滴につながれる

1日目、4時から5時の間でポリープを8つ切除してくれたのですが、。それだけで1時間かかりました。まだポリープが、残っているとのことでした。翌日の検査でもうこれで終わりになると思い、1日延長を頼みました。ところが2回目の検査もポリープをとるのではなく、詳しい検査だけで、改めて、結果を9月30日に状況を聞き、それ以後10月に再手術することになりました。

2日半点滴につながれていて身動きができないのはとてもつらいことです。左腕を曲げていると点滴が入らず、腕をまっすぐにしていなければなりません。トイレに行くときは看護士さんについて行ってもらわなければなりません。ほとんどベッドに横になったままです。するとテレビも見る気力がなくなります。

要は2センチもある大きなポリープは大腸内にまで、進んでいる可能性があり、下手をすると大腸に穴が開いてしまう可能性があるとのことでした。その場合、内視鏡による切除だけでなく、外からの開腹手術が必要とのことです

2日半、完全絶食で、薬もすべて飲みませんでした。そうしたら、体に表面のアレルギーは見事に消えてしまいました。ずっとつながれていた点滴の注射の周りだけ腫れました。

 

慶応病院の構内説明図 最近10階建ての1号館が建設され主要な設備は1号館に移りました。

200909_1400_01-1

4人部屋 普通室 はじめ8800円プラスの収納家具付きの部屋ー部屋の大きさは同じ―で申し込みましたが、あいた部屋はなく、おまけに整形外科・リハビリ科の部屋でした。

200918_0712_01

食事 4日間の内 食事が出たのは4食だけ。その4食でも一番良い食事。おかゆが嫌いで、普通のご飯をよく噛んで食べるのが好みです。

あと、2日連続内視鏡検査をしたため、2日半は水も飲めない絶食となった。

全かゆ 鶏肉 代々木病院の時は、小さいのりの佃煮がよくつき、食べやすかった。

200914_1159_01

 

大量の水分をとるに従い、便がうすくなる。白くなるまで。その目安の色具合

200916_1232_01

大腸内内視鏡検査のためにはくための紙パンツ 後ろに穴が開いています。

200916_1317_01

建物は10階建て、ベッドのある部屋から廊下を見る。反対側にも同じくらいの長さの廊下と部屋があります。

200918_0712_02

先ほどの道と直角に右側にナースコール室があります。

200918_0713_02

ベッドから外を見る

200918_0809_01

2日半の絶食などで、麻痺がある右手の爪先はボロボロとなり一部剥がれて血が出ました。

200918_0806_01-1

2日連続の検査で字が痛み出し、もらった痔の薬 小さいけれどすごい効き目です

強力ポステリザン軟膏

200920_1425_01

2020年9月 3日 (木)

近況 113 しばらく代々木病院に検査入院していました 9月9日に今度は改めて慶応病院に入院申し込み、9月14日入院へ 

7月15日に書いたブログ、「近況111」で「天候不順が続き体調不良~」と書きました。その後8月8日のブログ「近況112」で「体の不調がいろいろ、おなかの調子が悪い~」と、書きました。月に2回往診に来てくれる大久保戸山診療所の先生が、関連の病院、「代々木病院」、に検査入院を勧めてくれました。代々木病院は7年近く前に脳出血で長期入院したところです。その後特に大きな病気もせずに過ごしてきました。

詳しい原因を調べるために、はじめは2泊3日ぐらいの検査入院と言っていました、そのつもりの準備でした。ところが代々木病院の予定表を見ましたら、8月24日の月曜日から8月31日の月曜日までの1週間となっていました。それで家内に追加の入院用具を持ってきてもらうことになりました。入院の部屋は3階の2人部屋です。

体重は入院時74キロでした。以前最高の時で84キロありましたから10キロダウンです。今はさらに減少していると思います。

追記 9月10日

慶応病院の智頭

200909_1400_01

 

始め、9月9日入院と書きましたが、9月9日は(水)色いろな検査で、改めて9月14日(月)入院で退院は9月17日(木)まででした。

9月9日の検査が午前中で終わらず、PCR検査は翌10日にまた病院に行かなければなりませんでした。

PCR検査のキット

200910_0948_01

診察は新しくできた、1号館です。素晴らしくきれいな建物です。慶応病院は1号館、2号館とあり、また1病棟、2病棟とありややこしいです。

1つのコーナーに消化器内科外来と呼吸器外来があり、診察室がB2~B18までありました。診察をしてくれた医師は,金井隆典教授・部長でした。

本来その日のうちにPCR検査までしなければならないのに、午後にかかってしまい翌日回しになりました。

9月10日 PCRを受けてきました。

電動車いすのロボットが動いていました。

200909_1349_01

慶応病院の病室のご案内というパンフレットをもらいました

一般病棟の4人部屋は無料 旧館ということあり 新館で間仕切り家具付き 8800円

特別個室は差額ベット代、52500円のものが55室もあります。一番高い部屋は1日242000円でした。 

日程と経過 2020年8月

24日(月)血液検査のための採決

25日(火)大腸カメラの撮影 朝9時より、1F検査室

      大腸内の便をなくすための下剤(マグクロールー下図)を1,8リットル飲む。追加で400ccほど水を飲む 飲むのが大変

          200825_0821_01

    クエン酸の味です

          200825_0829_01

      早期大腸がんの疑い その他と判定

26日(水)朝9時より、内臓エコー検査、CTスキャン、夕方 皮膚科の先生が病室へきて診断

27日(木)胃カメラの撮影 のどの麻酔がむせて苦しい  11時半まで

      食道静脈瘤,12指腸ポリープ

28日(金)検査なし 入浴のみ 早期大腸がん対応のため、慶応病院に入院申し込み、9月9日に入院

      安部首相持病の潰瘍性大腸炎で退陣表明 今度入院するところと同じ

29日(土)特になし

    食事のランク おかゆ 軟菜食

            200824_1824_01

     検査終了後 おかゆから普通のごはんに変えてもらいました。

            200828_1753_01

30日(日)特になし

31日(月)退院の朝 担当医から説明

 

退院後 自宅に戻りました。

 熱を測ってみると、37℃以上に何回もなりました。(最高37,6度)本来、平熱でなければなりません。

 今日、往診の先生が予定を早めてきてくれることに

 いろいろ自分で、原因を調べると、どうもアレルギーで体のかゆみがたくさん出ていたのですが、わきの下にも発疹ができ、熱を持っていたようです。

 今日3日の午前中の測定では,7℃1分でしたが、今計ったら6℃6分でした。

かゆみの強い手のひらと足首は熱を持っているのです。退院時にはかなりいろいろなところに発疹がありました。今は少し収まってきました。

 胃の気持ち悪さはあまり変わりません。何も治療はしていないので当然です。市販の胃薬を飲んで抑えています。

◎ 追加で書き加えます。

9月6日(日)薬疹か?退院後ひどいかゆみが

退院後数日が過ぎましたが、体中に発疹ができ、9月5日東新宿駅前皮膚科に行ってきました。先生の話では入院中の薬が何か,発疹をひき起こしているのではないかと話していました。

昨日の夜おとといの夜と、全身のかゆみがひどく夜中に目が覚めて眠れなくなりました。寝不足でぼーっとしながらブログを書いています。

左足の状況

200906_0646_02

右足の状況

200906_0646_01

前からかゆい足の裏や手のひらには出ず汗をかきやすいところ全部に出てきました。背中はひどいのですが写していません。

 

 

 

 

« 2020年8月 | トップページ | 2020年10月 »

最近の記事

2020年10月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のコメント

最近のトラックバック