フォト
無料ブログはココログ

« 2022年6月 | トップページ | 2022年8月 »

2022年7月

2022年7月22日 (金)

カントの『人間学』、『自然地理学』と晩年のカントの年表と食卓について

◎『晩年のカント』p7 はじめに 中島義道 講談社現代新書

40歳を過ぎて、『実用的見地における人間学』や『自然地理学』にも目を通し,そのころさかんに翻訳された彼の伝記を読み進めるうちに、カントのうちに「あれっ」と驚くような人物を見出すことになった。これまでわが国で伝えられてきた堅物の結晶のような哲人とはまるで違った血の通った、いや俗物の塊のような、ユーモアのセンス溢れる男に出会い、その難解極まりない、しかもバカが付くほどの理想主義的な姿勢との乖離にひどく感動したのである。

Kimg0636

                               1795年 カントの胸像

Kimg0623

カント全集 第15巻 「自然地理学」三枝充ヨシ  理想社 昭和41年1月25日 

  1800円(中古書店で3000円で購入)

Kimg0621

「カントの人間学」中島義道 1997年12月20日 第1刷

 2017年10月18日 第18刷 760円税別 講談社現代新書

 旧題 「モラリストとしてのカント」

「晩年のカント」 裏カバー より

還暦を過ぎ、ようやく購入した自宅

同業の哲学者は1度として招待せず、

連日4~5時間におよぶ食卓で繰り広げられる会話。

女性や人種に対する高慢と偏見の集積。

人の名前を覚えられなくなり、アルファベット順の

引き出しをこしらえて会見に挑む姿。

ケーニヒスベルクの市内の年長の高齢者に対する

異様な関心ー。

ある老哲学者の、ぎごちない下手な生き方を辿る。

Kimg0619

Kimg0618

「晩年のカント」 中島義道 講談社現代新書 2021年1月20日 900円税別

 

◎「カントの人間学―カントの人相術も少し―2012年12,1加筆修正版」

 「こういちの人間学ブログ」

 

カント年表

1724年にケーニヒスベルクに貧しい職人の子として生まれました。

    現ロシアのカリーニングラード

Kimg0633

◎プロイセン公国は東西に分かれていました。東プロイセンは以前は

 ドイツ騎士団領と呼ばれていました。

 ドイツ帝国時代には東西プロイセン王国のところはつながって

 いました。

 第2次大戦後、ケーニヒスベルクはソ連領となり、ロシアの飛び地

 となりました。

 現在はポーランドとリトアニアに挟まれた、カリーニングラード

 と呼ばれるロシアの飛び地となっています。

Kimg0635

 

1746年ケーニヒスベルク大学卒業  22歳

    家庭教師となる 10年

1756年大学の私講師となる 学生の聴講料のみが収入源

    貧しい暮らしが続く 14年

1770年 にケーニヒスベルク大学の正教授となりました

    カント46歳   形而上学

1772年に『人間学』の講義を始める 48歳

     『実用的見地における人間学』

       その講義は72歳までつずく

1776年  哲学部長に

1781年 『純粋理性批判」第1巻を出版

1784年  『啓蒙とは何か』

     世界市民、世界概念

1786年に ケーニヒスベルク大総長となる

     『自然科学の形而上学的原理』

1787年 自宅を買う 63歳

     王宮の近くの 一切の装飾を欠いた家

    『実践理性批判』

1790年『判断力批判』3大批判書完結

1791年 フィフィテ、カントを訪ねる    

1793年『単なる理性の限界内における宗教』68歳

    キリスト教批判 キリスト教の歴史は

    「宗教はかくも多くの災悪をなさしめることができた!」

    という叫び声をあげずにいられない代物なのである。

1794年 上記がとがめられる

1794年 自宅に料理人を雇う 

Kimg0627

  カントの食卓仲間 

     この絵は相当に美化されているように思う(中島)

     70歳 日に1回 食卓の会話 4時間から5時間ほど

     カントは食事のマナーにもこだわらなかった。

     (あえていえば下品であった)

     カントは哲学的テーマを避けた

     公務員、商人、旅行者、哲学以外の著述家などから

     カントは彼らから哲学以外の膨大な知識を収集した。

     規則的な散歩

1795年 『永遠平和のために』

1797年 『人倫の形而上学』

1798年 『実用的見地における人間学』出版 カントが出版した

     最後の本

1802年  講義録『自然地理学』出版

1803年  講義録『教育学』

 

   ◎ 実践(用)的見地における人間学 『晩年のカント』

       中島義道 講談社現代新書 p186

   ◎ 当時の大学では、講義は専門の大学生のための講義と、

     一般市民相手の通俗講義との2種類に分かれていて、

     前者は数人からせいぜい10数人の学生が参加し、

     (少ない時はカント邸で行われた)後者は一般市民にも

     開放されていて、30人から80人に及ぶ聴講者がいた。

     ~こうした通俗講義には、女性たちも多く集まっていた。

     ~なお、こうした通俗的な講義は大いに聴講者たちに

                受けた、という。

   ◎ 私たちの実用的人間学研究会は、この名前に由来する。

     学者でない人が自由に講師になり、学び討議に参加する。

     一時はこの研究会だけのこともありました、

 

    1804年 カント死去 80歳

      当時としては長生きであった。

             ( カントは長生きした。たとえばフィフテ52歳

             、ヘーゲル61歳、シェリング79歳。)

 

「自然地理学」

 

自然地誌学

   自然と人間との諸経験は、あわせて世界認識となる

 人間の知識を人間学によって学び、自然の知識は

 自然地理学ないし地誌学に負っている。~

自然地理学論

 

第1部

第1篇 水について

  1~35節

第2編 陸について

  36節

      37節 アフリカの内部がわれわれに月の諸地方と同じように非常に知られていないことの原因は、アフリカ人の側よりもわれわれヨーロ  パ人のほうに存する。われわれが二グロ売買のために非常にしり込みさせられたからである。毎年6万人から8万人の二グロをそこからアメリカへ連れ去っていくという極めて無法なものである。こうして、かなり新しい時代に至るまで、この大陸は、海岸から内部へ30マイルまでがかろうじて知られたに過ぎない、ということになってしまった。

    ~62節

  (河川の歴史)

第3篇 大気圏おおってこうむり、なおこうむりつつある

  第63節  大きな諸変動の歴史 

  第81節まで  240p

第2部 陸地の含むものに関する特別の観察

第1篇 人間について

 第1節 種々なる地帯における人間の姿と色の相違

 第2節 人間の黒い色のいくつかの特徴

 第3節 この色の原因についての考え

 第4節 その他の生来の特性にもとづいて、陸地全体に

     関し考察した人間

 第5節 人間がその形姿に自ら引き起こす諸変化について

 第6節 人間のさまざまな飲食物の比較

 第7節 嗜好に関する人間の相互間の差異

第2編 動物

 第1章 蹄を有するもの

  A 1蹄動物

  1 ウマ

  2 シマウマ

  3 ロバ

   B   2蹄動物

  1、牛類

  2、羊類

  3,ヤギ類

   シカ類

 C3蹄動物

   サイ

 D4蹄動物

   カバ

 E 5蹄動物 

    ゾウ

 第2章 有趾動物 

  A 1趾動物  アリクイ

  B 2趾動物  ラクダ

  C 3趾動物  なまけもの

  D 4趾動物  センザンコウ

  E  5趾動物  

                      人間はこの種類の中でまさしく第1のクラスに入れる

                      べきであるが、その理性によって、人間は動物の類

                      をはるかに遠く超えている.

 

                       a    ウサギ類

        b リス類

        c ネズミ類

        d モグラ類 

        e    コウモリ

        ・

        h イヌ類

        m  ネコ     

        q ライオン等

        r クマ等

        t サル類    尾のないサル  オランウータン、

                                             チンパンジー,ボンゴ、テナガザル

                 尾の長いサル  ヒヒ

  第3章 鰭を有するもの

          カワウソ

 第4章 卵生4足動物

          ワニ

 第5章 海棲動物

          クジラ類

          マナティーすなわち海牛

          サメ

        海の驚異

          人魚(これが何かわかりません)

           この動物は人間とほんのわずかな類似しか

           ない。海の豚ともなずけられる

 第6章 若干の珍しい昆虫など

     益虫

      えんじむし

     害虫

 第7章 他の匍匐動物

       へび

       ・

 第8章 鳥類

       ダチョウ

       ・

第3篇 植物界

   特殊な樹木について

   その他の栽培植物

   特殊な植物

第4篇 鉱物界

   金属

   準金属

   可燃性鉱物その他

   塩について

   石について

    宝石

    準宝石

   土について

   化石について

   鉱物の起源について

第3部 すべての地方の最も卓越した自然の特徴

 

    地理学的区分によるに総括的考察

第1州 アジア

   インド

    前インド

    後インド

    (インドに住むのは、土着の住民-カーストの住民 

     ムガール人、ペルシャ人、アラビア人はイスラム教徒)

              アッサム

     アラカン

     ペグ―

   トンキン (ベトナム地方)

   コーチシナ

   シャム  (タイ)

   マラッカ (マレー)

   セイロン

   スンダ諸島 スマトラ じゃば

   パプア

   シナ

         中国については8ページにわたって書いてあります。呼び名

          はシナです。

   日本には補遺があり、全部で12ページ半書かれていて、中国よりも

          好意的です。(江戸時代)

   フィリピン諸島

   ペルシャ

   アラビア

   ロシア領土 シベリア

第2州 アフリカ 

       喜望峰  ホッテントット人 3ページ

  ナタル地方 カフェル族

  ソファラ海岸 モザンビーク

  マダガスカル島 フランス人 黒人160万人 アラビア人

  モノモタハ

  コンゴ、アンゴラ

  マタンバ・・

  カナリア諸島

  緑の岬

  ガンビア・ギニア

    ギニア地方の二グロは,ぶ体裁な格好をしていない

  エジプト

  アビシニア

  

第3州 ヨーロッパ 全部で9ページ

   ヨーロッパのトルコ  (オスマントルコ帝国)

    ブルガリア

    ギリシャ

    ハンガリア   

 ◎オスマントルコ軍は1799年、侵入してきたナポレオン軍を破る

   イタリアは2ページ半、

   フランスは1ページ、

   ポルトガルは3行しか書いてありません。人口は200万人

        スペインは800万人しかいない。ムーア人、ゴート人の時代

     には実にその4倍の人口がいた。

   スエ―デン

   ノルウエー

   ロシア

第4州 アメリカ

        南アメリカ

   北アメリカ

   アメリカの諸島

   氷海の諸地方について

 

自然地理学補遺

1地球の内部について

 水流の川床

 砂漠について

 風について

 最古代の地球の歴史

 

◎高慢と偏見に満ちた人種・民族論 p195

 ただ、異人種も同じ理性を持っていて、ただその発言が

   妨げられているだけである

 よってきちんとした教育を施せば、近代西洋人と同じ

  道徳法則を承認するはずだ。(p200)

 まさにこれが理性主義ないし理性信仰に他ならない。

 

訳注

ここには膨大な量の訳注があります。本の480ページから

928ページにわたっています。本の本文と同じくらいの

解説がついているとは驚きです。

 

解説 p627 三枝充〈  )

最も広く最も深い意味での大哲学者たるイマヌエル・カント

の影に自然学者I・カントが隠れて立ち、そのまた陰に(自然)

地理学者カントが見いだされる―少なくとも今日のカント像

はそのようなものであろう。

 

◎この内容は地理学だけでなく、人類学や生物学なども

含まれたもので、かなり幅広いものが含まれています。

 

◎ブログ筆者の見解

ブログ筆者が東京教育大学在学中に、人間と人間学に関する本を読んでいる中で、カントの『実用的見地における人間学』を読みました。そこで、学者ではなくいろいろな分野の人々が集まっていろいろ、その人の経験を聞くというのがありました。そこで、研究者主体の人間学研究会(後で人間学研究所)と実用的人間学研究会を作ったのです。そのご人間学研究会は「実用的人間学研究会」だけの時もありました。専門の各社でなくともいろいろな知識に満ちていて、かえって学者先生の話より面白いのです。カント先生もそうだったのでしょう。

 

◎参考書

「カントの人間学」 ミシェル フーコー 王寺賢太訳 

         2010年3月25日 2400円 税別

「カントの人間論」-人間は人格である― J.シュヴァルトレンダー 

            佐竹照臣訳  成文堂   

            昭和61年7月10日 3200円

「カントの人間哲学」 太田直道  晃洋書房  

           2005年11月10日 6000円

「カントにおける人間観の研究」山口祐弘 勁草書房

         1996年12月20日    2472円

「カント」S・ケルナー

 

Kimg0624

Kimg0622

「いまを生きるカント倫理学」 秋元康隆  集英社新書

  2022年7月20日  940円+税

Kimg0678

2022年7月11日 (月)

人間学研究会もできてから60年、人間学研究所もできてから23年、私たちも多くが80歳ぐらいになります。記念の本を出すことにします。

わたし(佐竹幸一)の1生はまさに、[人間学]とともにありました。今はなくなった、東京教育大学の生物学科、動物学専攻の学生でしたが、いろいろな本を読んでいく中で自然科学、人文科学に偏らない、[人間学]でないとなかなか人間の本質はつかめないのではないか、と考えました。このころには[人間学]といってもどこかの1分野のものであって総合的に追及するものはあまりなかったのです。

大学卒業時に最初の人間学研究会を作り、その研究会の会長であり顧問格であった、小原秀雄氏(女子栄養大名誉教授)とブログ筆者が良く論争したのが、自然科学も人文社会科学もともに含んで追及することが可能であるし、またそれを目指そうとしているブログ筆者と、そんなことは不可能であるという小原氏の見解との相違でありました。 

後日、総合人間学会設立時でも小原氏と私の見解は違ったままでした。小原氏はそれぞれの分野の専門家が集まって共同研究して初めて総合されるというものでした。

 2006年5月に総合人間学会の会長を決める話の時、当時事務局次長 運営委員であった私が年の順でいいのではといいまして、初代小林直樹氏、2代目小原秀雄氏の後、本来3代目になるはずの柴田義松氏(当時人間学研究所の所長)ではなく、東大教育学部の後輩になる堀尾輝久氏にはなってしまいました。私は小林氏とのトラブルで役職を降りていました。柴田氏も役員をやめるといったそうですがいちおう遺留されました。

話をもとに戻して、それ以前に、1991年4月に作られた第2サタケビルの2階に念願の人間学研究所準備室が作られました。そして実用的人間学研究会や人間サロンなどが開催されました。

1999年4月に設立された人間学研究所以後、現在に至るまで研究活動、時にレクレーションなども含め、活動が継続されています。「人間学研究所年誌」は19号、『人間学研究所通信』は91号に及んでいます。ブログ筆者も『人間学研究所年誌2020』No18の時だけは相次ぐ入院があり執筆を断念しましたが、それ以外は、論文、もしくはエッセイを書き続けています。筆者が20代の時から始めた研究会〈第1次、第2次、第3次でも)印刷物が残されています。それらはかなり膨大な量です。

2020年の初頭から始まった、新コロナウイルスの蔓延はなかなか休息せず日本でも7月からだい7波が言われています。このコロナと並行してブログ筆者も大腸がんとなりS字結腸切除手術を行いました、その後不眠症となり様々な体の不調に悩まされました。

来年2月には年齢も80歳となります。今年の5月にはすでに人間学研究所の本の出版の話は出しています。しかし5月のブログの内容は森岡新所長のお父さんのエッセイ集の紹介が中心でした。

本の構想 案

テーマ案(あくまでも佐竹の試案です)

人間学とは何か  6-8ページ     佐竹

  (人間学研究所年誌2000より)

  この部分を後半にもってきてもよい

エッセイ中心

1、人生いろいろ、とっておきの面白い話など 8人くらい

      90-120ページ

2、人間学研での思い出話  8人くらい

      90-120ページ

◎1,2以外でも重要なお話があれば付け加えます。

3、「こういちの人間学ブログ」などから(佐竹)

      60-70ページ

参考資料 (人間学とは何かを持ってきてもよい)

  人間学研究所・実用的人間学研究会の歴史

      『人間学研究所年誌2011』~ などから

      5から7ページ

  『人間学研究所年誌』の記事

      8-10ページ

 「その他」

      3ページ

◎9月10日〈土)本に記事を書いてくれると連絡してくれた人

 まだ数名。混乱に嫌気がさしたのかも  

 

◎本の執筆承諾者

  16名 未承諾の方 8名 7月9日現在

 

 (自費出版100万円での標準 200ページ 並製 四六判 1000部)

 案では 300ページ 並製 B5判 横書き 出版社と著者との中間型

 

現在 出版社を選択中です

出版社のご提案

岩田さん  「本の泉社」-総合人間学 こちらで決定

       出版社に連絡しました。

河村さん  「群羊社」 以前人間学

生田さん  「銀の鈴社」 鎌倉  論集と随筆集分ける

       編集委員会に参加します

野本さん  「本の泉社」 安心できる

 

 

2022年7月10日 (日)

『延びすぎた寿命』長生きの限界と社会の不備

高田馬場の芳林堂書店に行って、目についた本があり、購入したのが『延びすぎた寿命』ジャンーダヴィッド―ゼトゥン です。

そうしましたら2022年(令和4年)7月9日(土曜日)の日経新聞の読書欄に、この本の紹介の記事が載りました。日経新聞の記事は早稲田大学教授の森岡正博氏の書評でした。

著者はパリ在住で肝臓病学などが専門の内科医。

ESCPビジネススクールでシニアフェローを務めます

Kimg0610

上記の新聞記事

 人類の寿命は、18世紀から現代にいたるまでじわじわと延び続けてきた.本書は膨大な医学史の文献を駆使して、長寿と健康をもたらした要因が何であったのかを浮かび上がらせていく試みである。そして21世紀になって寿命の延びに限界が見えてきたことにも触れている。

 本書の圧倒的な情報量には驚かされるが、もっとも面白かったのは、20世紀初頭のスペイン風邪(インフルエンザ)の大流行と最近の米国のオピオイド(鎮痛剤)依存問題であった。

 1918年の夏に、米国でインフルエンザのパンデミックが起きた。これはすぐさま世界に広がったが人々の自覚は薄かった。同年の秋に第2波が起き、膨大な数の人々が死んだ。若い人たちもたくさん死亡した。今でいう「サイトカインストーム」(免疫の過剰反応)だったと考える専門家がいる。

 私は全く知らなかったが、このパンデミックで人命を奪ったのは、インフルエンザウイルスそれ自体というよりも、そのあとに合併症として起きた細菌感染だった。当時は有効な抗生物質がなかったのだ。

 しかし2005年に開始された研究で当時のインフルエンザウイルスが復元され、その致死性が通常のウイルスよりも100倍も高かったことが分かった。結局のところ科学はスペイン風邪の真実に迫り切れていない。著者は科学の限界に対しても冷静な視線を投げかけている。

 著者によれば近年の英国と米国では、平均寿命が低下している。とくに白人中年男性のアルコール依存、オピオイド依存、自殺が寿命を押し下げている。その背景としては、彼らが心身の痛みを強く感じるようになっことがあると著者はいう。

 そのような痛みへの簡便な対処法としてオピオイドが使われており、その乱用によって人々が死んでいるというのである。苦痛を軽減するための医薬品によって、彼らはさらに苦しい状況へと追い込まれる。なんという逆説であろうか。米国の社会制度の不備によって、問題は簡単には解決しようがない。このペシミスティックなトーンは非常に現代的であり、新型コロナを経験したわれわれに刺さるであろう。

評 早稲田大学教授 森岡正博

 

「延びすぎた寿命」健康の歴史と未来 LA GRANDE EXTENSION

Kimg0611

帯封に「長生きはもう当たり前ではない」寿命の決定要因は「行動」と「社会環境」が大きい。

250年以上前から人類は寿命を延ばし続けてきた。しかし、もはやこれ以上の長生きは難しい。現代のさまざまな要因を調べつくして、たどりついた結論とは?(表紙の帯封)

(裏表紙の帯封)健康の歴史は医学の歴史ではない。健康が医学で決まる割合は10%から20%に過ぎないからだ。かってこの割合はもっと低かった。医学以外に健康の決定要因が3つある。行動、環境、生物学。大雑把に言えば、年齢、性別、遺伝である。

Kimg0612

本は2022年4月30日に翻訳、発行されたものです。訳者は吉田春美、発行所は河出書房新社 書名は「延びすぎた寿命-健康の歴史と未来」です。価格は2900円+税です。

 

序文

1部 微生物の時代

1 先史時代から工業化以前の時代まで―平均余命30年

2 1750-1830年 弱弱しい健康改善

3 自発的な免疫化

4 1830-1880年 -工業化と健康

5 1850-1914年-大きな前進

6 1918-1919年  スペイン風邪で世界の人口の2%から5%が死んだ

Ⅱ部 医学の時代

7 1945-1970年 モデル転換

8  心血管疾患

9  がんと闘う

10 1960-2020 薬と製薬産業

Ⅲ部 21世紀の健康をめぐる3つの問題

11 3倍長生きするのにいくらかかるか

12 健康格差

13 慢性疾患―世界的な第1の死亡原因

    タバコ、アルコール、運動不足、肥満

Ⅳ部  21世紀―後退

14 後退する人間の健康

  アメリカにおける平均寿命の低下  

    1960年代にアメリカの平均寿命、世界1だった。1998年にOECDの平均を下回った。2019年のアメリカの平均寿命は高所得国で最低

    だった。白人層の所得の低下。

  オピオイドの過剰摂取と自殺  2000年から2014年で4倍になった。

    絶と望から、自殺願望へ 肥満の増加も関連

15 人間の健康に対する気候のインパクト

16 新興感染症

終章

 

◎鎮痛剤オピオイド(医療用麻薬)

  モルヒネ、オキシコドン、メサトン、フェンタニル

     ジアチルモルヒネ(ヘロイン) ケシから取れるアルカロイド

 経済の衰退と健康の後退は部分的に関係がある

 薬物中毒の43% 過剰摂取

 とくにアメリカ人において死亡者が急増 オピオイド危機と呼ばれる

 オピオイドの過剰摂取による死亡数は2000年から2014年の間に4倍になった。オピオイドの過剰摂取と自殺との関係は 部分的に重なる

  絶望からきている 2017年には11万749人の自殺者 実際にはもっと多い    肥満は絶望の第4の型

« 2022年6月 | トップページ | 2022年8月 »

2023年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        

最近のトラックバック