フォト
無料ブログはココログ

人間とは何か

2017年6月 8日 (木)

30万年前の、現生人類最古の化石?モロッコで発見

2017年6月8日の各紙に、現生人類最古の化石かと思われるものが発見されたと報じられました。
 北アフリカのモロッコで30万年前に生きていたとみられる現生人類(ホモ・サピエンス)の化石が見つかったと、ドイツ・マックスプランク進化人類学研究所などの国際研究グループが8日発行の科学誌『ネイチャー』に発表しました。これまで最古とされている現生人類の化石の記録を10万年さかのぼっているとしています。
170608_091101_2
赤旗、14面の記事の写真。毎日、日経に比べ、最も詳しく書かれていたので紹介しました。
◎筆者の個人的意見
 ここでは現生人類の頭骨と説明がありますが、あとの説明にあるように諏訪元氏の言うように現生人類の移行型のように見えます。見ただけですが眼窩上隆起も高く、ホモサピエンスの頭骨よりネアンデルタール人に近い頭骨に見えます。
アフリカに存在していた、現生人類以外の人類にホモ・ローデシエンスがいます、南アフリカで発見されたもので30万から12,5万年前とみられています。ネアンデルタール人の前段階のホモ・ハイデルベルゲンシスから派生したものとみられます。
 新しく見つかった人骨はちょうどネアンデルタール人段階のもので、ヨーロッパに多いネアンデルタール人は氷河期のヨーロッパに住み、寒冷地適応して赤い髪、白い肌をしていましたが、より温暖なモロッコあたりの北アフリカにすむ人類はより現生人に近くなったのかも知れません。
記事によりますと
 化石が見つかったのはモロッコ中部、アトラス山脈の丘陵地にある都市マラケシュの西にあるジェベル・イルード遺跡。1960年代から人類の化石や、ヨーロッパ人のネアンデルタール人が使っていたとされるものに似た石器などが見つかっており、化石がどの進化段階にあたる人類なのか注目されていました。
 研究グループは2004年から新たな発掘調査を開始し、これまでに少なくとも5体分の頭骨や歯、身体の骨などを収集。マイクロCT(コンピューター断層撮影)など最新の技術を使って、さまざまな人類の化石と比較した結果、現生人類と最もよく似ていたといいます。また化石が見つかった地層の年代を詳しく調べた結果、約30万年前のものだったことがわかったとしています。
 細胞内小器官のミトコンドリアのDNAを使った遺伝学的研究では、現生人類は約20万年前アフリカで誕生したことが示されています。
◎新しく見つかった化石のDNAの解析はどうなのでしょうか。系統がはっきりします。純粋な骨のDNAがあると、デニソワ人のように小さな指の骨だけでゲノムがわかりました。
 
 このため、現生人類は20万年前ごろ、東アフリカのどこかで出現したというのが、大方の専門家の見方です。東京大学総合研究博物館の諏訪元・教授(人類学)は、「オモ・キビシュやヘルト村で見つかった人類化石直前の段階を表す化石だ。現生人類の出現が30万年前にさかのぼるというよりは、現生人類につながる人類が30万年前に北アフリカにいたことを示していると考えたほうがよい。ただ、年代の決定には不確定要素があり、今後さらに検討が必要だ」と話しています。
170608_091201_2
◎この下あごの写真は、毎日新聞と、日経新聞に載せられていたものです。ここでも現生人類の下あごと決めつけていますが、果たしてどうでしょうか。現生人の特徴である、おとがい(下あごの出っ張り―しゃべるのに有利とされている)はありません。
日経新聞には
 化石から復元した頭蓋骨は顔立ちが現代人に似ている一方脳を収める 頭部の形状に、ネアンデルタール人に似た原始的な特徴が残っていた。チームは「アフリカ大陸での石器文化の広がりと相まって初期の現生人類が進化した」とみている。
 年代は石器を含めて35~28万年前のものだと位置づけた。頭骸骨を復元。脳を収める領域は前後に長く(筆者注:長頭型という。現生人は短頭型)、初期人類の特徴が残っていた。
 30~20万年前にはアフリカ各地で現生人類が暮らしていたとみている。
遺跡ではガゼルなど動物の骨が出土し、狩りをして火を使った痕跡も見つかった。
毎日新聞には
 現生人類ということには専門家に異なる意見もあり、議論を呼びそうだ。
チームは「アフリカ大陸での石器文化の広がりと相まって初期の現生人類が進化した」とみている。
各紙の共通部分は省略しました。
◎現生人類の化石の発見が一気に10万年さかのぼるというのは、大きなことです。現生人類の起源を見るために、さらに詳しい研究が望まれます。

2017年5月20日 (土)

国内最古の旧石器時代の人骨、石垣島で発見 港川人との違いは?洞窟に風葬で

 2017年5月20日の各新聞に、国内最古、2万7000の年前の全身人骨が、沖縄石垣島の「白保竿根田原洞窟(シラホサオネダバル)遺跡」で見つかったと報じた。
 毎日新聞26面には、「旧石器時代の人骨19人分」、「2万7000年前 最古の墓」、「洞窟に風葬」とあり、日経新聞には「国内最古の全身人骨」、「沖縄・石垣島 2万7000年前と推定」「旧石器時代の墓か」とあります。
170520_091702
毎日新聞
 沖縄県立埋蔵文化財センター(西原町)は19日、石垣島の遺跡で5年(2012~16年)の発掘調査で、旧石器時代の人骨を1000点超、少なくとも19人分確認したと発表した。出土量は世界最大級。国内最古の全身骨格の人骨もあった。同センターは洞窟を墓にして風葬のように葬ったと判断。旧石器時代の人骨の葬送と墓域がわかるのは初めてで国内最古とみられる。日本の墓制の起源や当時の葬送概念を考える上で重要な成果となる。(墓域を初めて確認した)
 人骨の年代は2万7000~1万8000年前。全身骨格がそろった人骨は2体分あり、うち1体の年代は2万7000年前で頭蓋骨を含めて国内最古となる。高齢の成人男性で身長は165センチ。これまで旧石器時代の全身骨格は、沖縄本島の港川フィッシャー遺跡(2万2千年前)でしか見つかっていない。
 この人骨は洞窟内の岩陰にあり、遺体はあおむけのまま、ひざは胸まで、ひじは両手が顔に近づくまで降り投げていた姿勢とわかった。他の人骨も岩陰で見つかった。同センターは屈葬の形で岩陰に置いて葬り続けたとみている。
当時の死生観反映
土肥直美・元琉球大准教授(形質人類学) 毎日新聞
 旧石器時代の人骨が19人分も出土するのは世界でもありえない発見。遺体をわざわざまげて葬っているところに、当時の死生観がうかがえる。
毎日新聞・大森顕浩
白保竿根田原洞窟遺跡
 旧石器時代から近世の人骨や骨が出土する沖縄県石垣島の複合遺跡。空港建設に伴う調査で発見され、同県立埋蔵文化財センターが2012~16年に本格調査を実施した。旧石器時代の人骨では初めてヒトのDNA抽出にも成功。中国大陸南部や東南アジアなどが起源のパターンと判明し、日本人のルーツを探る貴重なデータとなっている。
日経新聞
 
東方アジアの人類史解明進む
松浦秀治 お茶の水女子大名誉教授 日経新聞
 今回の成果から遺跡が旧石器時代人の文化的活動の場であったことが明らかとなり、遺跡の重要性が再認識された。沖縄本島を含む琉球列島各地域からの旧石器時代人骨資料の充実によって、証拠が点から線へまた面へと広がりつつあり、東南アジアの人類史の解明が進むことが期待される。
日経新聞
 同センターの金城亀信所長は、記者会見で「日本の人類史上に新たな1ページを刻むことができる重要な発見だ」とした。
 全身骨格は高齢の成人男性ととされ、推定身長、165センチで「港川人」より10センチ程度高かったと言い、虫歯のような跡もあった。
 同センターは、地中に埋葬せずに風化させる「風葬」が行われていた可能性に言及、。生活の痕跡は見られず「死者を葬る場所と生活の場所が分かれていた」と指摘する。
 全身骨格は放射性炭素年代測定値を実年代に合うように補正し、約2万7千万年前と推定した。
 全身人骨などは20~28日、同センターで一般公開される。
170520_091401
毎日新聞より
170520_091701_1
遺跡の場所
 
170520_091501
 
 
岩陰に葬られた際のイメージ、沖縄県立埋蔵文化財センター提供
◎コメント追記
もっともしっかり人骨が残っているものを、4号人骨と呼びます。写真の人骨は4号人骨です
人骨展示の沖縄県立埋蔵文化センターは9時から午後5時までオープン、入場無料
098-835-8751
人骨にはげっ歯類(ネズミ)のかじり跡があり、風葬によって葬られた証拠と見ます。
 今回2万7000年前に見つかった人骨と、5000年の差がある港川人(沖縄本島)との違いは?港川人は身長男性153~155センチ、女性144センチ。身長の差10センチもある。顔つきは、顔の復元が待たれる。
 港川人は、縄文人の祖先と見られたこともあるが、最近ではアボリジニやパプアニューギニアの人たちにちかいのではないかと言われている。国立科学博物館の顔の復元図もだいぶ変わってきた。
 さて今度の人類はどうでしょうか。
 氷河期の最後のころには海面が低下し、日本と本土はつながっていた。2万年前ごろまで最終氷期
 

2017年1月27日 (金)

日本人のルーツ 縄文系と弥生系の混血 松凰山は縄文系の典型?ゲノム分析などから

 日本人のルーツという問題は、大変興味深い問題です。私も、2011年11月18日の第27回実用的人間学研究会の例会で「日本人のルーツと顔のいろいろ」と言う題でお話ししました。その時にも色々な例をあげて、日本人がもともとあった縄文系の人々に、渡来系の人たちが、混血して日本人となったということ、そして、沖縄と北海道のアイヌの人たちには、渡来系の影響が少な九共通性があるということを。お話ししました。それについては様々な人が提唱していますが、例をあげてみます。

◎2017年1月27日 記事を加えて更新しました。

高安、御嶽海などが日本人とフィリピン人の混血であるということを、書き加えました。松鳳山もハーフではないかと言われますが、純粋の日本人です。けれども日本人のルーツに南方系の毛深く、浅黒く、丸顔の縄文顔をした人が多いということです。

1、ベルツの長州型と薩摩型の分類

 ドイツ人医師のベルツは、日本人の顔や体つきを観察し分類すると、背が高く顔つきが上品で、色白、面ながな長州型と、背が低く、毛深く、目鼻立ちのはっきりした顔立ちである薩摩型(武骨型)に分かれるといいました。そして、琉球人とアイヌは、薩摩型に似ているということで、「同系」であると1911年に唱えました。

2、埴原和郎氏の「二重構造説」

 東大教授から国立国際日本文化研究センター教授になった埴原和郎氏は1980年代に、日本人は縄文人と渡来人の混血によって成り立ったという「二重構造説」を提唱しました。

『日本人はどこから来たか』埴原和郎編1984小学館                                  『日本人の成り立ち』埴原和郎 1995人文書院                                  『日本人の骨とルーツ』埴原和郎 1997角川書店 など

3、尾本恵一氏の集団遺伝学から

 人間の様々な対立遺伝子の地域的な差を調べました。耳垢、色盲、赤血球、白血球の型、ガンマグロブリンの型など様々な因子がどのように変化しているかです。そして各民族いより遺伝子がどれほど近いかがわかるということを示しましたその結果、近畿と九州は近くアイヌと琉球が近いと言うことがわかりました。

4、国立遺伝研の1996年の人類、民族合同学会での発表

 「ミトコンドリアDNAから見た、日本人の成立」と題して発表しました。そこで、琉球人や、アイヌ人は大陸由来の遺伝子は20%以下で、本土日本人は50%以上が中国人や、韓国人など大陸由来のものであると、発表しました。本土日本人の遺伝子プールの65%は弥生時代以降大陸からもたらされた。

5、筑波大原田勝二助教授のお酒の強さで

 アセトアルデヒドを分解する能力(酒に強いかどうかの能力)はの分布図をつくりました。その結果、北九州から、中国、近畿、などは酒に弱いことがわかりました。(渡来系の多いところ)。また、南九州、四国(土佐県)そして、東北、北海道、沖縄など、縄文系の因子の強いところは酒に強いことがわかりました。それは酒の消費量も比例するそうです。

6、ハブロタイプといわれる遺伝子の分布

白血球の一種の表面に抗原表示するHLA(ヒト白血球抗原)には色々なタイプがあります。そのタイプにより色々な遺伝子のセットが現れます。それをハブロタイプと呼びます。ハブロタイプを比較することで人類集団の近さを推定できます。アジアをハブロタイプで分類すると、いくつかのタイプがあり、モンゴル地方、韓国地方、南中国地方、東南アジアに近い地方などのグループに分類されます。日本人はそれらのグループの混血で、今の日本人でも、ある人のタイプを調べればその人のルーツがわかるといいます。

 勝永勝士「HLA遺伝子群からみた日本人の成りたち」一部 1995 東大出版会

170129_151701

図は、はるかな旅より

B52-DR2 ツングース系(北方系) 朝鮮経由 百済系 桓武天皇から現在の天皇家

       面長、色白、体毛薄い 北九州、近畿、 関東、北陸は新羅系

B44-DR13 南朝鮮、(元は南方系) 前方後円墳を作った人達 伽耶系 仁徳朝など

       近畿、北陸、東海地方に多い

B46-DR9 中国中南部がルーツ 倭の人々 北九州、山陽。近畿に多い

B54-DR4 中国南部、タイ、ベトナムなど東南アジア 色黒、毛深い 沖縄、南九州 アイヌ

 

7、ウイルスに対する抵抗度

 成人T細胞や白血球ウイルスなどに抵抗性が強い形質を、カリブ海やパプアニューギニアなどの地域に持っていて、南方の海から来た人たちが多い、縄文系と思われるれ人たち(沖縄など離島部や北海道など)に同じ形質を持っている。

総合研究大学院大学の斉藤成也教授也国立遺伝学研究所などによる 

11月1日付の日本人類遺伝学会学会電子ジャーナル版への発表

 11月1日の新聞各紙に発表されました。それをとっておき、私のブログで紹介しようと思いましたが、11月26日付の赤旗で、大変詳しい話しがのっており、それをようやくして書くよりも、そのままを、お伝えしたほうがわかりやすいと思い転載しました。

Img_0008

Img_0004

Img_0005

Img_0003

Img_0009

Img_0010

途中の文章は字が細かく不鮮明で読めないかもしれません。申し訳ありません。

上記の地図で、「現在」は、あまりはっきりしませんが沖縄地方は北海道と同じ赤っぽい、縄文系が強く残っていることを示しています。

三番目の写真の図は極めて重要なので2倍に拡大して、下図のように示しました。

色々複雑に絡みあって日本人が成り立っているのが良くわかります。

Img_0011

追記  2013年1月14日 新小結、松凰山は縄文系の典型か?

 初日横綱、白鵬と初日を闘った、新小結 松凰山関はこのところすばらしい成績を残しています。いつも思うのは、松凰山関ほど、縄文系を色濃く残している力士はいないのではということです。ともかく肌の色が濃く、茶色に近い色です。色白のモンゴル系白鵬に比べるとその違いが、極めて大きいのです。また毛深いことです。胸毛もあり背中にも濃い毛があります。ひげを伸ばしたらいかにも濃そうです。顔つきも丸顔で、目鼻立ちはいかにも縄文系でいわゆる濃い顔立ちです。フィリピンやインドネシアなど南方にいる人たちの顔立ちです。出身は福岡だそうですが、縄文系の遺伝子を色濃く受け継いだように思えます。韓国の人には、あのようなタイプはほとんど見かけません。

 松鳳山は毛深いのでハーフではないかと、いう人もいますが、純粋の日本人です。インターネットで見ると、松鳳山はハーフ?という記事がいくつもあります。みんなそう感じるのですね。

追記 2017年1月27日 高安、御嶽海、舛ノ山は日本人とフィリピンの混血だそうです

 毛深さにおいては松鳳山といい勝負で、肌の色も浅黒い高安は、日本人の父親とフィリピンの母親の混血です。高安は今度横綱になった稀勢の里と同じ、田子の浦部屋で、強力な大関候補と注目されています。本名、高安晃で茨城県土浦の出身で、元AKBの秋元才加とは、幼馴染だそうです。

 御嶽海も2017年の初場所で大活躍しました。彼もお父さんが日本人で、お母さんがマルガリータというフィリピン人です。松鳳山や高安ほど毛深くはないですが、色は浅黒く、丸顔の南方の顔をしています、

 桝ノ山もフィリピン人の混血だそうですが、(桝ノ山はフィリピン生まれです。混血かどうかわかりません)色白で毛深くもありません。フィリピン人といっても、中国系やスペイン人系とかいろいろなルーツの人がいます。心臓病のせいか、すぐ息が苦しくなり、20秒だけの力士ともいわれるそうです。

 

170128_162501

明治神宮での稀勢の里の初の横綱土俵入り、太刀持ち、高安、露払い松鳳山の色黒、毛深いコンビです。稀勢の里に比べると色黒、毛深さが目立ちます。

古モンゴロイドと新モンゴロイド

 アジア人の内、もともとのアジアに住んでいた人たちを古モンゴロイドといい、寒冷地適応をした人たちを新モンゴロイドといいます。古モンゴロイドの人たちはインドシナ半島からアイヌ人や日本の縄文人など多様である。ポリネシア、フィリピン、台湾、沖縄、などに広く分布している。新モンゴロイドは、ツングース、蒙古、北部中国人、朝鮮人など。

古モンゴロイド

 顔つきは、彫りが深く、比較的小柄で、二重瞼、厚い唇、湿った耳垢、多毛、波上の髪などである。いわゆるソース顔とも。濃い顔ともいう。

 沖縄、南九州、四国の南側、関東の山間地、東北の一部、北海道などに多い。

新モンゴロイドは、寒冷地適応した、

 顔つきは、のっぺりとした、比較的大柄、一重瞼、薄い唇、渇いた耳垢(粉耳)直毛、など。いわゆるしょうゆ顔、お雛様顔である。渡来人系でお公家様の顔とも言え。北九州、中国、近畿、日本海側に多い。大部分は混血型。

2017年1月 4日 (水)

クローズアップ現代、「サピエンス全史」文明の構造と人類の幸福、を取り上げる

「サピエンス全史」 について
170104_161801
170104_161802
2017年1月4日(水)のNHKの番組「クローズアップ現代」は午後10時から25分間、放送されます。毎日新聞には、「クローズアップ現代+世界注目!人類史の本、幸せ探す250万年の旅」と紹介されています。他の新聞でも同じ紹介となっていますが、毎日新聞ではカラーの広告が出ていました。
 『人間学研究所年誌2016』14号への、ブログ筆者の応募論文(2017年3月31日発行)「どこまで人間と見るかー歴史と未来」でも、Ⅱ章、「人間を考えるための、いくつかの論考」でも、約1ページにわたって、「サピエンス全史」文明の構造と人類の幸福、と題して、紹介しています。
170104_165101
 新聞の広告に「人類史の常識がいまくつがえる!、今世紀最高の必読書!」と紹介されていますが、どのように、NHkで取り上げるのか注目して、紹介したいと思います。
170105_070201
1月5日の日経新聞の広告です。下段全部を使った大きな広告です。各紙誌で紹介され、いろいろな人が推薦しています。今世紀最高の必読書!とまで書いているのは果たしてどうでしょうか。
 世界200万部突破のベストセラー、と書いてあります。
 原題と著者は”SAPIENS: A Brrief History of Humankind",Yuval Noa Harari 2011
で、日本では『サピエンス全史』上下ー文明の構造と人類の幸福、著者はユヴァル・ノア・ハラリ氏となっています。2016年9月30日発行、訳者、柴田裕之、河出書房新社、1900円+税 上下とも、となっています。
 帯封に48か国で観光の世界的ベストセラー!、ジャレド・ダイアモンド(「銃、病原菌、鉄」の著者)、ビル・ゲイツ(マイクロソフト)、マーク・ザッカーバーグ(フェイスブック創業者)、日本では、山極壽一(京都大学総長)、山形浩生(評論家)氏の推薦となっています。
170104_162001
 著者のハラリ氏は、1976年生まれのイスラエル人歴史学者。オックスフォード大学で、中世史、軍事史を専攻して、博士号を取得し、現在ヘブライ大学で歴史学を教えている。軍事史や中世騎士文化についての著書がある。オンライン上での無料講義も行い、多くの受講者を獲得している。(本の紹介より)
 最低限の紹介だけをしました、NHKの放送が始まりましたら、追記して紹介いたします。
「人間学研究所年誌2016」には、次のような文章を書きました。
 「サピエンス全史」文明の構造と人類の幸福
 「サピエンス全史」は、2016年9月に翻訳されたばかりの本で、多くの国でベストセラーになっている。この本を書いたハラリは、なぜホモサピエンスだけが繁栄したのか?という問いを出し、国家、貨幣、企業…虚構が文明をもたらしたという。また、そして文明は人類を幸福にしたのか?と問いかける。
 「想像上のヒエラルキー(階層性とか階級制)と差別」という章で、様々な階級と階級間の差別について書いている。またスペイン人のアステカ王国やインカ帝国への暴虐の限りを尽くした侵略の実態を書いた。これをインディオにとって、あたかも「宇宙からの侵略」のようだと書いた。
 「文明は人間を幸福にしたのか」の章で、農業革命は集団としての能力は拡大したが多くの人間にとって個人の運命はより苛酷になった。ヨーロッパ諸帝国の拡大は膨大な数のアフリカ人、アメリカ先住民、オーストラリア先住民にとっては、とても吉報とは言えなかった。人間には明らかに、権力乱用のあることに照らせば、人間は力を増すごとに幸せになれると考えるのは、あまりにも安直だろう」。
 現代世界は、歴史上はじめて全人類の基本的平等性を認めたことを誇りにしているが、実際はこれまでで、最も不平等な社会を生み出そうとしているところかもしれない。歴史を通して、上流階級はつねに底辺層よりは賢く、強く、全般的に優れていると主張してきた。~実態は優れているわけではなかった~だが、これからは新たな医学の力を借りれば、上流階級のうぬぼれも、間もなく客観的現実となるかもしれない。
 「あとがきー神になった動物」で、7万年前、ホモサピエンスはまだアフリカの片隅で生きていくのに精一杯の、取るに足らない動物だった。ところが、その後の年月に、全地球の主となり、生態系を脅かすに至った。今日、ホモサピエンスは神になる寸前で、永遠の若さばかりか、創造と破壊の神聖な能力さえ手に入れかけている。自分が何を望んでいるかもわからない、不満で無責任な神々ほど危険なものはあるだろうか?という問いかけをしている。
以上は論文に書いたことです。不十分さが目立ちます。
本の概略を書きます
この本は4部に分かれている。目次を書きます。
第一部 認知革命
第1章 唯一生き延びた人類種
第2章 虚構が協力を可能にした
第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし
第4章 史上最も危険な種
第二部 農業革命
第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇
第6章 神話による社会の拡大
第7章 書記体系の発明
第8章 想像上のヒエラルキーと差別
第三部 人類の統一
第9章 統一へ向かう社会
第10章 最強の征服者、貨幣
第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン
第12章 宗教という超人間的秩序
第13章 歴史の必然と謎めいた選択
第四部 科学革命
第14章 無知の発見と近代科学の成立
第15章 科学と帝国の融合
第16章 拡大するパイという資本主義のマジック
第17章 産業の推進力
第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和
第19章 文明は人間を幸福にしたのか
第20章 超ホモサピエンスの次代
あとがきー神になった動物
NHKのクローズアップ現代での紹介
オバマ大統領が夢中で読んだという。世界中でのベストセラー。
池上 彰氏がこの本の内容を解説する
認知革命
 ネアンデルタール人などに比べ、成功の秘訣は何か。ホモ・サピエンスの言語を話す能力が重要、また神や国民や法人といったフィクションを信じる力そして、集団力が存続繁栄させてきた。会社とは、お金とは、実体は?
 ラスコーの洞くつ壁画ーバイソンに殺されているところだという鳥のような頭の人間-この世からあの世に行く旅を描いているのかもしれない。
狩猟採集民は豊かな暮らしをしていた。(健康に良く多様な食物、比較的短い労働時間、感染症の少なさ)。それに比べて生産力が上がっている大部分の現代の人々は幸せな暮らしをしていない。
 人類は拡大を続け、多くの種を絶滅してきた。
-文明の発展は人類を幸福にするとは限らない。
今までの歴史、歴史上の出来事、人物にのみ関心を持ってきた。幸せということに注目してきた歴史は少ない。
170105_083701
農業革命
 農業革命が起きた。そのことにより生産力は飛躍的に上がったが、一人一人は昔より長い時間をはたらかなければならなくなった。少数の者に富が集中する。
食料の増加はより良い食生活やより長い休暇に結びつかなかった。むしろ人口爆発と飽食のエリート層の誕生につながった。平均的な農耕民は平均的な狩猟採集民より、苦労して働いたのに、見返り得られる食べ物は劣っていた。農業革命は史上最大のサギだったのだ。-小麦に人間が家畜化された。
170105_134101
農業の発展により、富の蓄積や、様々な差別や格差の発生した。
差別や格差は虚構に根差している。
現代社会は個人の幸せには目を向けず、国家や権力にだけ注目してきた。
歴史も個人の幸せに注目してこなかった。
170105_083801
人類の統一
 神話と虚構のおかげで、人々はほとんど誕生の瞬間から、特定の方法で考え、特定の
標準に従って行動し、特定のものを望み特定の規則を守ることを習慣づけられた。こうして人工的な本能のネットワークのことを「文化」という。
 歴史は統一に向かって進み続ける。グローバル化。しかし資本主義の発展により、一人一人は不幸になってきた。
 帝国の誕生。今後は歴史を個人の幸せから見ていくことが事が、重要であると、ハラリ氏は主張する。
2014年は区切りの年、いろいろな矛盾が激しくなる年。グローバル化、と格差の拡大。
トランプ大統領の登場。アメリカが世界のリーダーである時代の終焉。資本主義は限界なのか。
170105_084101
フィクションは人間を発展させる一方でその考え方にとらわれてしまう恐れもある。
170105_084401
今起きている、様々な矛盾。人口減少、低成長、j格差などが生じている。資本主義の行き詰まり、限界が生じてきている。
それを克服するための、新たなイノベーションが必要。
170105_084601
科学革命
 
15章 科学と帝国の結合
 クックの遠征、壊血病への対策法発見 クックの遠征の後100年間でオーストラリアとニュージーランドの肥沃な土地が原住民から奪われた。先住民の人口は最大で9割が失われた。生き残った人々も過酷な人種的迫害にさらされた。タスマニアのアボリジニは絶滅。
 宇宙からの侵略のようなースペイン人によるアステカ帝国とインカ帝国の侵略
 産業革命によって、人類は、おおむね周囲の生態系に依存しなくて済むようになった。
全人類の総重量はおよそ3億トン、家畜の総重量は7億トン、残存する大型の野生動物の総重量は1億トンに過ぎない。
 家族とコミュニティの崩壊
近代以前の相関関係-、弱い国家と市場、強い家族とコミュニティ、弱い個人
近代の相関関係ー、強い国家と強い個人、弱い家族とコミュニティ
第19章 文明は人々を幸福にしたのか
 近代のサピエンスが得意になれるのは実験台になったサルや乳牛、ベルトコンベヤーに載せられたひよこの犠牲の上にきづかれたものだ。人類の幸せだけを考慮するすることも誤りだろう。
 幸福度を測るーより豊かで健康になれば人々はより幸せになるはずだと。
富は幸福をもたらすが一定の水準まででそこを超えると富はほとんど意味を持たなくなる。
家族やコミュニティは、富や健康よりも幸福感に大きな影響を及ぼすようだ。よいコミュニティと良い家族を持つ人たちは、家庭が崩壊し、コミュニティの1員にもなれない人よりははるかに幸せだという。-過去2世紀の物質面の劇的な状況改善は、家族やコミュニティの崩壊により相殺されてしまった可能性がある。
 核兵器により超大国間の戦争は集団自殺に等しいものになり、武力による世界征服をもくろむことは不可能になった。
 私たちの未来はどうなるのか。いま科学革命が起きつつあるし、今後さらに必要である。
はたして文明は人間を幸福にしたのかという問いかけ。
 現代世界は、歴史上初めて全人類の基本的平等性を認めたことを誇りにしているが、これまでで最も不平等な社会を生み出そうとしているところなのかもしれない。上流階級はつねに底辺層より賢く強く、全般的に優れていると主張してきた。彼らは自分を欺いてきたが新たな医学の力を借りれば、上流階級のうぬぼれも、おそらく客観事実となるかもしれない。
 今後、1,2世紀のうちに人類は姿を消すと思います。ネアンデルタール人のように絶滅するという意味ではない。人工知能-AIなど、科学の発達が加速度的に進み、いわば超ホモ・サピエンスが生まれてくるのではないか。あるいはターミネーターのいる世界など。コントロールできない社会になるかもしれない。(シンギュラリティなど)
170105_084901
幸福を探す人類史の旅。
そして幸せな道に進む賢い選択をする必要がある。人類の欲望をコントロールできるのかという問題。いろいろな諸問題の解決、そのためには科学と政治の協力が必要である。
以上がクローズアップ現代の概略です。
あとがき
 今日、ホモ・サピエンスは、神になる寸前で、永遠の若さばかりか、創造と破壊の神聖な能力さえ手に入れかけている。
 不幸にも、サピエンスの地球支配はこれまで、私たちが誇れるようなものをほとんど生み出していない。私たちは環境を征服し、~、だが世の中の苦しみの量を減らしたのだろうか?人間の力は再三にわたって大幅に増したが、個々のサピエンスの幸福は必ずしも増大しなかったし、他の動物たちにはたいてい甚大な災禍を招いた。
 私たちは、かってなかったほど強力だが、それほどの力を何に使えばいいかは、ほとんど見当がつかない。~
 自分が何を望んでいるかもわからない、不満で無責任な神々ほど危険なものがあるだろうか?
 これが最後に著者が言いたいことなのだ。
訳者あとがき
 アフリカ大陸の片隅で捕食者を恐れてほそぼそと暮らしていたとるに足らない動物がこの21世紀までたどってきた道のりを振り返り、将来を見据える。
 それは、多数の見知らぬものどうしが協力し、柔軟に物事に対処する能力をサピエンスだけが身に着けたからだ、と著者はいう。
 貨幣と帝国と宗教(イデオロギー)という3つの普遍的秩序だった。貨幣は人類の寛容性の極みでもある。
 著者は時とともにすべて悪くなる一方などという極端な見方はとらない。
 他の生物や個人の幸せや苦しみにどのような影響を与えてきたか、ほとんど顧みてこられなかった。人類の歴史理解にとって最大の欠落で、この欠落を埋める努力を始めるべきだ。
ブログ筆者のコメント
◎ 幸福の増大と、苦しみを減らす、という観点で書いた、人類の過去現在、未来を書いた壮大な歴史である。今までの歴史を見ると、人々ー人類のためと称しながら、実際には支配階級のための歴史であった。
 かつて、マルクス、エンゲルスの社会主義、共産主義の夢は、スターリンや毛沢東、ポルポトなどにより、無残に打ち砕かれた。現在の世界はグローバル化が進み、北朝鮮や一部のイスラム国を除けば、マグドナルドやケンタッキーやコンビニ店などが世界的に進出している。こういう国にはアメリカは戦争を仕掛けない。大々的な戦争が起きた20世紀に比べいくらかよくなったともいえる。しかし、グローバル化は進み、人口減少、低成長、格差の増大は先進資本主義国共通の悩みである。多国籍企業は利益追求を推し進め一般の人々の幸福の増大などは眼中にない。政治は多国籍企業などに有利に行われる。しかし格差の増大は多国籍企業の発展にも限界を生じさせる。
 このような世界的な風潮の中で、これらの世の中の実態をつかみ、一般庶民のための幸福を増大させるために、何らかの動きをしなければならない。すでに、その動きは出ている。例えば現在の日本の選挙制度は不十分ではあるが、やりようによっては変革可能である。人々の多くが幸せになるために、政治を変えることが大事である。そのための議論が十分に高まることを期待したい。
 人間の=一般庶民の幸福の増大と、苦しみを減らすにはどうしたらよいかということである。政治の仕組みの問題もあるが、その政治を行う人間がどのような政治を行うかということである。中国の後漢の時代、そのはじめ建武・永平の治といわれる優れた政治の時代があった。中国では政治が乱れると、人が人を食べるという悲惨なことが起きたが、光武帝、明帝、和帝の時代には80数年そういう悲惨なことが起きず、人口も急速に増えていきました。それは、「元元を主とする」=庶民が最も大切であるという光武帝の考えと、その考えを受け継いだ歴代皇帝、そして第五倫のような優れた政治家が政治をおこなったからである。皇帝独裁という政治体制でも善政は可能なのである。
 現代の政治の仕組みの多くは建前として民主主義に基づいたものとなっているが、実際には、現代資本主義社会を動かしている支配層が支配している。いまのままでは、幸福の増大と、苦しみの減少より、さらに大企業と大資本家の富を増やすための政治が行われるであろう。そうなれば、科学と技術の進歩は”人間”に破滅的な事態を引き起こすであろう。もうすでに表れているが人工知能(AI)やロボットが人間に置き換わり、一部の大資本家と技術者だけで、あとは人間のいない世界になってしまうかもしれない。もうすでに、仕事の多くが人間から変わりつつあるのである。
 一般の人々の幸福の増大と、苦しみを実際に減らすにはどうしたらいいかを、原点に立ち返って現代の政治の現状について個々に見直してみることでしょう。
 

2016年12月27日 (火)

1,「ネアンデルタール人たちと私たち人類」リンク集、2「,ナレディ原人」発見、追記版

2016年12月27日 追記版
 2016年12月26日のCSの「ナショナル・ジオグラフィック」の放送(午後7時より8時まで)で、「ホモ・ナレディ」-「ナレディ原人」についての放送が、有りました。その番組を見て、またほかの資料を加えて、追記版としました。追記は記事の一番下に書きました。
・ 
2015年10月15日に、人間学研究所、実用的人間学研究会合同例会で「ネアンデルタール人たちと私たち人類」と題して、筆者は講師としてお話をします。現在、新しい図書を購入し、そのまとめを「こういちの人間学ブログ」に書いておりますが、今後もまた資料を加えていきます。
 資料がバラバラですと分かりにくいので、今までのブログおよび新しいブログをまとめて、リンク集を作ることにしました。興味があるところを改めて読んでいただければと思います。
 ネアンデルタール人のことを中心に書きましたが、その前のブログで、他の人類について書いたものも参考までにのせてみます。
 各テーマの年月の後に―接続、となっているものだけがつながります。他は、うまくつながりません。申し訳ありません。
「ネアンデルタール人の首飾り」岩城正夫氏の解説について
・ 2015年9月-接続
 
「1、ネアンデルタール人とわれわれ人類―リンク集、2、ホモ・ナレディを南アで発見」
 2015年9月
.
「こういちの人間学ブログ」において、今まで、人類の起源と進化に関して書いてきたブログです。それとともに、発見されたばかりのナレディ原人についても伝えます。
 この記事は新しいものに更新しました。
 
「私達だけがなぜ生き残れたのか」 C・ウォルター ネアンデルタール人早く大人へ、現生人は幼児化  2015年9月 接続
「ネアンデルタール人は私たちと交配した」 スヴァンテ・ペーボ 金髪の白人はネアンデルタール度が高い? 2015年8月 接続
「ネアンデルタール人と私たちの50万年史」なぜ絶滅したのか 付人類進化資料
ネアンデルタール人や古代の人類に関する図書一覧
 2015年8月 接続
 
 
「人類は多くの人類と共存した ネアンデルタール人、アカシカ人、デニソワ人、フローレス人
  2015年8月 接続
「ネアンデルタール人について 図像の変化―赤い髪、白い肌、イメージ大きく変わる」
 -ネアンデルタール人に関するいろいろな画像を出してみました、年代により大きく変化しているのがわかります。 接続
  2015年8月
.
参考資料
.
「生命大躍進」展上野の国立科学博物館を見る
  2015年7月6
 (生命の起源から、人類までの進化の歴史)
「ケニアで最古の石器、エチオピアで新種の猿人 化石相次いで発見
  2015年5月30日
http://koiti-ninngen.cocologo-nifty.com/koitiblog/2015/05/
「ホモ属最古?原人の化石発見 エチオピア原人いろいろ」
  2015年3月
.
「台湾に第4の原人 ドマニシ原人3種の原人の祖先といわれていたが本当は1種」
  2015年,1月,31日
「200万年前のセディバ猿人チンパンジーの特徴を持つ猿人」 
  .    2013年4月
.
.「人類の起源に新発見いろいろ」
  2013年6,18
「ホモサピエンス、ネアンデルタール人と混血」
  2010年5月7日
「人類の起源1ラミダス猿人以後」
  2009,11月04日
http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2009/11/
「人類の起源は道具使用と重なる 猿人から石器使用」
  2010年8月12日4日
/
 
◎ウィンドウズ10に変わってから、ブログのスペースを開けておいても、つながってしまうので、行間を開けるためには、・とか、、をつけておかなければならなくなりました。
 それから、重要なことですが、今までは青色のアンダーラインが出てブログにつながりますが、今度はブログのアドレスを書いておいても、アンダーラインが出ず、ブログも開けません。大変困ります。どうすればいいのでしょうか。
その後アンダーラインが出てブログにつながると思いましたら、すべて一番最初のブログになってしまいます。
2、「ホモ・ナレディ」を南アフリカで発見
毎日新聞9月13日
.
 このところ、新しい人類の化石が相次いで発見されている。2015年9月13日の毎日新聞夕刊には、「人類含むホモ属最古の「新種」?発見」、「南アで化石発見」と小さい記事で乗っていました。
 「南アフリカの最大都市ヨハネスブルク近郊の洞窟で、現生人類を含むホモ属の新種と見られる15体分の化石が見つかったと、南ア・ウイットウオーターズランド大などの研究グループが科学誌「イ―ライフ」などに発表した。
 同大のリー・バーガー教授は英BBC放送に、ホモ属として最古のものの一つとしてみられ、人類と二足歩行の霊長類の架け橋となりうる存在だと述べている。
 グループは化石を発見後、骨や歯を採集し研究。脳の大きさは原始的な猿人であるアウストラロピテクスと同じくらいだが、手足の骨格は人類に似ているという。ホモ属の新種に「星」を意味する原地の言葉をつけた「ホモ・ナレディ」と命名した。
「NATIONL GEOGRAPHIC」 2015年10月号 特集号
Kc4a07800001_2
ホモ・ナレディの復元模型
 ナショナル・ジオグラフィックNewsより
  ヒトとアウストラロピテクスの特徴をあわせもつ。700時間かけて復元したそうです。
 頭が小さく部分ごとに、原始的な特徴と現代的な特徴を併せ持つ。洞窟はライジング・スター洞窟。多数の人骨が発見され、「人類のゆりかご」と呼ばれた。腰より上、特に脳は500ccと、原始的。ところが足は現代人のようである。
 成人男子は身長150センチ、45キロ。アウストラロピテクスからヒト属に進化する移行期の人類。
/
 
日経新聞9月14日夕刊、南アで新種化石 ホモ属最古級?
 補充記事
 南アフリカの研究グループは、2013年9月に化石を発見した後、1550片の骨や歯を採集し研究した。
National Geographic から 追記
 南アフリカのヨハネスブルク郊外のライジングスター洞窟から、2013年9月、人類の化石が多数発見された。2008年にアウストラロピテクス・セディバ(セディバ猿人)が発見されて以来、この地域も大いに注目されていた。
 それまでは、1964年10月に発見されたリーキーのホモ・ハビリス以来、もっぱら東アフリカが人類の発生場所とみられていました。
 2013年9月13日に、二人のアマチュア探検家、リック・ハンターとスチーブン・タッカーが、ライジング・スター洞窟へ入った。そこで人骨を発見。タッカーは古人類学者リー・バーガーをおとづれた。
 現場は、きわめて狭い石灰岩の洞くつで、発掘する人たちには小柄な女性6人だけが選ばれました。化石人骨はフクロウの骨があっただけで、あとは人骨だけでした。普通はほかの骨がたくさん混ざるものですが、そうではないので、あたかも埋葬されたようにも見えます。埋葬はネアンデルタール人まで待たなければなりません。
 2013年10月6日に研究者を呼び集めた。リー・バーガーらは発見された15体分の化石人骨について、詳しく研究し、1,550の人骨を700時間かけて復元しました。しかしまだ多数の骨が残っていた。そして「ホモ・ナレディ」(ナレディ原人)と名付けました。「ホモ・ナレディ」は現地のソト語で「星の人」を意味する。それらの結果を2013年の11月に科学誌「イーライフ」に発表した。
 その後、化石人骨を詳しく調べた結果を2015年9月に記者会見をし、発表しました。
 しかし、この報告には異議を唱える学者もいるようです。
161227_095001
ホモ・ナレディの骨、ーCSのテレビ番組から
161227_095101
161227_095102
下半身と手は現生人類に近いが脳は、猿人並み。
 化石人骨は,猿人から原人に移る過程の両方が入り混じった特徴を持った原人であると発表しました。成人男性は身長150㎝、体重45kg。女性はそれよりやや小柄である。直立2足歩行、樹上生活、手で道具を使う、という特徴を持っていました。
 脳容積は小さく、450から550㎝³で、ホモエレクツスの半分程度。ただ頭蓋骨はヒト属の特徴を持っている。歯と下あごの形は猿人よりヒト属に近い。硬いものを咀嚼しなくてよいということをします。上半身はヒト属のどの種より原始的である。手は大変良く発達している、などの特長を持っていた。
 年代は280~250万年前と推定されました。
 これらのことは2015年9月10日にオンラインで公開され、9月16日にアメリカ全土でテレビ放送された。日本での放送では「洞窟に眠る新種の人類」という題で放送された。
 「ナショナル・ジオグラフィック」誌で2015年9月にアメリカで出版され、日本でも、「ナショナル・ジオグラフィック」誌日本版、2015年10月号で出版されました。
161227_093501
 
 

2016年12月13日 (火)

最初のアメリカ人は縄文人?BSTBS特番2日目

 BSTBSの2016年12月10日放送では,「2夜連続特番 生物大絶滅と縄文人の謎」のうち、2日目の「最初のアメリカ人は縄文人?」を放送しました。新聞のテレビ欄でもカラーで広告が載っていて、力を入れているのがわかります。時間は夜7時から9時までの2時間です。
 案内役は佐々木蔵之介氏です。興味深いのでビデオをとりながら見てみました。
 アメリカの太平洋岸にオレゴン州があります。北はワシントン州、南はカルフォルニア州に接しています。オレゴン州に住む先住民族、ナバホ族には日本との共通点がたくさんあります。たとえばワタリガラスを神の使いとして大切にする風習があります。日本においてもカラスは日本人にとって重要な位置づけがあります。三本足のカラスは神の使いとされています。ナバホ族はシャイであまり自己主張せず日本人と似たところがあります。
◎現在はナバホ族はオレゴン州には少ない。ナバホ族はアリゾナ州北東部とニューメキシコ州の一部にまたがる砂漠地帯に最大の保留地を持ち、ナバホ族国家を形成している。ナバホ族はアパッチ族に近い種族です。
161210_192401
太平洋北岸の遺物がたいへん似ている。各種族のワタリガラスの彫刻がある。
 オレゴン州の先住民族はオレゴン州の人口の1,1%しかありませんが、白人が来るまでは多くの人口がありました。
 オレゴン州のフォートロック洞窟では、9500年前の人骨が発見されていますが、同時に完全な状態のサンダルが多数残されています。その形状は日本のわらじそっくりです。そこに日本の古代との共通性が見られます。
161210_194101
15000年前のアメリカで発見されたサンダル。わらじそっくりです。
161210_194501
いろいろなサンダルがあります。いずれも日本のわらじそっくり。
また、オレゴン大学にある、その洞窟で発見された頭骨も日本の縄文人-特にアイヌ、とそっくりでした。当時の社会が母系社会であろうということも共通するところです。
161210_195201
アメリカの洞くつで発見された人骨。縄文人とよく似ている。
161210_195301
先住アメリカ人の顔の復元図。
 従来の説では、旧大陸から新大陸への移住は、氷河期末期で海面が著しく下がってきたときシベリアに住んでいた人々が、歩いて渡ってきたと言われていました。しかし、それより前に最初に新大陸に渡ったのは海伝いにカヌーで渡ってきた、縄文人ではないかという説が、有力となってきました。
161210_201701
ベーリング海峡が陸続きとなり北アジアから、来たのも事実ですが、その1500年前に海伝いで縄文人が先に来ていたということです。
◎この説は2012年ごろにすでに伝わっていて、ブログなどに書かれています。
 
 小林達男氏 国学院大名誉教授、新潟県立歴史博物館
縄文土器 初期の土器 煮炊きできるようになる 食べ物が多様化 定住生活が可能になる
7500年前の丸木舟が発見される 長さ7,2m 双胴式の丸木舟はかなり長い航海に耐えられる。
ロジェンキンス氏
 アメリカの ぺイスリー洞窟 40人ぐらいの住める洞窟群
 14500年前の遺跡が発見された。それは人間の糞が化石化した糞石であった。これでDNAもわかり、縄文人と近いということも分かった。
161210_201601
 従来説では13000年前にベーリング海峡を経由してきたというのが定説であった。
縄文人は海を渡ったかージョン・ターク「縄文の航跡」という書物
最初のアメリカ人は丸木舟に乗って海から渡ってきたという説を唱える。
エクアドルで発見された土器も縄文土器に似ている
161210_200001
縄文人が作った縄文土器
山形県の日向洞窟について 長井健二氏 削器が日本とアメリカ古代の道具が似ている
 
 
オレゴンフッド山 3428m 富士山に大変良く似ている
アメリカ古代に見つかったものと縄文時代の日本の有節尖頭器が同じ形をしている。
 
ケルプー巨大な海藻による ケルプハイウエーがある。
日本とカルフォルニア沿岸と海産物は90%同じである。そのケルプハイウエーに沿って縄文人がやってきたのではないか。
アーランド教授は日本の縄文時代人が、最初のアメリカ人だと主張する
昔は160mもj海水面が低かった。
◎この説は、十分な納得性があると考えられます。縄文人系と後から来た、シベリア系アジア人がアメリカ先住民を成しているようです。

2016年9月10日 (土)

「ヒトー異端のサルの1億年」について、島 泰三氏 興味深い本

 2016年8月25日に中公新書から、島 泰三氏の『ヒトー異端のサルの1億年』という本が出された。表紙のカバーにはオランウータンの写真とともに、「サルが生まれ、人が誕生し、日本人になるまで」と書かれている。
160907_153701
・ 
裏のカバーには、
 我らも、アイアイやオランウータンのようなものだった。
 1億年前、インドとマダガスカルからなるレムリア大陸で霊長類は産声を上げた。2000万年前前には、東南アジアの失われた大陸スンダランドで類人猿が進化し、アフリカに到達したその仲間からヒトが生まれる。華奢な骨格と裸の皮膚、巨大脳を持つ、異端なサル=現代人は、いつどこで生まれたのか。そして日本人の祖先はどこからやってきて、どこに行こうとしているのか。サルから日本人へのはるかな足跡を追う。
◎今まで、いろいろな人類の起源についての本を紹介してきましたが、サルの発生から、人類の誕生、そして日本人の成り立ちまでの、長いスパンで書かれた本はほとんどありませんでした。
 著者の島泰三氏は山口県に、1946年生まれ、東大の学生のとき、学生運動にかかわり、1968年の佐世保エンタープライズ寄港阻止運動に参加、1969年の東大安田講堂事件では、学部生の「本郷学生隊長」として参加、逮捕されて懲役2年の判決を受けました。理学博士号は京都大学で取得しています。東大の人類学科大学院を出て、どこかの大学の先生になるのではなく、「房総自然博物館」2代目館長、雑誌『にほんざる』の編集長などを歴任。2002年以降、NGO日本アイアイファンド代表として、マダガスカル北西部の「アジアンギラーナ監視森林」を保護・観察している。マダガスカル国5等勲位シュバリエ授与。
 このように民間の研究機関の研究員やNGOなど幅広く活躍されています。また、2005年に、参加した学生側の視点から東大紛争を記述した『安田講堂1968-1969』を刊行しています。(「ウイキペディア」より)
『どくとるアイアイと謎の島マダガスカル』1997 八月書館
『アイアイの謎」        2002 どうぶつ社
『親指はなぜふといのか」 2003年 中公新書
『人はなぜ立ったのか?』2007年 学習研究社
『孫の力、誰もしたことがない観察の記録』 2010
など著書多数。
 はじめに、で
「私にとって「ヒトとは何か?」という問いは「人間とはどういうサルなのか?」という問いなのである。
 万物の霊長がヒトであり、世界に冠たる神州清潔の民が日本人であるという予見をことごとく捨て去って、一種の大型のサルとしてヒトを、また日本人を観察すると何が見えるのか?
 もともと、他人の説は無論のこと、大家の学説に無関心であり、信用もしない性格である。誰もが一致して認める定説などに興味がなく、ひたすらヒトに至るサルたちの階梯を、自分が納得できる形で理解することに集中してきた。
 こうして明らかになったサルたちやヒトの姿は、私にとって驚きに満ちたものだった。
目  次
はじめに
 
第1章 起源はレムリアー マダガスカル・アンジアマンギラーナの森から
これほど多様なマダガスカルの原猿類はどこでうまれた
霊長類はどこで生まれたのか
霊長類の起源は9200万年前と推定された。
霊長類の分類とその系統
 
 レムリア大陸は中生代ジュラ紀の1億6000万年前にアフリカ大陸から分かれた。
 1億2000万年前にはマダガスカルはほぼ現在の位置へ8000から7000万年前インドと
 マダガスカルと離れた。マダガスカルは他の哺乳類との競合がない原猿類だけの島になった。
 ユーラシア大陸とつながることによってグレーター・インドは現在にまで続く霊長類の歴史を展開することになる。
 霊長類はユーラシア大陸の南部で真猿類を生み出した。この真猿類の枝の一つである類人猿こそ、私たち人類につながる。
第2章 歌うオランウータン ーボルネオとスマトラの密林から
類人猿第1世代
類人猿2000万年の歴史
 2000万年前のモロトピテクスとアラビア半島の1800万年前のヘリオピテクスが最古の類人猿化石とされているが、確実な記録ではドイツの1700万年前のグリフォピテクスとされる類人猿化石が最も古い。
中新世後期の類人猿第2世代
高木層を持つ熱帯雨林の巨大果実食の類人猿が現れるのは、初期類人猿が絶滅した後の中新世後期に入ろうとする1200万年前でありそこから類人猿の第2世代=中新世類人猿の時代が始まる。これをシヴァピテクス・ドリオピテクスと呼んでもいいかもしれない。
オランウータンは歌を歌うーロング・コールと呼ぶ
第3章 笑うゴリラ ーヴィルンガ火山の高原から
 ゴリラの主食は何か
 アフリカの類人猿第2世代とゴリラの起源
  960万年前ーヴァレンシアン・クライシスヨーロッパで類人猿がほとんど絶滅、全地球的な寒冷化ードリオピテクス絶滅。900万年前からアフリカでの類人猿の記録は途絶し、温暖化の始まる600万年前になってようやく、アフリカ類人猿が復活する
   ゴリラにはO型の血液型はない
 ゴリラは笑うし、言葉も使うー相手の目を見ることは普通は威嚇である。ゴリラは「君の目をよく見せてくれ」と語りかけているのだ。ゴリラの言葉は人間と共有できるものがある。
第4章 類人猿第三世代のチンパンジーとアルディピテクス ータンガニーカ湖畔の森から
 類人猿第3代世代―チンパンジーとの遭遇
 チンパンジーの選んだ道
 類人猿第3世代その2 アルディピテクス
 アルディピテクスとはどんな類人猿なのか
 アルディピテクスは人類の祖先かー祖先である
 東アフリカー隆起による乾燥化
   乾燥化に適応した人類アルディピテクスは絶滅 その20万年後草原と化した東アフリ
  カに出現した、アウストラロピテクス
第5章 類人猿第四世代、鮮新世のアウストラロピテクスーツァボ国立公園にて
 アウストラロピテクスの誕生
 アナメンシスとアファレンシス
 アファレンシスの歩き方
 アナメンシスとアファレンシスの臼歯のエナメル質の厚さ
 その歯は何を示しているか
 アウストラロピテクスの社会
 ジャッカルの目―マサイマラ国立保護区
第6章 ホモ・エレクトゥスとハンドアックスの謎
   類人猿第4世代
   ボノボの出現
   更新世のアウストラロピテクス類
   ホモ属の出現
   ホモ・エレクトゥス(原人たち)の主食は何か
   ハンドアックスの謎
   謎その一ー巨大さ
   謎その二ー定型的な形
   謎その三-分布の特異さ
   謎その四-使用痕がないこと
   ハンドアックスの用途についての学説
   威嚇
   王獣ホモ・エレクトゥス
   では原人たちはどんな群れをつくったのか
第7章 格闘者ネアンデルタール
   ネアンデルタールの時代―50万年前から3万年前まで
   ネアンデルタールの生活環境
   体の重武装化
   人類史上最大の脳
   ネアンデルタールの石器―中期旧石器時代
   ネアンデルタールの生活と主食
   ネアンデルタールの絶滅-動物地理学的解釈
・   
第8章 ホモサピエンスの起源―ナイヴァシャ湖にて
    アンタナナリヴの沼
   ホモ・サピエンスの起源
   どこで、ホモ・サピエンスは出現したのか
   「バビルーサ」と同じこと
   ゲノムの解析によってホモ・サピエンスの特性、裸の皮膚がほの見える
第9章 最後の漁労採集民、日本人―宇和海の岸辺にて
   東へ、日の昇る彼方へ
   日本人の近縁者たち、
   日本人の起源、
   朝鮮からつながる古日本半島の時代-15万年前まで
   新日本半島時代15万年からAT噴火(2万6千年前)
   ホモ・サピエンス、日本列島に入る
   最終氷河期の最盛期―3万年前から1万3000年前まで
   「かりに真理を犬としてみる」
   言葉の起源
   縄文漂流民
   完新生温暖期に農耕が始まり、脳は縮む
 
終章 ほほえみの力
あとがき
◎ 目次では、5章からは全部載せましたが、それ以前は興味深い項目だけをブログに転記しました。この本で感心するのは中公新書という、一般書でありながら、21ページに及ぶ総引用文献と10ページに及ぶ注である。興味深い図版も大変多い。
 サルの起源から日本人までという極めて長い期間を書いているわけですが詳しい裏付けが示されていることです。実に幅広くいろいろな部分に論及されていることに驚きます。
 はじめに、の最後の、(「私にとって驚きに満ちたものだった」に続いて)
 「ここで描かれた類人猿やヒトに先行する人類の姿は、世の常識とはかけ離れたものかもしれない。ヒトの姿は、あるいは不愉快に感じられるかもしれない。しかし、予断を排して事実を積み上げる方法以外を、私は採用しなかった。どんなに受け入れがたくとも、彼らの姿には裏付けがある。その当否は、読者諸賢の高察にゆだねたい。
◎本の中で興味深いところをいくつか書いてみたい
類人猿第3世代のチンパンジーとアルディピテクス
 類人猿第3世代のチンパンジーは、サバンナに生きるのではなく、類人猿の本来の生活圏に住んで、熟れた果実を主食とすることだった。小型の獣など狩猟できる機会があれば、毛xして逃すことがない半捕食性類人猿ともなった。p84
160910_161301
類人猿第3世代ーその2、アルディピテクス(・ラミダス)
 440万年前でアウストラロピテクスより古い、脳容積はチンパンジー程度
 東アフリカ―隆起による乾燥化 p91
全世界的な寒冷化は、アフリカにもおよび、東アフリカでは800から600万年年前までの間にウッドランド(森林地)から草原への転換が始まり、500から300万年前の間に草原が拡大する。
 
アルディピテクス(初期人類のニッチ)生態的地位
 森が小さな区画をなす森林地帯、または「森林の下層が草になっている湿った冷涼な森林地帯」
 半ば乾燥した森林で植物の果実や木の葉を食べていたであろう
主食はオウギバヤシの果実ではないか 木をつかむ親指が太くなる
アウストラロピテクス、アナメンシスとアファレンシス
 アナメンシスはアウストラロピテクスの祖先種と考えられる
アファレンシス約400万年前の地層から見つかった。有名なルーシーである。
 より完全な直立二足歩行を行った。ルーシーは、身長1,07メートル体重27キロの小柄な雌だが骨盤は現生人類の女性とほとんど変わらない。
アウストラロピテクスの時代は200万年間も続いた。
◎完全な直立二足歩行が人類への大きな進化を示す
ホモ・エレクトゥスとハンドアックス
 類人猿第4世代、ホモ属(原人)
 彼らは常時石を持っている 現代人とほぼ同じ身長、同じ歩き方
ハンドアックス 巨大で、定型的、分布の特異さ、使用痕がないこと
 大型獣を、ハンドアックスを振り上げて威嚇したのではないか
160910_093901
写真は重さ3キロにもなる大型ハンドアックス
 ホモ・エレクトゥスは大型のハンドアックスを使い他の「捕食獣」達にも優越する「王獣」だったのだ。生態的地位が上位であるほど数が少なくなる。この「王獣」の直接の後継者たるネアンデルタール人は、この正当なニッチェを確保していたが、裸というありえない特性をもった、ホモ・サピエンスは正統派ホモ人類とは全く別の系統であった。
◎今までは、人類が大型肉食獣におびえた存在だと思われていたが、ここでは全く逆に見られている。
ネアンデルタール人
 ネアンデルタールの生活はきびしい。ほとんどすべての成人の骨にけがや病気の後が残されている。
(マンモスなどを接近して槍で倒す。身体能力は最大に-ケガも多い)
ネアンデルタール人は人口密度は低い。ヨーロッパ全体でも4400人から5900人程度。
ネアンデルタール人は身長が高く体もがっしりしていた。脳容積も大きい。
イヌなしで大型哺乳類を倒すのは大変。魚は食べない。ヨーロッパは最終氷期に現在のシベリアのような気候となった。
基礎代謝が高く、カロリーの大きい大型哺乳類を狩る必要があった。
ホモ・サピエンスの勝利は必然でなく、場合によってネアンデルタール人がヨーロッパに今日まで住み続けたかもしれない
◎(最終氷期の極端な寒冷化が無ければ。ネアンデルタール人は生き延びたかもしれない。ホモ・サピエンスとの交流で、石器も向上した。それに比べ温暖なアフリカのホモ・サピエンスはずっと有利であった)
ホモ・サピエンス
ホモ・サピエンスの裸の皮膚は、生存に適していない形質である
1987年アラン・ウイルソンら、人類の共通祖先はアフリカの一人の(あるいは少数の)女性から始まったことを証明した。「ミトコンドリア・イヴ」仮説である。
もっともホモ・サピエンスの古い骨、エチオピア南部の19万年前のオモ川(魚が豊富)
好んで泳ぎ、魚を捕り貝をあさり、水草や、海藻を食べる全く新しい大型類人猿、ホモ・サピエンス、水辺で生まれる
ホモサピエンスの狩は犬との共同作業
ホモサピエンス・イダルトゥ 約20万年前、アフリカ起源説
ホモ・サピエンスの骨はホモ・エレクトスやネアンデルタール人より華奢であること
顔の皮膚が薄いため皮膚は多彩な表情をつくりだす
(投げやりの発明も大きかったでしょう)
最後の漁労採集民、日本人
 ホモサピエンスは12万5000年前には紅海沿岸のエリトリアのアブドル・リーフに貝塚を残し中東への道を探していた。しかし12万年前には地中海東岸のスフールとカフゼー遺跡に痕跡を残した9万年前のネアンデルタール人の出現とともに姿を消した。ホモ・サピエンスの出アフリカの「第1の失敗」
 ホモ・サピエンスの社会の特性
年長の子どもたち、こどものない大人、そして老齢者が赤ん坊の面倒を見る社会特性
 ホモ・サピエンスは長い子供時代に遊びの中からはぐくまれた創意工夫と、爆発する人口を背景にした若者世代の破壊力と壮年時代の技術開発力、老年時代の知識伝達により2万4000年前から1万3000年前まで続く『全面的氷河』の時代を乗り切っていく。p203
 ホモ・サピエンスは犬によって支えられたといっても過言ではない
イヌが家畜化されたのは1万5000年か6000年前、長江の南
東アジアこそ犬の起源地だった。オオカミにないでんぷんの消化能力が見つけられたとき明らかになった。
 
 日本では氷河期が終わり「縄文海進」の時代、いろいろな漂流民を受け入れる
160911_103102
p209  大陸とのつながり
朝鮮からつながる古日本半島の時代―15万年前まで の海面低下
新日本半島の時代―15万年から2万6000年前まで 最大氷期による海面低下
ホモ・サピエンスは農耕が始まってから「現代人」となり、脳容積を縮め、魂を細らせた
終章、ほほえみの
 「これから先は筆者の偏見ですよ」と断って、その後の日本人とその先行きについて
第1の視点
  日本列島は広い、南北3500キロ
第2の視点
  日本人を構成する遺伝的・文化的多様さ
  少なくとも8系統の言語と民族が関係している
  今なお生きている方言の無数の広がりこそ、日本人の多様さを示している。
第3の視点
  日本人の行動学的な特徴である和とほほえみである
第4の視点
  その文化的な変容自在さである
あとがき
 日本列島、一番幸せな漁労採集民が残っていた。1950年代、の水俣病が多発、幸せな風紀はついに幕を閉じた。1959年水田に最初の農薬がまかれた。パラチオン。
 12歳で現代人の文明を全く信用しなくなった。
 「かしこい人、ホモ・サピエンス」だったはずの現代人の中にはあえて名付ければ文明化人ホモ・クルトゥスとでも呼ぶしかないような戦争を産業とし、階級差別を制度化する別人種が生まれつつある。
 
◎とても、すべてのことは書ききれません。面白そうだと思われた方は、直接、およみください。
 

2016年8月31日 (水)

木から落ちて死んだ?猿人ルーシー、骨格化石分析で死因判明

猿人も木から落ちる?骨格化石分析で死因判明
 2016年8月末の新聞各紙に、米テキサス大学などの国際研究グループが、8月29日付の英科学誌『ネイチャー』電子版に、約320万年前に生息していた、初期人類の1種で「ルーシー」という名前で知られる女性の猿人は、木から落下したことにより死んだとの研究結果を発表しました。日本では8月末の新聞各紙やNHKに掲載,報道されました。
 ルーシーが所属する猿人の種は、地上だけでなく樹上でも生活していたことを示す研究結果として注目されます。また、木の上だけでなく地上での生活を始めたことによって、木登りをする能力が落ち、木から落ちる危険性が増した可能性もあると書いています。
Kc4a10930001
毎日新聞より、国立科学博物館のルーシーの復元模型
 ルーシーは1974年に東アフリカ・エチオピアで発見されたアファール猿人(アウストラロピテクス・アファレンシス)につけられた愛称です。ルーシーはエチオピア北東部のハダールで、アメリカとフランスなどの国際調査隊により化石が発見されました。やく318万年前に生きていた猿人の女性の化石で、全身骨格の約40%の骨が見つかっており、左右対象の部分を考慮するとほぼ全身の復元ができる非常にまれな人類化石です。後に、他の化石と合わせ、約370万年前に出現し、やく300万年前に絶滅したアファール猿人という種とされました。
 チームは今回、コンピューター断層撮影装置(X線CT)などを使ってルーシーの骨を詳細に分析し、ルーシーは高い所から落下して骨折したと結論付けた。傷の状況や、傷が治った痕がないことなどから、ケガをしたのは死ぬ直前だったと考えられるという。
 推測では、足から地面に落ち、腕や胸、頭などを打った。臓器に受けた損傷などにより死んだとみられる。約12メートルを超える高さから落ちた可能性もあるといいます。
 研究グループは、ルーシーが木の上で食べ物を探していたか、眠っているときに落ちたとみています。
 猿人が完全に地上で生活していたか、部分的には樹上も利用していたかは、人類学上の長年の謎の一つです。
『ルーシーの膝』から
Kc4a10920001
本の表紙、アファール猿人の骨格写真と復元図です
 この本は、ルーシーについて最も詳しく書かれた本です。フランスの人類学者でルーシーの共同発見者である、イヴ・コバンによって1999年に書かれ、2002年4月に、邦訳され、「ルーシーの膝―人類進化のシナリオ」として馬場悠男氏らの訳で2002年に紀伊国屋書店で出版されました。(2000円+税)
 ルーシーと名付けられたのは1974年の発見当時、ビートルズの「ルーシー~」という曲にちなんでつけられたものです。
 「ルーシーの膝」のまえがき、によればアファール猿人はエチオピアのアファール地方から出土し、ルーシーと名付けられた全人類きっての美女をさしている。彼女は300万年前に20歳になったばかりのころ、不運にもハダールの湖で溺死した。p23、と書かれている。
 エチオピア南西部を流れるオモ川の浅い渓谷の連続層位を調査し赤道近くの乾燥化のピークを明らかにしたことを誇らしく思っている。そしてヒト属の誕生につながったこの事件を、オモ事件と名付けた。
 オモ事件が250万年前に始まったことに関しては多くの研究者の意見の一致を見ている。
 乾燥化は00万年前に始まり250万年と200万年の間に何回か変動するピークがあった。ヒト属の出現と(頑丈型アウストラロピテクス類の出現も)、環境の変化の明白な関係があることだった。乾燥という大事件にジンジャントロプスは頑丈な臼歯を発達させた。ヒト属は大きな脳とかなりの思考力と雑食性の歯列を持っていた。
5章 化石としてのルーシー 
  人類史の歴史のヒロインの歴史
  ルーシーはダイヤモンドを抱いて夜の空 ビートルズ
  ルーシーはどのように歩いたか、出産したか
  ルーシーが解明した進化の謎  二足歩行をした霊長類
   結局のところ、熱帯のアフリカで、肌が黒く、母権制だったという人類の創始者としてのルーシーは、人類の起源について思いを巡らすことができるイメージの代表格なのである。
6章 象徴としてのルーシー
  ルーシーをテーマにしたファンタジー
  演劇と映画になったルーシー
  小説のなかのルーシー
 
◎、ごく最近出版された本も大変興味深い
『ヒトー異端のサルの1億年』 島 泰三著
 中公新書 2016年8月25日 920円+税 
 第5章 類人猿第4世代、鮮新世のアウストラロピテクス
 420万年前、アウストラロピテクスの最も古い種 属アナメンシス、アファレンシスの祖先種
 温暖期の後世界的な寒冷期に突入 アファレンシスが現れる
 ルーシーには骨盤が見つかっており、アファレンシスの歩き方を調べるのに役立っている
 ルーシーは身長は低いが骨盤は二足歩行にむいたように広い
 体重と身長の性差 p120
アファレンシス 体重  雄45㎏    雌29kg
          身長   151㎝    105㎝
          脳容積      434cc
 アウストラロピテクス類は骨を主食の一つとしていた。石器で髄を取り出すことができるようになった。果実食から骨食へ。
 
 この本は改めて紹介いたします。
参考書
「ルーシーの子供たち」
 謎の初期人類、「ホモハビリス」の発見
  ドナルド・ジョハンスン 1993年11月 早川書房
 「大たい骨は小さい。ルーシーよりも小さい」
 「だが、上腕骨を見てくれ。ルーシーより大きいぞ」ヒトと呼べる頭脳と文化をもった生き物がオルドヴァイ峡谷にいた時代なのである。ルーシーと同じ身体を持っているが、おそらく脳はルーシーには及びもつかないほどの能力をそなえるようになったこのヒト科の生き物は、ホモハビリスなのだ。ルーシーの子供。ヒト。われわれの一人だ。(本文より)
 
 

2016年2月20日 (土)

「人はなぜ争うのか」若原正己」さん、生物学的人間学よくまとめた本

 2016年1月25日、「『ヒトはなぜ争うのか』進化と遺伝子から考える」-「争う遺伝子を克服する力とは」が、新日本出版社から発行されました。その内容を目次の各章の内容で概略をご紹介します。
 1700円+税 著者 若原正己
 おもしろそうだと思われた方はぜひ直接お読みください。
160217_093401
各項目のなかから、主要なテーマだけを書き出しました。
目次
まえがきわれわれは何者か
第1章 全宇宙の中でヒトを考える
 宇宙の歴史を1年で置き換えてみる
   生命とは何か、生物とは子孫を残すために生きている
       生物と非生物はどこが違うのかー全宇宙の物質の
      階層 性 ヒトは60兆個の細胞からなるという神話
 
第2章 アリの微小脳、ヒトの巨大脳
   動物は大きく2つの系統にわけられる 古い口は昆虫へ
       新しい口はヒトへ、脊椎動物と脳の歴史、霊長類の進化
   ミクロセファリン遺伝子の登場
       難産と引き換えにヒトの文化が生まれた
 
第3章 ヒト、人になる―人間の条件
   ホミニゼーション、なぜヒトは成功しチンパンジーは
   動物のままなのか、人類の起源と歴史、猿人、原人、
   旧人、新人という分け方は古い なぜ現生人類は
   1種しかいないのか 民族は定義できるが、人種
   の定義は難しい
 
第4章 日本人はどこから来たのか
   日本人の由来、縄文以前、縄文時代、戦争はなかった
   縄文と弥生、日本人の特徴、ミーム(文化遺伝子)と
   ジーン(DNA遺伝子)、縄文人の楽園に弥生人が
   流入した
 
第5章 ヒトと野生動物を分けるもの
   チンパンジーとヒトの遺伝子は98,8%が共通、ヒトの
   DNA、ヒトのネオテニー的特徴、物まね、模倣の起源
   ~ミラーニューロン 人と言語 言語遺伝子
   FOXP2の分化 文字の発明 
   言語は敵味方を見極めるために分化した
 
第6章 ヒトの心の進化
   喜怒哀楽はヒトだけのものか、ヒトの利他的行動、ヒト
   の行動と遺伝子,道徳の起源
   老人力にも生物学的な意味がある、道徳の起源
      FOsB遺伝子は保育行動に関係した遺伝子
 
第7章 戦争と平和の生物学
   戦争の歴史~有史以来戦争は続く 農業の始まりが 
   身分格差を生んだ 都市の成立と分業制 争う遺伝
   子の発動と教育、理性と教育が地球を救う ヒトへの
   進化と ホルモン 理性と教育が地球を救う アンド 
   ロジェンとオキシトシンーホルモン
 
第8章 宇宙船「地球号」はどこへ行く
   核の時計(終末時計)、地球温暖化と異常気象、                       
    生物多様性問題、人類と地球の未来像1,2,3 
   許しと融和にこそ地球の未来はある スポーツの
   祭典と地球の未来
 
あとがき―われわれはどこへ行くのか
主要参考文献
記事よりいくつか
物質の階層性  p18
 
 主系列  素粒子 原子核 原子 分子 マクロな物質
 
              ー星 銀河 銀河団 宇宙
 
 二次系列   生体高分子 細胞小器官 細胞 個体
 
                    -種  生態系
 
 三次系列
                               ヒト   人間社会
(それぞれの階層は還元不能)
 地球温暖化と異常気象p211
 21世紀に入り、世界的な異常気象が続いている。地球温暖化が続いているのは間違いなさそうだ。地球温暖化の大きな原因の一つは二酸化炭素の排出だ。このまま進行すると4度C上昇すると警告されている。
 地球史からいえば当面する温暖化より寒冷化が厳しいという意見もある。もし氷河期が来れば10万年のオーダーで地球表面が覆われてしまうので、そうなれば人間が生き残れる保証は全くない。しかし今問題にすべきは地球環境を急速に変化させることによって引き起こされた地球温暖化だろう。
 
 この見解に対しては、筆者のほうで異論がある。詳しくは「こういちの人間学ブログ」をご覧ください。
追記  
 とら猫イーチさんの、コメントの中にある、森幸也氏の文章をぜひお読みください。
「CO2主原因仮説」はあくまでも仮説である。その3つの根拠のうち、2つは科学的根拠として通用する代物ではない。また最後のIPCCのコンピューター・シミュレーションそのものも、科学的に論争中のもので科学的定説として認められるものではない。
 その理由については森氏(山梨学院大教授)の本文をお読みください。
 縄文人の楽園に弥生人が流入したp95
 厳密にいうと、弥生人といっても、渡来系弥生人と、縄文系(在来型)の弥生人がいる。すべてが、渡来系の弥生人に変わったわけではない。北九州から近畿地方にかけて渡来系弥生人が多数住んでいた。
若原氏の略歴
 若原正己氏は1943年北海道生まれ、北海道大学卒、同大学院修了、理学博士、1970年から北海道大学に勤務。専門は両生類の実験発生学が専門。2007年に北海道大学を定年退職 各種著作があります。著書「黒人はなぜ足が速いのか」、「シネマで生物学」「なぜ男は女より早く死ぬのか」
ブログ筆者のコメント
◎この本は、ブログ筆者の本の位置づけとして、「生物学的人間学」を基本としたものということになりますが、非常によくまとまっている本です。この本では人間とは何か、そしてどうしたらいいかということをきわめてよくまとめています。
 筆者が高く評価している山本宣治の「人生生物学」-「生物学的人間学」の著作によく似ています。
「こういちの人間学ブログ」
「山本宣治の『人生生物学』について 実用的人間学の先駆、哲学的人間学との違い」
 
 
 山本宣治は、同志社大学で、生物学を教える傍ら、一般市民向けに、生物学から人間社会の問題までの講座を開いていました。
 
 ブログ筆者とたまたま生まれ年が同じで生物学出身、そして、人間とは何か、どうしていったらよいかについての関心など共通性があります。ここには書いていませんが、山本宣治氏が京都の人々のために市民講座を開いたこと、そして、ブログ筆者が人間学研究会から人間学研究所などで人間学講座などを開いて一貫して人間とは何かを考えること、それから、若原氏も市民向けの「人間理解講座」を開いていたことが、共通しています。そして、、現代の政治により多くの人々が苦しめられその仕組みを明らかにすることを目指してきました。
 ヒトが争いをやめるにはどうしたらよいかを明確に答えています。それについては、京都大学の学長で霊長類学者の山極寿一の著作が同じようなことを書かれています。山極氏については下記のブログをご覧ください。..
「こういちの人間学ブログ」
「敵」を作り出す人間ー相対的に見る必要、ゴリラ研究の山極寿一氏ー時代の風から」
 
なかなか、若原氏の書いていることを、すべて紹介するのは、難しいことです。今後も追記の形で、折を見て文章を付け加えていきたいと思います。
「まえがき」と「あとがき」
「まえがき」
 21世紀の幕開けは2001年9月11日のニューヨークの貿易センタービルのテロ攻撃事件、2011年3月11日の原発事故は私たちの価値観を大きく転換させるものであった。
 石川啄木の「時代閉塞の状況」を東京朝日新聞に書いたのが1910年、今の私たちを取り巻く閉塞感はその時とあまりによく似ている。平和憲法を改悪し、海外で武力攻撃をできるような動きも強まり、戦前に回帰したかのような空気も漂っている。
 しかし最近の動きの中には、インターネットを使った草の根運動などが広がっている。
 人間とは何者か、を考えるのはきわめて哲学的なもので、ある意味で普遍的なテーマだから、昔から様々な議論がなされてきた。-ゴーギャンの絵「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへいくのか」
 このように多くの人は、人間とは何か、ヒトはどこからきてどこへ行くかを昔から真剣に考えてきた。私は専門が生物学だから、ヒトも間違いなく生物の一種であり、生物進化の流れに乗っている点を強調しながら「人間とは何か」、「ヒトはなぜ争うのか」を考える。
「あとがき」
 日本の歴史を見ても争いと殺し合い、勢力争いがほとんどだが、縄文時代の1万年の間には大きな争いはなくきわめて安定した時期を過ごしたようだ。
 縄文以来の「争わない遺伝子を引き継いだしかも唯一の被爆国である日本と日本人が、核兵器のない平和な世界を作っていく先頭に立たなければならない。
 争う遺伝子の発動を抑え助け合いの遺伝子が十分発揮できる世の中を作るために声を上げていこうと思う。
私は高校時代からの友人、安岡譽氏から誘われて札幌学院大学の市民向け講座の「人間理解学講座」を2人で担当する機会をいただいた。この本はその時の話を中心にまとめたもので、内容の一部は安岡氏の話に大きく触発された。
/
どうも、うまくアクセスできないようです。
申し訳ありません
 
 

2016年2月13日 (土)

ネアンデルタール(N)人由来遺伝子、現生人類の病気に関係?N人10万年以上前に混血

2月12日の「ネイチャー」誌の 記事
 新聞やネットで報道
 2016年2月12日、13日(土)のインターネット記事や新聞の報道で、「ネアンデルタール人由来遺伝子、現生人類の病気に関係?」というのがりました。
Kc4a07610001_1
◎この画像は上野の国立科学博物館に展示されているものです。赤い髪、青い目で顔つきが現生のヨーロッパ人、特に北欧人とよく似ています。
 記事によれば、ネアンデルタール人の”遺産”が、現生人類(ホモ・サピエンス)にさまざまな病気を引き起こしている可能性があるー。ネアンデルタール人由来の遺伝子と、ヨーロッパ大陸に起源をもつ人々の病気に関するデータを比較した結果わかったと、米バンダ―ビルト大学などの研究グループが、12日発行の米科学誌『サイエンス』に、発表しました。
 2010年にネアンデルタール人のゲノム(全遺伝情報)が解読された結果、アフリカ以外に住んでいる現代人はネアンデルタール人の遺伝子をゲノムの1~4%受け継いでいることが明らかになりました。6万年前ごろからアフリカ大陸を出た現生人類が、以前からユーラシア大陸に住んでいたネアンデルタール人と混血したためと考えられています。
 現代のヨーロッパ出身成人2万8000人を対象にした研究によると、ネアンデルタール人由来の遺伝子によって、心筋梗塞や血液疾患などのリスクが高まっていることがわかりました。これはネアンデルタール人から血液が固まりやすくなる遺伝子を受け継いでいるためだといいます。
 ネアンデルタール人にとっては、血液が固まりやすいことが、けがをしたときなどに血液を介して病原菌に感染するのを防ぐのに役立ったと考えられています。アフリカ大陸を出て新たな環境に適応する必要があった現生人類にとっても有益だったとみられます。
 ネアンデルタール人由来の遺伝子から12の病気に関する遺伝情報を受け継いでいるといいます。うつ病や、気分障害、「日光角化症」(日光を浴びるといろいろな皮膚の障害が起きる)2型糖尿病、などであります。
 オックスフォードとプリマスの大学ではガンもネアンデルタール人の遺伝子が影響しているという。
 しかし、悪い面だけではなく体内に入った細菌などから防御するHLAシステム(白血球をサポートするシステム)などを、ネアンデルタール人から受け継いでいる。ほかにもネアンデルタール人が住んでいた地域にある様々な疫病に対する免疫力も受け継いだことだろう。
 しかし、当時とは現生人類が生きている環境が大きく変わった今、ネアンデルタール人由来の遺伝子が弊害となっている可能性があるといいます。
ネアンデルタール人と現生人類、10万年以上前に混血(2月18日追記)
160218_103101
 ドイツのマックスプランク研究所などの研究グループが18日発行の科学誌「ネイチャー」に、ネアンデルタール人と現生人類の(ホモ・サピエンス)が10万年以上前に混血していた証拠が見つかったと発表しました。
 これまで考えられていたより少なくとも数万年前に混血していたことになります
 ロシアのデニソワ洞窟で見つかったネアンデルタール人のゲノムを解読し現生人類のゲノムと比較した。デニソワ洞窟のネアンデルタール人のゲノムには現生人類由来のDNAが含まれており、そのDNAから、両社が10万年以上前に混血していたことがわかったといいます。
 すでにネアンデルタール人と現生人類は混血したことが明らかにされていましたが、最も古くとも6万5000年前頃と見られていた。
 研究グループはスペイン、4万9000年前、クロアチア、4万4000年前のネアンデルタール人のゲノムには、現生人類由来のDNAを持っていないことが明らかにされた。
 ヨーロッパのネアンデルタール人とシベリアのネアンデルタール人が異なる集団だったことを示しています。
 研究グループは10万年以上前にアフリカを出た現生人類の集団が中東でネアンデルタール人と混血し、その子孫がシベリアへ移動したとみています。
 3万7000から4万2000年前前にはルーマニアで現生人類の化石で、4代前の高祖父母にネアンデルタール人がいる個体が見つかったという。その個体には6~9%のネアンデルタール人の遺伝子が含まれているといいます。最大でも4%が限度だといいます。
 
筆者の追加の見解
◎ スヴァンテ・ペーボにより、ネアンデルタール人の全遺伝子配列がわかったのが2010年、ペーボの自伝的書物が出版されたのが2014年、それが日本語に翻訳されたのが2015年6月でした。この書物は大きな反響を呼び、それに関連して、いろいろなネアンデルタール人のに関する、ほかの著作も注目されました。筆者も、ネアンデルタール人や他の様々な人類について、多くのブログを書きました。(下記参照)
 脂肪を蓄えて、飢餓になっても、体重が減りにくいというのは、飢餓が多かった時代には生き残るために優れた能力でした。すぐ体重が減ってしまう人より生き残るチャンスは多かったのです。しかし飽食の現代では、飢餓の時代には有利だった性質が、なかなか痩せにくい体質になっているのです。
 この調査は、ヨーロッパの人々だけを対象に調べられました。アジア人なども、やはり2%ほど、ネアンデルタール人の遺伝子を受け継いでいます。アジア人はシベリア南部に住んでいたデニソワ人の影響もうけています。
 白い肌や、赤い髪や金髪などのネアンデルタール人の遺伝子は特に北欧人などに、多く引き継がれました.これらは日光がよわい地域には適していました。白い肌はビタミンD合成に有利です。ネアンデルタール人の復元図を見ると北欧のバイキングや、ゲルマン人を思わせます。多くの遺伝子が受け継がれているのかもしれません。(ヨーロッパ人では、体ががっちりして、毛深く、額が後退した、うちの旦那はネアンデルタール人系ではないかと、思い、有料でネアンデルタール度を調べるサーヴィスがあるそうです。)
 心筋梗塞や、血液疾患などは、ヨーロッパ人に比べるとアジア人は少ないように思われます。ヨーロッパ人は肉食が多いため。心筋梗塞などが多くなると思われます。アジア人はヨーロッパ人ほど多くありません。
皮膚の色は日光の強さに比例して、太陽の光が強い赤道に近いところでは黒い皮膚が適しており、日光が弱い北ヨーロッパでは白い皮膚が適しています。白い皮膚のほうが紫外線を多く吸収して、 ビタミンD合成に有利であり、赤道に近い皮膚が黒い人には不利です。逆に、アフリカやオーストラリアの赤道に近いところに住む白い肌の人は皮膚がんになりやすいのです。
 ヨーロッパ人だけでなく、アジア人の病気との関連も調べてほしいと思います。
 ネアンデルタール人は、マンモスなど大型獣を多く狩っていました。ネアンデルタール人は男だけでなく女も仮に参加したようです。化石を見ると、けがをしてそれが治った跡があるものが多いそうです。けがをして出血しても早く血が固まる性質は生き残るために大切な能力だったと思います。2型糖尿病などが、現代ヨーロッパ人に引き継がれたといっているそうですが、ネアンデルタール人が生きていた時代、2型糖尿病になるほど、糖質の食物を食べていたとは思われませんし,だいたい飽食があったと思われないのですが。
 10万年以上前に混血の記事について
 今までデニソワ人という形で、書かれてきたことが、ここでは。デニソワ洞窟のネアンデルタール人という表現に代わっています。今まで、デニソワ人の全ゲノムが、歯と小さな小指の骨だけで解析されたと聞いていますが、その後新しい骨が見つかったということは聞いていません。
 いずれにしてもヨーロッパとアジアのネアンデルタール人は系統が違うということになります。さらに詳しい研究成果が望まれます。
参考の「こういちの人間学ブログ」過去の記事
  (ネアンデルタール人関係)
カテゴリー「人間とは何か」
「ネアンデルタール人とわたしたち人類人間学例会で話」
    2015,10,17
「ネアンデルタール人の首飾り~岩城正夫氏」
    2015,9,20
「ネアンデルタール人とわたしたち人類、リンク集」
    2015,9,16
「わたしたちだけがなぜ生き残れたのか」ティップ・ウオルター
    2015,9,5
「ネアンデルタール人は私たちと交配した」 スヴァンテ・ペーボ
    2015,8,23
「ネアンデルタール人とわたしたちの50万年史」クライブ・フィンレンソン
    2015、8、17
「人類は多くの人類と共存した」ネアンデルタール人、デニソワ人、赤鹿人、~
    2015、8、14
「ネアンデルタール人について、図像の変化」
    2015,8,8
 
 

より以前の記事一覧

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

最近のトラックバック