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精神医学、心理学、お悩み相談

2013年10月28日 (月)

脱法ハーブの現状と課題 第98回新教育人間学部会 西田隆男氏のお話し

 はじめに

 2013年10月25日(金)に開催された、人間学研究所、第98回新教育人間学部会のテーマは、西田隆男氏による、「脱法ハーブの現状と課題ー予防教育による効果的な防止」というお話でした。西田隆男氏は、人間学研究所の研究員で、臨床心理士、自由の森学園の学校カウンセラー、埼玉ダルク理事長、帝京大学の講師などをしておられます。

 西田隆男氏にはすでに、2011年3月25日の第72回新教育人間学部会で、「世界のアルコール問題 ヘルスプロモーション」というお話しをしていただき、2010年5月にも「日本の薬物問題、恐るべき海外での実態」というお話しをしていただきました。この内容は、「こういちの人間学ブログ」のブログでも紹介いたしました。(2010年5月23日付)

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2010/05/post-5d8b..html

(すみません、これはうまくジャンプしないようです)

「こういちの人間学ブログ」を開いて頂きそれぞれの月のバックナンバーでご覧ください。

また『人間学研究所年誌』にも、毎号執筆していただいています。ちなみに「人間学研究所年誌2012 第10号」(2013年3月31日発行)は「脱法ドラッグの現状と対策」という内容で書いておられます。当日配布された6ページの資料に基づいてお話しいただきました。極めて重要な問題なので、その要旨をお伝えいたします。

NHKの番組を見る

 最初の15分ほどは、NHKで2012年6月25日に放送された、「クローズアップ現代」での「危険性増す脱法ハーブ」という番組を記録したDVDを見ました。最近この脱法ハーブを使ったものが自動車を運転して死傷事故を起こすということが起きている。脱法ハーブは簡単に作れ、お香などとして売られているので、簡単に手に入る。また取り締まられても化学式の一部を変えれば、すぐ新しものが作られ法の網を潜り抜けるなどの問題を提起していました。

1、脱法ハーブとは

定義:麻薬や覚せい剤に化学構造を似せて、作られた物質を乾燥植物に添加したもの

ー多幸感や快感を高めるものとして、販売されている。名称、お香、アロマ、バスソルト、ガラスクリーナーなど。簡単に作れるのが特徴。

2、種類とどのように販売されているのか

 インターネット販売が90% ほかにハーブ専門店、アダルトショップ、雑貨店 路上自販機(最初に見つかったのが岐阜県)など

★ 実際にインターネットで、「合法ドラッグ」として検索してみると、様々なものが通販で販売されています。現在の麻薬よりも強烈なものが簡単に手に入るところが恐ろしいです。一方、ドラッグ経験者の「脱法ドラッグなんてやめとけ、おれ失明しかけてこともある」など危険性についての、書き込みもたくさんあります。

ドラッグの標準タイプ

 ①アッパー系: 覚せい剤、コカイン(アジアや日本主力)                           

 ーこれは、日本で戦後ヒロポンの名で薬局で販売した

 ②ダウナー系: アヘン、ヘロイン(鎮痛系)ヨーロッパ

 ③幻覚系  : 大麻、MDMA

 ハーブも同じような分類でネットを中心に流布

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脱法と違法ドラッグの違い 幹となるところが同じで、少しだけ構造を変えたものが「脱法」となる=心身への影響は、麻薬と同じかそれ以上

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末端の一部だけをかえれば次々にいろいろなものができてしまう。ヨーロッパを中心に新しいものを研究し作っている研究者がいる。

 ハーブの値段 ネットおよび店頭 (昨年の価格)

 1パック3000円から6000円 ばら売り 1グラム500円

ハーブの使用者のタイプ 大麻や覚せい剤から移行するものと、最近はハーブだけのものが増加 年齢・学歴・職業に関係なく多様化

お香とかバスソルトとか、普通に使っている場合は麻薬の硬貨はでない。吸引してはいけないことになっているが、吸引すると麻薬の効果が出てくる。

最近の購入者の傾向、特徴 「ちょいワル(グレ)」の傾向へ

3.危険性:脳、中枢神経への被害

 幻覚、妄想、意識障害、嘔吐、手足の痙攣、錯乱、他人への危害、死亡                  何が起きるか誰も予測できない

従来の麻薬販売では、これこれの使い方で使うようにとと売り手による説明と指導があるが、脱法ドラッグの場合はそれがない。普通、従来の麻薬では5から10年で依存症の症状が出たのだが、脱法ハーブでは、覚せい剤系で、数倍から10倍の効果、大麻系で20~30倍の効果があり、 危険性依存性が増大するので、わずか1年で中毒を起こすこともある。従来の麻薬より危険性があるにもかかわらず、依然としてインターネットなどで簡単に手に入ることが大きな問題なのである。

緊急搬送のベスト3

1、気分がわるくなる 29件                                              2、精神錯乱      25件                                             3、意識朦朧      16件

  (大阪府警察本部 2012年調査)

  搬送されないケースはどのくらいあるのか?

4、ハーブによる事件・事故

 乗用車の暴走で2人けが、女子高生をはねて死亡、小学校に乱入怪我、20代女性が吸入で死亡、路上で女性を刺殺逮捕などなど多発

★ 最近、脱法ドラッグが売れているのは、世田谷成城、等々力、高井戸(男が多い)や田園調布(お嬢様が多い)石神井(奥様が多い)、と国立などの高級住宅街で、比較的収入の多いところで売れている傾向がある。

5、脱法ドラッグの社会的経緯

1998年「合法、脱法ドラッグ」として販売

2007年、31物質を指定薬物に

2012年全国的に普及、自販機が発見

2013年3月包括指定を772物質に

 取り締まってもどんどん増えるイタチごっこ

 指定薬物は製造輸入販売は規制。所持は規制なし

逮捕されないから大丈夫、ハーブだから安心と宣伝

政府による包括規制の効果

脱法ハーブの販売店、包括規制後に94店が減少したがまだ約200店残る(実態はもっと多い)

今までは薬事法では所持使用の規制がない。今度は10代が脱法ハーブを持っていると補導に(たばこと同じ扱い)

6、中高生の意識調査

首都圏の中高生 2012調査 6150人

 脱法ハーブなどを使うかという問いに対し

 使うかどうかは個人の判断と13,2%(32人が使用0,6%)

中学生の意識調査 全国5万4486人

 脱法15,6%ドラッグ、入手可能と 使用経験あり120人

 今の中学生は正直だがーだまされやすい

 意識調査 所持も使用もダメ 75,4% 使用は悪いが所持は悪くない7,1%、使用しても法律に反しなければよい 5,7%

7、世界の状況

NPS 国際条約で規制対象(234)以外の新規薬物 現在250以上あり

 脱法ドラッグの乱用状況 2011年15から24歳

 アイルランド16,3%ポーランド9%ラトビア8,8%英国8,2%

北米アメリカ・カナダでは 2012年 全158種作られる

 合成ガンビノイド 大麻系 合成カチノン覚せい剤系 フェネチルアミン(抗うつ剤PEA)

ヨーロッパでの販売

 インターネットでー88%有人経路も多い

世界の薬物、生涯経験率

国        大麻      覚せい剤     MDMA

アメリカ     41%      5%         5%                                フランス     30%     1,4%        2%                              日本       1,4%    0,3%        0,2%

大麻はアメリカで21州以上で、カナダは全州医療用として合法化

大麻(マリファナ)使用者の状況

 世界の大麻使用者 1,25億~2,03億人 欧州では23%

 オーストラリア、カナダでは50% 留学生が経験すること多

 アメリカで大麻使用率高校3年約(2012年 )50%

 向精神薬、鎮痛剤で使用 過料服薬の死者14800人

8、脱法ハーブ使用者の特徴 ーダルクの相談から

 :ダルクとは、民間の麻薬からの更生を推進する施設

従来はやくざとか高校中退者などが多数であったが

1、高学歴 2、自閉症スペクトラムの傾向 3、家族会の相談で大多数を占める

  ー違法ドラッグなら使用しない層への拡大

 9、薬物乱用の心理学的背景

「生きていても、何もいいことはない」「人生に希望なんて持てない」

生きづらさーサバイバルー酔いー理性の遮断ー感情の荒波、妄想状態

リスキーな行動ー病気、けがー自由の喪失、不幸ー死

 10代の死亡 一位 事故 二位 自殺

10、薬物が引き起こす問題と薬物乱用

1、家族の問題 家庭内暴力、家族崩壊  2、対人関係トラブル、孤立 3、社会生活の問題 退学、失業、借金 4、社会全体の問題 事故、犯罪、治安悪化

OD(過剰服薬)

 向精神薬、睡眠剤、鎮痛剤、こう不安剤、抗うつ剤、精神安定剤などの大量服用

国立精神神経センター 依存性原因薬物で2008年13%

武蔵野日赤病院 処方薬による緊急搬送 2012年180件

予防はどうしたらよいか

11、心理教育的予防

 自己のポジティブな感情を高める 自尊感情、自己効力感、レジリエンス。セルフコンパッション

 自己効力感の高め方ー予防回復に役立つこと

1、成功体験

2、他社の行動から学ぶ:モデルとなる人物

3、助言、説得;代理体験

4、気づき:自分の行為へのフィードバック

抑止となるのは薬をやめたいと 気づき

レジリエンス(心の回復力)ピラミッド型になっている

1、乳幼児期の基本的信頼関係

2、児童期の自己効力感(やればできるということ)

3、思春期の心理的離乳

4、成人期の自立

:この1から4がかけている人が薬物依存になりやすい

★ 西田氏が理事長をしておられる埼玉ダルクでは施設長は麻薬からの回復者である。そうでなければうまくいかない。西田氏のお話では、入所者のうち20%ほどが麻薬などの経験者である川越少年刑務所などに、薬物依存から抜け出すという話をするとき、普通の人が話すと受刑者は馬鹿にして、聞こうとしないそうです。ところが自分が薬物依存だった人がダルクでの経験により、それから抜け出した体験談を話す時には真剣に聞くそうです。

 今までは、ダルクに来る人、思春期に麻薬を始めた人が多く、2,30代から始めたという人は少なかったが、脱法ハーブなどにより、40代の重役の人など最近は大人になって始めた人が多い。

 ダルクでは更生プログラムに基づいて、3週間から数カ月で、麻薬からぬけ出していくようにする。精神安定剤や坑うつ剤などの薬物と、認知行動療法などを組み合わせてやっていく。しかしそういう取り組みをしているところは全国でも10くらいしかない。全国的に見て、医師とも結合してきちんとしたした、取り組みをしているところは、東京、埼玉、神奈川くらいしかなく、大阪や京都にはない。

12、まとめ

*シンプルで効果的な防止法

1、予防教育 :危険性、有害性の啓発

2、心理教育 :ポジティブな感情の育成

 アジアでは絶対ダメという考え方が浸透、中国では死刑。しかし欧米では甘い

参考  ダルクとは

ドラッグ D アディクション(病的依存)A リハビリテーションR センターC

からとった名前で、薬物からの解放プログラムを持つ民間の薬物依存症リハビリ施設です。全国に施設があります。スタッフは、薬物から解放された人々がなります。

参考書

『リカバリー・ウイズダム 回復の智恵』 埼玉ダルク支援センター 500円

『JUST FOR TODAY 3 今日一日薬物依存からの回復』

  東京ダルク出版編集委員会 西田隆男 500円

『アディクションカウンセラ-養成講座』

  東京ダルク支援センター 西田隆男 1000円

 申しこみは 03-3807-9978

埼玉ダルク機関紙 「スピリチュアル・ハーモニー」

 内容がホームページで見られます。

2013年9月29日 (日)

うちの猫の3タイプ ー 生まれつきの神経系の型による(2009-2013 加筆版)

Hi3d0036_neko  ★このブログは最初は2009年12月31日に書かれたものです。2013年月9月29日(日)に最近の猫の様子を書いたブログを書きました。最初のブログを書いてから3年9カ月がたったことになります。2013年9月の猫の写真を見比べてみてください。以下は2009年12月に書いた文章です。

私のうちには猫が3匹飼われています。二匹は今から17年くらい前に、上の息子が拾ってきたオスメスの兄妹です。まだ目のあかない子猫で、拾ってきた息子の部屋でひそかに育てられていました。それまでずっと、犬を飼っていて、その犬が死んでまだ一年もたたないときでした。私と家内が犬が好きなのを知っていたので、叱られると思ったのでしょう。まだミルクしか飲めない状態で、息子は牛乳を飲ませていたのですが、消化できずに下痢をしていました。いつまでも隠しているわけにいかず見つかり、結局猫ミルクを買ってきて育てることになりました。猫ミルクは結構値段が高いものです。

 オス猫はよくあるタイプの、頭のところで八の字型に黒白が分かれる猫でした。メス猫は、犬猫病院に行ったときに、先生がよくこれまで混ざったねと、笑われるほどのまぜこぜの色をしていました。白と黒、茶とらとしま猫などすべての要素が混ざったタイプです。典型的な和猫の雑種です。猫はあまり好きではないと言いながら、結局私も家内も生物学科出身で生き物が好きなほうなので、かわいがって飼うことにしました。私の家はビルの5階でベランダや窓から落ちると、死んでしまうために、窓は、あけはなしができず、ベランダにも外に出られないようにさくを付け加えました。

にゃ次郎とにゃまるの性格

 オス猫は、ニャ次郎、メス猫はニヤー丸となずけました。メス猫は、短くニャ丸になっていきました。オス猫は、生まれたときから、ひどく怖がりで、神経質で玄関のドアが開く音がすると、一目散にどこかへ隠れてしまいます。普段上がれない押入れの天袋まで駆け上がってしまいます。ひどく怖い時にはおしっこを漏らしてしまいます。メス猫のほうが気が強く、人が来ても、玄関のところで、シャーといって脅かしたりしています。私もよくひっかかれました。面白いことに、狭い所に入り込むのが好きで、私が追い出そうとするとシャーと言ってひっかいて反抗するのですが、妻が強く出ておいでと言うと出てくるのです。どうもニャ丸は私を自分より順位が低いとみている節があります。ところが、餌を食べる順位は、オス猫のニャ次郎が優先なのです。寝ているといなど兄弟仲よく、まったく同じ形で並んで寝ていたりします。猫缶、カリカリなどのえさをよく食べ、二匹ともかなりの肥満猫になってしまいました。10数年目くらいになった時に、オス猫のニャ次郎は、糖尿病になりやせてきて、一時元気がなくなり、このままではもうすぐ死んでしまうのではないかと思われました。その間には息子たちも二人とも家を離れ自活するようになっていました。

黒猫くろべえの登場

 ところが、6年ほど前今度は下の息子が住んでいた和光市のほうで、どうしてもちびの黒猫がついてきて離れず、一生のお願いだから飼ってくれないかと、私の家につれてきたのです。その猫は、目は開いていましたが、まったくまだ生まれて間もないオスの黒猫でした。二匹のもといた猫はしばらく戸惑っているようでしたが、ちび猫を受け入れました。黒猫は、黒べえとなずけられました。黒猫の子猫はよく食べどんどん大きくなりました。うちの家内は、この猫は、小豆や甘い豆やあんこを食べるので、おばあちゃんが、ほれほれとあげていたのに違いないと言っていました。とても人懐っこい猫で、食卓にどうしても上がってくるのです。そこで、何かをとるでもなく、じっとしているのです。前からいるオス猫は、テーブルに乗っている魚などを、見事な素早さで、たたき落として、食べるのですが、そういうことはしません。黒猫は、人懐っこく玄関に人が来ても平気という性質です。

 黒猫は、どんどん大きくなり、たちまち身体は、ほかの猫に追いつきました。そうすると、猫に餌をやっている皿で、早く食べないと、ほかの猫に食べられてしまいます。普通猫は、いわゆるだらだら食いで、一匹だけしかいないとき、たとえば両親が住んでいた3階には黒猫のメスがいて、食べさせようとしてもなかなか食べないと言ってこぼしていました。うちに猫がいたときには、もうその黒猫は死んでしまいました。どうも一匹だけというのはかえってストレスがあるのかもしれません。3階で外に自由に出ていたこともあってあまり長生きしませんでした。新しく来た黒猫が育ち盛りでどんどん食べるものですから、今まであまり食べなかったオス猫のニャ次郎も負けずに食べ始めました。そうしているうちに、死にそうになっていたニャ次郎もやせてはいますが元気を取り戻していきました。

 黒べえはさらに成長し、今は体重が7キロ以上もあり、長さも尻尾を入れると80センチ以上、身も引き締まった立派な猫に成長しました。ニャ次郎は長毛種なので一見太って見えますが、かなりやせていて、4キロを切るくらい、メスのニャー丸はずんぐりとして身体は小さいのですが太っていて5キロくらいあります。黒べえはまだやんちゃなところがあり、遊ぼうとニャ次郎やニャー丸に飛びかかったりします。ニャ次郎は一応応戦するのですがすぐに負けてしまいます。ニャー丸は黒べえが大嫌いで近くに寄ってきても、シャーといって猫パンチするか逃げるかです ただ面白いことに、おなかがすくと、こちらのほうを二匹で見ながら黒べえがニャ次郎の背中を噛んでなかせて注目させ、ご飯を出させようという作戦を覚えたみたいです。実力では全く上の黒べえがご飯を食べるときには先輩のニャ次郎にもニャー丸にも譲るのがおもしろいところです。小さい時から一緒に飼われているので親のように思って立てていくような仕組みがあるのでしょうか。

条件反射学 神経系の型

 条件反射学の本に犬で実験した結果、条件反射のでき方に4つのタイプがあり、ちょうど、人間の性格のタイプと同じように対応すると書いてありました。

1、人なつこい明るい太り気味のタイプの循環質(じゅんかん)の犬、(あるいは躁うつ質

2、臆病なよわよわしいやせ形神経質のタイプ(あるいは分裂質)、

3、反応が遅く鈍い筋肉質でときどき爆発的に怒ったりする粘液質(あるいはテンカン質)のタイプなどです。

それは生まれつきの神経系にタイプがあって、それに生まれた後の生活によって強化あるいは平均化されていろいろな組み合わせができます。みなさんも生まれてきた犬や猫あるいは人間の兄弟姉妹でも全く違う気質を持って生まれてきて異なる性格になるのを見ていると思います。

 3匹の猫を見ていてもその違いが明確です。神経質なニャ次郎、粘着質のニャー丸、循環質の黒べえです。 古代ギリシャの医学の祖と言われているヒポクラテスは、人間の体液でどれが多いかで、その人の性格が変わると言いました。それまでは神が罰を下して病気が起こるなどと言われていたものを、あくまでもその人の身体の体質や性質によって起こると示した点が画期的でした。血液が多く明るく、快活な性格の多血質、粘液の多い、落ち着いた沈着な性格の粘液質、黄胆汁の多い、怒りっぽい性格の胆汁質、黒胆汁の多い憂鬱な性格の黒胆汁質の4タイプです。その後、クレッチマーやシェルダンなどが精神病と体格との関係などを関連づけて、性格分類をしていますが、似たようなものです。これはもちろん完全なものではないのですが、大まかな性格の方向があるということはわかります。

人間の場合はどうか

人間の場合は、

1、自分の生まれつきの体質

2、神経系の型の違い 気質

3、それに基づいて社会的要因も含め決まってくる性格、

4、社会的な成熟度合いも含めた人格、

 と多層構造になっています。体質の変化により、気質も変わり、性格も、人格も自分の欠点に気が付き改善すると、その基本的傾向は大きく変わらないにしても、うまく社会的に適合し、優れた人格を作ることができます。問題は自分の傾向にきづいて直そうとするかどうかですが。自分の欠点、問題点というのは自分ではなかなかわからないものですが、気づこうと知るかどうかだけで大きくちがってくるものです。

2013年5月 7日 (火)

ふたつよいことさてないものよ 『こころの処方箋』3 更新版

このブログは最初2010年6月28日に書かれたものです。一部変更して更新いたしました。

第2章 「ふたつよいことさてないものよ」

ふたつよいことさてないものよ」これは、『心の処方箋』の二番目に出てくる言葉です。どのようなことかというと。

 これはすなわち、一つ良いことがあると、一つ悪いことがあるとも考えられるということです。抜擢されれば同僚のねたみを買い、宝くじに当たるとたかりに来るはずだ、ということです。世の中は良いことずくめにはならないように仕組まれているのだけれど、そのことを知らないために愚痴を言ったり文句を言ったりばかりして生きている人もいる。

 人間は良いことずくめを望んでいるので、何かいやなことがあると文句の一つも言いたくなってくるが、そんなときに「ふたつよいことさてないものよ」とつぶやいて、全体の状況をみるとなるほどうまくできていると思えば無用の腹立ちをしなくてすむ。またふたつ悪いことさてないものよと言っていると考えられる。何か悪いこといやなことがあるとき、よく目を凝らしてみると、それに見合う「よいこと」が存在していることが多い。がんばって仕事をしようとしているのに病気になる。しかし休息が与えられたりやりすぎに対しての警告かもしれない。

 この法則はまた、ふたつ悪いところもさてないものよと考える。何か悪いこといやなことがあるとき、よく眼を凝らして見ると、それに見合う「よいこと」が存在していることが多い。

 頑張って仕事をしようとしているとき病気になる。「休息」が与えられたのかもしれない。夫婦で頑張って、地位も財産をつくったが、親類の道楽ものがお金をせびりに来る。夫婦で力を合わせこれに対応して中年の危機をまぬがれているかもしれない。しかしこのあたりが見えず、この親類のために夫婦げんかが絶えないと中年の夫婦の危機が増幅される。

 このように、『こころの処方箋』には書かれています。要は状況に一喜一憂せず、冷静に状況がみられるかどうかということです。そのためにこの言葉を呪文のように唱えて、さあどうだろうかと、冷静に物事が見られるとあまりその後にまちがった対応をしないということでしょう。他のことわざでは、皆さんご存じのように「人間万事塞翁が馬」ということもあります。また、頭はいろいろありますが「一生、禍福、吉凶ーはあざなえる縄のごとし」ということわざもあります。また、「禍は福のよるところ、福は禍の伏するところ」ということわざもあります。これは古今東西を通じての心理でしょう。

 宝くじの例が書かれていますが、宝くじにあたるのも10万円くらいまでのわずかならいいのですが、下手をして何億などというくじがあたると、どうしてもあたったことを他人に知らせずにいられません。そうするとうまくそのお金をだましとってやろうとする人がたくさん近づいてきます。またそのお金をゆっくり貯金や資産運用に回すなどというより、有頂天になってむだな買い物をしたり、ばくちに使ったり、してしまいます。だいたい宝くじを盛んにやる人は、賭けごとが好きです。ちなみに宝くじというのは、大変あくどいかけごとで買った人に40%ぐらいしか返さないのです。はやっているパチンコ店が80~90%近く戻すのと大違いですね。そして、高額の宝くじが当たったために、ひどいケースでは殺されてしまった人もいます。

 悪いことが続いたとき、よく考えてみて、何かよいこともあるはずだと、余裕をもって考えられないものですが、でも、落ち着いて、さて何かよいこともあるのかもしれないと、考えるだけで、物事のみかたは随分と変わってきますね。

 何かしらでうんと有名になるというのも考えもので、顔と名前が知れて、それが嬉しいとはじめは思うのでしょうが、いちいち人の視線があって、まったく自由がなくなります。いろいろと忙しく活動してお金もたくさん入ってくるでしょうが、忙しくてゆっくりお金を使って、人生を楽しむ余裕などなくなってしまいます。さらに過労になって病気で倒れることもあるでしょう。 大ベストセラー作家の村上春樹氏は、いままで、ほとんど人の前に顔を出さなかったそうです。こんど新しく出版した本の記念講演会でも、撮影はお断りだそうです。その理由は今まで普通に人に知られないでいたのに顔をしられれば「自由に街中を歩けないではないか」ということです。

 だいたい、『こころの処方箋』を書いた河合隼雄氏そのものが、ユング派のカウンセリングを世に広め、臨床心理士の制度を作り、文化庁長官になり、その名声は高くなり、他にも大活躍しました。しかし高松塚古墳の問題が起きて、その対応がひどい負担になったと思います。そのせいかそして間もなく脳梗塞を起こして翌年にはなくなってしまいました。

 私たちも、よいことがあっても有頂天にならず、人の恨みを買っているのかもしれないとか、身を引き締めている必要があるし、又悪いことがあっても少し我慢してしばらく時間の経過を待っていると、なにがしかの好転することも多いのです。ただうつ病になってしまうと、悪い方へ悪い方へ自分自身を持って行ってしまうので大変ですね。ただうつ病を経験したら他人の心の悩みをより理解することができるのではないでしょうか。

 

「健康病が心身をむしばむ」 河合隼雄 「こころの処方箋」5

 このブログは最初は2010年7月に書かれたものです。一部手を加えて更新しました

第24章 「健康病は心身をむしばむ」

このテーマは『こころの処方箋』の24番目に書かれていることです。「健康病」とはともかく「健康第一」で、そのことに専念してしまう。それで近所迷惑をかけていて、ほとんど病気なのですが本人が無自覚なことを言います。たとえばコレステロールがよくないと知ると、コレステロールを目の仇にしているが、友人からコレステロールも有益だなどと聞くと、「適度のコレステロール」とは何かについて思い悩み、食事のたびごとにああだこうだというような人をいいます。本人も家族も食事の楽しみがなくなってしまいます。

 健康病の恐ろしさは、伝染性を持つことで、健康病の人は他人に伝染させることを、生きがいにしているようなふしがある。それは自分が不安なので仲間を作りたいからだ。

 友人との集まりでよく仕事をしよく遊びをやりすぎだなと思う人が50余歳で死んでしまった。あれだけやりすぎると死んでしまうのかなという人もあるが、河合氏はなんとなく50位で死ぬ寿命を感じ取ってそれだけやったのではないかといったそうです。私が思うに河合氏本人もあまりにいろいろなことをやりすぎて命を縮めたのではないかと思います。

 人間の人生には実に多様な見方が可能なのだということなのだと。多様な見方によって豊かな人生を送れるのに、健康ということだけに縛られてしまうことの精神の貧しさを指摘したいというのです。それは「心」に関する価値を評価できなくなってしまったということと関係がありそうである。忠義とか孝行が最高の価値を持っていたものも今は下落してしまった。親切とか愛情とか言ってもこの競争の激しい時に、そんなことを言ってはいられないといわれそうである。

 昔、ギリシャ時代では、体と心と魂という三つの要素によって考えられていたという。現代人は「心」に失望しつつ、魂の重要性を再び認識しかけているのだが、そんなものは知らぬので、それを飛び越えて「体」をやたらと大切にするのではなかろうか。もっとも重要な魂のことを知らぬことから生じてくる不安を何とかごまかそうとして、体を大切にする。こういうふうに考えていると、ジョギングなどをしている人に「宗教的情熱」を感じさせることがあるのもうなずけるのである。魂のことに思い及ぶことで、健康病からの回復がなされるように思うのである。

 以上が、この節の内容です。

 確かに健康病の人は多いと思います。いろいろなテレビ番組(たとえば試してがってんなど)で放送されると翌日、体に良いというその品物が一ぺんにになくなってしまうということがよくあります。西原理恵子さんの『毎日かあさん』と言うマンガで、同居している西原さんのお母さんが、NHKの「試してがってん」を見ていて、「なになにがいいぞね」と言ってそれを家族のみんなに強制的にすすめるという話がのっていました。                    

 前にも私のブログにも書きましたが、検診でのメタボの基準がおかしく、みんなを「病気」にしてしまい、薬づけにするという問題を書きました。高齢者ではやせが最も死亡率が高く、「ちょい太」が最も長生きであるといわれます。最も長生きする「ちょい太」であるのが本来基準であるべきなのではないでしょうか。と「ちょいぶと」である筆者がつねづね思うことなのですが。胴周りが女性で90センチなのが、男性で85センチ以上で肥満と言うのは全くおかしいです。欧米では逆です。また身長との対比も無視されています。身長190センチの人と、150センチの人では胴周りもかなり違うはずです。これにはすでに批判が多く、この基準では男性94,3%、女性85%が何らかの基準をオーバーするというのです。5%の男性しか異常なしというのはおかしいです。この基準では多くの人が以上と判定され無駄な医療費を払わなければいけないことにないことになります。

 ともかく全体のバランスが大切なのですが、いろいろな健康法の中で偏って何々がよいとか言って、実行すると体に悪いのははっきりしています。

 ただみんなが体に気をつけすぎるのは、河合氏の言うように、宗教的情熱や「魂」がかけているからだけではないように感じます。自己責任をいい、ストレスを強く感じさせる競争社会によって心身がひどく痛めつけられているという一面を見なければいけないと思います。ともかく、心身ともに疲れきらせるような世の中なのです。だから少しでも健康でいたいという要求につながります。そういう社会的側面を見ないで個人の「こころがけ」が悪いように言うのはどうなのでしょうか。確かに人に健康で「ああしろ、こうしろ」という迷惑をかけている人はいますが。

 それに魂って一体なんでしょうか。宗教的情熱なのでしょうか。河合隼雄氏は創価学会とのつながりが強いと聞いていますが今一つ私にはわかりません。たとえば私は無神論者で実用的人間学に基づいた科学的信念を持って心のよりどころにするということはありますが宗教的情熱は持っていません。あらためて魂というのはなんででしょうか?またここでいう河合氏のいう、現代人が失望する「心」というのもいまいち私にはわからないのですが。お考えがあれば教えていただきたいと思います。

「心のなかの勝負は51対49のことが多い」他 『こころの処方箋』4 

このブログは2010年6月29日に書かれたものです。一部書き加えて更新いたしました。

第16章 「心の中の勝負は51対49のことが多い」

第15章 「一番生じやすいのは180度の変化である」

「心の中の勝負は51対49のことが多い」という文章が16番目で、「いちばん生じやすいのは180度の変化である」という文章は15番目の文章です。これは関連した内容です。そしてこのことを知っておくと人をみるときの心構えとして大変役に立ちます。筆者自身もこのようなことをいくつか感じました。

 河合隼雄氏はカウンセリングで、中学生や高校生と話をすることがよくあったのですがそのありさまの一つを次のように書いています。

 あるとき、無理に連れてこられた高校生で、椅子を後ろに向け、私に背を向けて座ったこがいた。このようなときは、われわれはむしろやりやすい子が来たと思う。この子は、お前なんかと話をしないぞという対話を開始する。「これはこれは、話す気がないらしいね」というと、「当たり前やないか、こんなことしやがってうちのおやじはけしからん・・」という具合に対話が弾んでいく。

 こんなときに私が落ち着いているのは、心の中のことはだいたい51対49ぐらいで、勝負がついているからであると。この生徒も、カウンセラーのところなんか行くものかという気持ちと、もしかしたら自分のことをわかってくれるかもしれないという気持ちが共存していることが多いというのです。51対49というのはわずかの差なのだけれど、それは無意識のうちに沈んでいて意識するところは2対0のように感じられる。意識的には片方が強く感じられるが、実はそれほど一方的ではない。

 51対49より50対50位になると、なんとかごまかすために、「大きい声を出す」人が多いように思う。わざわざ、高校生が椅子を後ろ向きにするのは、「お前などに話さない」という反面「なんとか助けてほしい」ほうが前面に出てきそうでたまらなかったのだろうと。こういうときに相手の大きい声につられて、ことらも大きい声を出して「こちらを向きなさい」などいうとせっかく逆転の動きが止められてしまう。もう話なんかするものかとなってしまう

 もっとも、人間は時に本当に「大きい声」を出さねばならない時があるので、厳密にいえば、「場にそぐわない大きい声」とか、「不必要な大きい声」を出すときは逆転の可能性が高いというべきでしょう。もちろん、前のだしたような態度も同じです。要は勝負を焦ることはないといっています。

 その結果として人間が変化するときには.もっともおきやすいが180度の変化だということになります大酒のみの人が、ぴったり酒をやめる。感心していると急に戻ったりする。非行少年が急に変身して途方もなく「よい子」になる。周囲が称賛するとまた急に逆転が起こって「やっぱりあの子は悪い子だ」という。

 自分の生き方を両親の生き方と比べてみると、そっくり同じかその正反対なことが多い。その方向を20度とか30度とか変えるのではなく180度変化をする傾向がある。そのようなものだと思っていれば、180度の変化が起きても、やたらに喜ぶこともないし、じっくり構えられる。前に書かれているように人の心は49対51ということが多いので、急激に変わることが多いのです。

 そういうものだとゆっくり構えていれば、又もとに戻って悪くなったとしても、だまされたなどと怒らないでまたよくなっていくことを期待して、ゆったりと対していけます。本人も、よくなったときに、経験したことを生かして、次第に本当に定着して、よくなっていくものだというのです。このようなことは別にカウンセラーとして、人と相対していなくとも日常生活で、私たちがそういうものなんだーと、心得ていくかどうかで、ずいぶん人間関係がよくなっていくことでしょう。

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人の心などわかるはずがない 「こころの処方箋」2 更新版

 この文章は2010年6月25日に書かれたものです。2013年5月に一部変更して更新いたしました。

この文章が、「心の処方箋」の最初に出てくる言葉です。次にその内容を書いてみます。

第1章  人の心など分かるはずがない

「臨床心理学を専門にしていると。他人の心がすぐわかるのではないか、とよく言われる。私に会うとすぐに心の中のことを見すかれそうで怖い、とまでいう人もある。~しかし実のところは一般の予想とは反対に、私は人の心などわかるはずがないと思っているのである。一般の人はちょっと他人の顔つきだけで「悪い人」とか「やさしそうな人」とわかったように思う。ところが専門家はひょっとしたらその逆かもしれないと考える」というのです。簡単に判断を下さないようにするということです。

 実はブログ筆者も、人相術をかなり独学で勉強して、12回の手相術、人相術の話をセミナーで何回かお話ししたりしているのですが、そういうと、すぐ、ほとんどの人が、では私のを見てほしいとか、何か見透かされそうで怖いとか、いうのです。特に飲んだ席などで、少し見ただけで、なおかつ薄暗いところで、簡単にあなたはこうこうですなどは言えないのです。だいたいは眼の形では、こういう傾向があるところが、鼻では逆の傾向があるとか、いろいろ複雑な要素が絡まって簡単には言えるものではないのです。

 余談になりましたが、続けます。文章は以下のように続きます

「カウンセラーのところにどうにも見放されて「札つき」の非行少年と呼ばれる子が連れて来られ、そしてこの子の心を分析してどうすればよいかを対策を考えてほしい」と言われる。

 しかし一番大切なのは、この少年を取り巻くすべての人が、この子に回復不能な非行少年というレッテルをはっているとき、「はたしてそうだろうか」、「非行少年とはいったい何だろう」というような気持ちを持ってこの少年に対することなのである。「悪い少年」だと決めてかからないことが大切である。少年に会ってみると、あんがい少年が素直に話してくれる。少年が涙を流しながら、実はお母さんが怖い人で、小さい時から叱られてばかりだったという。これを聞いて、「母親が原因だ」とすぐに決めつけてしまう人も素人である。

 母親に対しても、簡単に決めつけられないという態度で会っていく。このような態度で会い続けると、それまで見えなかったものが見えてくる。母親が怖いとばかり思っていたのが、幼い時に母親にやさしくしてもらったことを思い出したりする。~この少年の心をすぐに判断するのではなくて、それがどうなるか、未来の可能性に注目して会い続けることが大切である。

 即断せずに期待しながら見ていることによって、今までわからなかった可能性が明らかになり、人間が変化することは素晴らしいことである。しかしこれは大変なことであるという。わかったと決めつけてしまうほうが簡単だ。このこの問題は母親だとか、この非行少年は厚生不可能だと決めつけてしまったしまうほうが。だれかを非難して問題が解決されたような錯覚を起こしてしまう。こんなことのために「心理学」が使われてばかりいるとたまったものではない。                                               

 「心の処方箋」は「体の処方箋」とはだいぶ異なってくる。現状を分析し、原因を究明して、その対策としてそれが出てくるのではなく、むしろ、未知の可能性のほうに注目し、そこから生じてくるものを尊重しているうちにおのzyから処方箋も生まれ出てくるのである。

 以上のような内容です。これが一番最初(第一章)に出てくるということは。もっとも基本的な河合隼雄さんの考え方です。調べてみると世の中には百数十の臨床心理学の流派がありますが、人間のタイプをいろいろに分けて、それに対して、機械的に処方箋をだすものも多いように感じられます。人間が決して固定的なものではなくて、いろいろによくも悪くも変わっていく存在であり、決してある人物を、こうだと決めつけてはいけないということを、私たちも考えておかなければならないでしょう。ですから、血液型や、星座や、もろもろの性格診断などを含め、簡単に人を分類し、レッテル張りをして判断してしまうことなどは、もってのほかであると思います。特に血液型などでは自分が血液型性格診断が正しいと信じ込んで、それを上司と言う立場を利用して人を差別化してしまう(これをブラハラといいます)などはトンデモないことです。

河合隼雄氏の『こころの処方箋』に学ぶ 1更新版 悩んだ時のバイブル

 このブログは2010年6月24日に書いたものです。臨床心理学については、このころは盛んにブログに書いていたのですが、最近(2013,5)は、あまり書いていません。以前に書いたものに若干手を加え、最近のブログに変更いたしました。

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河合隼雄氏と『心の処方箋』について

 河合隼雄は1928年に兵庫県で生まれ、父は歯科医院を開業し、なんと7人の男兄弟の五男です。兄の一人の河合雅雄は著名な霊長類学者です。河合隼雄は京都大学の数学科を出て、はじめ高校の数学の先生をしていましたが、子どもたちの悩みの相談を受けるうちに、心の問題に真剣に取り組む必要を感じ、京都大学の臨床心理学の大学院に行くことにしました。その後天理大学の教授になり、1962年から3年間スイスのユング研究所に留学し、日本で初めてユング派精神分析家の資格をとりました。日本に戻り京都大学で、教育心理学科臨床心理学教室を作りました。

 1985年には日本心理臨床学会を設立し理事長になりました(心理学ではそのほかにいろいろな学会があります)。その後、「臨床心理士」の資格を確立するのに努力しました。1987年には箱庭療法を日本に紹介しました。1992年に京都大学を退官し1995年に国際日本文化センター所長に、2000年には紫綬褒章さらには文化功労者になりました。2002年1月には文化庁長官、4月には「心のノート」という道徳の副教科書の編集を行いました。6月には文化庁の管轄である高松塚古墳問題で謝罪をし、給与を一部返納しました。8月には脳梗塞の発作によって倒れ、その後、一度も意識を回復しないまま2007年に79歳で死去しました。高松塚古墳問題での心労が命を縮めてしまいました。残念なことです。

 河合氏はユングの心理学の第一人者であるとともに、極めて多面的な分野に興味を示し、フルートの演奏会も行いました。臨床心理士の制度や、スクールカウンセラーの制度の確立に努力しました。冗談好きで、日本うそつきクラブ会長を自認していました。日本人の精神構造や物語の世界についても鋭い分析を行っています。また多くの臨床を経験しています。また講演会はユーモアに満ちて面白いと大変評判でした。著書73冊、共著34冊、洋書9冊を出版しています。私も、直接の講演は聞いていませんが、テレビでの話は何回も聞いています。大変面白くまた、ためになるという話でした。

 その後「河合隼雄講話集」という、ユーキャンの発行する全7巻のDVDを購入してしまいました。それは河合隼雄氏の講演を録音したものです。本に書かれたものだけでなく、講演での、みんなの興味を引き付ける話しぶりなどは直接の話を聞かないとわかりません。そこには『こころの扉』という副読本があります。いずれ改めていいものを紹介していきます。

 河合氏の様々にある書物の中で、「『心の処方箋』ーたましいに語りかけるエッセイ55編」は1992年1月に新潮社より単行本として出版されました。ちょうど京都大学を退官した年になります。この本は「心の処方箋」という題で『新刊ニュース』に1988年から1991年まで連載したものに10章ほどを加えたものです。連載当時から大変評判がよかったものです。河合氏はあとがきで、皆が腹のそこで思っている常識を書いたと言っています。今日本で常識が教えられることが少なくなってしまった。そこで知識を持っていながら常識を持っていない人が増えてしまった、と言っています。タイトルは、非常識のように書いているが読んでいるとなるほどと思うように書いてきたといいます。たしかに本を読んでみると、それぞれがいひょうをつく題なのですが読んでいくとなるほどと納得するものです、

 あとがきにはさらに、冒頭に掲げた「人の心などわかるはずがない」、そんなのは当たり前のことである。しかし本屋に行くとあたかも人の心がわかるように書いた本がたくさんあるのに驚くだろうと。河合氏は新しく相談に来られた人に会う前に「人の心などわかるはずがない」ということを心の中で呪文のように唱えることにしている。それによって、カウンセラーが他人の心がすぐ分かったような気になってしまって、よく犯す失敗から逃れることができるのであると、言っています。

 河合氏は、最後に、「ふたつよいことさてないものよ」という呪文が好きで、よく唱えている、と言っています。この呪文を唱えると納得がいったり楽しくなったりするのである。格言とか箴言とかいうものではないが読者が「呪文」として愛好してくださる言葉をこの中から一つでも見出していただけると、まことに幸いと思っていると、むすんでいます。

 ブログ筆者のこういちは1992年にこの本を読んでから、「ぜひ読んでみるといいですよ」と多くの人に勧めてきました。河合隼雄氏の本は他に私もたくさん持っていますが、やはりこの本が素晴らしいと思います。この本が大変なベストセラーになり、又今日でも読み続けられるには理由があります。私は、何回か人間学の研究会の例会で話してきました。2008年には二回に分けて実用的人間学研究会の例会でお話しました。1992年の6月には新潮文庫としてだされて、買いやすくなりました。まだお読みになっていない方は、ぜひお読みになってください。

 55編の話は一編が4ページで終わります。ですから大変読みやすいのです。途中から気になったところを読んでいってもいいのです。参考までにこのブログで、私がこれはぜひ知っておいた方がよいと思うことをいくつか書いていくことにします。

『こころの処方箋』

上記の写真の本は1992年1月25日に、新潮社から出版された単行本です。消費税込で1100円でした(現在も単行本は出版されていて価格は1470円です)。その後新潮文庫に入ったのが1998年6月1日でした。価格は消費税込で現在452円です。文庫版の帯には「うそは常備薬 真実は毒薬」と書かれています。この本の紹介として以下のように書かれています。まだお読みになったことのない方はぜひ購入されることをお勧めします。

「耐えるだけが精神力ではない。心の支えは、時にはたましいの重荷になる。-あなたが世の中の理不尽にこぶしを振りあげたくなった時、本書に綴られた55章が、真剣に悩むこころの声の微(ひそ)かな震えを聞きとり、トラブルに立ち向かう秘策を与えてくれるだろう。この短い一章、一章に込められた偉大な「常識」の力がかならず助けになってくれるだろう。」

 

2011年3月24日 (木)

「錯覚の科学」が脳科学の通説を覆すあなたの脳が大ウソをつく(270)

『錯覚の科学』という本(C・チャブリスとD・シモンズ2011年2月10日文藝春秋刊)の新聞広告が出たときに、すぐに購入したいと思っていました。近くの書店にも出ていたので買ってきました。英文の原題は "The Invisible Gorilla"で、すなわち、「見えないゴリラ」で著者である前にあげた二人の心理学者が行った驚くべき実験に基づいています。本の帯封には、本の中の一文が紹介されています。

「私たちは2つのチームがバスケットの試合をする短いビデオを制作した。次に、学生にビデオを見せ、片方のチームがパスする回数をカウントしてもらうという実験を行った。

実はビデオの途中で、ゴリラの着ぐるみをきた学生が試合に乱入するシーンがあった。 

しかし驚いたことに、およそ半数の学生がゴリラに気づいていなかった!」

 ゴリラの着ぐるみをきた女子学生が登場し、選手の間に入り込み、カメラのほうに向かって胸を叩き、そのまま立ち去った。その間9秒。パスの数を数えさせるのは気をそらすためのものだったのです。そしてあとでその時にパスを数えているときに何か変わったものに気づきました?とたずねます。半数の人はいいえと答えます。ゴリラがいたんですよ、というと、「え、うそ」と。いろいろ条件を変えてみてもやはり半数の人がゴリラを見落としてしまうのです。

 これは予期しないものに対する注意力の欠如から起きるもので科学的には”非注意における盲目状態”とよばれているものです。この実験は1999年に雑誌で紹介されて以来、各地で実験され、心理学の世界で大きな話題となりました。わたしもこのころテレビ番組で見た記憶があります。そして2004年には変わった面白いものとして「イグ・ノーベル賞」をもらったのでした。この眼には見えているのに脳に達していないということは、さまざまな所で、出てきているのです。2001年にハワイ沖で、アメリカの原子力潜水艦が、日本の漁業練習船を「潜望鏡では見えていたはず」なのに船長は見落としてしまった。船長は潜望鏡をのぞきながら『その時私は、ほかの船がいることを予想も期待もしていなかったと」そして衝突させてしまったのです。

 このような「人間が払える注意は有限だ」という、人間の脳の働きを知っているか、知らないかで大きな違いが出ます。そしてこの本では今まで脳科学で通説とされてきたものがみな間違っているということを具体的な追試験で明らかにしてきたのです。具体的には

サブリミカル効果などというものは存在しない

(映画の中にコカコーラの映像を人に意識できない程度の短い間入れると、それが刺激となり、無意識のうちにコーラが買いたくなるという話)

2、いくらモーツアルトを聞いてもあなたの頭はよくならない 

1993年に科学雑誌『ネイチャー』にモーツァルト効果があると発表された。その後科学的な再試験の結果、効果が無いことが明らかになった。しかし世の中には依然としていわば迷信として人々の間に広がっています。そして「モーツァルトを子供に聞かせると良いと」いう風に人々におもわれています。その挙句は、乳牛にモーツァルトを聞かせるとよく乳が出るとか、野菜に聞かせるとかとんでもないところまでエスカレートしています。

3、レイプ被害者はなぜ別人を監獄送りにしたのか?

よーくレイプ犯人を観察していたから、この人に絶対に間違いないといって、まったくの別人を、この人だと強く主張して、その結果陪審員はある関係のない人を有罪として、牢獄へ送ったが、DNA検査では全くの別人であった。しかし本人はこの人に違いないと確信していた。

4、脳トレを続けても、ボケは防止できない 

たとえば任天堂の脳トレソフト『ブレイン・エイジ』は科学的実験の結果、効果が無いことが分かった。他にも様々な脳トレソフトが売り出されています。

5、「えひめ丸」を沈没させた潜水艦の艦長

艦長は目では船が見えていたはずなのに、脳が船を見ていなかった。(そんなものがあるはずがないと思いこみをしていた)

人間の脳では一つのことに集中すると、必然的にほかのものへの注意がおろそかになる。車の運転中に携帯電話をしていれば、注意が散漫となり事故が起こりやすい。ハンズフリーでも同じであると。でも多くの人はそうは思わない。                   ゴリラの実験のように人は自分が予期したものを見る。逆に予期しないものは「見えない」また同じように自分がこうだと思い込んだ予期したものを記憶する傾向がある。

 ひとは自分は見落としなど「するわけがない」という誤った思い込みがある。しかし実際にはごく簡単な変化も見落としてしまう。

 最後に結論として、自分の回りに見えないゴリラを見つけようと心掛ければ、より優れた判断やよりよい暮らしが可能になるかも知れない。

~記憶の錯覚を理解すれば、自分も含めて人の記憶を頭から信じ込むことが減り、重要な事柄については自分の記憶を確かめるようになるだろう。

自分の思考や行動についても、自分の直感や本能的な勘が正しいかどうかを見直してみよう。結論に飛びつく前に肩の力を抜いて、思い違いが無いか、「ゴリラがいないか」もう一度ゆっくり考えようといっています。

 これは私の提唱する実用的人間学的な考え方に共通するところがあります。それはものごとを総合的に、科学的な、批判的な目で見ようという態度と共通しています。多くの人は自分のみたこと考えたこと、思っていることは絶対に正しいと思い込んでいます。そのお互いの思い込みの違いが大きな対立にもなります。ところが人間は簡単にビデオに表れたゴリラを見落としてしまうものであり、色いろな記憶の間違いをおかすものだということをしっていれば、物の考え方でも人間関係でも随分と違ったものになるでしょう。

 解説では 成毛 眞氏が「脳トレ・ブームにだまされるな!」として以下のように書いています

 今盛んにはやっている「脳トレ」の本などで、脳内の血流が増えたというような実験結果があっても、血流量が増えたから認知能力が向上したとは必ずしも言えない

 ほんものの脳年齢を維持するには、毎週三日に一回、有酸素運動として45分間のウオーキングをするだけで、前頭葉の脊髄灰白質の減少が止まるという。知的能力を保つには認知能力を鍛えることとは関係なく体を鍛えたほうがよいというのである。

 ここではほんの少ししか紹介をしていませんが。人間は自分が思っている以上にいろいろな錯覚や間違いを起こすものだということです。ところが本人は自分は絶対に錯覚などの間違いをおこすはずがないと考えて、さらに大きなミスを起こしてしまうのです。興味をお持ちの方は、直接本をお読みになるといいと思います。価格は1571円プラス税です。

2011年2月 7日 (月)

脳ブーム、あなたは間違った考えを信じていませんか?

さてクイズです どれが正しくどれが間違っているでしょうか?

1、 右脳と左脳は異なる働きを担う。どちらかが優位かで”右脳型”と“左脳型”にわかれる

2、私たちの脳は全体の10~20パーセントしか使っていない。

3、語学や楽器演奏など、学習には適切な時期があり、それを逃してはいけない

4、睡眠学習は効果がある

5、記憶力は改善できる

6、女性の脳と男性の脳は大きく異なる

7、生後3歳までに、脳の基礎的な能力は全部決まってしまう

 みんな正しいのではないの?とおっしゃる方もいるかもしれませんね。普段そのように言われています。しかし実はみんな誤っているか確証がないのです。

「ジャパンスケプティクス」という学会誌の最新号に、学会運営委員の池内 了氏が「400字の宇宙」というコラムに「脳神経科学神話」という短文を書いています。それによりますと、「今、脳ブームとやらで、書名に「脳」がつく本が3000冊以上も出ているという。かって「脳内革命」という本がベストセラーになったが、その流れをくむのか「心の時代」といわれるようになり、無定形の心を操るのは物質的な脳だから、脳の機能がわかれば心がわかると過大にに考えられている為かも知れない。脳科学研究者やスピリチュアルの専門家がマスコミをにぎわせているのがその例証だろう。しかしまだ不確実な知しか得られていないのに脳を活性化するとか隠れた力を引きだすとか言われ、FMRI(機能磁気共鳴映像)による写真を見せられると信用したくなる。それで上記のような言説が世間に流布されている。「日経エレクトロニクス」誌が独自に調査した結果では、「人間の脳はほぼ無駄なく使われている」と考える人は9パーセントにしかすぎず、「人間の脳は10%ぐらいしか使っていない」と考える人は91%に上るそうです。いかに「神経神話」がまかり通っているかがわかります。

 この「神経(ニューロ)神話」というものは日本だけではなく、世界中に広がっているものなのです。2007年とだいぶ前に、経済協力開発機構(OECD)の報告書で、「脳科学神話を一掃する」といって、上記7項目を詳しく論じ、批判しています。そしてこの誤った考え方に基づいて、教育することによって、子供に悪影響を及ぼすというのです。2010年1月には、日本神経学会が声明を発し、「脳ブーム」や「疑似・脳科学」に対する警鐘を鳴らしました。

OECDの報告書によると、19世紀の中ごろにはやった非科学的な「骨相学」の根拠に基づいて、アフリカのルワンダによる民族紛争で、べルギーが少数民族のツチ族を、骨相学的にいいからと支配層にする根拠に使ったいうことを行っています。「骨相学」は「頭の形で人の優劣や性格の違いなどがわかる」という誤った学説です。血液型もそうですが、誤った疑似科学は正当な科学より広まりやすいのです。昨年日本神経学会の声明後、各新聞などが取り上げましたが、いちねんたっても、その「脳科学ブーム」が収まる気配はありません。相変わらず、教育熱心なお母さんなどが、早く幼児のうちに「脳力」をアップしなければと幼児教育に大量のお金を投じています。そのた子供のために「脳力アップ」のためのいろいろな本や教材を買っていますが、それが却って子供に悪影響を及ぼすとしたら。それは恐ろしいことです。

2010年4月27日 (火)

認知症について 「イ サンの英祖」と私の母の場合

「イ サンー正祖大王」の英祖の認知症

 NHKのBS2で毎週日曜日に放映されている、「イ サン」は4月24日(日)に37話となり、全77話のちょうど折り返し点になろうとしているところです。この回では、イ サンの祖父である英祖の認知症の話が中心になっています。英祖は生母が低い身分にうまれ、若い時に苦労した人だっただけに、その政治は李朝朝鮮王朝の4人の聖君の一人と数えられるような立派な人物でした。しかし、認知症となってしまい、世子をなきものにしようとしたため謹慎を命じられている王妃と、流刑になっていたその兄のキム ギジュを許してしまいます。また気分が変わりやすく、怒りっぽくなっています。そして、世子のイ サンが、王の代わりに大臣たちの政務報告を受け、又実の父のサド セジャ(世子)な墓があまりに荒れ果てているので、修理しようかと論議しているところに、英祖が突然あらわれ、なぜわたしを呼ばないのか、王の代わりに政務をおこなうなど、そんなことを許可していない。また、イ サンにお前の父は誰だと聞き、実の父のサド セジャが実の父ですと答えるイサンに、謀反を起こした罪人を父だというならお前も世子の資格がないと言って、みなを驚かせます。

認知症について

 年をとってくると、物忘れがひどくなります。私は前から、人の名前がなかなか覚えられず。またすぐ忘れてしまいます。ところで、そのものわすれと、認知症はどこに違いがあるのでしょうか?                   

認知症の定義として、「脳や身体の疾患を原因として、記憶や判断の障害がおこり、普通の社会生活を送れなくなった状態」と言われています。これは明らかな病気であって、物忘れが多いというだけとは異なります。認知症には質問形式でテストを行います。今日は何月何日ですかとか、住所や電話番号を覚えているかとか、いろいろです。丸い図形の中に何時何分の時の時針と分針を書いてくださいなどというのもあります。これは75歳以上の人の運転免許の更新のときに使います。                           また認知症の人は、同じことを何度でも繰り返して言います。すなわち言ったことを忘れてしまうのです。また物事に関心がなくなり財布をとられたとか、しょっちゅう言いだします。それからささいなことで怒りだしたりします。  認知症の原因には、アルツハイマー型が一番多いのです。アルツハイマー病は、なんらかの原因で脳が委縮していき脳の機能が減退していきます。アルツハイマーは若い年齢からでも始まります。それに対して脳血管性の認知症があります。これは、くも膜下出血などや脳こうそくなどにより、脳の機能が低下したものです。これは、脳細胞が死滅したところに障害が起き、いわゆるまだらぼけになります。わたしのかみさん(刑事コロンボみたいですが)のすでになくなった父は研究者でしたが、これは何といって、面白がって物を見せると、何でも「石けん」と言ってみたかと思うと、子どもたちが話している中で、難しい英語の単語を言いだしてびっくりしたりしたそうです。まだらぼけなんです。

私の母の場合

私の母親も10数年前にくも膜下出血を右脳で起こし、手術の結果少しは回復しましたが、なにぶんもうすぐ92歳ということもあり、だんだん症状は重くなってきています。 私の母のばあい  母親が脳の手術をしてから自宅へ戻り、父親と一緒にずっと自宅ですごしていました。同じビルの3階に両親が、5階に私たち夫婦が住み、三食食事を持って行きました。ところがしだいに母親の妄想がひどくなり、いろいろと幻覚の症状も出て、高齢な父親も耐えきれなくなるような状況になり、母親に養護老人ホームに入ってもらいました。そのご、父親は自宅の部屋で昨年末滑って頭を強打して、一日でなくなってしまいました。としは92歳でした。その話はすでに私のブログでも書きました。その時は父親の遺がいを見てお父さん、死んでしまったんだと涙を流していました。その時に息子の私、(ちなみにそのほかに妹が一人だけです)をみて、「ゆきお」か?というのです。ちなみに母のところには月に一回は外に妹も交えて外に食事にいっています。あるいは「のぼる」か?とも言います。「ゆきお」とは昭和20年に中国で戦死した、母の兄、私から見たら伯父さんです。年齢は確か28歳でした。どうもその伯父に私はよく似ているようですが。それにしても私はもう67歳ですから、ずっと母と一緒にいて、はるか昔の伯父と混同されてしまうとは私もちょっと情けないきがします。あとのぼるというのは、親戚にもいなくてわからない名前です。そのご、又食事に一緒に行っても完全に私は、ゆきおで、そうではなくて、私はむすこのこういちだと、何回も言って帰るころに、ようやくこういちか・と頼りなげに言います。その後あっても同じです。  母親の親は結婚する前は,千住で八百屋をやっていました。どうも母親は自分の娘時代に戻ってしまったようで、目の前にいる67歳のもうおじいさんかという人物は、よくて兄で息子のはずがないのでしょう。私のうちは創立から100年になる、おけやと、井戸掘り業だったのですが。母は嫁いでからの婚家の仕事を忘れ、もう八百屋をやめたようだけど(私は65歳で仕事を辞めました)生活は大丈夫なのかしらと心配しています。母はうちのかみさんの名は覚えているのですが、うちのかみさんが、私はこういちさんの妻だというと、それではゆきおからこういちに名前を変えたのね、といったそうです。かみさんは私は、わたしはついにおかあさんの兄嫁になってしまったと笑っていました。食欲あり、身体はまだまだ元気なのですが、このまま認知症が進んでいくと、私などは全く忘れられてしまうなど、いろいろ困ったことになってくるのではないかと心配しているのです。

★ 2011年11月 母はついに私の名前を完全に忘れてしまいました。

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