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大久保の街紹介

2021年4月18日 (日)

新大久保駅ビル 3月28日オープンの3,4階のフードラボへ行ってみました。通路が狭くて電動車いすでは奥にいません。

2021年4月18日(日)新大久保駅の3,4階にできた、フードラボへ行ってみました。新大久保駅ビルは出来上がってから2階のスターバックスは早くから営業を始めていましたが、3,4階のオープンは遅れていました。ようやく2021年3月28日にオープンしました。4月10日の日には、エレベーターの入口だけを撮ってきました。

新大久保駅のエレベーター乗り場 駅のエレベーターとは別になっています。2階はスターバックス、3階がシェアダイニングで、 4階がコワーキングスペースです。

東日本旅客鉄道はシェアダイニング、コワーキングスペース・ファクトリー、キッチンを兼ねたフード・ラボを作りました。

多国籍の街、新大久保にふさわしい食の企画をしたそうです。

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3,4階一緒にK,D,C「キムチ・ドリアン・カルダモン」と言っています。

1階のエレベーター乗り場 派手に写真を張っています。

各階の表示

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キムチ・ドリアン・カルダモンのポスター

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駅の1階には無人(オートセルフ)のお店、NEw Daysがあります。

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スマホを持っていないと買い物ができません

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4階は食に携わる企業、個人のコワーキングスペース  食に関する本も展示

グローバルコミュニティーを基軸としたコワーキングスペース。多国籍多文化共創フードラボだそうです。

広さ 310㎡

 

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打ち合わせをするスペースなど、いろいろ 3階より4階のほうが広く作られています。

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3階は3つの厨房と1つの共同厨房を持つシェアダイニング 広さ約180㎡

キムチ・ドリアン・カルダモン(K、D、C)

 

入口の受付、カウンター

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2021年4月現在は 餃子、カレー、スペイン料理、卵、アイスクリームの5つコーナーがあります

 下は配置図

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受付で配布しているパンフレット

店舗ロゴ、店舗名称、展開期間、店舗内容の順に表示

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アンノウンぎょうざ、アイスクリームパーク、(日本)たまごかけごはん(研究所)、(とうきょうミックス)カレー、

(モリウミアス)スペイン料理、(イチビコ)ミガキイチゴ、(ケータリング フォー 三―)お惣菜 などの表示が

3月28日から5月5日までと、5月末まで、

イチビコ,ケータリング・フォー・ミーは5月16日、17日から、

Tokyo Mix Curry  は専用アプリで注文する新しいスタイル・・・(右マヒでスマホを持っていないブログ筆者は注文ができません)

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続きです

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日本たまごかけごはんの展示 いろいろな卵1つから

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3時ころでしたが、結構混んでいました。お客はほとんど女性です。

通路が狭く電動車いすでは奥に行けませんでした。

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◎段々老人、障碍者には無理なお店が増えて寂しい限りです。,

2021年4月 4日 (日)

「百人町の住宅密集地の網目のような道」(新宿)を電動車いすで走ってみる。百人町3丁目について。2021年4月3日

「ほじくりストリートビュー」という能町みね子さんが書いた本に大久保、百人町のことが書かれています。以前はこの本の一番最後に書かれていた[高田馬場駅前の袋小路]のことをブログに書きました。このことはこの本の表紙に絵が書かれています。

「高田馬場と袋小路を見てきました。~」


 http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2021/02/post-0c5808.html

 

今度は大久保・百人町(新宿区)のことで、この本でも表紙に書かれています。その題は「百人町の住宅密集地の網目のような道」というものです。

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19ページの図 「Tの字に一度気付いてしまうととても気になる」と書いてあります。

この辺りの地図 赤線で囲ったところ   本では p20~22

高田馬場と新大久保の間の線路西側は不思議ゾーン。団地、劇場、タワーマンション、公的施設など、やたら大きな建物が多いのだけど、その間に挟まるようにかなりこまごました住宅地がある。ここが気になる。

妙に道が狭く、縦横があってなくて十字路がほぼないので、道にTが超たくさん書いてあります。

「ポケットパーク」なるものがやたらあること、家1軒分くらいの大きさの申し訳程度の公園で、子供が遊べるほどではない。

「ポケットパーク」の整備は、平成8年くらいに「狭隘地域の防災対策」ということで始められたらしいけど、この様子を見る限りこの辺の家は空き家になり次第取り壊してポケットパーク等にしているようです。

道の引き方が変な理由は、どうやら戦後すぐここに「百人町越冬住宅」と呼ばれるバラック街が形成された名残りのようですが、それにしてもここまで区画がゴチャゴチャなのは珍しく、理由はいまだにはっきりしません。残念。(本書から)

p22

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p22 「区間理地」これもたくさん

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2021年4月3日、改めてここに行ってみました。 そして実際に行って写真を撮ってきました

昔のこの辺りについて、詳しくのっている本があります。

「新宿区の民俗」です。平成15年に新宿区民俗調査会によって作られました。これは淀橋地区編です。

写真1は明治44年ころの戸山が原 下の2は昭和12年の戸山が原 この冬はスキーができた、とあります。

 

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下図 昭和10年の大久保、百人町の地図 上部の空白になったところが西大久保4丁目の射撃場、と百人町4丁目の戸山が原の演習場と陸軍科学研究所と技術本部 百人町4丁目が現在の百人町3丁目。

このころ戸山町には、陸軍戸山学校、近衛騎兵連隊などの施設があり、戸山から大久保、百人町に至る広大な土地が陸軍の管理下にありました。その関係で大久保百人町には陸軍の高級軍人が多く住んでいました。

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百人町越冬住宅は住宅営団が昭和20年10月から450戸を建設した。

下図 セット式の家(1戸建て)壁と床はパネルと言う板で作られ、屋根はトントン葺きと言われたパネル材の上に杉皮を並べたものでした。トイレは共同便所であった。ほかに長屋タイプがありました。

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上図は1946年の百人町越冬住宅

1949年 1951年と周辺地域が変化しました。

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1972年に新宿区百人町3,4丁目は広域避難指定場所に指定。

1984年に百人町3,4丁目地区整備計画

1990年に計画決定 それに基づき、ポケットパークなどが作られるようになりました。

 建築研究所跡に百人町ふれあい公園などが作られました。

 

現在の新宿区の地図から 昔は百人町3丁目は旧4丁目、2丁目は旧3丁目、でした。百人町4丁目は元は高田馬場でした。西大久保も1丁目づつずれていきました。旧西大久保1丁目が歌舞伎町2丁目になったためです。

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山手線の線路際に近い、住宅地の端のところです。ここは住宅地の真ん中の道です

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さらに進んだところです、たしかにTの字が目立ちます。

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さらに進みます。

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ポケットパーク。奥に見えるのは西戸山タワーホームズ。3棟あります。中曽根行革で作られた高層マンションのはしり。

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ところどころにお店 があります。ここはベトナム料理のお店。近くにお寿司屋さんなど。

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住宅地の北の端のところ、右は西戸山小学校 さらに西戸山中学校、この道の右側は都営住宅などの高層住宅 左はこの地区の住宅や店舗

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複雑に入り組んだところ 突き当りを右に曲がります。左側のところは空き地です。

後ろに左、高層の住友ガーデンタワー、右に西戸山タワーホームズが見えます。

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ポケットパーク 利用する人への注意

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百人町ポケットパーク7。 家1軒分だけが公園として空いています

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ここはポケットパークのNo19 1から19までありました。

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この地域でのちゃんとした唯一の小さな公園 まだ桜が満開

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小型防火水槽とその上に花が植えてあります。

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健康安全センターの横道との境界。段差が大きく車いすではいけませんでした。

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人が住んでいるのかわからないツタで包まれた家、手前はポケットパーク。

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東南側の端のところ

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この地域の東側に隣接した、西戸山タワーホームズ3棟 1988年に中曽根行革に基づいて作られ、高層マンションの初めでした。

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この地域の南の端。左側はこの地域。郵便局前のバス停の看板。

右側は一般住宅地区。郵便局の看板があります。

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百人町郵便局

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郵便局あたりから南の方を見る遠くに見えるのは西新宿の高層ビル

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百人町ふれあい公園 ここは広い公園です。元は建築研究所跡地。

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桜美林大学 百人町キャンパス(H31年開校) 国立博物館分館の後にできました。

隣りは東京都健康安全研究センター(前は都立衛生研究所)

百人町3丁目には東京山手メディカルセンター(旧社会保険中央病院)があります。元は大久保2丁目にありました。

また、新宿消防署もあります。国土交通省や総務省の施設、百人町高齢者住宅センター、クレハ東京研究所、サン糸研究所などの企業の研究所、俳句文学館、公務員宿舎などの各施設があります。以前は東京教育大学の光学研究所などがありましたが、筑波移転でなくなりました。

◎百人町3丁目はもともと陸軍の演習場で、陸軍の研究所などの施設がありました。

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染井よしのではない桜が植わっています。”楊貴妃”とか

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住宅内の道路予定地です

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2021年4月 1日 (木)

2021,4,1.散り始めた神田上水公園の桜を見る。2019年3月31日、2018年、2017年と対比。

神田上水公園の小滝橋から東中野方面へと神田川沿いの桜を見てきました。

 

1昨年の2019年3月31日の下記のブログもご覧ください

「神田上水公園の桜が満開でした。4月1日オープンの桜美林大学の桜も」

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2019/03/post-2b87.html

 一昨年の同じ時期に写真を撮りましたが、1昨年は満開でした。今年は花が3分の一ほど散っている木もありました。

 2020年は新コロナでお花見はしませんでした。

2018年のブログです

「2018年神田川の桜高田馬場から椿山荘へ 2日後神田上水公園へ」

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2018/03/2018-d1cf.html

2017年のブログです

「神田上水公園の桜 電動車いすでのお花見」

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2017/04/post-6c7f.html

 

2021年4月1日

小滝橋通りから見た、神田上水公園の入口の標識 ここは橋のたもとです。

神田上水公園は昭和35年3月31日に作られました。この場所から中央線ところまで600mほどの川沿いの公園です。

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そのまま直進して橋の上に行ったところ。左側が新宿区、右側が中野区。

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上の写真は橋の上から、神田川上流のほうを見る。川には花びらがたくさん流れていました。

下の写真は橋の上から下流方向を見たところ。桜の枝がびっしり。

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公園の新宿区よりを少し上流のほうへ行ったところ

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新宿側から見たところ、花が密集してきれいです。

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こちらは川の中野区側の看板です。新宿側は北新宿4丁目。中野区側は東中野5丁目。

中野区側の道は新宿側に比べ狭狭い道です。

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東中野にある2棟の高層マンション。右側のマンション(ユニゾンタワー31階 東中野5丁目1の1)の中にスーパーマーケットがあり、食べ物を買いました。

左側のマンションはパークタワー東中野(30階)

この先は中央線の線路になり、公園はおしまいです。

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東中野側で橋の近くで満開の桜がありました。

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神田川の近く、北新宿の公園の桃の花でしょうか、きれいに咲いていました。

 

◎カテゴリーは大久保の街としていますが、実際はここは北新宿です。大久保の近くのお隣なので「大久保の街」とさせていただきました。

2021年3月29日 (月)

諏訪通りの工事進む。高田馬場と大久保の小さな交差点、、撤去され歩道橋に変わる 2021年3月29日

2021年3月29日(月)諏訪通り(補助74号線)と山手線などの立体交差工事の写真を撮ってきました

 

この場所の写真をすでに2度ほど撮ってきました。

 

「諏訪通りと山手線の立体交差の歩道橋が2020年12月やっと完成しました。車道はまだまだ。」 2020年12月23日

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2020/12/post-159e81.html

 

「諏訪通りと山手線などとの立体工事が進む ~歩道橋完成」

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2020/11/post-35fe7f.html

 

2021年4月21日 歩道橋の上から写真を撮りましたので、追記いたします。

前に親子で電車を見に来ていました。

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工事がハイピッチで進んでいます。歩道橋からの眺め。

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「街路築造工事のお知らせ」の看板

 完成予定は令和4年3月 この道路の工事は長い間かかっています。

ここの前の椅子にいつも警備員さんが座っています。 

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ここに書いているように3月26日(金)の21時から、道路が切り替えられ、従来あった横断歩道が閉鎖されました。新大久保から高田馬場へ向かうのに便利で、途中によく行くコンビニもあるのでいつも利用していました。

今度はエレベーターで歩道橋で渡るか、電車のガードをくぐり違う歩道橋で渡るようになります。

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 高田馬場駅にむかう道 ビルとビルの間の細い道です。今まではここに横断歩道と信号がありました。

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陸橋を渡るためのエレベーター こちらは大久保側

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反対側の高田馬場側から見た元横断歩道のあったところ。右の建物は新宿区の労政事務所、左は住友ガーデンタワービルです。少し手前から見たところです。

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諏訪通りに近づいて撮ったところ。茶色の部分は新しく通った側道です。

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高田馬場に向かう道 ビルの間

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新しく完成した側道部分 茶色の道です。真ん中は深く掘り下げる工事中の道。

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側道を通って、山手線などをくぐったところ そのわきに人間用の細い道があります。

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このビルを曲がると駅前通りで高田馬場駅へ

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歩道橋から線路を見る。いろいろな電車が通ります。右側のビルを曲がると高田馬場駅です。

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階段で新大久保方面へ下がるところです。

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歩道橋の真ん中から道路工事の状況を見る。右の茶色の道が新しくできた側道部分。

真ん中の道は前に使っていた道。ここの地下が本道部分。

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陸橋から新大久保方面を見る。右の建物は労政事務所。

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エレベーター内部 このエレベーターは反対側に出ます。

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2021年3月23日 (火)

新大久保、佐竹ビル5階に、多目的スペース:スタジオ AS&AS(アズサ)が完成しました 追記版

2021年3月23日(火)You Tubeにスタジオの記事が載りましたので、追記して更新しました

 

2020年12月14日(月)佐竹ビル5階に、株式会社サタケ

 の新業務として、レンタル多目的スペースを始めることにしました。

 

STUDIO AS&AS (スタジオ アズサ 梓)”が完成しました。

  ”as you wish ーお望みのままに ””

 

場所 東京都新宿区百人町1-3-17 佐竹ビル5階 

         山手線 新大久保駅徒歩3分 大久保通りに面する

管理者 (株)サタケ 社長 佐竹謙治

 

Studio AS&SA スタジオアズサ ~佐竹謙治

  studio-azusa@.com

       ホームページ

  Twitter「スタジオアズサ~佐竹謙治」でもご覧ください

    @mJLPOezxJdTrbUF

 

     You Tube で 「スタジオ アズサ」が紹介されています。2021年3月16日

 

新大久保駅から徒歩3分 佐竹ビル5階 大久保通りに面す 

 1階は韓国の化粧品店 コスメ・リメイク

  実際の運営・内容についての

 細目は改めて追記して記入いたします。

 

◎1月30日〈土)と1月31日(日)にオープン記念のお披露目パーティーを開き

30日には20名ほどが参加しました。

ホームページも作られました。

 

 

キッチン・スペース(レンタル厨房)

 ガス、電気の本格的な調理器具がそろっています。

 料理教室、臨時レストラン、菓子等の制作など

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多目的スペース

時間貸し 小宴会、ミニライブ、撮影会など

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玄関入口から見たところ

  突き当りはフォトスタジオ

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フォト・スタジオ、1

 

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フォトスタジオ

 

◎これから追記してゆきます。

3月1日に,当スタジオで撮影会が開かれました

 詳しくはtwitter「スタジオAS&AS サナ~ラジ・アズフィー・スポン」で

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白鳥と

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黒鳥

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◎You  Tube  2021年3月16日に、スタジオ アズサが紹介されています

 

Photo Studio

  角がない作りが特徴

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お酒とグラスが・・

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Live Studio  など多目的に

 

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Kitchen Studio

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本格的な調理器の置いてある調理室

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スタジオの見取り図

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新大久保から3分の近さ 佐竹ビル5階

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スタジオのパンフレットができました

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2021年2月25日 (木)

高田馬場駅前の袋小路を見に行きました。なかなか興味深いところです。ジビエの店、[米とサーカス]、ミャンマー料理店もたくさん

高田馬場駅前の袋小路について、ほじくりストリートビューという本に載っていました。能町みね子 交通新聞社 2017年6月1日 1300円

自宅から電動車いすで行けるところなので、いつか行こうと思っていました。2021年2月14日(日)、天気が良かったので行ってみました。新大久保からは近いところなのですが、今まで本を読むまでは詳しく知りませんでした。

◎ここは大久保百人町ではありませんがすぐお隣なので、カテゴリー「大久保の街」に入れさせてもらいました。

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この本ではいろいろな路地を紹介していますが、表紙のところに高田馬場の袋小路の昔からの地図が書いてあり、一番最後のページにも書かれています。いろいろな代わった路地の中でも特にかわったところなんでしょう。

p187 VOL44 「高田馬場駅早稲田口すぐのなぞだらけの行き止まり」

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2008年ころまでは田毎荘という旅館があったが、今はマンションに

2014年現在 衰退?

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袋小路にさらに横道が、この先も袋小路になっています。

(ここは山手線と西武線と神田川に挟まれた土地なのです)

この本では、この路地にふらっと入り込み、わからなくて途方に暮れている人の様子が書かれています。

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ここは高田馬場駅から見た19番地の袋小路入口です。高田馬場のブラックホールみたいな路地のお話でした。と書かれています。

左は山手線などの高架線。この先は神田川です。ここは山手線、西武線、神田川に囲まれたところなのです。

 

実際にこの場所を見に行きました

 簡単にさっと見ただけでは見落としがあり、その後何回か行きました。

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右側にはこの区画で目立つ、タック・イレブン高田馬場ビル

 

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2月21日(日) もう一度 行ってみました。上のビルの左側の入口です。

高田馬場2-19-7 タックイレブン高田馬場 ビル 入口 1988年にできたビル スナックの大半がこのビルに入る

1階に、ミャンマー料理 ノング インレイ(ミャンマー料理 NO1)があります。食べログ 3,66

 ミャンマー北部のシャン族の料理で、竹虫やこおろぎなど昆虫食で有名です。

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 竹虫 おいしいらしい

    この周辺だけで6軒のミャンマー料理店があります (以下、Noを付けました)

2階もお店で煉瓦色 地下2階があります 2階にもミャンマー料理店があります。

3階以上は黒い色の雑居ビル スナック ミャンマーの雑貨店などが多数

 ちなみに11階で10,25坪で家賃25万円で募集が出ていました

 

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1階の奥にある、ノング・インレイ 右側に分店があります

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入口に料理の例が

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袋小路から高田馬場駅を見たところ

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高田馬場 少し入った19番地の袋小路入口 右側はタック・イレブンビル。

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さらに道を進むと飲食店がぎっしり

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上の道の袋小路の突き当り。少し坂になっています、左側は山手線など高架線になっています。

このあたり木がうっそうと生えています。。この先は神田川です

一番奥の右の建物は「DVD鑑賞金太郎」この建物は外からも見えます。

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2月21日に再度写真を撮ってきました。左奥は自転車置き場に。

若い女性2人が突き当りまで行って、それからそのまま帰ってくるのを見ました。

突き当りだとわからず入るのでしょうね。上は山手線などの線路です。

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突き当りの手前にあるDVD鑑賞金太郎のビルの看板が見えます。

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米とサーカスの看板

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高田馬場駅周辺を見る

高田馬場駅の正面、この袋小路の入口にある黒いビル(タック・イレブン高田馬場)は、小さい飲み屋さんなどが集まってビルの中に入ったのです。

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2階までは茶色です。右側にタック・イレブンビルの入口があります。

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ガード下に手塚治虫の絵があります。駅の音楽も鉄腕アトムです。

道路で人が寝ています この漫画は西武線の下 山手線の下にも手塚治虫の絵があります。

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この絵は山手線のガード下の絵です。

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再び袋小路の中へ

 この高田馬場の辺りはミャンマー料理店がたくさん

10数軒とも20数件とも

新大久保は韓国料理、ネパール料理、ベトナム料理、少し減ってタイ料理・・・

昔は新大久保駅近くにミャンマー料理店がありました。今はありません。

1階のこの店は さくら ミャンマー NO2 隣りの地下はヤンゴン

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地下1階のお店はミャンマー料理店 ヤンゴン(No3)

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駅前通りにある、タック・イレブンビル2階のミャンマー料理店 「ミャー ミン モ」No4の看板

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米とサーカス ジビエ料理

米とサーカスの表の入口 突き当りです

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脇道のさらに脇道があります。左の道もどん詰まりです。

突き当りの右側はジビエ料理「米とサーカス」

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米とサーカス入口は右側 ここは裏口です

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変わった自動販売機があります MOG BAG 2016年より

女性向け?昆虫食の自動販売機です

コオロギ、スーパーワーム、オケラ、カイコ、カブトムシ、サソリなど

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脇道の入口にある立て看板。ジビエ×居酒屋 「米とサーカス」

食べログ 3,51

ラクダのとん平焼き  2300円    ワニの天ぷら 1280円

クマ鍋  3680円  アナグマ鍋 3380円 エゾシカ鍋 1980円

オオグソクムシの姿焼き   昆虫6種食べ比べ  2600円

などいろいろ

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穴熊脂チャッチャ系ラーメンとか。獣鍋テイクアウト   鹿、イノシシ、クマは定番

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脇道の「米とサーカス」のお店のところに、食べられる虫売ってますの看板が。

竹虫、コオロギ、セミ、タガメなどいろいろ

 (ブログ筆者もいろいろな食べ物にチャレンジしています。日本ではイナゴ、ザザ虫、ヘビ、ヒキガエルの姿焼きなどを食べました。また、中国では犬、ラクダ、タヌキ、ユムシ、などオーストラリアではワニ、カンガルーの肉など結構いろいろチャレンジしてみます。ワニは鶏肉そっくりです)

ここが、米とサーカス ジビエ料理 もう一つの入口

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覗いてみました。車いすでは段差があり無理です。

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800円から1300円くらい

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自動販売機の説明書 未来を救うネクストフード 見た目よりは美味しいんです

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奥の袋小路

袋小路となったところから駅方面を見る。黒いビルはタック・イレブンビル

左側は新しいマンションです。

 

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角のところにごみの山がありました

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米とサーカスのお店から袋小路を見る 右はずっとマンション

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この袋小路に新しいマンションが、本の著者が不思議がっています。

アーバンプレイス高田馬場駅前 Bとなっています。

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袋小路の突き当りです。突き当りのビルはビデオ鑑賞金太郎

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袋小路の道の隣の道.西武線に沿った道です ここは18番地 通り抜けられますが、似た感じのところです

奥にチケット売り場のお店。

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道の入口は幸寿司

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下から見る かなりの急坂

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チケット ショップ

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この路地にあるビル柳屋ビルの地下1階には、

ミャンマー料理店ミンガラパー 駅前店、No5 高田馬場2-18-8があります。

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19番地の袋小路の近くの区役所の特別出張所の看板(17番地)

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線路の向かい側、どん詰まりにあるDVD鑑賞金太郎のビル

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線路を挟んで反対側の細道「さかえ通り」入口 ここも興味深い店が・・・

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その他のミャンマー料理店

さかえ通り神田川に近いところにある、ミャンマー料理店 駅より3分

スィゥ ミャンマー NO,6 高田馬場3-5-7 食べログ 3,56

 段差があり車いすでは入れません

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早稲田通り少し駅から離れたところにある 

マリカ No7, 高田馬場1-25-29 サンコール3F  カチン料理 駅から5分 30席

  以前一度入ったことがあります

ルビー No8 豊島区高田3-8-5セントラルワセダ1F  高田馬場駅から5分 神田川向こう

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ヤマニャ アジアキッチン No9 高田馬場3-14-16 有田ビル101

シュエオー NO10 高田馬場3-2-13 ドムスクミヤカワ4F

ミンガラパー(本店) NO11 高田馬場2-14-8 NTビル3F 食べログ 3,54

ミャンマーヌードル No12  豊島区高田3ー10-24 神田川の手前 食べログ3,47 客席数8席 旧店名えんむすび

シュエターニ NO13 高田馬場1-22-7 B1F  点字図書館となり 2020年11月オープン

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2021年2月11日 (木)

34年前の新大久保商店街地図(百人町東町会)と2021年現在の様子比較    2021年追記更新版 

昭和62(1987)年の新大久保、百人町の街の様子

 

百人町東町会の地図が書かれた1987年とは、追記更新した2021年3月から見ますと、34年前ということになります。もうずいぶんと昔のことになりました。

百人町東町会でまだ昔からの商店が残っていました。昔からの商店は少しづつ減っていき、2021年にはサカエカメラさんが占いのお店に変わっていました。25年前には昔からのお店が10店ほどが残っていた、と書いています。2021年には百人町東町会で大久保通りに面したお店で残っているお店はは盛好堂書店と熱帯魚の円満屋さんしか残っていません。

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この地図は昭和62年度の百人町東町会のうち、大久保通りの南側の部分をコピーしたものです。百人町東町会とは百人町のうち山手線内側の百人町1,2丁目のところです。地図で表しているところは百人町1丁目で、一番右はじの三和ビルのところからは大久保となります。大久保通りを挟んで北半分は百人町2丁目となります。地図によれば小さい字で見にくいですが、表通りには、このころ韓国系のお店は一軒もありません。この一角は新大久保駅を出てガードをくぐり右のほうへ行くところで、2012年10月から、2021年2月、一番人通りの多いところです。

新宿区の中の大久保地区には11の町会と9つの自治会があります。百人町の町会には百人町東町会、西町会、南町会、中央町会などがあります。

地図の上のほうが大久保通りです。駅に近くパチンコ屋さんがありましたが、今は韓流ショップ店の韓流百貨店です。この店はその後経営不振から倒産し、ほかの経営で再び営業しています。右端から先は、地名が大久保となります。前は新大久保近くの山手線の内側にパチンコ屋さんが大久保も含め大久保通りに5店ありましたが、今は1店だけです。

下の地図は2000年ごろの新大久保周辺の地図です。このころに次第に韓国など多国籍の店ができ始めましたが、メインの大久保通りはほとんど日本人のお店です。ブログ筆者は2000年に作られた。「おいしい街」と題した大久保、百人町地区のエスニックのお店と旧来のお店を共に地図に描いたものをもとに、自転車で回って歩き筆者独自の地図を作ったものです。このころは新大久保のメインのお店は旧来の日本人のお店でビルの2階以上にエスニックのお店がある状態でした。韓国のお店だけでなくいろいろなお店があったのです。その後韓流ブームとなり韓国のお店が多くなりました。その後ベトナムや、ネパールのお店が増えエスニックの新大久保というイメージが出てきました。

 

下図は東町会の地図です。

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上の地図はスキャンでとったものですが、よくわからないと思います。下の図は携帯のカメラで撮ったものです。少しでも大きくしようと横向きにしました。少し字が読めるようになったかもしれません。上のほうが新大久保駅です。左側が大久保通りです。

下図は百人町1丁目の大久保通りの南側の地図です。1987年時点では、韓国のお店はほとんどありません。10数年後の2000年を超えてからにぼつぼつと表れ始めました。34年後の2021年には大久保通り南側では熱帯魚の円満やさんだけです。

 

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 この地図では大久保通りに面するところは、日本人の経営する店が立ち並んでいます。奥の方へ行きますと、かなり目立つのは小さいホテルで、いわゆる新大久保のラブホテルとして有名なほどで数えると32軒ほどありました。今では、今は10軒ほどに減少しています。小さくて設備が古く、歌舞伎町の設備の良い新しいホテルにかなわなくなっているのです。

以下の写真は2021年2月13日〈土)の新大久保山手線の内側の状況です。

新大久保駅前の交差点から見たところ。道路を挟んで右側が百人町1丁目、左側が百人町2丁目です。

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右の大きな建物は竹見商店の後にできた、9h(ナインアワーズ)というカプセルホテルです。

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百人町二丁目(山手線内側)に唯一残るお店、盛好堂書店。

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百人町1丁目より見たところ。

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内藤靴店の後の韓国グッズ店cos:mura

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イケメン通り入口。ここは大久保1丁目です。

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イケメン通り

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西大久保公園にテーブルが置かれています。

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COS:MURAの内部です。もとは内藤靴店

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この下は上の図をさらに拡大したものです

 

百人町東町会の昔の地図

百人町1-7

この区画で大久保通りで昔からのお店で残っている店はありません

パチンコ三金のところは韓流百貨店に。店名は同じですが経営母体は変わりました。

このころは山手線の線路沿いに小さい旅館や簡易宿泊所がたくさんありました。

山手線に沿った道は拡幅されて高田馬場から新宿へとつながる道に拡幅されました。

ほとんどのお店はなくなりました。

 

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百人町1-6

この区画で残っているのはサカエカメラさんだけです

2021年、この サカエカメラさんが占いのお店となりやめてしまいました。

この辺りは何々荘という木造アパートがたくさんありました。郵便局はのちに移転しました。

 

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百人町1-4

この区画で残っている店は内藤シューズさんだけです。すぐ隣の山本米店は営業を続けています。

内藤シューズさんも2020年、やめて韓国グッズ店になりました。

落花生の販売卸をしていた、竹見商店さんは9アワーズというカプセルホテルになりました。

この辺りはいわゆるラブホテルの多いところです。4番地で6軒ありました。

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百人町1-3

この区画で残っている店は円満屋さん(熱帯魚販売)だけです。3番地だけで6軒もホテルがありました。

2021年ホテルは半減しています。

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円満やさんはまだ頑張っています。真ん中の茶色のビルのところが円満やさん。

東京ガス百人町サービスセンターはブログ筆者のお店でした。

昔は裏通りにホテルがたくさんありました。この地図だけで5軒も。

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百人町1丁目-1,1丁目ー2

1丁目2番地はホテルが多いところ 職安通りのお店も韓国系が多くなりました。

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百人町1丁目-5

ここは百人町鉄砲隊の菩提寺、長光寺が目立ちます

百人町1-5-13番地の朝倉さんは前の百人町町会長東町会長で、百人町鉄砲隊の子孫です。

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百人町1丁目-8

線路側のお店は道路拡張でほとんどなくなりました。

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あとこのころは簡易宿泊所がたくさんあります。線路沿いのところに多くありました。いわゆる山谷などにあるドヤといわれるものです。一部屋に三段ベッドが二つあるような部屋です。これも今はほとんどなくなりました。

 

 このころ木造のアパートがたくさんありました。6畳ほどの畳の部屋と部屋には小さい台所があり、部屋にトイレがあるところと共同トイレのところがありました。お風呂はついていません。まだところどころに残っています。東京ガスではこういう住宅を3灯木造アパートと呼んでいました。

 

 大久保通りに面したところの変化については、2011年6月3日に書いたこういち人間学のブログ「新大久保の街並み紹介1,2」があります。その時点ですでに大幅な韓国の街化が起きていますが。2012年10月時点ではさらに大きな変化があります。                 このブログは、見やすいように更新版をつくりました、対比してごらんください。

 

2018年追記 25年前の大久保商店街となっていますが2018年の時点では30年前の商店街となります。下記のお店でも、竹見商店、東京ガスライフバル店はお店をやめました。竹見ビルは現在7アワーズという韓国系のカプセルホテルになっています。

 

 昭和62年から現在まで残っているお店は、サカエカメラ、竹見商店、ナイトウシューズ、円満や、東京ガスライフバル店(その後やめました)だけです。29店中5店だけになっています。(その後3店のみ)2021年にはさらに円満やさん1店だけです。

 2021年には百人町1丁目の円満やさんと 百人町2丁目の盛好堂書店だけです

 

下の図は百人町2丁目の地図です。(2021年3月21日 追記しました)

北側に戸山小学校 さらに海城中高学校があります さらに保善高校があり、都立戸山公園につながります。

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百人町2丁目3番地

ここにロッテリアの1号店がありました。線路際に簡易宿泊所がたくさんありました。今は道路拡張によりなくなりました。

この辺りはロッテの土地が多く、住宅展示場ができるとともに、駐車場に多く変わりました。

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百人町2丁目-2

ロッテが広大な地域を占めていました。今は住宅展示場です。大久保通りに面したお店はほとんど韓国系の店になりました。

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百人町2丁目1番地

大久保通りで残る日本のお店は盛好堂書店のみ旧百十四銀行など3つのビルはプラザ1,2,3と名前が変わりました。韓国系のお店が大部分

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戸山小学校の近くの広大な広さのロッテの工場は現在、住宅展示場になっています。

 

人間学研究所(150回)と実用的人間学研究会(110回)は2019年4月19日に合同例会を開きました。

テーマは「大久保・百人町の歴史」江戸から現在に至る変化を、歴史地図で見る で講師はブログ筆者です。

18ページの資料を配布しました。

 

 

2008年に新大久保のエスニックのお店を全部調べて地図を作りました。

このころは韓国のお店は職安通りに集中していました。また大久保通りでも新大久保駅から離れた大久保地域が多かったのです。このころはまだ新大久保駅の近くには昔からの日本人のお店が多かったのです。途中から日本人のお店は急減しました。

この図は大久保通りにある韓国のお店の地図です。新大久保駅の近くにはほとんどお店がなく、明治通りに近い大久保地区が圧倒的に多かったのです。

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この地図は職安通りにおけるお店の地図です。職安通りに韓国スーパー、韓国広場がありその周辺に韓国レストランが密集していました。

今では新大久保駅周辺とイケメン通りに集中しています。

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韓流の店、売り上げ減少について 2012年新宿区新聞

 

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これは2012年10月25日付の新宿新聞です。ここにはごらんのように、「韓流ブーム」は縮み・・・「中国特需」は消えた!とあります。

 

 記事には「韓流百貨店の売上‘半減‘大久保のコリアンブームに陰り」、と書いてあります。このエリアは2010年後半からのK-popブームを受け、昨年は大久保通りを中心に新規店舗の店が相次いだ。

 

 それが竹島問題を契機に訪問客が少なくなった。8~9月にかけては「反韓」を掲げる街宣車やデモ隊が現れ、日本人客がトラブルを避けたためだ。それに加え、韓流ブームも一頃に比べ盛り上がりに欠けている。

 

「昨年は競合店の出店が相次いでも、その分を吸収できる勢いがあった。今年に入り、客はおとづれても買い物はしない傾向がある」「この周辺で2,3店の韓流店舗が退店に追い込まれている。(韓流百貨店)

10月以降街宣車が減って日本人客が増えているが「売り上げは半分以下。従業員も半分に減らした」と韓流百貨店の店長は苦しい状況を明かす。

 

 以上が新宿区新聞の一部の内容です。韓流百貨店は新大久保からすぐの店で、店も大きく人もいつもたくさん入っている店です。ここでも売り上げが半分ということは、より遠い店はさらに苦戦していることになります。

 

◎2017年ごろから第3次韓流ブームで、人出も店の数も増えています。

◎2020年から2021年にかけての新コロナウイルスの影響で、人出はだいぶ減少していますが、客層が非常に若く、それほど他地区に比べ減少していません。

 

 

2020年12月23日 (水)

諏訪通と山手線の立体交差の歩道橋が2020年12月にやっと完成しました。車道はまだまだ。

諏訪通り、百人町側の労働基準監督署から見た階段

この下にエレベーターがあります 下図

ここは出来上がってからしばらくの間、通行止めでした。

◎2021年3月27日〈土〉追記

今まで諏訪通りを横断し大久保から高田馬場に至る道がありましたが、もう通れなくなりました。エレベーターと歩道橋で行かないといけません。

 

 それまでの周りの状況については、下記をご覧ください

「諏訪通と山手線などとの立体工事進むすすむ。2020年11月、ようやく歩道橋完成~」

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2020/11/post-35fe7f.html

こちらには、もっと詳しい写真がたくさんあります。

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ここは車道になるところです。前が諏訪通り。左右に道が分かれます。直進すると高田馬場駅。

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まだ工事中の諏訪通り

横断歩道橋 左側にエレベーターがあります。

この先に横断歩道があります。

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百人町側のエレベーター(1階) 乗ったところの反対側に出口があります。

はじめて電動車いすでエレベーターに乗ってみます。

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百人町側から陸橋を見る

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横断歩道橋の上から山手線を見る

山手線がある線路には、湘南新宿ライン、埼京線、成田エクスプレス、西武線、貨物線、その他いろいろな線があり

ひっきりなしに電車が通っています。ここは電車を見るにはいいところみたいです。

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歩道橋の上から工事中の諏訪通を見る

メインの道はこの道の下(地下道)をくぐります。

◎この歩道は2021年3月末使えなくなります。

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高田馬場側のエレベーター乗り場(2階)

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高田馬場側のエレベーター(1階)

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山手線をくぐる歩道 新しくできた通路です

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高田馬場側のエレベーター(1階)と階段

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なんとか歩道橋だけは使えるようになりました。

山手線の内側から山手線を見る

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2020年11月22日 (日)

2020年11月22日、(日)晴天の3連休 多国籍タウン新大久保は新コロナ下で以前と同じ混み方に

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2021年2月に山手線の内側の百人町地区の栄カメラが占いのお店に代わっていました。

百人町東町会(山手線の内側地区)の町会の地域では、昔からの(戦後から含め)

お店は盛好堂書店と円満や(熱帯魚販売)だけになってしまいました。

 

2020年11月22日、いい夫婦の日で、わんわんにゃんにゃんの日でもあるそうな。

天気にめぐまれ午後1時ころ街の様子を見に行ってきました。

 

新大久保駅 駅で待ち合わせをしている人がたくさんいました。

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大久保通り 1丁目地区 右側が百人町1丁目、左の大きなビルから大久保1丁目 その境の道が西大久保公園通り

かなり混んでいます

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新大久保駅近くの新しく開通した道路(つつじ通り)に面したビル

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大久保通りに止まっていた韓国の人が提供した巡回バス

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新大久保駅の近く、大久保通りとつつじ通りの交差点

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プラザ1のビル 右隣はプラザ2 ここに屋台のお店が3店、一番混むところです。

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チーズタッカルビを始めた、市場タッカルビのお店 チキンのお店の看板も

このビルの角を曲がるといわゆるイケメン通り

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市場タッカルビのお店も看板の半分はチキンのお店になりました。

少し前までは大行列でしたのに

今日はほんの一部だけを写しました。明日も追加します。

 

2020年11月17日 (火)

『ルポ 新大久保』室橋裕和氏の本 新聞等で紹介される なかなか詳しく面白く、よく書けています「こういちの人間学ブログ」で補填

◎『ルポ 新大久保 移民最前線年を歩く』(辰巳出版、1600円+税)が2020年9月15日に出版され、新聞や週刊誌に紹介されています。とっている毎日新聞、日経新聞、赤旗日曜版いずれにも紹介されていて、11月15日の日曜日に高田馬場の芳林堂書店で購入してきました。同時にやはり室橋氏の書いた『日本の異国在日外国人の知られざる日常』晶文社(本体1800円+税)2019年5月25日も買ってきました。

今までは外部から来ていろいろ調査して、本を書くというものが多かったのですが、実際に大久保2丁目に住んで、そこで見聞したものを書いていますから、よく書けているなと思いました。

ブログ筆者の佐竹幸一は、昭和18年2月生まれで、現在77才、この大久保の地に生まれ育っています。先祖は新潟長岡の出身で苗字、帯刀を許された桶屋だったそうですが、戊辰戦争後没落したそうです。この地では、明治40年ころから曽祖父の佐竹伝蔵が大久保百人町で桶屋を始めました。その後それから私は4代目になります。祖父の庄次郎は地元の有力者で皆中神社の先代の宮司は祖父が木曽から連れてきたといいます。祖父の代では桶屋よりも井戸掘りの仕事が中心で、父、実の話ではいろいろなうちの井戸を掘ったそうです。ちかくに横綱太刀山が住んでいて、そこの井戸も掘ったそうです。しかし伯父が井戸掘りの事故でなくなってしまいました。戦争中も大久保の地で頑張ったそうです。戦後は木風呂の製造販売が盛んでした。それから東京ガス百人町サービス店としての仕事もするようになりました。しかしサービス店は合併され東京ガスの子会社に吸収合併されました。株式会社サタケは不動産賃貸業として存続、平成1年度は第70期を迎えます。今度新しい事業も開始します。

「こういちの人間学ブログ」の中の1つのカテゴリーとして、「大久保の街紹介」として記事を書いています。ブログを読んでいただいた方からいろいろと取材も受けています。ブログのアクセスも1日1000件ほどもありました。ただ7年前に旅先で脳出血を起こし、車いす生活となり行動が制限されて階段などは上がれなくなりました。それでも今も電動車いすであちこちと回っています。

◎印の部分は ブログ筆者が書き加えた部分です。

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『ルポ・新大久保』の帯封には、「コリアンタウンからインターナショナルタウンへ」として

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 このカオスな多国籍タウンはどこか、僕が10年ほど暮らしたタイに似ていたからだ、雑然としていて,ゆるやかで、のびやかな活気があるそれは、新大久保に住み働く、さまざまな国から来た外国人たちが作っているものだろう。まるで東南アジアの下町なのだ懐かしいな、と感じた。

 同時にまた、次から次に謎も浮かんでくる。

どうしてこれほど、いろいろな国の人たちが集まってくる街になったんだろう。それはいつからなのか、どんなきっかけがあったのか。

 外国人たちはどんな仕事をしていて、どんな思いをもって,この街で生きているのだろう。

 そして何より、この多国籍化を地元の日本人はどう感じているのだろうか。交流や、あるいは軋轢はあるのだろうか・・・。

これはもう、実際に暮らしてみるしかないなと思った。(はじめにより)

 

「新大久保マップ」太字で書いているところは、この本で紹介しているところです。

 

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目  次

はじめに 僕が新大久保に引っ越した理由

第1章 単なるコリアンタウンではない多民族混在の街

第2章 外国人コミュニティを支える商売人達

第3章 新大久保には神さまがたくさん

第4章 この街に人生を掛ける外国人たち

第5章 外国人が暮らすための「インフラ」とはなにか

第6章 オールドカマーとニューカマー二つの世代の韓国人たち

第7章 はじめて開催された4か国合同の「新大久保フェス」

第8章 「よそもの」たちが紡いできた新大久保の歴史

第9章 結婚もビジネスもお祈りも音楽も、なにもかもが

    多国籍でごちゃ混ぜ

第10章 外国人との軋轢、日本人の葛藤

第11章 コロナウイルスは新大久保の姿を変えるのか

第12章 この街の未来を担う子供たち

終わりに この街はどこへ流れていくのか 

 

おもな記事

 はじめに 僕が新大久保に引っ越した理由

 

 第1章 「単なるコリアンタウンではない多民族混在の街」

    引っ越し初日の洗礼  筆者の大久保2丁目の転居  

    山手線を挟んで世界が変わる

    東南アジア、南アジアの人々の「生活の街」

    職安通りのベトナム人ガールズバー

    留学生の街、新大久保

    若い人のベトナム人のたまり場「エッグコーヒー」(西大久保公園通り)

    住民の40%が外国人 (大久保1丁目あたり)

    若きベトナム人起業家(文化通り ベトナムフォー エッグコーヒー)

    若さ溢れる外国人、老いてゆく日本人

 

第2章 「外国人コミュニティ―を支える商売人達」

    多国籍タウン新大久保の中心地「イスラム横丁」

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 ◎右は24時間外国人でにぎわう「新宿八百屋」―右側 こちら側のNASCOはハラルフードの食材を売るお店

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◎NASCO ハラルフードの店 この写真に写っているところはレストラン となりの2階 モモ ネパール料理

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    日本の八百屋で働く、ベトナム人のアルバイト達

    新大久保もラマダンの季節

    トゥイさんのベトナムフェスティバル挑戦

    ベトナム語フリーペーパーを出す韓国人 朴さん

    街のあちこちで見かける「エスニックメディア」

    編集長は在日ネパール人社会の「お父さん」

 

第3章 「新大久保には神さまがたくさん」

    超ミニ神社・夫婦木神社

    新大久保でも異色の存在、台湾媽祖廟  ヒンドゥー廟

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◎上 新しく立て直した媽祖廟 より豪華に

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道路の向かい側にもできていました。

    ルーテル教会のロック牧師 関野和寛さん

◎明治通りに近いビルの中にある教会。こう言う教会が新大久保にはたくさん。

 東京イエス中心教会

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    牧師は新大久保からメジャーリーグを目指す

    ナゾのヒンドウ-廟を発見!

 

第4章 「この街に人生を賭ける外国人たち」

     新大久保を覆いつくすタピオカブーム

     ガールズバー・トゥイさんの野望

     ミャンマー人が営む、日本風の焼肉屋  「

      おかやま」昼は定食屋夜は焼肉、明治通り近く

◎お母山というかんばんです ビルの裏側です

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     ここは「ニンゲンセカイ」

 

第5章 「外国人が暮らすためのインフラとは」

           外国人の生活に欠かせないものは何でもある街

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    外国人コミュニティに欠かせない・行政書士

    ネパール人のビザと格闘するレゲエ行政書士

    外国人専門の家賃保証会社

    日本人が少数派の会社

    商店街の会議には4か国が参加

    新宿区が取り組む外国人支援

 

第6章 〔オールドカマー、とニューカマー、二つの世代の韓国人たち」

    コリアタウン化のきっかけは「ワールドカップ」と

      「ヨンさまブーム」

    在日2世の苦労とアイデンティティ

    新大久保を席巻したハットグの一大チェーン

      「アリラン・ホットドッグ」

    チーズタッカルビのブームを作った男   

      ―金泰林さん 市場タッカルビからアリラン・ホットドッグ

    韓国では新大久保は全く知られていない?

 

第7章  「初めて開催された4か国合同の「新大久保フェス」

     ネパール人留学生に愛される「500円定食」

◎二ハマル弁当 大久保通り

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     ここはネパール人の「寮」でもある

     23言語の蔵書がある大久保図書館

     真夏の国際フェスティバル、開幕!

     新大久保あるきの先輩「共住懇」

     「この街は流れていく街なんだよ」

     街の有名人、関根のおばちゃん

      ー共住懇の山本さんと関根のおばちゃん『OKUBO]を印刷

     4か国会議を引っ張る商店街の理事長は外国人も利用するはんこやー(伊藤節子)さん

◎島村印店

201117_1513_01      

              あのヒンドゥー廟も多国籍混在の場所だった

     毎週月曜はシヴァ神の日

 

第8章  「よそ者たちが紡いできた新大久保の歴史」  

               大久保通りが江戸時代にタイムスリップしたー 

           「鉄砲組百人隊出陣の儀」

     江戸を守る「鉄砲百人隊」が百人町の元になったー

◎百人町1丁目のお寺長光寺のとなりに住む朝倉さんは、先祖が百人町鉄砲隊でした。少し前まで町会長をされていました。

     新宿区の花「つつじ」のルーツとは 

     明治以降、新宿の後背地として発展していくー 皆中神社

     小泉八雲、内村鑑三…名だたる文化人も住んだ大正時代

     歌舞伎町の発展と高度経済成長期が、アジア系外国人を呼び込む 

     ロッテの工場 連れ込みホテルと外国人女性

 

 ◎「こういちの人間学ブログ」の筆者、佐竹幸一の先祖は明治40年ころ、私の曽祖父伝蔵が新潟から大久保の地へきて、桶屋を始めたのが始まりです。今から113年ほど前のことです。それから祖父の庄次郎が桶屋を継ぎました。場所は大久保駅に近いところです。私の父の実は関東大震災の時小学生でした。仕事は桶屋と井戸掘りでした。戦争中で家を焼かれてもバラックを最初に建てたと自慢していました。戦後は東京ガスのサービス店になっていました。そのあたりのことは、「こういちの人間学ブログ」に詳しく書かれています。会社は株式会社サタケとなり存続しています。今はビルのほとんどが韓国系の方に貸していますが、今息子が社長になっていて、佐竹ビルの5階をレンタルルームに改造中です。

 

第9章  「結婚もビジネスもお祈りも音楽も何もかもが多国籍でごちゃ混ぜ」

     多国籍アーティストたちの「セプテンバーコンサート」

              街の移り変わりを見続けてきたミュージシアン

     大久保駅そばの「スタジオM] ー経営するする小二田重幸さん

◎「スタジオM] ブログ筆者のいとこのビルの2階。以前は1階が「あうん」というレストラン、今は台湾カフェに

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     新大久保あんまり好きじゃない ーネパール出身リタさん

     ネパール人とベトナム人の夫婦が経営する多国籍レストラン  ー「アジア屋台村」 8か国の料理

◎「アジア屋台村」 以前は韓国料理店『大長令』その後ネパール料理店。何れも行きましたが、今は入口は高くなり車いすでは入れません。

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     中止になってしまったヒンドゥ―廟のお祭り「ダサイン」

     どうしてもこの日本で祈る場所が欲しかった

     シヴァ神を安置する場所は見つかるのか  -ヒンドウー廟

◎場所を見に行きましたが、何処かわかりませんでした。

第10章 「外国人との軋轢」 

     ゴミ、騒音、臭い、契約違反、住居トラブルはまだまだ多い

     すっかり街に根付いたタイのお弁当屋さん「ルンルアン」

◎ルン・ルアン 元はタイ料理のお店 「クンメー3」だった

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     年に一度大久保通りが歩行者天国になる日

     新大久保の生き字引、おばちゃんの半生

     ルーテル教会のクリスマス礼拝で新大久保の1年が終わる

     「この街に来ると落ち着くんだよね

     また一つ商店街から日本の店が消えていく

         -『ナイトウシューズ」内藤雅也さん

◎新大久保駅から百人町の地域まで(百人町東町会)で従来から日本人の店で残っているのは、本の盛好堂と熱帯魚の円満屋、カメラのサカエカメラぐらいです。本にも出ていますが2020年ナイトウシューズさんが閉店しました。盛好堂の店主はブログ筆者の小学校時代の友人です。円満屋の諏訪さんは以前の商店街の理事長です。

 

 

第11章 「コロナウイルスは新大久保の姿を変えるのか」

     ゴーストタウンと化した韓流エリア

◎イケメン通りの混みぐわいは一時の最盛期に比べ激減しましたが、大久保通りの新大久保駅からイケメン通りの入口までの通り尾人出はだいぶ回復しました。

     外国人置き去りのコロナ支援策

     それでも日本で暮らしたい、コロナに邪魔されたくない

     マスクの街と化した新大久保

 

第12章 「この街の未来を担う子どもたち」

     児童の6割が外国由来、大久保小学校ー日本語国際学級を持つ

     日本でもまれにみる多国籍学校ならではの取り組みとは

     24時間保育園は、子どもの3割が外国人 

         -エイビーシー保育園(大久保2丁目)

     子どもたちは街に愛着を持ってくれるだろうか

 

おわりに、この街はどこに流れていくのか

 

 

「日本の異国」在日外国人の知られざる日常 室橋裕和

  1800円 +税 2019年5月 晶文社

  巻末が新大久保について

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◎「こういちの人間学ブログ」の中から、最近の参考になるブログのご紹介

 

2020年8月1日梅雨明け初日の土曜日の新大久保の様子を見る~

  2020年8月

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2020/08/post-96035e.html

5,24(日))エスニックの街新大久保の様子~

  2020年5月24日

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2020/05/post-0f4a51.html

新大久保多国籍会議。外国人との共生の窓口~「新大久保フェス」

  2019年11月12日

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2019/11/post-e06172.html

出没!アド街ック天国 「新宿百人町」20位ランキング

  2019年6月12日

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2019/06/post-9be8ab.html

新大久保における宗教施設 キリスト教会の多さについて

  2019年5月22日

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2019/05/post-6d8011.html

2019年5月令和になった新大久保の変化 ハットグ、多国籍化

  2019年5月10日

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2019/05/post-28b70b.html

新大久保商店街の変化 2001,2008,2012,2019

  2019年年5月7日

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2019/05/post-a2e14b.html

江戸から明治~令和にいたる歴史地図で見る大久保、百人町の歴史

  2019年4月12日

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2019/04/post-6aec.html

大久保の由来、大窪から~

  2019年4月7日

 

韓国グルメ求め、人殺到~

  2018年12月3日

 

「新宿区の民俗」昔の大久保、百人町 井戸掘りと桶屋をしていた,わが家について 父の話

  2018年7月24日

 

◎これ以前は「こういちの人間学ブログ」を直接ご覧ください。

 

 

 

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