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人間と教育

2022年5月 5日 (木)

西林克彦氏の本「知ってるつもり」について 「分からない」を見つけるために「きっちりわからなくなる」には?

2022年4月22日(金)の人間学研究所の久しぶりの例会で、例会終了後、副所長の森岡修一氏から、西林克彦氏氏の書かれた「知ってるつもり 「問題発見力」を高める「知識システム」の作り方ーという本の紹介をブログで紹介するように依頼されました。

◎1昨年の初めから大腸がんの3回の手術、その後の不眠症やいろいろの病気になり、最近少しマシになってきましたが、脳出血の後遺症の右マヒで左手でパソコンをうつスピードがさらに、落ちてなかなか文章を書くのが進みません。ご容赦ください。

「はじめに」から

  光文社新書 2021年10月30日発行 820円+税

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「わからない」を見つけるために「きっちりわからなくなる」には? 

 ロングセラー「分かったつもり」刊行から16年、今最も求められる「問題発見力」を身に着けるための方法を解説

 

「はじめに」

 きっちりわからなくなることの重要性

 「知ってるつもり」

  大学生の会話 「講義で聞いたんだけど、ジャガイモは茎、サツマイモは根なんでしょう」、「そうそう」 と、それで終わってしまう

 それだけで充分知っているつもりなのです。それから派生する周辺の知識群があることを知らない。「知ってるつもりなのです」

 わからなくなれる程度に知識システムを整備し、ある程度わかってくることが必要なのです。

   研究や学習が進むのはわからないことがわかってくることです。

   わからない点自体がうまく見つけられないということが学習の途中や研究のスタートなどで実によく起こります。

 本書は研究や学習を進めるために、わからない点を見つけ出す、わからないところを出すつくりだす方法についてたのべたものです。

 

裏表紙 西林克彦氏の経歴とカバーです

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(オレンジ色のカバー部分です。この本の目指すところが書かれています。)

「問題解決学習」は、子どもたちが自分で問題を見つけてそれの解決を図るというものですから、子どもたちの学習意欲や活発な活動が保証されると見なされて、教育現場では多用されます。しかし、その領域に関する知識がかなりなければ、解決したい問題点など見つかるわけがありません。それに、こう考えたらどうだろうといった探索を導く仮説も、その領域の知識がかなりなければなりません。うまくいっていないのに、それでも「問題解決学習」をやらせて、「どうもうちの子どもたちは積極性がなくて・・・」なんていうのを聞くと、本末転倒だと思います。子どもたちの学習を見なければダメなのです。(本文より)

 

西林克彦氏の経歴です

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西林克彦氏は1944年生まれ、東京工大から東大の大学院に進まれた、教育学者で、宮城教育大学の教授になられた方です。2005年の『わかったつもり』(光文社新書)は15万部のベストセラーに。ブログ筆者と同世代の方です。

カバー裏

 

 

本の内容

 

目 次

はじめに

「きっちりわからなくなる」ことの重要性

  研究や学習が進むのはわからないことがわかってくるからです。~わからない点自体がうまく見つけられないということが、学習の途中や研究のスタートなどで実によく起こります。

「知ってるつもり」

 われわれが「知ってるつもり」でいることもいくらもあります。~学生の会話~じゃがいもは茎でさつまいもは根 そうそう~それで、十分に知っているつもりなのです。~「知ってるつもりの知識は、孤立した他と関連しない知識ですから、そこから派生したり関係する周辺の知識群が存在するとは思っていません。そして彼らは「知ってるつもり」でいます。それ以上のことはないと感じているので、その話は終わって次にジャンプするのです。「知ってるつもり」の知識は、孤立した他と関連しない知識ですから、そこから疑問や推測を生み出すこともなく、わからなくならないので「知ってるつもり」でいられるのです。よく知らないので疑問を生じることがないから「知ってるつもり」でいられるのです。

~わからなくなれる程度に知識システムを整備し、ある程度分かってくることが大切です。

「知識システムを整備する」

  知ってる知識のすぐそばでしか、きちんとした疑問や推測はできません。ですから、知識を使ってわからなくなる、わからなくするのです。

 

第1章「知ってるつもり」をなぜ問題にするのか

 第1節「知ってるつもり」 

  「知ってるつもり」これがわれわれが持ってる知識の大部分のありようです。

  われわれの知識は「知ってるつもり」であることが圧倒的に多く、日常の多くはそれで間に合っているというのは紛れもない事実です。

  しかし、社会が「知ってるつもり」程度の知識で動いているわけではありません

  飛行機雲

   飛行機の向き  飛行機雲  横風の関係

  なぜ「知ってるつもり」になりやすいか

  点検・処理の甘さ

  「知ってるつもり」への対処の難しさ

 第2節「私たちはこんなマズイ知識の中で育っている」

  教科書 

   日本の海岸線についての概略を述べたものから―たとえば空欄に記入させる問題を考えたとする

  知識の周辺

    テストで  出入りの少ない「砂浜海岸」(九十九里浜)そして  鳥取砂丘のように砂丘が発達しているところもありますや

    三陸海岸、志摩半島、若狭半島などの「リアス式海岸」と「鳥取砂丘」を記入させ 対比する、という問題がある 

           しかしこのような知識はマズイ知識である

  平野の海岸は砂浜

        「 砂浜海岸」に対するのは「リアス式海岸」でなく、「岩石海岸」です

  鳥取砂丘は特別か?

   日本に砂漠は存在しません 砂丘というものは、別に鳥取に限ったものではなく、

         むしろ砂浜海岸があれば、砂丘や砂丘もどきがありま   

  海岸線がわかると何がわかるか

   リアス式海岸と養殖の盛んさ

  当該文章への疑問

    教科書の記述 はじめなんの違和感がなかったのが 知った後では物足りなく

           感じるでしょう

  バラバラな事柄

    事実の羅列 適用できない知識 広がりを持たない知識 このような教科書が多い

 

 第3節「知識に関するいくつかの誤解」

   知識と知恵

   知識の質

   それしか知らないと「知ってるつもり」になりやすい

   考えたこともないという世界

 ◎消化器官は体の外ーという知識から  この文章を下記に取り上げてみます。

 (それしか知らないと「知ってるつもり」になりやすい)

第2章「共通性」と「個別特性」によるものごとのとらえ方

  魚みたいなクジラ

第3章 孤立した知識への対応

  第1節 繋がっていない知識

   根・茎・葉からできている

    本章では「知ってるつもり」の元凶ともいえる「孤立した知識」をどのようにすれば知識システムにできるのかについて考えま

    す。

    根、茎、葉からできている植物と 海藻の比較

    根、茎、葉を持っていることは陸上に上がって光とリ競争をした歴史を持つ植物の特徴なのです

第4章 知識システムと教育

 

第5章 知識システム構築に関する留意点

第1節 驚きからのスタート

飛行機雲 知ってるつもりの例としての  驚きは知識システム構築の端緒となり得るものである

バス停の屋根 上りと下りの違い

共通性と個別特性

盆地と流出河川

第2節 知識のフル活用が「わからない」に繋がる

日食・月食

なぜ日食、月食は毎月起こらないか

規則的に起きている

わからないこと

第3節単純化と不整合

他の要因を一定に保つ

日本海側と太平洋側

夏における日本海側と太平洋側

緯度の影響

南三陸海岸の不整合

日本海側の温度と降水

 

◎この本の中にはいろいろと興味深い話が、例として挙げておられますが、その一つとして第1章 第3節、54ページからの文章を、書き出してみます。

 

「消化器官は体の外」、というお話を例として挙げてみます。

 胃の内部や腸の内部は体の外側だというものです。口から消化器を通って肛門まで、ずっと管が通じているのはわかります。ですから、極端に単純化すれば、人間の身体は、真ん中がに穴が開いた円柱に手足が付いたようなものです。人間の消化器はドーナツにある穴のようなものです。ドーナツの穴がドーナツの内部とは言えないように、食物がとおっていく私たちの消化器は穴なのです。

 消化器が外側であるという知識を持っていれば、食物を口に入れると、それでもう体内に取り込んだとは思えなくなるでしょう。歯で咀嚼し, 胃でこなし、生物で習った憶えきれないほどの種類の消化液をだして、食物をなんとか腸壁から内部に取り込めるような形にしようとしているのだと考えることができるようになるでしょう。

 薬だって同様です。飲めばもう体内に取り込んでいると思いがちですが、、消化器内は体外なのですから,胃なり腸なりから吸収されなくてはなりません。だいたいにおいて薬の吸収は半分程度だと考えられているようです。

 毒だってそうです。飲んだだけで吸収されなければ害は及ぼさないはずです。吸収されてわれわれの正常な働きを阻害するので毒性を表すわけです。われわれの体と運用のメカニズムを阻害するので毒になるわけで、毒性があるから毒というわけではないでしょう。人には有毒でも別のある動物には無害なこともあり得るわけです。

 消化器官が体の外側だと知っていれば、食物や毒が吸収されていくメカニズムがどうなっているのかに興味を引かれるかもしれません。

 サプリメントの広告 その成分が腸からどのように吸収され、どのようなメカニズムで患部にまで運ばれるか気になってしまいます。

 

◎この文章はほんの1部分のご紹介です。非常に幅広い例題が紹介されています。興味のある方は是非お読みになってください

2021年5月 4日 (火)

森岡修一氏から『現代ロシアの教育改革』を送っていただきました。本のご紹介ー人間学研究所の森岡、白村、関氏の論文を中心に

人間学研究所の副所長の大妻女子大学名誉教授の森岡修一氏から『現代ロシアの教育改革』を送っていただきました。

大変優れた本なので、ごく簡単にですが、「こういちの人間学ブログ」で紹介させていただきます。

本の内容すべてについて書けないので、序章における岩﨑正吾氏の現代ロシアにおける新自由主義教育改革について、と「人間学研究所」に関連した森岡修一氏、白村直也氏、関 啓子氏の3氏の方がたが書かれたものを中心に簡単にご紹介させていただきます。

十分な時間をかけて本を読みこみ、ブログに書くべきでしょうが、能力不足と時間不足で表面をなぞるだけになってしまいました。興味がある方はぜひご自分で本を読んでいただきたいと思います。

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裏面のカバーには、ロシア連邦の地図が載せられています

ロシア連邦には1億4680万人(世界9位)が住み、182の民族が暮らしている。ロシア人は77,7%  旧ソ連では2億8862万人。

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『現代ロシアの教育改革』伝統と革新の<光>を求めて

  ロシア・ソビエト教育研究会 1975年ころから国立教育研究所の川野辺敏先生の下に、ソビエト連邦の教育に関心を持つ大学院生や若手研究者が集まり研究会を開く。ソ連邦の解体後、ロシアだけでなく旧ソ連邦の新興国にも研究対象を広げる。

 嶺井明子、岩吾,澤野由紀子、タスタンベコワ,クワニシ編著

  (訂正 岩﨑氏のお名前を間違えていました。正吾氏が正しいお名前です、失礼いたしました.

        さらに岩﨑氏が正しいお名前です。5月13日変更いたしました。)

 

 東信堂  定価 3960円 (3600円+税)2021年4月3日初版 406ページ

 

はじめに     

 世界史的に最大の事件ないし変化は1991年末のソ連邦の解体であろう。~本書は「ロシア・ソヴィエト教育研究会」のメンバーを中心に、現在のロシアの教育をできるだけ、ソ連時代からの問題関心と交差させつつ、内容によってはソ連時代との比較を通して、これまでの各自の「最新」の研究成果に依拠して、ヴィヴィッドに描き出そうとして刊行されたものである。これが第1の特徴

 現在のロシアの教育の現実をできるだけ多面的に描き出そうとした。これが第2の特徴である。

この書は半世紀にわたり月1回の研究会を続けてきた成果であり、日本学術振興会・科学研究費補助金の研究成果でもある。

     ロシア・ソビエト教育研究会 岩﨑正吾、嶺井明子

 

序章   ロシアにおける新自由主義教育改革の諸相                

             岩﨑正吾(首都大学東京名誉教授)

はじめに

 新生ロシア連邦の誕生(1991年末)から30年が経過、2020年7月1日憲法改正の国民投票で圧倒的な数で改正が決定された。今日までの教育改革を主要には「新自由主義教育改革」として特徴づけ、教育の制度、政策及び過程などの諸相から~考察したい。

◎この論文でソヴィエト連邦以後のロシアの教育の変化の概略が述べられている。

第1節 ロシアの新自由主義教育改革をとらえる視点

 新自由主義とは一般的には、市場原理に基づき、国家による福祉や公共サービスを縮小して規制緩和や民営化による小さな政府を志向する思想である。この思想は、教育分野では経済のグローバル化に対応できる競争的人材の育成を目標とする。同時に、教育をサービス(商品)ととらえて売買の対象と(有償化)、公教育の削減をはかる。また、設置主体と学校の多様化を促進し、学校選択の自由を拡大するとともに、テストによる学校間、個人間競争を推進し、学校の統廃合を進め、その成果に応じて報酬を付与するといった形で現れる。p4

 新自由主義教育改革がすべてではなく、ソ連時代の教育遺産や社会主義擁護派の広範な社会層の激しい抵抗があった。また教育の国家統制を目指す新保守主義などの右派同盟の動きもある。またプーチンは経済発展を市場のみにゆだねるのではなく、国家がビジネスを捕獲の対象とする国家主導型(国家資本主義)の方向へ転換がはかられている。そして愛国主義に基づく国民統合を目指している。新自由主義と新保守主義はコインの両面として相互に補完している。

第2節 新自由主義教育改革の開始ーソ連邦解体前後

(1)政治・経済のペレストロイカの後退

(2)教育のペレストロイカの意味

(3)社会主義の枠内での「部分的独立採算制」

(4)脱ペレストロイカから新自由主義教育路線への変容

(5)国際教育活動主体の介入

第3節 新自由主義教育改革の全面的展開-エリツィン時代

(1)政治・経済分野の動向

(2)旧連邦教育法の基本原則と教育制度の多元的構造への転換

(3)教育課程の多様化-国際教育スタンダードと教科書制度

(4)教育の再解釈-有償化政策の意味

第4節 新自由主義改革の「深化」と新保守主義の台頭-プーチン時代

(1)政治・経済分野の動向

(2)新自由主義教育改革の「深化」

(3)新行政組織の現状と変遷

(4)教育制度の現状と変化

(5)教育課程改革ー第2世代の連邦国家教育スタンダード

(6)教育の質の向上と新評価システムの構築

(7)現代版ピオネールの復活

おわりに

  新生ロシア連邦の誕生前後から今日のプーチン時代における教育改革の軌跡と特徴を新自由主義という切り口から大まかに描いてみた。明らかになったことは、歴史的経過や国情が異なるとはいえ、ロシアや日本を含め世界の教育改革の動向が驚くほど酷似していることである。こうした動向をつくりだしているのは、IMF, World Bank、WTO,OECD、EU, USAID, UNESCO などの「国際教育活動活動主体」である。これらの組織も一枚岩ではない。

 ロシアの新自由主義改革は、旧連邦教育法での「全人類的価値の優先」や「教育における自由と多元主義」が削除されており、保守派のヘゲモニーが強くなっている。プーチンの保守路線は、今回の憲法改正にも表れている。

 新主義教育は自由多様な個性を持つすべての子どもたちの能力を十分に発達させ、社会の発展のために遺憾なく活用できるシステムなのかが改めて問われなければなるまい。 「教育への権利の保障」を専ら学校や個人の責任に転嫁するのではなく、その充実に向けた国家責任を明確にし、「教育の実質的自由」の拡大に向けて、人類がつくりだし、蓄積してきた全人類的価値としての教育・文化遺産を継承し創造的に発展させていくことではないだろうか。

 

第1章   教育改革の25年-政策、成果、展望    

      セルゲイ・コサレツキー(国立研究大学高等経済学院教授) 

          訳:遠藤  忠

 現代ロシアの「教育市場」は西側諸国の市場とは顕著な違いを持っている。その本質的部分は「汚らわしい分泌物」であり、「闇」である。この市場の元素はすでにソヴィエトの末期において形作られていたことを認識しておかねばならない。

現在の教育的不平等 学校の格差問題 ソヴィエト期の教育 社会的公平性の保障政策との違い

社会的格差の拡大 人口の減少、農村部の無人化 巨大な変化がロシア社会の構造を揺さぶっている 社会的格差が拡大し、このことが学校間の格差拡大と教育的不平等の激化において決定的役割を果たしている。

 

第2章   新しい時代の教育ガバナンス

         ーロシア連邦教育法に見る教育制度・教育行政

               黒木 貴人(福山平成大学講師)

コラム1  家計にやさしい教育を

                         白村直也

ロシアでは学校で制服が使われているが,子どもの成長により変えなければならず、文房具も高額で家計に負担がかかっている

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第Ⅱ部 多民族国家の国民統合の模索

 

第3章   シティズンシップ教育の軌跡と変容

               嶺井明子(前筑波大教授)・

     アンドレイ・スクヴォルチョフ(ウリヤノフスク教育大教授)

                     (訳:嶺井明子)

第4章   先住少数民族の法保障と教育権

                           岩崎正吾

第5章   多言語教育と政策の現状と課題

       ー母語教育保障、国民統合とグローバル化対応の葛藤

           クアニシ・タスタンベコワ(筑波大学准教授)

第6章  ロシアにおける宗教教育の導入と今後の課題

             井上まどか、(清泉女子大学准教授)

             木之下 健一(独立行政法人大学改革支援)

第7章  ロシアの音楽学校における伝統的民族音楽の再生

       ートゥバ共和国クズル芸術学校を例に                     

                  山下正美(上智大学共同研究員・)

第Ⅲ部  現代ロシアの教職・教師像

 

第8章  教育改革と教師教育の変遷

                  聖心女子大学教授  澤野由紀子

◎(澤野由紀子氏は一時、人間学研究所のメンバーに所属されていたことがあります)

 

(資料)マニフェスト ニューマニスチティックな教育学:21世紀

             マニフェスト執筆者一同(訳:澤野由紀子)

 

コラム2 ロシアの教師は尊敬されているか?

                          木之下健一

判断が2つに分かれる。ロシアの教育の質は普通か悪いとされがちだが教員の職務遂行は比較的高い評価   

第9章    現代ロシアの教師像

                          澤野由紀子

コラム3  教職員の待遇は改善されているのか? 

                          白村直也

ロシアでは近年最低生活費が最低賃金より高いことが問題となり、ワーキングプア給与増額の問題が非常に深刻な社会問題化している。とりわけソーシャルワーカー給与の低さが問題になっている。教職員の給与は総じて増額している。

コラム4  国際比較でみるロシアの教師の特色

                          木之下健一

 

第Ⅳ部  教育のグローバル化と国際標準化への対応

 

第10章  ボローニャ・プロセスと大学改革

                 松永裕二(西南学院大名誉教授)

コラム5  学生にボランティア活動は根付いていくのか?p245

                          白村直也 

 プーチン大統領は2018年を「ロシア連邦のボランティア年」とし、開催イベントの開催を指示した。大学入学の際ボランティア経験有無を重視する大学が増えてきた。しかしそれは不十分なものでも評価されてしまうずさんさがある。

第11章    高等教育改革と研究者養成

                 遠藤  忠(宇都宮共和大学教授)

 

第12章  インクルーシブ教育をめぐる諸相 p259~272

    ―すべての子どもに教育への平等なアクセスを  

                 白村直也(岐阜大学特任准教授)

 

はじめに―障害者をめぐる連邦国家プログラム

   ソ連期、障害児と健常児は別学体制がとられていたが、現在インクルーシブ教育の名のもとに大きく変わろうとしている。ーすべての学習者に教育への平等なアクセスを保障するもの。~戦略的計画文書「連邦国家プログラム」で、「新しい生活の質QOL]や「革新的な経済発展と近代化」をはじめとする、5つのカテゴリーのもと、2020年をめざす。その一つ「バリアフリー2011年から2025年」というプログラムを取り上げる。このプログラムでは「アクセスビリティー」や「リハビリテーション」を促し、障害者を社会へと統合していくことが目指されている。

 インクルーシブ教育とは,ロシア連邦法「教育について」-「特別な教育的なニーズの多様性と個々の可能性を考慮し、すべての学習者に教育への平等なアクセスを保障するもの」と規定される。~障害児の教育について焦点化されることが多い。ロシアでは現在、社会、経済はじめ広範囲にわたって多くの「連邦国家プログラムが進められている。(インクルーシブ教育とは障害のある子も、ない子も共に学ぶということ。2006年の国連総会で共生社会実現のために提起された)

 ここでは障害者を対象とする「バリアフリー2011年から2025年」というプログラムを取り上げる。

第1節 教育制度と連邦国家教育スタンダード

 ロシアの障害児 総数は減少しているが、18歳以下では増加している。ソ連からロシアに至る特別教育には3つの大きな潮流がある。従来の教育を残しつつ、新たなロシア的なものに生まれ変わろうとしている。 

 2013年に「障害を持つ子どものための連邦国家教育スタンダード」が作成された。4つの教育形態を採用した。Ⅰ、インクルーシブ教育,(教育目標や内容は普通学校と同じ)、Ⅱ、特別学級形態、(小人数教育、通常学校との交流)Ⅲ、総合特別学校,(生活的な自立に重点)Ⅳ、最重度特別支援形態(個別支援)

 ソ連とロシアの教育制度の比較 渡辺は両者の違いを3点指摘 ロシアになって1、発達に障害がある市民の教育を受ける権利を国家が保証する 2、教育行政上の命令的システムから多様性を保持したシステムへの転換 3、教育課程への親の参加

 2015年10月にロシアで行われた聞き取り調査の結果

第2節 現地聞き取り調査に見る現状と課題

 訪問先は 全ロシアろう協会、モスクワ国立教育大学障害学部、第288番幼稚園

(1)当事者にとってのインクルーシブ教育-全ロシアろう者協会にて

  2015年訪問 会員ろう者9万人 79の地域支部、800以上の地方支部

  矯正教育学研究所前所長 マロフェエフ氏  ソ連と現在 現在は学校の選択を親に任せる しかしまたソ連時代の特別教育の良き伝統が  弱まった。インクルーシブ教育の学校と特別学校の双方を併存させるべきである。

(2)教員養成をめぐって―モスクワ国立教育大学障害学部にて

  次に訪問したこの大学はインクルーシブ教育を含め、特別教育の教員を養成するロシアでも代表的な教育研究機関である。地域により障害児への教育が開始される時期が異なる。

 教員養成が抱える問題点、1、ロシアは地域が広大で障害児への教育が開始される時期が違うこと。2、教育養成にたずさわる学部が少ないということ。

 (3)教育の現場から―第288番幼稚園

 440人の園児のうち160人が何らかの障害を持つ インクルーシブクラスと障害児クラスがある園を卒業すると初等普通学校に希望する者は全員入ることができる

第3節 近年の動向 

(1)教育行政の動き

 2017年連邦評議会「インクルーシブ教育における生徒の権利執行について」がある。

 インクルーシブ教育を受けている障害児は約56%に及ぶが、学校の設備や特別な条件を整備することなく、どのようなインクルーシブもあり得ない」

(2)「良い」インクルーシブ教育とは?

 全ロシアコンクール「ロシアの優良インクルーシブ学校」活動の向上と、教育の分析。審査項目は8点。目的はインクルーシブ教育の発展と浸透に関する教育機関の活動の向上と、現行のインクルーシブ教育を分析することのある。

おわりに

 ロシアのインクルーシブ教育をめぐる課題 1点目、ソ連の特別教育の「経験」がどのように今後位置付けられていくのか不透明なことである。2点目は2013年の時点でインクルーシブ教育が浸透しない理由として、施設のバリアフリー化や教員養成ができていない、そしてその理念が教育集団内で共有されていない、とされていたことにある。インクルーシブ教育の現場では教員に過度の負担がかかっているという声が上がっているいま、教員養成はもとより教員をサポートするリソース(チューターなど)配置のための予算措置が求められている。

 

白村直也氏は人間学研究所の研究員として、人間学研究所年誌に多くの論文を投稿されています。

「人間学研究所年誌2012」NO10 「世界史におけるソヴィエト障碍者の位置づけ」 

年誌2013、No11  「東日本大震災避難者が抱える暮らしのニーズ」

年誌 2014 No12  「震災と教育の越境-福島県から県外派遣された教員と避難児童が抱える問題」

年誌2015  No13  「避難をめぐる政治と被災者のニーズー権利の付与と履行をめぐる諸相」

年誌2016  No14  「 ロシアにおける婚姻と出産をめぐる動向と母親(家族)資本」(2021年5月19日訂正)

            (上記の文章が白村氏の書かれた論文です。森岡氏がこの年誌に

             書かれたものをここに間違えて書いてしまいました。森岡様、

             白村様、大変失礼いたしました。)

年誌2017 N015  「家庭の暴力と伝統的価値への回帰ー刑法の改正をめぐるロシア社会の動向」

年誌2018 No16  「施設から家庭での養育へーロシアにおける孤児の擁護をめぐる近年の動向と問題ー」

年誌2019 No17   「地域の問題に取り組み、学びあって育む社会人基礎力」

           「インクルーシブ教育と教育改革の影」

年誌2020 No18 「大学生はソ連やロシアをどのようにとらえているのか」

◎年誌2016 No14の論文で、森岡修一氏の論文をここに間違えて書いてしまいました。白村氏が書かれたものに修正いたしました。たいへん失礼いたしました。

 

第Ⅴ部 教育遺産の再構築

 

第13章  ソヴィエト教育とは何であったのか p275~ 289

             関  啓子(一橋大学名誉教授)

 

はじめに

第1節 ソヴィエト教育は、教育史・教育思想史においてどのような意味を持っているのか

 誰のために何をどのように克服し、何を目指したのか?

(1)仮説としての研究枠組み

 ソヴィエト教育には、身分制社会をなくすブルジョア民主主義の位相と、共産主義を目指す過程としての社会主義的な位相があり、それぞれ の位相に基づく教育制度や政策が、時には相互に矛盾をきたし、理想を急ぎすぎた政策は早産となったが、施政者の政策意思と人々の意識・要求とが折り合える教育改革の側面は具体化された。やがて教育政策が硬直化し社会経済の発展とそれに応じた人々の教育要求にこたえられなくなり、人々の不満が鬱積した。1991年にソ連邦は解体し、新体制に見合った教育改革が始まった。これが研究枠組である。

 

(2)クループスカヤがソビエト教育に込めた願い

 1)子どもの貧困・健康問題、幼児死亡率の高さに対する取り組み

 2)学校の不足と識字率の低さ、

  とくに女性、農民、非ロシア民族が不平等の対象

  クループスカヤは、まったく別の教育原理にもとづく新しい自由な学校を作るべきだと主張した。

  男女の区別なく、すべての子どもたちに無料・義務・普通教育を与えようとした。

 3)子どもの社会本能の抑圧

   子どもの自殺に心を痛める 幼稚園や学校は規律・訓練装置であってはならない

 4)階級を再生産する学校

   インテリ的な労働に従事する人と身体的な労働に従事する人の階層化がおきるクルースプカヤの全面的に発達した人間の教育とは

        「はっきりとした個性を持ち、社会本能がしっかり発達していて、身体労働にも精神労働にも同様に対応する能力を備えている人間の教 育」である。

 5)身分制社会と資本主義社会

   精神的なエリートと身体労働を行う階級をつくりだす区別的な「人づくり」の手段となってはならない。

   社会主義教育(総合技術教育)-全面的発達概念 「全面的な労働への移行はおいそれとはいかない」

   クルースプカヤは成人教育の発展に全力を傾注した。

 

第2節 理想の具体化に内在した困難

   生存権の保障を教育による発達課題の遂行によって実現するというヒューマニズム思想があった。

   管理者と労働者との間に差別感がはらまれるかどうか 身体労働に高い賃金を支払うことにより身体労働の価値をみえる形にした。

   3つの困難 自治能力を身に着ける  技術革新に追いつく  自治能力の育成 すること

   労働の遂行者と管理・計画者の2つの層を作らない―しかしソヴィエトの 生産現場はそうした状況から程遠かった。

 

第3節 ソヴィエト教育の2つの要素 ー 民主主義教育改革と社会主義教育改革

(1)ブルジョア民主主義教育改革が社会主義教育改革によって徹底された局面

   短時間での識字率が向上 身分・階級による教育機会の制限は撤廃

(2)民主主義教育改革ではなしえない成果が社会主義教育改革によって成し遂げられた局面

   平等と無料により子どもの発達可能性がもたらされた 家庭の経済格差の縮小により、興味や関心を無料で伸ばすことができた。

(3)教育改革がソ連社会主義の変質に影響された局面

   エリートと身体労働者の差をなくそうとしたが、実際にはノメンクラトゥーラというエリートと被支配階級が作られてしまった。

(4)ブルジョア民主主義改革が成熟しなかったために、社会主義教育改革の芽が摘み取られた局面

   企業長の単独責任制に移行 2つの階級を作らないーは実現しなかった。

 

結びに変えて  現代ロシアにおける教育の改革の一側面

 ソビエト教育改革は一定の成果を収めたが、重要な課題も残した。教育の画一化、職業選択の自由を阻んだ学校制度教育をめぐる自由の制限、官僚主義、ノメンクラツーラという「エリート」の再生産。学校が多く廃校に。選択の自由と競争がキーワードに。

 ソ連邦解体後は教育が市場化したために、家族の経済力がものをいう。階層が教育をとうして見事に再生産される。オルガルヒ(新興財閥)が特別なエリートになる。ソヴィエト教育の負の遺産の一つであったはずの官僚主義は継続し,教育による階層の再生産構造が明らかで,教育の不平等が深刻化している。

     ソ連時代と(ブレジネフ期)とエリツィン期とプーチン期を比較調査する世論調査によれば、社会階層によって回答に差が表れ、プーチ ン期への肯定的評価は上流層で高く、下層では低かった。同調査では、人の発達や成功にかかわる項目(教育における成功)は、ソ連期の評価が高く、選択の自由にかかわる項目(職業的向上とキャリアの可能性)では現在のほうが高い。

現在の自由は選択の自由で、競争と対になって、経済的な豊かさに結び付く。ソヴィエト社会では身体労働と精神労働の賃金の差はあまりなかった。現在は格差社会。プーチン期は上流層で肯定的。現在のほうがいいという人は若い層と中層以上の人々である。現在の格差社会は固定的で簡単に階層移動は起こらない。賃金格差の主な要因が、企業間での、部門での、地域間での財務状況によるからである。

 現代ロシアにおける教育改革の課題は、ソビエト教育の成果(平等などの正の遺産)を現代的に再生し、教育行政・運営の官僚主義などのソビエト教育の負の遺産を克服することであろう。ソビエト教育が果たせなかった、民主的な世界に不可欠な資質を子どもやおとなに発達させるという課題にも創造的に取り組むことが期待される。

 

関 啓子氏は人間学研究所で何回か講演していただいています。また「人間学研究所年誌」にも投稿していただいております また「関さんの森」については研究所の有志での見学会なども行われています。人間学研究所のメールでの連絡網でご連絡させていただいています。

人間学研究所年誌2015 No13 依頼論文 「アムールトラの保護と生物多様性」

人間学研究所年誌2017 No15 依頼論文「ロシアの批判的言説-教育をめぐって、ロシア革命100周年に思う」

「クルースプカヤの思想史的研究ーソヴェト教育学と民衆の生活世界」新読書社 1944年

「人間形成の全体史」共著 大月書店1998年

「アムールトラに魅せられて」東洋書店 2009年

「関さんの森の奇跡」新評論 2020年

 

第14章   就学前教育制度の機能と役割の変化

       ー社会主義のソ連から資本主義のロシアへ

         オリガ、サビンスカヤ(国立研究大学准教授)  

         嶺井明子

コラム6  タガンログ市における就学前教育-ソ連時代と現代ロシア

           オリガ・アレクサンドロワ(訳:白村直也)                      

第15章   ロシアの数学教育

        ―達越性への道程                 

                  大谷  実(金沢大学教授)

 

第16章   ヴィゴツキーの心理学・教育学理論を読み直す

       ー協同学習と補充教育を中心に  p321~335

           森岡 修一 (大妻女子大学名誉教授)

はじめに

    ヴィゴツキーの心理学・教育学理論を<学校内>から<学校外>の教育へと「越境」しつつ分析・検討する試みである。<読解力>と<協働学習>にかかわるヴィゴツキーの基本的視座を瞥見しておこう。

  ヴィゴツキーは、思春期(14歳―18歳)論理的・批判的思考に対応した<読解力>を構想しており、筆者はとりわけ所与のテクストを解体・再構成しつつ<協働学習>において「発達の最近接量領域」を拡充して、論理的・批判的思考を鍛えるヴィゴツキーの手法に注目したい。教え込みでない「深い学び」の授業とは、既知の発話対象(テーマ=Thema)を各人の多様な思考過程の中で、その発話が伝えるべき述部構造を構成する新しいもの(レーマ=Rhema)へと発展さ せ、教室を「知る」ための場所から、多種多様なレーマのぶつかり合う「考える」ための場所へと変えていく授業を指すべきであり「協働的問題解決能力」、「アクティブ、ラーニング」及び新学習指導要領の強調する「探求学習」等の実現には、上述の前提が不可欠である。

 ヴィゴツキーの<発達の最近接領域>のキーワードにとって不可欠の要因が「異年齢集団」「異質な他者」といった<さまざまな発達可能性を持った他者との交流>の概念である。ヴィゴツキーは、人間に固有の高次の精神活動は、当初は、人々との協働活動・社会的活動の中で発生する外的な、精神と精神との間に成立する成員間の共有の過程として機能するが、それは次第に個々人の中に内面化され精神内的機能に転化すると考え、「こどもの現下の発達水準と可能的水準との隔たり」つまり「自力で解決する問題によって規定される前者と、おとなに指導されたり自分より仲間との共同で子どもが解く問題によって規定される後者との隔たり=<発達の最近接領域>において「異質協働」の教育が行われなければならないと、と主張した。(以上に出典の4つの注があります)。

 

 第1節 「読解力」と「協働問題解決能力」

     OECDは2015年の<読解力>の調査と並行して,52か国の15歳児を対象に「チームのメンバーと協力して問題を解決する」  <協働問題解決能力>調査を実施した。①,シンガポール、②日本,③香港…の結果を得た。(ロシアは31位)シンガポールがいろいろな分野で首位になっている。2位の日本は、学校での集団作業(掃除や給食作業等)や対話的授業の結果としている。~

 日本では、19年7月の「全国学力調査」において、生徒の批判的読解力や説明力、発信力に課題があることが明らかに。日本の15歳の読解力は8位から15位に急落。~「生徒に批判的にに考える必要のある課題をあたえる」等の項目では最低点。新学習指導要領に問題。ロシアの教員は「批判的に考える~」等は日本やシンガポールを上回る。ロシアの健闘。日本の生徒 記述問題の正答率の低さ、「日常生活におけることば」の低下が指摘されていることからも、ヴィゴツキー理論の主要キーワードを通じて現代の教育問題を再検討する探ることにしたい。

 

 第2節  ヴィゴツキー学派の心理学のキーワードと協働学習

 高取憲一郎はルリヤの著作に注目①活動②コミュニケーション③高次心理機能と低次心理機能④心理間機能と心理内機能⑤最近接発達領域⑥心理的道具と媒介の6主要概念を掲げ、②コミュニケーションについて、人間が対象に向かって活動する際、個人で行うのではなく、必ず他人とともに行っているという観点からヴァルシーの「個人―社会的枠組み」を援用して、ロモフの「個人的活動は共同的(集団的)活動の派生物であり、心理過程を対象活動との関連のみで研究するのは誤り」という所説に言及している。

 

 第3節  ロイス・ホルツマンと補充教育

 ヴィゴツキー理論に基づいた心理療法で注目、アメリカのホルツマンの指摘ー「ヴィゴツキーが…いくつもの(二元論的)二分法を弁証法的方法論によって乗り越えようとした」と述べている。

 ホルツマンは①少しでも「発達」を学校に持ち込む、②学校外に「発達的学習」が可能な場所を作る,③公衆、政治家、政策立案者に持続的再教育を施す、の3点を提唱した。

 学校外プログラムにおける「ともに実践する集合的形態」としての発達の最近接領域、つまり「協働・協調活動としての集合的な行動の機能」であり、この点で、他者との相互作用のなかで「創造的に模倣する」ことをの集合的行動の中核においているのは当然といえるだろう。

 日本の子どもの<自己肯定感>はアメリカのみならず~際立って低い。先進国の子どもの幸福度ランキングは38か国中ワースト2位であった。

 第4節  ヴィゴツキー理論における「遊び」の概念

  家族と学級は少数の要素から成り立っているために、画一的で味気のない場所になっている。「教育」には、1、社会的本能を、遠大な社会な規模において教育すること。家庭、学級、学校の壁を町の全ての学校の統一のために次々と打破し、さらには国家全体を含む児童運動までに発展させなければならない。2、特別にデリケートな形式の社会的なコミュニケーションの育成と錬磨。

~ヴィゴツキーが何よりも重視するのは<遊び>である。社会的関係の明確化、錬磨、多様性を教えてくれるがゆえに「遊びは子どもにとって思考の最初の学校である。ヴィゴツキーにとって<遊び>は何よりもすぐれた「創造的活動」、であると同時に「自然的労働形態」に他ならない。

 第5節  ヴィゴツキー理論と補充教育

  2017年にロシア人研究者を迎えて科研費研究会が開かれた。ここではスクヴルォツォフ教授(S)との質疑応答のみを上げる。森岡氏は補充教育およびアイデンティティ形成に関連して、ヴィゴツキーとウシンスキーの研究の観点から3つの質問をし回答をえた。

異質協働と補充教育の接点=全人教育に向けて  

  森岡: ヴィゴツキーの理論は主として学校教育や教科教育の枠内で分析・検討であったが、彼の「発達の最近接領域」のキーワードにとって不可欠の要因が「異年齢集団」「異質な他者」といったさまざまな発達可能性を持った他者とであることを考えれば、むしろ学校外教育や補充教育においてこそヴィゴツキーの理論は貢献できるのではないか。 

  S そのとおりである・・

  ヴィゴツキーの思想は今なおすぐれた教育学的・心理学的原理に満ちており、汲めども尽きぬ人格形成の源泉と言えるものである。

補充教育の現状と問題点

   森岡:日本でもクラブ活動 重要であるが、教員の勤務が過重なことが問題に 補充教育の現状と問題点 

国民教育とアイデンティティ形成をめぐって

   森岡:日本では「道徳教育」の教科化に伴い、評価問題が浮上 ウシンスキーの「国民教育」の観点から読み直してみる必要性を痛感

協同学習における深い学びとは

   日本では社会科新設諸科目の目標がヴィゴツキーの主張する「認識力」よりも「態度」や「心情」などの道徳的目標に還元されてしまう危惧が否定できない。「他者との協働」は<了解行為>における闘いに他ならず、授業(闘い)によって変化し豊饒化するのは生徒だけでなく,誰よりも教師自身でなければならないことを想起しておこう。

 

むすびに変えて

  「総合技術教育」と「労働」をめぐるヴィゴツキーの分析視点について補足 主要な3点,(Ⅰ,Ⅵ、Ⅶ)

 Ⅰ、労働は人間の歴史的発達の基礎であるがゆえに労働活動に結び付いた心理機能もまた、歴史的に形成された行動様式であり、あらゆる高次の行動形式のゆりかごである。

 Ⅵ、研究成果の理論的意義と実践的活用の契機 ①発達の異なる年齢期の子どもと青少年の特徴に対して、総合技術教育の基本要素を適用 する際の心理学的・児童学的な根拠づけ,②子どものさまざまな年齢期での総合技術教育方法の心理学的・児童学的な根拠づけ,③子どもの全面的発達の要素としての総合技術教育の有効性に関する児童学的考察

 Ⅶ、今後の研究は、問題点を究極まで絞り込み、子供の人格と世界観の発達の観点から総合技術教育の問題を解明すべきであるが、目下のところその第1歩を踏み出したに過ぎない

 「総合技術教育」と「労働」をめぐるヴィゴツキーの分析視点

  子どもと青少年を対象とする精神工学は、大人の精神工学とは峻別され、児童学の一部門として再編されるべきであるとして、労働や職業と直結したおとなの精神工学と区別するとともに、ヴィゴツキーがわざわざ「児童学的精神工学」「教育学的精神工学」という造語まで提案していることは,協同学習と発達課題の観点からもきわめて重要な意義を有する。

 

森岡修一氏は

人間学研究所年誌2008 No6 「リテラシーとコミュニケーション理論に関する一考察」(前編)

     ーヴィゴツキーとルリヤの文化的・歴史的理論を中心にー

年誌2009 No 7   「リテラシーとコミュニケーション理論に関する一考察」(後編)

年誌2012 No10 「巻頭特集 柴田義松氏の講演と質疑応答」

年誌2014 No12  「ロシアにおける民族文化と教育の諸問題」

年誌2015 No13  「多民族国家における文化と教育」

    ー20世紀末から21世紀初頭のロシアの教育変動を中心にー

人間学研究所年誌2016 No14 「多民族国家ロシアにおける文化と教育改革」

    -ヴィゴツキー理論と補充教育の動向を中心にー

人間学研究所年誌2017 No15 現代ロシアにおける教育の動向-補充教育とヴィゴツキー理論を通じて

 

第17章  学校制度とロシアにおけるもう一つの教育制度

       -ロシアにおける補充教育機関の展開と課題

             リューボイ・ブイロワ、岩﨑正吾

                   

第18章  ソ連の遺産とグローバル世界への離陸

       -エストニアを事例として  

             福田誠治(都留文科大学理事長)

 第1節 なぜエストニアか

 エストニアはテストが短期間でOECD諸国の中でトップグループに入っている。世界から注目。

第2節 電子立国の原資はソヴィエト社会主義の遺産

 ソヴィエト社会主義国期に国別産業としてエストニアにITの開発を割り当てた。   

第3節 1,5歳からの幼児教育

第4節 基礎教育(小中学校)

第5節 個性を伸ばす教育

第6節 教職専門性と学校評価 

                        

特別寄稿  ソ連・ロシアの教育研究に携わって

        ーこころの最初の動きを大切に   

         川野辺  敏(国立教育政策研究所名誉所員)

 今でも私のこころに残っているのは「自分のなかの心の最初の動きを動きを消してはならない。それはそれは最も高潔なものだから、心の最初の動きのままに行動しなさい」(スホムリンスキー『息子への手紙』)という言葉です。それは私が初めてソ連訪問をした1968年冬の心の状況をそっくり表しているからです。

 

おわりに

                 ロシア・ソヴィエト教育研究会

                   関 啓子  澤野由紀子

 本書は、現代ロシアのどうなっているかを、改革・制度・政策に焦点を当てまとめたものです。本書には含まれていないがすでに取り組まれている研究課題がありその一端を紹介したい。~

 

巻末資料 

  学校制度図 現在

  ソ連時代

  2012年度年間授業時数

  1985年度年間授業時数

  2018年度言語語別児童生徒数   30か国語 

  2018年度教科「母語」を学習する生徒数 70語(エネツ語は生徒数1人)

  職業資格レベル

  教育分野の職業スタンダード

  文献案内

ーーーーー

参考資料

◎ソ連・ロシアの歴史 教育関連とともに

1869年      『教育的人間学』  ウシンスキー

1870年      レーニン生まれる  ウシンスキー死去

1888年      マカレンコ生まれる(集団主義)

1889年     チェルヌイシェフスキー死去「哲学の人間学的原理」

1896年      ヴィゴツキー生まれる

1905年      血の日曜日事件、ソヴィエトの結成

          10月革命(第1次ロシア革命)

          ニコライ2世の反動

1917年2月     ロシア2月革命-二重権力

1917年11月7日   10月革命  レーニン ソヴィエト政府樹立

                              クループスカヤ 教育条項草案

           ー国民皆教育、子どもの全面的発達、

           コムソモール ピオネール 組織化

1918年       ロシア社会主義共和国連邦

           スホムリンスキー生まれる

1922年12月     ソヴィエト社会主義共和国連邦

           レーニン脳出血をおこす

1924年       レーニン死去(54歳)

1926年       ヴィゴツキー「教育心理学」

1928年       5か年計画 スターリン 独裁体制へ

1929年       世界恐慌

1934年       ヴィゴツキー「思考と言語」死去(37歳)

1936年10月     スターリン憲法

1939年       第2次世界大戦始まる 

          クルプスカヤ(レーニン夫人)死去(70歳)

            教育思想・理論

                             マカレンコ死去 「教育叙事詩」など

1945年       第2次世界大戦終わる

1949年       中華人民共和国成立

1953年       スターリン死去  フルシチョフ

1956年       フルシチョフのスターリン批判

                              「思考と言語」ヴィゴツキー

1957年       人工衛星スプートニク打ち上げ

1961年       ガガーリン 初の宇宙旅行

1968年       プラハの春弾圧

1970年       スホムリンスキー23年校長 

             労働・教育実践 死去

1977年       ブレジネフ 幹部会議長(1906-1982)  

                              ルリヤ 死去

1979年       農業不振が問題化

1985年3月     ゴルバチョフ大統領就任

1986年      ペレストロイカ始まる

1989年       ベルリンの壁撤去 ビロード革命

1990年       東欧諸国 自由選挙 東西ドイツ統一

          脱ペレストロイカと新自由主義教育の開始

1991年7月     エリツィン大統領 ロシア連邦初代大統領

          (ガバナンスなき分権化)

   8月      8月政変、共産党解体 ペレストロイカ終焉

           新自由主義の全面的展開へ

   12月     ソ連邦解体 諸国の独立

1992年      「旧ロシア連邦教育法」

2000年1月     プーチン大統領 大国ロシアの復活を目指す 

          保守路線 新自由主義教育の深化と新保守主義

2012年      「新ロシア連邦教育法」まで20年間に70回を

           越える改正

           それ以降も60回に上る改正があった

2014年       ロシア・クリミヤ併合 

2018年       柴田義松氏死去

 

『人間学研究所年誌』

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『人間学研究所年誌2000』No1 発行人間学研究所

 2021年5月現在『人間学研究所年誌2020』発行

人間学研究所の例会は、2020年2月の例会を最後として、2021年5月も開催しておりません。新コロナが収束し、また例会を再開できるのはいつになるのでしょうか。

 

「こういちの人間学ブログ」

「新型コロナウイルス蔓延。蔓延は政治次第。2020年2月10日より、日本及び世界の変化を追う。追記して更新。

2021年4月24日

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2021/04/post-c2be97.html

 

「こういちの人間学ブログ」は2009年7月から始まりました。

2021年5月現在 記事数 1152 アクセス累計 191万となっております。

新コロナで人間学研究所の例会を開いていなかったり、2020年夏ごろから2021年初めにかけてのブログ筆者の何回かの入院などでアクセスが減少気味です。

 

改めてソビエト時代と現代資本主義(新自由主義)との対比について見直してみる必要がある

 いま世界の新コロナウイルスは、恐るべき勢いで進行中であり,とどまる様相を示さない。(2021年5月)こういう事態の中で、世界中で絶望的な貧困と死にさらされている圧倒的に多い人々と、こういう事態の中で、GAFAはじめ一部の世界的な多国籍・大企業はかってない膨大な利益を上げている。かってトランプ前大統領は連邦法人税を35%から21%に引き下げたが、その低い税率でも、払わない企業がフォーチュン500社のうち91社もあり、膨大な利益を上げている、アマゾンもその一つである。さすがにアメリカの大統領選ではバイデン氏が当選し、各国が多国籍企業に対し法人税の値下げ競争をするのではなく、各国が共同して法人税を上げることを提案しました。また純益の15%は納入するミニマム税導入も検討しています。巨大企業が税負担を減らし、大富豪が巨万の富を蓄積する一方において、世界的に圧倒的に多い貧困層がますます新コロナで貧困となり、死者も増大している。多くの失業した非正規の人たちは悲惨な生活を送っている。

 参考 世界の大富豪の総資産は、たった62人の合計(180兆円)で、世界の人口の下位半分と同じということだ(2016年)。2020年の1位はアマゾンのべソスで、1310億ドル、2位はマイクロソフトのビルゲイツ980億ドルである。日本では2021年で第1位はソフトバンクの孫正義で444億ドル、2位はユニクロの柳井正である。

 こういう状態の中で改めてソビエト時代とは何であったのか、現代のロシアとを対比させている試みである。それを教育という側面の中で、現代との対比においてみていこうとするのが、本書のねらいであった。かつてのスターリン独裁、中国共産党の大国主義的、そして様々な民衆弾圧などを見てみれば共産党の原則の中に、そうなる要素が含まれていたことがわかる。しかし、ソビエト時代の取り組みはそのまま捨て去ってしまっていいものではない。すぐれた側面をたくさん持っていたのである。良い面、悪い面を改めて見直していく必要があるのではないでしょうか。

参考書 「ソヴェト教育学」シンビリョフ教授,オゴロドニコフ教授 青銅社  1953年10月25日  550円

   ソヴィエト高等師範学校教科書

 

ブログ筆者の身体の状況について

 ブログ筆者は7年ほど前、旅行先で脳出血を起こしました。そのために右半身にまひが残り歩行が困難であり、筆記やパソコンも利き腕でない左側1本でうっています〈2級身体障害者)。もともと左目には眼底出血がありよく見えません、その上に右目は少し長く目を使うとづきづき痛みます。今も右目と周辺が痛みます。こういう状態ですので、論文等を十分に読みこなすことが困難になっています。ですから、今回のブログも十分読みこなし論考をしたものではありません。皆さんの論文の要旨を自分なりに書いただけで失礼してしまいました。

人間学研究所について  

人間学研究所は1963年生物科の学生の分科会に始まり、1955年の第1次人間学研究会、1985年の第2次人間学研究会、1991年に人間学研究所準備室が作られ、第3次人間学研究会が作られました。その研究会に基づき1999年4月に人間学研究所が作られました。初代所長は柴田義松氏名誉所長小原秀雄氏、副所長岩田好宏氏、専務理事佐竹幸一、理事岩城正夫氏でした(現在は岩田弘宏氏が所長、森岡修一氏が副所長)その時には14名の所員と所友101名でした。いご現在に至るまで人間学研究所の活動は続いております。『人間学研究所年誌2020』第18号、『人間学研究所通信』89号が発行されています。月1回の例会は2020年2月を最後とし、新コロナウイルスのため開催されておりません。

 今回の著作には副所長の森岡修一氏と研究員の白村直也氏と例会でお話をしていただくな

どでご連絡をしている、関啓子氏の論文を中心に紹介させていただいております。

 人間学研究所は研究部門とだれでも参加できる、実用的人間学研究会から成り立っています。2021年研究所の所員は18名名誉会員は2名。

 実用的人間学研究会は会員13名、顧問2名で成り立っています。「こういちの人間学ブログ」の筆者、佐竹幸一は、人間学研究所専務理事・事務局長、実用的人間学会長です。実用的人間学研究会はどなたでも参加できます。

ご連絡は 佐竹幸一 090-6549-2677

2019年12月26日 (木)

新宿区に多数の大学が。2019年大久保で桜美林大学・市ヶ谷に武蔵野美大 全部で30校 安倍政治により大学の危機 2020年1月追記版

2020年1月14日追記版
この記事は2017年5月1日に、はじめ書いたものです。桜美林大学は2019年12月既に開学しました。
その後、さらに新しい大学ができたり、これからできようとしています。前の記事に追加して更新いたします。
子どもの数が減っているというのに、こんなに新宿だけでも大学を作って大丈夫なのでしょうか。
現在、大学院のみのところも入れなんと30校あります。
また専門職大学なんて言うものを認可しました。専門学校の1部に作って、専門学校がそのまま大学になった感じです。
2019年12月 カテゴリー「大久保の街紹介」から「人間と教育」に変更しました。
1、桜美林大学のキャンパス、大久保に
2017年4月25日、新宿新聞の記事に、
「大学キャンパス、新宿、渋谷、池袋の副都心に集中」
「桜美林大学が大久保に、津田塾大が千駄ヶ谷へ」という記事がトップにのりました。

 

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桜美林大学19年4月の開校しました大久保駅前に5階建てキャンパス

 

 町田市に本校舎を置く、桜美林大学が、JR大久保駅北側の国立科学博物館分官跡地(敷地面積約7千9百平方メートル・百人町3-23)に百人町キャンパスを建設する。
ここに同校初の大型キャンパスとなる5階建て、延べ床面積約1万6千540平方mの新キャンパスを建てる。
工事は4月27日に着工。キャンパスの開設は19年4月となる。
新キャンパスは本校舎となる町田キャンパスのビジネスマネジメント学群と大学院経営学研究科の機能を移す予定だ。大学は大学・企業が集積する都心の新宿に大キャンパスを移すことで大学・企業との連携を深めることができるとみている。
新キャンパスの場所は、今住んでいるところと同じ百人町3丁目で歩いてもすぐのところなので、関心をもちました。

 

早稲田大学の理工学部の校舎は大久保3丁目でこちらも自宅から近くです。

 

桜美林大学とは
1921年に北京の貧困女子のための学校を清水安三が建てる。清水はのちアメリカのオーバリン大学で学び、キリスト教系の学校となる。1946年町田に桜美林高等女子校を作る。
1966年に大学を作り、桜美林大学とする。初めて学群制を導入。現在6学群。海外留学、英語、中国語教育に力を入れている。

 

付  記
上智大学(四ツ谷駅前)は2017年1月20日、オフィス併設型の新キャンパス「ソフィアタワー」を竣工。地上17階~地下1階立ての建物の内7から16階部分はオフィスになり、あおぞら銀行が本店を移転。1階には店舗も置く。大学とあおぞら銀行の提携も行う。
 都心部に大学のキャンパスを移すところが多くなりました。少子化で進学する子供が数なくなりました。学生にとっては、都心部の大学のほうが魅力的なのでしょう。明治大学の人気が高いですが神田駿河台のいいところに本部があるのも大きいでしょう。
2017年5月20日の工事現場の状況
 5月20日(土)建設現場へ行ってきました。中は古い建物が壊され、すべて更地になっていました。

 

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工事現場入り口 奥に見えている建物は東京都安全研究センター
建築計画のお知らせ。完成予定は平成30年12月31日。1年10か月あまりで作り上げてしまいます。

 

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ロッテの工場跡地と同じくらいの広さです。

 

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完成予想図の看板
2018年1月13日の状況
建物はだいぶできてきました。

 

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2018年10月28日 
18年末完成で、ほぼ完成しました。来年4月開校を目指しているのでしょう。

 

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入口です。

 

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大学への道筋をコメントで質問されました。
新大久保駅からだと文化通りから左に曲がり病院の先にあるサンパークホテルの角を曲がります。大久保駅からですと線路に沿って行き、右に曲がりやはりこのホテルを目指します。

2、新宿区にどれだけ大学があるか調べてみました。

 

改めて調べてみてその多さに驚きました。

 

新宿区に本部がある大学

 

1、早稲田大学

大隈重信によって設立された。慶応大学と並ぶ私学の代表

本部早稲田キャンパス(西早稲田1丁目6-1)
戸山キャンパス(戸山1丁目)
西早稲田キャンパス 理工学部(大久保3丁目)があります。 

 

2、東京理科大学

理学部1部、理学部2部、工学部

大学院に進むものも多い

神楽坂2丁目。飯田橋駅そば

 

3、東京医科大学

 

新宿6丁目。以前総合人間学会の事務局があり、時々行きました。西新宿に附属病院があります。

 

4、東京女子医科大学

医学部と看護学部 2020年新校舎

河田町8-1。病院と併設されています

 

5、工学院大学

 1887年創立 工学部建築学部、情報学部、先進工学部

 新宿駅近く高層ビル群の近くにある、西新宿1丁目24-2。

 

6、学習院女子大学

 

 戸山3丁目20-1。中高校と併設。明治通りに面す

  国際文化交流学部

7、東京富士大学

 

下落合1丁目。2001年大学になる。経営学部だけの単科大学。高田馬場駅近く
TOKIOの鉄腕ダッシュで放送される。屋上に菜園。

 

新宿区にキャンパスのある大学

 

8、 目白大学 
1994年大学に。場所は中落合4丁目にある。人間学部がある。本部は岩槻市
、慶応大学  
信濃町35。慶応病院があるところ、医学部 本部は港区三田 

 

10、中央大学 市ヶ谷キャンパス、 
市ヶ谷元村町。防衛省のあるところ。

8学部を持つ

11、法政大学 市ヶ谷キャンパス 
市ヶ谷田町2丁目

 

12、上智大学  
2014年 聖母大学から上智大学に変更。下落合4丁目。
総合人間学部、看護学科

 

13、宝塚大学  
2006年メディア芸術学部 新宿駅近く。西新宿7丁目。

元は宝塚造形美術大学といいました。

 

14、桜美林大学 

2018年開校 ビジネスマネジメント学群

 百人町3丁目  学生数 2000人

 新大久保、大久保、高田馬場3駅から

15、東京通信大学 
2018年開校 西新宿1-7-3
西新宿 東京モード学園 50Fコクーンタワー内

 

16、武蔵野美大  市ヶ谷キャンパス 
2018年2月に市ヶ谷の駅前の8階建てのSME市谷ビル(ソニー)を取得。2019年4月新キャンパスを開校しました。
2019年4月に創立90周年になる。記念事業として。
小平市鷹の台に造形学部11学科がある。市ヶ谷には造形構成学部を作り、造形イノベーション学科を作り3,4年生が通うようになる。
新宿区市谷田町1-4
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2020年1月 新しく書き加えた大学

17、東京国際工科専門職大学

2020年4月開学 

新宿区西新宿1-7-3 50Fコクーンタワー内

最近のAI、IoT、ロボット、ゲーム、CG などの発達と直結した大学

モード学園グループ(モード学園の中に3つ大学ができることになります)

 

18、国際ファッション専門職大学 

2019年4月開学

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新宿区西新宿1-7-3 50Fモード学園、コクーンタワー内

53年ぶりに国が作る新大学制度 職業と直結をめざす

近藤誠一学長 元文化庁長官  

名古屋、大阪にもキャンパス

モード学園グループ

◎大学が基礎的な教養を高めた教養人ではなく、より早く企業の要請に沿った人材を養成することを目指すということ。

これでは4年制の専門学校という感じです。

 

19、首都大学東京新宿サテライトキャンパス 
西新宿2-8-1 都庁内の1フロア (旧都立大)

ビジネススクール学科 大学院

 

20、プルゴスペル神学大学 
歌舞伎町2-2-19 純福音教会内 6階 韓国系
21、レイクランド大 
新宿5丁目7-12 地下鉄新宿3丁目駅近く 日本で2年教養学部で学び その後アメリカの大学や日本の大学に編入する
レイクランド大は6つの学部がある 9月入学が主
22、北京外国語大学中文学部 
西新宿7丁目2-10
23、上海大学 
新宿区百人町1-1-3 新大久保駅近く職安通りに面する
 2019年開学

24、東京国際大学 
1953年に新宿区大久保に一橋学園新宿予備校設立
1955年に東京国際大学設立
    現在は5学部10学科制
    英語教育に力 外国人留学生も多い
高田馬場サテライト高田馬場4-23-23
大学院商学研究科
他に、早稲田大学の近くに臨床心理学の大学院の建物あり早稲田サテライト

 

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高田馬場の諏訪通りにも東京国際大学大学院商学研究科が予備校と共にあります
東京国際大学の本部は川越にあります。東京という以上、大学院ぐらい東京にないとまずいのでしょう。

 

25、社会情報大学院大学 
高田馬場の早稲田通りに前にイタリア料理店があるところに
2017年4月に開校
定員40名 広報・情報研究
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26、サイバー大学 事務局 

 北山伏町1-11 ソフトバンク系の通信大学 株式会社大学

  本店は福岡市 2007年開設

27、NICインターナショナルカレッジインジャパン 

 新宿5-9-16 ネバダ州立大学としてスタート

 1年をここで学び、2,4年を海外の大学で

28、日本大学 大学院商学研究科新宿サテライトキャンパス

   新宿区西新宿1-26-2

29、マギル大学

   新宿区西新宿3丁目   西新宿8-4-2

   カナダの名門公立大学 国際経営学修士

30、情報経営イノベーション専門職大学

   新宿区百人町1-25-4

   日本電子専門学校の付属大学という感じ 2020年4月開校

31,東京保健医療専門職大学

   2020年4月開学 新宿区高田馬場2-16-6

 

新宿区に隣接した大学
上智大学 四ツ谷駅前 千代田区
法政大学 お濠をはさんだ市ヶ谷駅近く。千代田区
文化学園大学 甲州街道に面す 渋谷区
学習院大学 目白駅前 豊島区
安部政権の数ある失政の一つ
文部科学省は実業・産業界の要請で、安倍自民党政府にいろいろな要求を出し、政府はそれに答えてきました。その結果、すぐ成果の出る理工系の学科に力を入れ、基礎的な研究や文科系の学科にはお金をかけなくなっています。日本はノーベル賞を取っていますが、これは過去の研究に対してで、これからは出なくなるのではないかともいわれます。世界の大学順位も下がってきています。
文部科学省はやたらと大学の合併を進めていますが、一方新しい大学の設立も進めています。それが53年ぶりにつくった新しい形の大学だそうで、-専門職大学です。これはいきなり一般教養抜きで教いきなり企業に役立つ人材養成をめざしています。。まさに4年生の専門学校です
一方、留学生を増やしそのまま日本の企業で使える外国の大学の分校も増えてきています。新宿はいち早くそういう大学が次々にできています。
安倍総理の腹心の部下である、荻生田光一文化相は、”身の丈発言”で物議をかもすとともに、来年からの大学入試で国語、数学で記述式の問題導入と英語の試験で民間業者の導入ともに見送りました。教育産業との安易な癒着が分かりました。
追記
イチロウ氏のコメントにありますが、これからは英会話をできるようにと言っていますが、しっかりと英文を読み書きできることがもっと重要です。
筆者も英会話は、外国に行ったときに少し必要ですが、あとは使いませんでした。中国へ一人で行ったときには簡単な中国語の会話が役に立ちました。英語は通じません。
ビジネスで英語を使うには英米に行くか、英語漬けにするのがいいでしょうが、一般の人には必要ありません。いい会話翻訳機があれば世界中大丈夫です。

2017年12月23日 (土)

柴田義松氏の教育的人間学。2017年12月人間学研で米寿のお祝い。2018年10月ご逝去されました。12月14日偲ぶ会。

柴田義松先生、寿のお祝い、を兼ねて忘年会 (2017年12月14日)

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前列左から3番目が柴田先生。

 このブログは2010年8月に書かれたものですが、追記して更新しました。

 本来は柴田先生は2018年11月に満88歳になられますが、ちょうど忘年会に兼ねて少し早めてお祝いを、と木村先生の提案で開催することになりました。

 場所は昨年と同じ居酒屋の文蔵で開催されました。参加者は少し少なく12名でした。ブログ筆者の住まいに近いところに設定していただきました。

 筆者が司会役でお話ししました。

最初に「柴田先生、米寿おめでとうございます」、「柴田義松先生と人間学研究所」

という資料を皆さんに配布しました。

1960年 、柴田義松氏が女子栄養大学の教員(教育学)となる

1969年 女子栄養大学にユニークな人間コースができ、柴田先生のもと小原秀雄氏(動物学)、岩城正夫氏(原始技術史)が招へいされる。人間学の名で様々な本が出版される。

1985年3月 学士会館に柴田、小原、岩城氏と佐竹、野本さんらが参加。人間学研究会を 作ることになる

1985年5月 人間学研究会できる(第2次) 柴田、小原、岩城、佐竹ら、佐竹ビルにて数年で活動中止

1991年4月 人間学研究会再発足(第3次)人間学研究所準備室できる 第2佐竹ビルにて

1993年5月 実用的人間学研究会出来る

1999年4月 人間学研究所できる 所長柴田義松 現在に至る

 「人間学研究所通信NO1」の発行

2000年12月 「人間学研究所年誌」2000発行 初めて国会図書館でNO1

2002年11月 総合人間学研究会出来る 20回研究会開催 事務局は人間学研究所その後学会へ

2004年2月 人間学研究所、新教育人間学部会 現在に至る、2017,11、例会137回 2018年11月145回

    3月 「道具と人間」シリーズ 3巻発行 明治図書

2006年5月27日  総合人間学会設立記念集会 明治大学 300名参加 会長小林氏(憲法学) 柴田義松氏は小原氏とともに副会長

2006年 11月 シリーズ「総合人間学3」柴田先生 著と監修「現代の教育危機と総合人間学」 学文社 筆者は資料として、「人間学と人間科学の現状」を書く

2017年12月 忘年会兼柴田先生米寿の祝い

2018年10月 柴田先生ご逝去

2018年12月 柴田先生をしのぶ会

・祝う会では、資料説明後、柴田先生からのお言葉、それぞれの方からのお祝いの言葉。

みんなの寄せ書き、記念品贈呈ということで、お祝いの会としました。

2018年11月3日(土)追記、柴田先生のご逝去の知らせ

長らく入院されてから柴田先生の様子がわからなかったのですが、10月の半ば頃亡くなられていたということを、10月29日に木村廣子先生から連絡が入りました。

人間学研究所の今後の予定を書いた葉書を会員さんにお送りしたばかりですが、岩田所長のご提案で、「人間学研究所通信」の柴田先生の追悼文特集号を出すことになりました。それで急遽また葉書を出し柴田先生の追悼文特集号の記事募集のお願いをすることになりました。

2018年12月21日に”柴田義松先生を偲ぶ会兼忘年会”

を新宿区百人町3-1-5西戸山タワーホームズ集会室にて午後6時から行います、

参加ご希望の方は、pcr92240@nift.com、佐竹までどうぞ。

◎柴田義松先生は人間学研究所ができてから、今年まで18年間一貫して所長を務めていただきました。研究会員の中には柴田先生に教えを受けた方も多く、人間学研究所においては重要な役割を果たされてきました。

 人間学研究所では研究活動のみならず、研修会終了後の飲み会、カラオケなど楽しいひと時をご一緒できました、千葉の白浜温泉に1泊旅行をしたのも思い出されます。柴田先生は足が弱くなられ研究所の3階まで上がるのが難しくなりました。それで、ブログ筆者の近くの歩いてこられるところに年3回ぐらいは開催したいと思っていますということを提案しました。ブログ筆者も助かります。

◎これ以後は2010年8月に書かれたブログです

 柴田義松氏は今年11月19日に80歳になられます。8月10日には著作集7巻を学文社からだされました。柴田義松氏は愛知県に生まれ、名古屋大学から東京大学大学院に進まれました。修士論文が、ウシンスキーの「教育的人間学」で、その後に取り組む、ヴィゴツキーとともに、柴田氏の理論の中核をなすものです。柴田氏は1960年に明治図書からウシンスキーの『教育人間学』に訳書を出されてから、国立国会図書館に登録されている本で現在208冊を数えるほど多くの本を出しておられます。

 柴田義松氏と佐竹幸一との出会いは、1969年に柴田義松氏が女子栄養大学に、教授としてまねかれ、その後小原秀雄氏や、岩城正夫氏とともに画期的な「人間学科」(人間学コース)をつくられました。その後、佐竹もお会いしてお話する機会があり、しばらく休止していた、人間学研究会を再開しようということになり、1985年に第二次人間学研究会がスタートしました。その後は小原、岩城氏と共に、1991年の人間学研究所準備室、1999年の人間学研究所の設立に至りました。柴田義松氏は人間学研究所の設立から2010年の現在まで、ずっと所長をしていただいております。人間学研究所を母体にして、2002年には総合人間学研究会、さらには発展的に解消し総合人間学会になり、ずっと副会長を務めておられます。大学は東京大学の教授となられ、学科長も務められ、その後成蹊大学の教授もつとめられました。

 ロシアからソビエトに至る教育の紹介という点においては、第一人者で、多くのお弟子さんがいらっしゃいます。今度著作集の出版記念パーティーと80歳の誕生祝いがありますが、多くの方が参加されると思います。専門は教授学で、教育内容・教科内容と教材の区別を提起したことはその後の教授学研究に革新をもたらしました。長らく日本教育方法学会の会長も務めておられました。また、略して「教科研」というのでしょうか、現在も月一回、人間学研究所で、教科教育内容などのビデオなどを会員と一緒に見ながら研究を続けておられます。

 柴田義松氏とのお付き合いは、小原秀雄氏とのお付き合いほどは長くないとはいえ、もう30年ほどになります。(33年)まだまだとてもお元気でその活躍ぶりには本当に頭が下がります。1メートル80センチ以上の長身です。この年代の方ではきわめて長身だと言えましょう。また普段の会議などではあまり、発言をされないのですが、発言をされるときには、きわめて簡潔かつ的確なお話をされます。また講演をしていただく時には、きちんとした話でテープ起こしをするとそのまま原稿になってしまうようにきちんとしています。しかしいかにも大学者という雰囲気を漂わせていますがおよそ偉ぶるということは全くなく気さくにお付き合いをいただいております。人間学研究会の例会のあとの懇親会では、お好きな日本酒を飲むのを楽しみにしておられます。最近はカラオケも歌われます。

 人間学研究所で出している、『人間学研究所年誌』や、『人間学研究所通信』(HUMANOLOGY)などの原稿も以前からきちんと、ワ-プロでつくっていただくので、大変助かります。携帯電話もすぐに使いこなして、おとしの割にと言っては大変失礼ですが、新しいものもどんどん積極的に取り組まれているのはすばらしいことだとおもいます。

 ブログ筆者が、総合人間学会を皆さんとともに設立した時に、3冊の「シリーズ人間学」の本が出版されました。ブログ筆者は本の出版に当たり、2つの文章を書きました。一つは「人間学とは何か」であり、一つは人間学に関する資料集でした。2つとも出版社に送る手配をしたのですが、小林直樹氏と小原秀雄氏が相談して、筆者(佐竹)の文章は載せないことにしました。出版社から校正が来ないのでおかしいと出版社に言ったら、佐竹の文章は載せないと小林氏と小原氏で決めたというのです。小林氏は親せきの人が病気でとか言っていましたが。筆者が哲学的人間学を批判的に書いたのが気に入らなかったようである。

 柴田先生は急遽、2つのうち1つは柴田先生の巻に「人間学と人間科学の現状」資料集を載せてくれることになりました。本文の部分は後で「人間学研究所年誌2006」に「人間学ノート」として載せてもらいました。柴田先生には本当に感謝いたします。

 柴田氏は、ウシンスキーの『教育人間学』を翻訳し、「教育的人間学」という言葉をもっともはやく提唱したのが、ウシンスキーであると紹介しました。『教育的人間学』は1960年に明治図書から翻訳が出され、2010年に学文社から新訳版が出されました。ウシンスキーについては改めて、ブログで紹介しますが、ずっと教育的人間学の立場で研究し、現在でも人間学研究所の主要部会が「教育人間学部会」になっているように、永年教育人間学を提唱されている柴田義松氏が、1999年に出版された『日本の教育人間学』皇 紀夫・矢野智司篇(玉川大学出版部)に勝田守一、森 昭、大田 堯、堀尾輝久、和田修二などという人がのっているにも関わらず、柴田氏の名前がないのは、おかしいなと感じています。

追記  2018年12月25日、”HUMANOLGY”(人間学研究所通信)83号が発行されました。

今号は「特集 柴田義松先生(前人間学研究所所長)のご逝去を悼む」で、2ページから15ページまで、10人の方が追悼文を寄せられました。

偲ぶ会については、下記をご覧ください。

「こういちの人間学ブログ」2018年12月15日

「2018年12月14日 人間学研 柴田先生を偲ぶ会兼忘年会 『人間学通信82号』発行」

.http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2018/12/20181214-4194.html

2016年7月15日 (金)

岩城正夫氏と岩明均氏父子,アメリカ化した教育に対し日本独自の道、鶴見俊輔氏

 岩城正夫先生から、岸田秀氏の本に関しての感想をブログを書いたことに関してのお礼のお手紙をいただきました。またそのお手紙に同封されて岩城正夫、岩明均父子に関する鶴見俊輔氏の新聞記事のコピーも参考資料として送っていただきました。、いろいろ有益な内容がありますので皆さんにご紹介します。
現代のことば  鶴見俊輔  父から子へ 2007年の京都新聞記事
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京都新聞2007年の記事の一部です  以下その全文です
 作家金達寿をしのぶ会で、初対面の人が近づいてきて、「私は岩明均の父」ですと、あいさつした。
 作家の父からあいさつされたことは、私の生涯に、それまでなかった。岩明均は、私が感心している漫画家であるが、これまでに会ったことがない。会おうと試みたことはあるが、会ってくれなかった。ただ感銘だけが残っている。
 その父親が、会ってからさらに10年近くたって、著書を送ってきた。
 岩城正夫著『セルフメイドの世界―私が歩んできた道』群羊社である。
◎参考資料
『セルフメイドの世界』については「こういちの人間学ブログ」をごらんください
「岩城先生から『鳴子こけし風ネコの木像』をいただきました、『セルフメイドの世界』について」   2015年12,30
 
2018年4月:追記  4月30日開催
「岩城正夫氏の講演会『人と技術』~器用と不器用~が開催されますぜひご参加ください」
 はじまりは、火を起こすことからで、私も、火は木の板を棒を摩擦して起こすということを、こどものころからころから本で知っていたが、この本は、これまで私が読んできた本と違って、失敗するというところからはじまる。
 原始人はどのように火を起こしたのか。痕跡から、その手続きをたどってゆく。
 この本を読み進むうちに、私は、なぜこの人の息子が『寄生獣』という、めずらしい本を書くに至ったかに、思い当たった。
 『寄生獣』の主人公新一は、突然に腕に宇宙からミミズのようなもの(ミギー)が入ってきて、わけのわからないままに、電気のコードで自分の腕を縛り、侵入を食い止める。教科書で習ったこともない、とっさの判断による戦いであり、共生の方法である。
 この漫画は私にとって目の覚めるほどおもしろい読書であり、85年生きてきた中で指折りの本である。
 こういう本が現れるまでの長い道のりが、父の著書『セルフメイドの世界』にはある。小学生のころ、国語の教科書で農政学者佐藤信淵(一七六九-一八五一)の何代にも渡る受け継ぎの話を読んだことがあるが、それを思い出した。
 原始人などといっても、現代のわれわれが考えるのは、あやふやな受け売りで、だいたいが自己教育のプログラムには入ってこない。だが岩城正夫―岩明均の場合、それは実現した。文明の手続きの中で、見失われる人間を見ることだ。
 もし私に余命があれば、父から息子への思想の流れを調べてみたい。             それは明治以後の教育史、敗戦以後アメリカ化した日本教育史の中で一つの逆の流れを作ることだろう。
 日本が政治と教育の領域にわたって米国の模倣に明け暮れているこの60年の中で,それはひとつの冒険への試みとなる。
 われらのUSA宗主国においては、1911年以来、ひとり生き残った先住民イシが白人社会に出てきたことから1つの動きが始まる。彼に対面した文化人類学者アルフレッド・クローバーから、まずその妻、さらに娘と二人の息子によって、米国とは違う考え方が、百年をかけて伝えられた。ことに、娘のル=グゥイン の書いた『ゲド戦記』は、米国で広く読まれ、日本語に訳され、映画になって同時代に影響を持っている。
 『セルフメイドの世界』から『寄生獣』への流れが、現代日本文化をつくりかえるひとつの力になることを望む。
          哲学者
 以上は同封されていた新聞の切り抜きをそのまま載せさせてもらいました。
 鶴見俊輔氏はハーバード大卒、母方の祖父は後藤新平。父の鶴見氏や弟妹も学者の一家です。日本にプラグマティズム導入し、「思想の科学」を発行しました。平和運動にもたづさわり、その後「べ平連」の設立、2004年に「九条の会の設立」などを設立しました。筆者もささやかながら、九条科学者の会に参加させてもらっています。
岩明 均氏について
 本名、岩城 均(ひとし)氏です。1960年7月生まれ、2016年の7月28日で56歳になります。和光大学は中退し、お父さんの最初の出版された火おこしの本の挿絵を描きます。確か新生出版の「原始技術史入門」1976年5月出版でしたでしょうか。今は人間学研究所に本が置いてあるので確認できません。人間学研究会ができたころ岩城先生も創立のメンバーでしたが、息子さんに自信を持たせるために、岩城先生が息子さん(岩明 均さんに)挿絵を描いてももらったんだっだと話していました。本の中に火おこしの方法やいろいろな火おこしの道具など多数の図版がありその技量に感心したものです。もうすでに均さんはその時から大変上手に挿絵を描いていました。そのあとも1985年に漫画家として自立できるまで暖かく見守っておられました。
 鶴見氏の文章でも取り上げられている「寄生獣」がものすごく大きな反響を呼びました。ブログ筆者もずっと「寄生獣」は読んでいました。結構残酷な描写があるのですが、それ以上にちょっと大げさですが哲学的に考えさせるところがあって、それが多くの人を引き付けているのでしょう。それ以後講談社の「月間アフタヌーン」を中心として、いろいろな漫画を発表していきました。ふつう有名な漫画となると多くのアシスタントを抱えるものですが、ほとんど1人で書いているようです。ですから作品数も少ないのです。ところで「寄生獣」は数多くの漫画賞を受賞し、2014年には映画化もされました。
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p142~ 新一の言葉―10巻から
生き物全体から見たら人間が毒で…寄生生物が薬ってわけかよ
誰が決める?人間と…それ以外の生命の目方をだれが決めてくれるんだ?
そうだ・・殺したくないんだよ!
殺したくないって思う心が…人間に残された最後の宝じゃないのか
p176
他の生き物を守るのは人間が滅びたくないから
人間の心には人間個人の満足があるだけなんだ
でもそれでいいしそれがすべてだと思う
人間の物差しを使って、人間を蔑んでみたって意味がない
p216 寄生生物ミギーのことば
道で出会って知り合いになった生き物がふと見ると死んでいた
そんな時なんで悲しくなるんだろう
そりゃ人間がそれだけヒマな動物どうぶつだからさ
だがなそれこそが人間の最大の取り柄なんだ
心に余裕のある生物 なんてすばらしい!!
寄生獣は紙で、(新装版全10巻と完全版全8巻)、電子書籍版全10巻とあります。なんと累計1500万部達成だそうです。 アフタヌーンKCDX,講談社刊
 2000年代からは歴史に題材をとった作品も多く出されるようになりました。「ヘウレーヌ」、や「七夕の国」、日本の武士を主人公とした「雪の峠」や「剣の舞」などもあります。最近では2003年からの「ヒストリエ」を連載中です。アレキサンダー大王の秘書官エウナネスを主人公としたものです。
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アフタヌーンKC 講談社 継続中です 9巻が2015年5月に出され、最新刊ですが1年半に1冊ぐらい新刊が出る感じです。10巻が待たれます。
 私が書いた後漢初期の歴史小説『人相食む』も出版もしていないのですが、岩明均さんに描いてもらえたらなー、なんて夢想したこともあります。
 いずれにしても、誰でもが描けないような豊な発想・構想力のもとで、マンガをつくりだすには、単に真似事の積み重ねの秀才タイプには不可能なことです。これは、失敗しても失敗しても努力の積み重ねで、新しい発見を見出していかれるお父さんの岩城先生と共通性が見られところです。鶴見俊輔氏はさすがにそういうところを見出しておられます。
 ところで鶴見俊輔氏は残念ながら、2015年7月に93歳でお亡くなりになりました。
岩城正夫氏について
 1930年生まれ、東京教育大を卒業されました。ブログ筆者の大学の先輩となります。大学卒業後、教師やいろいろな職業につかれたそうです。科学史学会の事務局員もやったことがあり、科学史学会の役員もされました。教育学の柴田義松氏(現人間学研究所長)が女子栄養大学の教授になられた後、1969年動物学の小原秀雄氏と原始技術史の岩城正夫氏を招へいし、同じユニークな「人間学」のカリキュラムに組み込みました。
 1982年、小原氏と岩城氏により「人間どう見るか」シリーズ3巻出版(群羊社)、1985年1月から小原、柴田、岩城氏により「人間人にとって教育とは何か」シリーズ、群羊社などが出版されました。
 1985年5月第2次人間学研究会発足しました。小原、柴田、岩城氏と筆者の佐竹が中心メンバーです。それが中断後、1991年4月第2サタケビルが完成しその1室に人間学研究所準備室が作られ、第3次人間学研究会が発足しました。その後1993年岩城氏の提案により人間サロンを開始しました。さらに1999年人間学研究所、2002年総合人間学研究会の設立に岩城先生は常に重要な役割を果たされました。小原、柴田先生は御大ですが実質的に支えらえたのはいつも岩城先生です。
 岩城先生は実験考古学の新しい分野を開発されました。一番最初に取り組まれたのは「火おこし」の技術です。大変な失敗の連続の中から、簡単に火が付く方法を見つけ出されました。現在は「古代発火法検定協会」が作られ、その理事長を務められています。岩城先生は本当にいろいろなものにチャレンジされてきました。人間学研究会の例会でもいろいろ実演して見せていただきました。石器の再現、パン焼き器、紙巻きたばこ機なども実演されました。全部足すとかなりの種類になります。古代の弩の再現にも取り組まれています。詳しくは「『セルフメイドの世界』-私が歩んできた道」発売 群羊社、2500年、1300円、をぜひご覧ください。和光大学でも大変人気がある講義で、学生のレポートを見るのが大変だとおっしゃっていました。
 その本にも書かれていますが、日本の学会に権威主義がはびこり、実際はどうなのかということがおろそかになっていることです。またその権威もアメリカの権威が最大に偉いとなっており、英語で書いた欧米の科学誌に多く書いたものが最も評価されるという状態です。ユニークな取り組みはあまり評価しないような日本の学問の世界の状況です。
 岩城先生のお弟子さんの関根秀樹さんも、原始技術の実演と説明を何度も、人間学研究会から研究所へと現在までとお聞きしました。関根さんは和光大学で学生時代、古文書の解読などに取り組んでおられました。それが、岩城先生の講義を聞き、その魅力にいっぺんにとりつかれたそうです。そしてずいぶん前から人間学研究会をとおしていろいろな原始技術の実演とお話をお聞きしました。火おこしの技術は世界チャンピオンだそうです。岩城先生と関根さんの共著の論文「古代文献に見られる古代発火技術について」において、第2章の「古文献にみえる発火技術」で古代のいろいろな文献を出されているのは、関根さんの面目躍如というところです。現在伊勢神宮などで使われている「マイギリ式発火法」は比較的最近の発火法で、本来は「きりもみ式発火法」が古くからおこなわれていたということなどを明らかにしました。(この論文は、「セルフメイドの世界」に載っています)
 お酒はほとんど飲めないのに浦澄がおいしいお酒だと教えていただいて筆者は今でも好んで飲んでいます。関根さんのことは改めて書きたいと思います。
 
◎学会の状況ですが、日本の現在の総合人間学会などでも、ブログ筆者が書いた論文など、二回も頭から否定されるような状況がありました。岩城先生も総合人間学会には嫌なことがあり学会をやめたと言っておられます。筆者はマックス・シェーラーなどの哲学的人間学を批判しています。それが筆者の論文に現れています。しかし、初代会長は哲学的人間学の立場です。「私の本をよく読めば、こんな考え方になるはずがないのになー」といっていました。
 総合人間学会に入られた、筆者がこの先生はと思っている研究者のかたも次々にやめてしまっています。はじめは政治とは無関係でいようという初代、2代目会長の方針に反対された、バナールの『歴史における科学』を訳された鎮目恭夫先生などですが、他の方の名前は今はあげないでおきます。初代会長には柴田先生を強く推薦すべきだったと後悔しています。でも3代目の堀尾輝久会長には期待しております。
 最近のブログにも書きましたが、岩城先生から鳴子こけし風のネコやお地蔵さまをいただきました。今度は観音様に取り組まれるようです。細かい手の作業は脳の働きを活性化させます。岩城先生がいくつになられても積極的に物事に取り組まれるのは本当に頭が下がります。いつまでもお元気なのもそういう積極性だと思います。私もそうありたいものと思っています。
 岩城先生は86歳です。でもいつまでもお元気なのは、驚きです。 以前、階段を上がるのに2段ずつ上がるようにしているとお聞きしていました。いつまでそのように上がっておられたのか今も上がっておられるかはわかりません。頭をいつまでも若々しく働かしておられるのと、体を常にうまく動かしていくのは若々しさの必須事項です。食べ物も気を付けられているのではないかと思います。このさき、おそらくは100歳を超えてもお元気でしょう。筆者もそうありたいなと思っておりますし、「実用的人間学」にとっても、「元気で長生き」というのは、極めて重要な課題です。
◎私事ですが、ブログ筆者も頑張らねばと思い、今まで電動車いすになってから、足の筋肉が衰えているように感じましたので、1週間前から、室内にいると時は、モーターのスイッチを切っています。普通の車いすよりだいぶ重いので、手足だけで動かすのは少し大変ですが、筋肉を鍛える意味で、手動にしています。来年あたりには杖で出歩けるようになりたいものです。
◎2018年4月14日、追記
ヒストリア10は、2017年3月に発売され、すぐ購入しました。11は2019年1月ごろとか。
発行がゆっくりで待ち遠しいです。
このブログへのアクセスが増えています。現在ベスト10に入りました。
 
 
 

2013年9月21日 (土)

よみがえる教室ー「いのち」を、身をもって教えた先生(その1)

★ このブログは、2010年4月6日に書かれたブログです。このテレビの録画は大量ののビデオの箱に入りどこにあるかわからなくなりました。このビデオを貸してほしいというお話があったのですが。

 2013年9月に一部付加して更新いたしました。

「こういちの人間学」では、教育についての事柄が、とても大切にもかかわらず、あまり書かれていません。そこで、2004年3月、『人間学研究所通信(HUMANOLOGY)第23号』に書いた文章を、再び書くことにしました。これは当時のNHKスペシャル「よみがえる教室」で、放送された内容の報告です。だいぶ前に書いた内容ですが今でも通用する大切な話なので改めて書くことにしました。このテレビの内容は、ビデオに録画しておきました。ついでながら、いままでにビデオに録画したものが、人間学研究所に730本あり、宝の持ちぐされになっています。(初回放送は2004年2月28日です)

 1999年ごろ、茅ヶ崎市に各教室に壁がなくいつでも自由に見学できる学校が作られました。「茅ヶ崎市立浜之郷小学校」です。今まで、不登校や学級崩壊が多く、それを何とか克服しようということでつくられた学校でした。                                         その初代校長先生が大瀬敏昭氏でした。大瀬さんは、教師になって、面白い授業をしたつもりでも落ちこぼれがなくならないということから、知識をただ詰め込むのではなく、子どもの声にじっくり耳を傾ける教育こそが大切であると気づきました。そこで新しく生まれた浜之郷小学校の校長に志願しました。小学校では年間150回の公開授業を行う予定でしたが、校長の仕事が忙しくてとてもできないということでした。そこで校長権限で、授業3割、会議や雑務が5割であったのを、会議等を思い切って減らし、授業6割にしました。

 昔は、いいところに就職するために勉強しなさいということでしたが、子供は自分の父親を見て、ある程度の学歴があっても大したことがないという現実を実感しているのです。ですからそういう理由でいえば白けてしまいます。そうではなくて、人生も捨てたものじゃないんだ。生きる価値を大切にするために学問をするんだということ。それを知ってもらうことが大切であるという立場で、授業することにしたのです。

 教師はお互いの先生の授業を見て、お互いに批判し討論します。まだ先生になって2年目の若い松永先生は、社会の授業で、「ふるさとの茅ヶ崎の海のすばらしさ」というテーマに取り組みました。はじめ子どもたちは宣伝のチラシなどを見て、ありきたりの決まったようなことを言っていました。その中で、ある男の子が、「茅ヶ崎の海は汚いよ、でもがんばってっています」と書いたことによって、みんな自分たちの目で見た汚い海の現実をいろいろ言うようになりました。しかし、松永先生はそれを、脱線したと考えて子どもに注意し、教室の雰囲気をもとに戻してしまいました。

 授業の後の教師の懇談会でそのことに関して参観したほかの教師から批判が出されました。子どもが本当に見ている現実を否定して、聞きかじりの情報で勝負するようになってしまう。何事も枠に入れてしまおうとすれば、ついてこない子がほとんどになってしまう。子どもたちが何を言いたいのか本当にわかろうとしてあげないと、子供に安心は生まれない。また学んだという革新や変わったという自信は生まれない。どんな意見でも認めてあげることが大切であると。                                           その後、松永先生は手厳しい批判を受け涙ぐんでしまいました。そうやって、一人一人の先生も成長していったというのです。

 文部科学省では、命の大切さをうったえ、引きこもりや落ちこぼれをなくそうということを主張して、「子どもの命をはぐくむ教育」といっています。しかしながら現実的にはこの小学校のような取り組みはきわめて少ないのです、従来は、新学校に教師に参観が多かったのですが、それがこの小学校では年二回行われる公開授業には、1200人の教師が詰めかけるといいます。うまい授業をするのではなくて、自信と安心を与える授業が注目されるようになってきたのです。

 すでにこの小学校では年間150日もの公開授業が開かれ、全国から2万人の教師が訪れているといいます。(2004年当時です)

★ 以前のブログでは浜の郷小学校としていましたが、正しくは浜之郷小学校でした。

訂正させていただきました。

その2に続きます、授業の内容ですぜひお読みください

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2013/09/post-5b76.html

追記: 2016年5月24日

 この日、急にこの記事のアクセスが増えました。再放送をどこかでしたのかなと思いましたが、見つかりませんでした。

 その2、は大瀬校長のがんに侵された自分の体の状態を、授業に取り入れます。ぜひお読みください。

よみがえる教室ー「いのち」を、身をもって教えた先生 更新版(その2)

その1、その2と分ける必要が全くなかったのですが、分離して申し訳ありませんでした。

(その1)からの続きです

大瀬校長のお話し

 道徳の時間で「家族について考える」というのがテーマでした。江戸時代の浅間山の火山噴火のとき、ほとんどの村人が火砕流で死にました。わずか93人の村人が生き残った時、幕府の命令でそれぞれ死に分かれた親と子を家族にしたという話を題材にしました。「他人と家族になったら幸せだろうか」というテーマでした。授業が行われたとき、担当の先生は現実に片親しかいない子供が何人かいる中で思うように授業が続けられなくなりました。その場は参観した校長先生の手助けがあり、子供たちの意見もさまざまにだされて、うまく授業は進みました。しかし反省会で、かんじんの問いをためらうことにより、子どもたちの心の奥まで入っていこうとしなかったこと。自信のなさが子どもに伝わってしまうのではないかと批判されました。先生は子どもたちに心から申し訳なかったと、心から反省しました。このような教師の取り組みの積み重ねで、子どもの生き生きした意見をうまく引き出すことができるようになっていきました。

校長に末期の胃がんが見つかる

 ところが、昨年(当時)校長先生に胃がんが見つかりました。胃を全部とりましたが、末期のガンで三カ月、もって六か月の命と宣告されたのです。その時三つの選択肢がありました。治療に専念する。家族と残りの生を過ごす。学校の改革を全うする、の三つです。        校長の大瀬先生は最後を選びました。栄養のとれない先生は、点滴薬を袋に入れて、持ち歩くことにしました。土日はひたすら休んで体力を温存します。校長みずから「いのち」というテーマで授業を行うことになりました。先生は命の大切さを、生きたくても生きられない、日々衰えていく自分の身体をさらして、子供たちに訴えることにしたのです。

いのちと死についての話し

  授業は年老いたアナグマがいろいろな知恵を仲間に残して死んでいったという絵本を教材にしたものでした。アナグマは死んでいったけれど、「いのち」としてつながっていたのではないかと先生は訴えます。「いのち」は家族や友達につながっていくのではないかと、子どもたちも次々にこたえていきました。授業のあとで、校長先生は、死ぬということを今の子どもたちは見ることができなくなってしまった。自分の弱っていく姿を見せよう。しかし先生は言います。伝えようというのは正直に言うと恐怖の裏がえしです。恐怖のためで、かっこいいことではないと。先生はいいます。死を意識して初めてどういきるかということを本当に考えるものだ。でもあまりの熱、痛みの苦しみの中で、自殺したいと思ったこともあるし、寝ていてそのまま朝起きなかったらどんなに楽だろうかとおもっている、と。

 今自分は何のために生きているのだろうか、生きてなんになるのかと、問いかける子どもは多い。その中で、自分は死の恐れを率直に話すこと、小学校のときに命のかぎり精一杯がんばって生きていた先生がいたことを、伝えることが大切であるということを三学期で話そう。そして来年三学期には死とホスピスの話をしようということになりました。

 12月24日の終業式に、校長先生は一人一人に三学期にお会いしましょう、と声をかけました。しかしその2日後容態が一変してなくなってしまいました。枕元にはいのちの授業の資料が置かれていました。57歳でした。三学期の始業式には、先生の遺影が飾られる中、子どもたちは涙ながらに、先生にお別れをつげます。子どもたちにはいのちの大切さを身をもって教えてくれた、校長先生を一生忘れないでしょう。何のために生きるのかを考えるより、自分が今生きていること自体に大きな意味を見つけることでしょう。不登校も授業崩壊もないこのような学校が増えて、子どもたちが自分の生きることに確信を持てるようになることを、心より願っています。

「よみがえる教室」のその1をご覧ください。

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2013/09/post-6624.html

2013年8月18日 (日)

ももクロの戦争歴史認識と韓国に対しての見かた 歴史教育に問題が 日経春秋

 2013年8月18日の日経新聞朝刊の「春秋」(朝日の天声人語のような位置づけ)の記事が大変興味深かったので、ご紹介します。また、少し調べてみますと、いろいろな問題点もあるように感じました。

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 筆者は、最近は紅白歌合戦は見ず、またアイドルグループにも、疎いために、「ももいろクローバーZ」(略してももクロ)というグループを知りませんでした。上の記事を読んでいただければわかると思いますが。古市氏が17歳から20歳の少女たちが先の戦争については、どのような認識を持っているかを調査した結果について書いてあります。その結果は、あっと驚くような結果であったと、『誰も戦争を教えてくれなかった』(講談社)を書いた古市憲寿氏は述べています。

 早速、インターネットで検索してみました。「ももいろクローバーZ」は 2008年5月に結成され、路上ライブなどで苦労し、メンバーが一人途中でぬけるなどなかなか大変だったようです。しだいにん気が出てきて、2012年の紅白に出てさらに評判になりました。学生が中心なので活動は土日が主になっているそうです。また古市憲寿氏は東大大学院の博士課程を経て、現在は慶応大学のSFC研究所の上席研究員で、1985年生まれのまだ28歳の若い学者であることがわかりました。

 ももクロのメンバーへの、戦争に対しての質問では、戦った相手は上の新聞にある通り韓国というものや、終戦を迎えたのはいつ?というのに対して有安さん18歳は1038年11月、高城さん20歳は1975年か1973年と答え、戦争の時日本との同盟関係にあったのはどの国かという問いに対して、百田19、高城20、佐々木17はアメリカと答え、百田はアメリカと仲良かったんじゃ?ご飯くれるイメージ、と答えていたとのことです。えっ、本当?と確かに驚くべきことです。

 それに対して「春秋」では学校の歴史の授業に問題があるといっています。学校での歴史の勉強は、縄文弥生は詳しく、中世から急ぎ始め、現代史はプリントを配り終了。そういう授業を小中高と繰り返すと。ももクロのメンバーも縄文弥生時代は詳しかったといいます。確かにそういう傾向があるのでしょう。だいたい、試験問題にあまり現代史はでてこないのです。また歴史認識をめぐって論争中のことも多く、先生もさける傾向があるのかもしれません。今の政府も現代史はあまり詳しく教えてもらいたくないのでしょう。歴史も暗記中心で年号を記憶したりすることが中心になれば、多くの人が歴史にも興味を失ってしまいます。一方、暦女とよばれる人たちは、新撰組などの幕末のことや、戦国時代の武将などに興味を持っているようですが。

 この記事には書いていませんが、彼女らは憲法改正には興味を持っているとのことです。しかし戦争は一様に絶対にしたくないといっています。新聞にある通り祖父の戦争の話しを聞いているということもあります。そして現在の日韓関係については「韓国の言い分についてもよく知りたい」といっています。至極もっともなことではないでしょうか。

 ももクロの川上マネージャーは「彼女らは反日でも親韓でもありません」と釈明しています。それに対して、様々な2チャンネルなどで、彼女らは反日アイドルだと、攻撃しています。彼らの主張は新大久保でヘイトスピーチを繰り返す人たちと同じです。ついでながら隔週で行われていた新大久保の嫌韓デモは、8人の逮捕者を出してから、公安委員会が大久保通りデモの通過を許可しなくなってから、なくなりました。

 

2011年12月15日 (木)

教育に関しての名言 研究会例会から その1ウシンスキー追記版

 2010年9月16日(木)に第26回の実用的人間学研究会の例会があり、そこで佐竹幸一が講師となって「役にたつ、格言、名言」というテーマでお話をしました。そのために18ページの資料を作ったのですが、そちらの方に精力をとられ、ブログを書くのがおろそかになってしまいました。私は、学生時代に哲学的な問題に興味を持ち、自分のノートに、思ったことを書き連ねた「思索」というノートを書きました。それは大学ノートで23冊になりました。また一方で、いろいろな本を読みあさり、これはという文章をノートに書いて行きました。それは、「名言集」という名前を付け8冊ほどになりました。名言格言のような短いものではなく時には3ページに及ぶものもありました。これは大変良い勉強になりました。

 例会ではそのノートから少しと、『ギフト』というNHKの英語のーE名言の世界ーや宮城谷昌光の『歴史の活力』、河合隼雄の『こころの処方箋』なども参考に付け加えました。今後いくつか紹介しますが、今回はあまり私が取り上げていない教育に関する言葉を紹介してみようと思います。

 人間を教育するということは―その人間のあすの喜びが、目指している未来の方向を、その人間に則して育成することである。この仕事は要するに新しい展望をつくることであり、すでにある展望を利用し、次第に価値のあるものに置き換えて行くことである。おいしい食事から始めてもいいし、サーカスに連れていくことから始めてもいいし、池の掃除から始めてもいいが、しかしどんな場合でも常に生活に目覚めさせ、集団全体の展望を次第に押しひろげ、それを国全体の展望にまで達せしめるようにすることが必要である。

                      マカーレンコ 「教育叙事詩」

 教育に血が通わなくなったことは前にも述べたが、金のないものできないものにとっては、今の学校ほどみじめな思いをする所はない。テストができなければ、進学ができなければ価値のない人間にされてしまう。他人に親切であろうが、どんなに仕事をしようが、誠実であろうが、協調性に富んでいようが何の意味をなさない。                        教習所のような学校が、どんな人つくりをしつつあるのか。子どもが一番よく知っている。~テストのためだけの学校だったら、テレビクイズのずばり当てましょう式に商品で釣りながら百科事典で学ばせた方がもっと効率的であろう。

                  近藤廉治他「あなたはどこまで正常か」

 もし子どもを悪党にしようと思ったら、おさない時から、彼がありとあらゆる道徳的格言を繰り返すことになれるようにすればよい。こうすればこれらの格言葉もはや何らの影響も彼にもたらさないようになるであろう。

                  ウシンスキー 「教育的人間学」

 ウシンスキーの「教育的人間学」は、当人間学研究所の所長である柴田義松氏(東大名誉教授)が1967年に明治図書から出版し(世界教育学選集 1と2)、2010年1月に学文社から、再版された本です。ウシンスキーは革命前のロシアで教師をしていました。ウシンスキーは「教育的人間学」という言葉を始めて使い始めました。今ではかなりその言葉が流布されていますが、ウシンスキーが最初です。

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 ウシンスキー「教育的人間学」ではいいます

 教育学は、科学ではなく技術である。しかしあらゆる技術の中で最も広範で複雑な、もっとも高級の、もっとも必要な技術である。~教育技術をの発展を促進することは、それの基礎となる多様な人間学的知識を教師の間に普及することによってのみ一般に可能になる。

 われわれは教師に 人間の本性―その教育に従事するのだが―に関する全面的知識を得んがために、できる限りの努力をすることは要求しうるし、又要求しなければならない。

 教育者は、人間を、現実の人間におこるものを―人間のすべての弱点、人間のすべての偉大さ、その日常のあらゆる小さな要求からすべての精神的要求に至るまで―知るように努めねばならない。

 残念ながら現実には、このような観点から、人間についての人間学を学びながら、教育について学ぶようにはなってはいません。

追記: 『教育的人間学』新訳版 ウシンスキー 柴田義松訳                    2010年1月 2800円+税   学文社

 

 

2011年6月21日 (火)

日本の子供にみられる身体の異変 正木健雄氏の話から

このテーマのサブタイトルは「学級崩壊」子供の「新しい荒れ」はなぜ起こるのか?というものです。今から11年ほど前の1999年10月1日にその当時は、日本体育大学大学院教授(現在は名誉教授)の正木健雄氏に、人間学研究所の第4回実用的人間学部会でお話ししていただいた内容の要約です。人間学ニュース(HUMANOLOGY)に掲載されました。10年以上前のお話ですが、現在正木氏が指摘された状態は進みこそすれあまり改善されていないように思えます。そこで改めてご紹介します。

 当時は多数のスライドにもとづいてお話ししていただきました。

 1974年ころから、子供の体がおかしいと言われ始めた。視力の低下は有機リン系の殺虫剤とテレビからの電磁波、さらに、86年ころからのTVゲームによると言われている。不登校の増加と視力の低下は比例します。さらに転んでも手をつけず歯を折る、子供の時からの肩こり、アレルギーの増加、自律神経失調、姿勢不良、虫歯や歯並びの悪さなどが起きており、それは1995年ころから特に悪くなっている。

 アレルギーは1991年には30%だったものが97年には、50%の子供に出ている。黄色4号などの食品添加物が、アトピー性皮膚炎の、大きな原因になっている。この事態に、厚生省は懸命に対策を立てているが、文部科学省は対策を立てていない。

 男子の肥満傾向と女子の痩せも共に増加して、両極化している。体格は、よくなっているが体力は落ちている。運動能力では、特に背筋力が落ちている。このままでは、子育てや介護ができなくなってしまう。体力維持には、体育の授業は大切であるが105時間から90時間に減らされようとしている。

 今、自律神経失調を訴える子供は、70から80%に及んでいる。特に体温調節の力が落ちていることが著しい。朝起きた時には35,5度、給食の時には37,4度になる。一日にこれだけ変わってしまうのはまるで変温動物のようである。体温調節能力は、生まれてから、2~3週間の間に、寒さを体験することによって生ずるが、病院で常に25度に保たれていると、体温調節能力が発達しない。

 体温が低く、交感神経が十分に働いていないと、ぼんやりして、学校へ行こうという気分になれない。また昼間の運動量が少ないと、なかなか寝付かれない。それで、朝から頭がさえている子は10%しかいないということになってしまう。パブロフが、4つの神経系のタイプに分類した場合、興奮も抑制も弱い子供が増えている。ギャングエイジに思い切り外で遊んで、興奮を強めたり、それを抑えたりすることを経験できなかったことによる。

 この状態では、抑えのきかない子は先生の授業を5分しか聞けないことになる。そういう子がクラスに半分もいれば授業が成り立たないわけである。また、女の子はおませだが、男の子は体力はあっても子供っぽく抑えの利かない傾向がある。環境ホルモンの影響があるのかもしれない。

 朝1時間目に、体育の授業をすると、授業が成り立つようである。また宇都宮の幼稚園では、朝、先生も混ざってじゃれあったり、取っ組み合いをして遊んで良い成果を上げている。哺乳動物は皆でじゃれあって、遊んで成長する。今子供たちに一番欠けていることである。

 今病気とまではいかないが、何かおかしいという子供が80%もいる。現状はほおっておいて自然に育つという状態ではない。身体の全面発達のために、大人は守りはたらきかけてやることが大切である。

 最後に学校の荒れの問題を、単に教育問題にだけ限定してとりくむのではなく、総合的多面的に取り組む必要を感じました。と書いてあります。

 現在はどうなのでしょうか、若干体力は改善したという新聞記事はみたように感じます。基本的な問題はますます厳しいようにも感じます。さらには福島原発事故により、子供たちがばらばらに避難し、放射能により校庭や公園で遊べないという事態も生じています。少子化はますますひどくなっています。これこそ政治の力で何とかしなければいけないと思います。

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