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占いと神秘主義批判

2017年2月 9日 (木)

ホンマでっか?、血液型で人生は変わるのか,他、ひどくいいかげん フジテレビ

血液型性格判断について
 血液型性格判断が、いかに非科学的かについては、すでに「こういちの人間学ブログ」に3回ほど書きました。
「『実用的人間学』と統計学。血液型人間学のうそも」
 2011年5月
つながります
「血液型による差別、ブラハラとは、追加 松本復興相B型発言」
 2010年10月23日
 つながります
「血液型人間学について」
 2009年7月26日 「こういちの人間学ブログ」を書き始めたのが2009年7月22日なので,いかに筆者自身の関心が高いテーマかわかります。
◎興味のある方は是非お読みください。
「ホンマでっか!?TV」
この番組は毎週水曜日にフジテレビで夜9時から放送されるバラエティ番組です。
2017年2月8日(水)は「血液型で人生は変わるのか」という番組でした。番組の内容は大体予想できましたが、テレビを見ながらビデオに撮っておき、9日の日に改めてメモを取りました。
出場した芸能人           血液型
明石家さんま              B
梅沢富美男               B
マツコ・デラックス           A
小杉竜一 ブラック・マヨネーズ   O
吉田 敬    同上          A
篠原ともえ               AB
島崎和歌子               O
参加した評論家など
池田清彦    生物学評論家 早稲田大学
植木理恵    心理評論家 順天堂東京江東高齢者医療センター
門倉貴志    経済評論家
堀井亜生    法律評論家
亀井眞樹    統合医療評論家 代々木公園診療所 
牛窪 恵    マーケティング評論家
澤口俊之    脳科学評論家 人間性脳科学研究所
エリカ・アンギャル 予防医学研究家
渡辺広明    流通評論家
◎あまり知らない人ばかりです。ここで怪しげな言説を振りまく人は、まともな学者は少ないです。◎印はブログ筆者のコメントです。
1,血液型について
中日新聞の記事ではB型の人が100歳以上生きられる可能性が一番高いそうです。(後述)
亀井氏によれば、100歳以上の300人に行った調査で、30%をB 型がしめ、割合が多かった。-B型の人は長生きである、と言いたい。
◎もともとB 型が22%をしめます。30%でB型で最も生きられる可能性が一番高いと結論を出すのは、誤りです。だいたいサンプル数が300というのは少なすぎです。1万人ぐらいを調べて22%を占めるB型が100歳以上で50%を占めるというデータがあれば、B 型が100歳まで生きられると言っていいでしょう。
病気と血液型
 肝臓がんになりやすい順は、B,AB,A,Oである
 特にすい臓がんに一番なりやすいのはー
◎何型かまたビデオ見るのも馬鹿らしい。統計学の基本にのっとっていないものがほとんどである。
植木氏によれば、A  型の人がピロリ菌の感染者が多いことなどから、病気のなりやすさと血液型の曖昧な統計から考えたものだという、
エリカ・アンギャル氏は血液型によりダイエットの相性があるという。
海外では自分の血液型を知らない人が多い。
最近のアメリカの大統領にはブッシュ氏やオバマ氏などで、AB型が多い。
門倉氏は日本の首相は東条~安倍首相まで、36人中18人がO 型である。(だからOは指導力があると。これは能美氏が強調した)それにたいし、さんまは世襲でO型が多いのではと話した。
◎O 型は統率力がある、という説の根拠として使われた。さんまのいう、世襲でO型が多いというのも当たらない。世襲は直接の子は首相でいないし、OからO が生まれるわけでもない。最近の首相は、福田A,、麻生A,鳩山O,菅、O,野田B,安倍Bであり、適度にばらけている。区切り方で変わってきてしまう。血液型人間学を言う人は、ちょうど自分の説にいいような区切り方をする。
 またアメリカではAB型の人が大統領に多くなっている、というのはOが指導力があるというのと矛盾する。
 血液型性格判断を言うのは日本とそれに影響を受けた韓国、中国ぐらいです。日本は適度にばらけているが、どちらかに偏っていれば成り立たない。欧米では血液型より、民族の違いで性格が変わるということに関心を持ちます。
.溝口氏はO型の脳が大きく、特に小脳が大きく、記憶力がよく、認知症になりにくいという。
◎ 脳が大きいというだけで頭が良いとは言えない。ネアンデルタール人は現生人より脳容積大きかった。脳が小さくとも優秀な人はたくさんいる。これは知能に関しては大脳が関係するかどうかであるとよく言われるが、小脳が大きいと記憶力が良いとは聞いたことがありません。小脳はバランスをとるなど運動機能に関係します。O型が小脳が大きいとはイギリスのシェフィールド大で言い出したらしい。
植木氏 心理テストをして実は誰にでも当てはまることで、「フリーサイズラベリング・インプリンティング」という。
◎穏やかだけれど、時に情熱的になる、活発だけど時におとなしくなるなどの表現をすれば、みんなあたりとなってしまう。
 バーナム効果というのがあって、多くの人に当てはまることを言われると勝手に当たったと思い、のめりこむ傾向がある。
 評論家氏の言うことは、正しいことと、誤ったものが、混在している。批判的にものを見ない人は、すべてを丸飲みしてしまう。
牛窪氏、合コンで一番もてるのはO 型の男性で、一番人気がないのがAB型。AB型どうしなら好感度高い。
◎まったく、根拠がないですね。しかし血液型人間学ブームでの暗示を受けた人は、そのようにふるまう傾向がある。
エリカ・アンギャル氏によるとA型とB 型の夫婦の離婚率が高い。さんまもB型で元の奥さん、大竹しのぶもA型である。マツコが大竹しのぶがA型とは思わなかったといった。A型は真面目で、おとなしいというのが常識みたいになっているところからなのでしょう。
◎血液型性格診断で、比較的少数のB型とAB型は悪いというイメージを振りまいている。この考えは世の中に害毒をまき散らしている。AやOの人(多数派)が少数派をからかう風潮を作っている。学校の先生をしている人でも、平気で何々型は何とかよねとか言っている。
興味本位で、このような番組を流し続けるのは困ったものである。
エリカ・アンギャル氏はオーストラリア出身の栄養コンサルタントらしいです。『美女の血液型BOOK』主婦の生活社などの本があり、ダイエット法の本などを書いています。予防医学研究家などと、学者のような肩書ですね。
エリカ・アンギャル氏による血液型の歴史
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O型 狩猟民族、A型、農耕民族、B型遊牧民族、AB、1000年前誕生だそうです。
これは能見父子が言っていたことと同じです。
◎最近言われ始めた説のようですが、AB型が突然1000年前に現れたというのはおかしいです。ABO型血液型分類でははじめからAB型もいたはずです。
後で調べましたら、寄生虫博士で有名な藤田紘一郎氏の、2008年9月に日東書院で発売された『血液型の暗号』が元のようです。藤田氏については尊敬していましたのに、こんな”トンデモ本”を出してがっかりです。まったく間違っています。
日本人はいろいろな人々の吹き溜まりで適度に4つの型が存在するために成り立ちますが、南米のインディオのようにOが100%では性格分類は成り立ちません。インディオはみんなO型の性格なのですか、そんなことはないでしょう。
A型の人はA型の抗体を持つ、B型はB型の抗体を持つ、抗体を持たない人はゼロでO型としました。AB型はA,B両方の抗体を持つ人です。それだけのことです。
日本人の比率・A 38%、B 22%、 O 31% 、AB 9%
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◎あまりにも短絡的に決め込んでいます。
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池田氏。ペルー、ブラジルのインディオは100%、O型である。北米のインディアンも90%。O型。
◎だから、血液型性格判断なんて意味がないとは言わないのですね。
これは、血液型で性格などを分類するのは、困難である根拠として使ってきた。100%、O型であるなら、南米のインディオはみんな同じような性格であろうか。そんなことはあるまい。
池田清彦氏は1947年生まれ、東京教育大学動物学専攻卒ですから、筆者の4つほど年下の後輩になります。山梨大、早稲田大の教授などをしています。構造主義を生物学に導入しているのだそうですが。
 
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◎前に書いたようにO型の脳というより小脳です。それで、どうしました?頭がいいというのですか?
頭の良さと関連しうる大脳が、たとえ大きくともそれで頭がいいという結論にはならない。
焼き鳥の食べ方について
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2、あなたはどっち派?
1、焼き鳥を食べるときそのままか、串から外すか
 串から外す         2人
そのまま           5人   さんま
2、取り返しのない寝坊をしたとき、どっちが得か
 一分でも早くいく      4人
一服して考えてから行く  3人   さんま 
◎どうでもいいことを面白おかしく取り上げている。
それにしても、民放のバラエティ番組はあまりにもくだらなさすぎます。
さんまは、ほんとにバラエティのから騒ぎに向いた人ですね。
追記 2017年2月14日「 血液型と性格は無関係」
 九州大学(論文は京都文教大学の名前で提出)の社会心理学者、縄田健悟氏は2014年、日本人とアメリカ人の血液型と性格について、10000以上の標本を集め分析した。
(参考までに、アメリカ人は、O型45%、A 型40%、B型10%、AB型5%、である。)
 その結果、68項目中65項目は関係なく、3項目も偶然だろうと結論付けられた。
 そして、「血液型と性格は無関係である、ということが証明された」
その詳しい内容は「心理学研究雑誌」2014、 85巻の2をご覧ください。
「心理学雑誌」に掲載された論文は、縄田健悟 で検索しても、出てきます。
 
 
 

2016年6月22日 (水)

おみくじについて、集めてみませんか、浅草寺は凶が3割-でも心配ご無用

おみくじ、について、浅草寺は「凶」が3割

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 2016年の日経新聞の朝刊、「首都圏丸かじり」-「なんでも調査団」という記事で、おみくじについての記事が載っていました。筆者は2002年からおみくじの収集をしていて、2007年1月の人間学研究所、実用的人間学部会、第2期1月でも「おみくじについて」というテーマでお話をしました。文章はわずか4ページで、A3,6枚はいろいろなおみくじの例20種類ほどををコピーして、みていただきました。その後おみくじの収集は続き先日の2016年6月の本土寺でもおみくじを引いてもらいましたが(自分ではひけず家内にひてもらいました)おみくじの総数は70ほどになります。おみくじは100の中から選ぶのですがずいぶんと偏りがあります。前半の数字が多いのです。それから同じ数字のおみくじが3つ出てくるかと思うと0が非常に多くもなります。その状況は資料を開けてみてください。

 おみくじは、科学的根拠のない一部の占いと違い一種の伝統的な文化と思います。おみくじは占いではありません、といっているところもあります。

おみくじ、いままでの内訳

 おみくじを本格的に収集し始めたのは2002年(平成14年)田沢湖神社で第1番大吉を引いてからです。それ以後、お寺や神社に行ったときは必ず、おみくじをひきました。今は70ほどになっています。2007年1月に人間学研究所の実用的人間学部会の例会でお話した後もつづいています。病気をしてからは収集のペースはぐっと落ち込んでいますが今も続けています。

[いままでのおみくじ一覧」

「omikuji_seiri.xlsx」をダウンロード

1番は大吉ですが、他は同じ番号でも籤により違った内容になっています。

内訳

 大吉20、吉13、、中吉6、小吉、5、半吉2、末吉、2、凶3

 道教系ー上上2、中中1、中平1、下下1(台北 龍山寺、横浜中華街、関帝廟、媽祖廟)

日経新聞の記事、浅草寺の[凶]・・実は3割も

 おみくじ、誠実に過ごせば吉に好転

 都内有数の観光名所、浅草寺(東京都台東区)にはこんな噂がある。浅草寺のおみくじには凶が多い。凶は誰だって引きたくないもの、噂は本当だろうか、真相を探った。

まず、都内の観光地情報に詳しいはとバス(東京・大田)に聞いた。担当者は「確かに噂を聞きますが」と前置きしたうえで、バスガイドの説明マニュアルにはないという。ただ浅草寺を回るツアーで「バスガイドによっては体験談として『凶を引いた方が多いようです』と乗客に紹介することはあります」と打ち明ける。

 浅草寺に単刀直入に聞いてみた。「おみくじには凶が多い、とよく言われますが、古来のおみくじそのままです」と寺側は説明する。100本のうち『大吉17本、吉35本、半吉5本、小吉4本、末小吉6本、凶30本」つまり、凶の出る確率は3割、意外に高い確率だった。

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 上の写真。2010年4月6日に引いた浅草寺のおみくじです。 読みにくくて申し訳ありません。

 表は漢詩です。望用何愁晩 求名漸得寧 雲梯終有望 帰路入蓬(いる)

 こちらは裏面です。第85番大吉です。解説が書いてあります。真ん中は英文になっています。多い外国人観光客に喜ばれます。一番下に「浅草寺観音籤」の由来と心得が載っています。大吉が出たからといって 、油断したり、高慢な態度をとれば、凶に転じることもあります。凶が出た人も畏れることなく、辛抱強さをもって人に誠実に過ごすことで吉に転じます。と書いてあります。

◎ちなみに奈良の法隆寺も大吉17本、吉34本、小吉4本、半吉6本、末小吉3本、末吉5本、凶31本です。筆者の)引いたおみくじで約70本中、凶は3本で鶴岡八幡宮、厳島神社、浅草寺の3本です。他の寺や神社では凶は少ないか入れていないようです

 では、他の寺や神社のおみくじと比べると浅草寺のおみくじは凶が多いのか。「信仰にかかわることなので…」。関係者の口は一様に重い。匿名を条件に話してくれた都内のある寺は「最近は凶を減らすところが多い。入れないところもあります」と明かす。

 神棚や神具を販売する、みす平総卸店(東京・台東)は小売店や飲食店などに販売するおみくじに凶入れていないという。確かに凶を引けば「縁起が悪い」と客足は遠のきそうだ。

 凶は喜ばれないため本数を減らしているおみくじが多く、昔ながらの配分をきちんと守る浅草寺で凶が出やすいと噂が広まったようだ。

 ◎おみくじはそもそも中国由来で日本では平安時代までさかのぼるとされる。比叡山延暦寺の18代目の天台座主良源(元三大師)が多くの人を導くために、願う事柄の吉凶を占う、おみくじを広く普及させたとの説が有力だ。

 「元三大師百籤」あるいは「観音みくじ」として流行する。

 江戸時代には庶民のあいだにも広がり、神社、仏閣に置かれるようになる。

浅草寺をおとづれる人は急増する外国人観光客も含めて年間約3000万人、その中でおみくじを引くのは約300万人にのぼる。浅草寺は「凶が出た人もおそれることなく、辛抱強さをもって誠実に過ごすことで、吉に転じます」と説明する。凶を引いたからといって落ち込む必要はなさそうだ。

もっと知りたい

おみくじを作る会社は、全国で数社あるといわれている。あるメーカーによると、おみくじの紙を折りたたむのは手作業で手間がかかるため、新規参入はほとんどない。

おみくじの表記は決まった形式はなく、和歌や漢詩、花ことばもある。例えば明治神宮(東京・渋谷は)吉凶を示さず、明治天皇と昭憲皇太后の和歌を選び、解説文をつけている。最近は外国人観光客向けに英語表記のおみくじもある。

おみくじについて、ブログ筆者の追加のお話し

1,おみくじの歴史

 くじ、に御が2つついておみくじ。神意、天意を占う方法

 古いものでは日本書紀に出てくる。有間の皇子が謀反がうまくいくか籤で占ったというのが最も古い。

 1242年、鶴岡八幡宮で天皇を決めるのにくじを引き後嵯峨天皇が即位する。

 室町幕府の6代将軍は4人の息子の中から石清水八幡宮でくじによって、足利義教をえらんだ。

 昔はくじは自分で作った。

 後漢初期の赤眉軍のおした皇帝、劉盆子もくじで選んだ

 明智光秀は本能寺の変の前おみくじを引いて占った。凶が出たが何度も引き直す

 明治天皇はくじで、明治の元号をえらんだ

 中国から室町初期に「天竺霊籤」が入ってきた。

 日本では天台宗、良源(元三大師)が始めた。「元三大師百籤」

2、ひき方

1、木や竹筒で、ゆすって、1本棒が出てくる。番号により巫女さんなどが籤を出してくれる

2、箱の中の籤から自分で1枚抜き出す

3、自動販売機式に出てくる、人形や鳥が持ってくるなども、

道教寺院のおみくじはくじを引いた後、三日月形の板を投げ、違う色なら可、違う色なら生きなおし、籤は自分で取り出す。横浜中華街、関帝廟、媽祖廟、台湾の龍山寺などでやってみました。上上から下下までのランク。

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左が横浜関帝廟のおみくじ、右が台湾、台北の龍山寺のおみくじ。関帝廟のおみくじは表が中国語、裏が日本語で書いてあります。

3、おみくじに対する態度

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2002年以後のおみくじはこのようにして、すべて保存しています。本当にいろいろなおみくじがあります。皆さんも年月日を入れておくと良い旅の記念になりますので、保管してみてはいかがでしょう。

 奈良の二月堂のおみくじには おみくじは持ち帰り保存してください。不要ならば堂の裏へ、あとで祈念して焼きます。どこかに結ぶのは念願が達成しません。結んでいいところ以外にむやみに結ばないと書いてあります。

 おみくじのただ吉か凶などだけで一喜一憂せず中の教えを参考にする。ちょっと古い教えかな、と思うのは仕方ありません。

 凶だからとやたらと次を引かないこと、通常は2週間必要だといいます。

 凶といってもいちがいに運勢が悪くなるわけでない、きをつけることは個々に違う

 項目によりいいこと、悪いこといろいろ、大吉でも具体的な項目では、気をつけねばならないものがある。有頂天になり油断すれば陽極まれば陰に転ず。

 暗示作用がある。良いと思って積極的に努力すれば良くなる。

 結局良くするも悪くするもその人次第です。

4、全国のおみくじの7割を作っている会社がある。その他

 山口県周南市の(有)女子道社おみくじで100年。社長は神主の宮本清胤氏、専務は宮本公胤氏。ハワイなど含め5000か所に配られている

 単なる紙1枚でなく、いろいろなおみくじが作られている。

 開運招福お守り入り 小さい達磨。亀、大黒天などが入っているもの、扇型のもの。きれいな石が入っているものなど多彩。

 いろいろな石が入っているものなど、本当に多彩です

 飲食店などにおいてあるものもある。

 インターネットでは驚く程いろいろな占いや籤がたくさんある。

 若い女性は特に占いが好き

参考資料

 「江戸の占い」 大野出 河出書房新社

 「占いの謎」 板橋作美 文春新書

 「占」 日本の名随筆 木山捷平 作品社

 

 

 

2015年1月29日 (木)

再び、フジテレビで「映っちゃった映像GP-」怪奇映像の放送始まる アクセス増える

 2015年1月27日午後7時から9時までの2時間、フジテレビで、「映ちゃった映像グランプリ、心霊、UFO,妖怪、妖精、ドラゴン、人魚」という番組がありました.いかにもくだらないので、番組をはじめ見ていませんでした。パソコンブログで「こういちの人間学」のアクセス数を見ていたら、急にアクセスが多くなったので調べたら、過去に書いたブログのアクセスが多いとわかったので、番組途中から、みてみることにしました。

参考までに 27日と28日のアクセス合計は

「怪奇現象の謎、魔女裁判、モアイ、NHK幻解超常ファイル」 234件

「TBS世界の怖い夜」 71件   その他 43件

29日にも量は減りましたが続いています。

この番組では、次々に「トンデモ画像」を出してくるのですが。とても紹介しきれません。

2015年生放送中にUFO

UFO関係のほんの一部だけを紹介します。画像がはっきりせずに、また、横向きで申し訳ありません。

 2015年の花火の生放送中にUFOが現れたという画像です。UFOだそうです。○で囲ったところにUFOが写っているそうですが。例のごとく小さくびっくりしている顔の画像も載せています。

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何かわからないものが動いたものがUFOとされます。

ともかくアメリカ人は異常にUFOが好きで、また信じて居る人も多いようです。日本人はあまり騒がないようです。

宇宙人の子供を妊娠した

次は画面に出ているとおり。わたしは宇宙人の子供を妊娠したという話です。宇宙人にさらわれ、宇宙船の中で妊娠させられ、その後また宇宙船で子供は取り上げられたというのです。予想図と本人のおばあちゃんの話を入れて居ます。

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日本ではあまり、こういうことを言う人はあまりいませんね。



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 いつも、こういう番組には、芸能人をたくさん呼んで、いちいち驚かせるわけですが、当然、これは何でもひどいやらせだ、などうという人はいません。一つ一つの画面にわーとか言う驚きの声を上げさせるのも、いつものことです。又こういう怪奇現象とやらの専門家を呼んで、もっともらしく,解説させます。

一番くだらないのがグランプリ!?

 最後に一番衝撃的な画像だとされ、映像グランプリとなっているものは、宇宙から巨大隕石が落ちてきて、その中から宇宙人が飛び出して人を襲うというのです。まだ落ちたばかりの隕石で、一部が赤くなって居ます。宇宙人が中に入れるぐらいですからかなりの大きさの隕石です。こんな大きな隕石が落ちて、周りがなんともないのです。普通、大きな隕石が落ちると、その衝撃はすさまじく、木はなぎ倒されおおきなくぼ地ができるのですが、なんともなっていなくて、ただ、普通に置いた状態になって居ます。そして高温になっているはずの隕石から人間ほどの大きさの宇宙人がとび出してきて、人間を襲うのです。もっともらしく、それを撮影した奥さんはカメラを地面に置き、横にしたままにします。そうするとすこししか映らなくなります。あまりにもでたらめなものが、グランプリとはおふざけがすぎます。

参考に「こういちの人間学ブログ」の右上にバックナンバーというところがあります。そこをクリックすると、年月が出てきて、左下にカテゴリーというのがあります。その中の「占いと神秘主義批判」という中に、「NHK幻解超常ファイル」シリーズが6つほどや、民放の怪奇現象シリーズとその批判のブログの一覧表が出てきます。NHKの、超常幻解ファイル、シリーズもたくさんのブログを書きましたが、そのうちの一つが早いページに載って居るので、たまたま、アクセスが多くなったわけです。

参考

幻解超常ファイル「私は宇宙人に誘拐された。2014年4月17日

Dailymotion動画 http://www.dailymotion.com/video/x1oya8r

幻解超常ファイル「UFO映像を徹底的に解析」2014年6月21日

◎いろいろ怪奇現象に対して、次々に科学的に解明するというのが、NHKのダークサイドミステリー、幻解超常ファイルで、これもずいぶんといろいろなものが繰り返し放送されています。一方、いろいろな作り物の画像のオンパレードを見せるのが、今回のフジテレビの放送などです。どんなにくだらなくても、需要がある限り放送しつづけるでしょう。

1月29日には、「フジテレビ 映っちゃった映像GP」のアクセスが83、前からのブログのアクセスが50ほどありました。

2014年9月21日 (日)

「幻解超常ファイル」、ツタンカーメンの呪い、黄金財宝と謎怪死

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はじめに

「幻解超常ファイル」はNHKで、継続的に行われてる番組です。私が病気になる前の2013年11月以前は、よくその紹介をしました。今も時間をちじめて放送されています。民放で行われている怪奇現象をあるがごとくに放送しているものにとっては,この放送は痛手でしょう。2014年9月20日(土)の午後10時20分から30分ほど放送された番組を紹介します。「ツタンカーメンの呪い、黄金財宝と謎怪死」という番組です。「ファイル15」だそうです。これは確か前に見た ことがあるのですが、ブログに書いていないようなので改めて簡単に内容を紹介いたします。

番組の紹介

 今から90年前の1922年11月、イギリスのハワード・カーターとスポンサーのカーナボン卿は、未発掘のエジプトの墓を見つけました。これは大発見で大きく報道されました。特にロンドンタイムスは独占取材権を持っていました。しかし発掘の途中で、半年もたたずにカーナボン卿は敗血症で倒れて死亡し、X線技師、またカーナボン卿の弟と次々に死んで行きました。それで、発掘は中止されました。

 2年半後、発掘は再開され、1925年に黄金のマスク、そして、ツタンカーメン王のミイラも見つけ出しました。しかし、関係者が次々に死亡しついに20人を超えました。新聞は大きく書きたて、人々はツタンカーメン王の呪いとして恐れました。

 噂の出所を調べ上げたウインドックは、次のように述べました。それぞれの段階での死者をしらべたのです。その結果、死者はすでに病気を持っていたものや高齢者でした。またあまり関係のないものまでカウントしていました。一番たたられるはずの、ミイラの包帯を外した関係者は最もたたられるはずですが、10人いてだれも死者はいないのです。確かに、ほかの墓には呪いの言葉が書かれている墓もありましたが、ツタンカーメンの墓には呪いの言葉は書いてありませんでした。

 これらの記事の出所は独占取材の権限を持っていた、ロンドンタイムズに対するねたみでした。一つはニューヨークタイムズなど、ほかの新聞社であり、もう一つは外国人に暴かれることに反感を持つ、現地人でした。

 しかし呪いの話はその後も続き、2004年には、匿名の女性から、ツタンカーメンの指輪を持っているが次々に悪いことが起こるので返したい、といってきました。しかし、よく調べるとツタンカーメンと関係がないことが明らかになりました。

○以上のような内容です。物事を冷静にとらえれば,よくないようがわかるというものです。でも、これに似た事柄はたくさんあるのではないでしょうか。

2013年10月25日 (金)

幻解超常ファイル(5)NHK ツチノコ、クリスタル・スカル他 2013,10,24

 2013年10月24日(木)幻解超常ファイル ダークサイド・ミステリーの第5回目の放送がNHKBSプレミアムで放送がありました。この番組は、世の中にいろいろある、超常現象や迷信などを科学的に解明する番組で、今回は5回目になります。今までにこのブログでもその内容を取り上げ、紹介してきました。様々な非科学的な超常現象などを信じ込んでいる人にとってこの番組はいささかしゃくにさわるものでしょうが、筆者にとつてはとてもすばらしい番組です。

1、ツチノコについて

 ツチノコは、日本において、様々な目撃情報があり、かなりの賞金がかけられているにもかかわらず、実際にその存在が確認されていないものです。

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これがツチノコといわれるものです。翌日にはなくなっていたといわれます。

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ツチノコの想像図です。体長は50センチぐらい三角形の頭、太い胴体、短い尻尾、瞼が動く、毒がある、2mも飛び上がるなどなどです。

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ツチノコが、尺取り虫のように這って歩いているという想像図です。

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奈良県五条市の地副寺で保管されている、ツチノコの骨といわれるものです。

昭和62年ころに奈良県下北山村で目撃情報が7件もありました。横向きに歩くとか毛が生えているとか角が出てきたとかいろいろに言われました。特徴がばらばらすぎます。

 それらを詳しく見ると、猫がうずくまっている姿(毛がある)、アオジタトカゲ(日本に輸入されたトカゲが野生化 (三角形の頭、瞼がある、形が似ている 足が小さいので間違えやすい しかし足があるのでちがう)。ヤマナメクジ(角がある) オオサンショウウオ(かたちが似ている)などではないかといわれています。もっとも多いのがヤマカガシという蛇(鎌首を持ち上げて威嚇するなどです。ツチノコの死がいとされるのはヤマカガシのことが多いであろうといわれています。

ツチノコの歴史

 日本の神話時代 古事記によればいざなぎ、いざなみの神の娘でカヤノヒメ(萱ーかや)は草の神様です。別名が野椎(ノズチ)の神といわれ、野の精霊の神様です。ノズチとは昔から稲を脱穀するときなどに使う横ツチが年を経て付喪神(つくもがみ)となったものではないかという説があります。坂を転がってくる。大きくて黒い槌(ツチ)で、見たら毒けにあたられて死ぬなどと言われました。ツチノコはそれらにつながりいずれにしても神や精霊に近い存在と見られていたようです。縄文土器にもツチノコではないかと思われる模様がついているものがあります。ともかくかなり古くからいわれてきたようです。

 昭和38年にこんな蛇をご存知ですかという蛇の絵のついた手配書が配られました。それの元になるのは、昭和34年に山本素石と言う人が、ツチノコについて書き、研究をはじめ、賞金もかけました。ツチノコについては全国にその話があり、その名前の方言だけでバチ蛇とかコロとか全国で50近くもありました。それだけ人々にとってもみじかな存在だったのです。その後昭和40年ころから以後は日本全国が開発され始め、自然がなくなりつつありました。それにつれてツチノコは聖なるものから2億円もの賞金がかけられるような俗化したものに変わっていきました。ツチノコへの関心が高まると下北山村では、ツチノコの村としてイベントが開かれました。岐阜県にはツチノコ資料館も作られました。またツチノコ神社も作られました。このように村おこしのキャラクターにもなってきました。そこで山本素石は昭和48年には「逃げろツチノコ」というように話しを変えるようになりました。もともと昔は山に入るということに対しての恐れからツチノコを時に神として時に妖怪として、とらえていたようです。1970年ころには水木しげるのゲゲゲの鬼太郎などのブームもあり、自然の大切さとそれに結びついた妖怪にも関心が及ぶようになりました。

追記:いろいろなところで賞金をかけているようですが

 岡山県の赤磐市では掲示板にツチノコを生け捕りしたものには、賞金2011万という立て札があるようです。

2、人魚(海中人間)について

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2013年3月 グリーンランド沖で潜水艇が潜っていたときに、人魚というか海中人間が手を広げ写っている写真というのがとられました。それはフィクションドキュメンタリー番組であると断って放送されたのですが、インターネットで画像が拡散する中で本物ものだという人が出てきました。

3、巨大宇宙船?

 モスクワで空に宇宙船のようなものが空に浮かびました。写真を載せていませんが、雲を飛行機が突き抜けるとできる穴あき雲という説とまったくのねつ造写真だという説もあります。

4、巨人伝説と巨人の骨の発掘

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 ギリシャで、体長5メーターの巨人の骨が発掘されたと写真が写されました。しかし他の写真を見ると影が掘っている人と巨人の骨の影が同じでなく、合成されたということがわかります。1993年サハラ砂漠で大型恐竜の骨の発掘現場と巨大な作りものの人骨の合成写真であるとわかりました。しかしインターネットで本当のように発信されました。

5、クリスタル・スカルについて

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 古代のマヤ文明で、水晶で作られた極めて精巧なドクロがあり、クリスタルスカルとよばれ、超古代文明が存在する証拠だといわれてきました。全国に13ある特別なクリスタル・スカルを集めると人類が滅亡から逃れる特別な力をえることができるといわれています。

 シアトルに100個のスカルの前で瞑想すると特別な力をえることができるというグループがあります。インディアナ州のアンナ・ハッジスはヘッジスカルという5,3キロの特別なスカルを持っていて、これは前の所有者がマヤで発見したものだといっていました。神秘主義が好きな人には信奉者が多くいます。

 1970年にヘッジ・スカルの分析の結果古代の技術では作製困難なものであるとしてオーパーツと呼ばれるようになりました。古代に特別な文明があった証拠とされてきました。

 しかしその後スミソニアン博物館でくわししく調べた結果、ダイヤモンドコーティングで削られたものであり、19世紀に作られたものと判明しました。そして、ロンドンのオークションでヘッ・スカルはアンナの父親がヘッジスカルを落札していたこともわかりました。1950年に発見と言っていたのに1943年にオークションで落札されていたということもわかりました。取引記録によれば、19世紀末パリでユージン・ボバンという古物商が本物も作りものも含め古代マヤやインカ文明のものを売っていたということがあきらかになり、その中にクリスタル・スカルもあったということです。昔からドイツの小さな村で昔から宝石などの加工を行っている村があり、、クリスタル・スカルはそこで作られたということが確認されました。

サイコップの   氏は、(後で記入)

 物事を幻想や希望に基づいて判断してはいけない。事実に基づく証拠に基づかなければならない。と言っています。

 ベーコンは言います

 人の知性は、いったんこうだと認めたことによって、これとすべて合致させようとするものを求め続けるものだ。

 (間違ったものでもいったん信じ込んでしまうと、他のものが目に入らなくなり、その信じたものと合うものだけを追い続けるものである。)

追記 :2008年に上映された「インディジョーンズのクリスタルの王国」で、広く世に知られました。

また日本では「神秘の結晶龍 クリスタルスカル」などのゲームで名前をつけられています。

2013年9月23日 (月)

王充の『論衡』について(2)自然現象に対しての科学的見方 『論衡」にはじめて書かれたこと

 このブログは2009年8月18日に書かれたブログです。2009年7月に書かれた王充の『論衡』についてのブログを更新しましたので、こちらも文章をふかして更新いたしました。

またカテゴリーを変更いたしました

自然現象に対しての王充の見かた、その他王充が初めて書いたこと

 後漢の初期というのは、西暦25年の(後)漢の成立したときから、西暦100年ぐらいまでの時代で、日本でいえば、吉野ヶ里の遺跡の遺跡が大きくなるころ、すなわち、弥生時代です。王充はそのころに、自然現象に対して、徹底的に科学的な見方をしていて、現在の私たちが驚かされるのです。

1)雷とはなにか

 雷が羊の群れの中に落ちたという話を聞いて、まだ若いころの王充はその様子を見に行きました。死んだ羊は焼け焦げていました。そこで、王充は雷は、大きな熱のようなものであると判断します。そして、それは溶鉱炉に、急に水をかけると、大きな音と光を出して大爆発が起きるようなものだというのです。すなわち自然現象の一つであると考えたのです。

 当時のひとびと一般には、雷は雷神が引き起こしていると思われていたのですが。王充は、すべてのことを、一度徹底的に疑い、本当はどうなのかを、実際にいろいろと自分で調べて、追及します。

2)日食と月食 

 日食や、月食の原理も知っていました。当時の天文学では、観測を続けた結果、日食は41,42カ月ごとに定期的に起きるということがわかっており、予測することができたのです。そして、当時いわれていたような太陽が月に食われてしまうというようなことではないといいました。

 その後卑弥呼が魏(後漢後)の国と交流して、日食の原理と日を教えてもらったといいます。魏の国との交流がなくなると日食の予言はなされないことになり、倭の王室の権威は低下しました。日食を事前に知っていて予言すれば、当時の人から見てそれは、神様に値するでしょう。

 しかし当時の儒教の考え方では、日食などの天変地異がその時の政治の誤りを天が譴(けん)責するために、起こさせたものだと信じられていました。王充はそれは全く関係がないといいます。善政を施していた三代皇帝の章帝のときに、日食が起きました。多くの人が天が皇帝をけん責しているといいましたが、王充はそれはあやまっていると、皇帝を擁護しました。ただそれらの考え方は、当時の正統的な、儒学の説明と全く違っているということで、王充の考えは、危険な異端思想として、後々まで、攻撃されたのです。

3) 雨が降る原理

 雨についても説明しています。山に霧が上がっていく有様を観察して、雲は霧と同じものであり、水が蒸発して霧や雲をつくりだし、雨が降ってくるといいます。決して天から落ちてくるのではないと。地球上の表面で起きている出来事であるというのです。

4)潮の満ち引きと月の関係

 潮の満ち引きについても、説明しています。杭州にある銭糖江が定期的に逆流するのは、呉王により伍子しょが、殺され、それを怨んで引き起こしたと、当時信じられていました。それに対してそれは、月との関係による単なる潮の満ち引きで起こることで、誤りであると懇切丁寧に説明しています。

5)地球や宇宙の成り立

 地球や太陽系の成り立ちについても、現在の星雲説に近い説明をしています。

6)ガラスとレンズについて、

 王充は世界で初めてこの原理について書物に書きました。ガラスのレンズが太陽の光を集めることも書いています。

7) 太陽の黒点

 太陽の黒点についても書いています。太陽にある黒い点は、カラスが太陽にいるわけではない、といっています。黒点の観測を当時していたということです。

8) 占いや迷信の批判 

 そのほか、王充が初めて『論衡』に書いた事柄というのは大変多いのです。当時の様々な占いや迷信そして干支などについても初めて資料として書かれました。王充は当時の迷信などを徹底的に批判的に検討しています。

9) 本屋について書く

 王充はお金がないので本屋さんで、立ち読みしてそのすべて記憶して勉強した、と書いていますが、世界で初めて本屋について書かれた文章なのです。

科学技術が発展した後漢時代

 この(後漢時代)当時、科学の研究は特に道教の学者や技術者によって大きく発展しました。磁石と、それを活用した羅針盤も発明されました。本格的なの発明も後漢時代です。このような科学技術の発展が、王充のような唯物論的思想のもとになったといえます。そしてその頂点は、張衡による、天文観測機器、渾天儀地震計の発明となります。

★ 『中国の科学と文明』 全8巻(ジョゼフ・ニーダム 1991年 思索社) にこれらのことが詳しく書いてあります。この本の中で、王充のことは最も多くのページを割いています。

王充の『論衡』 (1)をご覧ください

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2013/09/post.7b4a.html

 

王充の『論衡』について(1) 『論衡』の本、幽霊は存在するか

このブログは2009年7月、このブログを書き始めたばかりに書かれました。2013年9月一部書き加えて、更新いたしました。

王充について

 王充は戦国時代の斉の国の王である、田氏が秦によって滅ぼされたとき、名前を王氏と改めた王建の子孫です。前漢の武帝のころには王賀が朝廷の高官となり、一方には新を建国した王莽へと続きます。一方もう一人の王賀の子孫である王充の祖父の王勇のころには功を建て領地を与えられました。しかし王莽の没落とともに、王充の祖先も没落し一族は小商人となって会稽郡の上虞に逃れました。

 王充は極めて優秀な子供であった。洛陽の都の大学に行くが、古臭い学風になじめず独立して私塾を開いた。その後上虞に帰り役人になる。その後学業が進み王充は友人の謝夷吾の推薦で皇帝に会うことになったが、第五倫や謝夷吾などの失脚により実現しなくなった。王充破家の門を閉ざし、世の中の矛盾やおかしいことをすべて。批判した書物である『論衡』を書いたのです。

王充の『論衡』について

 筆者が今書いている、小説『人、相食む』を書こうとしたきっかけは、1999年のノストラダムスの大騒ぎと、オウム事件などがあって神秘思想がおおはやりしたとき、今から2000年前の、日本ではまだ卑弥呼の世界より200年も前に、後漢の唯物論哲学者、王充が極めて合理的、科学的な考え方をしていたことにとても驚いたからです。王充『論衡』はあらゆるものを、あらためて、正しいかどうか検討しなおした書物です。

 ジョゼフ・ニーダムの大著『中国の科学と文明』全8巻 1954年(1991年5月の新刊)という本の中でも、王充についての事柄が一冊の本になるぐらい紹介されています。

『論衡』関連の書物について

 『論衡』については、いくつか訳書がありますが、もっとも重要なものは『論衡』上、中、下
新釈漢文大系68 山田勝美訳、1976年9月で、漢文の原文から通釈まで詳しく書かれています。各部660ページで、価格5600円(当時)という膨大な書物です。そのほかには『論衡のはなし』(部分訳)若松信爾 2001年や平凡社版、中国の古典シリーズ3、漢書、後漢書、三国志列伝選』 本田 済編訳 1973年の中に『第五倫伝』が入っています。これは王充とは直接関係ありませんが、『人相食む』という小説の元にしました。また王充の研究家として著名な大久保隆郎氏の『王充思想の諸相』は、すでに書かれていた、福島大学の紀要をまとめた対策です。2010年1月29日、汲古書院発行で税抜き12000円です。筆者はこの本が出版される前の「福島大学教育学部論集」を国立国会図書館に何回も訪問してすべて、コピーをとってきました。大久保隆郎先生とは、何度か手紙のやり取りをさせていただきました。また、古書店で中華民国12年に国民政府時代の上海で発行された『王充論衡』掃葉山房発行で、すべて漢文で書かれた『論衡』も手に入れました。また『王充年譜』鐘肇鳳983年、斉魯書房なども手に入れました。そのほかにも『後漢書』の中国語版そして後日出された邦訳版、その他、『後漢政治史の研究』狩野直禎1993年京都同胞社などさまざまな後漢時代に関する書物を買いあさりました。

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 それらを元にして筆者は「王充年譜」というものを作りました。前漢時代から始まり、王充の生きていた後漢初期、そして三国の時代まで、様々な資料をそこに書き加えていきました。結果的にそれは「王充年譜」を超えた長い期間のものになりました。これははじめ、王充に関する小説を書こうとし、その後むしろ後漢初期の名宰相である第五倫と王充、謝夷吾、光武帝からの後漢の皇帝4代を中心とした。『人相食む』という小説になっていくための資料となりました。

『論衡』では、鬼神(日本の幽霊のようなもの)をどう見るか

 『論衡』の中で、特に面白いなと思ったことをご紹介します。人間が死んだあと、どうなるかということです。当時の中国の人たちは、人は死ぬと、鬼神となり、われわれのそばにいると考えました。それで、鬼神にお供え物をしたりします。鬼神とは日本でも鬼とは違い、幽霊に近い存在です。

 そこで、王充は言います。「今までに死んだ人の数は今いる人の数より、はるかに多いはずである。だからもし、死んだ人がすべて鬼神になっているならば、今の人たちより、そこら周り中にたくさんいるはずである。でも、現実にはどこにも存在する気配がない。鬼神を見たという人がたまにいるが、薄暗い所で、ぼーっとしていて、よくわからないという状態である。実際は幽霊の正体見たり枯れ尾花みたいな、ことが多い」

 それから、「もし、鬼神(幽霊)がいたとしたら、本来人間の体だけが眼の前にあらわれてくるはずである。ところが鬼神を見たという人は、その鬼神がみな服を着てあらわれてくるという。本来、無生物の服が鬼神(人体)と一緒にあらわれてくるのはおかしいことである」

 このように、王充は言うのである。確かに、日本でも、幽霊の絵を見てみると、ゆかたみたいな服を着ている。日本の幽霊は女性が多いけれど、もし、人の前に、ま裸で出てこなければいけないならば、はずかしくて、出てきにくいことだろう。また、幽霊をみたひとも、幽霊の女性が、ま裸で出てきたら、恐いというより、別の気持ちになってしまうかもしれないなと、おかしく感じました。

 王充は、自然現象についても、大変優れた、科学的な見方をしていて驚きですが、おいおいに紹介します。ただ、あまりに先進的であり、儒教の間違いを正したりしたものですからその後異端の危険思想として、無視され続けられました。

『論衡』の再発見

 西暦178年に、王充死後50年がたち、まったく忘れ去られていた王充の『論衡』を、その当時の最高の学者であった蔡邕が、呉(現在の蘇州)に赴任し、そこで『論衡』を発見し、すばらしい本だといって持ち帰りました。蔡邕は人と話すときの虎の巻として使い、珍重しました。急に話しの内容が豊かになったとみなは不思議がり、問いただし『論衡』を使っていると白状しました。魏の曹操は、蔡邕と親友であり、どう見ても『論衡』を読んでいたと思われるのが面白いところです。

 またその後、193年王朗は会稽郡大守となり、『論衡』を発見しました。王朗も急に学が進んで、周りの人がびっくりし、問い詰められ『論衡』を読んでいたと白状しました。王朗は魏の時代には司空から司徒(宰相)となり、優れた学者としても尊敬されました。

王充の『論衡』について(2)をご覧ください

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2013/09/post-ab43.html

2013年9月 6日 (金)

NHK[幻解超常ファイル」なぜ人はだまされる?金縛り、宇宙人に誘拐される

2013年9月5日(木)以前に放送されたシリーズの再放送がありました。これは筆者のブログに書いていなかったので改めてご紹介します。

1、宇宙人に誘拐される

 アメリカには宇宙人に誘拐されたという人が推定で370万人もいます。

1、目が覚めると動けない 2、空を飛んでいる感じ 3,1時間以上の空白がある

4、原因不明の光を見た 5、いつできたかわからぬ傷がある

以上のうち4つが当てはまると、宇宙人に誘拐されたという話しになります。

金縛りの原理

 眠っているときに、目は覚めたが動けない。恐ろしいもの、人影などを見る。このような現象を日本では金縛りといいます。江戸川大学では、このような現象を科学的に研究しています。眠りが浅くなり、五感は活性化しているのに身体の筋肉が動かない現象は、大脳の中の扁桃体(核)のはたらきによるもので、だいたいここは恐ろしいものを見たり感じたりする傾向のあるところです。その恐ろしいものには、それぞれの固有の文化にもとづくもので、日本人では幽霊などを見ますが、アメリカでは宇宙人を見てしまうということです。昔のヨーロッパではこれを夢魔とよびました。それを見ても対外的に存在するものでなく、あくまでもその人の記憶に関連しています。

 筆者の追加の話 同じように、上記と近い現象として、人が仮死状態などの時、川を見たり花園を見たり等々のことがあり、神秘主義者はそれを死後の世界が存在する根拠といいます。そして見る内容はその人が生きていた時(固有の文化とはキリスト教では天国ーパラダイス?であり、日本では三途の川とか)に見たものが変形されて出てきます。ですからいろいろな形になります。しかしそれはあくまでも仮死の状態で見たものであり、死んでから見たものでありえません。死ぬということは生き返らないということを意味しますから。

 ★扁桃体とは、側頭葉の内側の奥にある、アーモンド形をした神経細胞の集まりです。喜ぶ、怒る、悲しむなどの情動反応の処理を行うところです。記憶と関連して、特に恐怖に対して強い反応を起こします。ストレスホルモンの放出なども行います。

 その原理について

 前頭前皮質は様々な記憶がばらばらに存在している 

 それらは前部帯状回というところで、比較検討され、一定の整理された、まとまりのある ものとして意識される

 ところがいわゆる金縛りの状態だったり催眠術などを受けた時などには整理されないもの、(たとえば本で見たものや、映像によるものまでのいわゆるニセの記憶)つじつまの合わないものまで、意識のところまで出てきてしまう

 想像上のもの例えば幽霊や宇宙人などでも極めてリアルに感じてしまう

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菊池聡氏の話し

 ヒトの記憶の不思議について、認知心理学から研究している。

 「宇宙人に誘拐されたかもしれない」というストーリーと偽りの記憶 (フォール メモリー)が作られる

 こういうことが何度かあったりすると本当にあったことだと確信するようになる。脳のしくみの面白さである。

 家内の話し、金縛りはよくおきるとのこと

筆者は金縛りの経験がないのですが、うちの家内は金縛りはよく有るとのことを聞いてびっくりしました。怖い夢のようなものをはっきりと見て一生懸命足を動かそうとしているのに少しも動かないという様な事です。家内はそういう神秘的なものに一切とらわれない人なのですが、そうでなければ、なにがしかの神秘的なものに関連付けるかもしれません。

 宇宙人の誘拐(アブダクション)

 1961年にビル夫妻のUFO(宇宙人)による誘拐事件が有名になりました。1977年には「未知との遭遇」という映画がヒットし宇宙人に対する関心が高まりました。宇宙人やUFOによって誘拐されるということをアブダクションといいます。1987年にアブダクションに関して出された『コミュニオン』という本は200万分も売れたベストセラーになりました。アメリカ人に大きな影響を与えました。

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 マイクという40歳の男性のケースです。彼は不眠症になったり、幻覚を見たり、いわゆる金縛りの状態で、部屋に何かいるというのが分かるが、身体が動かないなどの経験をしていました。彼はアブダクション体験の本『コミュニオン』を読み、この出来事は宇宙人による誘拐事件かもしれないと思うようになりました。そしてそれはだんだん確信になってきました。宇宙人に誘拐されたのだと。このように思うアメリカ人が大変多くなっているのです。

2、妖怪博士 井上円了

 井上円了(1858~1919)は、長岡市の真宗大谷派の寺の息子として生まれました。東大に進み、哲学の重要性を感じました。一方当時いろいろに新聞に報じられるような妖怪に関する事件に興味を持ち調べました。人々からは妖怪博士とよばれました。

 井上円了は「大学で「妖怪学を講義し、本も出版しました。怪奇現象を分類し、人魂は天然ガスや燐などの燃焼によるもの 山男は大きな猿の見誤り、狐の神様といわれたのは下働きの少女が男の声色を使って、狐に成り済ましていたものなどなどと解決して行きました。特に当時はやったこっくりさんは人の無意識のうちの潜在意識による手の動きによるものだと明らかにしました。

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 怪奇現象には1、仮怪 人魂のような自然現象 2、誤怪 ススキを幽霊と間違えるような心理的なもの 3、偽怪 人間が意識的にだましたもの があり、それでも話kらないもの本当の謎は眞怪であるといった。

 井上円了は東洋大学のもととなる学校をつくり、おちあいに哲学堂をつくったことでも有名です。

 マジシャンが実演して見せてくれました。トランプを使ったカードマジックも不思議に見えますが、人間の認知能力の限界や思い込みをうまく利用したものです。

3、ドラキュラや吸血鬼の話し

 ブルガリヤにはフケリー、という魔除けの儀式がある。いろいろな鬼や吸血鬼のお面をかぶって練り歩くお祭りです。その地で発見された墓地で、胸に鉄の杭が撃ち込まれた骸骨が見つかった。その人物は50~60歳の男性の貴族であると思われた。吸血鬼とみられていたのでしょうか。この地では善人は天国に行き、悪人はこの世にとどまると思われていました。魂が残って吸血鬼になってしまうと。

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 ラチュコ・ポポフ博士は1975年に、プロの吸血鬼ハンターに会ったといいます。人々が吸血鬼をまだ信じているということになります。

 ブルガリヤの南部でトルコとの国境地帯のロドビ地域では、悪魔の喉とよばれる死者の国への入口があるといわれています。死者は死者の国からドラクスになってなつかしい家に戻ってくるといわれていました。この世に帰ってきたことを家族に気づいてほしいために、いろいろな諸現象を引き起こしてしまいます。いささか微笑ましいものです。しかしこのドラクスがもとになって吸血鬼ドラキュラのイメージが作られました。

◎ カールセーガンの言葉、

 ー未知の世界、どこかで常識を超える何かが、知られるのを待っている。

 

2013年8月15日 (木)

NHK「幻解超常ファイル」4 巨大獣人、宇宙人ミイラ、魔のトンネルUFO.8/14

 NHKBSプレミアムの「幻解超常ファイルシリーズ」の4回目の放送が2013年8月14日にありました。内容はタイトルにもあるように、1、巨大獣人の衝撃写真、2、検証魔のトンネル怪奇伝説、3、宇宙人のミイラ?4、UFO?などです。

1、巨大獣人の衝撃写真

 世界中で、獣人とか野人といわれるものの存在についていわれています。ヒマラヤでは雪男(イエッティ)であり、北アメリカでは獣人(ビッグフット)などです。これは、北米のロッキー山脈周辺で、先住民族もサスカッチといってその存在がうわさされていたものです。特徴は毛むくじゃらで身長が2~3メートル、足跡が長さ40cm、幅20cmと大きいものが残されているというのです。アメリカでは目撃証言が3800件もあり、懸賞金が1000万ドルもかけられました。

 1967年10月にカルフォルニア州ブラックリーフというところででビッグフットが歩いている映像が撮られました。これはパターソンフィルムといわれます。

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このビデオ映像では、毛むくじゃらな二足歩行するいきものが右のほうへ歩いていき、カメラの気配にきずいて振り向くところもあります。

 この映像に関しては、着ぐるみによるフェイク映像だといわれ、着ぐるみに入ったという人物も現れました。筆者も他の資料で、歩き方が人間そのもので、着ぐるみだと結論付けているものを見ました。

 実際にこの現場を捜索隊が調べに行きました。そして左側の大きな木を目印として調査し、映像の獣人の身長が2,3メートルではなく1,8mから2mであると判明しました。これによりぬいぐるみ説が有力になります。

 しかし「猿の惑星」という映画でメイキャップを担当した特殊メイクのビルマンズは、顔がぬいぐるみとしては小さい、首のところに継ぎ目があらわれないなど着ぐるみとしては大変よくできているといいました。しかし、ほかの部屋で同じ番組を見ていた家内は、「見え見えの着ぐるみじゃん」といっていました。

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この写真は他に撮られたアメリカの獣人?の写真です。超常現象を批判的に研究しているマイケル・シャーマーはいずれにしてもきちんとした標本がない限りは、獣人の存在などは認められないと断言しました。

2、宇宙人のミイラ?

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 宇宙人のミイラかといわれるミイラがあります。このミイラは人間のミイラの可能性が強く、6~8年は成長していた跡があるといわれています。この番組ではこれ一つですが、宇宙人のミイラとか天狗のミイラとか言われるものは、みんな作りものです。

3、ブラジルの発光物体 UFO?

 2013年6月ですから、ごく最近のことですが、白く光る物体の光が上空を通り、多くの人が目撃し、ビデオにも撮られました。しかしその光の正体は無人の小型飛行機であるとわかりました。

4、魔のトンネル伝説

 日本には、幽霊や怪奇現象の起こる「魔のトンネル」といわれるものが60か所あるそうです。東京西部のFトンネル殺人事件の被害者の少女が白服を来た幽霊となって現れる。群馬県のSトンネル、古戦場にあり、落ち武者の幽霊が出る。墓地の下を通るトンネルで老婆の幽霊がが追いかけてくるなどです。

 神奈川県のあるトンネルは60年以上も語られ続けている幽霊の都市伝説があります。昭和50年キャシー中島という芸能人の乗った車にフロントガラスに青白い手が写り屋根に何かが落ちて来た、というものです。もしかしたら赤い血がフロントガラスに着いただったかもしれません。このトンネルは前から幽霊が出ると有名でした。有名な芸能人がゆえにその話は広く報道されました。そしてそれはさらに続き、現在では尾ひれがついて、車の上にばらばら死体が降ってきたなどということにまでなっています。

 その話しの大もとには昭和20年に川端康成が書いた「無言」という短編小説があります。このトンネルの前に火葬場があり、女の幽霊が車に乗ってくるというものです。タクシー運転手が後ろの空席にいないはずの女性が座っているのが見えるという話しです。後ろの席のとなりの男性は気づかないと。そして、このトンネルは幽霊が出ると話し継がれました。

 作家の広沢朋信氏はこの現象を次のように説明しています。昭和41年に従来2つのトンネルの間に新しいトンネルができた。古いトンネルを調べてみるとレンガが抜け落ちた跡などが残っている。古いトンネルではいろいろなものが上から落ちてくる可能性は高いのです。また雨の夜などで見通しが利かないと、トンネルの中か、外にいるのかが分からない状態になる。トンネルの中にいると思っていると実は外で、雨風でいろいろなものが車におちてくることがある。しかしトンネルの中にいると思っていれば有るはずの無いものが落ちてくると感じるのであると。

 車の中は自分の部屋、私的空間という意識がある。その自分の空間に攻撃を加えてくるという闇への恐怖があるといいます。こわいこわいと思っていれば、いろいろなものが幽霊に見えてしまうものです。まさに幽霊の正体見たり枯れ尾花(ススキ)なのですが、そういう幽霊を信じて、びくびくしている人にとっては、なんでも幽霊に見えてしまうのです。

 フランスの言語機能中枢を発見した著名な医学者で人類学者である ブローカは

 「もっとも疑われにくいとおもわれるものこそ、もっとも疑わしい」と見なければならないと、(映像など)安易に信じ込まないほうが良いといっています。メモ不十分で少し表現が違うかもしれません。すみません。

このシリーズは第一回目にネッシーなどについての話があり、2,3,4回目についてはは、こういちの人間学ブログに書きました。さらに第五回目も10月に放送があります。よろしかったらぜひご覧ください。

詳しくは下記の NHKの番組紹介をご覧ください。

http://www4.nhk.or.jp/darkside/

 

2013年8月 4日 (日)

8月1日アンビリーバボーの恐怖?心霊写真 こんなの子どもに良くないのでは 久しぶりに銭湯に

孫たち二人がお泊りに来ました。

2013年8月1日(木)、上の息子の孫たち2人が、うちでお泊りすることになりました。小学校5年生と小学校1年生の男の子たちです。孫たち二人は、家内と板目紙を使って、ビー玉ころがしのコースをつくったり、大きなホワイトボードにお絵かきをしたりと、遊んでいました。そのうち、テレビゲームを始め、私のパソコンの中にお気に入りで入っているゲームなどで遊んでいました。下の孫はまだ幼稚園のうちからパソコンでいろいろ開いて遊んでいました。私も2人でやるゲームを一緒にやったりしますが、とてもかないません。

 上の孫は、日本の昔の時代が好きで、お城を見に連れていってもらったりしていたので、たまたま私が、集めているいろいろな貨幣を見せてあげました。寛永通宝とか、天保通宝などに特に興味を持っていて、あ、これは一朱銀だなどというのが分かっていました。それらの中から、寛永通宝や明治から大正の日本の硬貨を50銭銀貨から戦後の50銭真鍮貨、10銭のいろいろ、そしてアメリカ、中国、台湾、韓国などの硬貨もきれいなものをプレゼントしました。孫はとても喜んでいました。

近くの銭湯に久しぶりに行きました

 うちの風呂は、35年前に私が設計したビルに作ったのですが、風呂の設備をつくる東京ガスの店であるにも関わらず、紺屋の白袴ではないですが、のころものの浴槽と、バランスがまで作り、洗い場も一人がやっとの狭さでした。風呂場は自分の設計した中で最大の失敗でした。今でも悔やんでいます。ということで、遊んで汗びっしょりの孫たちを、近くの銭湯に連れていくことになりました。

 歩いて3分ほどの近いところに戦後間もなくからやっている、「万年湯」という銭湯があります。今までここには一度も行ったことはありません。大江戸温泉物語などの大型入浴設備は良く行くのですが、身近な銭湯は何十年ぶりでしょうか。入浴料は大人450円、中人(小学生)は180円で三人合計で810円です。番台でお金を払い、ロッカーの鍵をもらいます。お客さんは年配の方3人ほどです。孫たちは裸になりおおはしゃぎです。

 浴槽はお湯の浴槽が2か所で、中に泡の出る装置がついていました。またサウナは無いのですが小さな水風呂がありました。浴槽に入る前に孫たちの体をざっと洗い、浴槽に入ろうとしましたが、かなり熱めでした。温度計を見たら42度ほどです。上の子はそれでも身体に何回もお湯をかけて浴槽に入りましたが、下の子は熱いといって入りません。浴槽には水を出すカランがなくなっています。下の孫は水風呂のほうに入り、上の子も水風呂に入ったので、お湯を水風呂に入れました。ここの銭湯にはあまり、小さな子は来ないのかもしれません。二人の孫を洗ってから、お風呂場を出ました。

脱衣室のテレビで心霊写真のテレビをやっていました。

 着替えをさせて、シャツとパンツだけになっているところで、脱衣室においてあるテレビで、フジテレビのアンビリバボーの心霊写真の番組をやっていました。ちょうど、立っている人の足の後ろに泥だらけの足が写っている、というのをやっていました。見るからに、泥だらけの足をした人をただ後ろに立たせただけなのですが、相変わらずゲストの女の子などはキャーとか言っています。孫たち二人は、テレビ画面にくぎ付けで、幽霊っているのかなーとか言っています。私は、あれは後ろに人を立たせたやらせだよ、幽霊なんかいないよ、といいましたが。普段そんな番組を見ない孫たちがたまたま銭湯でそういう番組を見たわけです。

 もしそういう足がはっきり写っているなら、それで終わりにしないで後ろはどうなのか、と後ろからとっても幽霊はいるかなどを調べた写真をとるべきですが、お粗末なやらせですから、そんなことはしません。そして霊能者とかにこれはなになにの霊が残っていてとかもっともらしく説明させてています。でも判断力が育っていない小さな子まで、このような番組を見る可能性があるわけで、小さな子供にはよくない影響を与えるのではないでしょうか。ともかく銭湯を出て、途中でアイスクリームを買い、自宅に戻りました。

 早速、自室に戻り番組の続きを見ました。番組はフジテレビの「奇跡体験!アンビリーバボー 絶叫必見、一夜限りの恐怖の祭典」というもので、ビートたけしの司会、剛力彩芽とバナナマン、そして例のごとくいろいろな芸能人という組み合わせです。前にインターネットを開いてみたら、アンビリーバボーで、早くやらないかなという様な事が書かれていました。毎年恒例のようです。

 ちょうど見始めたころには、手が離れてうごいているような写真です。これはNHKの番組で、パノラマ写真機能を使って作ると簡単にできると説明されていたものです。

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 しかし画面には、ごらんのように霊能者とやらが、「成仏できていない先祖の霊が供養してもらえないことに不満を持っている」とでています。霊能者のいい加減さがわかります。

他に写真を加えて説明しようと思いましたが、うまく転記できないので改めて掲載します。

女性の写真の後ろに女性の恐ろしい顔がうつる

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 毛皮のフードの中がたまたまそのように見えているだけ。なんでも顔に見てしまう。

男性の耳の後ろにウインクしている女性の顔

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 暗くて、よくわからない。どうも自分の耳がたまたまそのように見えているだけ

他にもありますがぼっとしてよく写らないようなものばかりです。

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最後に番組の終わりに司会者のところに女性の生首の模型が落ちてくる。などという演出はいかにも、安物のお化け屋敷そのものという感じでした。

★ このブログの下のほうへ下げていただくと、「占いと神秘主義批判」カテゴリーというところがあります。そこには過去のふたつの番組批判と、NHKで放送した、番組がでています。よろしかったらぜひご覧になってください。

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