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小説、絵、映画など 芸術

2022年11月10日 (木)

「国宝 東京国立博物館のすべて」展に行ってきました。帰りに上野精養軒ででランチ

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2022年11月1日〈火〉、東京上野の国立博物館の所有している国宝をすべて展示するという、「国宝 東京国立博物館のすべて」展を見てきました。入場希望者は抽選なのですが、身体障碍者と介助者は入場料2000円が無料でそのまま入れます。あいにくの天気で寒空でしたが待たずにそのまま入れました。入場制限はありましたがガイドの説明をレシーバーで聞いている人が前をふさいでいて、人気のあるものは車いすでは、結構待たなければ見られませんでした。私はNHKのこの展示会のテレビを見ていましたので、何が見どころか説明を受けていました。

テレビでは長谷川等伯の松林図屏風が最初に出てきましたが、どういうわけかここでは出てきませんでした。テレビで詳しく説明していた孔雀明王像は事前に詳しい説明をテレビで見ていたのでよくわかりました。絵の中の線は細かい金箔でそれできれいに絵が輝いているというのがわかりました。地獄草子と平治物語絵巻は素晴らしいものでした。納涼図屏風も親子のくつろぐ姿を良く表していることを事前に説明を受けていました。

最後に展示されていた金剛力士像2体と、見返り美人だけは写真を撮ってよいということでした。

 

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カメラブレしてしまいました。

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上野精養軒で食べたランチです、

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3000円の図録です。とても立派なものです。

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図録の中から 孔雀明王像 平安時代

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国宝の太刀がずらっと並んでいるのは壮観でした。

これは 天下五剣の一つ 

太刀 銘三条(名物 三日月宗近)三条宗近 平安時代10~12世紀

平安時代はだいたい細身だそうな

もっともうつくしい日本刀といわれる

高台院が所持 徳川秀忠に贈られる

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国宝の刀剣19件を1つの部屋にまとめる

11月12日の毎日新聞朝刊 26面に 国宝銘三条のことがのっていました。

 

天下五剣のうちの1つ 銘安綱(名物 童子切安綱)

伯耆安綱 平安時代 源頼光が酒呑童子を斬ったといわれる

足利将軍家に伝来 秀吉、家康が所持

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天下五剣とは、上記の他に

鬼丸  御物

大典太 国宝

数珠丸 重文

を言います

◎人間学研究所と実用的人間学研の本を書くための原稿を書くのに専念していたため、ブログも不十分なものしか書けませんでしたが、ようやく、1段楽して、ブログを書きました。天下の名剣が1どうのもとにそろうのは圧巻でした。

2020年12月12日 (土)

「鬼滅の刃」と戦いにおける刀で戦うロマンについて 他の作品含め、刀についてのいろいろ考えてみました。

今、「鬼滅の刃」が大ブームである。私のような普段マンガ本などあまり買わないものでも、どんなものかと買ってみたりしています。いつも本を買いに行く高田馬場の芳林堂でも各巻がいちばん目立つところに山積みしておいてありました。2020年10月21日に出た、「劇場版鬼滅の刃 無限列車版」700円+税 

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裏のカバーです

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を買いましたが、これはマンガでなく小説でした。

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次に同年12月9日にはシリーズの最終回の23巻「幾星霜をきらめく命」460円+税 が出てからすぐに買いました。すでに23巻までで1億2000万部が売れたそうで、もうけを考えれば、シリーズをもっと長引かせるのでしょうが、すっぱりやめてしまったのはいさぎよいと感じました。

まだ読んでいない方に、簡単に説明しますと、作者は吾峠呼世晴(ごとうげ こよはる)氏で、週刊少年ジャンプに2016年11月に連載を始め2020年5月18日に最終回となりました。2019年から全26話でテレビアニメ化されました。2020年映画化され、すでに今までの映画でのトップである「千と千尋の神隠し」に迫る勢いです。2020年の流行語大賞にも選ばれました。

話は、大正時代で、主人公の竃門(かまど)炭次郎が鬼と化した妹を戻す方法を探すための戦いを描いた和風剣戟奇譚とされています。途中の23巻で1億2000万部が売られています。他の主な登場人物は妹は禰豆子(ねずこ)仲間は、我妻善逸、猪の皮をかぶった嘴平(はしびら)伊之助、などなどです。鬼を破る中心人物は柱と呼ばれ、劇場版では、煉獄杏次郎が炎柱とされています。鬼の首領は太陽以外には殺すことができない鬼舞辻無残です。

吾峠呼世晴氏は福岡県出身、1989年5月5日生まれ、平成元年生まれ、現在31才です。ですから、長い昭和の64年と大正の15年ですから、吾

峠氏が生まれてから80年前で、今から見るとさらに110年ほど前ですから大正はずいぶん昔になります。77歳の私とは約半世紀46年の違いがあります。

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「~という呼吸法の複数の型」と刀で敵を倒す

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鬼滅の刃の感想と 漫画,映画等における刀の高い位置づけ 

劇場版と最終巻の漫画しか読んでいませんが、たくさんの読者ができたのもうなずける面白さです。時代設定が大正時代というところが、ブログ筆者とのギャップを感じました。筆者は昭和18年生まれで両親は大正生まれです。祖父母は明治生まれで感覚として、大正はそんなに昔と思えないのです。

しかし平成生まれの吾峠氏から見れば大正はずいぶん昔ということになります。主人公たちの武器である刀は持ち歩いてはいけないので、かくして持ち歩くことに、なっています。

映画や小説などでは刀はとても重視されます。日本の映画はもちろん、欧米の映画でも黒沢映画の影響からか、よく刀もしくは刀の様なものが出てきます。いち番いい例が「スターウォーズ」におけるライトサーベルです。飛んでくる敵の弾をライトサーベルでわざわざよけるのは無理があると思いましたが、どうでしょうか。

2015年に始まった「刀剣乱舞」でファンになった刀剣好きの女性を刀剣女子といいます。いろいろな歴史上の人物がかっこよい男性に描かれ、歴史上の名刀がいろいろ紹介されます。名刀が展示されると若い女性が列をなします。

古来日本では刀や剣には霊的なものが宿るとされてきました。三種の神器にも勾玉,鏡とともに剣が含まれています。 

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2008年から2016年まで創元社で出された全5巻の「戦闘技術の歴史」で見ますと、いろいろな武器が紹介されています。遠距離の場合は弓、次いで槍が主体となります。刀剣は集団戦の場合は乱戦になったときのみの最後の副次的なものです。そして個人としての剣豪は西洋、東洋ともに中世で終わります。イギリスのヘンリー5世がフランスと戦った際には、圧倒的に数が多い、フランス軍の重装備の甲冑の騎士がイギリス軍の長弓部隊に完膚なきまでに完敗します。またさらに鉄砲の発明で刀剣の役割はさらに後退します。長篠の戦いで圧倒的な信長の鉄砲隊の武田の騎馬軍団に対する勝利が見られます。

セルバンテスの書いた「ドン・キホーテ」は1605年に書かれましたが、主人公は中世の騎士に憧れますが、日本でも1600年に関ヶ原の戦いのあった年です。日本でも戦いの主力は鉄砲であり時に大砲でした。

筆者はグアム島でピストルを射撃場で撃ってみましたが、実に簡単です。私に連発式のピストルを持たしてもらえば、距離のある所で剣の達人にも、勝てるかもしれません。いくら剣豪でもピストルを持った人にかないません。インディー・ジョーンズという映画で、ハリソン・フォードがアラビアと思われるところで型を付けて刀で襲ってきた人をピストル1発で倒す場面が印象に残りました。

しかし幕末の新選組の近藤勇、土方歳三らは実戦的な剣法で大活躍しました。ここでは刀が大活躍しました。また明治維新後でも西南戦争で西郷隆盛軍の切込みに対し、政府軍側の薩摩出身者を中心としたの抜刀隊が田原坂における戦いで大活躍しました。

マンガや映画の世界では刀や剣よりもさらに現実離れをした大活躍をするのが空手や拳法の世界です。はるか昔のケンシロウやラ王の世界や、映画でのブルース・リーや、ジャッキー・チェンのカンフーの世界です。

現実の世界の戦いは核爆弾で人類を何回分も全滅できるほどの状態になっています。

2019年6月 5日 (水)

岩城正夫先生から観音様の木像を頂きました.岩城先生は89歳なのに驚くべきお元気さです。元気で長生きの生き方の見本です。漫画レイリも頂きました。

2019年6月4日、以前に頂いたお手紙で、お住いの相模原から新宿の方へ来ていただきお会いすることになりました。その時に前に頂いたネコの木像、お地蔵様の木像に続いて観音様の木像を頂けるということでした。(6月6日 追記版)

 

ご一緒に昼食を食べた、チャイカの入口です。美味しいロシア料理のお店です。11時半にオープンです。いつも混みますので予約をしておきました。ヴォルガ・コースを予約しておきました。前菜、ボルシチ、つぼ焼き、ビーフ・ストロガノフ、デザートのコースです。ビールのほかに初めて白樺というウオッカを飲んでみました。大変美味しかったです。

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上の写真の続きです。チャイカは人気の店で、11時半のオープン前にはもう行列ができています。

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火おこしの実演をされる岩城正夫先生

 

岩城先生の人相と長命の秘訣

岩城先生の写真を撮らせていただきたいと思いながら、つい撮らせてくださいと、お話しできませんでした。この写真を再び掲載させていただきます。この写真より、より顔色はつやつやとしほとんどしわもなく、知らない人は70代前半といってもそうかと思われる若さです。この画像は前に書いたブログにも載せさせていただきました。

人相を見させていただくと、額が広く知識が広範囲に及んでいることが分かります。眉毛は太目で長命の相です。耳も大きくこれも長命の相です。歯を全部見たわけではありませんが奥歯を直されているようですが、全部そろっているように見受けられます。自分の歯でよく噛めるのは長命の条件です。80・20運動がありますが(80歳で20本自分の歯を残す)。筆者も奥歯が1本だけありませんが、そのかわりしっかりした親知らず歯(第3臼歯)が3本あります。年齢の齢という字は歯へんに令と書きます。歯が命なのです。

岩城先生は、今でも階段を1段づつ開けて歩いているとのことです。前は2段あけもされていたとか、驚異的です。足腰の鍛えは必需です。筆者は残念ながらリハビリで少し杖で歩くだけです。

お酒はビールや日本酒を適量召し上がる、これも長命には良いのです。お会いした当日もビールと、最後に「白樺」という「ウオッカ」をこれは美味しいと召し上がりました。

ただ、長生きしてもぼけてきてしまっては(認知症)になると、どうしようもありません。私の母も95歳近くまで生きましたが、認知症でした。いろいろと知的興味を持ち、彫刻などの細かい仕事をしているとぼけることはありません。

岩城先生は80過ぎにギターを弾くことを始めたようです。本に従い毎日少しづつ覚えていく。そして曲数を次第に増やしていく。今では40曲ですか細かい数は忘れましたがひけるそうです。大体1曲500回ひくと完全に身につくそうですが驚きです。

今人生100年時代といわれますが、圧倒的に女性が多いのです。男性は不摂生や、ストレスに弱く、たばこや酒の飲みすぎなどで短命になる傾向があります。岩城先生は100歳どころか、120歳あたりまで、お元気で生きられるように思いますと、お話しました。元気で長生きを目指すための模範となられるのではないでしょうか。

岩城正夫先生から頂いた観音様の木像について

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観音像の全体像です

今回は杉材で彫ったために彫るのが難しかったとおっしゃっていました。

以前に岩城先生から頂いた木像についての「こういちの人間学ブログ」

『岩城正夫先生から「鳴子こけし風ネコの木像」を送っていただきました。セルフメイドの世界について』2012年7月

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2016/post-98e0.html

『岩城先生から「鳴子こけし風お地蔵さん」を送っていただきました』2015年12月

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2015/12/post-992d.html

 

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微笑んでいるようなお姿です・

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こちらも、にこやかなお姿です。

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この横顔は素晴らしいものです。仏師のつくった仏像の横顔に引けを取らない神々しさです。

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今までに頂いた木造とともに、はじめは「鳴子こけし風ネコの木像」、真ん中が「鳴子こけし風お地蔵様の木像」、そして今回はずっと大きい観音像です。彫るのに時間がかかったと思います。本当にありがとうございました。

ネコの木像は耳が少し欠けてしまいました、申し訳ありません。

下の図は岩城先生がお持ちになった彫刻のモデルの仏像です。

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この画像は岩城先生から頂いたモデルの写真です。写真の後ろに

三輪年朗著『円空彫りのすすめ』(日貿出版社)2008年新装版

「右の著書書を参照しながら 彫りましたが、なかなか思うようには彫れませんでした。」と書いていただきました。

円空は鉈で大雑把に彫を進めます。それに比べ、岩城先生の作品は細密に彫っておられます、同じようにはいかないと思います。あくまでも岩城先生の観音様です。

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岩城先生の息子さんの岩明 均氏の漫画(レイリ)を頂きました。

これは息子さんで有名な漫画家、岩明 均氏の原作で、室井大資氏の書いた漫画「レイリ」全6巻で、わざわざお持ちいただいてプレゼントして頂きました。

秋田書店 平成28年11月15日第1巻、2019年5月15日第6巻、第6巻は発行されたばかりです。

第1巻と第6巻の巻末に、原作者岩明 均氏の文章があるということで特に選んでいただいたようです。

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第1巻の表紙

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第6巻の裏表紙。定価650円プラス税です。

「武田崩れ」から「本能寺の変」へ、天才・武田信勝が覇王・織田信長に仕掛ける逆転の奇策!!

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4巻22ページの「新府城」の計画図面。この本の中で唯一の岩明 均氏の書いたものだそうです。このような図面を一つ一つ詳しく掘り下げていくので、膨大な時間がかかるわけです。

(鷺宮高校に行っている孫が漫画部に入っているそうなので、喜びそうです。)

岩明 均氏は有名な漫画家です。ずっと以前、岩城先生の出版された本の挿絵を息子さんに任せて、それが漫画家になられる大きなきっかけになったようです。その挿絵の入った本も筆者は持っています。1985年に漫画家としてデビュー、その後「寄生獣」が大ヒットし漫画賞をとるとともに映画化もされました。アレキサンダー大王の秘書官を主人公とした「ヒストリエ」もおおくの賞を受賞しました。ただ発行が遅くもう11巻が出てもいいところとブログ筆者も待ち焦がれているところです。

人気漫画家はその需要を満たすため、多くのアシスタントを雇い、収入も多いが、いろいろな大変なことも多く、命をちじめてしまう人が多いようです。岩明氏はアシスタントを使わず、マイペースを崩していません。多くの印税などの収入なども、無駄なものを買わず、相模原市の一番の超高層マンションなどを購入されているそうです。ヴィンテージマンションの購入などは、老後の備えとしてはとても賢明なことです。

「レイリ」の第6巻のあとがきには岩明氏が書いておられます。「レイリ」のシナリオを書き始めたのは、確か2001年か2002年、今から17年前のことになる。「日本で1,2ののろさ」とおしかりを受ける遅筆漫画家の私としては、自ら作画する作品「ヒストリエ」を全速力で書き進めていく(ほとんど信じてもらえないが)一方で、少しづつ「レイリ」のシナリオを描き続け、ようやく完成したのが2013年の暮れ、。。。そう12年かかってしまった。ともかく当時のいろいろな資料を読み込んでいくうちに次々と歴史上の事実について問題点が出てしまったようです。それで室井大資氏に作画を頼んだそうです。この本も大変面白く、映画化される価値が十分あります。「ヒストリエ」は日本では映画が作れそうもないですが。

主人公のレイリは女性でありながらものすごく腕がたち、武田信玄の孫武田信勝の影武者になることの物語です。

「お城ジオラマ復元堂」で,第2弾が「高天神城」だそうで、この漫画のテーマにちょうどつながっています。今後何かと話題になっていくと思います。

名門武田家の滅亡の歴史、明智光秀が本能寺の変を起こす理由本能寺の変後、徳川家康と別行動をとった、武田家を裏切った、穴山梅雪の死の原因など、大胆な推測をしています。また一方、最後まで武田家に仕え壮烈な最期を遂げた、土屋正恒の1子、平三郎が徳川家康に認められついには大名になるということで結んでいます。

◎岩城先生はいまはない東京教育大学の先輩であり、人生における生き方の大先輩であります。1985年3月にお会いしてより2019年の現在までもう34年間のお付き合いをさせて頂いております。ブログ筆者の提唱する、実用的人間学においても、生きた素晴らしいお見本として心から尊敬をささげている方です。(初めてお会いした時が、息子さんが漫画家デビューした時なのですね)

 

2018年4月20日 (金)

岩城正夫氏の講演会『人と技術』~器用と不器用~が開催されます。ぜひご参加ください。

人間学研究会、研究所で、大変お世話になった、岩城正夫氏から講演会のご案内をいただきました。岩城氏の講演はただお話だけではなく、いろいろな道具や技術についての実物や実演があり大変素晴らしいのですが、横浜市の鶴見区でのお話と、夜間ということもあり筆者は残念ながら参加できないとご連絡しました。
岩城正夫先生のことは、「こういちの人間学ブログ」でも、今まで何度もご紹介しました。少しでも興味をお持ちでしたら、ぜひ参加いただきたくご案内いたします。面白くてためになるお話です。
参  考
「岩城正夫氏と岩明均氏父子、アメリカ化した教育に対し、日本独自の道 鶴見俊介氏」
   2016年7月15日
―現在、アクセスが急増しているブログです。
「岩城先生から鳴子こけし風ネコ木像をいただきました。 『セルフメイド』の世界について」
      2015年12月
岩城先生 講演会 『人と技術』 ~器用と不器用~、のお知らせ
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岩城先生ご自身による自己紹介文(下記)
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岩城正夫 講演会 『人と技術』 ~器用と不器用~
聞き手:中島章夫(『動作術の会』主催)、白川真理(フルート奏者、『古武術奏法』研究者)
2018年4月30日(月) 19:00~21:00(18:30開場
横浜市鶴見区民文化 C.・サルビア H3階音楽ホール
(JR 鶴見駅東口階段おりて右へ徒歩2分、「シークレン」が目印)
全席自由、大人:3500円、大学生以下:1000円(当日受付にてお支払いください)
お問い合わせ・お申し込み: karadatoongaku@gmail.com 白川真理
「(前略)群洋社の藤原さんから「キャッチフレーズ」が欲しいと言われ「元気の出る本・・数えきれないほどの失敗体験から生まれた考え方・あなたも10回や20回の失敗くらいではめげなくなくなるかも・・・」というフレーズを作った。その内容を一口で言うなら「失敗に慣れる」ことだ。「負け」と「失敗」は全く同じとは言えないが似たようなところがある。人間の考え方は年月を経てもあまり変わらないようだ。
、私は物心ついてから今日まで数えきれないほどの失敗体験を積み重ねそしてついに失敗が苦にならない心境をつかむことができた。これからも私としては自分の気力の続く限り今後の人生を精力的に楽しく生き続けようと思っている。~」
『セルフメイドの世界 私が歩んできた道』岩城正夫著,群羊社「あとがき」
 時折、岩城先生のご自宅にお邪魔して様様なお話を伺うようになってから、もう10年以上になります。小人数だけではもったいないとずっと思っていましたが、今回、中島章夫さんとご一緒に、岩城先生のお話を聞く会を開催できる運びとなりました。きっと「元気の出る講演会」になることでしょう。どうぞご参加ください。(白川真理)
◎白川真理さんに直接メールしてお申し込みください。
(岩城正夫先生ご自身による自己紹介文)
 少年のころから物づくりが好きで,小学4年生のころに古い眼がねレンズで望遠鏡を作ったり5年のころにはブリキ板を切って重ねて銅線をまいたモーターを作ってみたり、鉛を溶かして粘土の形に流してにベーゴマを作ったりしました。
 6年になると模型飛行機や鉄道模型作りに熱中しました。また鉱石ラジオも作り出し、中学生になると真空管ラジオを作れるようになり、近所のラジオが壊れると無料で修理しました。中学3年の時(1945年)、日米戦争の末期ですが短波ラジオを作って「アメリカの声」を聴いていました。
 大学卒業後、はじめは中学教師、そのあと教育雑誌の編集者、それから科学史学会の事務職員をやりながら、大学講師もやっているうちに大学教師になりました。
 大学では古代発火法の研究を続けましたが、古代の石器や矢じり・土器などを作ることもやり、「原始技術史」という分野を立ち上げました。古代のクロスボウ(ボウガン)の復元も手がけました。定年後は「古代発火法検定協会」を設立し古代発火法の普及に努めました。
 晩年の趣味として,口琴(竹製、鉄製、真鍮製,角製、プラスチック製など)作り、鳴子コケシ作り、ギター演奏などがあります。現職は古代発火法検定協会理事長。(和光大学名誉教授)
◎岩城正夫先生と人間学研究所
 岩城先生とのおつきあいは1985年の3月に、小原秀雄氏と柴田義松氏とともに学士会館でお会いしたのが最初です。その時3人とも女子栄養大学の教員でした。そして、第二次人間学研究会がスタートしました。ですから、もう33年のお付き合いになります。
 その後一時中断がありましたが、ずっと人間学研究所を通じたおつきあいをさせていただいております。岩城先生は今でも人間学研究所の名誉会員とした「人間学研究所年誌」などをお送りしています。
 岩城先生からは、時々お手紙をいただくほかに、鳴子こけし風ネコの木像や鳴子こけし風お地蔵様を送っていただいたりしています。
 今回も先生の講演会のご案内状を送っていただいたのです。
残念ながら、車いす生活のため参加できませんが、ブログを読んでいただいている方にご紹介させていただきます。
 岩城先生は人間学研究所の事務局長もしていただいたことがありますが、大変優れた事務処理能力をお持ちで、人間学研究所の大黒柱としてご活躍されました。
 総合人間学会設立の時もご援助いただきましたが、学会で嫌なことがあり退会されたとのことです。筆者もまだ退会していませんが、2度ほど、大変嫌なことがあり、ただ所属しているだけという状態です。
 第2次人間学研究会から第3次人間学研究会の設立ごろに関しての岩城正夫氏の人間学研究所でのご活躍は、『人間学研究所年誌2007』NO5(2008年5月31日)の「人間学研究所のあゆみ(1)佐竹幸一に詳しく書きました。
 1991年に第2サタケビルが完成しそれに伴い、そのビルの2階に人間学研究所準備室を設立しました。そして(第3次)人間学研究会が設立されました。
 会長は小原秀雄氏、副会長は柴田義松氏、佐竹幸一、事務局長が岩城正夫氏でした。
途中、人間学研究所では、岩城先生のご提唱で、「人間サロン」という形で自由に話し合いのできる場、という形で例会を続けました。
以後人間学研究所の設立などがありましたが、研究所と例会は27年間、現在もずっと続いております。
1993年には佐竹が中心となり実用的人間学研究会が設立されました。
2011年1月に岩城正夫氏は人間学研究所をやめられましたが、今までの果たしてこられた長年の功績に感謝を込めて名誉会員となっていただき、「人間学研究所年誌」をずっとお送りしています。
”人生100歳時代を元気で長生き”を実践されている岩城先生
 岩城先生からいろいろとお話をお聞きして、生き方について学ぶことがとても多く、最も尊敬している先生です。
 人間学研究所の2018年6月例会は筆者が「人生100歳時代の健康法」をお話しする予定です。
 元気で長生きを若い時から実行され、以前例会でお話をお聞きした時は、階段を2段づつ上がるとおっしゃっていました。何よりも知的好奇心が強く、よく歩いていらっしゃること、いろいろなものを作っておられること、などで老化などは考えられないような状態です。
2017年9月15日の老人の日には100歳以上の方の人数が発表されましたが、65万7824人だそうです。内訳は女性5万9627人、男性8197人です。圧倒的に女性のほうが多いのですが岩城先生に元気で長生きで、男性で100歳越えを是非していただきたいものです。
2015年5月2日 追 記
 5月2日のアクセスのトップは、このブログでした。当日の会場には行けませんでしたが、さぞ盛況であったと思われます。このブログを読んで参加された方もあったかもしれません。参加された方が岩城先生の生き方に感銘を受けて、自分もそう生きてみようとするならば、素晴らしいことだと思います。お話の内容が何らかのまとまった文章になることを期待いたしますまと。その時には早速に購入し読ませていただきたいと思います。
このブログのアクセスが100件を超えました。
 

2017年6月28日 (水)

「毎日かあさん」終了-卒母。クローズアップ現代でも放送。子離れできぬ現実

1、毎日新聞の「毎日かあさん」終了 

2017年6月26日(月)で、毎日新聞で連載していました西原理恵子氏の「毎日かあさん」の連載が終了しました。最終回は第723回で、「卒業」です。書き始めは2002年ですから15年になります。ブログ筆者もずっと毎日新聞を取っていましたし、毎週月曜日の「毎日かあさん」を楽しみにいていました。単行本もほとんどもっています。

西原さんについては,2010年にすでにブログに書いています

「どん底でこそ笑え 人気漫画家 西原理恵子さん」

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2010/04/nhk-9a9b.html

 毎日新聞ではカラー版1ページ全面を使って特集が出ていました。また同じNHK26日のクローズアップ現代+でも、「卒母宣言 子離れできますか」が放送されました。

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2002年に連載を始めて、4つの賞を取り、映画化もされました。

長男も長女も自分の道を歩き始めて「よかったな、16でやりたいことが見つかって。もしわたしがいなくなっても、この子たちは絶対大丈夫だと思っているんで」と温かいまなざしで見つめます。

2017年10月に新しい連載が始まります。

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上、単行本4冊の表紙

下、「台所」2003年 がんばれ共働き

「子どもを保育園に捨てた」3歳くらいまでは必ずお母さんの手で見ないとかわいそうというのが世の大多数の声だった時代でした。

 いろいろな子育ての形があるということで、共働きの人たちにもエールを送りたい気持ちがありました。それまで「毎日かあさん」は絵も汚くて人気がなかったのですが、共働きの親たちから感謝の声がすごく届いたのを覚えています。

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「思い出の夢」

マンガの最後に「あんなに抱っこしてほしかったのに」

  「もったいないことしちゃったなあ」

ああ楽しかった。

 手料理を作る時間でロスをするより、子供と楽しく一緒にいるのが一番いいと思います。子育てが終わった今の気持ちは「ああ楽しかった」。遠足から帰ってきたみたいな感じです。年を取ると、あの頃のことが昨日の事みたいですね。

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毎日かあさんの最終回、第723回 卒業 です。

この春に息子が大学に入学し、反抗期の娘も16歳になりダンスの道を見つけ、「母親」卒業を決めました。

2、NHKのクローズアップ現代が6月26日、「卒母」をテーマに生放送しました。

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西原理恵子さんの場合は、子供たちに一つの方向が見えて、めでたく「卒母」のめどがつきましたが、日本の現実ではなかなか卒母ができない現実があります。

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毎日新聞出版書籍本部長 志摩和生さん

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卒母したくても今どきの親子事情

採用が決定しても就職していいか親に確認しなければならない。そのほかいろいろと親子関係が変わってきている。「オヤカク」

◎毎日新聞6月27日の夕刊の記事から

15年時点の子どもの貧困改善13,9%は12年より2,4%低下し12年ぶりに改善した。雇用改善により少し改善したが、なお高水準。またひとり親世帯の貧困率は50%超である。

OECDがまとめた14年のまとめた加盟国36カ国の平均は13,3%で日本は16,3%である。日本が経済大国を誇りながらこのありさまである。地球温暖化対策とかいう無駄なことに年3兆円もかけているのに。その10分の1でも貧困改善対策費にかければいいのにと思います。

 

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母子家庭では、2013年の前回調査に比べ「借金がある」「貯蓄がない」と答えた割合がいずれも増えた。「生活が苦しい」という割合は母子家庭では8割超で、厳しい状況にいることがわかる。

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◎西原さんの家庭は、経済的に相当な富裕層になります。経済的な心配がなくて,子どもの自立を目指すことができます。普通の母子家庭のうちの場合はそうはいきません。

働く人の4割が非正規という現実

 非正規では収入が低く安定せず、将来の見通しが立たない。結婚もできず、子供は生まれず人口は減るばかり。

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◎街を見ても古くからのお店で、技術や修行を必要とするような店はどんどんなくなり、やたらと、コンビニやユニクロ、チエーン店の飲食店のような店が増えてきています。非正規社員が多くなり極端な場合店長すら非正規という例もあるほどです。非正規社員は給料も安く将来のみとうしが立ちません。

 大久保の街でも百人町東町会の地区で、以前は独立した商店がたくさんありました。みんなそれぞれの分野で修業した人が店主あるいは職人でありそれぞれに誇りを持っていました。しかし現在では残っている店は3店しかありません。(靴屋さん、本屋さん、熱帯魚販売)

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また親のほうも子育てが生きがいとなり、いつまでも子供べったりで卒母できない

子どもが定職につけず、親の年金で生活するものも増えてきている。何とかしなければ日本の将来はお先真っ暗です。

2016年6月 8日 (水)

岩城正夫先生から、「鳴子こけし風お地蔵さん」を送っていただきました

「鳴子こけし風お地蔵さん」を送っていただきました。

 

 
2016年6月7日、岩城正夫先生から、鳴子こけし風木像の第2弾、「鳴子こけし風お地蔵さん」を送っていただきました。

 

 木像にお手紙が添えられていて、この木像の経緯も書かれておりました。大変興味深いお話しなので、皆さんにご紹介します。

 

 すでに2015年12月30日の「こういちの人間学ブログ」で、「鳴子こけし風ネコの木像、セルフメイドの世界ついて」ご紹介しました。前のお手紙でも、次にチャレンジする木像のことを書いておられましたが、半年ぐらいで次の木像を作られるのは大したものです。

 

 お手紙には今度の作品で新しい発見をしておられるので、とても興味深く、皆さんに、ぜひ読んでいただきたく、文章をそのまま掲示させていただきました。以下、岩城先生のお手紙の文章です。

 

岩城先生のお手紙から

 

 こんどの作品作りで驚きつつも反省しましたのは、柔らかい木材(ヒバ―アスナロ)だけでも鳴子こけしが作れるとわかったことです。同封の地蔵尊はヒバ材だけで作ってあります。前回の説明文で私は、柔らかい木材で鳴子こけしは作れないと書きましたが、それは誤りであるとわかってしまいました。その点反省しています。

 

 じつは前回のネコ木像では首の部分だけは硬い木材を使いました。つまり、猫の顔を彫ってから下部に穴をあけ、首に相当する部分だけ硬い木材をろくろで切削しそれを頭の下から差し込んで接着剤で固定し、24時間おいて完全に固まってから胴体の穴に差し込むという、大変手のこんだ作業をして完成したものでした。しかし今回は本来の鳴子こけし同様、彫れた顔(下部には当初から首の部分が削られている)を胴体に差し込んで完成という単純な手順で作られたものです。しかも軟らかい木材だけの使用でです。

 

 思い返してみますと鳴子こけしを作り始めたのは2007年ごろと記憶しますから、それからずっと8年間以上ものあいだ柔らかい木材だけでは鳴子こけしは作れないと思い続けてきましたので、今回の体験は驚きと反省と嬉しさとが混在したものです。何度試みてもできなかったことがなぜ今になってできるようになれたのか、興味深いものがあります。

 

 それによく似た体験が思い出されました。40年前、何百回にもわたってキリモミ実験をしても火は絶対に起きなかったのが、7年間ほどの失敗続きの体験後、あることがヒントになってとうとうキリモミ式発火法に成功したときのことです。

 

 それはともかく、私の最終目標は「鳴子こけし風弥勒菩薩」つまり女性顔の木像なのですが、女性の顔はとても難しく、その前に2~3作ほど習作を試みたいテーマがあります。それら習作が出来上がったらまたご報告します。

 

「鳴子こけし風お地蔵さん」の写真

 

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大変優しい顔のお地蔵様の顔です。

 

 

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前にいただいた、ネコの木像と並べて写しました。よくこんなに細かく彫れるものですね。

 

お礼の言葉と、感想

 

 お手紙の末尾に前回、送っていただいた、「鳴子こけし風ネコ木像」に対して、「こういちの人間学ブログ」でご紹介したことと、岩城先生の書かれた「セルフメイドの世界」という本のご紹介に対して岩城先生から御礼の言葉をいただきました。

 

 「鳴子こけし風ネコ木像」、「鳴子こけし風のお地蔵さん」また、「火おこしの方法」でも、おいくつになられても、いろいろチャレンジして、その結果新しい発見をされている、そのあくなき探究心は敬服に値します。今度は、いよいよ「鳴子こけし風弥勒菩薩」にチャレンジされるのですね。すばらしいことです。「お地蔵さま」と同じように素敵なお顔になるのでしょうね。期待してお待ちしています。

 

 まだ前回のブログをご覧いただいていない方は、よろしかったらぜひ下記へアクセスしてください。

 

 
「岩城正夫先生から『鳴子こけし風ネコの木像』を、送っていただきました。『セルフメイドの世界』について」2015年12月

 

 

 

岩城先生のお名前で検索すると、このブログが上位にランク付けされているので、多くの方々に読まれているのではな以下と思います。興味ありましたら、ぜひご覧ください。

 

「原発と核兵器の問題岩城正夫氏の先見性『核武装のための原発論』」2012年7月

 

 

 
 また、お送りした「人間学研究所年誌2015」とそこに書かれていた拙文「ネアンデルタール人などと私たち人類」も読んでいただきました。ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

2015年12月30日 (水)

岩城正夫先生から「鳴子こけし風ネコ木像」をいただきました。『セルフメイドの世界』について

「鳴子こけし風ネコの木像」を送っていただきました。 
 2015年12月28日、人間学研究所でお世話になった。名誉会員の岩城正夫氏から、「鳴子こけし風木像のこと」というお手紙と「鳴子こけし風ネコの木像」を送っていただきました。お手紙にはこのこけしのを作る由来が詳しく書かれており、岩城先生のいくつになってもお元気で意欲的に物事に取り組んでおられる姿に感銘いたしまして、お礼の手紙をお送りするとともにブログにも書かせていただいた次第です。
 岩城先生への返信のお手紙には、2015年10月15日に、人間学研究所合同例会でお話しした「ネアンデルタール人などと私たち人類」のレジメも同封させていただきました。レジメには岩城正夫先生の監修され、解説を書かれている、『ネアンデルタール人の首飾り』の紹介も書かれています。
 又、お手紙の中で『セルフメイドの世界』の中で鳴子こけしのことが書かれているとのことで、さっそく注文をし29日にはもう本が届きました。その本については改めて書きます。
 『セルフメイドの世界』私が歩んできた道は、2005年12月1日発行、アイ・エイチ、発売、群羊社で、定価1300円+税
 送っていただいた「鳴子こけし風ネコの木像」です。大きさは10センチほどです。
これほど小さい木像を細かく彫るのは大変な技術です。首をまわすとキュッキュッとなります。
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・ずいぶん細かく丁寧に彫られています。
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「セルフメイドの世界」の本です。内容は次の通りです。
1,手作りの火・30年の経験から
2、手作りの火・他人にもすすめたい
3、どうして「手作りの火」を始めたのか
4、セルフ・メイドの拡張
5、私のセルフ・メイドの源流
6、手作り体験から見た「道具」「機械」
7、私の「道具」「機械」「技術」論
付録 本書に関連する論文
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p19に載っている 鳴子こけしです
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p21、左は鳴子こけしを半分にしたところ 、右の写真はこけしに首をいれるところ
いただいた、お手紙には詳しい経過が書かれています。
 やっと念願の私流「鳴子こけし」が完成しましたので記念にお送りします。その記念たるいわれを述べさせてください。
 回して「キュッ」となる理由が実は鳴子こけしの原理と古代発火法と深いかかわりがあることがわかりました。
 20余年が経ち、『セルフメイドの世界』を執筆するにあたり、鳴子こけしのことを思い出しました。その内容は上記のように本に書きました。
 数年前にはじめてネズミもちの木で、鳴子こけしを実際に作られました。簡単にできましたが、白木の、顔を描きいれるこけしでは二番煎じなので、「鳴子こけし風仏像」をつくろうとしました。しかし思いのほか時間がかかり鳴子こけし風ネコ木像にされました。
 ネズミもちのような堅い木は首はいれやすいが彫るのは難しく、ヒバのようなやわらかい木は彫りやすいが こけし人形にならない。でもそれを克服したのが今年になってからだそうです。また郵送できるような小さな人形には小さな工具が必要でした。工具を自作したりもしました。いろいろな動物の顔を彫りましたが最終的にネコに決めました。
 小さいものはかけたりしやすく一体づつ丁寧に作りました。
 そして、日ごろお世話になっている方々(こちらこそ大変お世話になっています。気にかけていただいて本当にありがとうございます。)に逐次お送りしたいと思っております。
 この作業が終わったら、今度は人の顔の「鳴子こけし風仏像」に本格的に挑もうと思っています。
―頂いたお手紙の概略を書きました。
 『セルフメイドの世界』-私が歩んできた道、
 は岩城先生のご研究の総まとめとなるものです。今まで取り組んでこられた研究の全てが書かれています。
 岩城先生は人間学研究所の例会でも、いろいろとお話を伺いました。またいろいろ実物で見せていただきました。電気パン焼き器、手作りの紙巻きタバコ器、いろいろな火おこしの方法、古代の弩の再現のお話などです。岩城先生のお話はいつも実演と一緒でとても興味深いものです。和光大学での講義でも、いつも大変評判がよく、何百人も学生さんが集まるそうです。
 岩城先生のお弟子さんで人間学研究所の関根秀樹さんにも例会で何度も実演とともにお話いただきました。
 本の末尾には5つの論文が載せられています。
 あとがきに、物心ついてから数え切れないほど失敗をしてきた。そして失敗が苦にならない心境をつかむことができた。これからも私としては自分の気力が続く限り今後の人生を精力的に楽しく生き続けようと思っている。
 
・ 
 だいたい少しのことで人はへこたれてしまいます。
 岩城先生がこの本を出版されてからちょうど丸5年です。そして、今度送っていただいたこけしでも、いろいろな失敗の末にうまく作られ、さらに、新しいものにチャレンジされようとしています。
 私も岩城先生のようにいくつになっても、失敗を恐れず、チャレンジしていきたいと思います。
 岩城先生本当にどうもありがとうございました。
 

2015年7月23日 (木)

NHK朝ドラ「まれ」現実離れがひどすぎる

 今までNHKの連続朝ドラマは必ず見ていました。前回の[マッサン」[.「花子とアン」、「ごちそうさん」、それから「あまちゃん」です。ちょうど朝の食事の時間で、家内と楽しみにしてみて居ました。視聴率は常に20~22,6%ぐらいでした。2015年7月の朝ドラは「まれ」です。女性のケーキ職人が著名なパティシエになっていくお話です。それは、新幹線が通った能登と横浜が舞台です。

 はじめの能登を中心にしていたころは良く見ていました。横浜に舞台が移るころからあまり見なくなりました。家内も見たくないということで、ニュースなどの番組でNHKを見ていて、8時になると他にチャンネルを変えます。たまたま、22日はまた、「まれ」を見てみました。

 脚本家は篠崎絵里子氏、賞も取ったことのある人だそうです。以下敬称略

 津村徹〈大泉洋)と奥さんの藍子(常盤貴子)と主人公である姉希・まれ(土屋太鳳)と弟一徹の4人家族です。東京から夜逃げ同然で出てきて能登に住み着きます。自然の海塩を作っていて、前は民宿をしていたところ、桶作家に住み着きます。桶作元治は舞踏家の田中泯、奥さんの文は魔性の女と昔言われていたそうな田中裕子です。さすがに演技がうまいものです。輪島塗の一家は、中村敦夫がお祖父さん(紺谷弥太郎)役をしていて、うまいものです。孫はヒロインの希の結婚相手の圭太です。圭太の父は能登市役所に努めて居ます。あと同級生とその家族が何かというと集まっています。寺岡家、茂本家、美容院のうちなどがもう一つの拠点です。

 希(まれ)の父親は夢ばかり追いかけていて地に足がついていなくて、まれは「コツコツとまじめが一番」とはじめ輪島市役所に勤めます。ところがどうしても世界一のパティシエになりたいということで、横浜に出てきます。1日に何十軒のケーキ屋さんを食べ歩いた結果、ある中華料理店の裏メニュウのケーキにたどり着きます。ーそんなに味覚が発達しているのでしょうか。またこんなに食べ歩くのは時間もおカネもおなかも無理と思いますが。こんなこともさらりとかいています。奥さんが中華料理店と占い師をやっていて、旦那が腕はいいがきまぐれのケーキ屋をやっているとの設定です。希はそこの中華料理店に下宿し、そのケーキ屋で働き始めます。

 途中からあまり見なくなり、まれと圭太は結婚したようです。能登に来ていた人物で、徹が会社をやることを勧め保証人となった人物が粉飾決算で(詐欺師)で逮捕されたとのこと。会社といっても他の従業員がいなくてへんにおしゃれな事務所だけあって、その会社に5000万円掛けたそうですが・・。それでも3年続いたそうです。そして現実には徹はあっさりと、「自己破産するわ」。と奥さんに言います。そんなに簡単に自己破産なんてできません。多くの人に人に多大な迷惑をかけてしまうのです。自己破産はなによりも信用を失い、再起しにくいのです。何とかみんなの協力も経て、頑張って会社を維持することが大切です。会社を維持出来なくとも何とか借金を返済するのに懸命な誠意が支援者を生みだします。徹はそうでなく、なんでも簡単に投げ出してしまい、信用を失います。それでは今度、何をやってもだれも見向きもしません。今までもその繰り返しのようです。

 筆者は自分で別会社を立ち上げ、新所沢に店を作りました。別会社では社長となり社員5人で始めました。元の会社では専務です。経営は厳しく、社員にきちんと給与を払うと、自分のうちの分がなく食べ物も親のところで援助してもらうこともありました。ナンバー2になる人が長期入院し、他の社員にもとの会社に戻ってもらいました。家内と私で店を支えた時期もあります。何でも仕事をしました。その時は利益が出ました。最後にそこを引き上げ、後継者に譲り渡しましたが、700万の資本金ほか、かなりお金を使ってしまいました。でもその会社で働いた社員が私含め、電気業界、水道、リフォーム業などでの力をつけ、そこで得たことが、東京ガスのエネスタ業務だけでなく、広く建築業界での力をつけ、会社が大きく発展する力を得たのです。そして身内-父以外に誰にも迷惑をかけなくて、会社を整理できたのは良かったのです。

 能登にいる徹の息子で希の弟の一徹は、デイトレーダーだそうで、1000万くらいなら出せるといっています。無一文状態から、民宿にいて、1000万も余剰金が簡単にできるのでしょうか。そんなに簡単なものでしょうか。―その後塩づくりになるようですが。

 21日の放送だけしか見ていませんが、おかしいなと思うことが次々に出てきます。インターネットを見ても「まれ」おかしい、というのがたくさん書かれています。今回書いたのは1日分だけですが、毎日のようにおかしなことだらけみたいです。視聴率もだんだん下がって来ているようです。せっかくいい役者をそろえているのに脚本がおかしいので残念だと思います。

追記  9月18日

 見ないつもりが、「まれ」の前のNHKのニュースを見ていて、そのまま「まれ」を見てしまうことがあります。9月26日最終回なのでもうすぐ終わりになります。

 桶作一家にたとえ民宿で部屋があるからと津村家の子供もいる2家族(希は苗字が変わりましたが)が住んでいるのもいかにも不自然です。津村徹もまた家出して行方不明。前、津村徹がまじめにコツコツ働くといったら、夢がなくなった徹には興味がないと藍子はいいます。現実的な問題ですが、またー行方不明同然出ていった徹には、住民票も無いわけで、ちゃんと仕事につけるわけがないのです。

追記 9月22日

 東洋経済オンラインに、桧山珠美さんの、「NHK朝ドラ「まれ」にいらっとする目線、その姿勢は公共放送に相応しいのか』という記事が載っていました。かなり詳しく共感する記事が載っていました。

 「まれ」に対しての感想が今までにヤフーの感想欄に67500件寄せられ、その8割が批判する内容だそうです。リアルな世界からかけ離れすぎているというのです。

 私も、朝の食事の時間につい又見てしまうことがあります。すると、またありえない―、とイラッとします。それをこの記事では細かく書いているのです。郵便局員が「サロンはる」に入り浸っているし、お客以外の人間がいつもいる。なんかあると、お客をほっぽっておいて、人を探しに行ってしまう・・・というぐあいに、次から次からこれでもかと思うぐらいに、ありえないということがでて来ると書いてあります。ちゃんと全部を見ていたら、イライラが高じて怒りたくなるでしょうね。

追記 9月26日

 最終回を見てしまいました。希のお父さんの徹が戻ってきて、希は世界1のパティシエになるわけでもなく、やらなかった結婚式をして、平凡におわりました。夢を持つことはいいことなんでしょうが、なんか気が抜けます。

2014年12月20日 (土)

アサッテ君連載終了、40年間ご苦労様でした 老人が元気に さざえさんと対比も

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12月19日の毎日新聞1面の漫画です。暗い画面で申し訳ありません。おばあちゃんの髪の毛の色にご注目ください。黒い髪の毛です。

2014年12月19日の毎日新聞朝刊の1面に、「ありがとう アサッテ君」として東海林さだおさんの連載画が今年の年末をもって終了しますと載っていた。お別れの黄色いハンカチということで、みんなでハンカチを振って別れを惜しむ漫画が載ってiました。又Ⅰ3面には特集ということで、特集記事が載っていて、連載スタート、1週年、8コマ時代開幕、4コマに戻る、20週年、30周年のそれぞれの区切りの時期の漫画が載っていました。

 連載は何と1万3749回だそうで、40年間6か月にわたるものです。今年8月には1万3616回の、一般の全国紙の連続漫画として最長不倒記録を刻んだということです。連載を開始したのが1974年6月16日で、当時東海林さんは36歳でした。東海林さんは筆者と6歳違いですから、この時まだ筆者は30歳です。漫画では1977年に途中8コマになったこともあり、その時におじいちゃん、おばあちゃんが同居するようになりました。東海林さんは現在77歳で、まあよく続いたものです。この漫画の前は横山隆一さんの「フクちゃん」でした。筆者のところでは昔からずっと、毎日新聞ですから、その間ずっとこの漫画を見せてもらってきたわけです。主人公の顔もはじめとずいぶん変わってきました。おじいちゃん、おばあちゃんは小学生と思われる孫の年から見て、ちょうど筆者と同じ年のように思えます。でもおじいちゃんはともかく、おばあちゃんは頭に頭痛除けの絆創膏が張ってあったりして、いかにもお祖母ちゃんそのものです。今から40年前のおばあちゃんはそんな感じだったのでしょう。

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1877年連載にはじめて登場した、おじいちゃんおばあちゃんです。.おばあちゃんの髪は白くなっています。ずいぶん、年を取っていて、顔が変わっています。歯がむき出しの状態ですね。
 

 それでも「サザエさん」よりはいいのです。サザエさんは新聞の漫画では昭和21年から49年。アニメになったのは昭和44年、そして現在に至っています。(フジテレビ日曜日)サザエさんのお父さんが波平さん、頭は禿げて髪一本が特徴、お母さんのふねさんは和服を着て、もういかにもおばあさんです。サザエさんには兄妹がいて、カツオ君とわかめちゃんです。まだ小学生です。サザエさんの子供はタラちゃん。筆者が戸山高校のクラス会に集まった時、たしか54歳くらいでしたか、ちょうどクラス会で我々はたしか波平さんと同じ年だね、と司会者がいっていました。サザエさんの初めのころは男子の65歳くらいが平均寿命でした。それがだんだんに伸びて今では80歳くらいです。今70歳で元気な人はまだまだ長生きできそうです。それに比べれば、アサッテ君の両親はましですが。今の70代はクラス会で集まってもまだ若々しい人が多くなっています。特に、女性は元気です。平均寿命がこの間に大幅に伸びました。

 昨日、急にアクセスが増えました。それは「近況2013,4,8花がきれいに~」http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2013/04/201348-4b95.htmlというブログです。そこにアサッテ君の漫画が載っていたからです。2013年3月20日の漫画で、当時はやった、「長生きをしたけりゃ肉を食べるな」という本と、逆に「長生きのためには肉を食べろ」という本で、お金がある時には肉を食べる、という、ことが書いてありました。

ところで、アサッテ君でインターネットを検索すると、上位に2チャンネルが出てきます。れいのごとく下品な言葉の羅列です。毎日新聞もやめればいいのにといっている人もいました。確かに80才近い人の漫画は20代の人にとってはまったくずれているでしょうが。それにしてもひどいものです。

追記 2014年12月31日

 今日で、アサッテ君の連載が終わります。毎日新聞の社説に「アサッテ君」40年分の感謝を込めて、というのが載りました。漫画のところにも27面の漫画のところにも書いてありますが、午前9時過ぎに仕事場に入り、昼食もとらず6時まで創作に没頭するようです。何しろ月50本の締切があるというから大変です。それだけ描きだすのは大変なことです。これからはほかも仕事を減らして、やっと人間らしい生活ができるのかなと書いてありましたが、ご苦労様でした。

 アサッテ君の代わりの漫画がなくなりました。日経新聞ではもともとないのですが、寂しい感じがします。

2013年8月31日 (土)

「半沢直樹、視聴率42%、同時間放送の韓国ドラマ{馬医」の共通性と違い

 日曜日の夜九時は、今もっとも視聴率の高い、TBSの「半沢直樹」と、NHKBSプレミアムの「馬医」が重なります。筆者のブログでは、「最近の韓国歴史ドラマ H25,8、30日版」(2013年7月8日で8,30更新) において、その時々にテレビで放送されている韓国歴史ドラマの概要を書いています。現在放送中のものは番組名に青で表示し、終了すると黒に変えています。ずいぶん前から、各局でどのような番組が放送されたがわかるようになっています。

「半沢直樹」と「韓国歴史ドラマ」の共通性

 韓国歴史ドラマはBS放送で放送されるものが多く、以前はいろいろなものを見ていて、それをブログに書き、昨年の元日にはNHKの中にある、韓国KBS放送の生放送に韓国歴史ドラマ好きの代表の一人として出たこともあります。しかし最近は再放送が多くなり、見るものが減りました。その中で必ず、続けてみているものがイ、ビョンフォン監督の「馬医」と高麗王朝の「武人時代」です。武人時代は終了しました。

「半沢直樹」と「馬医」は同じ時間ですので、どちらかをビデオに録り、あとで、見ることになります。

 「半沢直樹」と、韓国歴史ドラマの共通点は、敵と味方がはっきりしていてわかりやすいこと、主人公は悪しき権力により、これでもか、これでもかと痛めつけられます。しかしそれに耐え抜き、よき仲間も得て、敵の権力者を打ち負かします。皆さん書いているように、「水戸黄門」や「忠臣蔵」的なすっきりさを感じるわけです。

「半沢直樹」では、「くそ上司覚えてやがれ」「やられたら倍返し!」、「10倍返しだ!」という言葉に代表されます。日ごろ新自由主義のもと、生産性向上第一で、人間を者扱いし、一般の社員をバカにし、いじめている現状に対して代弁していってくれてスカッとするということです。正社員を減らし、非正規化し、結婚できないような低賃金でも文句も言えない現状。金持ちは高額品を買いこみぜいたくをしタックスヘイブンにお金を持ちこみ税金を払わない。ところが賃金をあげないうえに消費税まで上げようとする。いかに今の社会が非人間的であるかを示していますね。それへのせめてものうっぷん晴らしであり、反発なのです。おそらく今年の流行語大賞になるかもしれません。

一方「馬医」では、人間扱いされない奴隷である奴婢の主人公である、ペク・ファンフュンがついに王様の侍医にまで上り詰めるという話です。韓国朝鮮は日本と異なり、日本が統治するまで、奴婢(奴隷制度)維持していたというひどい現実がありました。奴婢は人間ではなく牛や馬よりも低く見られました。売り買いされる対象で、生死の権も持ち主が握っていました。この馬医や医女や妓女などや多くのものが奴婢でした。このドラマでも当然これから様々な困難や障害が待ち構えていることになります。

日本と、韓国朝鮮の政治とドラマの違い

 日本における、勧善懲悪の基本は『水戸黄門』や『大岡越前』や、『暴れん坊将軍徳川吉宗』や、『松平長七郎』などに見る、いわゆる将軍家や、その下の正しきものに対して、悪大名や悪代官やそれと結託する悪商人などが悪いことをして、いわゆる正しいお上がそれをさばくという構造です。水戸黄門はこの印籠が目に入らぬかと徳川家の権威を示し悪代官や悪家老がひれふします。それが変わったように見えるのが明治維新ですが、それも権威が幕府から朝廷に変わったにすぎません。日本人には今でもお上が正しいというイメージがしみこまされています。悪いのは悪代官であると。傾向があります。日本では今でもお役人様やお上には頭があがらないという傾向があります。それに正面からたてつく共産党などは恐るべき「赤」であると教え込まれます。

 ところが韓国・朝鮮では違います。高句麗、百済、新羅の三国時代から、新羅、高麗、朝鮮と王朝が変わり、そのたびごとに、前王朝のゆかりのものを皆殺しにしてしまいます。またそれぞれの王朝でも王が庶民のための政治を行わないと、民衆の反乱がおき、ついには王朝が入れ替わります。天は庶民の生活を苦しめるものには、罰を与える、あるいは変えるという考え方がありました。それは中国の儒教の革命の考えに基づいています。

 西洋にはフランス革命のように民衆の蜂起で革命を起こし、悪政を倒し、自分達の政府を打ち立てるという伝統があります。

 日本でも奈良、平安、鎌倉、室町、江戸幕府などと権力は変わりましたが、天皇がたとえ形式上でもその上に君臨するという形は最後まで変わりませんでした。だから革命ではなく明治維新なのです。日本においてはたとえ一揆があったとしても、お上にうったえるもので、韓国朝鮮におけるような、政府そのものを打ち倒そうとする庶民の反乱はほとんどなかったのです。

「半沢直樹」の場合は水戸黄門などのように、上の権威を当てにしません。どんな上司の悪も、真実を徹底的に調べ上げて、それを盾に、ぐうの音も出させないように追い詰めます。

池井戸潤氏とは

  「半沢直樹」シリーズの作者である、池井戸潤氏について少ししかいてみます。池井戸潤氏は、1963年岐阜県の生まれで、ちょうど50歳でしょうか。慶応大学の人間関係学科と法学部を出て、元の三菱銀行に就職します。1995年の東京銀行との合併前に退職し、経営コンサルタントになりました。それ以後ビジネス書を書いたり小説も書き始めました。いろいろな賞を取った後「下町のロケット」で直木賞を受賞し、有名になりました。筆者のブログにも2011年8月6日付の「『下町のロケット』を読みました。会社が小さいからと言ってなめてんじゃねえ」は、かなりのアクセスがあり、2年近くたった最近の4か月間でも1500件ほどのアクセスがあります。中小企業に対する大企業の横暴さ、その中でも社員が結束で、大企業の圧力を押し返していくという痛快さがありました。長い間下請け企業の社長として、大企業の横暴さを身近に感じていた筆者は深く共感したものです。

「半沢直樹」の高視聴率

 今回TBSテレビで10回放送される「半沢直樹シリーズ」は驚くほどの視聴率で注目されています。異業種交流会などの中でも当然話題になります。毎回視聴率が上がり、1から5回の関西編では、5回目の視聴率は関東地区で29%最高で33,6%。関西では32,8%で最高が38,6%だったそうです。6回目の東京編も前回と同じ29%の視聴率だったということです。ほかのブログによれば、こんなに人気が出るとは思わなかったため、急きょ回数を増やそうとしたが、忙しい主人公役の堺雅人氏に断られたそうです。放送終了後のキムタクによるアンドロイドの視聴率が急減してキムタクが恥をかくのではとか心配されています。

 同時にやはり、池井戸潤氏の作品をもとにした「七つの会議」がNHKで東山紀之主演で土曜ドラマとして放送されています。

「堺雅人」などにみる、配役のうまさ

 このドラマの大ヒットは主人公の半沢直樹を演ずる堺雅人氏の好演によるものが大きいでしょう。同じ時期にNHKから放送された同じ池井戸潤氏の「七つの会議」はそんなに話題になりませんでした。堺雅人さんは、いろいろな役をこなし、それぞれで大人気を博しています。筆者としては「塚原卜伝」が印象に残りました。今までの剣豪役は筋肉隆々としていかにも力のありそうな”剣豪”というイメージの俳優がなりました。しかし堺雅人は一見きゃしゃな優男に見えます。何かの時に、はにかんだような表情を見せます。それが私たちに、何か身近な印象を与えるような気がします。ところが、実際には大きな力を秘めているということ。女性が多く見ているというのは堺雅人氏の魅力によるものでしょう。ほかの配役も、奥さんの花を演ずる上戸彩もかわいいし、敵役の大和田専務を演じる香川照之もさすがの芸達者ぶりが見られます。

ドラマの原作{半沢直樹シリーズ)Kc4a01740001

 この「半沢直樹シリーズ」の原作は『オレたちバブル入行組』(2004年文芸春秋社、2007年に文春文庫657円+税)が、前半の関西編のもとになり、『オレたち花のバブル組』(2008年文芸春秋、2010年文春文庫657円+税)が後半の東京編のもとになっています。シリーズ3作目は『ロスジェネノの逆襲』(2012年刊週刊ダイヤモンドで連載中)です。これも早々にドラマ化されるでしょう。筆者も早速に購入して、面白いのでそれぞれ1日で読んでしまいました。何かこのシリーズで170万部がうれたとか、これからさらに売れるでしょうね。それから原作を読んでドラマと比べると、いろいろな点で違いがありました。週刊誌の中には違いを一覧表にしたものがあります。(FLASH 9月 10日号 ドラマのここがリアル、ここがウソ」)

 印象に残る違いは、主人公の父親が首つり自殺自殺したとなっているが原作では、自殺していない。融資を断り自殺のもとになった融資担当者が大和田専務となっているが原作では違う人物。半沢直樹が剣道をやるというのがあるが、原作にはない。東京編の伊勢島ホテルの専務が男性ではなく女性の倍賞美津子に変わっていることなのです。また原作では国税局の査察官が横柄な態度をとっていますが実際にはそういうことはないそうです。変更はいずれも内容をもっと強烈に印象付けるためでしょう。

「本とドラマは別物」 池井戸潤氏

 WEBの中で、池井戸潤氏の特別寄稿があります。要旨を書きますが、「僕は、脚本に注文をつけていない。小説は人間の内面を書くものだ。しかし爆破シーンなどはいくら、字で書いてもそれを直接あらわすことができない。原作を提供したら、後は製作者に任せるしかない。したがって必然的に作品と原作とは別物になる。評価があるとすればそれは製作者に帰すものである。」

詳しくは下記をご覧ください。

 http://www.diamondo.jp/articles/-/38364

 また現実社会では、「半沢直樹」のようには行かず、原作者の池井戸潤氏は『半沢直樹の真似をしない方がいいですよ』といっています。{AERA]にて。

 まあ明日から後4回の放送があります。筆者は原作を読みましたが、ドラマは違いますから、楽しみにして見ていきたいと思っています。みなさんもぜひご覧ください。

追記 2013年9月26日 毎日新聞から

 9月22日に放送されたドラマ、「半沢直樹」の最終回の視聴率が関東地区で42,2%(関西地区45,5%)だったことがビデオリサーチの調べで分かった。ドラマの視聴率が40%を超えたのは2011年の日本テレビの「家政婦のミタ」の最終回(関東地区で40%)以来で歴代2位となった。過去の一位は「積み木くずし」の45,3%である。「半沢直樹」は初回の19,4%(関東地区)から一度も落ちることなく上り続けました。

 「半沢直樹」の最終回では、大和田常務が取締役に落ちただけですみ、逆に大きな功績を上げた半沢直樹が証券会社への出向ということになりました。すなわち原作通りでした。おかしいではないかという声も放送局に来たそうです。

 しかし、原作どおりにしないと、次の池井戸さんの続編の小説「ロスジェネの逆襲」につながらなくなってしまいますから。今度は証券会社を舞台にした続編が望まれます。

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