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新宿散歩 大久保以外

2022年4月12日 (火)

久しぶりに西新宿の高層ビル群と熊野神社を見てきました。大幅に変わっていました。

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2022年4月12日(火)連日、天気が良かったので、しばらく行っていなかった、西新宿の高層ビル群を見てみることにしました。またついでに新宿中央公園にある、熊野神社にも行ってみることにしました。

上の地図は新宿駅から新宿中央公園を中心とした区域。

下の地図は12社通りを中心とした地図です。

西新宿は新宿駅前を1丁目として、青梅街道の北側を西新宿7,8丁目。甲州街道の北側のところです。

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新宿歌舞伎町にある新築中の「東急歌舞伎町タワー」のところをとおってきました 。

もうすぐ完成の予定です。2022年中?

48階建て地下5階ホテル20~38階

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この3棟は昔からある高層ビル 右から新宿野村ビル、真ん中が、損保ジャパン本社ビル、左が新宿センタービル

後ろに新宿三井ビル新宿住友ビル

 

 

 

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青梅街道に面する日蓮宗のお寺「常圓寺」1585年に移された。ここは鬼子母神があります。

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青梅街道に面する新しい高層ビル群 その一つが西新宿三井ビルディング

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右奥に小さく見えるのがパークタワービル。真ん中に塔が付きだしたような東京都庁。

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左側に見えるビルは12社通りに面するマンション、ザ・パークハウス西新宿タワー60

右側が新宿スクエアタワーでしょうか。

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新宿公園内にある熊野神社

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後ろに高層ビルがあります。

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新宿ミニ博物館の案内

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青梅街道に面する成子天神です

ガタガタする道が電動車いすの多く振動でトイレに行きたくなり早々に帰りました。

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百人町1丁目の大久保駅そばの台湾のカフェがベトナム料理店に変わっていました。

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2022年4月10日 (日)

新宿区の端、中井方面へ。中井御陵神社とその周辺を見てきました。電動車いすで2時間かかりました。

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◎「こういちの人間学ブログ」の記事数が1200件になりました。

神田川の桜もだいぶ散ってしまいました。

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中井駅の高架下。上は山手通り。

 2022年4月9日〈土)中井方面へ行ってみました。以前もこの辺りに来ました。西武線中井駅から新井薬師駅に向かうところで、西武線に沿って新宿区と中野区との境に妙正寺川が流れているところです。中井駅から新宿区と中野区の境まで妙正寺川に向かって崖になっていて1の坂から8の坂まで坂が並んでいます。途中に4の坂近くに林芙美子記念館があります。

今日は週に1回リハビリに来てくれる理学療法士さんが良く参拝し、霊験あらたかな神社だと言っていた中井御霊神社にて行ってみました。妙正寺川に沿ってさらに行くと哲学堂公園まで行きます。また哲学堂の近くには,葛谷御陵神社があります。

神社の上方は目白大学があります。下から神社に行く7の坂8の坂が急なので上から降りてきました。

今日は天気も良く暖かい日でした。

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中井御陵神社の鳥居です。

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神社の本堂です。創建は不明。仲哀天皇などを祭る

備射祭り

 的を矢でいてその年の吉凶を占う

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中井御陵神社の由緒書きです。

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狛犬はほかの神社とかなり異なっています。

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奥に見えるのが中井御陵神社のお社 始め間違えてこの坂を。電動車いすなので階段で行けません

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始めこの坂を下りてしまいました。左側です。八の坂、急な坂です。

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林芙美子記念館の広い敷地です

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目白大学の入口

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神田川 桜の花びらがいっぱい

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2022年4月 3日 (日)

諏訪通りから明治通りへ。新大久保から池袋まで、電動車いすでいきました。都電に沿って鬼子母神などへ。

2022年4月2日〈土)

1)4月5日(火)諏訪通りにある街路樹

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これは山手線の線路際にある桜 手前のピンク色の花はソメイヨシノではありません

下、これらは桜ではなく「はなかいどう」(花海棠)というのでしょうか。

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これは何でしょうか、花海棠というのでしょうか。いろいろ植えられています。

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この花はわかりません。

諏訪通りの玄国寺と諏訪神社

 

 

諏訪通りにある玄国寺 この先に諏訪神社があります。いつも素通りしていたのですが・・・。

 玄国寺は1601年創建 真言宗 かっての諏訪神社の別当寺 屋敷の一部に岩倉具視の屋敷を利用

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玄国寺入口の見事なしだれ桜に今まで気が付きませんでした。

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諏訪神社は古くからの神社で高田馬場の一部と大久保を担当しています。

 

玄国寺の本堂

 

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諏訪神社 高田馬場と大久保の氏神です

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2,新宿区と豊島区の境界の地図

下図はちょうど都電の周辺の写真を撮ったところです。縦の道は明治通り、横の道は目白通りです。

都電荒川線が右からきて直角に折れ曲がっています。右端の面影橋駅から学習院下駅の区間です。

神田川と地面の下を流れてきた妙正寺川がここで合流します。神田川で新宿区と豊島区の境界となります。

明治通りには地下鉄新都心線が通っています。

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ここは神田川と妙正寺川の合流地点 右に明治通り

鳩がたくさんいました。昨日も来ました。

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桜と都電と神田川の写真を撮りにきた人が10数人いました。

ここは明治通りと早稲田通りの交差点です。都電はここで90度に曲がります。

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都電の線路がまっすぐ 右は桜と神田川。

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都電の来るのを待ちます。下は神田川。

 

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神田川の橋の上の都電。ピンク色の都電と黄色の都電があります。他にもう1色

この先を急に曲がり早稲田方面へ。

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都電の学習院下駅 ここはもう豊島区です。

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3,鬼子母神を中心としたところ 

この辺りは緑地や霊園などが多いです。

赤いところがこの看板。近くの緑が鬼子母神。右手の広い緑が法明寺の境内です・

広い道は明治通り、明治通りには地下鉄新都心線、下の方の道は都電の通り

左下の広い緑表示は雑司ヶ谷の墓地

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明治通りから鬼子母神へ行く道〈西参道)に案内

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鬼子母神のお社 ここは裏口です。前は何度か来ました。改めてまた来ます。

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ここも鬼子母神

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日蓮宗の法明寺 飛び地に鬼子母神のおで堂があります 810年に始まる由緒あるお寺です

 鬼子母神は室町時代より

桜で有名 今度行ってみます。

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4,池袋駅の西武デパートのところまで、電動車いすで行ってみました。

近くのジュンク堂書店も行ってみましたが、混んでいたのと無人のレジがうまく操作できそうもなく断念しました。

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この先が西武デパート

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ここまででWILLの電動車いすで電池を半分くらい使いました。

さらに先まで行けそうです。ただ寒い時は振動と寒さでトイレに行きたくなります。

2022年3月24日 (木)

高田馬場駅周辺の再開発始まる。駅周辺の2つのビル建設現場と駅周辺を見てみる、2021年3月の現状。5月も。2022年1月更新版。3月更新

2022年8月11日(木)菊月ビルのところにできたVissel Hotels もうすぐ完成です。 

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ホテル入口の隣の三井住友銀行

2022年4月1日の新宿新聞が送られてきました。その7面に、「相鉄グランドフレッサ オープン」の記事が掲載されました。

高田馬場駅前東口・東口駅前通りに相鉄ホテルマネジメントが運営するホテル「相鉄グランドフレッサ高田馬場」(客室数252室)がオープンする。このホテルは通常のフレッサより客室が広く、14,3~28,1平方メートル、コロナ終息後の観光需要の取り込みを視野に置いたものとなっている。~3年がかりで地上12階、地下1階建ての、ホテル、商業ビルへと建て替えられた。

早稲田通り沿いでは来年の完成目指し、地上13階地下1階建てのホテル・商業ビル「ベッセリイルイン。高田馬場」(客室数160室)、来年春オープンを建設中。

2022年3月24日オープンしたホテルと三井住友銀行(右奥側)

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2022年3月 高田馬場3丁目にある2つの小さな神社・

高田馬場3-33にある天祖神社

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高田馬場3-29 鉄砲稲荷神社

高田馬場3丁目の鎮守です

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高田馬場駅前の稲門ビルは工事中

旧高田馬場駅前ビル(旧ホテルサンルート)

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2022年1月4日

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ほとんど出来上がりました。12月末の竣工でしょうか。 菊月ビル鉄骨が12階まで組みあがりました。12月21日

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早稲田通りから見た旧高田馬場駅前ビル(2021年9月)右はビックボックス。奥に見える大きなビルは37階の住友ガーデンタワー。

工事中の旧高田馬場駅前ビルの手前はFIビル。ここにはドン・キホーテ、芳林堂書店や地下1階、2階はレストランがあります。

2021年9月28日 旧高田馬場ビル

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完成予定は2022年1月。

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旧高田の馬場駅前ビルを下の写真は裏から撮ったところ もうだいぶ出来上がっています。

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1階は銀行窓口 2―3階は店、4から12階はホテル

 

早稲田通りに面した3つのビル建築計画のお知らせ

早稲田通りに面して以前はゆう文ビルと菊月ビルは1つのビルでした。今回は2つの道路に面したゆう文ビルがいち早く出来上がってしまいます。。菊月ビルの鉄骨がもう少しで組みあがります。元は1つのビルでした。今度は2つのビルが分離します。またこのビルの隣の三協信用金庫の本店ビルが改築します。

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2021年12月19日、上記 菊月ビルの鉄骨があと少しで組みあがります。

ここは菊月ビルと三協信用金庫ビルの工事現場です。先にゆう文ビルは完成させてしまいます。

左側のビルはゆう文ビル先に完成です。

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早稲田通りに平行した道から見る

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菊月ビルの建築計画のお知らせ。

住所 新宿区高田馬場2-503(2-17-14)

 ホテル・店舗  地上13階 地下1階

 令和5年1月31日完了予定

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ベッセルイン高田馬場

 元和菓子菊月堂  ホテルに160室 2023年春開店 ビルは4706,62m2

 

三協信用金庫新本店ビルの建築標識

住所 新宿区高田馬場2-503-7

用途 銀行   地上9階地下2階

2023年10月31日完了予定

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2021年9月12日(日)旧高田馬場ビルもかなり出来上がってきました。

下のほうの階は壁のガラスが入っています。

 

ゆう文ビル 

外装はほぼ出来上がっています。

2021年12月竣工  40,84坪

10階建て  2階の飲食店を除けばすべて医療関係になります。

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2021年8月27日〈土)

旧ゆう文ビルはほぼ外装が出来上がりました。

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2021年7月18日(日)

旧高田馬場ビル かなり出来上がっています

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ゆう文ビル

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2021年5月29日〈土)

ゆう文ビル裏から見る

 

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お隣(旧菊月ビル)はホテルではなく、東京三協信用金庫の本店ビルになるようです。

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2021年4月18日(日)2つのビルはほぼ骨組みは完成

旧ゆう文ビル お隣はまだほとんど進行していません

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旧高田馬場ビル、ここもほぼ骨組みは完成しました。

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2021年3月、高田馬場駅周辺を回り、写真を撮ってきました。高田馬場駅周辺は老朽化したビルが多く、再開発が前から叫ばれていたのですが、このところ、2つの駅前のビルが改築中でいよいよ再開発がスタートし始めたなと感じます。

高田馬場駅の周辺地図です

 高田馬場駅は山手線のほかに西武線、地下鉄東西線少し離れたところに都電荒川線も通るターミナル駅です。1日の乗降客数は世界第10位の93万人、ちなみに2つ隣りの新宿駅は世界1です。高田の馬場駅は乗降客のわりにさえない駅です。駅前は早稲田通り、神田川の向こうに新目白通り、明治通りがあります。高田馬場駅から新宿駅につながる、つつじ通りも最近できました。

 高田馬場駅の山手線の内側すぐちかくには、豊島区高田が入り込んでいます。また神田川でしきられています。北側は発展の余地はありません。山手線の内側には高田馬場1,2丁目、外側に、3,4丁目があります。駅前に戸塚第2小学校があります。これらにより地理的に発展しにくいところです。

主な通りは駅前の早稲田通りと、山手線に沿った駅前通りです。


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赤線で囲ったところが高田馬場再開発地域ですが、そのなかで,高田馬場駅から山手線に沿った道、区道補助72号線(駅前通り)を中心とした再開発計画(青線で囲った部分)があります。どのようにするか協議会や検討委員会が作られました。

補助72号線の先には,37階の高層の住友ガーデンタワー(事務所と賃貸マンション)ができ、その隣に26階の分譲マンションもできました。(ここは住所は大久保3丁目)この道路は2020年に通り新大久保方面に行くのがか大変便利になったところです。

高田馬場駅周辺の地図です

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これでいいのか東京都新宿区」という本があります。地域批評シリーズ36、昼間たかし編 2019年5月27日 マイクロマガジン社

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その161ページから「高田馬場の泥臭い姿も見納めか」と書いている。「老朽化したBIG BOXをはじめとする駅周辺のビル群を一括して立て直すというものである。~と書かれている。BIG BOXは1974年5月5日に建てられたのでもう47年近くになる。

高田馬場のビルが古いので車いすのブログ筆者にとっては大変困るのです。よく行くFIビルのレストランもトイレの床が高く入れないのです。

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時代が変わっても高田馬場は変わらない 高田馬場テイストは今も健在

高田馬場も駅を挟んで西と東で風景が変わる。メインロータリーのある東側は、今でも待ち合わせの定番スポット。並ぶ店舗は学生向けかつビンボー人向け。一段と安くておいしい店が増えている印象。名画座も健在-古書店街があり、その先は早稲田大学~

名画座の早稲田松竹

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西側は賑やかなのは早稲田通りよりもさかえ通りのほう。西側は夜の街になっていること。さかえ通りの入口には富士大学の看板が~。学生ローンの看板があるのは高田馬場くらい。

町全体が昭和テイストを継続させている。~高田馬場がオシャレタウンへと変貌したら? そんな居心地の悪い街に人は寄り付かなくなるな。

 

1、駅前通り(区道補助72号線)

高田馬場駅から線路に沿って、新大久保方面に行く道を正式には、区道補助72号線といいますが、高田馬場駅周辺の道を一般には駅前通りと言われています。しかし線路に沿っているのであまり駅前通りというイメージがありません。

駅前通りの終点ところにある住友ガーデンタワービルは2016年3月に竣工37階建て、地下2階 下はオフィスで、上は高級賃貸マンション、その隣は26階建ての分譲マンション スカイフォレスト レジデンス。 これができたので駅前通りを通る人も増えました。このビルの近くにある、スーパー マルエツはビル建設とともに大改装し、おしゃれなスーパーとなりました。

このビルに付随して小さいビルが作られ、ガーデンタワー・アネックスとなり、1階は居酒屋 文蔵で、2階はレストランとなりました。

ガーデンタワー前の通りは諏訪通りで、工事中です。

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左側に見えるビルがガーデンタワー・アネックス この交差点は駅前通りと諏訪通りの交差するところです。ガード下は道路の拡幅工事中です。1階は人間学研究会の例会の後によく行く鍛冶屋 文蔵です。

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駅前通りをガーデンタワー側から高田馬場方面を見る

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並行して点字図書館のある通りも再開発地域に入っています。

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ビックボックスビルから補助72号線(駅前通り)をみる。むこうにガーデンタワービルが見えます。

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駅前通りにあるスーパー ピーコックです 2階はしまむら

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駅前通りの中頃 店舗よりも事務所ビルが多く、にぎやかさはいまいちです。

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,高田馬場駅前の周辺部分 左がビックボックスビル

ビッグボックスビルは1974年5月5日に竣工。設計者は黒川紀章。所有は西武鉄道。 

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駅前のロータリー 左にビックボックスビル 右に早稲田通り

 

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駅前通りの入口から駅前ロータリー部分を見る。左がビッグボックス。正面が稲門ビル。1969年9月竣工(51年)10階建て

左に黒いかすかに見えるのが、タックイレブン高田馬場ビル この裏が袋小路。まっすぐ行くと神田川です。

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高田馬場駅正面にあるタックイレブンビル高田馬場 1979年3月竣工 11階建て

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「高田馬場駅前の袋小路を見てきました。~ジビエの店”米とサーカス”昆虫食の自動販売機も」

 面白いところですぜひご覧ください

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2021/02/post-0c5808.html

 

 でも、駅の正面にこんなところがあるのもおしゃれな街として発展しずらいのでしょう。

 

早稲田通りで駅方面を見る。正面の黒いビルがタックイレブン高田馬場ビルです。このビルの後ろが袋小路です。

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駅前のビックボックスビル 駅前通り(補助72号線)のこの先に新大久保、新宿につながる補助72号線(つつじ通り)が貫通しました。

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高田馬場駅の戸山口とそこの道 この左側のところも再開発地域

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戸山口の山手線をくぐる道 戸山口は車いすでは上がれません

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点字図書館 ここを点字図書館通りといいます。再開発地域です。

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点字図書館通りを見る 右が点字図書館 左が郵便局

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高田馬場駅から見た、山手線の外側の早稲田通り 右側が北側の高田馬場3丁目 左が南側の高田馬場4丁目

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さらに進んだところ 駅から離れるにつれ、だんだん人通りは減ります

向こうは高田馬場駅

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高田馬場駅から見た山手線の内側の早稲田通り 南側

手前の黄色のビルは駅前の名店ビル となりはKIビルです 名店ビルは竣工1969年ですから、52年ほどたっています。

KIビルは1,2階が店舗、3から8階がマンションです。

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3,2020年12月よりとりこわされた、ゆう文ビルと菊月ビル 

一橋学院の看板があるところ

その隣は東京三協信用金庫ビル

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2021年、取り壊し現場 反対側の道路から見たところ

前の道は早稲田通り

ゆう文ビルと菊月ビルは1969年完工 7階とも8階とも

今までは1体のビルでしたが今度は別々のビルになります

 

高田馬場2丁目ゆう文ビル

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 2021年12月31日竣工

 敷地 207,67m2

 建築 171m2

  10階建て

菊月ビル―仮称 高田馬場ホテル

  竣工 令和5年(2023)予定

 敷地  643,7m 

 建物  493,76m2 

  13階建て地下1階

 用途  ホテル、店舗

 

早稲田通り 駅から見た山手線の内側 道路北側です 旧菊月ビル側です。

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取り壊しの現場を近くで見る

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4,旧高田馬場駅前ビル

ホテルサンルートのあったところー高田馬場1-27-6、手前のお菓子屋さんと含めてビルができます1275m2

2022年1月完成予定 敷地1275m²  

 1階は銀行、2,3階は店舗、4から12階はホテルとなる予定

 ビルの前面は将来駅前広場を広げるために引き下げられる

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隣りのビルはFIビル このビルは竣工1979年。建ててから42年ほどが経ちます。1階にドンキホーテ、よく行くパン屋さんなど 2階はレストラン街、ロシア料理店チャイカ、ビヤホールのキリンシティ  小豆島のうどん屋さん大儀などもよくいきます。3,4階はこれもよく行く、芳林堂書店 前に倒産して,書泉の経営に、広さは前の半分に

早稲田通りにはKIビルもあり、いずれも東西建物が管理しています

さらに隣りは早稲田通りの名店ビル いずれも古いビルです

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FIビル

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高田馬場駅前には11階のタックイレブンビルがあり、袋小路があります。

5,その他の地域の写真

高田馬場駅前から神田川に行く道、一番賑やかな、さかえ通り 飲食店が多数あります

つきあたりは富士大学 テレビの鉄腕ダッシュという番組のためにビルの屋上を貸しています。

さかえ通りのトルコ料理のケバブやさん ここにはミャンマー料理店、ベトナム料理店などもあって多国籍です。

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富士大学 神田川を挟んで橋があります

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早稲田通りに平行した道にもたくさん飲食店があります。店頭でいろいろなつまみを安くで売っています。うな丼が500円など。最近見つけた店ですがもう2回かっています。

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早稲田通りの駅から少し離れたところにあるCITZEN ボーリング場、スケートリンクなどがありました

改築前で閉鎖中です

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ここは駅から5分の ミャンマー ヌードル です。神田川に面しています。ここは高田馬場ではなく、豊島区高田です。

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2021年7月18日 (日)

西新宿にある、成子天神社に行ってきました。マンションも併設し新しい建物です。吉田戦車の漫画に富士塚のことが載りました。

今まで新大久保を中心としていくつかある神社を訪問してきましたが、今回は西新宿にある成子天神社です。

追記 7月20日

7月20日発売の「ビッグコミックオリジナル」で、吉田戦車の漫画、「出かけ親」にたまたま、西新宿の富士塚のことが載っていました。

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職安通り(税務署通り)にある新宿税務署です

職安通りは青梅街道に合流します。

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西新宿の成子天神社の近くには高層ビルができています。

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しかし横道に入ると昔ながらの住宅があります。

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成子天神の入口 南向き 新宿区西新宿8丁目にあります。正式な入口は青梅街道に面しています。反対側は東京医科大学病院です。

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由緒 祭神 菅原道真公

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門の入口 風神、雷神の像

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手水鉢

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春日の局が家光公よりこの辺りの地を拝領し、天満天神社として拝殿を作る

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御神輿倉庫

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右側は社務所

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成子天神の力石。

 祭礼の余興としてちからくらべにつかわれた石 7個あります。

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大イチョウ

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正殿入口 2013年新築 隣接するところにマンション併設

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合格祈願の絵馬とおみくじ

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末社、摂社  大島神社、鳴子稲荷(赤い鳥居)、浅間神社(富士塚)

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神楽殿

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神社の中に作られたマンション

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新宿で一番大きい富士塚

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北の入口

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2021年6月13日 (日)

北新宿の鎧神社へ電動車いすへ行ってきました。近いのに始めていく神社でした。

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新宿区北新宿3丁目にある鎧神社は、筆者の住んでいる新宿区百人町の隣の町で、元は柏木と呼ばれているところにありました。住んでいる百人町の神社は皆中神社であとの周りは大久保、馬場地域の氷川神社、歌舞伎町の鬼王神社、三光町の花園神社、新宿6丁目の西向き神社、西新宿の熊野神社などは、1度は行ったことがありました。ところが鎧神社は一度も行ったことがなかったのです。

2021年6月12日〈土)好天でした。車いすでは生きやすい所でした。

 

鎧神社の由来

 醍醐帝(898~929)の時代に円照寺の守護のために神社を作る

 日本武尊の鎧を埋めたとも 

  平 将門の鎧を埋めたところともいわれ 鎧神社と言われます。

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摂社 天神社 入り口近くに

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狛犬型庚申塔について

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新宿区の文化財  狛犬型庚申塔

 変わった形をしています。

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大きなイチョウの木

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手水舎

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御神輿の倉庫

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社務所 ここでおみくじを引きました。

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おみくじは第38番 吉 でした

 神の教え 「神のこころはかわらぬものを、かわりやすいは人こころ」

 以前は日本中のおみくじを集めていました。

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鎧神社正殿

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奥にある末社 稲荷神社など

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周辺の地図

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近くの中央線と総武線のガード

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2021年5月12日 (水)

新宿落合をいろいろ絵地図「お散歩マップ」に従って、電動車いすで走ってみました。坂、アトリエ記念館等写真多数。


「クロッチと歩くお散歩マップ」
という「落合第一地区協議会」・ふるさと落合 が作った地図があります。以前この地図にもとづいて、「おとめやま公園」周辺を回りました。今回は改めて近衛坂から中村彜(彜)アトリエ記念館のほうへ回ってみました。

 -5月12日再度回ってみました。

 -5月15日再度回ってみました。

 -5月23日再度回ってみました。

これは地図の表紙です。

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5月15日この絵地図を落としてしまいました。

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地図の続き、真ん中部分です

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地図の右端、そこは山手線の線路。上は目白駅、下の駅は高田馬場駅です。

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地図の裏の説明  散歩3コース

 アートの小道コース

 落合古道コース

 落合の坂コース

◎江戸時代は元将軍家の狩場であった。落合の名は神田川と妙正寺川が合流するところで落合と名づけられました。

大正期に近衛公爵の広大な屋敷ができた。またおとめ山公園のあたりは相馬家の屋敷であった。

下落合に住む、堤康次郎〈西武、国土グループ創業者)は近衛家の土地とその周辺の土地を買い取り、目白文化村と称して売り出した。

ほとんどのところが新宿区落合なのですが目白と言っています。目白のほうが高級感があるのですね。

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続きです。

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落合古道(雑司ヶ谷道)と言います。前のトンネルは山手線のガード下です。

落合古道コースのスタート点は明治期に作られたガード

手前の坂は近衛坂 最も傾斜がきつく、前電動車いすで通ったとき警告音が鳴り大変怖い思いをしました。

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明治期に作られたガード 上は山手線など  左に2つの坂 手前が近衛坂

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近衛坂入口 落合の坂コース スタート点

  手前の坂 最もきつい坂です 車いすで重心を前にしていました。

  電動車いすが傾斜がきついと警告音を出しました。2度と車いすではいきたくない道です。

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その先の線路沿いの道 高田馬場から目白駅へ ここは緩い坂

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近衛坂を上がりきったところにある看板。目白ケ丘教会の周辺の案内板

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日立目白クラブ

もともとはこの辺り一帯は大正時は近衛公爵の敷地であった。おとめやま公園も一時近衛家の土地で広大だった。

その後昭和3年、学習院旧制高校の寄宿舎(昭和寮)になった。さらに日立の厚生福利施設となった。おとめ山公園は相馬家の屋敷になった。

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目白ヶ丘教会

昭和25年に作られた、フランク・ロイド・ライトの弟子遠藤新の作品

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近衛邸 車寄せのケヤキ 

近衛邸の正門前にあったケヤキ 地元の人が残すように要望  2本あったが落雷で1本は焼失

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ケヤキの地域文化財の標識

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林泉園の彜桜は桜の時期でないとわかりません

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大正時代の地図

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中村 彜(つね) アトリエ記念館(美術館)

大正5年に作られた家が記念館に アートの小道スタート点です

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 明治31年に生まれた(1887-1929 )。フランスにわたり、わずか1年でパリで病没。(昭和3年 享年42歳)

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中村 彜邸の入口

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目白通りに出たところ 目白聖公会の周辺 道路の左右を見る

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道路の左右

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目白道路に面したケーキ屋さん 行列です こちら側は目白 (地図を見直してみましたらこの辺りも新宿区下落合3丁目でした)

エーグルドゥースというケーキ屋さんで、東京百名点に入るお店だそうです。食べログ3,96

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目白聖公会

 こちら側は新宿区落合です。むかいがわも落合です。

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教会の裏側にある日本聖書神学校

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坂の上から下を見る

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このあたり立派なお屋敷が多いところです。

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氷川神社入口

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神社本殿

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神社の横の入口

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薬王院入口

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お寺の入口の看板 真言宗 豊山派 東長谷寺 薬王院 

落合古道から見る

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おとめ山公園

落合新聞を主催した武田助雄氏はじめ多くの住民要請で、昭和44年に「落合秘境」として公園化された。今後は区内唯一の湧き水の保存を目指す。「落合」の説明から。

『こういちの人間学ブログ』

「おとめ山公園から野鳥の森公園のほうへ、がけから湧き水 そのあたりの神社やお寺」

    2018年5月

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2018/05/post-19c0.html

 

「電動車いすで新宿落合のおとめ山公園へ行ってきました」

  2017年4月30日

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2017/04/post-a1d7.html

おとめやま通り かなり急な坂です。

 

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この坂の左右がおとめ山公園です。

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落合古道にある素敵なお庭のある家

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落合古道おとめ山公園のとなりに面して、新目白通りに近く大規模な工事をしています。

下落合2丁目 日立目白クラブの土地の一部にマンションを建てるようです。

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工事の標識です。住友不動産の工事です。8710m2もあります。

2階建て地下5階という建物です。

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妙正寺川 向こうは西武線の線路

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妙正寺川の橋 途中から暗渠になり神田川の合流点で一緒になります。

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下落合の駅の踏切 西武線が通ります

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2021年4月9日の日曜日、天気に恵まれたので、電動車いすで落合を走ってみました。「落合 クロッチと歩くお散歩マップ」というものがあり、ちょうどお散歩に良いものでした。

予定

聖母坂を上がり、洗い場、聖母病院、佐伯祐三アトリエ記念館を回ってみたいと思います。

 

4月15日〈土)

 

新目白通りから聖母坂通りへ 佐伯祐三アトリエの案内も

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聖母坂の様子

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聖母病院の案内板lic

聖母病院は1931年に開設された病院です。カトリック系(イエズス会)の病院で、International Catholic Hospitalと言います。産科は有名です。

第2次大戦中も米軍機にこの辺りは爆撃されず、戦後は援助物資がパラシュートで落とされたそうです。上智大学は同じカトリック系の大学で以前あった聖母病院の付属大学聖母大学は現在、上智大学の看護学部となりました。聖母ホームという老人ホームも併設されています。

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聖母病院入口

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上智大学看護学部 前は聖母大学 聖母病院の前にあります

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もう一つの建物の聖母子像

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佐伯祐三アトリエ記念館 入口

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佐伯祐三は明治31年に生まれる。昭和3年(1898-1928)わずか30歳でパリで死亡しました。

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パンフレットと散策マップをもらいました。

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落合記念館散策マップ

 中村彜アトリエ記念館

 佐伯祐三アトリエ記念館 (1898ー1928)

 林芙美子記念館

新宿区立歴史博物館 上記3記念館も新宿区立

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落合に住んだ文化人

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目白通りにある子安地蔵

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相馬坂の上

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中ほど

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相馬坂の標識 かなりの急傾斜です となりはおとめ山公園です。

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落合中央公園(上落合1丁目)へいく階段 車いすでは上がれません

下水処理場の上に作った公園です

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落合水再生センター

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5月23日(日)3回目の訪問

中井駅前通り

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中井通りと立体交差する山手通り(上)

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山手通りから妙正寺川までのあいだに、一の坂から八の坂まであります。

ここは三の坂通り

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林芙美子記念館の標識 左側が記念館

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新コロナのせいでしょうか休館です

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記念館の先は階段でした。

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ここは八の坂 ここが最後の坂

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中井通りには西武線と妙正寺川とが並行して走っています。

左は妙正寺川。

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突き当りの妙正寺川の左の高台に目白大学があります。目白からはだいぶ離れていて、中野区上高田に近いのです。

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◎帰る途中で、手塚プロダクションのビルがあったので写してきました。

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高田馬場4-32-11です

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2021年3月27日 (土)

昼の歌舞伎町、(その2) 新宿区役所からゴールデン街 桜満開の花園神社などを回る

昼の歌舞伎町(その2)

歌舞伎町の地図

 現在位置は新宿区役所から靖国通りを渡ったところです 赤い丸2つのところは新宿区役所

歌舞伎町は黄色になっている道、靖国通り、明治通り、職安通り、と山手線などに囲まれたところです。

ただし花園神社だけは、歌舞伎町ではありません。元は三光町、今は新宿です入口

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◎うっかり新宿区役所周辺の写真を消してしまいました。もとの画面も消したので、また撮り直しまで、申し訳ありません。

4月10日〈土〉再度写真を撮ってきて付け加えました。

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この写真は4月10日(土)に撮ったものです。区役所本館と

分館をつないだところです。

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新宿3丁目の地図の看板のところから見たところ、区役所分館と区役所どおりが見えます。

前の道は靖国通り

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新宿3丁目の看板〈下図)から区役所分館と区役所通りを見る

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区役所の前の細道はもうゴールデン街です。

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歌舞伎町のなかから正面のビル、区役所を見る

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区役所分館のところから斜め前の松竹ピカデリーを見る ここは新宿3丁目です。

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花園神社の鳥居 明治通りに面しています。

花園神社は歌舞伎町ではなく新宿5丁目(元三光町でした)。ここだけ歌舞伎町からみてへこんでいます

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満開の桜と花園神社 日曜日には骨董市も開かれます

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花園神社の本殿 横から車いすでも上がれます。

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右側に花園神社の裏手。左は花園交番と新宿ゴールデン街

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ゴールデン街 小さいお店がぎっしり

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昼は全く人がいなくてひっそりです。

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新宿ゴールデン街入口の一つ

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新宿四季の道 元はここに都電が通っていました。新宿遊歩道公園となっています。

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公園の道半ば

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歌舞伎町の明治通り近くにホテルがたくさんあります。

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明治通りから歌舞伎町を見る。左は歌舞伎町、右は新宿6丁目。昔は東大久保といいました。

薄緑の屋根のビルは日清の本社ビルです。

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職安通りから歌舞伎町2丁目を見る。右のビルはapaホテル 歌舞伎町にはたくさんあります。左の縞模様の変わったビルは1番館ビル。

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歌舞伎町2丁目にある小さな築地を称する舟藤

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東宝ビルとそのホテル、その先は建築中の高層ビルです。手前は手前はバッティングセンターと駐車場210327_1248_01

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その1もご覧ください

 

 

2021年3月25日 (木)

緊急事態宣言解除後の昼間の歌舞伎町を回ってみました。(その1),昼は新大久保のほうがにぎやかです。歌舞伎町の歴史とわが家の歴史も。

昼の歌舞伎町(その1)

2021年3月24日(水)天気が良くて、暖かかったので、久しぶりに歌舞伎町の一部を電動車いすで回ってみました。しばらく大久保百人町に北隣で隣接している高田馬場地区をブログに書いてきましたが、今度は南隣で隣接している歌舞伎町地区を紹介ししてみることにします。

歌舞伎町は大きく4つの道と線路に囲まれています。北すなわち,図では上のほうは職安通りで、地下には都営大江戸線が通っています。右のほうは明治通りで地下鉄東京メトロ、副都心線が通っています。南側、図では下のほうが靖国通りです。左は山手線、西武線などが通っていて、その線路に沿って、高田馬場から新大久保そして歌舞伎町に至る区道補助72号線(ここでは西武新宿駅前通り)が通っています。また中央右側に南北に区役所通りが通っています。また歌舞伎町の中では東西に花道通りなどがあります。

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「昼の歌舞伎町~(その2)」

http://koiti-ninngen.cocolog-nifty.com/koitiblog/2021/03/post-f7a269.html

代表的な建物、施設は新宿区役所、映画館街、ゴールデン街、都立大久保病院、花園神社、鬼王神社、小さな弁財天、などがあります。歌舞伎町は世界的な歓楽街として飲食店、ホテル、バー、クラブなどが立ち並びます。

その1では映画館街,鬼王神社などを回りました。新宿区役所、ゴールデン街、花園神社はその2で紹介します。

 

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歌舞伎町の歴史

江戸時代にはこの辺りは角筈村や大久保村と呼ばれていました。詳しくは『新宿区の民俗』(6)淀橋地区編 新宿歴史博物館 に出ています。その第3章は「歌舞伎町の建設」です。元の歌舞伎町、現在の歌舞伎町1丁目の一部は角筈村と呼ばれていました。明治18年に新宿駅ができて発展し始めました。明治22年に角筈村は柏木村と合併して淀橋町となりました。昭和4年に新歌舞伎座が作られました。また花園神社のあたりは三光町とよばれていました。戦後には百人町の1部も歌舞伎町となりました。いろいろな地域が混ざって歌舞伎町になりました。大正から昭和の初めには西大久保に東京隔離所(現在の医療公社大久保病院と健康プラザハイジア)から、角筈1丁目には第五高女(現在の富士高校)がありました。

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歌舞伎町は新大久保の百人町、大久保に隣接しています。歌舞伎町は1,2丁目と別れていますが以前は歌舞伎町だけで、歌舞伎町2丁目はもともとは西大久保1丁目でした。また前に書いたように歌舞伎町1丁目には百人町1丁目の一部も入っていました。

江戸時代にこの地は窪地で東大久保から早稲田から神田川に至る蟹川の水源地でした。また明治43年ころ、この辺りは元肥前藩主大村伯爵の別邸で、邸内の大池は鴨猟場であった。明治30年ころに尾張屋銀行が買入整地しました。その時多くのヘビが出てきました。それを地中に埋めたところそのヘビの祟りを恐れ弁財天を立てたという。昔の東大久保(新宿6,7丁目)には広大な前田侯爵の屋敷や、浜野氏の屋敷がありました。

明治11年に東大久保村、西大久保村、大久保百人町が集まって大久保村になりました。昭和7年に淀橋区ができました。その時に大久保町ができました。昭和22年に四谷、牛込、淀橋区が集まって新宿区となりました。昭和40年に住居表示により、新住居表示になるところと旧来のままのところ(牛込地区など)に分かれました。この時、旧柏木地区は北新宿に、淀橋地区は西新宿に、旧東大久保地区などは新宿6,7丁目と変わりました。百人町、大久保は中新宿にという案もありましたが、由緒ある大久保、百人町の名を残すという意見が多く存続しました。

戦前は大久保、百人町は高級軍人や文化人の住む高級住宅地でした。ブログ筆者の家は明治の末ころ曽祖父の代から桶屋を始め、その後祖父庄次郎の代からは井戸掘りもはじめました。井戸の升は桶で作ったので、桶屋が井戸掘り屋も兼ねたのです。大正5年生まれの父は226事件の時、危うく免れた岡田啓介首相が西大久保1丁目(現在の歌舞伎町2丁目)に住んでいて、うちのお得意さんで井戸や風呂のことでよく行ったことがあると話していました。現歌舞伎町2丁目は西大久保1丁目でした。横綱太刀山も百人町1丁目に住んでいてお得意さんだったそうです。

大正6年の地図を見ますと、現歌舞伎町1丁目あたりには十人町、五十人町、添地町などの名前が見えます。現在の大久保病院は東京市隔離所となっていました。昭和7年の地図を見ますと、現歌舞伎町1丁目のところは角筈1丁目となっています。またこの地に第5高女(現富士高校)が作られました。隔離所の名前は消え、大久保病院となっています。西大久保1丁目(現歌舞伎町2丁目)の明治通り側は新田裏と呼ばれていました。昭和4年に新歌舞伎座が作られましたが間もなくやめました。しかし後日歌舞伎町の名前になる元でした。

戦争によりこの辺り一帯は焼け野原となりました。歌舞伎町という名前ができたのは、戦後間もない1948年4月のことです。この後1950年に今の映画館街のあたりに東京文化博覧会というものが開かれました。博覧会は大失敗で多大な赤字が出たそうです。ブログ筆者は小学校1年生ぐらいでした。博覧会の前はこの地は何か池か水たまりのようなものがあったと記憶しています。その後歌舞伎町に新宿区役所が作られ、博覧会の後には映画館などいろいろな施設ができてきました。1952年に西武新宿の駅ができました。その後、西武新宿の駅ビルとして新プリンスホテル、そして旧コマ劇場、ミラノ座などができてきました。それ以前の西大久保1丁目(現在の歌舞伎町2丁目)は普通の住宅地が多く当時、中学生の筆者の友人もたくさん住んでいました。

昭和7年ごろ の現歌舞伎町1丁目(このころは角筈や三光町と言っていました)や歌舞伎町2丁目(このころは西大久保1丁目) 地図の真ん中あたりは花園神社 隣りは四谷第5小学校(廃校となり、現在は区役所分館と吉本興業事務所)右上の大きな囲いは前田侯爵の別邸

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1978年7月に従来の歌舞伎町が歌舞伎町1丁目に、当時の西大久保1丁目が歌舞伎町2丁目となりました。そして西大久保2丁目が大久保1丁目となりました。歌舞伎町の映画街にはコマ劇場、東宝、オデオン座、地球座、ミラノ座、名画座、グランドオデオン座、新宿劇場などができ日本1の映画街でした。ブログ筆者はここまで自宅から歩いて5、6分くらいで簡単に来られたので、よく映画館に行ったものです。 

このころから歌舞伎町は急速に歓楽街化していきました。歌舞伎町は日本最大の歓楽街となり、3000軒のバー、キャバレー、ラブホテルなどが密集するところとなりました。隣接した大久保、百人町は、水商売関係の人が多く済む、いわば裏歌舞伎町というような位置づけとなりました。さらに2000年ころからは多国籍の街へと変わっていきます。

◎「新宿区の民俗」の155ページから157ページにかけて、「井戸」という文章と「職人の暮らし」という文章はブログ筆者の父親(佐竹実)や母親が話をした内容です。大正から昭和の初めにかけて井戸掘りの仕事が多く,掘った井戸を補強するために杉の側を入れたために井戸掘りの仕事は桶屋の仕事になりました。

 戦後の桶づくりの住み込みの職人はワカイシ(若い衆)と呼ばれていました。一時は住み込みの職人を含めて13人もの家族がいました。ブログ筆者はこの時代に子供時代を過ごしました。食卓は交代で使い、早く席を空けなければならず、早食いの習慣が付きました。

 その後風呂釜はマキからガスに代わり、東京ガスのサービス店となりました。東京ガス百人町サービス店から東京ガスエネスタ百人町(株式会社サタケ)として担当地域は、新宿区百人町、大久保、北新宿、西新宿、渋谷区の千駄ヶ谷、代々木を担当し、担当エリア8万件、社員数80名、ガス業務だけでなく、建築リフォームや、水道、電気工事などの設備業、不動産業までを総合的に行う会社になっていきました。大型湯沸かし器の取り付けなどでは同じ組で電気、ガス、水道工事までやってしまうので効率が良く利益も上がりました。お客様からも喜ばれました。筆者の曽祖父がこの地で桶屋を始めたのが明治40年(1907年)創業114年で会社となってからは令和2年3月現在70期です。現在は株サタケはガス関係業務を手放し、不動産管理業と最近はスタジオ・アズサとして総合スタジオ業も始めました。

新宿大ガードから副都心のビルを見る 右側は西武新宿駅と新宿プリンスホテルがあります

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高田馬場から歌舞伎町に至る山手線沿いの道 百人町から新築中の高層ビルを見る。すでにだいぶ高くなっています。右下のビルはプリンスホテル

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さらに進んだところ この交差点は職安通りとの交差点。この先は歌舞伎町。

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映画館街は取り壊され一時さびれましたが、2015年にはTOHOシネマが作られ旧ミラノ座あとには48階建てのビルを建設中です。2019年の歌舞伎町1丁目の人口は203人、2丁目は2283人です。

東京都健康プラザハイジア(都立大久保病院)と隣りはハイジア 手前の公園は大久保公園

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下図は建築中のミラノ座の後に建つ、48階建ての高層ビル、左はアパホテル 右はハイジア

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西武新宿駅を中心とした地図

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ビルの表示

地上48階 地下5階 この辺りでは極めて高いビルです

 

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2015年4月に建った31階建て東宝ビルと東宝シネマ 後ろはグレイスリー新宿ホテル

手前の空間はシネシティ広場。かっては池がありました。

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東宝シネマの前の公園にいる鳩 右向こうは新宿プリンスホテル

◎3月24日の歌舞伎町での人出は本当に閑散としていました。それに対して同じ日の新大久保では、春休みの若者で、最盛期と変わらぬ人出でした。新大久保のお店は歓迎でしょうが、新コロナの感染が恐ろしいです。人はいないけれど鳩がたくさんいました。

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ちらっと見えていますが実物大のゴジラの頭部が見えます。

ホテルはグレイスリー新宿です

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花道通り

花道通りから見た東宝ビル

夜はこの辺りが一番賑やかに

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花道通りの中頃

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一番街通り

有名な歌舞伎町1番街の門

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一番街を見たところ さすがに少し人がいます。

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ホストクラブの看板 歌舞伎町2丁目

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道路の横道に入るとごみの山と鳩がえさを食い散らす。こういうところはあちこちに。

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この道(1番街通りから)順に南北に、2番街通り、セントラル通り、さくら通り、東通り、区役所通りとなります。

さくら通りから、区立歌舞伎町公園があり、大正2年に作られた弁財天があります。

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3月31日の弁財天  公園の中にあります。

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横から見たところ

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職安通り

大久保側から見た歌舞伎町の端。手前は職安通り、右は高田馬場から新宿に至る道

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職安通りの由来となる 新宿職業安定所

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職安通りにある、韓国スーパーの韓国広場

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区役所通り

 稲荷鬼王神社

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鬼王神社を裏から見たところ ここにはミニ富士山があります。

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この辺りはホテルが多いところです 近くのバッティングセンター

 

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バーの看板がいっぱい。こういうビルがたくさんあります。

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B2Fから7階まですべてクラブなどのビル

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区役所通りと花道通りの交差点 昼間はほとんど人がいません。新コロナ前の普段のときはもう少し混んでいるのでしょうけれど。

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続きはその2で

 

 

2019年12月 9日 (月)

紅葉の新宿御苑のへ自宅からWILLの電動車いすで回る 青空に紅葉が映えました。

2019年12月8日(日)素晴らしい晴天となったため、新宿御苑へ行ってきました。前に車いすで行ったときは2018年の4月29日でした。この時の状況は2018年5月のこういちの人間学ブログに書いています。この前はヤマハの電動車いすでしたが今度はWILLの電動車いすです。前回のブログはカテゴリー「日記、コラム、つぶやき」をご覧ください。

筆者は電動車いすで、家内はアシスト付き自転車です。新宿区百人町の家から筆者は早めに出て、15分くらい後で出かけてもらい、正門前で落ち合うことにしました。前回行ったときは電動、行きは地下鉄副都心線で、早稲田駅から新宿駅まで行きましたが乗った車が相互乗り入れの車両でホームと電車の間に段差があり、ホームと電車の隙間に電動車いすの前輪が挟まってしまい、ちょっとした騒ぎになってしまいました。副都心線の車両ですと段差がないのです。そして帰りは電動車いすで1時間近く走って帰りました。

WILLの電動車いすは時速6キロくらいで、ヤマハよりややスピードが出るのです。40分ほどで帰れます。

紅葉をバックに写真を撮ってもらいました。前回2018年も写真を撮ってもらいブログにのせました。寒さ対策でかなり重装備でした。気温は低かったのですが風がなく寒さをあまり感じませんでした。

電池使用料は100でスタート、使用料60くらいでした。まだ余裕があります。

新宿御苑の地図

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電動車いすに乗るぶろぐ筆者。

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正門近くは紅葉する木がとても多く見事です。これはモミジとイチョウです。快晴の青との対比が素晴らしく、写真を撮りに来ている人がたくさんいました。

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落羽松の巨木,葉がだいぶ落ちてきています。

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昨年には温室や西洋庭園へ行き、あまり日本庭園へ行っていなかったので今回は日本庭園を中心に回りました。

お休みどころの台湾閣の中に初めて入りそこから写真を撮りました。車いすで入れるようになっていました。ここは正面。

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こちらは左側

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台湾閣からでての写真。さらに左側。左は代々木のNTTのビルです。

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ユリノキの大木。新宿御苑は日本に初めて入ったゆりの木が植えられています。ユリノキとヒマラヤスギは新宿御苑に伝わったのが初めてです。新宿御苑のシンボルツリーとなっており、レストランの名前にもなっています。

◎ユリノキは、もくれん科ゆりのき属。大きくなる落葉樹で、北アメリカが原産地です。チューリップの様な花をつけます。上野の国立博物館でも代表的な樹木とされています。

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温室の外観。2018年には中の様子を写真に撮りブログに載せました。

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もう咲いている桜の木。小さい花です。名前はメモし忘れました。

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これも早咲きの桜の木。

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正門入口近くの紅葉したモミジ。写真を撮る人がたくさん。

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逆光の紅葉が見事なんですが、うまく撮れません。

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昼食は外で食べようとしましたが、どこも車いすでは入れませんどこも。あきらめてコンビニで買い自宅まで戻りました。

新宿御苑の前に止まっていた消防自動車、ぼや程度でした。

 

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